稲毛婆「ほら、舌は見せすぎずに、ゆっくりねっとりとだねぇ。ひひひ」
ナディア「こうかしら……んれぇ……♡」←アイスを舐めてるだけです
若様「なぁにしてんですかねぇ、この人らは(呆れ」
こんな感じの前回。
はぁおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! ブライド不知火ママンキタコレ!!
エロは相変わらず凌辱だけど、魔性単体は欲しかったのほぉぉぉぉぉ!! 回すぞ回すぞぉ!!(使命感
今回のイベント、ヒロインはアンジュなんだけどウチの若様だとあぁはなんねーだろうなぁ、いっそ不知火ママンにヒロイン変えてやってみようかしら? 濃厚なエロスと共になぁ!
次回はエロに行けるかと思ったけど、骸佐パートが面白くてお流れに。今回は全編骸佐くんの話よぉー! では、どぞー!
「成程、お前がこっちに寝返りを打ったのは、そういう理由か」
「ええ、私は母さんに目を覚まして貰いたいだけ。そのためには動きが鈍い対魔忍よりも、貴方に加担した方が速いと判断したまでよ」
(対魔忍には桐生がいるんだが、アレが意識不明程度で腕を振るうとも思えねぇ。アサギを中心とした上層部が悪いわけじゃねぇが、不信感を持ってるって事か)
満月の月が頭の真上で輝く時間帯。
東京キングダムに存在する安全基準を一切満たさない違法建築塗れのビルの屋上で、一組の男女が向き合いながら会話をし、傍にはそれを見守る二人が控えていた。
このビルは龍門――中華系の犯罪組織にして実質的な中華連合の出先機関である――の支配下にあったが、それもつい先日までの話。
話し合いをしていた男女の一人――二車 骸佐の率いる新生ふうま忍軍によって壊滅状態に陥り、既に彼等の拠点となっていた。
骸佐を唆したフュルストが見返りに求めたのは新開発した魔薬の実験と及び目障りな龍門の壊滅。それを履行した結果であると同時に、新生ふうま忍軍の資金源調達を兼ねていた。
フュルストは龍門の持つ資金源には興味を示しておらず、骸佐はそれをそのまま己のものとした。ただ、龍門の拠点を一つ落としただけであり、こうしている間にも忍とマフィアの戦いは続いている。
潜伏して溜まっていた部下達の鬱憤を晴らさせるにはいい相手であり、闇の街に己の名を轟かせるのは良い機会であった。
巨大さではノマドに劣るものの、邪悪さと悍ましさでは並び称される組織だ。東京キングダムにおける龍門の地位を暴落させられれば、この辺り一帯は否応なく骸佐に従わざるを得ない。娼館やら商売の利権、強化人間などの技術もそっくりそのまま手に入れられる。美味しい仕事だ。
現状、新生ふうま忍軍は圧倒的な優位に立っていた。龍門の質の悪い用心棒や兵では、とてもではないが二車の幹部を押さえきれない。本国から組織幹部が応援に来る間もなく、完全に壊滅するのは時間の問題であった。
「それで? こっちの目的は理解できたか?」
「勿論――――貴方、馬鹿なの?」
「それは目的の方か? それともそれを話したオレの方か?」
「どちらも、よ。目的の方は言うまでもない。一部の幹部にだけ明かした本当の目的を、私のような部外者に話した貴方も。いずれにせよ、正気とは思えないわ」
「何故? そっちの目的を聞くなら、こっちの目的を明かすのが道理だ。腹を割って話すに足る理由だと思うがな、オレは。それに、何だ――」
「此処で私が首を縦に振らなければ、そのまま落とすつもり、でしょう?」
「話が早くて助かるぜ。馬鹿な女は怖気が奔るほど嫌いだが、
屋上の柵に寄り掛かり、そのまま身体を反らせて天地逆の視界で東京キングダムの街並みを眺める。
毒々しいネオンの輝きと遠くから響く下衆な笑い声に、骸佐はすっと目を細めた。だが、移っているのは東京キングダムの光景ではない、馬鹿な女だった母親であろう。
骸佐に賢しい女と評されたのは七霧 レイナ。
二車家が引き起こした反乱に加担した対魔忍であり、ふうまとは別口でありながら権左に“使える”と評された少女でもある。
「それで、母親の方は……?」
「ハッ……彼女の母親は、既に確保しています。彼女の離反に気づかれる前に確保できて幸いでした」
「それで、いつ魔科医を――――母の治療をしてくれるの?」
「まだ駄目だ」
「今回の襲撃で功績も上げたでしょう?! まだ足りないって言うの!?」
「違う、勘違いするんじゃねぇ。お前の働きは認めている。だがな、魔科医なんて連中は信用ならねぇ。母親が目覚めても、身体に何かを仕込まれていたらどうする。またこうやって犬みたいに走り回るのか?」
「そ、それは……貴方の下でだって変わらないわ……」
「巫山戯るな。最終的な結果は違うものになる。オレの方は母親と一緒に暮らせるだろうよ。それに、オレがお前のように優秀で扱い易い奴を逃がすと思うか? だからオレの本当の目的も話したんだよ、間抜け」
「…………ッ」
レイナの母親は、ある任務で重症を負い、一命は取り留めたものの意識不明のまま昏々と眠り続けている。
