若様「オレに聞くな、弾正に聞け(鋼鉄の無表情」
紅「ま、まあ、それは兎も角、ナディアは一体……」
ナディア「人間について知りたい(キリッ」
凜子「うーん、抽象的過ぎて訳がわからない」
という感じの前回までのあらすじ
上月ちゃん、さっそくキタコレ! あ゛^~、性能も寝室いいぞぉ、これぇ~。
そして、イベ報酬はシュヴァリエか。この娘も随分とキャラ変わったなぁ。なんか、色んな書物の引用ばっか喋ってるイメージしかない。
さて、では本編をどぞー!
「人間を知りたい、とは随分と抽象的な物言いだな。具体性がない」
「ええ、そうね。ごめんなさい。まずは経緯から説明させて欲しいわ」
待合室の三人がけのソファに一人腰掛けたナディアの前に、それぞれ一人がけのソファに腰掛けた状態で話を聞く。
唯一、小太郎の背後に立って控えていた災禍は、ナディアを責めるように冷たく棘のある言葉を返していた。警戒心がそのまま言葉にまで現れているのだ。
しかし、ナディアは不快にすら感じていないのか、寧ろ自分の落ち度であったと受け入れ、静かに語りだす。
「もうご存知とは思うけれど、私は魔界の支配階級に当たるわ。成りたくてなったわけではないけれど、前任者――私の両親から地位と領地を引き継いでいるの」
「へぇ、珍しいな。魔界じゃ領地の取り合いを常にしてて、下剋上や没落なんて珍しくないんだろう?」
「そうね。そういう意味では私は変わり者…………いえ、争いを好まず、領地を広げようとせずにいる時点で、魔族においては変人よ」
魔界は人界以上に厳しいヒエラルキーが築かれており、支配階級に位置する魔族は常に激しい勢力争いを繰り広げていて、棍棒を振り上げては誰か目掛けて振り下ろしている。
というのも弱肉強食を旨とする魔界である事に加え、支配階級は支配欲から何から欲望の大きさは人一倍。常に領土を広げ、其処に住まう者から吸い上げられるものを吸い上げねば、欲望を満たす事は不可能だ。
そういう点から言えば、自身の両親から地位と領地を奪い取ったのではなく、穏当かつ正統に地位と領地を受け継いだナディアは相当に珍しい事例なのだろう。
「元々、私の領地は勢力争いを繰り広げている土地からは離れていて、領民もエルフやドワーフ、ホビットにノームと言った戦闘に向いていない種族が多くて、誰もが私を慕っていてくれるわ」
「成程、立地条件も良けりゃ、領民も魔界にしちゃ穏当な部類な訳ね。その上、アンタの魔力と評判もある。実に結構な、実にまっとうな支配階級じゃないか」
ナディアの立たされた立場、与えられた境遇に小太郎は皮肉でも何でもなく、素直に良い事だと告げる。
実際、ナディアの領地は戦闘に向かない種族、戦闘を好かない者には楽園のようだろう。
領地を支配するナディアは穏当かつ争いを嫌い、そもそも支配という行為自体に懐疑的で搾取や腐敗とは無縁の人物。
大きな幸福がない代わりに、大きな不幸もない。日々を懸命に生きる事だけを望む者達には、他所の争いばかりの土地とは比較にならないほど住みやすいに違いない。
しかし、小太郎の言葉に彼女は困ったような顔をして笑っていた。本題はまだ先なのだろう。
「けれど、困った事もあって。長く続いて、何時までも終わらない戦いに嫌気が差して、私の領地に流れてくる民も増えてきてね」
「つまり、流民の数が増え過ぎて、領地の経営が回らなくなったと……」
「いえ、それはまだまだ先よ。エルフとドワーフが中心となって自警をしてくれている。それにエルフは森の智慧を、ドワーフは優れた工芸品と武器を、ホビットとノームは土地を豊かにする術を知っている。今の所は問題はないけれど……」
「ならば……そうか。他の支配階級から狙われているのか。大量の流民が流れてきても受け入れられるほど豊かな土地だ。そして、戦闘に向かない種族しかいないのなら、他所の連中にしれみれば垂涎ものだろう」
「ええ、それも理由の一つ」
「うーん、分からないなぁ。えーっと、ナディアさん、それなら人間に助けを求めるなら分かるけど、人間を知りたいっていうのはおかしいでしょ。それに、貴女は知らないかもしれないけど、私達は私達の世界の事だけで手一杯だから、助けなんて期待しないでよ?」
