対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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若様「お前も成長したなぁ(ホロリ」

紅「ふふん、そうだろう?(フンス」


淫魔王「ウチのシマを荒らすボケは誰じゃ……(憤怒」

淫魔「わかりまへん(震え声」

淫魔王「まあええわ。あっちの女はどうなっとるんじゃ……」

淫魔「なんとかなりそうですわ。でも、あの女、一体どっから……(不安」

淫魔王「ワシも、分からん事くらいある……(困惑」


という前回までのあらすじ

遅くなりましたが、何とか投稿。いやぁ、災禍さんがドロップしないんじゃ~。
何とか、何とか今日明日中にドロップしなければスキルマは不可能……! 頼む、来てくれ災禍さん……!

では、本編どぞー!



苦労人を追い詰めるのが、対魔忍や魔族や米連だけだと思った? そんな事はありえないんだよなぁ……

 

 

 

 

「もう玄関が直ってやがる。魔界の建造技術はどうなってんですかねぇ」

 

「ドワーフなど工芸や建築技術に優れた種族もいますからね。専属か、業者として存在しているのでは?」

 

「だろうねぇ。警備が厳しくなっちゃいるが、単純に厳しくなっただけ。誰かに狙いを定めている訳ではなく、誰もを警戒している」

 

「網は張って入るものの、網目が粗い。想定通り、狙い目です」

 

 

 ヨミハラが無差別の同時多発爆破事件が起きてから二日後。

 小太郎と災禍は、リーアルの秘書が逃げ帰った4階建ての娼館『ドリーム』から100mは離れた建物の屋根から警備の様子を観察していた。

 地下と言う薄暗がりの中で、二人揃って双眼鏡すら用いずに様子を探る辺り、視力も高く夜目も効く辺りは実に対魔忍らしい。

 

 正面玄関では淫魔にしては珍しく戦闘に特化と思しき個体が立っており、客に機械と手感で身体検査を行い、不審者の立ち入りと不審物の持ち込みを徹底的に排除していた。

 

 

「じゃあ着替えていくか。手筈通り、中に潜入するのはオレ一人」

 

「私は外で待機し、回収と撤退の支援ですね。本来なら、私が行くべきでしょうが」

 

「一人の方が何かと身軽だし。災禍は両脚が義足だから機械の目に引っ掛かりかねない。生身の身体で対魔粒子も少ないオレの方が潜入には向いてる。適材適所だ。使える者は親でも使えってな。自分自身だってそうだろうよ」

 

「当主や部隊長なのですから、本来なら命令だけ下して、結果は座して待つのが普通なのですが……」

 

「しょーがねーやな。人手が足りねーって。人手が足りてても能力が足りてないから、結局オレが動く方が確実になるしなぁ……」

 

「「…………はぁ」」

 

 

 ひとしきり娼館の様子を探り終わった小太郎と災禍は、自分達の現状に嘆きながら服の上から更に薄汚れたグレーのつなぎを着込み、同色の帽子を目深に被る。

 そして、屋上から裏路地へと飛び降りた二人は、用意してあった大人が一人優に入れる台車をそれぞれ押しながら大通りへと出た。

 

 一見、目を引きそうな格好と荷物であるが、擦れ違うヨミハラの住人は気に留める様子はない。

 それもその筈、二人の格好はヨミハラに於けるリネンサービス業者のそれであったのだから。

 

 ヨミハラの店は大半が娼館。客が一人の娼婦を買えば、寝具は体液で汚れ、清潔な寝具と入れ替える必要がある。

 一日に消費される寝具の量は凄まじい数に登る。とてもではないが、それぞれの娼館で洗濯をして再使用するなど人件費の無駄であり、工数として不可能だ。

 故に、リネンサービスで金を稼ごうとする輩も組織も存在している。地上と変わらないレベルの生活が送れるということは、地上と変わらないレベルのインフラや各業者が揃っているということでもあるのだから。

 

 ヨミハラの実態を見る以前から、こうした現実を予期していた小太郎は、災禍を娼婦として街に立たせてインフラや各業者について調べさせた。

 命を受けた災禍は自分達が隠れ蓑にしやすく、なおかつ潜入に向いた業者をピックアップし、その仕事内容と事業所を明確にするべく探った。

 

 思惑通り、誰にも正体を悟られる事なく、二人はドリームの側面へと回った。

 ドリームは正面玄関以外を建物で囲まれており、左右裏手は他と同じく路地となっている。道幅は比較的広く、台車を押していても苦にならない。清掃も行き届いているらしく、鼠や魔界生物の姿も見受けられなかった。

