対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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前回までのあらすじ

災禍「奥方様、貴女のお蔭で私は……(ジーン」

母上(霊)『貴女の実力よー、私は左手を添えただけ』

若様「母上、楽をしたい、です」

イカ野郎「別次元の紫置いてったろwwww」

若様「ほんげぇえええええええええええ!!!!」

母上(霊)『(楽するのは)諦めなさい、でもまだ試合終了じゃないわ(意訳:いーからやれることやれや、さっさと動け』


という前回までのあらすじ

今回のイベント配布は、なんか今までにない性能ですな。基礎ステは面白いけど、スキルは面白いので纏まってるけど、これ器用貧乏じゃない? ドラクエの勇者みてー。
ガチャは高坂先生かー。この人のイチャラブは見たいが、課金はなぁ。ガチャチケに期待じゃ。

では、本編をどぞー




地獄から逃げられると思った? 残念、大地獄でした♪

 

 

 

「……ぐっ、げほっ……ぎ、あっ……!」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 

 何も見えない暗闇の中、無数の触手によって全身を撫で続けられ、絶えず絶頂の波に晒され続けていた紫は一つの衝撃に正気を取り戻した。

 彼女からは時間の感覚が失われていたが、実に一週間振りの光が目に染みる。

 

 朦朧とする意識の中、彼女に残っていたのは反骨心だ。

 凄まじい。並の対魔忍ならば、疾うの昔に心が折れているどころか正気を失っているだろうに、まだ闘志と呼べるものを保っているのだ。

 

 

「ぐ……がぁ……っ!!」

 

「すんげーメンタルしてんな。だが、媚薬と筋弛緩剤でゆるゆるの状態でそりゃ悪手だろ」

 

「…………くっ!」

 

 

 部屋の中に踏み込み、自身の顔を覗き込んできた男を敵だと断定し、なおも燃える闘争心で拳を振り抜いた。

 しかし、男が言うように媚薬と筋弛緩剤によって、自慢の怪力も効果を発揮しない。常人と変わらないほどに緩んだ拳をあっさりと掌で受け止められてしまう。

 

 呆れ返った表情に反撃を予想した紫はなおも睨みつけたが、男はあっさりと掴んでいた拳を離す。その行為に困惑したのは他ならぬ紫だ。

 こんな所にまで入り込んでくる以上は、自身を捕らえた者の仲間と考えるべきだろう。

 捕らえた調教対象が攻撃してきたのなら、心根を圧し折るために痛めつけるのは当然であったが、男は呆れるばかりで興味がないようである。

 

 

「…………貴様、何も、の、だ?」

 

「少なくとも、此処の淫魔どもの味方じゃねぇよ。お前の味方とも言えるか疑問だが、取り敢えずオレはこのまま奴等にお前を渡す訳にはいかねぇ立場なのは事実だ。黙って助けられろ」

 

 

 手短に自身の立場を伝え、手を差し出してきた男であったが、まともではない思考では敵であるか味方であるか判然としない。

 それでもなお紫は男の手を取った。溺れる者は藁をも掴む、と言うが、彼女にとって見れば正にそんな心境だろう。

 

 男が嘘を言っているようには感じられなかった。

 紫の様子を確認し、また攻撃されないように警戒してこそいたが、神経の大部分は他へと向けられていた。恐らく、自身を捕らえた魔族――淫魔の襲撃を警戒しているのだろう。

 少なくとも男と淫魔どもが敵対関係にあるのは間違いない。かと言って、男が味方とも言い切れないが、どの道、彼女には選択肢などない。

 

 このままでは淫魔に何をされるか分かったものではない。

 男が敵だった場合も同様だが、猶予があるだけマシだ。少しでも体力を回復させ、媚薬が抜ける時間があれば、逃げる事も可能となるだろう。

 

 紫が伸ばした手を取った男は、見た目よりもずっと強い力で肩を貸す。

 

 

「…………私は、八津 紫、だ……貴様、は?」

 

「知ってる。オレはふうま 小太郎だ」

 

「存外、素直に、名乗るんだな……少しは、信用で、きそう、だ……」

 

「その様子じゃ、そっちじゃオレは存在してねぇのか」

 

「…………何、だと?」

 

「後で説明してやる。兎に角、今は脱出が先決だ。外でこっちの仲間が待機してる。お前はそいつと一緒に逃がす」

 

 

 男が神妙な面持ちで何事かを呟いた。

 決して聞き逃してはならない一言であった気がしたが、男は必要な事項だけを伝えるとそれきり黙って歩き出す。

 引き摺られる身体をなけなしの体力で必死に動かして歩こうとした紫であったが、瞬く間に限界を迎え、彼女の意識は闇に飲まれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――若様っ?!」