「勿論、貴方達が苦しい立場だとは風の噂で聞いているから。私達とは似たような立場ですもの、無理な助力を要請するつもりはないわ」
紅、凜子、ゆきかぜの順で口々に推測と疑問をナディアに投げかけるも、中々確信を突けないでいた。
だが、ナディアの語る身の上話と魔界の実情に検討が付いている小太郎だけは、薄っすらとではあるが彼女の目的を察しつつあった。もうこの時点で彼はゲロを吐きそうである。
話を聞く限り、ナディアの置かれた立場は非常に厳しい。
様々な上位魔族の支配階級に遊び半分の侵略を受けている日本、そしてそれを守るために日々戦っている対魔忍からすれば彼女の苦しみは痛いほどよく分かる。
しかし、侵略する側からみればナディアの領地は狙い目だ。領地を守る者は兵とも呼べぬ弱卒、更には労働力と豊かな土地がある。自らの欲望を満たすために侵略しない理由がない。
今はナディア個人の強大な力を前にして二の足を踏んでいるであろうが、例え大多数の軍勢を殺せるだけの能力を持っていようと、所詮は個人に過ぎない。圧倒的な強者を封じた上で蹂躙する術などいくらでも存在する。
「それで、少し話は変わるけれど、魔界の文明や文化について、どう思うかしら?」
「どう、と言われてもな……我々よりも随分と進んだ技術を持っているのは確かだとは思うが……」
「…………ああ? オレかよ?」
「そうは言っても、そういうの、小太兄の方が詳しいでしょ……?」
ナディアの質問の意図を察しかねて、助けを求めるように三人は小太郎に視線を向けた。
嫌な予感をヒシヒシと感じている小太郎は、ナディアの目的と結論を聞きたくもないが、話が進まないのではそれはそれでストレスが溜まる。
そもそも、ナディアを連れてきてしまった時点で、状況的に逃げられないのだ。素直に話を進展させるしかない。
うんざりとした表情で、クソデカ溜め息を吐いた小太郎は、これまで関わってきた魔族の生態と思考回路、そして数々の魔界都市を渡り歩いてきた経験則から、一つの結論を口にする。
「……あー、発展の速度は人界とは比較にならないほど早いが、衰退や滅亡はそれ以上の速度で進行するだろうな。その過程で失われる技術や文化も半端じゃなく多くなる。にも拘わらず、支配階級の顔ブレは基本的に変わらずに学ばない。何故なら、奴等の個としての力と寿命が図抜けているから、違うか?」
「ええ、その通りよ。対魔忍は恐ろしいけれど優秀と風の噂で聞いていたけれど、この街に居るのなら只者ではないと思っていたの。助けを求めて正解だったわ!」
「い、いや、ナディア殿、そのぅ……ウチの隊長は対魔忍の中でも非常に優秀で、特別と言うか……そういうことを考えられるのは、多分、隊長だけだ……!」
「………………せ、正解なのは間違いないって事ね! よかったわ!」
小太郎が求めていた答えを告げた事に、パッと顔を輝かせるナディアであったが、凜子の震え声で告げた事実に、一瞬言葉に詰まった。
だが、其処は魔界で皆に慕われるナディアさんだ、ちょっとやそっとでへこたれない。善良かつ前向きで全肯定である。
実際、正解で当たりを引いているのだ。お助けキャラガチャで、小太郎は間違いなく当たりの部類である。なお、選ばれた側である小太郎には嬉しくもなく、敵対ガチャで引いた場合はしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回された挙句、絶望のズンドコに突き落とされるのが確定する訳だが。
「まあ、兎に角、だ。魔界の文明レベルは常に上に下に行ったり来たりしていて発展と衰退の無限ループ状態。そういうのはやってると育てた人材も発見した新技術なんかも衰退の過程で失われちまうから、比較的穏当に発展しつつ領地を守りたいとそういうことだな?」
「ええ、そうよ。そのためには人間――いえ、正確には人間の歴史やノウハウを学びたいの。貴方達は私達よりも長い時間を掛けているけれど、確実に一歩一歩前に進み、今の文明を築いた。こと維持と管理について魔族とは比較にならないほど優れているから」
魔界と魔族の歴史は常に飛躍的な発展と破滅的な衰退を繰り返している。せっかく百歩も進んだのに、一気に一万歩下がるなどという事態はザラである。