 裏口に至るまでの間に、ドリームの窓から淫魔らしき娼婦と客らしき中年男性と目が合ったが不審にさえ思われない。日常的に目にしている光景故に不審感へと至らないのだろう。この場合、相手の間抜けさを責めるよりも、災禍の選んだ業者が最適であったと称賛されるべきだ。

 

 

「使用済みの寝具の回収と新しい寝具の配達に来ました」

 

 

 裏口へと辿り着いた小太郎は設置された監視カメラに自らの顔が映ず、なおかつ不自然にならない位置からチャイムを鳴らし、インターホンに向けて語り出すと、暫くして返事があった。

 待つこと数分。鍵の外される音が響き、扉を開いて現れたのは、執事服を身に纏った男の淫魔であったが、小太郎と災禍の姿を確認すると訝しげな表情を浮かべる。

 

 

「いつもの奴はどうした」

 

「ああ、アイツなら死んだよ。この前の爆発にでも巻き込まれたのかねぇ。少なくとも、オレは聞いていない。オレは臨時で此処に回されて、後ろの奴は最近入った新人だ」

 

「………………」

 

 

 あからさまに疑いの視線を向けてくる淫魔に、小太郎は肩を竦めながら虚言を弄する。

 

 前日の内に災禍が事業所へと忍び込んでおり、配達員のリスト、配達のルートや時間までも入手していた。

 本来、ドリームへと配達に来る男は前日の内に始末しており、代理を務める者も後数時間は訪れない。万が一、事業所に連絡を入れられても何の問題もなくやり過ごせるだろう。

 

 仲間を吹き飛ばされて殺されていたからだろうか、淫魔は殊の外あっさりと虚言を受け入れ、そうかとだけ告げて顎をしゃくる。

 その先は、裏口の隣にある大きな扉があった。大量の酒や食品を一度に店に入れ、各階へと家具を運ぶ物資搬入用のエレベーターだ。其処に入れという意味だろう。

 

 

「じゃあ、オレは中に届けてくる。外に使用済みの寝具を入れるシューターがあるから、空の台車と入れ替えとけ」

 

「…………」

 

「――――いや、待て。お前、女か?」

 

 

 先輩役の小太郎の言葉に、後輩役の災禍は従順に無言で頷いたが、淫魔の目が鋭く尖る。

 ヨミハラに居る女は娼婦と奴隷だけ――――であるが、このような肉体労働に位置する仕事に、女を使う場合は酷く珍しい。

 

 災禍が女である事が悟られた場合、疑われるのは分かっていた故に女らしい体型を誤魔化せるように胸をサラシで潰し、つなぎの中に布を詰めていた。

 だが、それでもなお淫魔が気付いたのは、異性を虜にして精気を啜る種族が持つ嗅覚や感覚故であったのだろうか。

 

 

「帽子を外せ」

 

「あー、それは止めといた方が……」

 

「黙れ。いいから早くしろ」

 

「ったく、だってよ。ほら、見せてやれ」

 

「…………はい」

 

「――――うっ」

 

 

 淫魔の指示通り、災禍が帽子を外し、隠されていた顔が明らかになる。

 

 裏口から溢れる光に晒された顔は、酷く歪み崩れていた。

 顔の左半分は何らかの事故の影響であろうか、肌色の皮膚がなく、筋肉や眼球、歯茎や白い歯が剥き出しに。

 顔の右半分は生まれ持った先天的なものであろうか、眼球は白く濁り、鼻は欠け、アトピー性皮膚炎によって点状紅斑、小水泡、紅斑紅疹で覆われている。

 

 誰もが顔を顰めるほどの醜女ぶり――――少なくとも、淫魔の目にはそう写っていた。

 

 顔を見せろと言われる程度は小太郎達には想定の範囲内。そして、そのような時こそ災禍の邪眼が本領を発揮する。

 意識と視界を奪い取り、実際とは異なる光景を見せる邪眼は非常に強力である反面、扱いが非常に難しい。

 相手が垣間見る光景は災禍が決定するため、対象が違和感を覚えぬように現実的かつ整合性の取れたものでなければならず、膨大な集中力を要する故に災禍はその場から一歩も動けなくなってしまう。

 長時間の発動は相手に違和感を覚える(いとま)と疑問を生み出してしまう。如何に小太郎が優秀と認める災禍と言えども記憶や想像力には限界があり、整合性を保ち続けるのは無理がある。

 

 故にこそ、最大の効果を発揮するのは、今回のような一瞬の使用だ。

 

 相手に違和感を与えず、自分の視界と意識が支配されているなど夢にも思わせない。

 後から違和感を覚えても確かめる術はなく、見たものを見たままに受け入れる他なく、そもそも何らかの能力を使用していたなど思い至らない。

 

