対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

23 / 81

リーアル「(シーン」

若様「リーアル、無事死亡確認! しっかし、エゲツねぇ殺し方である」

不知火「小太郎くんにだけは言われたくないのよねぇ……(どっかんどっか爆発炎上するヨミハラを見ながら」


と言う感じの前回のあらすじ

やっほー! 秋津ちゃんと一緒に不知火ママンが来てくれたぞぉ! うむ、どっちも実にエロい。
つーか、ピックアップガチャって、SDキャラのシルエットが表示される確定演出ってあったんだ、初めて知ったわ。
イベントの方は微妙な進捗状況。終了までには巻物を手に入れられる筈!

では、どぞー!



苦労人にだって読みきれない心理もある。それが特に弩級の馬鹿だと尚の事。

 

 

 

 

 

 彼――淫魔の王は不愉快の絶頂に居た。

 

 無理もない。これまで順調に進んでいた筈の計画が大幅に狂い始めていたのだから。

 数日前には目的も判然としない襲撃者に自らの拠点に捕らえていた八津 紫らしき人物を奪還された挙句、地下の研究施設を爆破された。

 更に、米連への足掛かりとして選んだ弾正は、秘密裏になどという言葉を知らんとばかりに集団で拠点まで押し掛けてきた。

 

 弾正としては自らの戦力を誇示したかったのだろうが、鬱陶しいにも程がある。

 そもそも弾正の立場は既に調べが付いている。特務機関“G”の内部で権力を握り始めた弾正を危険視し、上層部が魔界技術獲得の期待と厄介払いを同時に行ったに過ぎない。

 つまり、弾正も後がない状況なのだ。だと言うのに、あの男と来たら、さも自分に手を貸して当然だと言わんばかりの態度で接してきている。

 ノマドが一枚岩でないにせよ、強大な組織力を有しているのは事実。淫魔の王にとっても厄介な存在である以上、弾正という戦力は壁として使うにはもってこいであるが、不愉快は不愉快である。

 

 そして、今は――――

 

 

「ひ、ぎゃあああっ!!」

 

「あ、熱い! ひ、火が、火がぁああぁあぁぁっ!!!」

 

 

 燃え盛る街で木霊する人間どもの悲鳴が苛立ちを加速させる。

 ただ死ぬのならまだいい。虫螻に等しい連中なぞ、いくら死んでも構いはしない。どうせ人間なぞ放っておいても数の増える家畜も同然だ。

 この程度の惨劇など彼の身を害するには至らないが、耳障りな虫の鳴き声まではどうにもならない。

 

 これでヨミハラの半分は間違いなく焼け落ちる。

 それも構いはしない。己の部下は安全圏へと避難させているし、ノマド一強のヨミハラのパワーバランスを変えるいい機会とも言える。

 

 だが、押し寄せる人の波は不快そのもの。

 爆発と落石から逃れようとする人間どもは、彼にとっては羽虫に集られるようなもの。不快にもなろう。それでもなお混乱を極める街を進んでいたのには訳がある。

 

 この騒動の影には、必ず奴がいる。

 自身を虚仮にしたあの襲撃者が関わっている明確な証拠はなかったものの、確信に近いものがあった。

 手段が似通っているという些細な理由だけであったが、それも仕方がない。あの男は何も証拠を残していかなかったのだから。

 何か宛があった訳でもない。あったのは、傷つけられた矜持だけ。淫魔の王たるこの身が、唯の人間に虚仮にされるなど在ってはならぬ、と。

 

 

(リーアルのアンダーエデンに対魔忍の襲撃があったのは既に情報が入っている。八津 紫を奪還された直後にこれであれば、奴は対魔忍の勢力であると考えるのが妥当。そして本当の目的が水城 不知火ならば、これは陽動。この混乱に紛れて逃げるつもりか。人が集中している歓楽街方面の出入り口はエレベーター、逃げるには時間が掛かる。住宅街の出入り口から逃げるが可能性が高い。何にせよ、此方に時間はそう残されていない)

 

「あっぐぅ……何処見てんのさ、こんな時にっ!!」

 

「………………」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 外界の情報を遮断し、燃える歓楽街を煤一つ被らずに抜け、淫魔の王は住宅地へと足を踏み入れた。