 

「何も言うな。オレも殆ど把握できちゃいねぇ。計画変更だ。オレが奴等を引き付ける。お前らは予定のポイントまで離脱して、凜子に回収して貰え」

 

「承知、ご武運を!」

 

 

 地下から無事に舞い戻った小太郎は意識を失った紫を抱えて、路地で待機していた災禍と合流した。

 当初の計画になかった流れに災禍は驚き、更には小太郎が台車の中へと投げ入れた彼女の知るよりも幾分若い紫の姿に愕然としたが、小太郎の命令に全ての疑問を飲み込んで彼女は台車を押して駆けていった。

 こういう時、自身の命を絶対とする災禍や天音の迷いの無さはありがたい。想定外の事態であったとしても、次の行動に移るまでが尋常でなく速い。

 

 災禍の姿が闇に消えるのを確認し、小太郎は髑髏の意匠が施されたバラクラバを被り、サングラスを掛けて素顔を隠す。

 

 このまま災禍と共に逃げる手もあったが、追っ手を差し向けられても堪らない。

 監視カメラには顔こそ写ってはいないが、作業着を来た自身と災禍の姿は写っている。組織の規模を完全に把握できていない以上、人海戦術で同じ作業着姿の者を片っ端から捕らえるように動く可能性も考慮しておくべきだ。そうなれば、災禍と言えども紫を抱えた状態で逃げ切れるとも思えない。

 淫魔どもが其処まで迅速な動きが出来るとは思っていないが、万が一を考えれば、此処で騒ぎを起こして敵の目を引き付けた方がいい。そう判断した。

 

 

「……貴様、何を――――がぁっ!?」

 

 

 素顔を完全に隠した瞬間、廊下の曲がり角から姿を現した淫魔の一人に見咎められ、小太郎は即座にUMP45の引き金を引いた。

 UMP45は単発、2点バースト、フルオートに切り替えが可能であったが、小太郎はセレクターをフルオートに入れた状態で確実に二発のみを発射する。

 

 対魔忍の任務の関係上、急な近接戦闘に曝される可能性が存在している以上、単発や2点バーストの状態では不安が残り、どうしてもフルオートの状態にしておきたい。故にどんな銃であっても自身が望んだ弾数だけを発射するテクニックが身についた。

 簡単だと思うなかれ。地味ではあるが、如何なる手練の軍人であっても難しい技術である。銃はそれぞれ発射レートが異なり、秒間数十発の弾丸を吐き出すものも珍しくはない。

 ましてや戦闘中に、引き金をコンマ何秒を引けば何発の弾を撃てるか冷静に把握できる者など殆どいない。そのために、多くの銃にはバースト機構が採用されているのだから。

 

 それだけではない。

 二発の弾丸は、寸分違わず淫魔の心臓を撃ち抜いた。

 UMP45はフレーム全体がポリマーによって軽量化されており、使用する弾丸も.45ACP弾故に反動が大きくなってしまう。短機関銃の傑作とされるMP5に比べると射撃精度でどうしても劣る、とされている。

 だというのに、この命中率。まるで、命中精度などという言葉はプロになりきれない使用者の甘え、と断じているかのようだ。

 反動の制御など出来て当然。どのような銃であっても扱えてこそ射手としてようやく二流、一流にはさらに先があるとでも言いたげな腕前である。

 

 銃把(グリップ)を右手で握り、左手でマガジンハウジングを押さえるように握る。

 今回、そのような構えを取ったのは、UMP45のコッキングレバーが銃の左側面に存在していたからだ。逆側ならば、左手で銃把を握り、右手で銃の固定を高めるハンドガードやマガジンハウジングに手を添える。その方が、僅かだが再装填がスムーズに行える。

 

 腰を僅かに落とし、姿勢を低くして廊下を進む。

 サプレッサーによって、発射音は20dB――時計が秒針を刻む音、木の葉が擦れ合う音――にまで落ち込んでいるが、それでも聞く者が聞けば一瞬で悟られるだろう。

 

 

(…………何だ)

 

 

 慎重に廊下を進んで今射ったばかりの淫魔に近づき、確実に死んでいる事を確認すると折れ曲がった廊下を奥へと進む。

 踏み出す一歩一歩にすら気を配り、完全に足音と気配を殺し、一つ目の扉に差し掛かった瞬間――

 

 ――横合いから突如として襲いかかってきた衝撃に、身体を壁へと叩きつけられた。

 