 災禍がそれに気付いたのは、そうした幻術の類を小太郎が見破るため、彼の母が考案した訓練故にであった。

 

 日常の中、小太郎と目を合った一瞬に邪眼を発動させ、視界と意識を支配する。小太郎が見破れればその時点で終了、見破れなければどちらかが死ぬまで続行、という無茶苦茶も良い所の訓練であった。

 始めの内は体力と対魔粒子の限界まで騙し続ける事が出来たが、回を重ねる毎に小太郎は目を養っていき、ついには災禍の方が苦労する羽目になった。

 

 

『ふふふ。それはそうでしょうね。こういう能力は発動の条件が分かっていれば、見破るのは案外簡単ですから。来ると分かっているタイミングで限界以上に集中して、周囲を注意深く観察すればよいのです』

 

『で、ですが、それでは若様の訓練に……』

 

『これは、貴女の訓練でもあるのですよ。災禍は相手の見ている光景をきちんと理解しているのかしら?』

 

『それは、どういう……』

 

『そうね。例えば――――私と貴女の見ている世界は同じだと思う?』

 

『いえ、それは……』

 

 

 負けが込み始め、訓練が訓練にならぬ状態に陥った災禍は、ふうま宗家の離れで療養を取っていた小太郎の母に相談した。

 今でも、その時の事はよく覚えている。彼女は離れの縁側に腰掛け、見るも痛々しく窶れながらも酷く優しい笑みを浮かべて、気付きを与えるようにゆったりとした口調でそう告げた。

 

 彼女が生まれ持った邪眼は“心法識(しんぽうしき)”と呼ばれる他者の感情を色として把握するだけのもの。

 邪眼の殆どは外界の情報を受け入れるだけの受動器官にではなく、外界に働きかける能動器官だ。そういった意味では数ある邪眼の中でも最下層に位置するものであるが――――彼女はそれでも最強だった。

 

 その言葉に、災禍ははたと気付いた。彼女の世界が如何なるものか。全く想像が出来ない自分に。

 喜怒哀楽と言った感情は何色なのか。人の感情に塗り潰される世界とは、どのように見えるのか。

 

 

『そう、貴女の邪眼は見ている世界の違う者には意味をなさない。何も私だけではない。全盲の人間では視覚以外の感覚が鋭くて、すぐに気づくでしょうし、色盲の人間でも災禍はその人の見ている世界は知らないでしょう? あとは精神を患っている人とかもそうね。同じものが見えていても、自分にとって都合よく都合悪く、常人とは受け取り方が全く違う』

 

『……確かに、それは盲点でした』

 

『小太郎で言えば、身長が違うから視界の高さとか、ね。貴女の能力は強力な反面、使い方や使い所、相手を選ばねば酷く脆くもある。それを理解できれば、災禍の邪眼は一段高いものとなるでしょう』

 

『ありがとうございます。自分の至らなさに、恥じ入るばかりで……』

 

『いいのよ。私ももう先は長くはないでしょうし、あの子には災禍のような優秀な人に支えて貰わないと、不安で地獄に落ちられないもの』

 

『どうか、そのような事を仰らないで下さい。若様には奥方様が必要です。天音も私も、奥方様にはまだ何も……』

 

『……そうね。病で気弱になったみたいだわ』

 

 

 そう言って、彼女は縁側の先にある庭へと視線を向ける。

 限りない慈しみと愛情の添えられた視線の先には、組み手をしている最中の幼い小太郎と天音の姿があった。

 

 

『母上ー! 母上ー! ボクは一体何時まで天音にボコられればいいんでしょうかー! そろそろ死んでしまいそうですー!』

 

『勿論、一本取るまでよ~。それまで死んでも止めさせないわ~。安心なさい、死んでも蘇生させますからね~。天音も、手加減してはいけませんよ~』

 

『無論です、奥方様っ! 若ッ! 私も心苦しくありますが、これも全ては若のため! 天音は心を鬼にして御相手致しましょう!』

 

『ひぃいいぃいいいいいいぃぃ――――! ……あっ、ぎゃ~~~~~~~~~~~!!』

 

 

 母の容赦のない言葉に涙目になった小太郎は、その隙を天音に突かれた瞬間、宙を舞った。ポーン、と擬音が聞こえてきそうな見事な投げ出され方であったそうな。

 その様に、小太郎の母はあらあらと笑い、災禍は小太郎の危機的状況におろおろとしながらも、奥方の命令では、と止めるに止められない。

 

 

『ま、私だったらムカつく奴をボコる時に使うわね! 殴る直前に意識逸してやれば、殴り放題でしょ!』

 