 人々の悲鳴も遠いものとなり、ようやく思考が冷静になってきた時、身体に奔った衝撃に意識を現実に引き戻される。

 

 見れば、長い栗色の髪にウェーブを掛け、赤いドレスを纏った娼婦がへたり込んでいた。

 今一度湧き上がった怒りに抑えていた魔力でも滲み出たのか、娼婦は立ち上がる事もままならず、這いずるように逃げていく。

 

 何なら殺してやっても良かったが、今は時間が何よりも惜しい。小さい舌打ちを漏らしながら再び歩み始める。

 

 

(爆発の起こった位置から隠しても隠しきれない魔力の残滓が続いている。此処まで存在を隠しきっている以上は対魔忍どもは大人数ではなく少人数で潜入していると見るべき。人手に困って魔族の傭兵とでも手を組んだようだが、仇となったな)

 

 

 くつくつと歪んだ笑みを漏らしながら、淫魔の王はヨミハラを焼く炎を背に、住宅街を進む。

 

 危機は、すぐ其処にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「燃~えろよ燃えろ~よ~、炎よ燃えろ~。火~の粉を巻き上~げ、ヨミハラ燃~やせ」

 

「小太郎、キャンプファイヤーじゃないんだから……」

 

「似たようなもんだろ。燃えてるだけで特に意味はないって点じゃ」

 

(人が死んでるんだけどなぁ……)

 

 

 空間跳躍の術でアンダーエデンを離脱した五名は、拠点としていた廃娼館の前でナディア、クラクルと合流していた。

 

 歓楽街方面は今や灼熱で焼かれていた。

 爆発が連続し、轟々と燃え盛る炎が上へ上へと伸びていく。爆発の影響で天井の一部が崩落し、建物を押し潰す。真っ黒な煙が天井へと立ち上り、ガス管を伝う爆発から逃れた換気機構は火災によって発生した有毒ガスを地上へと排出しようとフル稼働していた。

 炎による焼死。落石による圧死。有毒ガスに窒息死、或いは中毒死。いずれにせよ、苦しみの伴う死である事に変わりはなく、ありとあらゆる死で溢れかえる。

 

 地の底に築かれた闇の住人達の楽園も、こうなっては地獄そのものだ。

 だが、彼等はいずれ地獄に堕ちる。現世で一足早く地獄を味わったとして、何の不都合があろう事か。

 

 己の狙い通りに引き起こされた大災害を眺めながら、特に感慨もなさげにキャンプファイヤーに付き物のレクソングを歌う小太郎に、紅は声を震わせながら苦言を呈するが正に暖簾に腕押し、糠に釘だ。

 歓楽街から離れている住宅街の中とは言え、この呑気さである。これならまだ爆笑でもしていた方がマシという無関心振りであった。

 

 対し、合流したナディアとクラクルは蒼褪めた表情でカタカタしていた。

 一応、こうなる事は聞いてはいた。いたにはいたのだが、まさか此処までの事態に発展するとは思いもしなかったのである。

 人界に来たばかりのナディア、自由気侭に生きるだけのクラクル、小太郎の行為がどれほど悪意に塗れ、どれほどの被害を生み出すのか、正しく理解できていなかった。

 其処にこの光景だ。自分が片棒を担いだ行為の重さに、呆然とするのも無理はなかった。

 

 

「しかし、これでは誘拐されてきた民間人も……」

 

「それはない。確認してあるからな。この街に何の罪もない人間は一人としていない。魔界から来た連中はどうか知らんが、そっちの保護は対魔忍の仕事じゃないのでノーカンで」

 

「馬鹿な。この規模だぞ? いくらお前でも把握するのは不可能だろう?」

 

「そうでもないさ」

 

 

 凜子は街の光景に一抹の不安を口にしたが、小太郎が奴隷商人として街を歩いた過程で得た情報に基づく言葉に否定された。

 