脳死判定こそ受けていないが目覚めの兆候は見られず、何度となく本部に桐生 佐馬斗による治療を申請していたものの、悉く却下された。
無論、本部やアサギが意味もなく無碍にした訳ではなく、レイナの素行に問題があった訳ではない。問題であったのは、彼女の母親を目覚めさせられるであろう桐生にこそ問題があった。
あの高慢な桐生が、意識不明程度でやる気を出す筈もない。また、彼には前科があった。志賀 あさつきに対して行った医療行為がそれだ。
アサギの遠縁に当たる彼女は身体を大きく損傷する怪我を負ったが、その際に無断でアサギの細胞を培養して肉体の大部分を入れ替える暴挙に出た。単純な知的好奇心という理由で。
結果としてあさつきは、“アサギに最も近い身体”を持つだけでなく、精神面までアサギのそれに似通ってきてしまっており、自我との間で懊悩を繰り返している。
結局の所、桐生も魔族と何ら変わりはない。自己の欲望のためであれば何でもする。命を救った駄賃として人体実験など平気でやる男なのだ。アサギとしても、軽々に許可など出せなかった。
故に、レイナは対魔忍を見限って、一縷の希望を胸に骸佐の側についていた。
だが、待っていたのがこれでは、彼女が落胆するのも無理はない。
「安心しろ。必ず治療できる奴を連れてきてやる。魔科医か、米連の最新医療が使える医者かは分からんがな。これは対等な取引だ。取引で嘘を吐くほど、オレはボケちゃいねぇ」
「その言葉を信じろと言うの?」
「信じられねぇだろうよ。オレもお前の立場なら言葉だけじゃ絶対に信用しねぇ。だから、オレの本当の目的を教えた。それは言葉だけでなくオレの急所でもある。お前がそれを吹いて回れば、オレは終わりだってのは分かるだろ? 信頼は軽々には築けないが、互いに急所を握り合っているのなら文句はねぇだろう?」
「そう…………そうね。良いわ、私は貴方に従うわ。口ばかりで何もしてくれないよりもところより、弱味を見せて腹を割ってくれるほうがまだ信用できる」
「取引成立だな。尚之助、差し当たって龍門の技術者達を捕らえるように伝えろ。但し、此方に取引を持ち掛けるような心をへし折って、従順な犬にしてからな」
「もう既に。龍門の技術力も馬鹿に出来ませんし、何よりも金を生む。カヲル殿がそのように仰っておりました」
「流石だな、抜け目がない」
骸佐の命令は、既に実行されているも同然と答えたのは、腰に二刀の業物を携え、長い銀髪を首の後ろで括った若い男であった。
如何にも優男といった整った顔立ちに、何処か飄々とした雰囲気を纏っているが、鍛え上げられた肉体は服の上からでも分かるほど。優男と言うよりも、美丈夫という言葉がピタリと嵌まる。
彼は二車家幹部の一人、
片膝を着いたまま頭を垂れる尚之助の隣には、同じく幹部がもう一人。
黒いセーラー服の少女であったが、歳は尚之助どころか骸佐よりも若い。何処か自信なさげな表情が加虐心と同時に庇護欲を唆るが、可憐な見た目に騙される事なかれ。
彼女は鬼蜘蛛 三郎。本来の名は別にあるが、ふうまの当主が“小太郎”の名を継ぐように、鬼蜘蛛家の当主は“三郎”の名を継ぐ。それが許されるだけの実力を有しているのは確かだ。
(どうやら、上手く行きそうですね……)
(ええ。全く御館様も無茶を為さる……だからこそ、下からの信頼も厚いのでしょうが……)
(それで、いいと思います。ああいう御館様だからこそ、私達も……)
(そうですね。我々は、地獄の底まで共にするまで。家の決まりではなく、自らの意思で御館様に付いたのですから)
この二人もまた骸佐からその真意を聞き、対魔忍への反乱に付き従った。
生まれた家がこれまで仕えてきたから、という掟に縛られたものではなく、他でもない骸佐に仕えたいという鉄の忠義に従うままに。
だからこそ権左が戦いに赴いた際には骸佐を守るように任されているのであり、それが可能なだけの強さを持っている。
視線だけで会話をしつつ、レイナを上手く取り込めた事実に、安堵の吐息を漏らした。
信頼した者に対する裏表のなさは魅力であると認めてはいるが、同時に肝を冷やす羽目にもなる。
二人に何も言わないまま、骸佐が真の目的をレイナに告げた際は、尚之助は腰の刀に手を伸ばし、三郎は待機させていた獣に命を下しかけた。
骸佐が晒した急所はそれほどのものであり、現状の全てが瓦解するだけの威力があった。レイナが納得するのも頷けよう。
「そろそろ八百の婆様も帰ってくる。新たな幹部の紹介をしなくちゃな」
「幹部って……私は実力も功績も足りていないし、他の幹部や二車の下忍は納得しないんじゃ……」
「だろうな。だからだ。納得しない連中は漏れなくオレの真意を知らん。お前には気をつけて貰いたいからな。それから、実力も功績も無理をして上げてもらうから覚悟しろ」
「…………私、もしかしなくても早まったのかしら?」
「言うまでもなくな。世の中、そんなに美味い話は転がっちゃいないってことだ。諦めろ――――あぁ?」
これから自身に降り掛かってくるであろう数多の苦難を想像して頭痛でも覚えたのか、レイナはこめかみを指で押さえながら溜息をついて言う。