どれだけ人間よりも優れた種が住むとは言え、資源にも人材にも限りがある。にも拘わらず、年がら年中殴り在っているのだ。発展と衰退を凄まじい勢いで繰り返すに決っている。
しかも、魔界医術の非常識さからも分かる通り、技術力も凄まじい。ということは、人間の保有する核を上回る超兵器を保有していてもおかしくはない。そんなものを、自分さえ良ければいい支配階級が握っているのだ。悪夢以外の何物でもない。
加えて言えば、そのような技術を開発する側も桐生やフュルストレベルのナルシスト&倫理観皆無である。成功もデカいが失敗もデカい。魔界が人界よりも遥かに広大だからまだいいものの、人界と同程度であればとうの昔に焦土と化していたかもしれない。
対し、数千年続く人間の歴史は、常に緩やかな発展と共にあった。
短い期間で見れば一歩進んで二歩下がる、などという事態は日常茶飯事であるが、長い期間で見れば着実に前へと進んでいる。
魔族と同じく、自分さえ良ければいいという人間は居るだろうが、それでも衰退しなかったのは、魔族より遥かに弱い種だったからだ。
支配階級の魔族とは違い、弱いからこそ一人では生きていけないと認めている。他人の利益が巡り巡って自らの利益になる場合があると知っているからこそ、手前勝手な生き方をするのは一部でしかなく、先達が今まで築いてきたもの全てを手と手を取り合って維持・管理し、時折生まれてくる天才が発展を引き起こす。
それが功を奏し、あくまでも人間から見た視点に過ぎないが、今の所は損得の天秤は得の側に傾いている。
これからナディアの領地に流れ込んでくる流民・難民は更に増える見込みだが、それではいずれ領地で生み出されるあらゆる資源が、民の数に追いつかなくなる。
かと言って、ナディアの気質としても能力としても、他の支配階級同様に領地拡大のために戦争を吹っ掛ける真似など出来ないし、そもそも兵力もない。
流民・難民の受け入れを拒めばいいだけの話だが、ナディアとしても領民としても、極力したくはない。疲れ果てた彼等を見捨てる事などナディアには出来ず、領民にとってはかつての自身の姿なのだから。
よって彼女が選んだのは人界の歴史とノウハウから学び、発展の道を模索しながら維持・管理を徹底する方針だ。
悪くはないだろう。ある意味、魔界の支配階級から学ぶよりも、ずっと彼女の気質に在っていると言える。言えるのだが――――
「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~っ…………因みにさ、アンタのところの文明レベルってどんなもんなんだ。貨幣とか、税の徴収方法とかさぁ」
「えーっと、お金はないわね。基本、物々交換かしら。仕事の報酬も自分の生活が破綻しない範囲で、よ。税も基本はないわね。いえ、皆が作ってくれた作物とか調度品をくれるから、それが税と言えば税かしら?」
「成程ぉ、成程成程~~…………はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
「あの、小太郎。溜め息ばっかり吐いてないで、何とか言ってやったらどうなんだ」
「五月蝿い、黙れ紅。オレは今、心を無にしているんだ。そっとしといて……ふぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」
――――余りにも、楽観視しすぎだ。
今にも爆裂してしまいそうな頭の中と胸の内を押さえるため、必死で心を無に保とうとフレーメン反応を見せる猫のような表情で深呼吸を繰り返す。
なお、本物の猫――型の獣人は、紅の膝の上で丸くなっている。紅は猫が好きだ。どれぐらい好きかと言えば、猫の刺繍が入ったパーカーを普段着にするぐらい好きだ。その年で、そのセンスはどうなのだろう。クラクルは猫可愛い。
素晴らしいと言えばいいのか、凄まじいと言えばいいのか。
ナディアの領地は政治や支配体制は人界での古代とそう大差ないようだ。但し、技術レベルに関してはエルフの持つ魔法技術、ドワーフの鍛冶、建築技術、ホビットやノームの整地、農耕技術、とそれぞれの種族が得意とする分野だけに相当なものと考えるべきだろう。
禄に支配体制も確立していないにも拘わらず、これまでナディアがやってこれたのは、本当に彼女と彼女の領民の善意と良心、そして彼女達の幸運によって全てが成り立ってきたからだろう。