 頭の芯まで至る衝撃と痛みを押して衝撃の訪れた方向へと視線を飛ばせば、扉を粉砕して片脚を突き出している別の淫魔の姿があった。

 仲間が殺される瞬間を目撃し、咄嗟に身を隠して待ち構えたのか。はたまた音や気配から襲撃を察知したのか。どうあれ、扉を砕いて蹴りを小太郎の脇腹へと命中させたようだ。

 

 淫魔は未だ衝撃から立ち直れない小太郎に、容赦なく迫る。

 それなりに鍛え上げられた身体、拳の握り方、重心をブレさせない踏み込み。人界のそれとは異なる格闘術を修めているのは明らか。

 とても達人と呼べる腕前ではないが、ただでさえ身体能力の高い魔族が身体を鍛え、技術を学べば、それだけで驚異となり得る。

 

 UMP45を右片手で握り、腰だめのまま淫魔へと向けて引き金を引いたが、淫魔に左の裏拳で銃口そのものを逸らされ、敵を喰い破る筈の弾丸は虚しく廊下の壁を穿つばかり。

 勝ちを確信した淫魔は小太郎と目を合わせてから口の端を釣り上げて笑い、引いた右の拳を突き出そうとした。

 

 しかし、何も両腕があるのは淫魔だけではない。小太郎の左手も空いたままの状態だ。

 踏み込んできた淫魔の視界の外で彼の左手は冷静にFNX45を掴み、壁へと叩きつけられた瞬間から対処に動いていた。

 

 淫魔がこめかみにゴリとした硬い感触を感じた際の驚きを表現した表情のまま、頭部で紅い花が咲く。

 .45ACP弾は頭部を貫通しながら運動エネルギーによって脳内をメチャクチャに掻き回し、脳漿と頭蓋の欠片を体外へと弾き出す。

 踏み込みの途中であらゆる力を喪失した淫魔の身体は、小太郎の身体から逸れながら壁へとぶつかり、血と脳漿の後を残しながらどうと倒れた。

 

 

(……何だ、この違和感は)

 

 

 念の為、倒れた死体にFNX45で.45ACP弾を再度プレゼントし、小太郎はUMP45を構え直して進む。

 

 事はスムーズに進んでいく。このまま徐々に騒ぎを大きくしていき、それに乗じて逃走すればいいだけだ。

 だが、この時点で小太郎は凄まじいまでの違和感を覚えていた。

 

 言葉にするには彼自身も酷く難しい。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚が伝えてくる情報は、全てが本物だと断言している。

 だと言うのに、同時に全てがあやふやな――――まるで夢の中を彷徨っているようだと囁いてもいる。

 

 己を発見次第襲いかかってくる淫魔どもを射殺し、或いは徒手によって首をへし折り、心臓を破裂させる冷徹で的確な殺戮技巧を発揮しつつも、頭の片隅で違和感の正体を探り続ける。

 並列して処理される戦闘と思考。しかし、今や彼は夢に囚われた迷い人も同然。常人では決して脱出できない夢幻の迷宮へと誘い込まれた餌に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――一体、何者だ……?」

 

 

 娼館の廊下で、すやすやと寝息を立てる侵入者を見下ろし、色黒の青年は呟いた。

 浅黒い肌に、半端に伸ばした銀髪。切れ長の目は蛇のように生理的な嫌悪感を抱かせ、引き結ばれた口元は寡黙な性質を現している。第一印象として一般人には警戒心を抱かせる危険な印象しか与えない風貌だ。

 顔立ちは兎も角として、身なりは娼館に似つかわしくない事この上ない。何せ、とある学園の制服を身に纏っているのだから。

 

 しかし、それは見た目だけの話。彼は誰よりもこの場に相応しい人物だ。

 彼こそは王。水城 夫妻の拉致と籠絡を計画し、今こうしている間にも人界を支配せんと多くの部下を動かしている淫魔どもの王なのだ。

 

 互いに互いを知らぬまま出会った淫魔王と小太郎であったが、その接触は一瞬の内に終わってしまった。

 

 災禍を先に離脱させた後、誰にも見つかる事なく娼館内を移動していたが、小太郎は先んじて相手の気配を察知した。

 上位魔族特有の濃厚な魔力に足を止めたまでは良かったが、逃げ場がない。前後に長い廊下が続くばかりで、身を隠す場所もやり過ごす場所もなかったのである。

 込み上げてくる舌打ちと冷や汗を押し殺し、小太郎が取った選択は射撃による牽制と同時に照明を破壊し、周囲を暗闇にしての逃亡であったが、全ては虚しい算段に過ぎなかった。

 