骸佐はその様にくつくつと笑いながら肯定した。騙された者に対する嘲りではなく、これから苦楽を共にするであろう仲間にのみ向ける笑みであった。
その時、彼は奇妙な鳴き声を耳にして頭上を見上げた。他の者も同じく視線を飛ばす。
その特徴的な鳴き声は鳶のものだ。日本中何処にでも居る鳥であるが、この時間帯に鳴くのは珍しい。
常人の目では決して捕らえる事は出来ないが、対魔忍である彼等には月明かり程度でも充分にその姿を見つけられる。彼等は確かに、頭上をグルグルと旋回する一匹の鳶の姿を捉えていた。
「――――あ」
「三郎、お前のか?」
「あわ、あわわ」
鳶を見た瞬間、三郎の顔色が見る見る蒼褪めていく。
骸佐が三郎に訪ねたのは、鬼蜘蛛家が代々獣遁の術を使い、獣使いとして知られる事に起因する。
古くから人の友であった犬は勿論の事、鳶に鷹と言った鳥類を伝書に用い、熊や蛇までも手懐けて忍獣として仕立て上げる。鬼蜘蛛家はそうして二車家に仕えてきたのだ。
しかし、三郎は慌てふためくばかりで要領を得ない。
終いにはスカートの裾を握りしめ、めそめそと泣き出してしまう。こういう所は、実に年相応であった。
「……うぅ、……うぐぅ……!」
「何で泣くんだよぉ!? オレか?! オレのせいか!?」
「落ち着いて骸佐く――――じゃなかった御館様」
「三郎さん、落ち着いて下さい。御館様も、貴女を責めているわけではありませんよ。顔はそう見えるかもしれませんが」
「尚之助、強面な自覚はあるが、それは酷いんじゃねぇの???」
先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら。
泣き出した末っ子を心配して慰める兄弟達の図が完成していた。二車家は笑顔の絶えないアットホームな職場です(ヒャッハーするしか能がない者は除く)。
実際、骸佐は必要な時以外には当主としての仮面を被らず、余所の当主よりも部下との距離感が遥かに近い。
幼くして当主にならざるを得なかったが故の処世術であり、複雑な環境であったが故に信頼を寄せた者には心の内を隠さずに明かす。そんな彼だからこそ、権左も尚之助も三郎も鉄の忠義を向けるのだ。
「……………ひぐぐっ、じ、実はぁ……」
ずると鼻を啜り、しゃくり上げながら三郎は、あの鳶が何なのかを語り始める。
今より一年前、彼女は若くして三郎の名を継いだ。
若くはあったが、その実力は本物。骸佐は勿論の事、二車の幹部達も満場一致の決定であった。
それから数日後、彼女の家に或る人物から当主就任の祝いが届く。中を見てみれば目を剥くような大金が包まれていた。一体何処で聞きつけたのか、贈り主は二車とその傘下の者と接触を禁止されている小太郎からであった。
『当主就任おめー。その金で家でも直してくれや』
たったそれだけ書かれた手紙に、三郎は唖然とした。
事実として、五車の鬼蜘蛛邸はあばら家とは言わないまでも、古屋であり広くもなかった。
二車も苦しい立場にあった。その忠義から先代は弾正の米連逃亡を助けるために最後まで戦い続けたため、逸早く寝返った紫藤家とは異なり、財産の多くは没収され、政府から対魔忍へ渡される年間予算の振り分けも他家に比べて一段と低かった。当然の処遇だ。必要以上の金を与えてまた反乱でも企てられれば溜まったものではないのだから。
家を維持するためには残された財産を喰い潰していく他なく、多くの下忍を抱えながらでは、幹部達の生活も当然苦しくなっていく。
中にはふうま全盛期の頃と変わらぬ報酬を要求する幹部も居たものの、三郎は根が優しく真面目であり、何よりも骸佐を慕っていたが故に質素で慎ましやかな生活にも不満はなかった。
が、其処に突如として舞い込んできた大金。更には小太郎から贈られてきたという理由で、軽くパニックになって泣く。どれだけ実力があろうとも、当主としての経験は薄かった。どうしていいか分からない。
骸佐に余計な問題を持ち込めないと、他の幹部に相談をするも、貰えるなら貰っておけと言うばかり。
権左は執事であっても完全に戦闘特化であってそういった機微や礼節などちんぷんかんぷん。尚之助は小太郎の人柄を把握しており、就任祝い以上の理由はなく、返答も求めていないと分かっていたからこそ、その反応であった。
が、其処で真面目な彼女は悩んだ、悩んでしまった。夜も眠れないほどに、食事も喉を通らないほどに悩んだ。
で、その結果。若様も秘密で送ってきたんだから、此方も秘密で礼を返せばいいんだ、と思い立つ。思い立ってしまった。
そして金のない三郎が送ったのは、あの鳶だ。
人語も介せば、野生の本能すらも抑え込んで命令を遂行する。彼女の育てた中でも最も優秀な一羽であった。
受け取った大金に見合わないとは考えたものの、秘密裏に送れる忍獣は他に存在せず、災禍と天音が脇を固める彼には単純に強い獣よりも様々な用途で使えるこれがいいと思ったのだ。当時は。
「も゛、も゛、も゛、申゛じ訳゛あ゛り゛ま゛ぜん゛、御館ざま゛~~~~~~~~~」