誰かが悪意を以て領地を引っ掻き回そうとすればいくらでも出来ただろう。何せ彼女の領地には法律も、税も、治安を維持する警察も軍隊もないのだから。一度でも火が突けば、凄まじい勢いで燃え上がった筈だ。現代日本で法律も税も警察も軍隊もなければ、こうはいかない。どう考えても国としての体すら保てない。
魔界や魔族らしからぬ、とは誰の言葉であったか。善意と良心だけで成り立っている土地は秩序だっているとはとても言えない。混沌そのものだ。
そして、彼女が求めているのは統治のノウハウを学び、混沌とした現状に秩序を与えて先に進む方法。
より穏当に、より確実に、より管理しやすく、より長く維持できる、そんな統治。
成程、これは人界からノウハウを学ぶのが確実と言えよう。
つまり、何が言いたいのかと言うと――――――ふうま 小太郎のドキドキワクワク魔界内政無双がはっじっまるっよー♪
「ふぁ~~~~~~~~~……うっ! げぇ、ぼろしゃーーーーーーーーーーーー!!!!」
「小太郎が吐いたーーーーーっっ!!!」
「きゃあああああああっ!?!? だ、大丈夫、大丈夫なの!?」
小太郎は心を無に保てずに、無表情のまま虹色の吐瀉物を噴射する。絶望的に汚い絵面である。内政無双は始まらなかった。そらそうだ。
統治や内政は戦争に比べてクソほど難しい。正確には統治や内政、戦争にはそれぞれ別の難しさがある。
戦いに勝利し、一度は英雄と呼ばれた連中であっても、戦争後の統治や内政に失敗し、失脚、或いは謀反・反乱された挙句に死亡、などという事態は歴史の上ではそれほど珍しいことでもない。
歴史上には戦争をやらせてよし、内政をやらせてよし、というチートの権化のような怪物もいるがそこはそれ。そんなもの、生まれてくる方が稀だ。
統治と言うのは、根本的に統治する対象が生きていくために存在する。決して統治者のためにあるわけではない。
古代では村の長が、中世では王や貴族が、現代では政治システムが、全体の生活水準と一定に保ち、民が最大多数の幸福を享受できるよう、
無論、統治者は様々な権利や特典を得るのだが、それは統治という非常に難しい仕事を成立させた正統な報酬だ。
法も習慣も暗黙の了解もない、纏め上げる者もいない――という状況に叩き落とされた人間は獣と大差はない。ブレーキを踏む理由がなく、欲望を押さえる必要性がないからだ。誰もが好き勝手に生きていくとしたのなら、利益を得るのは極々一部の者だけで、大多数は甚大な不利益を背負う事になる。
リアル北斗の拳の世界観を思い浮かべればいい。と言っても、あの世界観ですら圧倒的な強者が集団を纏め、統治を行っていた。そうでもしなければ、知的生命体は間違いなく滅ぶ運命にあるのだ。
そして、統治というものは時代と場所と人と価値観によって変えていかねばならない。
例えば、日本において神君・徳川 家康から始まり、250年以上も続いた江戸幕府の統治をそっくりそのまま中世ヨーロッパで展開したとして、上手くいくだろうか。
間違いなく上手くいかない。日本と欧州とでは、民の価値観が違い過ぎるし、これまで築かれてきた税収のシステム、法体制が一変してしまえば、誰もついていけないだろう。かなり早い段階で統治体制に破綻が生まれて回らなくなる。
戦争勝利後に敗戦国を支配した英雄が、自国と同じ統治方法でいんじゃね? とか頭ぱーぷりんな事をやって失敗する必敗パターンである。
このように、統治とはその時代がどのような積み重ねを経て至ったのかを学び、その場所で何が在ったのかを理解し、人の気質を調べ、価値観に沿ったものを提示してやらねば成り立たない。
ナディアの領地に現代日本の民主主義やら政治システム、憲法をぶち込んだとしても、誰も理解出来ないし、着いても来れない。待っているのは、離反か反乱か瓦解でしかない。
そのためには、まずエルフとドワーフとホビットとノームだけではない、ナディアの領地に流れ込んでくるであろう他の種族を予測して、それぞれの歴史や価値観、何を重んじ何を軽んじるのか、何に長け何に劣るのか、果ては知能レベルを調べ、学ばねばならない。取っ掛かりの段階だと言うのに、数年がかりの作業である。