『…………奥方様奥方様、素が出ておられます。それに、そんな事ができるのは奥方様だけですので』

 

『あら、いけない。私としたことが。おほほほほ』

 

 

 此処まで気付きを与えておきながら、最後の最後で台無しにしてくれた彼女に、災禍はどのような顔で返答をしたのか記憶にない。

 ともあれ、その訓練は、小太郎が災禍の対魔粒子の動きを肌で感じる、という斜め上の一言と感覚を手に入れるまで続けられ、災禍は自らの能力に対する理解を深め、工夫を凝らす術を学んだ。

 

 そして現在―――― 

 

 

「ご覧の通り、娼婦としても使えないってんで、ウチのボスが格安で買ったんですよ。ま、顔を隠せば締りはいいから。オレ達も助かってますがね」

 

「――――チッ、さっさとしろ」

 

「どーも」

 

 

 人を騙し、籠絡して精気を啜る淫魔を、事もなげに騙してのけた。

 自らの忍法を過信、酷使するだけではなく、使用の前後にまで気を使う徹底ぶりは、十全に自身の能力を理解している証である。

 帽子を被り直した災禍が歩き出すのを見送り、小太郎は真っ白なシーツの入った台車を押して、搬入エレベーターに乗り込むと胃の浮く感覚と共に動き出した。

 

 

(うーわ、まーた居るよ。こりゃ、必要なもんだけ手に入れて、さっさとトンヅラした方が良さそうだ)

 

 

 ドリームに足を踏み入れた瞬間に、小太郎の対魔粒子の動きすら感じ取る五感は濃密な魔力を捉えていた。

 ヨミハラの地に満ちるブラックのものとも、以前にたまさか遭遇したナディアのものとも違う。

 吐き気を覚えるほどの淫気に満ちたそれは明らかに淫魔のものであったが、確実に魔界の支配階級クラスのものだ。それが今回の黒幕とは限らないが、警戒に値する相手に違いはなかった。

 

 何はともあれ、気づかれないに越した事はない。気付かれたとしても、最低限自らの正体と目的を察せられなければいいと彼に恐れはなかった。

 ブラックのように強大な力を持つ魔族であったとしても、決して全知全能ではない。上位魔族が如何に人間を遥かに上回る生命体だとしても、全てを把握し、全てを支配するなど夢のまた夢。付け入る隙などいくらでもあるものだ。

 

 エレベーターの上昇が止まり、扉が上下に開くと、其処は薄暗い倉庫であった。

 食料品や日用雑貨が棚に小奇麗かつ整然と並べられており、何処に何があるのか一目で把握できるようになっている。この娼館の主の性格を現しているようだ。

 

 エレベーターを下りた小太郎は、その場で淫魔のボディチェックを受ける。

 手の触覚によるものばかりではなく、金属探知機によるものまで、身に纏う衣服の中までのみならず、台車の中身まで確認された。

 結果は淫魔も納得する白。事実として、小太郎はドリーム内部に武器の持ち込んでいない。

 仲間を爆殺された淫魔達が警戒を高めているのは承知の上。当然、ボディチェックなども強化されており、これを欺くのは手間になりすぎる。

 

 

「着いて来い」

 

「分かりましたよ、っとぉ」

 

 

 ボディチェックが終わると、淫魔は目線も合わせずに歩み出した。劣等種である人間とは会話すらも最低限にしておきたいのだろう。

 嫌悪から相手を深く知ろうとしない態度は好都合と、小太郎は文句も言わずに台車を押して後を追う。

 

 倉庫を出ると左右に廊下が伸びており、壁には無数の扉と窓が取り付けられていた。

 一階部分は客と娼婦役の淫魔が使用する区画と従業員役の淫魔が使用する区画が明確に区別されており、二階部分は娼館としての機能しか有していない。

 小太郎は外観から予測されうる間取りと実際に目にした間取りに差異が殆どない事を確信した。古来、砦の普請も忍の役割の一つであった。この程度は驚嘆に値しないだろう。

 

 淫魔に導かれるままに廊下を進んだ先の一室は、ホテルや病院にあるリネン室であった。

 ドリームで使用される数日分の寝具が備えられたリネン室は、娼館の薄暗い印象から一転して明るく清潔感に溢れている。

 壁に設けられた棚もまた白一色であり、寝具も同様にシミ一つない。清掃は行き届いていて埃一つなく、白が反射する電灯の光で目眩すら覚えてしまいそうだ。

 

 小太郎は台車を押して中に入ると、扉を開けていた淫魔は続いて部屋の中へと足を踏み入れる。

 ボディチェック上は白であったが、人間に何かされては溜まったものではない。監視を行うのは彼にしてみれば当然の行為であったのだろう。

 

