幻庵「アカン、紅、正気に戻れ。それ以上はいけない」
紅「御祖父様……(ウルウル」
苦労人「やった! 紅が正気に戻った! サンキュージッジ!」
幻庵「死人を認識しないで欲しいんだよなぁ」
こんな感じの前回までのあらすじ
はぁぁぁーーーー!! きらら先輩、ツンデレチョロかわいいんじゃー! 回想はもうちょい蕩けた感じのが良かったが、実にベネ。満足なんじゃぁ~。
そして、イベ報酬まりちゃんとは。しかし、イベントはイイハナシダナー! なのに回想は凌辱なのはどうなん? おう、本の魔人、呪いから逃れられてへんぞー!
本の魔人「か、回想シーンはパラレルですし、破滅はしていないので……(震え声」
こんな感じか? こんな感じなのか? 本の魔人も報われねーぞ、lilithッ!
ほい、と言う訳で本編をどぞー!
「きゃっははははははははは! なによなによ、なによそれ! かっこつけて出てきた癖にだっさ~~~~~い!」
「チッ、ろくに訓練なんてしてないでしょうに、これだもの。魔族ってホント嫌い」
術理もなければ技もない。
ただ膨大な魔力を乗せた一撃を振り回し続ける。たったそれだけ。たったそれだけの子供の癇癪のような行動だけでフェリシアはゆきかぜを圧倒していた。
既にライトニングシューターの一丁は粉々に砕け散り、残る一丁で応戦するのがやっとという在り様。
悲しいが、これが現実だ。
どれだけの修練を積もうが、結局は人と吸血鬼ではスタートラインが違う。況してや、相手はブラックの直系だ。どれだけ怠惰に生きようが、どれだけ悦楽に耽ろうが、
人は常に魔族の後塵を拝している。極々一部の例外を除き、その力も、技術も、智慧も等しく劣っている。如何なる対魔忍でも、それは変わらない。上位魔族であるのなら尚の事。彼等の戦いは常にそういったものなのだ。
故に、ゆきかぜに苛立ちこそあれ、動揺は皆無。
始めから分かりきっていた事柄に心を揺らす必要など何処にもない。
出鱈目に振り回される大鎌の斬撃を後方に下がりながら、回避する。ライトニングシューターの一丁を破壊された以上、それしか武器を持たない彼女に防御という選択肢はあり得ない。
事此処に至ってもなお、フェリシアは目の前の異常事態に気付いていなかった。
これまで戦いの中で思考などした事は一度たりとてなかった。当然だろう、何も考えずに生まれ持った力を使うだけで、相手はただの犠牲者になったのだから。
故に彼女は気付かない。これだけの性能差がありながらも、未だにゆきかぜを殺せない、という異常事態に。
(――――此処!)
「だから、弱いのにうざいんだよぉぉぉおお!!」
狂気に任せて踏み込み、大鎌を振り回すフェリシアに照準を合わせ、ライトニングシューターの引き金を引こうとした。
だが、標的は一度は隙きだらけの大振りで大鎌を振り抜いたにも拘らず、ゆきかぜが引き金を引くよりも早く返す刃で残った一丁を粉々に粉砕する。
尚もゆきかぜは冷静だ。ライトニングシューターを砕かれた瞬間に合わせて、大きく後方に飛び退いた。
「――――ふぅ」
「チッ、ほんとちょろちょろちょろちょろ、うざったい!」
一時的に硬直した戦況の中、フェリシアは苛立ちと優越の狭間に立っていた。
さっさと紅を殺したいのにそれが出来ない現実。武器を破壊して勝利したも同然の状況。
相反する感情に挟まれ、彼女は生まれて初めてストレスを感じていた。
生まれ持った力に対して幼すぎる精神は不愉快な精神状態から一刻も早く脱出すべく、眼の前の敵を無意識の内に紅以上の排除対象として認識している。
その稚拙さに、ゆきかぜは
「何が可笑しいわけぇ? これから死んじゃうって言うのに」
「別にぃ? 確かに死ぬかもしれないけど、私の方が勝ってるって分かったから。女として」
「はぁ……?」
意味が分からない。鼠のように逃げ果せるばかりだと言うのに、一体この女は何を言っているのか。
単なる負け惜しみだと思うと同時に、心の何処かでそれ以上喋らせてはならないとも感じていた。またしても増えた相反する感情に、精神的な苦痛は更に募り、苛立ちを増していく。