その後は、それぞれの妥協できるラインを探りつつ、なおかつ理解可能な統治体制を考えるために、法の制定、領地を回す業務組織の立ち上げ、税収とそれの使い途、etc、etc。
ノウハウや知識だけで無双が出来れば苦労はしない。それに合わせてチューンナップ、或いはデチューンできるだけの地頭と血反吐を吐くような努力が必要なのである。異世界に転生して現代知識で無双? バカを言うな、英雄すら越えているチートの化身なのか、そいつは。
無理だ。どう考えても不可能だ。いくら小太郎でも無理過ぎる。
そりゃあ、彼も支配する側の人間。国を回すような人間ではないが、家を回す人間ではある。
各国の統治体制を学び、何が良く、何が悪かったのかを考察し、ノウハウと知識で自らの支配に組み込んでいける。だが、今回は規模が違う上に、相手は人間ではない魔界の住人。
十年で結果が出れば凄まじいの一言だろうが、その前に小太郎が学ぶ事と考える事とやる事が多すぎて、一ヶ月でリアルに死ねる。
「………………」
「な、何、どうしたの? そんな無表情で私を見てっ! こ、怖いわ! それどういう気持ちの顔?! と言うか大丈夫なの?!」
「うっ、ぐぶっ、えおろろろっ、しゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」
「若様、お気を確かに!!」
「また吐いたニャー!! ボクの巣なのにっっ!!!」
「わ、私のせいなのーーーーーーっっ?!」
此処で朗報です。
今、小太郎が顔を見ただけで吐いたナディアちゃんですが、生命を操る能力を持っています。命を活性化させるも、命を奪うも思うがまま。
懸命な読者諸君ならばもうお気づきだろう! そう、彼女が居るだけで何とかなるのだ! 少なくとも過労死する事はないっ! ナディアがダンスダンスレボリューションするだけで、もう周りの者はヤク極めたレベルでガンギマリ状態になるのだからっっっ!!
72時間働けますかー! なんてレベルではない。十年だろうが二十年だろうが不眠不休で働き続けられる。エンドレスエイトならぬエンドレス労働&苦労である。そりゃあ、反射的にゲロも吐こう。ふふふ、怖い。怖過ぎる。
しかし、疑問は思い浮かべる者も居るであろう。
何もナディアの願いを聞いてやる必要性は小太郎はない。無論、弾正の目から逃れるためにナディアが一芝居付き合ったのは事実であるが、余りにも内容が重すぎる。
悪いが、これでは割に合わない。ただ、その一言を告げればいいだけである。人が良く、敏い彼女の事、残念、でも仕方ないわね、と癇癪も起こさずに受け入れる筈だ。
でも出来ない。出来ないのである。何故か?
簡単は話だ。このままナディアが魔界へと帰る筈がない。何せ、自分の領地に一大事が迫っている。領地から得られるものになど興味はないが、其処に住まう領民は彼女の大事な仲間であり、愛しい者達なのだから。
となれば、彼女は小太郎以外に願いを叶えてくれる人間を探し、人界を渡り歩くだろう。人が良く、他者を疑う事を知らない彼女がどうなるか。
『うーん、困ったわ。どうしましょう』
『ハハハ、其処の美人なお嬢さん、お困りなようですね。何かお手伝い致しましょうか?』
『えっ、本当に? 実はカクカクシカジカで』
『成程――――私にいい考えがある! 着いてきて下さい!!』
『本当、素敵っ!』
(ぐっへっへ、ちょれぇちょれぇ。性奴隷にしてっやっかんなぁ~。あ~、夢が広がるんじゃ~)
うーん、この想像のし易さ。まさにフライングサマーインセクトファイアである。
何せ、この人界の住人はヤバい。大多数は真っ当かつ真面目に生きている方々であるが、一部は目を剥くクズっぷりを発揮する。
小太郎の知っている事例では、年端もいかない子供が魔界製の催眠スプレーを入手して、女性の連続行方不明事件を引き起こしていた事もある。もう滅んだ方がいいんじゃないのかな、この世界。
なお、裏では魔族の奴隷商人が関わっていたようだが、その子供達は今はどうなっているか。まあ、小太郎が関わった時点で、最低でも子供達が犯した女性と同じ目にあっているか、最悪の場合は殺処分である。
こんなんばっか見せられて人は信じろとか無理な話だよ! 誰か、死んだ魚のような目で人を守る仕事してる彼の気持ち考えたことあんのかよぉ!