 だが、精神的な油断がなかったか、と問われれば、首を縦には振れまい。

 

 彼が警戒したのはあくまでも悪戯や嫌がらせの類であって、今の小太郎と仲間を殺した正体不明の敵が全くと言っていいほどに繋がっていない。

 厳重なボディチェックと相手はただの人間という認識が、図らずも警戒のハードルを下げてしまったのである。

 そも警備や警戒とは、対象を絞って行うものだ。訪れる全てを警戒せよ、と言われても、何を警戒していいのやら判然とせず、個々人によって警戒すべき対象が代わり、張った網の目は大きくなってしまう。

 

 淫魔が背を向け、扉を締めた刹那、小太郎は動いていた。

 

 

「――――っ、かっ……は、ぁ……っ?!」

 

 

 淫魔には何が起こったのかすら分かるまい。

 小太郎の鍛え上げた両腕が彼の首に巻き付いていた。柔道における裸絞の形。

 即座に淫魔の身体を引き摺って扉から引き離す。壁や扉を蹴り上げて、仲間へと異常を知らせないためだ。

 

 極まるまでの最中に、腕を差し込み、顎を引く事は可能であるが、完璧に極まった裸絞に返し技は存在しない。

 災禍を筆頭とした自らの能力を意識的に行使しなければならない相手には非常に有効な技であり、逆にゆきかぜを筆頭とした能力を発動さえさせてしまえば無差別に周囲へと被害を生み出せる相手には相性が悪い。

 人型の魔族の大半は肉体が存在しており、出力の桁は違えども、肉体の構造は人間と大差はない。肺も心臓も脳も存在している以上、人間の技も十分に効果を発揮する。尤も、技を掛けさせて貰えれば、という前提は存在するが。

 

 何とか首を締める腕から逃れようとする淫魔であったが、脳への酸素供給を立たれた状態ではまともに思考も出来ず、元々戦闘に特化した種族でもない。

 瞬く間に顔は蒼白となって泡を吹き、身体中から抵抗の力が抜け、痙攣だけを残して失神する。

 

 完全に意識を失った事を確認し、ようやく両腕の拘束を解いた小太郎はリネン室の扉の壁へと背中を付け、そのまま壁に耳を当てる。

 折角、淫魔の監視から逃れられたと言うのに、別の仲間に異常を悟られては意味がない。周囲を警戒して然るべき。

 

 五感を研ぎ澄ませて周囲を探るが、他に淫魔の気配はなく、異常を悟られてもいない。

 次に扉を開け、首だけで廊下を覗き込んで他の人影がない事を確認して、ようやく息をつく。

 淫魔達にとってよほど重要な拠点なのだろう。廊下には無数の監視カメラが設置されていたが、幸いな事にリネン室の周辺にはなかった。

 

 廊下に出た小太郎は一番近くあった窓を開ける。其処には、待機していた災禍が居た。

 

 

「若様、お気をつけて」

 

「分かってるさ」

 

 

 災禍は台車の中に収められていたFNX45と短機関銃と何かの収められた小箱と袋を手渡した。

 短機関銃はUMP。MP5などと同じく複数の拳銃弾を使用する短機関銃であり、今回選んだのはFNX45と同じく.45ACP弾を使用するUMP45である。こうした潜入任務には弾丸の管理は重要になってくる。同一の弾を使用した方が数の管理が楽なのだ。

 最大の特徴は材質にポリマーを用いた軽量化にあり、同クラスの短機関銃に比較してずば抜けて軽い。加えて、ポリマー故に錆を気にする必要がなく、潜水後も即座に射撃が可能。また使用弾が.45ACP弾であるためにサプレッサーとの相性も良く、何かと特殊部隊向けの一丁と言えよう。

 御多望に漏れず小太郎の受け取ったUMP45にもサプレッサーとフラッシュライトが取り付けられていたが、相変わらず射撃を補助するフォアグリップや光学照準器の類は取り付けられていない。

 

 こうして一度はボディチェックを受けながらも武器を持ち込んだ小太郎は、監視カメラを避けながら悠々と娼館の調査を始めるのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 それから10分後、小太郎はドリームの地下へと潜っていた。

 従業員の区画にあった一室には地下への隠し階段があり、中世風の館から一変して、金属製の床と壁を持つ近代的な研究施設へと変貌を遂げていた。

 

 如何に小太郎と言えども、外観よりこのような施設があるとは予測できない。

 しかし、アンダーエデンにも似たような施設が存在していたのはリーアルの話から聞いており、同系列の組織と思われるドリームも同様の施設があっても不思議ではない。

 これだけの短時間でこの地下施設への入り口を発見できたのは、小太郎をドリーム内へと招き入れた淫魔の協力があったからである。

 