「あー、そういう事か………………気にするな、三郎。当時はオレもこうするなんざ考えちゃいなかった。こんなもん、ミスでも何でもねぇよ」
「確かに。ほら、三郎さんも泣き止んで?」
「取り敢えず、送り返さねば此方の拠点はバレませんが、どう致しましょう? 小太郎様であれば、何を仕込んでいるか分かったものではありませんが」
「……いや、アイツはこっちの目的に気付いている。なら、最大限それを利用しようとする筈だ。こっちを潰そうとするには早過ぎる。となれば――――」
「何らかの情報を此方に流したいだけ、という事ですか」
「でも、どんな情報を……?」
「曲りなりにもオレ達は反逆者だぜ。それでも流そうとするってぇと、確実に厄ネタだな。こっちにとっても、あっちにとってもな」
未だに泣いている三郎の頭を撫でて慰めながらも、キリキリと痛む胃と頭に顔を歪め、骸佐は大きく溜息を吐く。
その様にレイナも尚之助も頭を抱えそうになる。此処に至るまでかなりの綱渡りだった、無理もない。
それが如何なる厄ネタであれ、無視するという選択肢はない。あの小太郎が送ってきたものであれば、無視をしても余計に厄介な事態に発展しかねない、と骸佐は判断した。
三郎に目配せすると、彼女はずると鼻を啜りながらも、連続した舌打ちと腕の動きで合図を送る。
現代に残っている放鷹術のどれとも異なる動きであり、やろうと思えば誰にでも簡単に出来るが、やろうと思わなければ決してやらない動作は、鳶に要らぬ混乱や誤謬を与えぬ配慮であると同時に、合図を知る対魔忍のみが扱えるようにした結果であった。
それまで上空を旋回していた鳶は、寸刻も待たずに急降下してくる。
三郎の差し出した右腕に狙いを定めると、羽を大きく広げて速度を落とし、見事に止まってのけた。
猛禽の爪で掴まれているにも拘らず、三郎の皮膚が破れはしなかった。対魔忍の身体能力や頑丈さは常人離れしている。鷹匠のように専用の手袋を使う必要などない。
鳶の脚には、円筒状の物体が括り付けられていた。
骸佐がそれを外して捻れば、半ばで分かれて中から一枚の手紙が現れる。
随分と古臭い伝達手段であったが、時間が掛かる事さえ除けば、盗聴の心配もなく露見の可能性も低い優秀な手段ではある。尤も、骸佐の居場所が分からなかった小太郎には鳶が元々の主人の後を追えるかは賭けではあった。
「さて、鬼が出るか蛇がで――――――――――」
手紙の内容を見た瞬間、骸佐は完全な無表情でビシリと音を立てて石のように固まった。
常に苛立っているか、頭を悩ませているかのように眉間に皺が寄っている彼には珍しい反応に、三郎とレイナは顔を見合わせる。
ただ一人、尚之助だけが骸佐の固まった理由を察していた。
(これはどう考えても、超弩級の厄ネタのようですね。小太郎様、貴方という人は……)
―――――
――――
―――
――
―
「これより! チキチキ二車家の先行き大討論会! はっじまっるよーっ!!」
「御館様がガンギマッてらっしゃっるとはどういうことなの――!」
「わ、私にはさっぱり……」
「三郎は仕方ないにしても、尚之助ェ!」
「小太郎様からの厄ネタのようです。それも超弩級の」
「……あンの目抜けェ! 潤といい当代の小太郎といい、どうしてこう此方に迷惑を掛けるのよ?!」
ガシャーンと手にしていた錫杖を床に叩きつけたのは、巫女の服に似せた装束を纏った美女であった。
彼女は龍門の拠点の一つを潰して帰ってきたばかりの二車家幹部、八百比丘尼。
多く見積もっても20代前半と言った髪と肌艶であるが、初代ふうま小太郎の代より仕えていると言われており、事実であるのならば優に五百歳を越えている事になる。
彼女もまた邪眼使いであり、その右眼に宿った魔は『人魚の碧眼』と呼ばれている。右目に写った者の生命エネルギーを吸い取り、自らの生命エネルギーとして吸収するブラックのエナジードレインに似た性質の邪眼だ。
唯一の違いは、生命力を吸い尽くした対象の残骸。ブラックの場合は跡形もなく塵となるが、彼女の場合は半魚人のような異形に成り果ててしまう。
この邪眼もあって、遥かに若々しい姿を保ち、負傷も立ちどころに完治する。
初代ふうまの頃より仕えているという噂も馬鹿にならず、彼女の実年齢を知る者は皆無でありながら、それが事実として認識されていた。
そして、小太郎の母親であるふうま 潤には、親交の深かった骸佐の父親や幻庵と共に散々に振り回されたらしい。
「すぅー! はぁー! すぅー! はぁー! ふぅぅーーーー! …………まあ、いいわ。どの道、御館様の選んだのは茨の道。いまさら厄ネタが一つ二つ増えたところでやることに変わりはないものね」
「流石ですね、比丘尼殿。我々とは年季が違います。それから、こちらは新たな幹部の七霧 レイナ殿です」
「ほぅ、例の。ただでさえ苦労していると言うのに、好んで苦労しに来るとは物好きだこと」
「やっぱりそういう認識なのね、私……それはそれとして、もっと反対されるものと思っていたのだけれど」
