苦労さん「ツァーーーリ・・・・ボン↑バッァァァァァ!!」
ナディア「……???」
若様「ファーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwww」
という前回までのあらすじ
何とか更新じゃー! では本編どぞー!
「これが今回分の報酬だ……どうした? 疲れているようだが」
「確かにキッチリ。いや、そろそろ太陽が恋しくなってきただけさ」
思いもよらぬ高位魔族との接触の後、予定通りに小太郎はアンダーエデンへと到着した。
但し、今回通されたのは、待合室ではなくリーアルの書斎。そして普段は後ろに控えている筈の淫魔も見当たらない。
如何にも大事な、或いは秘密裏に進めたい話がある、と言った風情である。
小太郎は受け取った金を懐に入れつつ、自分の精神的な疲労すらも利用し、ヨミハラの滞在時間もあと僅か、と匂わせる。そうすれば、リーアルも腹を括らざるを得ないと踏んでの事だ。
リーアルが苦い表情を作り出したのも一瞬の事、これまでの商売とは別の話を持ち出してきた。
「そうか。だが、地上に戻る前にもう一稼ぎしていかんか?」
「まだ奴隷が欲しいって?」
「いや、そちらに関しては間に合っている。お前の女に心を開かせる腕を見込んでだ」
「そうは言ってもねぇ……まあ、折角の儲け話ってんなら、受けるかどうかは別として、聞くだけ聞こうか」
「決まりだな」
リーアルの持ち出してきたのは、案の定、不知火の件であった。
既に肉体、精神共に改造された状態であるにも拘わらず、陥落させていない現実を偽る事なく明かしてきた。
この時点でリーアルが相当に焦っている事が伺えたが、矢崎と繋がりがあり、同じ黒幕の下で悪事に手を染めていた、と仮定すれば、それも当然であったかもしれない。
地下で一調教師として活動するリーアルと地上において政治家として活動する矢崎。どちらの立場が上であり、どちらがより黒幕に重宝されていたかは語るまでもないだろう。
ましてや黒幕が不知火を手に入れる腹積もりであれば、矢崎が不在となった事によって、この一件の成否はリーアルの進退を決定付ける。焦るのは無理もない。
黒幕と淫魔、矢崎とリーアルの関係性は、未だ薄ぼんやりとした想像の域を出てこなかったが、これで現実味が一気に増したと言えよう。
「対魔忍ねぇ。ゾクトの旦那は毎回毎回自慢してきてウザかったが、本当だったんだ。どうやって捕まえたんだか」
「少なくとも真っ当な手段で無い事は確かだが、それはいいだろう。問題なのは、この女に対して奴隷娼婦の教育が進んでいない事だ」
「それをオレがやれって? 無茶言うね」
「いや、一から十まで全てをやれ、などとは言っていない。私が欲しいのはあくまでも切欠だ」
これまで多くの女を堕落させてきた調教師の経験を加味して、リーアルは告げた。
どれだけ崇高な精神を持つ女であろうとも、たった一つの切欠さえあればいい。
リーアルは女を堕とすのに重要なのは、肉体的な快楽の強さではなく、精神的に快楽を受け入れる切欠が必要であると考える。
快楽に流される理由。現在の境遇を受け入れる理由。自分が女でしかないと自覚する理由。どんな些細な理由でも構わない。一度でも心に滑り込ませ、開かせてしまえば後は坂を転がり落ちるが如く、である。
この数日間、小太郎と娼婦達の関係性を見てきたリーアルは、この男はそうした切欠を作る事が非常に巧いと認めていた。それ故の提案である。
「う~ん。しかし、対魔忍ねぇ。関わりたくないなぁ」
「どの道、ゾクトが関わっているんだ。問題ないだろう。金はいくらでも積もう。これを奴隷娼婦として売り出せれば安いものだ」
「いや、ゾクトの旦那が目を付けられてるなら、オレの方から手を切ればいいだけの話だが……その報酬は魅力的だね。まあいいか。その女の資料ある?」
余り乗り気ではないように見せかけつつ、不知火の状況が如何なるものかを確認するために、資料の提示を願う。
リーアルとしても、調教に際して相手方の情報は不可欠であると知っているため、不思議にも思わない巧い手であった。
差し出された資料には不知火の家族構成、経歴は勿論の事、これまで携わってきた一部の任務まで多岐に渡る内容が記されていた。