 気絶させた彼に災禍から受け取った小箱――――その中に入っていた特製の自白剤を使用したのだ。

 尤も、自白剤など名ばかりの小太郎が自作した劇薬だ。ヨミハラの露天商で売られていた粗悪な媚薬を調合し、現地調達していた。

 単なる媚薬では自白剤として機能などしないが、小太郎は自ら発見した方法でこれを補った。

 

 それは眼窩から眼底を突き破って脳内に直接媚薬を注入する方法である。

 媚薬に寄って鋭敏になった脳は、女ならば絶頂を、男ならば射精を無限に繰り返させる。その恍惚の中では、如何なる存在であっても嘘を吐く思考そのものが抜け下ちてしまう。

 反面、ただでさえ経口摂取や血管、皮下注射によって体内へと注入する強力の媚薬を直接脳に投与されれば、ただの一度で確実に死人か廃人となってしまう。だからこそ、誰にでも使えない方法であり、いくら死んでくれても構わない相手にしか使用できない方法でもあるのだ。

 

 娼館の警備や監視カメラの位置、地下の存在とセキリティコードを全て聞き出した小太郎は、呻き声と共にズボンの中で射精を繰り返す廃人の首をきっちりと圧し折ってからリネン室のシーツの下へと隠し、こうしてやってきていた。

 周囲の建物やライフライン、下水道の関係からして、地下の広さは地上の娼館と変わらない大きさと予想できる。

 何よりも幸運だったのは、地下は入り口こそ魔界技術と先端技術の複合した厳重なセキリティが敷かれていたものの、内部に関しては監視カメラや警備の者すらない有様。

 入り口のセキリティと身内に裏切り者などいないという自信が現れた結果であったのだろうが、こうして侵入されてしまえばザル以外の何物でもない。

 

 UMP45を構えながら、地下の施設を進んでいく。

 階段を下りきった先には一本の通路が続いており、壁には強化ガラスの嵌め込まれり、その向こうには無数の小部屋が広がっていた。

 

 

(何だ、これは……)

 

 

 それぞれの小部屋には、小太郎でも見たことのない肉塊が蠢いていた。

 肉塊は目も存在していないというのに小太郎を察知し、触手を伸ばす。

 ガラスへと叩きつけられた触手であったが、そもそも肉塊の生み出せる力を想定して作られたであろう強化ガラスは音すら立てずビクともしない。

 それでもなお小太郎を求めるように触手の先端を貼り付けせている。ガラス越しに見える触手の内部はヤツメウナギのような角質の歯が連なり、細長い舌が蠢いていた。

 

 

(人と淫魔の混じったような気配……コイツは、人を淫魔に仕立て上げようとしてんのか?)

 

 

 肉塊から発せられる気配。そして、施設の奥へと進むに連れて、連なった小部屋の中の肉塊が人型に近くなっていく様に小太郎は確信していった。

 この肉塊は研究の過程で生まれた失敗作、或いは経過観察の必要な実験対象と言ったところか。

 

 魔界技術には人を全く別の生き物へと変貌させる技術も確かにある。

 しかし、それは特定の魔族になれるような都合の良いものではなく、人でも魔族でもない怪物(できそこない)を生み出す程度のものでしかない。

 

 

(それを、淫魔にさせちまう、か。政府内部にもかなり喰い込んでいるようだし、この施設を見るに研究資金も潤沢。ほぼ確立した技術になっていると見て間違いない。なら、淫魔になった人間は何処に行った?)

 

 

 其処まで考え、小太郎は鼻で笑う。考えるまでもなかったからだ。

 人間から淫魔となった連中は、間違いなく人間社会の中へと戻っている。この研究施設を作り上げた者の傀儡となって。

 でもなければ、わざわざ人間を淫魔にする必要などない。淫魔族が、この世界を支配するための尖兵、工作員としてこうしている間も社会に潜み、暗躍しているのだ。

 

 

(厄介さならノマドよりも上かもな。だが、何もかも手遅れって訳でもない)

 

 

 単純な脅威度、という点に関して言えば、ノマドの方が厄介だ。

 イングリッド、朧、フュルスト、その他の魔族の有力者を抱え、ブラックをトップとしたノマドと全面戦争などという事態になれば、対魔忍も日本政府も米連もただでは済まない。

 だが、ブラックが肥大化する組織を制御できず、するつもりもない以上は、そのような事態には発展しない。少なくとも、小太郎が生きている間にノマド全体の足並みが揃う事態には至らないであろう。

 