 リーアルとの会話や生活の擬態のために立ち寄った酒場から聞こえてきた会話内容が元だが、ゾクトのように個人でかつ従業員用のルートを使う奴隷商人は珍しい。

 考えてもみて欲しい。ゾクトの通ってきたヨミハラへの道程はほぼ丸一日歩き詰め。更に道中は危険な武装難民や魔界からやってきた奇怪で凶暴な生物で溢れ返っている。そんな道を、何も知らない一般人と共に歩けるだろうか。

 結論から言えば、決して不可能ではないが労力もリスクも非常に高いものになる。奴隷が体力を使い過ぎないように気を使いつつ、奴隷の脱走と何者かの襲撃に注意しなければならないのだ。ゾクトのように、リーアルという金払いのいい売り先を確保して置かなければ、とてもではないが払う労力と受け取る報酬が釣り合わない。

 

 そのために、ヨミハラでは奴隷のオークションが定期的に開催される。

 ノマドが主催しており、客側は参加費を、奴隷商人側は中抜きされるものの落札価格に近い金を手にする。奴隷達は物資搬入用のエレベーターで搬入できるために、商品の持ち込みは難しくない。またオークション形式であるが故に、娼館の経営側に直接売りに行くよりも高値が付く可能性が高く、値切られる恐れも未払いの心配もない。

 奴隷商人が利用するのは、ほぼ此方だ。より確実に、より安全に利益を得ようとするのなら、当然であろう。

 

 そのオークションの開催日はまだ先だ。商品を持ち込むには早すぎる。

 

 そして、奴隷商人の商品が、完全な『被害者』と呼べるかも疑問が浮かぶ。

 商品は借金の返済に滞っていた債務者や、夜の街に繰り出して普通の範疇を越えた遊びに勤しんでいた者が大半だ。

 かつては拉致、誘拐など暴力に物を言わせた手段が横行し、何の罪もない一般人が商品として並んでいたのも事実である。

 しかし、山本長官率いる調査第三部と警察機関の連携強化、更にはアサギという存在と恐怖が、奴隷商人達に安易な方法での商品入荷を阻んでいるのが現状。

 

 その罪の重さが、炎に焼かれるに足るかは別にして、このヨミハラに何の罪も存在しない人間はいないのだ。

 

 

「災禍さんと紫さんは?」

 

「偵察。そろそろ戻ってくるは――――」

 

「――――――“眠れ”」

 

「うっ……あっ……!」

 

 

 唐突に、強力な魔力を帯びた言霊が放たれる。

 

 一方的な命令に従うまま、小太郎を除く全員がその場に倒れ込み、寝息を立て始めた。

 唯一、一度はその術中に嵌った事のある小太郎だけは、夢へと閉じ込める言葉の魔力に精神力だけで抗い、背後を振り返ってUMP45を構えた。

 

 

「先日は世話になったな。やはり、目的は水城 不知火だったか」

 

「さぁて、何の事やら」

 

 

 立っていたのは言わずもがな。学生の姿に擬態した淫魔共の王。

 両腕を広げながら尊大に、冷静さを保ちながらも喜悦に歪んだ口元を隠しもせずに近づいてきていた。

 

 小太郎はヘルメットの下では冷や汗を浮かべながらも、声色には一切の動揺を出さないまま、とぼけてみせたのは流石としか言いようがない。

 しかし、それも其処まで。小太郎に残された手段など、そうして時間を稼ぎ、災禍と紫が戻ってくるまで耐える他はなかった。

 

 淫魔の王は、既に見抜いており、ゆったりと、されど警戒を緩めずに近づいていく。

 一度はしてやられた。二度も三度も同じ手に引っ掛かるほど馬鹿ではない。そもそも出し抜けたのは、入念な準備と予想があったからであり、この不意打ちでは如何ともし難い。

 

 

「ぐっ――あ……ッ!?」

 

 

 容赦も無ければ、油断もなかった。

 パチンと指が鳴らされた瞬間に、小太郎の膝から下が切断される。

 膨大な魔力を不可視の刃として形成して放っただけの事。魔術でも何でもない、単純な攻撃。人間の上位者として、格の違いを見せつける一撃であった。

 

 どうと背中から地面に倒れると、其処でようやく傷口から大量の血が吹き出る。

 何の処置もしなければ、待っているのは失血死。だが、小太郎はそのままの状態でUMP45の引き金を絞った。

 