状況だけ見れば、フェリシアとゆきかぜの立場は明白だ。まだ明確な勝敗は決していないが、数秒後にはゆきかぜは惨殺されるだろう。
だが、見る見る変化していくフェリシアの表情に、ゆきかぜの優越は更に高まっていく。
「どうして私を無視して紅先輩のところに行かなかったわけ?」
「はぁ? アンタが邪魔してきたからに決まってるじゃない」
「嘘ね。アンタなら私を無視して行く事も出来た。でもそうしなかった。それは何故?」
ニッコリと微笑みながらの問い掛けに、フェリシアは苛立ちを募らせながらも自身でも説明できない理由でジリと一歩だけ引いた。これまで、前に進む事しか知らない筈の娘が。
ゆきかぜの優越――――その根本は理解と確信にあった。
無論、小太郎のように人の行動や仕草から、心の内を透けて見るような真似は彼女には不可能だ。だが、極々限られた状況ではその限りではない。
「結局さ、アンタはあのみっともなくて傍迷惑なパパが好きなんじゃなくて、パパが好きな自分が好きなだけなんじゃないの?」
「何言ってるか、ぜーんぜん分からない。だって私はパパのために、私が一番だって証明して見せるんだから!」
「だから尚の事おかしいでしょ、その理屈。だったら、私よりも紅先輩を何よりも優先しなくちゃ、その理屈は通らないじゃない」
其処で初めて、ゆきかぜは優越以外の感情を表に出す。それは明確な嫌悪と侮蔑だった。
「その力以外に何も持ってない。自分にそれ以外何もないから平気で他人を殺すし、それを見せびらかそうとする。アンタの行動はぜーんぶ自信と自分の無さの裏返し」
「このぉ……っ!」
「その癖、自分が可愛くてしょうがない。でも一人は嫌だから、パパに縋る。本音を言えば、縋れるならパパ以外でもいいんでしょ? 自分が可愛いから他人に構って貰いたい。人を見下してるのは自分が化物だからって愛して貰えないのが分かってるから遠ざけたいだけ」
「……――――さい」
「そんなの恋でも愛でもない、単なる我が身可愛さってヤツ。恋なら打算なしで相手を夢見て、愛なら打算込みで相手の現実を見るもの。私は好きな人がいる。その人に自分を好きになって貰いたいし、その人以外に好きになられたって嬉しくも何ともない。そのためなら何だってするし、その人は絶対に逃さない。お互いの事、ちゃんと考えないとね」
「うる……さいっ! うるさいうるさいうるさいッ!!」
「アンタも、大好きなパパも、お互いにお互いを見ていなさすぎてお似合いよ、ご愁傷さま」
その言葉を何一つ理解できていないし、認めてもいない。あくまでも、ゆきかぜの視点から見えたものをゆきかぜの言葉で語ったに過ぎないからだ。
それが的を射ているかは別として、フェリシアにとって癪に障った事だけは間違いない。紅と言う優先順位を完全に後回しにしてでも、不愉快極まるアバズレを殺してやると抑える事の出来ない殺意と魔力と迸らせて、真っ直ぐに踏み込んだ。
一刻も早く、一瞬でも速やかに。ゆきかぜの首を落とし、生意気な顔を腐敗させ、彼女を愛した者ですら目を背ける無惨な姿へと帰るため、馬鹿正直に真正面から。
とてもではないが、ゆきかぜの身体能力では回避できない速度。
されども、己の思惑通りにフェリシアを
「喰らいなさいッ!」
「――――いぎぃっ!?」
ゆきかぜの叫びに共鳴するかの如く、
背後からの攻撃を一切警戒していなかったフェリシアは、全身に奔った制御の効かない痙攣と痺れに全ての行動が阻害された。
雷撃が放たれたのは、粉々に砕かれた筈のライトニングシューターからであった。
ヨミハラに足を踏み入れる際に見せた
言わば、設置型の攻撃だ。自身の雷撃を溜めておける金属などに撃ち込み、ゆきかぜの意思に呼応して多方向かつ時間差で敵に攻撃を仕掛ける搦め手。
現状の難点は、あくまで設置した物体からゆきかぜの掌に向けての一直線にしか放てない点であるが、強力な雷撃が視界の外から飛んでくるのは、相対した者にとっては悪夢でしかない。
今回は、優秀な触媒であるライトニングシューターを利用した。