 対し、この淫魔の組織は潜在的な脅威度に関しては圧倒的に上。

 身内の裏切りを警戒している様子がない以上、ノマドよりも組織全体の足並みが揃っており、トップの意向を理解して同じ目的に邁進している。

 ましてや人間を淫魔と化して潜伏させているのだ。気付いた時には人界の支配権は淫魔の側に移っている、などという事態になりかねない。

 

 小太郎は要警戒対象が一つ増えたと嘆きながら、アサギへの進言と今後の動きを考えつつ施設の奥へと進む。

 

 

(中には、二人か。問題ない、行くか)

 

 

 施設の突き当りにあった扉へと辿り着いた小太郎は、厚い壁に隔てられた部屋の中の気配を探り、突入を覚悟する。

 

 プシュ、と空気圧の音共に、鋼鉄製の扉が左右へと開く。

 明るい廊下に反して、内部は薄暗かったが、無数の機械画面から発せられる光によって排除対象を捉えるのは容易かった。

 中に居たのは何らかの作業に勤しむ男女の淫魔であり、小太郎の姿を確認すると呆気に取られたように手を止める。侵入者など、想定していなかったのだ。

 

 その間抜け極まる顔と胴体に二発ずつ。計八発の弾丸を、一発の無駄もなく叩き込み即死させる。

 相手の完全な死亡を確認し、ようやく銃口を下ろした小太郎は、部屋の内部へと脚を踏み入れた。

 

 

(やっぱり、此処がこの施設の要だな。あの生体チップ――――イブとやらは何処にある?)

 

 

 今し方まで女の淫魔が操作していたコンピューターを覗き込み、キーボードを叩いて必要な情報を探っていく。

 残念な事に、不知火に埋め込まれようとしたイブの製造元を特定できる情報は得られなかったが、代わりにイブの保管場所ははっきりとした。

 

 廃人にした淫魔から聞いていたパスワードを入力すると、壁に埋め込まれた保管庫の扉が開く。

 低温下で保存されているらしく、冷気が白い靄となって吐き出される保管庫の奥には、不知火から受け取ったものと同様の小瓶が並べられていた。無論、中身も同様である。

 

 

(もう三人も殺しちまったし、此処をメチャクチャにして逃げるか)

 

 

 そうする事で、先日の生きた爆弾の件も淫魔達は自らの属する組織を狙ったものと思い込む。 

 始まるのは犯人探しであるが、同時に施設の存在を知り、正規の手段で侵入を果たしている以上は、身内までも疑わねばならず、一時的に組織の足並みは乱れる。

 ましてや、この部屋そのものを破壊してしまえば、淫魔達もイブを手に入れるための侵入であったとは気づくまい。

 

 後はアンダーエデンを襲撃して不知火の身柄を確保して、五車へと帰るだけだ。

 

 

(――――ん?)

 

 

 保管庫へと手を伸ばし、イブの入った小瓶を二つ手に取った小太郎であったが、ある事柄に気付き、手を止めた。

 保管庫の内部は狭く、イブの保管のみを目的としていたのだろうが、二十は小瓶を並べられる専用の台にはイブの収められた小瓶は一つ足りない。

 一つはリーアルの手に渡り、小太郎が二つ手に取った以上、残るイブの数は単純に十七のはず。なのに、小瓶は十七あっても、イブ自体は十六しかなく、一つだけ空の小瓶があった。

 

 

(リーアルの手に渡ったのは不知火さんの身柄を確保して以降のはずだ。なら、最近になって誰かに使ったのか?)

 

 

 最早、そのような事柄は小太郎には関係なく、目的を果たした以上は直ぐにでも立ち去るべき。

 それでもなお直感が囁いている。まだ、調べるべきだ、と。

 

 小太郎は舌打ちし、危険を十分に理解した上で気掛かりを解消すべく、部屋を調べ始めた。

 

 

(…………――――――は?(呆然)

 

 

 その時、男が取りこぼしたらしい資料が目に止まり、小太郎の動きが止まる。

 一度は確かに見たのだが、資料に写っていたある人物の写真の存在を脳が認識を拒み、もう一度見る羽目となった。綺麗な二度見であった。

 

 

(――――――――――は?(威圧)

 

 

 震える手で淫魔の血に染まった資料を手に取り、その写真を目にする。

 もうこの時点で、彼の額には青筋が立っており、凄まじい怒りを抱いているのは誰の目からも明らかである。

 

 彼はそれでもなお取り乱す事なく、再びコンピューターの前に立ち、キーボードを操作すると、壁の一部分が上下に開いていく。

 どうやら、普段はシャッターに遮られているようだが、表の小部屋とは別に、対象を調教する部屋があったようだ。

 