 

「ふふ、はははははッ、いいだろう。撃たせてやる。無意味と分かっていながら健気に抗う羽虫の努力だ。見ていて面白いぞ。好きなだけ撃つがいい」

 

「…………ッ!!」

 

 

 放たれる弾丸は悉くが、目に見えない壁に阻まれるように淫魔の王の身体を逸れていく。

 ギリ、と歯噛みしながらも諦めない虫螻の無駄な足掻きは、傷つけられた矜持を癒やしていくようだ。だが、それだけでは物足りない。

 

 障壁に阻まれる弾丸を眺めながら、思案する。

 嘲笑ってやるだけでは物足りない。どうせなら、屈辱に塗れさせねば気が済まない。そんな事を考えながら、淫魔の王は邪悪極まる笑みを浮かべながら、ポツリと漏らす。

 

 

「見れば、貴様以外は女か。不知火はリーアルにやらせるつもりだったが、こうなっては仕方あるまい。全員、余が直々に蕩け落としてやろうではないか」

 

「あぁ、そうかい! そりゃどうも!」

 

 

 焦りを募らせていく姿が心地良い。

 他にも仲間が居るようであるが、何の問題もない。助けに入ったとして、障壁が存在している以上は如何なる攻撃をも通用しない。待っているのは、眠りこける女達と同じ結末でしかない。

 眠りの世界へと誘えない男にしても、直に死ぬ。何なら、死にゆく男の横で、仲間を犯してやるのも一興だ。

 

 無意味な攻撃を繰り返す無様な姿に深まる愉悦。そして、淫魔の王に相応しい吐き気を催すような淫気が溢れ出し、低い哄笑が闇の街の一角に響き渡ろうとしていた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「……ふふ……ははは……」

 

「予定調和ですよー、っと。災禍、紫、御苦労だったな」

 

「いえ、この程度は」

 

「私としては、バレるかとひやひやしたがな」

 

「流石は馬鹿だ。無駄に考えなしで大変宜しい」

 

 

 虚ろな目で笑いながら立ち尽くす淫魔の王の顔をしげしげと覗き込みながら、小太郎は労いの言葉を掛けた。

 何の事はない。淫魔の王は既に災禍の術中へと堕ちていたのである。その証拠に、邪眼の発動と集中によって一歩も動けない彼女を紫が背負っている。

 見れば、災禍は普段の対魔忍装束ではなく、胸元が大きく開いてストッキングを止めるガーターベルトが覗けるほど裾の短い赤いドレスを纏っていた。そう、淫魔の王が住宅街へと足を踏み入れた際にぶつかった、あの娼婦と同じ格好だ。

 

 ナディアとクラクルに爆弾を設置させると決めた時点で強大過ぎる魔力を隠しきれないと予見していたし、隠密に慣れぬ二人の行動が誰かの目に止まったとしても不思議ではない。

 相応の実力者であれば、誰かは分からないまでも後を追う事くらいは出来る。そして、大混乱の最中に後を追おうとするのは、引き起こされた大災害があくまでも陽動に過ぎないと分かっている者と、そして――――

 

 いずれにせよ、淫魔の王は必ず後を追ってくると分かっていたのだ。

 闇の世界の住人は顔にクソを擦られるのを極端に嫌う。そうなれば他者に舐められるというのもあるが、それ以上に彼等の一銭にもならないプライドが、そのままでいる事を許さない。

 他の魔族に比べて智慧が回るのは認めるが、根本は何も変わらない。稚拙な矜持を振り翳すためならば、利益も不利益も完全に度外視して動き出すのだ。

 

 だから、戦力として使える災禍と紫をアンダーエデンの襲撃に参加させなかった。

 ナディアとクラクルの後を追ってきた者を迎え撃つ、或いは逸早く小太郎達に連絡を入れるために住宅街と歓楽街の堺の廃墟で偵察を行わせていたのである。

 後は語るまでもない。既に淫魔の王が擬態した姿の似顔絵を見ていた災禍はその姿を見咎めると娼婦に扮して近寄り、その邪眼で絡め取ったのだった。

 

 

「でも、驚いたわ。貴方達の忍法、淫魔にも通用するのね」

 