アレはあくまでも制御装置。過剰な電撃を吸収し、ゆきかぜの自傷を防ぐ目的で開発されたものだ。設置しておくのに、これ以上向いたものは他にあるまい。
「このぉ……くらいでぇ……!」
「でしょうね、だからもう一発!」
ドン、と空気そのものを鳴動させる雷の威容が顕現した。
目を焼くほどの放電現象。無数の火花が散り、緑の稲妻が奔る。その全てがゆきかぜの前に突き出した両手の間に向かって収束していく。
これこそが単純な火力ならば最強とされる雷遁の極地にして、ゆきかぜの放てる最大火力。
今までならば、身を焼くほどの火力はライトニングシューターという制御装置がなければ壮絶な自爆しか待ち受けていなかったが、八色稲妻を身に着けていく過程でゆきかぜ自身の制御能力は飛躍的に高まった。
最早、ゆきかぜにライトニングシューターという外付けの制御装置など必要ない。雷神と呼んでも遜色のないほどの忍法と力は完全に近い形で彼女の掌に収まっている。
それでもなおライトニングシューターを使い続けるのは、手に馴染むという理由もあったが、それ以上にブラフとして使える面があったからだ。
『いや、折角だから使えば? ライトニングシューターを使ってれば、それさえ奪えば攻撃手段が無くなると思い込むだろ? これまで売れてきたお前の名前と評判を逆に利用する。能力が知られている、というのはそれはそれで牽制やブラフに利用できる。有効活用していこう』
『はぇー……そんな事、考えた事もなかった』
『ゆきかぜさん、考えてこう! お前ら、思考停止しなきゃ本当に怖いんやぞ! 戦いようによってはアサギにも勝てるんだからよぉ! 頼むから思考停止だけは止めてくれ!』
尤も、その発案は小太郎によるものであったが。
自身は何ら忍法を使えぬ目抜けであるが、情報の価値と重要性を理解し、暴かれてしまった情報を逆に利用する術を知っていた。
今や、ゆきかぜは真正面から雷撃を放つだけの小娘ではない。
ブラフをかけ、搦め手まで使う。元々小悪魔めいた性格をしていたが、これでは敵対したものにとっては本当の悪魔にしか見えまい。
「――――
ゆきかぜの気迫と共に、雷鳴が迸る。
放たれる緑の極光は術の名の通り、雷神の一撃の如く全てを飲み込み、焼き尽くし、万象の一切を塵へと帰す。
既に食らった電撃によって硬直していたフェリシアに霧になって逃げる余地も、防ぐ余力も在りはしない。口から出た悲鳴すらもゆきかぜの放つ最大火力に飲み込まれていく。
目を焼く光がブラックの張った結界の内側に満ち、太陽の届かないヨミハラが真昼になってしまったかのようだ。
雷鳴が遙か遠方までその音を轟かせるように、空気の鳴動が何処までも長く、何処までも伸びていった。
「――――ふぅ、こんな所かな。でも、生きてるか死んでるかキッチリ確認出来ないのは困りものだよね、これ」
後に残ったのは、自らの失敗を悟り、片手で顔を覆うゆきかぜだけ。
射線上の家屋と地面は綺麗に蒸発しており、残った残骸からは炎を上げて燃えるばかり。
確かに驚異を退けたし、今の一撃は自らの最大最強の一撃であったと確信しているが、相手はあのブラックの直系の娘。例え、肉片一つからでも再生するであろうし、下手をすれば肉片すらも必要ないかも知れない。
それでも当分は再生は効かない。出来たとしても、時間がかかる。それだけの手応えはあった。少なくとも、ヨミハラを脱出するまでの間は。
「ゆきかぜっ!」
「紅先輩……! 小太兄やったんだっ!」
「すまない、私のせいで……それに、小太郎も……!」
「――――今はいいです。そういう諸々は後でたっぷり。私だって、あんな事されたら冷静じゃいられないから」
先の一撃でゆきかぜを見つけたのか、褐色の肌と深紅染まった装束をそのままに理性を取り戻した紅が、小太郎に肩を貸しながら現れた。
二人の無事を目にしたゆきかぜはパっと顔を輝かせたが、自らの行いを悔やむ紅に、優しげな表情を浮かべて慰める。
紅の目元は赤く腫れており、少し前まで泣いていたのは明らか。