 廊下に現れた淫魔王の姿に、小太郎は一瞬だけ、本当に僅かな動揺が生じた。

 この場は淫魔どもの拠点にして巣窟。娼館に足を踏み入れた時点で存在を察知していた上位魔族が、本来の姿ではなく人間に化けたままだとは考えられなかった。

 人間の変装にせよ、魔族の变化にせよ、本来以外の姿を取るのはストレスが溜まるものだ。必然、安全の確保された拠点では本来の姿で居るもの、と誰でも考える。

 だが、運の悪い事に、淫魔王の本来の姿はこの娼館には適しておらず、仕方なしに人間の姿を取らざるを得なかったのである。

 

 その上、淫魔王は制服まで身に纏っていた。

 対魔忍として一般人は決して巻き込めない。本能や魂にまで刻み込んだ観念が、トリガーを引く邪魔をしたのだった。その結果。

 

 

『――――“眠れ”』

 

『うっ……ぐ、ぅ……っ……』

 

 

 淫魔王は小太郎と目が合った瞬間に、能力を発動させながら一言を呟き、何もかもが都合が良く、甘美な夢の世界へと誘い、小太郎は一発の弾丸も放つ事なく意識を刈り取られ、現在に至る。

 

 本当に、本当に運が悪かったと言わざるを得ない。

 

 淫魔王は、何も小太郎の存在に気付いていた訳ではなく、捕らえた紫の調教具合を確認しようと地下へと向かっただけ。あくまでも偶発的な接触に過ぎなかった。

 

 更に淫魔王の情報は出回っておらず、彼らの暗躍に気付けたのは小太郎と不知火のみ。強さも能力も正体も分からない相手に対策などしようがない。

 生物的には貧弱ですらある人間が地球上において最も繁栄した種族となるまで押し上げた機能、即ち“恐れ、備える”が出来ない相手であった。

 精々出来た備えは淫魔が夢へと干渉するのを防ぐアミダハラの魔術師特製の護符であったが、淫魔王の魔力に晒された瞬間に焼き切れる始末。

 

 始めから全てを知っている存在でなければ対処のしようがない、人と魔族の差が浮き彫りとなる当然の帰結。だが――――

 

 

(この臭い。我が同胞を殺めたか。それに、肉壷の臭いも混じっている。八津 紫を逃したか――――まあいい。これに直接聞くとしよう)

 

 

 侮るなよ、淫魔の王。例え種族の差に押されようとも、それを覆してこその()()だ。

 

 まずは正体不明の侵入者の顔を確認しようと、淫魔王は小太郎の顔を覆うサングラスとバラクラバへと手を伸ばす――その刹那、昏々と眠りこけていた小太郎の片目が見開かれた。

 

 

「――――何っ?!」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――成程」

 

 

 都合十人もの淫魔を射殺した小太郎は、ポツリと呟いて脚を止めた――――これが、夢の中であると悟ったのである。

 

 淫魔達の見せる夢は、下位の者では対象が元々見ていた夢に入り込んで筋書きを変える程度であるが、上位の存在であればあるほど現実と区別が付かなくなるほどに鮮明で明確な夢を見せられる。

 

 ただ、何者にも変えられぬ原則というものが存在する。

 夢とは根本的に知的生命体の記憶の整理によって生まれる現象なのだ。とどのつまり、対象の知らない情報、記憶は如何に上位の淫魔であっても夢としては使用できない。

 夢を操る存在は対象の持つ記憶を再構築し、より深い眠りへと誘い、無防備となった精神と身体から精気を吸い上げる。そのため、如何に対象が不安や疑問を抱かない都合の良い夢を見せるかに腐心する。

 

 その点、淫魔王の手腕は確かに見事の一言。

 小太郎ですら、今し方まで夢の中へと誘われていたなど違和感程度しかなく、一体何時から夢の中にいたのか見当もつかなかった。

 

 それでもなお彼が夢であると看破できたのは、小太郎にとっての幸運と淫魔王の不手際と不運が存在したからだ。

 小太郎にはこうした能力の持ち主は誰よりも身近に存在しており、よく知っている。そう、災禍の邪眼だ。これが小太郎にとっての幸運である。

 

 片や夢、片や視覚と意識の支配であるが――――対象にとって都合の良いものを見せる、という点では同一の能力と言えよう。 

 故に、看破の方法は近しいものとなり、弱点も同じ。能力者の想像の限界を決して越えられず、対象者の見えている世界を正しく認識しなければ意味を成さない事。

 