矢崎が関わっていた時点で分かっていた事だが、黒幕の手勢が政府内部にまで喰い込んでいるのは、この情報量からも明らかだ。
もう二人か三人、或いはもっと。ともあれ、黒幕に繋がる道は地上にも残されている。不知火を納得させるための材料にもなるだろう。
暫くの間、資料の内容を眺めて考え込む素振りを見せつつ、元から決めていた方策を口にする。
「そうだね。オレなら、娘と同い年のガキを使う。男だろうが、女だろうが構わんよ」
「どういうことだ?」
「世話をさせて情を持たせる。男なら男娼としてのいろはを学ばせろと命じる。女なら娼婦になるまでの過程を世話させる。一度でも情が生まれれば、それが快楽を受け入れる免罪符となる」
「いや、だが、それは……」
「でも、それをやるなら魔界都市で生まれたようなガキじゃ駄目だ。それこそ、闇の領域を何も知らない純粋無垢なガキが良い」
その提案は小太郎自身が本気で不知火を堕とすのなら、という過程を考えた上での結論だった。
不知火は手練の対魔忍。戦闘は勿論の事、あらゆる分野に秀でた真の万能選手である。
無論、閨の技にも秀でており、結婚以前はその肉体と房術を用いて多くの男を籠絡し、情報を入手していた経験もある。
つまり、不知火の精神が持つ快楽への耐性は非常に強い。いくら魔界技術を用いて肉体的な快楽で翻弄しようとも、精神を堕とすまでには一朝一夕でどうにかなるものではない。
但し、それは当人が望まぬ快楽であった場合であり、快楽を受け入れるだけの土壌が整っていない場合だ。
故に、他人を使う。娘と同い年であれば感情移入はしやすく、そんな存在が汚泥の中へ落ちていく過程を、子の親である不知火は見過ごせない。見捨てるという選択肢を選べない。
女子であれば、この子を娼婦にさせるくらいならばと身代わりを申し出て、逃がす機会を探るのは目に見えている。
男子であったとしても、男娼として大成しなければ殺されるのは目に見えている。男娼として学ばせつつも、同様に逃がす機会を伺うだろう。
何にせよ、不知火の頑なな心に“誰かのためならば仕方ない”という隙が生まれる。その隙は、調教する側には狙い目であり、される側には致命的だ。
「む、う。それは、難しいな。ヨミハラにそのような者はいない。奴隷商人の品揃えとしても、年頃まで指定されては簡単には……」
「だろうね。因みに、オレも無理をするつもりはないぜ? そういったガキは売値はいいが、こっちが背負うリスクも高いからね」
「………………」
「他に行けそうなラインは、金持ちの御曹司が親の命令で、とかかな。娘と同い年ぐらいであれば親の悪事に関わってる事もないだろうし、当人に罪はない。必然的に心のハードルも下がる。そういう客はいないの?」
「心当たりは、ないな……………………いや、お前の年はいくつだ?」
「はぁん? 正確には分からないけど十代なのは間違いないね……って、おいおい」
小太郎が敢えて口にした方法以外にも、手段はいくつもある。
例えば娘ではなく、夫を利用する手だ。
資料の中には夫である稲火の顔写真もあった。亡き夫の面影を見てしまうほど人相が似ている相手であれば、心に隙も生まれよう。
ただ、此方も闇の住人ではないという前提も必要だ。面影があったとしても、悪意ある性格では話にならない。寧ろ、警戒心を強めてしまうだけだ。
また稲火ほどの年齢ともなれば、奴隷として売られるにしても必ず理由が生じる。大抵は借金で首が回らなくなり、タコ部屋行きとなったクズばかり。真実、善人であった稲火の性格には程遠い。
しかし、そこは調教する側の口次第。少なくとも不知火に真実を知る手段はなく、また善意故に多額の借金を抱えてしまった者も居るだろう。
このように手段は一つではない。考えれば考えるほど新たな着想というものは生まれてくるものである。
ただ、提示した手段はリーアルの思考を限定し、最後には小太郎が思い描いた結末へと辿り着かせるべく誘導させるために敢えて選択した。
リーアルの置かれた状況、抱いている焦りまで利用して、他にある道から目を逸らさせ、一つの道へを選ばせる悪魔の誘惑そのものだ。
「――――
「オレが? 人の話聞いてたのかい?」