それほどまでの後悔を抱いているのなら、ゆきかぜから語る言葉はない。己と同じ男を愛した者として、信じ、受け入れるだけだった。
それよりも気になったのは、小太郎だ。
顔は土色、自らの力だけでは歩行も困難なのか、ぐったりとして死人のようだ。最早、喋る気力すら残っているかどうか。
目立った外傷は見られないが、首筋から流れる血に、どんな無茶をしたのか一目瞭然。
「――――んっ♡」
ゆきかぜは何も言わないまま、両手で包んで顔を上げさせる。
言葉も出てこない。呼吸すら苦しい。そんな状態であったのであろうが、開いている片目から光だけは消えていない。
冷酷だが、よくやったとでも言いたげな優しい光が宿った瞳が、ゆきかぜは堪らなく好きだった。
その気持ちを言葉にせぬまま伝えるべく、唇を触れ合わせる。
「元気でた?」
「…………む」
「む?」
「ムラムラ、……します……」
「あはは! 流石、小太兄! 性欲消えてないなら大丈夫だねっ!」
冗談なのか、本気なのか。
ともあれ、自分の女に対しては欲望を隠しもしない上、性豪そのものの彼の発言である。こんな死にかけの状態で性欲が消えていないのなら、確かに安心できよう。
彼をこんな状態にしてしまった紅にしてみれば、笑えばいいのか泣けばいいのか分からない。
だが、ゆきかぜは快活に笑う。本当に、心からの笑みだった。紅の後悔を吹き飛ばし、小太郎に活を入れるような笑みだ。
「それで、この後のプランは……?」
「ブラックに、一撃、かますぞ……紅、お前の番、だ……やれ、るな……?」
「確かに、あっちの方もそろそろ戦況が動くかもね」
「今なら、いける……幻庵が、オレに語って聞かせた人魔合一……不完全だが……不意を打てれば十分過ぎる……見せてくれよ、心願寺の秘奥義――――幻庵の入れられなかった必殺を」
「――――あぁっ!」
―――――
――――
―――
――
―
「……これは」
時は少し遡る。
小太郎から結界の始末を任せられた災禍は、その最端に辿り着いた。
幸いな事に、淫魔王と弾正は速やかに撤退を選択し、フェリシアもブラックもノマドの幹部を伏せている様子もなく、障害らしい障害はなかった。
問題であったのは結界だ。
光すら飲み込む闇の壁は、内と外を隔てるべく聳えている。
如何なる効果があるかも分からないままでは、触れる気にすらならない。
試しに、近くにあった空のゴミ箱を蹴り飛ばすと、災禍の目に飛び込んできたのは恐るべき光景であった。
「消えた……いや、潰れた? それとも、飲み込まれた、か?」
音もなく、一瞬で。
結界へと触れたゴミ箱は、この世から跡形もなく消失してしまう。
消失の直前に見えたのは、闇よりも黒い壁に触れた部分から元の形状が分からぬほど圧縮されて潰れていく様だった。
災禍が預かり知らぬ事実であるが、この結界は重力の塊。
これがブラックの能力の一端にして本質。現実にはあり得ない話ではあり、物理現象にあってはならない事実であるが、この結界はブラックホールと同質のもの。
周囲に全く影響を与えないまま、内と外を事象の地平面を顕現させる究極の遮断にして防御。
これを打ち破るには、ブラックと同じ起源を持つ――――
「何はともあれ、結界であれば問題ない。これだけ強力であれば、僅かでも穴があけば後は自壊する」
この場にブラックか、或いはブラックの本質を知る者が居れば、何を馬鹿なと笑っただろう。
この場に災禍の忍法を知る者が居れば、馬鹿な真似を止めろと、制止の声を掛けただろう。
どちらも当然の事柄。
ブラックの能力は完全に近く、災禍の忍法はあくまでも相手の視界と意識を手中に収めるだけ。これから行われる行為は無駄でしかない。
しかし、何事にも特例は存在する。如何なる分野においても、どれほど調和に満たされた世界でも、例外は生まれ落ちるものなのだ。
「………………」
それは対魔殺法――――いや、それも厳密には正しくない。
対魔殺法とは、対魔忍によって長い時間を掛けて練り上げられた必殺の業。
ふうま一門が目覚める邪眼、ゆきかぜの雷遁、凜子の空遁などとは異なり、固有の忍法には左右されず、長い時間を掛けて受け継がれて、洗礼された武の極み。