 淫魔王の夢は災禍の邪眼よりも看破しづらい。それは対象の記憶を元にしているからこそ、見破られにくいのだが、彼は一つの失敗を犯した。

 銃というものが如何なるものかを、よく知らないまま夢に再現してしまった事だ。

 元より銃なぞ使う必要のない存在だから、仕方ないと言えば仕方がない。彼の持つ銃がどのような感触で、どのような動きをするのか、よく知らぬからこそ夢の再現を怠った。これが淫魔王の不手際。

 淫魔王の無知と小太郎の経験値によって夢と現実に齟齬が生まれ、違和感を覚えさせるに至ったのである。

 

 そして、淫魔王にとっての不運は、小太郎が目の前で見えている現実すらも疑い続けながらも迷いを抱かない異常者であった事。

 

 災禍との訓練だけではなく、小太郎は人間の認識など曖昧で穴だらけな事実を認めている。

 捜し物が目の前にあるにも関わらず、思い込みから延々と周囲を探して回り、目に写っているのに脳が認識できない、という経験は誰しも一度は体験した事がある筈だ。

 そのように都合よく現実を解釈するのが人間であるが、無能である小太郎にとってそのような陥穽はリカバリーが不可能になるほど致命的。

 

 故に、疑い続ける。どれほど己に都合が良く、幸運であったとしても、それが事実であると納得できるまで一切気を緩めない。

 

 

「あー、アホらし」

 

 

 そして、小太郎は夢と自覚してもなお醒めぬ強固な夢の檻を脱出できるであろう手段に迷いなく実行した。

 

 これも誰もが経験した事があるだろう。どのような人間であれ、一瞬で夢から醒め、飛び起きるものがある。

 

 彼はホルスターからFNX45を抜き放つと顎に銃口を押し当てて、躊躇なく引き金を絞る。

 手から伝わる確かな反動と顎から入り、脳の内部を揺さぶって後頭部へと抜ける衝撃に、彼の意識はブツリと途切れた。

 

 夢から抜け出す方法は、夢の中の死でしかあるまい。例え擬似的なものであっても、人間とは死を恐れるもの。夢を破るには十分過ぎる破壊力だ。

 

 ただ、一つ疑問を提示するのなら――――現実と大差のない夢の中で、これほど簡単に死の恐怖を押し殺し、迷いなく選べるような者が他に居るだろうか。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――何っ?!」

 

 

 己に手を伸ばしながら、愕然とした表情で見下ろしている青年の姿を認識した瞬間、小太郎は跳ね上がる。

 彼にあった記憶は直前の夢まであり、眼の前の学生が淫魔の首魁だとは認識しておらず、また自分を眠らせたとも考えていなかったが、身体は同じ失敗を二度と繰り返すまいと自然かつ滑らかに動いていた。

 

 両足で床を蹴り、そのまま身体を丸めて頭頂部と両手を床に付ける体勢。

 呆気に取られた青年を尻目に、全身の筋肉を余すことなく可動させ、解き放たれた撥条仕掛けの如く全身を伸ばす。

 

 真下からの放たれた蹴撃は、青年の顎をものの見事に撃ち抜いた。

 

 

「――――チッ」

 

 

 まともに喰らえば魔族でも昏倒させうる見事な不意打ち、まともに喰らわずとも顎への攻撃は脳を揺さぶり、一時的に思考と身体機能を奪い去る一撃。

 しかし、両の踵から伝わってきた感触に小太郎は舌打ちをしながら、床に投げ出されていたUMP45を手にとって距離を取った。

 此処で、紫を助けた事が幸いした。周囲に彼女の姿がないながらも、身体についた肉壷から吐き出された粘液の匂いで、災禍に紫を任せたところまでは確実に現実であると即座に現状を認識できたからだ。

 

 蹈鞴を踏んで蹌踉めいた青年――淫魔王であったが、ダメージは見受けられない。

 これ以上ない渾身の一撃であったが、分厚い何かに阻まれていた。真綿のように柔らかでありながら、同時に金属のような硬さを秘めた何か。

 

 

(なんかの防御か。銃じゃどうにもならねぇ……!)