「矢車の馬鹿は五月蝿いでしょうけど、私は御館様の決定であれば特に言うことはないわ。好きになさいな」
激しい深呼吸で我を取り戻した比丘尼は、辟易としながらもチラリと新顔であるレイナに視線を向ける。
尚之助の紹介があったものの、特段の興味を示さない。彼女の境遇など長く生きる比丘尼にとっては珍しいものではなく、実力から覚悟まで目を引くものなど何もない。
骸佐の決定であれば信頼できる者と見做すまでの事。万が一、骸佐の信頼を裏切るのであれば自ら手を下すまで。
軽視もしていなければ、同情もしていない素っ気ない反応は、自身の実力に対する
「成程、頼もしいなぁ比丘尼の婆様は! じゃあ、小太郎からの送られてきた手紙の内容を発表しちゃうぜっ☆」
「その前に。尚之助、権左とカヲルは? 最低でもあの二人もいなければならないでしょう?」
「権左殿とカヲル殿は比丘尼殿と同じく龍門を叩きに向かいました。他の幹部も同様です。ただ、権左殿は出ていく前に、最近頭使ってばっかりだったから頭空っぽにして思う存分ヒャッハーしてくる、と言っていたので当分は帰ってこないかと」
「あの小僧は……カヲルも不運ね……」
比丘尼は完全に壊れてテンションがおかしな事になっている骸佐は一先ず置いておき、幹部の中でも最も重要な位置にいる二人の所在を問いかけた。小太郎がそうであるように、骸佐が壊れるのは珍しくはないらしい。
新生ふうま忍軍において、個としての最高戦力にして骸佐の槍である土橋 権左。
戦闘以外の役割を殆ど熟せない権左に変わって、様々な仕事を代行する参謀役の鉄華院 カヲル。
権左は類稀な直感力と歯に布着せぬ言動で物事の正解を導き出し、カヲルは策謀を巡らせる智慧で最適の意見を具申する。
何らかの決定や方針の変更を下す際にはその二人が必要不可欠。他の幹部もそれに納得していた。
しかし、生憎とその二人はこの場にはいない。
尚之助の言葉に、ナチュラルに狂った満面の笑みを浮かべて槍を扱く権左とゲンナリとした表情でその後を追うカヲルの姿を想起し、比丘尼は大きく溜め息を吐いた。
仕方がないと言えば仕方がない。
二車の幹部はそれぞれが戦況を覆せるほどの実力の持ち主ではあるが、龍門は巨大な組織だ。
時間を与えれば与えるほどに、立て直す猶予を与え、その後は雑兵の差で押されかねない。手を出したのならば一気呵成に攻め立て、この東京キングダムから完全に手を引かせる必要性がある。
幹部も部下も八割近くを総動員しなければならなかった。万が一に備え、一部の部下と三郎、尚之助の幹部を骸佐の守りとして残せたのは幸いですらあった。
「まあいいでしょう。目抜け殿からの書状にはなんと……?」
「なんかなー、弾正が帰ってきたってさー!!」
「「「「????」」」」
「当然の反応だよなぁー! それがよぉ! だって今更帰ってきたってワンチャンもない立ち場だからよぉー!!」
こんな情報一人で抱えてられないとばかりに、骸佐は書状の内容をぶちまける。
その言葉を聞いた瞬間、二車幹部に衝撃を奔らなかった。
弾正の行動は彼等にとって理解しがたいものであったからだ。ハテナマークだらけの顔にもなろう。
対魔忍として返り咲く? 反乱など起こした挙げ句、何の責任も取らずに逃げた以上は不可能だ。待っているのは断罪のみである。
ふうま一門を再興する? 目抜けですら最底辺からのスタートで這いがっていると言うのに、米連に逃げた腰抜けに元ふうまの誰が従うというのか。
あるいはアサギへの復讐? 米連の戦力であれば可能かもしれないが、暗闘程度で動員できる人数では不可能に近い。仮に可能なだけの戦力を用意したとしても、弾正主導でやらせる理由が米連にはない。
何をどう考えたところで弾正にワンチャンすらない。日本へと戻ってきたところで何をすると言うのか。米連で屈辱を抱えながらも安穏と暮らした方がまだマシというものだろう。
「えーっと、弾正って、ふうまの先代、よね? あの、やらかした……」
「そうでぇーっす! 当時の事よく知らん七霧でも名前知ってんのに、何してぇのかなぁ、あのおっさん!!」
「……あの、あの、偽の情報という可能性は……」
「オレもそっちの方が嬉しいんだけどねぇ! 小太郎からの情報だからなぁー! アイツこっちの目的も気付いてるからなー! 偽の情報流がして潰すよか、こっちを利用しようと動くだルルォォ? このタイミングじゃまだあり得ねぇよぉ!! その上、弾正一緒に殴ろうぜっ! って共闘の申し込みまでしてきてるんだよぉ!」
「「お、御館様、落ち着いて……」」
「落ち着いていられるかよぉーーーー!! 大体、何だこの一文! “あのおっさん何考えてんだろうな。絶対何にも考えてないんだろうけど。草。”だ! 概ね同意するが、こちとら草も枯れ果てるわ!! つーかお前も同じ気持ちだろうがっ!! 腹立つぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
レイナと三郎に宥められながらも、キィィィィィィ! と叫びながら書状を破り続けて、紙吹雪を舞わせる骸佐。