「出来ないとでも抜かすのか? お前は今まで巧く世渡りをしてきた筈だ。少なくとも、お前が商品を手に入れる手段は力尽くではなく、甘言で人を騙す方法を取っているからな。立場を偽る程度、造作もあるまい」
「……そりゃまあ、ねぇ」
「よくよく見れば、夫の方とも面構えは似ているではないか」
「そうかい? そうかもしれないが、オレの背負うリスクが大きすぎるだろ。報酬云々以前に、バレたら即死なんだけどね、こっちは」
「安心しろ。こちらのスタッフにも客にも手は出せんように契約書で縛っている」
「失敗したら?」
「無論、無理を承知の上での此方から持ち掛けた話だ。失敗しても責任は問わん。だが、成功すれば報酬は必ず支払う」
もしリーアルの目がなければ、小太郎は邪悪極まる笑みを浮かべていたに違いない。それほどまで見事に彼は墓穴を掘っていた。
事実として、リーアルは己の思考を誘導されたなど夢にも思っていない。全ては小太郎の提案から己の意思で導き出した答えだと思い込んでいる。
小太郎にしてみれば、当然の帰結。
リーアルに時間的な猶予がない、もしくは焦りを抱いていたのは、彼を諌めるべき淫魔の秘書がいない時点で分かりきっていた。
其処でわざと実行までに時間も手間も掛かる手法を提示して更に焦りを増大させ、短絡的に時間も手間も掛からない手法に目を向けさせたのである。
多くの人々は自分の見たいものしか見ない。神の視点を持たぬ以上、それは仕方のない事だ。
故にそれを理解し、見たいものを見せてやれば、人は其処しか見なくなる。金と魔界技術を持ち、強引に捩じ伏せるリーアルと人の弱さを理解した上で刃を捩じ込む小太郎。より悪辣なのはどちらであっただろうか。
「まあ、其処まで言うなら。でも、期待はしないでくれよ」
「よし、決まりだな。今すぐに準備をさせる。それまでに腹を括っておけ」
「随分と気の早いことで。ま、やる以上はしっかり仕事させて貰いますけどね」
其処からの展開は早かった。
店の用心棒の一人を、奴隷娼婦のドレスやリーアルの服を用意するアンダーエデン御用達の仕立て屋に走らせた。
この当たりの決定から行動までの速さは娼館の主に上り詰めただけの事はある。兵は拙速を尊ぶ、ではないが、行動力というものは周囲に認められる上で分りやすい指針の一つである。いつまでもまごついている人間を誰も重用しない。
それから数時間後。
小太郎が書斎で寛いでいると、帰ってきた用心棒は、見る者が見れば一目で相応の値段であると分かる高級スーツと装身具を受け渡した。
スーツは勿論の事、カフスとネクタイピンには小降りな宝石があしらわれ、ネクタイも靴も一流ブランド。全て仕立て屋が選んだであろうが、センスも間違いなく一流だ。
それら一式を着込んた小太郎は、奴隷商人風に無造作を装っていた髪型を整え直し、姿身の前で一通り確認し終わると、後ろで様子を見守っていたリーアルに向き直る。
「どう? 面の皮が厚い自負は、結構あるんだけどね」
「これは……馬子にも衣装、と言いたい所だったが、期待するななどとどの口で抜かすつもりだ、貴様は」
「ポイントは表情かなー。育ちも性格も顔に出るからね。あとはお坊ちゃんの立ち居振る舞いを学べば、大抵の連中は騙せるよ」
「くくく、この詐欺師め」
振り返った小太郎を見たリーアルは目を丸くした。
着替える前までは小狡さと抜け目のない印象を受けた表情は、今や一変している。
何処かおどついて眦が下がり、視線は所在なさげにあちこちへと彷徨っている。言葉にすればたったそれだけの変化であったが、雰囲気から何から劇的に変化しすぎて、とても同一人物とは思えない。
まるで矢崎を釣り上げた際の災禍の如き変化であるが、そもそも二人の変装術は必要に迫られて共に学んだもの。小太郎も使えて当然であった。
「それから此処までやっておいて何だけど、一つだけ条件がある」
「何だ、報酬の話か?」
「いや、こっから先は、オレの商売道具も使わにゃならないからさ。道具や薬の話じゃない、話術や何やの諸々の技術をね。とどのつまり、企業秘密なワケ」
「成程な。貴様にしてみれば生命線だろう。だが、安心しろ。監視カメラや盗聴器の類は設置していない」