「この手の精神に作用する異能に対抗する策は大きく分けて4つ。始めからガチガチに対策を固める、一度喰らって異能を破る術を見つける、精神の隙を潰して無効化させる、最初(はな)から使わせない。こんなもんだ。コイツ始めからなーんも対策してねーでやんの」

 

「だが、仮にも淫魔の王だろう? 似たような能力を持つのなら耐性でもありそうなものだが……」

 

「かもなー。でも、自分が敵の術中に嵌まる、なんて考えてない奴じゃあ、いくら耐性があっても、ねぇ? 隙だらけの精神と頭の中に潜り込むなんざ、災禍にゃ朝飯前。耐性は何処まで言っても耐性であって無効化とは違う」

 

 

 淫魔の王を再び手玉に取りながらも喜びも怒りも見せず、呆れたまま人差し指でその額をコンコンと小突く。

 

 彼は王である。  

 これまで部下を動かしてきたであろうし、自身が直接動く時は自身の圧倒的な優位性を保てる場合のみ。

 相手を騙し、籠絡する狸のような存在であっても、狐と狸の騙し合いのような場に出てきた事など一度とてあるまい。彼がそんなものに参加する必要性はなく、そもそもそれは部下の仕事だ。

 だが、今回に限って彼は部下を使わなかった。傷つけられたプライドは、自らの手で敵を倒す事でしか癒せない。部下を使っては意味がなく、自らの無能と瑕を晒す度胸など絶対者として君臨する彼には存在しない。

 

 対し、小太郎は自らの無能を認める事に躊躇はない。人の上に立つ者ではあるが、絶対者である必要など何処にもないと知っており、無能であるという自覚を持つが故に、だからこそ油断なく物事を進められる。

 無能な人間が頂点に立ちながらも、それが周囲を支えて好循環を引き起こした実例などいくらでもある。頂点に立つ者に必要なのは実務的な有能さではなく、人を繋ぎ止めておける信頼でしかないと割り切っている。

 ないものねだりをする暇など彼の人生には存在せず、自分が出来ないのなら出来る奴を連れてくればいいと考えている。開き直りもまた幸福への道であり、苦難を乗り越える手段である。

 

 淫魔の王は、能力的に他者を騙し操る術を持とうとも、精神的には劣っており、立つべきスタートラインを間違えた。

 相手を騙し操るのであれば、徹底して相手の心理を読み切る必要がある。それは種族の生まれ持つ能力如きでは補えない。彼にはそれが欠けていた。これは、それだけの話だ。

 

 

「コイツが、お父さんを……っ!」

 

「――――小太郎くん。コイツは此処で始末する。異論はないわね?」

 

(不知火さん、キレてるキレてるぅ~! これならまだゆきかぜの方が冷静だよ! ……まあ、気持ちは分からんでもないが、頭が回ってないのも事実なんだよなぁ)

 

 

 父の仇を前にして、赫怒をそのまま歯軋りとして露わにするゆきかぜと暗い感情を瞳に浮かばせながらも表情も声もを凍てつかせたままの不知火の顔を見て、小太郎は心の中で嘆息した。

 

 異論ならばあった。此処で始末すると更に面倒な事になりかねない。

 あの生きたまま爆弾にしてやった淫魔の行動を見るに、淫魔共の忠誠心は最早、崇拝に近い。そんな彼等が忠誠心と崇拝の対象を失ったとなれば――――暴走するのは目に見えている。

 頭を失い、統率の取れていない状態で出来る事は散発的な襲撃程度であろうが、厄介なのは既に社会の中に淫魔共の手先が潜んでいる事だ。

 賢い連中ならば、今は勝てぬと暴走する者達を切り捨てて地下へと潜る。そうなれば、後を追うのも一苦労だ。後顧の憂いが生まれかねない。

 また組織内部のパワーバランスが変化し、淫魔の手先である人間が逆に淫魔共と保有技術を取り込むかもしれない。人間社会を裏から支配しようと画策してきた連中だ。元々、権力を有する者達を中心に取り込んできた事は間違いない。単純な戦力、武力での闘争ではなく、権力による闘争を仕掛けてくる可能性があるのだ。そうなれば、日本の一組織に過ぎない対魔忍は身動き一つ取れずに封殺される恐れもある。