一族の奥義として受け継がれるものもあれば、対魔忍内部で広く知られて体得されているものもある。
故に、これから災禍が放とうとしている業は、対魔殺法とは少し違う。これは、あくまでも個人の特性を解き明かしたものだからだ。
その特性を生まれ持ったのは他ならぬ、小太郎の母親、ふうま 潤であった。
今は亡き彼女であるが、彼女が生前――――弾正の元へ嫁ぐまでの間に打ち立てた伝説は数多くある。
アサギ以前の最強として名が挙がるのは、間違いなく彼女だ。小太郎が、対魔忍の老人達から危険視される理由の一つでもある。
現役当時、彼女は自らの行いを伝説だと認識した事はなかったし、自らの強さの理由を自覚する必要性もなかった。
生まれながらの絶対的な強者、というものは元よりそういうものなのかもしれない。強いことなど当たり前で、生まれた時から持っていたものをひけらかす必要も誇示する必要もない。周囲は称賛を送った結果、持ち上げる形になってしまっただけだ。
彼女にとって己の強さなど何の意味もなく理由すら必要ない。ただ強いから強かった。それだけでしかない。弱者にとって、それがどれほど傲慢で、どれほど鮮烈に移ったかは言うまでもない。
ともあれ、そんな彼女でも自らの強さを解明しなければ自体に直面した。
それが小太郎の誕生であり、彼に何の才能もなかった事。忍法も生まれ持たず、自らの運命を自らで切り拓けない我が子の生を思い、慣れぬ事を始めた。
彼女の異名は様々だ。その中でも特に際立ったものが、
生涯において何かと鬼族と関わり、多くの鬼を屠った事で、彼女が拳を握れば鬼すら哭き出すと謳われるほどに至った故に呼ばれた異名。
そう呼ばれるにまで至った己の強さの理由を、僅かでも我が子へと業として引き継がせるために、自らを解き明かす事にした。
その解答が、“無辺”と名付けた対魔殺法にして、彼女が生まれながらに手にしていた特性。
現役時代は不思議にも思ったことはなかったが、彼女の拳打はあらゆる防御を打ち砕いた。
彼女が人並み外れた膂力を有してはいたものの、それだけでは説明の付かない現象までもを引き起こしていた。
それは魔術的な防御の突破。通常の物理攻撃では通用しない筈にも拘らず、彼女の拳打は容易に打ち砕くのだ。
長い考察と実体験の結果。放つ打撃に対して誤差0.000001秒以内に対魔粒子を激突させる際に空間の歪みが生じると悟った。
これまでこの領域に辿り着いた対魔忍は一人足りとて存在しなかった。それほどまでに対魔粒子を精密かつ迅速に操れる者がいなかったのだ。
彼女は、これを広める真似をせず、我が子である小太郎と、小太郎の秘書である災禍、執事である天音に留めた。理由は単純、余りにも体得の難易度が高かったからだ。
天賦の才を持つと言われた災禍ですら戦闘中に使用は不可能。災禍を超える体術の天才である天音ですら、戦闘時に一度使用できれば良い方。彼女から最も寵愛を受け、長く指導を受けた小太郎でも容易に使えなかったのである。
誰もが時間さえ掛ければ習得できる筈の業を対魔殺法と呼ぶ。これではとてもではないが対魔殺法とは呼べない、と彼女は三人にのみこの必殺を譲って、この世を去った。それで充分とでも言うように。
「――――――――――」
深く、深く。何処までも深く。
自己の内側に埋没し、ようやく見えてくる全身の外側を多い、内側を流れている対魔粒子の掴む。
この感覚は、掴めぬ者は一生かけても掴めない。
才のない小太郎は、母親の打撃を肌で受け、肉を潰され、骨を砕かれ、内臓を爆ぜさせる生死の堺でようやく感覚を掴み取った。災禍や天音ほどの才があって、ようやく鍛錬でのみ掴み取れる感覚。
此処に向かう前に居た場所では強大な魔力が生じているが、災禍は気にも止めない。
遙か遠方では、緑の雷撃が目を焼くほどの光で自身を照らすが、災禍は気付かない。
それから一体、どれだけの時間が立ったのか。
無我の境地すら遥かに超える名付ける事すら出来ぬ領域に足を踏み入れ――――