「オレが言うのも何だけどさ、不用心過ぎない?」
「何、心配するな。そのための魔術契約だ」
リーアルの宣言は絶対の自信に裏打ちされており、監視カメラと盗聴器が仕掛けられていないのは事実だろう。
これまでの経験と実績による自信であろうが、これからを想定すれば自信とは呼べない過信に過ぎなかったが、小太郎にとっては好都合。尤も、それでもなお調べるのが潜入任務には当然の慎重さである。その辺りで手を抜く男ではない。
それでもなお確認を取ったのは、不知火に仕掛けられた魔術契約の度合いを確かめたかったからだ。
少なくとも監視が必要であれば、魔術契約の質は低く、強制力も程度が知れている。逆に監視の必要がないのであれば、魔術契約の質が高く、強制力も命の関わるものだと推察できる。
今回は後者であり、リーアルと不知火との間に結ばれた契約内容と契約書を探り、見つけ出して魔術的なプロセスに従って破棄する必要がある。また一つ仕事が増えたと小太郎は嘆いたが、手間を考えれば無理もなかった。
小太郎の胸中など知りようもないリーアルは満足げな表情で頷くと、後に続くよう顎をしゃくる。
今一度、御曹司の仮面を被り直した小太郎が後に続いて向かったのは、一階の角部屋であった。
「此処が、奴の部屋だ」
「ああ、いや、此処から先はオレだけで行かしてくれ。旦那が顔を出すと警戒心が強くなっちまう」
「いいだろう。任せるぞ」
小太郎の申し出に至極あっさりと頷いたリーアルは、部屋の鍵を渡すと上機嫌で去っていく。
取らぬ狸の皮算用をしているであろう背中を見送り、鍵を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の広さはワンルームマンションの一室と大差はなかった。
家具はフルサイズのダブルベッド、デスクにクローゼット、化粧台。奥のキッチンが見え、その直ぐ隣には小部屋があり、そこが浴室とトイレになっているのであろう。
ただ、部屋全体の証明は薄暗く、剥き出しの内蔵を連想させる薄ピンクの壁紙も相俟って、ラブホテルの一室をそのまま生活空間にしたかのような悪趣味さであった。まともな神経をしているのなら、絶対に住みたがらない。
部屋の主は、扉に背を向けてベッドの端に腰掛けていた。
誰かがやってきたのは扉を開ける前から気配で察していたのだろう。振り向いた美貌はぞっとするほど凍て付いている。
しかし、予想していたリーアルではなかった事に一瞬だけ怪訝な表情をしたものの、小太郎の顔を見ると誰なのか分からなかったらしく不思議そうな表情に代わり、十分な観察の後に驚きから目を見開いた。
彼女はベッドから反射的に立ち上がり、向き直って何事かを口にしようとしたが、小太郎はそれを片手で制する。
一瞬の出来事であったが小太郎の観察眼は反射的に見せた立ち居振る舞い、呼吸、反応全てから、罠に嵌めるために用意された水城 不知火に成り代わった誰かではなく、水城 不知火その人であると確信した。
不知火は扇情的な対魔忍装束のままであり、今し方、五車学園を出発したばかりのようで、以前から変化は見られない。
しかし、彼女の無事を確認しつつも、気を緩めずに懐からスマートフォンに偽装された米連製の多機能ツールを取り出し、機能の一つを起動させる。
起動させたのは探知機であり、微弱な電波を発信、受信を繰り返し、周囲にある監視装置の有無を確認するためのもの。魔界製の生体カメラであっても捉えられる。
「久しぶりだね、不知火さん」
「……小、太郎君」
探知機の画面にALL CLEARの文字が浮かぶと同時に、小太郎は口を開いた。
帰ってきた返事は歯切れが悪く、未だに目の前の現実を受け入れ難くありながら、予想はしていたようであった。
当然だろう。不知火もまた4年前の一件に違和感を覚え、誰にも明かす事なく秘密裏に探り、その過程で小太郎が自分よりも一歩先を行きながら、口を閉ざしていた事実に気付いていた。
だが、半信半疑ではあった。前当主の無謀に廃れ、辛うじて残った家の当主として血を吐くような努力と綱渡りじみた駆け引きを行っていたのは知っていたが、実働任務にまで携わっているなど、己の目で見るまでは信じられなかったのである。