尤も、彼の気持ちを理解できたところで何の救いにもならないのが一番酷い話だ。見ろよ、ボロ雑巾になった彼の無惨な姿をよぉっ!
だが、これくらいなら可愛いもんである。痛い目を見るのはナディアか、返り討ちにされる彼女を陥れようとした阿呆だけだから。
ヤバいのは、ナディアを陥れようとする者が賢しい場合だ。彼女を言葉巧みに誘導し、領地の経営やら何やらを握ってみろ。一瞬で領地は崩壊する。まあまあまあ、其処まではいい。苦しい思いをするのはナディアと領民だけだから。
問題は、ナディアの領地に出現した門がヨミハラと繋がっている事だ。彼女はこれを通って人界にやってきたらしい。
魔界と人界を繋ぐ門の出現の条件は判然としておらず、人界側にはヨミハラ以外にも複数の門があると見られているものの、魔族の側が人界への道を閉ざされる事を警戒してか、巧妙に隠されている。
ただ、魔界側の住人の証言により、いくつかの特性は確認されている。
曰く、人界側の門は数が少ないが、魔界側にはそれなりの数の門がある。
曰く、門はそれぞれ繋がっており、一つの入り口が一つの出口に繋がっているとは限らない。と言うよりも、魔界側に複数の入り口があり、人界側の一つの出口に繋がっているようだ。
恐らく、ブラックや淫魔王は自身の領地に出現した門を通ってヨミハラにやってきたと思われる。下手をすると、まだ息を潜めている上位魔族すらいるかもしれない。
そんな状態で、対魔忍やら自衛軍はほうぼう駆けずり回って日本の平和をギリッギリのところで守っている。本当にギリギリの状態なのだ。
もう一度言う、ほんとのほんとマジにマジでギリッギリの状態だ。
そんな状態で? ナディアの領地が崩壊して? 別の上位魔族の領地になって? ソイツが人界に目を付けたとしたら?
ブラックや淫魔王と殺し合ってくれるならばまだしも、手を組まれたとしたら。或いは、自ら新たな脅威として立ち上がったとしたら。日本終了のお知らせ、どころか人界終了のお知らせである。
小太郎がナディアの願いを突っぱねれば、こうなる可能性が十分に存在している以上は無理だ。
彼が楽観的な性格であれば違ったかもしれないが、自身の両腕と認める災禍と天音に対してすら、いつ殺しに来られても対処できるように最悪を想定している警戒心と猜疑心の塊のような男には不可能な話。
――――運命が小太郎にもっと苦労して輝けと囁いている。
(お、落ち着け、オレ! まだだ、まだ終わりじゃない! どうやら長命種の魔族みたいだし、人間とは時間の感覚が全く違う。流民で一杯になるのも戦争ふっ掛けられるのも今直ぐにって話じゃない筈だ)
(それに、こんな脳みそお花畑のお嬢さんが一人で領地を経営できたとは思えねぇ。
(ナディアだって地頭は悪くない! こっち側のノウハウと知識を学ばせつつ、オレが都度確認してアドバイスすれば何とか、何とかぁ……!)