 調教部屋の中は、硝子の窓以外は一面が肉の壁に覆われており、部屋の中央には床と天井を繋ぐ肉の柱があった。

 “肉壷”と呼ばれる触手生命体と一体化した調教装置だ。この“肉壷”に納められた女は、休むことなく延々と絶頂を繰り返し、肉体的にも精神的にも強制的に屈服させられるのである。

 

 小太郎は“肉壷”の動きを止めるべきコンピューターを操作すると、意図通りに肉壷は機能を停止させ、肉の扉が開く。

 開くと同時に精液のような粘液がぼとぼとと吐き出され、今し方まで責められていた女の顔と姿が明らかになる。

 

 

(はああああああああああああああああああああああああああああ?!?!?!(困惑)

 

 

 白い粘液で塗れながらも、引き締まった肉体を包む白い対魔忍装束がなお眩しい。

 快楽と絶望に包まれた蕩けた表情ながらも、意識を取り戻せば気の強い性格が現れた凛々しい表情になるのは間違いあるまい。

 

 何せ、小太郎がよく知った人物だ。

 毎度毎度、小五月蠅く口を挟んでくる堅物であり、アサギと話していれば露骨に嫌な顔をするあの女。 

 

 

(何でだ、紫っ! テッメ、何でとっ捕まってんだよ、テメェはよぉ!!!)

 

 

 そう、肉壷の中から現れたのは、アサギの右腕と称される八津 紫であった。

 斜め上を行く想定外の事態に小太郎は怒りの余り手にしていたUMP45をブッパしてこの事実を闇へと葬ろうとしたものの、ピタリと腕を止める。

 

 

(いや、ありえないよな? オレ達がヨミハラに出発する前には紫は確かに学園に居た。そんな超スピードで捕縛&調教開始とかないだろ。何より、コイツ、何か若い、若くない? わ、か…………あっ(察し)

 

 

 その時、小太郎に電流走る……!

 想定外どころか、根本的にありえない現実の辻褄を合わせてしまうウルトラCに!

 

 

(やりやがった、やりやがったなぁ、あの頭足類がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!)

 

 

 小太郎が相対した相手は、何も魔族だけではない。

 身内である筈の対魔忍も、闇の住人と繋がりがあれば粛清した。日本に魔界技術を確保しようとやってきた米連も鏖殺した。

 

 そういった相手の中でも、特に特異な存在は居た。

 

 それが、米連では次元侵略者と称されるイカやタコに似た生命体である。

 彼等は次元を渡る技術を確立しており、その目的は自身の住まう次元とは異なる次元を侵略する事にある。

 如何なる背景があるかは小太郎自身にも分かっていないが、直接的な戦闘力は然程でもないものの、空間を操り、次元を渡る能力は厄介の一言であったのは間違いない。

 

 一体、何の因果か。

 小太郎は、以前に次元侵略者との戦闘に発展していた。

 その際は言葉巧みに奴等を騙し、後ろから刺して元の世界へと送り返してやったのだが、魔族と同じく“懲りる”という思考を持ち合わせていないようだ。いやそもそも次元侵略者の次元移動は標準の能力らしく、小太郎が戦った者と同一個体であるとは限らないが。

 

 

(は? いや、え? どうすんの? どういう感じになってんの? え? 嘘? マジ?)

 

 

 困惑の中、新たに現れた苦労に小太郎は目眩と吐き気を覚えながらも必死に思考する。

 

 次元侵略者が再びこの次元の更には日本へとやってきている以上、何としても情報を得なければならないが、奴等は能力の関係上、神出鬼没であり、情報を得ようには難しい。

 また、別の次元から連れてこられたであろう紫を見捨てようにも、淫魔がどのような過程で彼女を捉えたか定かではないが、調教を行っている以上は不知火と同じように自らの側に引き入れようとしているのは目に見えている。

 

 つまり、この紫は次元侵略者の情報を持っているかもしれず、今後淫魔の手先になる可能性が非常に高い。

 

 見捨てる、という選択が根本的に取れないのである。

 

 

(――――望みが絶たれた!)

 

 

 こうして、彼は袋小路に追い詰められた。

 

 ふうま 小太郎、更なる苦労確定――――!

 

 

 

 

 




はい、というわけで、災禍さん達の過去&呆気なく娼館に潜入&若紫登場!

若さくらでも良かったけど、折角だから原作とは違って若紫で。
押し寄せてくる怒涛の苦労! 若様の身が持たぬが、苦労さんの手は留まる事を知らない。

苦労さん「まさか、この程度で終わると思っているのかね?(満面の邪笑」

若様「」


あ^~、これでもまだ神の杖はないんじゃ~


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