無理もない。彼の脳内では不敵な笑みを浮かべながら、その実、自分にとって都合の良い事しか考えていない弾正と、その隣で半笑いになりながら彼を指さしている小太郎の姿が浮かんでいたのだから。
書状を破った程度で冷静になれる筈もなく、髪の毛を掻き毟る。弾正帰還が引き起こす事態と己に降り掛かる苦労の数々で頭が割れてしまいそうなほど苦しんでいた。
ほぼ完全な部外者であるレイナ。当時は幼く、弾正のやらかしを詳しく知らない三郎は比較的冷静でいられた。
しかし、このまま骸佐を狂乱させておく訳にはいかない、と三郎は隣に立っていた尚之助に助けを求めようと顔を覗き込み、後悔する羽目になった。
「――――――――」
「尚之助さん、お、落ち着いて……」
「私は冷静ですよ。ええ、冷静です。これでも二車の幹部、私は冷静です。ええ、そうですとも。私は冷静です。我々の先代が、あの方が命を捨てて戦ったと言うのに、役立たずの一言を吐き捨てて逃げた男が帰ってきたとしても冷静です。三郎さん、私は冷静です」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ――――!」
全然冷静ではなかった。
涼し気な表情はそのままに数えきれないほどの青筋を立てて、そんな台詞を垂れる。誰の目から見ても明らかに自分に言い聞かせている様子だ。、
何よりも恐ろしいのはその瞳。深淵を覗き込んでいるかのような、ドス黒い怒りで塗り潰されて一切の光を失っている。完全に病んだ目をしていた。
そんな目を向けてニッコリと微笑まれ、三郎は悲鳴を上げてレイナに抱き着いた。これは怖い。
「――――御館様、尚之助。落ち着きなさい」
「び、比丘尼さん。良かった、貴女は冷静で……!」
「全く、不甲斐ない。あの弾正のクソガキが戻ってきた程度で取り乱すとは」
「お、おう。そうだな。その通りだ」
「す、すみません、三郎さん、七霧殿。御二人に八つ当たりするなど……」
凜とした比丘尼の声が、部屋の中に響く。
ただそれだけで、骸佐と尚之助は冷静さを取り戻した。流石に、長くふうまに仕えてきた訳ではない。
初代ふうま 小太郎の時代に盟友となった二車家を監督し、栄えさせ、支えてきた母のような立場なのだ。如何に骸佐と言えども、その言葉に正当性がある以上は従わざるを得ない。
「それでは――――――弾正をぶっ殺して参りますので、私はこれにて」
「ヤベェェェェ!!! 全員、比丘尼を取り押さえろぉぉぉぉぉぉ――――!!」
そのような立場である以上、ふうまと二車をしっちゃかめっちゃかにした弾正には恨み骨髄である訳で。
二車の先代、骸佐の兄弟達は勿論の事、あの反乱で失われた幹部達は比丘尼にとっては息子や孫のようなもの。弾正に対する怒りも憎しみも恨みも言葉で語り尽くせるものではない。
何処か冷たい印象を受ける女性であるが、実際には身内に対する情は非常に厚い。
初代ふうまに心酔し、絶対の忠誠を誓ってはいたものの、その情愛深さから常軌を逸した冷徹さについていけなくなり、離れた所で彼を支える事を決めた。その結果が、今の立場なのだ。
ニコリと微笑んだ比丘尼はスタスタと扉へと向かっていくが、必死な表情の骸佐の命令で、全員が必死な表情で取り押さえに掛かる。
骸佐は後ろから羽交い締めに、尚之助は錫杖を持った腕を押さえ、レイナはもう一方に縋り、三郎は片脚にしがみ付く。
「離せぇー! 離して下され、御館様! 弾正は、あのクソガキだけは生かしておけません! ぶっ殺してやりゅぅぅぅううう――――!」
「止めろぉ! お前にまで暴走されちゃこっちはどうにもならねぇんだよぉ! 絶対、弾正ぶっ殺すから! 小太郎と一緒にぶっ殺すから! 頼むから落ち着けぇぇ!!」
「ちょぉ!? 力つよぉ!?」
「ぴぃぃぃぃぃぃ!!!」
「御二人ともぉ、大丈夫ですかぁ――――!?」
展開される阿鼻叫喚。
比丘尼は涙を流しながら両手両足を振り回し、体重の軽いレイナと三郎は身体ごと軽く振り回され、骸佐と尚之助は余計な怪我人だけは出すまいと全力を尽くす。
部屋の中はドッタンバッタン大騒ぎ。
ビルに残っていた下忍の一人が敵襲かと部屋の中へと踏み込んだが、鬼女そのものの表情を浮かべる比丘尼や他の者達の悲鳴と絶叫に、見てはいけないものを見てしまったと無言で扉をそっ閉じした。
それから十分後――――
「…………………………」
「はぁ……はぁ……や、やっと落ち着いたか、婆様」
「酷い有り様、ですね……」
「「し、しぬかとおもった……」」
部屋の中は、本当に襲撃を受けたような有り様になっていた。
正確な値段は分からないが、見るからに高級そうなソファは中から綿が飛び出し、テーブルやシャンデリアは粉々に砕け、絵画は引き裂かれ、壁には罅どころか穴が開いてしまっている。
その中央で、唯一形を保っていたソファに腰掛けさせられ、比丘尼は放心状態で茫と虚空を眺めている。まるで介護が必要なほどに痴呆が進んでしまった老人のようだ。
骸佐は肩で息をしながら床に胡座をかいて座り、尚之助は髪の毛が乱れたままガックリと肩を落とし、レイナと三郎はその場にへたり込んでいた。