「早速だけど、こっちの状況と最大限の譲歩を伝える」
いきなりと言えばいきなりな物言いであったが、不知火もまた稲火の死の真相を探るという目的をアサギにさえ告げずに今回の任務についた身。小太郎がこの場に現れた以上、自身の目的も全て分かっている。
だからこその譲歩と口にした。でもなければ、彼が真っ先に告げるのは、不知火の身に掛けられた呪いじみた魔術契約と逃走の予定のみの筈だ。
不知火は、訳はあれども身勝手な理由で仲間までも巻き込んでしまった事実に目を伏せたが、意を決して面を上げる。彼女とて、相応の覚悟を以て
其処から手短に、小太郎はまず己と対魔忍の状況を伝えた。
二車 骸佐による反乱と離脱。それによる対魔忍内部に残ったふうま一門の立場の悪化。更なる冷遇と離脱を防ぐため、小太郎を当主としたふうま一門の再建。そのために必要な実績を積み、仲間を集めるための独立遊撃部隊の設立。
要点のみを押さえた説明であったが、元々水城家の当主代行としても、ゆきかぜの母親としても小太郎には助けの手を差し伸べてきた不知火は、状況を適切に把握していった。
「そして、今回の黒幕の件ではあるが、正直な所、目星をつけてはいるが確証がある訳じゃない。政府内部にも相当深く喰い込んでいるし、それなりに巧く立ち回っている」
「でしょうね。私も此処に来て分かったのは、リーアルもまた黒幕の操り人形に過ぎないという事だけ。自身に繋がる証拠は、そうそう残さない手合いのようね」
「オレも同じ所感だ。其処で、今回は諦めて撤退をして貰いたい」
「それは……」
「分かっている。ただ諦めろと言っているわけじゃない。次に繋がる証拠を手に入れ次第の撤退を提案する」
奴隷娼婦として潜入した不知火には時間的な猶予はいくらでもあるが、闇の住人達に身も心も喰い散らかされながらの過酷な任務。不知火自身、いつまで今の自分を保てるのか保証はなく、これまでの経験上、この世に絶対など存在しないと弁えている。
対し、独立遊撃部隊に時間的な猶予は少ない。如何せん、ヨミハラのほぼ全てが敵であり、明確な身分がない状態で正体を偽って活動している以上、どれだけ慎重になろうとも、いつ、どのタイミングで嗅ぎ付けられたとしても不思議ではない。
其処で、折衷案だ。
黒幕の正体を突き止め、稲火の死の真相を追いたい不知火と今直ぐにでも不知火の身柄を確保して撤退を開始したい独立遊撃部隊。
二つの意思を尊重した上で、互いの納得しうる妥協点の提示がそれであった。
「勿論、それだけじゃない。不知火さんを連れ戻した後は、独立遊撃部隊に所属してもらう」
「……私が?」
「ああ。基本は名前だけだがね。仕事の内容はこれまで通り。必要があれば手を貸して貰うかもしれないが」
「それにどんなメリットが……?」
「独立遊撃部隊はこれからも独自に4年前と今回、一連の黒幕を追う。調査内容は逐一アサギと不知火さんに報告する。それから――――」
「いざ動く際には、私も優先的に動員できる、という事ね」
小太郎の考えが見えた不知火は、先んじて彼の考えを口にした。
不知火にとっては悪くない提案だ。
元々、今回の任務と己の目的が無理無謀の類であった事は承知の上でアサギにすら何も告げなかった。飛び込んでいく虎穴自体が罠である事も分かっていた。
それでも飛び込まなければなかったのは二度とないかもしれないチャンスであり、ゆきかぜのためでもあった。
夫婦を狙った罠である以上、娘であるゆきかぜも狙われる可能性は高い。母親として禍根を断っておきたかったのもまた事実である。
ただ、不知火自身も認めるところであるが、考えが甘かった。
黒幕が他の組織や事件の情報を流す形で利用しているのは、正体を顕にしないためという思惑もある以上に、黒幕自体が自由にできる力も人員も少ないと思っていたのだ。
だが、蓋を開けてみれば、既にヨミハラの娼館にまで自らの操り人形を配置しており、総員という点でこそノマドに劣るであろうが、政府内部へは相当に深く広く喰い込んでいる可能性すら見えている。
どう考えたところで単身で事に当たるべき内容ではない。それが分かっているからこそ、不知火は余計な口を挟まず、反発も見せなかった。