 

 

(こういう暗躍する連中との戦いは()()()()()()になりかねないから一網打尽にしたいんだが――此処で見逃せっつってもゆきかぜは兎も角、不知火さんとの関係に決定的な罅が入りかねねーし。しゃーねーか。桐生ちゃんの寿命をドブに捨てさせながら“イブ”の解析進めさせて、混乱してる内に全部調べて根っこまで焼き尽くすか)

 

 

 (トラップ)カード『ふうま 小太郎のお願い(脅迫)』を発動! このカードは、桐生 佐馬斗の寿命を墓地送りにする事で、相手の情報を入手し、ドラ○もん染みたスペシャルアイテムを作らせる!

 ドロー! 桐生 佐馬斗の寿命! ドロー! 桐生 佐馬斗の寿命! ドロー! 桐生 佐馬斗の寿命! ドロー! 桐生 佐馬斗の寿命!

 

 いくら桐生であっても、不死ではあるが不老ではない。寿命が削れるほど働かされれば、流石に死ぬ。

 が、小太郎はそんな事知ったこっちゃねーのである。何せ、自分が過労死しかねないからだ。おう、オレが地獄を見るんだ、お前も地獄を見るんだよ、あくしろよ、の精神だった。

 対魔忍内部には桐生に対する仕打ちがどんなものであっても、もうやめて! と叫んでくれる人はいないので、いくらでも桐生の寿命を墓地送りに出来る。ヒデェもんである。全てが終わった後に、桐生の干乾びた死体すら残っているか疑問だ。

 まあ、何処まで言っても協力者ではなく捕虜なので問題はない。国際法で捕虜の扱いは厳格に取り決められているが、あくまでも適応されるのは人間に対してのみ。桐生は殆ど人間辞めてるので適応はされません。しゃーなし、ノーカン。

 

 

「色々と言いたい事はあるが、どうぞご自由に。一発で首刎ねてくれよ? ナディア、お前はダンスダンスして生命力低下させといて。無防備な状態でそれなら、流石に上位魔族でも死ぬだろ」

 

「……や、やっぱり手伝わないとダメかしら。そちらの踊りは、余り……」

 

「四の五の言わずにやれ。こっちが協力する以上は、そっちも協力するのが筋だ。味方に対して非情になれとは言わないが、敵に対しては非情になって貰わにゃ困る。この程度の決断が下せないと後がしんどいぞ」

 

「うっ…………わ、分かったわ。やる、やります」

 

 

 乗り気ではないナディアに、小太郎は冷徹に促した。

 何も、自ら進んで手を血で染めろ、と言っているのではない。決断しろ、と言っているのだ。

 自ら望んでなったのではないにせよ、支配者である以上、自らの民を守るために残酷な二者択一を迫られる場面もある。大抵の場合、そうした際に天秤へと掛けられるのはどちらも罪もない味方だろう。

 現実は非情で容赦がない。にも拘わらず、敵と味方を天秤に掛けた状態ですら決断が下せないようでは話にならない。それは優しさではなく甘さだ。

 状況は刻一刻と変化しており、一瞬の迷いが致命的な末路を招き寄せるだろう。決断は支配者にとって最も重要な仕事と言える。結果などどうでもいいのだ。だが、決断出来ないのでは誰も後に着いてこないのだ。

 

 冷徹さに気圧されたナディアであったが、すぐさま意を決したように首を縦に振る。

 まだ小太郎の全てを信用していた訳ではないが、その善良さ故に信じてもらうのならば、まずは自分が信じねばと思い至ったらしい。

 …………言っては何だが、騙されてる感が半端ない。彼としては騙すつもりは一切ない。彼女が支配者として貰わねば、人界が終わりかねないのだから当然だ。だが、悪意塗れの彼と善良な彼女とでは、絵面的にどうしてもそう見えてしまう。

 

 

「ナディアも大変だニャ~…………………んニャ?」

 

「そいつは結構。後は二人に任せ――――――――」

 

 