 

 

 強制的に夢へと誘う能力に加え、不可視の障壁を張る強大な魔力。

 分かってはいたが、戦力差は鼠と獅子のそれに等しい。まさに見窄らしい弱者と圧倒的な強者が相対した構図であった。

 

 全てを理解しながら、小太郎はなおも引き金を引いた。

 距離は五メートルほど。目を瞑っていても全弾命中させられる距離。

 

 

「下らん」

 

 

 獅子に挑む鼠の抵抗に、驚愕から回復した淫魔王は鼻で笑う。

 避ける素振りすら見せず、600発/分のUMP45の射撃へと悠然と向かう。

 

 弾丸は淫魔王の身体に当たる直前、見えない何かに阻まれるように音もなくあらぬ方向へと軌道を変えいった。

 

 

「“眠れ”」

 

「二度も三度も同じ手が通用すると思ってんのか、間抜け」

 

「成程、確かに。尤も、間抜けは貴様の方だがな」

 

 

 再び、魔力を帯びた言葉が小太郎にへと襲いかかる。

 本来ならば魔力は囁きと共に脳内へと浸透し、脳を強制的に睡眠状態へと移行させて夢の牢獄へと叩き落とすが、小太郎は平然とした顔で弾丸を放ち続けた。

 これも災禍の邪眼と同じだ。来ると分かっていれば、限界を越えた集中力で脳を覚醒と興奮状態に保てばいい。分泌される脳内麻薬によって、夢への誘いを一蹴してのけた。

 

 それでもなお淫魔王は嘲笑を浮かべる。

 極限の集中は確かに一つの事柄を成さしめるには必要であるが、同時にそれ以外の行為が疎かになるのは自明の理。

 ただ銃の射撃に集中していた小太郎は、突如として姿を消した淫魔王が目の前に現れ、何の抵抗も成せずに首を掴まれる。

 

 

「か――はぁ……!」

 

「大したものだ。その状態でも撃ち続けるとはな。だが――――」

 

 

 小太郎は片手で身体を釣り上げられ、絶息の苦しみへと放り投げられながらも、UMP45を淫魔王の顔面に向けて放つが、全ては無駄。

 結局、残る弾丸も全て障壁によって阻まれ、ただの一発も当てられぬままに、弾切れと相成った。

 

 絶息の痙攣を見せる身体を眺めながらも淫魔王は少なからずの称賛を向ける。但し、それは心からのものではなく、上から下を見下ろす嘲弄に満ちたものだ。

 それを示すかの如く、淫魔王は片手のまま小太郎の身体を後方へと放り投げる。

 

 その時、小太郎の脳裏に浮かんだのは驚異の馬力を誇る重機の数々。

 無造作でありながら、人間の肉体を片手で放り投げる凄まじい膂力。人の形をしているが、本来の姿はもっと巨大で、醜悪な形かもしれない。

 

 まるでボールの如く、小太郎の身体が廊下を舞った。

 余りの勢いに体勢を立て直す努力を捨て去り、空中でUMP45の再装填を完了させた瞬間、凄まじい音が響く。

 

 

「ぎ……ぃ……っ!」

 

 

 響いたのは背中と体内から。小太郎は見なかったが、叩きつけられた壁は大きくへこみ、罅が走っている。

 背骨と内臓へのダメージは明らかだ。軋む背骨に、迫り上がる横隔膜が肺の空気を全て押し出し、食道から上る熱い液体は明らかに血であった。

 だが、小太郎は床へと着地するよりも、舌が苦い鉄の味を認識するよりも早く、引き金を絞っていた。

 

 痛みを自覚してから全くノータイムの射撃。その上、狙いも正確だ。

 涙ぐましいまでの必死の抵抗。ただ、虚しいかな、やはり弾丸は淫魔王の身体へは届かない。

 

 

「ククク、無駄な抵抗を何時まで続けるつもりだ?」

 

「無駄な抵抗? 時間稼ぎの間違いだろ?」

 

「――――何っ!?」

 

 

 哀れな抵抗を嘲笑う淫魔王の一言に、血の(あぶく)を吹きながら同じく嘲笑を以て返す。

 

 その一言を正しく理解するよりも早く、淫魔王の視界が真白に染まった。

 一瞬、淫魔王は何が起きたのか理解できずにいたが、立ち込める白い煙に苛立ちを顕にする。

 淫魔王が首を掴んで投げる直前、自分一人で戦っても勝てる相手ではないと悟った小太郎は、煙幕をその場に落としていたのである。

 壁に叩きつけられた直後、果敢に攻撃に出たのは自分に目を引きつけるために過ぎない。所詮、上位魔族と言えども、自分達と同じくその認識は穴だらけと小馬鹿にするように。

 

 

「――――――っ、人間如きがっ!」

 

 

 腕の一振りによって発生した風圧で煙幕は霧散したが、先程まで小太郎が立っていた場所に残っているのは、空薬莢と捨てられたUMP45とFNX45だけ。

 

 鼠の如く逃げ出した人間に、再び嘲りで口元を歪めた淫魔王であったが、即座に凄まじい怒りの表情へと変化する。

 それもその筈、凄まじい衝撃が娼館全体を襲ったからである。それだけで彼は何が起こったのかを察した。

 男からは肉壷の臭いがした。ならば、八津 紫や地下の実験施設にも侵入していたという事。そして、衝撃は地下からやってきていた。ならば、導き出される答えは一つ。

 

 

(地下を吹き飛ばしたか……!)