「――――っ!!」
――――敬愛する女性の笑みを脳裏で見た災禍は、鋼鉄の右脚を解き放った。
―――――
――――
―――
――
―
『――――寂しいよぉ』
黒いフルフェイスヘルメットに、プレート付きのライダースーツを纏った小太郎の姿を模した水分身が言葉を発する。
無論、その場に彼がいない以上、その言葉は全て録音されたものであり、不知火に渡してあったのは単なる音声レコーダーに過ぎなかった。
しかし、その在り来たり言葉――だが、極大の嘲弄を含んだ声色に、ブラックの動きがピタリと止まる。
それは本能ではなく、既に曖昧な状態になった筈の人格が引き起こした事態だった。
『どう取り繕うと、どれだけ残虐を尽くそうとも、お前の根底にあるのはそれだ。ひとりぼっちは寂しいもんなぁ』
静かだが、よく通る声が笑いを含みながらブラックの耳朶を叩く。それはどんな攻撃よりも劇的な効果を上げていた。
『実にありきたりな話だ。永遠に生きる者は、皆それを求める。誰も一人では生きられない。生きることが出来たとしても、味気がない。人生を彩るのは様々な感情を共有できる他人だからなぁ。でも、そんなのはお前以外にはいないよなぁ。だからお前は永劫を共に歩む伴侶を求めている』
くつくつと仮面の下で嗤いながら、まるで我が事を語るように、ブラックの内面を詳らかにしていく。
吸血鬼の始祖。不死の王。永劫を生きる者。そうした強者の仮面の下に隠された、卑小で子供染みた性格と人格を決めつけていくように。
『くくっ。いやはや、滑稽滑稽。これを滑稽と言わずに何と言う。偉そうに踏ん反り返っているノマドの親玉が、その実、孤独に泣き腫らす幼子だとは』
「………………」
『何が一番滑稽だってさぁ! 今まで取り繕ってきた自分を捨てて、形振り構わにゃ、一時とは言え共に歩んでくれる奴もいるだろうに、それすら出来ねぇ臆病者ってところだよなぁ!』
「――――――」
『共に歩んでくれる者と死に別れるのも嫌。永劫を共に歩む伴侶に裏切られるのが怖いから、本来の自分である臆病者になるのも嫌。嫌だ嫌だ嫌だ。お前にあるのはそればかりだ。現実を受け入れろ、そして少しは己を知れ。そんな奴に一体誰が惚れるものかよ』
ブラックの内に芽生えたもの。
もうかれこれ数百年以上、抱いた事のなかった感情が芽吹いていく。
ただそれだけ。たったそれだけの事で、今の今まで足留めを担っていた不知火の額に、紫の頬に、クラクルの背中に、恐れの余りに汗が伝う。
『挙げ句の果てにやっているのは、他人を踏み躙る事ばかり。愛嬌もなけりゃ、弱味も見せたくない。本当に何だ? 何なんだ? どうして目的が其処までハッキリしているのに、他人を意に介さない? 何故最初の一歩を間違える?』
「――――――――」
『道を踏み外せる程の力があるからか? 永遠に生きるからか? どれもこれも勘違いも甚だしい。そんな程度の事で誰かの特別になれるほど、世界も心も甘く出来ちゃあいねぇよ』
「――――――」
『残念だったなぁ。精々、都合の良い
「――――」
『もし仮に手に入ったとしても一時的だ。アサギはどう変わろうとも、いずれお前の手を離れる――――だってよぉ、自分でも気付いているだろうけどお前、すっげぇつっまんねぇ男だもん! 見せかけだけ底の知れないような野郎に、何時までも縋る女なんて一人だっていやしねぇよ!』
其処でようやく、ブラックの意識は、人格は、性格はハッキリとした形で眼の前の男と現実を認識した。途方もない屈辱と怒りと共に。
「貴様には分かるまい。だが、私は手に入れる。どんな手段を使おうと、力尽くで跪かせてやる」
『ようやく絞り出した言葉がそれかぁ? いやホント、分かりやすくてみっともないなぁ、おい!』
「――――――」
『げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!!!!!』
心の底からおかしくてしょうがない、と何処までも小馬鹿にしくさった笑い声が響く。