「でも、この案は私に有利過ぎるわね。どういう事?」
「一つは不知火さんを今失うわけにはいかない。今、不知火さんに抜けられるとアサギの補佐できる奴がいねぇ」
「ま、まあ、そうね。さくらや紫もいるけれど、どちらかと言えば戦闘畑の人間だし……そもそもアサギも戦闘畑の人間だけど」
「もう一つは、オレのケジメだ。個人としても、ふうま宗家の当主としてもな」
今回の不知火が無謀に挑んだ責任は、小太郎にもある。
最終的な判断は不知火によるものではあるが、そのように追い込んだのは小太郎の動きに問題があったからだ。
誰よりも早く黒幕の存在を察していたのであれば、黙って握り潰して監視するのではなく、アサギと不知火に開示した上で特別チームでも編成すべきだったのだ。
故に謝意も兼ねて最大限の譲歩であった。
ふうま一門の立場が危うい中、水城家との関係までも悪化させては目も当てられない。これ以上、対魔忍内部で敵を作っては立ち行かなくなる。
「それから、ゆきかぜもヨミハラに来ている。あくまでもアイツ自身の意思だが、オレが行けると判断した」
「……そう。なら、あの子も全て知っているのね」
「ああ。アイツも何時まで経っても子供な訳じゃない。対魔忍としても、娘としても、十分に不知火さんの力になれる。それはオレが保証しよう」
「そう……そうね。此処は、流石は私とあの人の娘、と胸を張るべきかしら?」
不知火は何処か空元気に見える、だが小太郎が顔を見せてから初めて笑みを刻んだ。
彼女の胸中としては複雑だろう。本音を言えばゆきかぜを巻き込みたくはなかった筈だ。にも関わらず、当の娘は自らの意思で危険に足を踏み入れた事を決意していた。
誇らしさと不安が同居した心中には、不知火も笑みを浮かべる以外の手段を持ち合わせていないようだ。
「何なら、ゆきかぜと話すかい?」
「いえ、必要ないわ。あの子も望んでいないでしょう? 事が終われば、きちんと話し合います」
「そうかい。なら、仕事の話を続けたいが……」
「その前に、これを見てちょうだい」
これからの予定を話し合おうとした小太郎の言葉を遮り、不知火は自身の胸元へと手を差し込んだ。
其処から取り出されたのは、一つのカプセルと一つの小瓶であった。
カプセルの方は、一見すれば一般的な薬剤のそれと大差はない。
そして、小瓶の方は中に無色透明の水溶液で満たされており、その中央には何らかのチップらしきものが浮かんでいた。
「これは……?」
「カプセルは私とリーアルが契約を結ぶ際に渡されたキメラ微生体。そして、こちらのチップは改造中に私の頭の中に埋め込まれようとしていたもの。リーアルは“イブ”と呼んでいた」
「んー? て、こーとーはー…………やるねぇ、不知火さん」
「お褒めに預かり光栄だわ、と言いたい所だけれど、伊達に“幻影の対魔忍”なんて呼ばれていないわよ」
不知火の言葉から、全てを察した小太郎は呆れとも感嘆ともつかない響きの言葉を漏らした。
幻影の対魔忍の二つ名は、彼女の水遁の術を用いた目眩ましと幻惑から名付けられたもの。それを存分に使ったのである。
そう、不知火はリーアルと魔術契約など交わしていないし、肉体に施された改造も最低限でしかないのだ。
長年、対魔忍として戦ってきた不知火は魔界技術の危うさは十分に理解している。唯々諾々と相手側の提案を受け入れるほど、間抜けでもない。
リーアルとの魔術契約に関しては、契約書にサインをしたかのように見せかけた。
肉体改造と洗脳に関しても、リーアルとその配下が直接身体に触れるようなもの以外は全て幻影を以てやり過ごしたのだ。
基本的に魔界の医療、改造技術は、機械に接続された生体部品――触手などを使って行われる。人間にせよ、魔族にせよ、集中力には限りがある以上、機械に任せてしまった方が失敗は少なくなるからだ。
何らかの異常を触手が感じ取ったとしても、その異常は機械を通して作業者へと伝えられる。つまり、幻惑の術で機械の画面を異常の無いように見せかけ、水で作り出した変わり身を配置し、己自身は身を隠してしまえばいいだけの話。
しかし、並大抵の使い手では不可能だ。一度に用途の異なる複数の術を発動させた上で、破綻なく行使し続けるには、相当の習熟度が必要となる。