 

 

 ギリ、と歯噛みしながら、淫魔王は小太郎の後を追う。

 実験施設を吹き飛ばされたのはまだ良い。研究成果は既に形となっており、保管されていたイブも量産体制が整っている。問題はないと言えばない。

 だが、あの男が何を探っていたのか、何を目的として侵入してきたのかさえ不明のまま、一方的に取り逃がすなど彼の肥大したプライドでは到底、許せるものではない。

 

 足早ではあるが、決して走らずに臭いを頼りに後を追う。

 先日の爆破事件もあって、娼館の中は今や阿鼻叫喚と化していた。客は口々に悲鳴や罵声を上げて我先にと逃げ出し、淫魔の部下は客を落ち着かせ、衝撃の原因が何なのかと走り回っている。

 

 

(これも吹き飛ばした目的の一つか。だが、侮るなよ……!)

 

 

 明らかにこの混乱に乗じて逃げるつもりであろうが、逃がすつもりなど毛頭ない。

 目的も正体も不明のままでは、顔にクソを擦り付けられたままではいられない。

 

 男の身体に僅かに付着した肉壷の匂いを頼りに、複雑に入り組んだ娼館の中を進んだ彼の見たものは――

 

 

(これは……何だ――――いや、そうか、そういう事か!)

 

 

 匂いを辿った先で待ち受けいたものは、淫魔王を更に馬鹿にするかの如きものであった。

 再び、怒気と共に歯を鳴らした淫魔王であったが、一時的に怒りを鎮めた。今のままの状態で居る訳にはいかない。

 

 

(もう暫くで奴が来る。それまでにこの混乱を修めなければならん。しかし、一体何者だ。あの“もう一人の八津 紫”を救出するなぞ、何処の勢力だ)

 

 

 少なくとも対魔忍とは思えない。もう一人の紫など救出しない筈だ。まず、米連や魔族によるクローニング実験を疑い、救出よりも抹殺か報告を優先する。

 それならば、他の魔族勢力や米連組織が実験成果の回収に来た、と考えた方が現実的だ。しかし、確証も何もあったものではない。

 

 結局の所、今回の襲撃騒ぎは闇の中へと葬られる。

 これがヨミハラに喧伝されれば、淫魔族の面子は丸潰れ。あくまで表向きにはガス爆発による事故で片付けられ、淫魔族も侵入者の正体を探ろうにも恥を覆うために動きづらくなる――――つまり、独立遊撃部隊だけが利益を得る上々の結果であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「とまあ、こんなもんですよ。しかし……あー、いってぇ」

 

 

 まんまと逃げ果せた小太郎は、ヨミハラの街を一人進んでいた。

 あのような敵だらけの状況から脱出したにしては、余裕綽々の表情である。

 それもその筈、先程から追手の気配もなく、正体など悟られようはずもないからだ。

 

 淫魔王の視界から消えた小太郎は、地下施設に仕掛けた爆弾を起動させた上で、作業着を脱いだ。

 その下には、高級スーツに身を包んでいたのである。此処まで言えば、淫魔王が何を見たのか、彼が何をしたのか分かろうというもの。

 

 その後、小太郎は作業着と覆面を燃やし、自分は騒ぎを大きくするように爆弾だー、火事だーと喚き散らしながら、逃げようとする客に混じって娼館ドリームの正面玄関から堂々と帰ってきたのであった。

 侵入した時と別の姿で脱出すれば、誰も不思議にも同一人物にも思わない。ましてや、淫魔王も小太郎の表情まで確認できていないのだ。後を追いようがない。何処までもやりたい放題な男である。

 

 

(で・も・ねー! 今日はどうしちゃったのかなー! 頭足類が連れてきた厄介事にも行き当たるし、淫魔に後は付けられてないけど、覚えのある気配が付いてきてるぞー! これはナディアちゃんですかー?!)