 まず始めに気付いたのは、優れた野生を持つクラクル。そして、僅かに遅れて小太郎が続く。

 クラクルは全身の産毛を逆立たせながらも、その感覚を上手く理解出来ずにいたが、小太郎は慣れ親しんだ感覚を即座に理解した。

 

 即ち、視線と殺気。

 これが意図するものが何であるのかに思い至るのか、時間の掛かる男ではなかった。

 

 

狙撃手(スナイパー)っ! 前方500m! 避けろ、紫っ!!」

 

「――――何っ!?」

 

 

 感じ取った視線と殺気が己に向けられたものではないと悟るや、狙いである紫に叫んでいた。

 正確には、本当の狙いは彼女の背負った災禍であったが、動けない以上は背負っている紫に叫ぶ他あるまい。

 

 狙撃の気配を察知も予期すらしていなかった紫の対応はどうしても鈍くなる。

 前方500mに存在する家屋に目を向けるが、余りにも遠く狙撃手の姿は確認できない。だが、次の瞬間には発砲炎とは明らかに異なる銀の光条が煌めいた。

 

 それが何であるのかを理解するよりも早く、紫は決断を下していた。伊達に幾つもの死線を潜り抜けている訳ではない。

 彼女は反射的に小太郎目掛けて災禍を投げ渡したのである。自身であれば傷を追っても致命傷には至らないが、無防備な災禍は別。あらゆる痛みを覚悟して、災禍の護衛という役割を全うする。

 

 

「う、ぐぅ――っ!」

 

「この能力(ちから)は……!」

 

 

 小太郎に受け止められた災禍は、紫の陥った現状に呆然と呟いた。

 

 紫の首から下は分厚い氷に覆われていた。

 見覚えのある能力だ。だが、彼女の知るそれとは桁が違う。

 冷眼と呼ばれる視界の対象の一部を氷漬けにする邪眼に違いはないが、互いに互いの存在を目視し合える程度の距離でなければ効果を発揮しない筈であり、あくまでも手足の一本を凍らせるのが精々であったはず。少なくとも、彼女の知る邪眼の使い手は。

 

 

「舐めるなっ! ぬ、うぁああああ――――!!」

 

「うっそだろ、お前」

 

「隊長、現実逃避は後にして! これって、銀零って人の!」

 

 

 しかし、拘束に特化していた故に殺傷力は低かったのか。

 紫は気合の雄叫びと共に無理矢理四肢を動かして分厚い氷をぶち砕き、無傷のまま拘束から逃れてのけた。

 

 不死覚醒恐るべし。

 冷眼は対象の一部であるが骨の髄まで氷漬けにするというのにこれである。

 恐らくは、不死覚醒によって変異した全身の細胞が、自らを死なせまいと活性化した結果として氷漬けにされるのを阻んだのであろうが、無茶苦茶にも程がある。

 

 そう思い込む事で現実逃避していた小太郎に、ゆきかぜの焦りの混じった激が飛ぶ。

 既に冷眼の使い手――――ふうま 銀零の情報は不知火を除く全員に伝えられている。そんな彼女が独立遊撃部隊を狙っているのならば。答えは非常に簡単だ。

 不知火は持ち前の経験から渡されていた薙刀を構え、他の面々も既に臨戦態勢に入っていた。狙撃を警戒して建物の影に入りたかったが、狙撃手を配置したという事は、既に周囲を囲まれていると見るべき。入りたくとも入れない。

 

 

「――――うっ、く、これは……っ」

 

「これで貸しが出来たな、淫魔王」

 

「…………チッ」

 

 

 災禍の邪眼が解除されたのか、淫魔王は首を振りながら頭に手を添える。

 そして、建物の闇から我が物顔で現れた弾正の姿に目線を向けると舌打ちをした。

 

 察するに、この緊急事態に対して部下だけを逃がし、一人だけヨミハラに残った淫魔王に違和感を覚え、姿を消した同盟相手を探していたらしい。

 こうした他者の弱味や自らの利益になる臭いを嗅ぎ分ける嗅覚は見事と言う他はない。でもなければ、米連内部である程度の権力を握るなど不可能だ。

 

 そして、現実逃避から帰ってきた小太郎はと言えば――――

 

 

(はぁあああああああああああああああああああ!?!?!?!?! 何やってくれてんのぉぉおおぉぉ、このおっさんはさぁぁあああああああぁぁああああぁぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!)