ヘルメットの下では大口を開けて、鼻の穴を広げて、目に涙を浮かべながら笑っている顔が透けて見えてきそうだ。
恐るべき不死の王。それを前にして、此処までの嘲弄できる者が他にいるだろうか。
彼の心を暴き立て、願いを踏み躙り、これまでの行動全てを否定した返礼は、容赦のない一撃であった。
一体、何が起きたのか。
彼の姿を模した水分身は、レコーダーごと急激に縦に潰れた。まるで見えない床と天井に押し潰されたかのように。これまでの攻撃方法とは明らかに異なる手段に、ブラック以外の全員が戦慄したが、それだけでは止まらない。
「――――見るがいい。我が真髄、我が本性、我が真の姿を」
「ブラック、貴方まだそんな奥の手を……あの魔力、私よりも! 皆、逃げてぇっ!」
急速に、ブラックの身体が変化していく。
服も、身体も、顔も、皮膚も。黒々とした魔力で覆われていく。
本来の姿を隠す魔族は珍しくはない。だが、ブラックの見せる変貌は明らかにそれとは異なっている。
まるで蛹から蝶が孵るように。不死の王と呼ばれた男は、全く別の存在に成り果てようとしている。いや、本来の姿に立ち返ろうとしている、というべきだろう。
余りにも尋常ならざる魔力に、大気どころか空間そのものが鳴動し、悲鳴を上げているかのよう。
その様に、ナディアは本物の悲鳴を上げた。彼女の魔力と踊りを以てしても、ブラックの立つ領域へと引き上げる事は不可能なのだ。
「うっわぁ、最悪のタイミングじゃない、これ?」
「そんな事ねぇよ。図星突かれたつまんねぇ男が、必死で恥ずかしい自分を隠そうしてるだけだ」
「成程、そう考えれば怖くないかなぁ……かなぁ?」
「ぶっちゃけオレは怖いです。しにたくない」
「――――――っ!」
最悪とも言えるタイミングで、ブラックの背後に現れたのは小太郎とゆきかぜだった。
距離ににして凡そ20m。ブラックがどんな方法を用いたとしても、一瞬で仕留められる位置。況してや、ゆきかぜは小太郎に肩を貸しており、逃げられよう筈もない。
最早、救いようはなかった。
ブラックの怒りの根源にあったのは小太郎であり、これを狙わない理由がない。一瞬先に死を二人は受け入れる以外の選択肢は存在しない。
ナディアの言葉に従い、退避を選択していた不知火、紫、クラクルでも同様だ。
「おいおい、誰か忘れちゃいねぇか?」
「ほんと、目の前の怒りに囚われて目を曇らせるとか、似たもの親子過ぎ」
――――だが、このタイミングを待っていた者は二人居た。
「――――行け、紅っ!」
一人は、凜子。
これまで徹底して動かなかった彼女は、何も踊るナディアの護衛だけをしていた訳ではない。
最も応用範囲の広い空遁の術を使えるが故に、小太郎から如何に無茶な要請があっても答えるべく、気を練り、逸りを押さえ、時を待っていた。
だからこそ、小太郎からの通信があった瞬間に、既に空間跳躍の術を発動させていた。
「――――これは、御祖父様からの、心願寺 幻庵からの一撃と知れ!」
もう一人は、紅。
凜子によって転移させられた彼女は、ブラックの直上に居た。
心願寺に伝わる秘奥義。それは神眼を前提とした剣戟の極地。
神眼はあらゆる「歪み」を捉える。彼女の得意とする旋風刃は、風の「歪み」を捉えて、これを断つ事で真空の刃を生み出す技であった。だが、神眼にはその先がある。
今までは幻庵や心願寺の歴代当主が至った領域に、彼女は至れていなかった。自らの内に潜む『魔』を徹底して拒み、『人』としての才も時間も足りなかったが故に。
だが、今は違う。ブラックとフェリシアの思惑であったとしても『魔』として目覚め、幻庵から受け継いだ『人』としての心と技を手にしている。
強大な魔力は神眼を更なる領域へと押し上げ、ブラックという存在そのもの「歪み」を完全に捉えていた。後は人間の技術でそれをなぞるだけ。
人魔合一。
人でもなく魔でもなく、ただ心願寺 紅として
怒りに囚われたブラックには対応できない。精々、上方へと視線を向けるだけだった。