 

 

 彼の受難と苦労はまだまだ終わらない。

 数日前に偶然出くわした上位魔族――――魔界の踊り子ナディアの気配が背後に生じていた。

 運なのか。運が悪いのか。たまたまヨミハラを進む小太郎の姿を見つけ、あの時の彼だと気付いてるようで、ド素人丸出しの尾行をしてきている。これならば、まだ自動追尾弾にしてやった淫魔の方がマシである。

 

 

(慣れてーねーなぁ、おい。もういいわ、厄介事に、なる前に、撒い、て――――)

 

 

 彼女の目的は未だ不明であるが、自身が目を付けられているのは確か。

 何の因縁も因果もない、たまさか行き当たっただけの存在に目を付けられねばならないのか。小太郎でなくとも溜め息を付きたくなろう。

 幸いな事にナディアは尾行などド素人の御様子。更には今進んでいる通りは露天商が立ち並んでいるエリアで人通りも殊更に多い。撒くなど朝飯前、鼻歌交じりに行える。

 

 最早、ナディアの目的などどうでもいい。一刻も早く拠点に戻ろうとした矢先、小太郎の余裕は一瞬で消え失せた。

 

 見てはならない男が見た。居てはならない男が居た。

 通りの先から、無数の部下らしき人物を引き連れた男を目にした瞬間、小太郎はこの世の終わりのような顔をした。

 

 

(パァアアァッパァアアアァァァァァァァァァァアアアアアァァアアァアアアァアァアアァアアァアアァアアァアァァアア!!?!?!?!?!?!?!?!?(汚い高音)

 

 

 居たのである。生物学上のパパ上様――――ふうま 弾正がいらっしゃったのだ。

 見間違えよう筈もない。お前なぞ生まれてこなければよかったのだ、と顔を合わせる度に罵声を浴びせてきた死ぬほどどうでもいい男が此方に向かってきている。

 その上、支配欲の強い弾正の事、小太郎が今現在、対魔忍内部においてふうま宗家の当主に座っている事を知っているかは別として、納得など絶対にしない。当主を僭称したとして粛清に動き出す。バレたら、ヤバい。

 

 あらあら、両腕は切り落として機械化してたのね。ガラクタつけて強くなったつもり?

 うふふふ、ほんと何時見ても大物ぶってるけど、顔立ちからして小物臭いのに無理なさらない方がいいのでは?

 おほほほ、そんなサイボーグの部下を引き連れて、財前教授の総回診のつもりなの? 忍としての自覚があるのかしらー?

 

 ――――は? どうでもいいから殴らせなさいよ、アンタ。

 

 小太郎の脳内では、亡き筈の母が地獄から舞い戻り、ビキビキと青筋を立てて弾正に嫌味と罵声を浴びせていた。当の本人は昇天寸前である。

 

 

(――――ハッ!? はぁっ? いや、何で、居るんですかねぇ弾正テメェはよぉ!!)

 

 

 本当に間が悪い事この上ない。

 弾正だけならばいくらでも逃げ果せられた。もしかしたら、弾正は小太郎の顔を覚えていない可能性すらあった。

 だが、問題はその周囲を固める存在だ。彼の背後にはサイボーグ軍団が後に続いており、まるで自身の存在を見せつけているかのようだ。そして、彼の隣には弾正と共に米連へと逃げ延びた小太郎とは腹違いの兄妹となるふうま銀零の姿もある。

 これが石○軍団かた○し軍団だったらどれほど良かったか。いや、どっちの軍団がヨミハラに居てもスキャンダル必死なわけだが。

 

 

(銀零がいるんじゃ流石に素通りは無理だー! つーか後ろのサイボーグに見知った顔も混じってるんですぎゃー! ま、まだだだだ、まだあわ、わわあわわわわてるようなじじじじかんじゃじゃじゃないいいいい)

 

 

 正に前門の弾正軍団、後門のナディア様と言った状況に、これには流石の小太郎もバグり始める。

 先程、露天商が立ち並ぶエリアと言ったのだが、弾正が前方からやってきたことで最悪の状況と化している。そう、露天商が並んでいる事から分かる通り、このエリアは細い路地裏がないのである。

 これでは鉢合わさないようにするには建物の壁を上るか、建物の壁を突き破るか、建物の窓に身を投げるかしかない。そんな目立つ真似をして見つからないとでも? そんな訳ないでしょうが。後ろに引き返そうにも、待ち構えるは魔界の踊り子。はい、どう考えても状況ツンドル。逃げるに逃げられない。

 

 天国から地獄へ。いや、地獄から大地獄くらいへと叩き落とされた彼は、この状況をどう乗り切るのだろう。乗り切れるのか、これ?

 

 

 

 

 




はい、という訳で、淫魔王まんまと出し抜かれる&前門の弾正軍団、後門のナディア様&遂に放たれた苦労さんの神の杖、でした。

な? 怒涛の苦労が押し寄せてきてるじゃろ? 弾正を生かしておいた時点で、こういう状況に持ってく予定だったんじゃよ。

では、今回のまとめ

苦労さん「ロッズ・フロォム・・・・ゴォ↑ォォ↓ッド!!!」

若様「はわわ(白目」
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