まして、幻惑の術は相手側に僅かな違和感でも与えようものならば、全て破綻してしまう。自身の腕に対する自信もなければ成り立たない離れ業。正に、幻影の対魔忍の面目躍如である。
「キメラ微生体の方は他にもサンプルがあったけれど、チップの方は見当たらなかった。私の様子を見に来たリーアルとゾクトの会話を盗み聞いたけれど、黒幕から齎されたものである可能性が高いわ」
「見た所、生体パーツも組み込まれてるみたいだが、頭に埋め込むために小型化されてるから発信機なんかの心配もなさそうだな。桐生なら製造元まで探れそうだが、サンプルが一つじゃ心許ないか」
「ええ。もう一つか二つ、予備があった方が確実でしょうね。でも、私一人では此処までが限界だった」
「十分だ。目星はつけてあるって言ったろう? サンプルとまでは言わないが、何らかの情報は手に入れられるさ」
「呆れた。貴方も人のこと言えないわよ、小太郎君」
黒幕への重要な手がかりである小瓶を眺めながら告げる小太郎に、今度は不知火が呆れを見せる番だった。
ヨミハラへの潜入だけでも並の対魔忍には不可能だと言うのに、リーアルと接触して不知火と接触し、逃走の計画も立てた上で、黒幕の情報収集までも並列して行う。少なくとも、不知火の記憶にある対魔忍に、これを可能とする者は一人としていない。呆れもしよう。
其処からは撤退の作戦を詰めていった。
地の底という条件、ヨミハラで得た情報を下に組み上げられた作戦に、不知火も口を挟む余地はなく、納得の至りであった。
「成程、盲点だったわね。それなら目を引きつけられる」
「ライフラインから握れる利権を考えれば、当然だけどね。お蔭で、こっちには有利に動く。全てが全て思い通りになるとは思えないが、全員揃って撤退となればこれしかない」
「ええ、そうね。私も賛同します。尤も、全てそちら任せになってしまうのが心苦しいけれどね」
「元々、こっちの任務は不知火さんの救出と撤退支援だから、気にする必要はないよ」
其処で小太郎はようやく息を吐いた。
凡そ、想定していた通りの展開であったが、不安がなかったかと言われれば嘘になる。
不知火の説得が、今回の任務における山場の一つであった。彼女が単身でヨミハラの任務を受けたのは自信からではなく、感情に寄る所が大きい。
どれだけ不知火に有利な条件を提示しようとも、彼女が感情から拒絶する可能性は否定しきれなかったのだ。
ともあれ、何とか山場を超えた。そして、超えなければならない一線はもう一つ――――
「あー、それから……」
「言わなくても分かっているわ。リーアルとどんな話をしたのかは分からないけど、男として娼館に来たんですもの、するべき事は一つよね」
「……嫌じゃない?」
「勿論、嫌よ。娘と同い年の、それも小さい頃から知っている男の子ですもの。でも、必要であるのなら仕方がないわ」
「…………」
「それに、これは私の覚悟と思って。一度きりだったとしても、母親が娘の想い人とこんな真似をするんですもの」
「……だよね」
「一つだけ、約束して。私ももう一人で全てを決断して無茶も無謀もしない。小太郎君も、部隊も信用する。だから君も、分かっているのに口を閉ざす事だけは止めてちょうだい」
「分かったよ、約束する。…………それから、黙ってて悪かった。あれじゃあ、稲火さんの死を軽んじているのも同然だった」
「もう、遅いわ。それは一番最初に言うべきよ」
静かに頭を下げる小太郎に、不知火は困ったように微笑んだ。小太郎の謝意が本物であると感じ取ったのであろう。
哀しみや怒りの振り下ろしどころを見失いながらも、全てを受け入れて前に進む覚悟を決めた、そんな笑みだった。
ほい、というわけで、リーアルいいように思考を誘導されて自ら首を絞める&流石は幻影の対魔忍&不知火ママン説得完了、の回でした。
不知火ママン、調教されてヤベー状況かと思ったら、そんな事なかった。これには流石の若様も苦笑い。
但し、それ以降はどうにもならないので、撤退を選択せずにいた場合は、ガングロ淫魔王が出張ってきてユキカゼ2本編、RPG本編と同様の結果になった模様。
さーて、次回はエロじゃエロじゃー! 頑張るでー!