自由落下によるすれ違いざまの小太刀の二閃は、ブラックの周囲を覆う結界のような何かを絶ち、変貌を遂げるブラックの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。
――――真技・冥神封殺剣。
それが心願寺の最奥にして究極。あらゆる防御も不死性も意味をなさない存在そのものを両断する秘剣。
かつて幻庵が為せなかった一撃は、こうして孫である紅の手によって成さしめられた。
「おぉ――――オォォォオォォォオオオオオ!!」
一瞬の静寂の後、ブラックの絶叫が迸る。
それだけではない。袈裟に斬り裂かれた傷口からは闇よりも黒い血が吹き出ているではないか。
これぞ、心願寺の最奥の効果。秘剣の名に恥じぬ一撃であり、幻庵がやろうとしても出来なかった悲願であったが――――
「やったか!?」
「隊長、それわざとやってるよね?」
「浅かったっ! お前達、余裕がありすぎだぞっ!」
――――様々な意味で、ブラックの存在そのものを断つには、もう
自らの一撃が足りなかった事を悟った紅は、咄嗟に距離を取って小太郎とゆきかぜを庇うようにブラックへと立ちはだかる。
胸中にあるのは憎しみではなく、仲間を守ろうとする美しい想いだけ。紅が歩むべきと信じた正しい道に、今間違いなく立って歩んでいた。
これは自らの失態が招いた事態。かくなる上は己を犠牲にしてでも――――そう考えた紅の覚悟は全てが杞憂で終わった。
「――――!?」
「いいタイミングだ。流石は災禍」
次の瞬間、ブラックの張った筈の結界に亀裂が奔る。続き、まるでステンドグラスが砕けるように黒い壁は次々に自壊から崩壊へと移行し、内界と外界を遮断していた境界が消えていく。
小太郎以外の者は何が起こったのかは分からなかったが、“無辺”の存在を知る彼に解答を得るのに苦労をしない。災禍が“無辺”を以て、全ての邪魔をする結界を打ち砕いたのだ、と。
「よし、五車の映像が届いた。跳ぶぞ!」
「でも、災禍が……!」
「問題ない、印は刻んである。災禍殿の位置は補足済みだ。纏めて跳べるっ!」
ナディアの不安を払拭するように、凜子は力強く答えた。
凜子が災禍と分かれた際に、手を握ったのはそのためだった。
自分がよく知る物体や跳躍先の映像を得る事で、飛躍的に安定性が増す自らの忍法を自覚してから考えていた方法。
それは対魔粒子を対象に印として刻む事で位置を把握すれば、離れていても跳躍に加える事が出来る。或いは、手元に呼ぶのも容易いというもの。それが為せるだけの経験と訓練を既に彼女は積んでいた。
「おい、これで暫くはおさらばだ。最後に一言くらい捨て台詞吐いておけよ、紅」
「オノレ、こノ程度のコトで、我ガ力ハ――――!」
「力、力か――――何事も力尽く、女も例外ではないとは。如何にもモテない男の考えそうな事だっ!」
「いや、全く以てその通り。女を口説くなら、力尽くはありえねぇわ」
紅の捨て台詞と小太郎の納得を最後に、独立遊撃部隊とその協力者達の姿は光と共に消え去った。
後に残るのは炎に焼かれるヨミハラの街と住人達の数多の悲鳴――――そして、怨嗟の絶叫を響かせるブラックの姿だけだった。
はい、という訳で、ゆきかぜ完全覚醒&若様煽る煽る煽りよる&全員で無事脱出、の回でした。
ブラックは2ぐらいまでは底知れない感があったが、3で目的が分かったり、正体露わになって急に格落ちした感が半端ない。
ブラック「アサギを嫁にするために新世界創造するわ」
アサギ「 お 前 は 何 を 言 っ て る ん だ 」
これですもんねー。なお、若様は新世界創造とか全然理解してないけど、ブラックがアサギに懸想してて手に入れたいのが分かってるので、あんな煽りをしたのでした。なお、後にアサギはオレの女です宣言もする模様。モテない男にこれはきつい。
若様「いや、何にしたって自分の女にしたい相手を凌辱させるとか訳分かんねーわ。何考えてんの?」
ブラック「か、彼女の魂が相応しいか、試しただけだから(震え声」
若様「ねーよ。自分に相応しい云々以前に、まずは告白だろ。ホントにチンコついてんの?」
では、次回もお楽しみにー!