 

 

 ――――もう、思考が疑問符で滅茶苦茶な事になっていた。

 

 いや、マジで? はぁ? マジで淫魔なんかと手を組んだの? 馬鹿じゃねコイツ?

 いやいや、どう考えてもオメーが御せる相手でも乗りこなせる相手でもねーだろ? 暗躍する者として遥かに格上よ? お前女コマすしか能がねーのよ? 分かってんの?

 いやいやいや、コイツ日本を裏から支配しようとしてんのよ? 分かってる? 対魔忍の頂点に返り咲くもクソもねーのよ?

 いやいやいやいや、つーか米連の連中は知ってんのかコレ? あっ、そーか! はは! 無能過ぎて後がねーのか! もしかしては半ば放逐扱いで拠点も補給物資も貰えてねーの? それにしても相手は選べよ!

 いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 

 こんな具合だ。

 弾正の姿を目にした災禍の表情が凄まじい勢いで歪んでいく事にすら意に介さない。介せない。

 

 もし幻庵が生きていたら、余りの馬鹿さ加減に驚き過ぎて心臓発作を起こしただろう。

 もし骸佐の父親が生きていたのなら、余りの馬鹿さ加減に血涙を流しながら各所に弁明に奔っただろう。

 もし小太郎の母が生きていたのなら、余りの馬鹿さ加減に腹を抱えて爆笑し始め、一頻り笑い終わったところで急に真顔となり、何考えてんのあのおっさん、本当に同じ人間? 頭弾正過ぎて引くわー、と呟いたであろう!

 

 

(いや、あのこれ、え? いや、ヨミハラに居る以上はどっかと手を組むんだろうとは思ってたけどさぁ、さぁ! よりにもよって何で魔族と手を組んじゃうかねぇこれぇ! 対魔忍の頂点に戻るんならさぁ、せめて人間の組織と手を組むだろ普通はよぉ! しかも、しかも淫魔とか、明らかに人間を家畜以下にしか見てねー性質の悪い相手とよぉ! その上、淫魔どもにはこれから対魔忍のヘイトが向かうんだぜぇ! 稲火さんの死んだ一件、他にも結構な数が死んでるからよぅ! だがなぁ、オレが一番言いてぇのはなぁ。オレが魔族を五車に連れ帰ろうってこのタイミングでやらかしてくれた事だクソボケぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!!!!!!)

 

 

 無論、ナディアと淫魔では手を組む意味合いも危険性も大きく変わってくる。

 だが、現状では対魔忍側から見れば、どちらも魔族であり、抱く印象にそう大きな違いはない。

 

 するとどうなるか。

 誰の目から見ても悪逆非道の淫魔と弾正が手を組んでくれたお陰でナディアの印象も一気に悪化。引きずられて、息子である小太郎の印象も一緒に悪化するのは間違いない。

 ただでさえ面倒な事柄を利益と口先三寸で丸め込もうとしていたと言うのに、悪感情までも沈静化させねばならなくなったのである。仕事が増えた。

 

 

(いや、ホント。コイツ、ほんっっっっっとコイツ、人の足引っ張る事に関しては超一流過ぎんだよぉぉぉぉぉぉっっ!!!)

 

 

 

 

 





はい、という訳で、淫魔王襲来&と思ったら無事若様の思惑通り&若様の想像を超える弾正の馬鹿っぷり炸裂、の回でした。


若様「いや、マジで淫魔と手を組むとか勘弁してくれ」

弾正「ふん、目抜け如きに我が思惑を見破れる筈もない。このまま死ねがよい(ドヤァ」

若様「……馬鹿な……こんな事……………………とでも言うと思ったかい?」

弾正「――――えっ……えっ?」

若様「この程度、想定の範囲内だよ!」

弾正「嘘ぉ! だって、今驚いてたじゃん!」

若様「よりにもよってオメーが来るとは思ってなかったけど、援軍ぐらいは想定してるに決まってんだろ。次回を震えて待つんだなぁ!!(ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。