もう胃の内容物がなくなって胃液も出てこないのに、まだげーげーやっている状態で、小太郎は冷静に思考を巡らせていた。
希望的観測に基づくものではあったが、彼の考えは概ね的を射ている。みっともない状態なのに大したものであった。
尤も、ナディアに教える以上は彼も頭を働かせなければならない。負担は減ってもなくなる訳ではないのだ。
小太郎のやる事リスト一覧。
・独立遊撃部隊の運用と増員。
・新隊員の運用方法と指導内容の模索。
・対魔忍内部の各家との折衝、交渉、その他諸々。
・ふうま一門の再興。
・アサギからの無茶振り。
・山本長官からの無茶振り。
・九郎と九郎隊の面々を過労死させないために、補充人員の検討。
・ブラックとか言うモンスターペアレント(比喩ではない)とその組織への対処。
・淫魔王とか言うクソ面倒な相手を撃滅する対処。
・紫を連れてきた何処に居るかも分からない次元侵略者を滅殺する対処。
・離反してくれた骸佐君への比較的穏当な対処。
・帰ってきた弾正を確実にぶっ殺すための対処。
・ナディアへの指導と小太郎自身の領民各種族の気質、歴史、得意分野の勉強 ← New!
あー…………もうこれは過労死するしかないかも分からんね。
(ふ、ふふ、もうやるしかねぇ……やるしかねぇなら、やるだけだぁ!)
言葉にもならぬ慟哭の叫びが、小太郎の胸中に響く。
伊達に、実の母親から死んだとしても許しを与えぬ訓練を課せられてきた幼年時代を駆け抜けていない。逃げ出す事はあっても投げ出す事はない、いや出来ない男であった。弾正とは大違いである。もうこれだけで当主としての格の違いが分かる。
(まあ、それはそれとして、弾正への対処は骸佐に擦り付けるかぁ~。全部を全部やってくれないだろうけど、一緒に棒持って囲ってぶん殴るくらいはしてくれる、アイツなら。弾正、死ぬほど嫌いだしな。そうしよそうしよ)
おおっとぉ、此処で骸佐君に思わぬ飛び火。
骸佐の父が弾正に死ぬまで苦労させられたように、二車の人間はふうま宗家に苦労させられる運命にあるのだろうか。
まあ、好きこのんで離反してくれた彼だ。きっと好きこのんで苦労も背負い込んでくれる事だろう。
―――――
――――
―――
――
―
「あ~、やってらんねぇ……部外者の分際でデケェ面しやがって」
「わちゃわちゃ抜かすなや、メイジャー。これも任務や、聞き分けぇ」
「…………チッ」
ヨミハラの歓楽街に、苛立った様子の女とサイボーグが周囲を睨みつけながら立っていた。弾正にメイジャー、ヘスティアと呼ばれていた特務機関“G”の機械化兵士の二人と彼女達の部下と思しき者達であった。
メイジャーの足元には頭部を砕かれた上、全身が炭化するまで焼け焦げた三人分の遺体が転がっている。綺麗な顔立ちと物珍しい服装と武器に目をつけて声を掛け、彼女自身の手によって殺害された身の程知らずの死体だ。
道を行くヨミハラの住人は、二人から目を逸して立ち去っていくか、遠目に眺めるばかり。その情けない姿が、ただでさえ苛立っているメイジャーを更に苛立たせる。
「そないに嫌なら、蹴ればよかったやろ、こんな任務。別に、長官も強制はしなかったやろ?」
「…………うるせぇな、どうでもいいだろぉ。どうでもよぉ」
「はぁ? おかしなやっちゃなぁ、ホンマ」
二人とその部下は小太郎が読んだように、弾正の行動の補助と監視、そしていざという時の殺害を任務として日本へとやってきた。
元々、“G”の長官は弾正が対魔忍時代、長官が一工作員時代からの旧知の仲であり、弾正失脚時は亡命の手引きを行った。
当初は長官と弾正の仲は良好であった。弾正が手土産と称して渡した対魔忍から得られた人体実験のデータによって、“G”の技術レベルは飛躍的に進歩し、長官は現在の地位につく切欠となった。
しかし、弾正は次第に増長を始め、正式に“G”の人員でないにも拘わらず、一派閥を持つほどに成長していた。
こうなっては長官としても好き放題にさせる訳にもいかず、対処に困っているところ、弾正が日本へ戻る旨を伝えてきた。