「比丘尼殿は特にでしょうが、他の者も弾正の帰還を知れば似たようなものでしょう。確実に荒れますね」
「だな。其処はオレと権左、お前で無理矢理抑えるしかねぇだろうよ。その後は、龍門に八つ当たりさせる」
「……弾正の方に流れる人もいるんじゃ」
「確実に居るだろうな。反乱に加担したのは、自分の欲望のままに好き勝手したい連中ばかりだ。オレの下でよりも、弾正の下の方がより好き勝手に出来る。そう考える奴は少なくないだろうな」
「それじゃあ、どうすれば……」
「弾正に流れるような奴等なんぞ、いなくなってくれて構わねぇ。こっちの目的と合致するだろ? このまま支配域を拡大して外から捨て駒を取り入れる。足場を固めるのが先決だ。弾正の情報も幹部の中でも信用できる奴だけに留めて、タイミングを見て他の連中に明かすとするか」
落ち着きを取り戻した骸佐は、悩ましい現実に苦悩しながらも今後の方針を考えながら立ち上がる。
必要であったとは言え骸佐は反乱の際に、建前として政府の犬に成り下がった現体制を討伐しようとしたふうま 弾正の行いを旗印とした。
であれば、弾正が戻ってきた以上は、骸佐よりも弾正に着いていこうとする者がいるのは必然だ。そもそも、反乱に加担した者の殆どは社会のルールも守れもしない欲望塗れの者達なのだ。
今後予測される人員の流出は勢力としての弱体化を意味するのだが、骸佐はそれはそれで構わないと言う。少なくとも彼は弾正を正義などと思っていないし、寧ろ今すぐ死んで欲しいとすら考えている。彼の本当の目的も、未だ判然としない。
「弾正は今、日本の内情を探っている最中の筈だ。反乱の情報を掴むのも時間の問題だろうな。それを知ればこっちを取り込むように動く。ふうま正義派なんぞ謳っちまったんだ。それは仕方ねぇ」
「そんな恥知らずな……弾正は本気でこっちが従うなんて思っているの? 勝手に捨てて逃げたって言うのに、捨てられた側の心情を考えてば従う訳ないじゃない」
「ふうま 弾正という男は、そういう男です。頭が茹だっているとしか思えないような事を平気で言いますし、平気でします。“他人を慮る”という機能が生まれながらに欠如しているのですよ。生きていていい人間ではない」
静かな怒りを滲ませながら、元ふうま宗家の当主に向けるべきではない言葉で断言する尚之助に、レイナは唖然とした表情で見やる。
弾正に着く人間が居る、というのはあくまでも頭を過った不安要素に過ぎなかった。流れる者と弾正の思考回路を彼女のような真っ当な人間には到底理解できない。
欲望の為に自分を捨てた相手に従うという思考は、屈辱を感じないのかと思う。恥知らずな弾正には、どの面を下げてまた一緒にやっていこうなどと言えるのかと感じる。
彼女の考えも神経も至極まともだ。異常なのは彼等の方であり、そんな中に放り込まれればまともな方が異常となるものだ。
しかし、骸佐と尚之助の表情に変化はない。間近で弾正の横暴と欲望塗れのふうま一門を見てきたからだろうか、慣れたものなのだろう。
少なくとも基本方針はそのままだ。龍門を追い出し、その支配域をそのまま横取り。そして、更に勢力を拡大していく。使える者と使えない者を選り分けて取り込む。面従腹背など百も承知。彼の目的にはそれで充分であった。
そして、それはそのまま弾正への対応策となる。
勢力が拡大すればするほど、弾正は骸佐に対して強気に出れなくなるからだ。多少の人員が流れたとしても、痛手は少なくなる。
「小太郎と共闘もする。今は返答を保留しておくがな。後は、葉隠か」
「対魔忍に属さず、独立した元ふうまの勢力。弾正にしてみれば、取り込みやすい相手ですからね」
「ちと早いかもしれんが、先に此方が取り込んじまうか――――おい、婆様。何時までもボケてねぇでしっかりしてくれ、仕事だ!」
「…………え、ええ、承知致しました」
自分を呼ぶ声でようやく戻ってきた比丘尼は、ハッとした表情で返事をする。
骸佐は拠点を離れられない。戻ってくる幹部達への労いと説明、現状の把握、また勝手な行動を抑えられるように目を光らせておかねばならない。組織の頭は軽々に持ち場を離れられないのだ。
葉隠家は元ふうま八将であり、今は何処に肩入れするわけでもなく独立した一族だ。
先代は弾正について戦ったものの敗死。若くして当主となった葉隠 真千子はアサギと和睦を果たして、今は闇の街の一角を支配する立場にある。
真千子はふうま一門の再興になど一切興味はなく、葉隠家の利益と自身の戦いを望む本能に従う女。
どちらに転ぶかは分からないが、弾正が動けば弾正の側に転びかねない。
はっきり言って、葉隠は勢力として弱小も弱小だ。当主も部下も粒揃いだが、如何せん数が少ない。
家と部下を潰されたくなくば我に従え、と言われれば、部下思いの真千子の事、苦渋の末に従属を選ぶだろう。
別段、骸佐としては真千子や葉隠などどなった所で構わず、懐に招くとなるとかつての同格としてそれなりに優遇せねばならず面倒臭い事この上ない。