目の上のタンコブになってきた弾正に穏当かつ気兼ねなく消えて貰えはするが、最悪の場合は外交問題に発展しかねない提案に長官は苦い思いで協力を認め、保険としてメイジャーとヘスティアを付かせたのである。
メイジャーは元々、弾正が気に入らなかった。
彼女は生まれも育ちも悪く、生活のために軍へと入り、作戦行動中に負傷して生死の境を彷徨いながらも、“G”によるサイボーグ化技術によって生き延びてきた、所謂社会の底辺層。
弾正のような特権階級――――それも、自分と同じ所にまで堕ちていると言うのに、まだ勘違いを続けて見下してくる相手など、心底軽蔑する対象だ。
それでもなお今回の任務を受諾したのには訳がある。
弾正を殺せる機会があるかもしれない――――からではない。彼女は強い闘争心を持ってこそいるが、軽蔑する対象を相手にする無駄が好きな
最大の理由は、自身の隣で立っているヘスティアが任務に参加すると知ったからだ。
ヘスティアは敵に情けを掛けるような余分はないが、兵士の仮面を被ってもなお滲み出る人の良さがあり、仲間に対しては非常に面倒見が良い。
メイジャーも任務上で彼女に助けられた事は一度や二度ではなく、またサイボーグ化して戸惑う自分を気にかけてくれたヘスティアには恩義を感じていた。
(あんな夢見がちなクソみてぇな親父の我儘に、恩人だけ付き合わせる訳にはいかねーよなぁ……)
「…………はぁ」
「失礼なやっちゃな~。人の顔見て溜め息吐きおうて。お? なんや、ウチの以前の顔みてぶったまげるか? ん? お前よりも美人やぞ?」
「あー、はいはい。その持ちネタも飽きたっつーんだよ。そういうの、写真の一つでも見せてから言ってくれや」
「うっさいわ! 写真もデータも全部燃えたわダボがぁ! でも美人やったんは本当やからな! 信じてやぁ!!」
「信じてる信じてる…………しっかし、あのおっさん、此処で何するつもりだぁ?」
メイジャーは弾正がどのような手段を用いるのか、耳にしていない。何かを言っていた気はするが、バカバカしくて聞いていなかった。
くるりと背後を振り返り、見上げたのはヨミハラの中でも一際大きい娼館だ。
弾正は数十分前に娼館の中へと入り、未だに出てきていない。
「ウチとノマドは表向きには敵対関係やからなぁ。となると、手を組むにしても別の組織やろ。こっちも出せる戦力は少ない。現地調達は基本やがな」
「裏で何処と繋がってんのか、うちらも知らねーけどな。しかし、魔族と手を組むねぇ。あのおっさん、日本を売るつもりかよ」
「まあ、日本が混乱すればするほどウチらが得する――――っちゅうんは認めるが、それだけで済めばええけどなぁ……」
メイジャーに続き、ヘスティアも背後を振り返って娼館を見上げる。
彼女には、まともな人体だった頃と変わらぬ視界がカメラアイを通じて送られてくる。それに加え、彼女の兵装に合わせていくつかの特殊モードが組み込まれていた。
その内の一つが温度の可視化モード。赤外線サーモグラフィーとは異なり、金属の壁を隔てた向こう側ですら読み取れる最新式だ。
(地下に熱源あり。ついさっきまで燃えてたようやなぁ。抗争でもあったんか。そんな連中と手を組んで大丈夫かいな、弾正のおっちゃん。まあ、ウチらは危なくなったら在日米基地に逃げ込むけどなぁ~)
二人と部下が見上げていた娼館は、名を「ドリーム」と呼ばれていた。
そう、小太郎が侵入した淫魔の巣窟だ。
淫魔王が待っていたのは、弾正の事であったようだ。
未だ息を潜める淫魔と失脚したふうまの元当主。この二人が如何なる密約が交わされているかは兎も角として、小太郎にとっても、対魔忍にとっても、喜ばしくない事態である事だけは、間違いない。
はい、というわけで、真のロッズ・フロム・ゴッズは弾正の方じゃなくてナディアさんの方だった&骸佐、ひっそりと若様ともに苦労する羽目になりそう&弾正、淫魔王と手を組んだ模様、でした。
なお、弾正がやってきた際の淫魔王ですが、
弾正「来たぞ(ゾロゾロ」
淫魔王「何してくれてんの、このおっさん(ビキビキ」
自分はひっそりやりたいのに弾正が馬鹿みたいに人を引き連れてきてくれるファインプレー(嫌味
淫魔王、ブチギレ寸前だってよ。流石は弾正、他人に迷惑する才能は天元突破してやがるぜ!!