事実、二車の母と言える比丘尼だからこそ名代と成り得、他の幹部を送っては非礼に当たる。が、弾正に戦力を渡すくらいだったら、自身の下へ招いた方がマシだった。
「…………
「――ん?」
「私は、お前の考えや目的を理解もしているし尊重もする。けれど、決して納得した訳ではないの」
「婆様、そりゃオレを裏切るって意味か?」
「いいえ、私が裏切るなど……でもね、腹を痛めて産んだ訳ではないけれど、二車の者は皆、私の子供のようなもの。それが死んでいく様を私も好きこのんで見たい訳ではない。そして、貴方もその一人。それを、忘れないで」
「…………分かった。
「…………もう、誰に似たのか頑固だこと――――了解致しました。御館様の御為に」
久方振りに立場ではなく名前で呼ばれ、骸佐は怪訝な表情で比丘尼を見た。
彼女は今にも泣き出しそうな表情で、心からの本心を明かしていた。自身の育てた者達が散っていく様は、長きに渡る人生で何度となく見てきたというのに、一向に慣れる気配がない。どれだけ自らの本心を覆い隠す術を身に着けたとしても、内心は何時だって彼女は涙を流していた。
破滅の道を進もうとする骸佐に対しても、それは変わらない。
彼の父や兄弟にも同じように懇願した。だが、それが二車の役割だから、と彼等は迷いなく自らの死地に赴いた。
或いは童のように泣き喚いて止めれば結果は変わったかもしれない。しかし、それをするには彼女は歳を重ね過ぎ、忍として生き過ぎた。運命とは決められた未来ではなく、自ら重ねてきた過去からやってくるものなのだ。
比丘尼の細やかな願いを耳にしても、骸佐の表情に変化はなかった。
真正面から視線と思いを受け止め、目と目を合わせるが、微塵も揺るがない。彼の意思は鋼。折れず曲がらず錆びつかない。自ら進む道は自らが選んだものしかないと言わんばかりに。
その目に、在りし日の先代達を見た比丘尼は全てを諦め、忍の仮面を被り直す。
数瞬後には、怜悧な美貌を取り戻した彼女は、錫杖をしゃんと鳴らして部屋を後にする。
真千子であれども、彼女が赴けば無碍には出来ない。また弾正帰還の情報を虚偽とは考えて楽観視もしない。骸佐との交渉のテーブルに付くだろう。
「尚之助、お前はあの女傭兵の二人に連絡を取って五車から弾正の情報を得るように切り替えるように伝えろ。報酬も上乗せするともな」
「御意に」
「三郎、拠点の防備を固めろ。すぐに来るとは思えんが、あの弾正だからな。馬鹿は何をしでかすか想像できん。周囲に忍獣を放っておけ」
「承知しました」
骸佐が命を下すと、二人は目を伏せて受諾して部屋を後にする。
その背中を見送ると、疲れを滲ませながら壊れたソファに腰掛けた。部屋の惨状を見回し、真千子が来るまでに片付けねばと考えながらも、今は何のやる気も起きない。
弾正はどうでもいい。苦労が増すなど、この道を歩むと決めた時点で覚悟していた事だ。そんな事よりも、比丘尼の言葉の方が遥かに効いていた。
比丘尼は実の母以上に愛情を注いで貰った存在である。
骸佐は他の兄弟とは異なり、先代の息子ではない。弾正と母親との密通の果てに生まれた不義の子なのだ。
母にとって自分は道具でしかなかった、と彼は結論している。注ぐ愛情も、向ける喜びも、結局は弾正と自分の息子を通して得られる自分の幸せを愛していただけであり、骸佐自身の事など一度だって見たことはなかったのだ。
弾正と母の間がどのような経緯でそのような関係に至ったのかは分からない。大方、骸佐が成長すれば目抜けに変わって正式な後継者として選び、正室として迎え入れるとでも言われていたのだろう。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そんな言葉の何処に信じる要素があったと言うのか。結局、弾正は母を捨てて逃げ出し、本来の夫や息子を失って彼女は責任を取るでもなく勝手に壊れた。反吐が出るような悲劇のヒロイン気取りだ。
それでも彼は自分が不幸だと思った事はない。
先代――二車 又佐は全ての事実を把握しながら実の息子として扱い、他の兄弟も同様であった。
母親から真っ当な愛情こそ得られなかったが、比丘尼は厳しくも優しい愛情を注がれ、父と面識のあったふうま 潤からは無償の愛と言うものを実感させて貰った。
部下にしてもそうだ。事実を知らない者はいるが、事実を知ってなおも己を慕い、変わらぬ忠誠を向けてくれる者が殆どだ。
これを幸せと言わずに何と言うのか。少なくとも、骸佐にはそれ以外の言葉が見つからない。
故に、比丘尼の言葉はどんな攻撃よりも重く響いた。
愛してくれた者が、己の行いと選択によって涙を流したくとも流せない現状に叩き落とした事実が、骸佐の心に思い十字架を括り付ける。
それでも覚悟は揺るがない。最早、スタートは切った。後はゴールに向けて走り抜けるだけ。途中棄権も退場も許されないし、するつもりもない。
「――――酷い人ね。比丘尼さんの言葉、尚之助さんや三郎さんも同じでしょうに」
「だったら何だ? そもそもお前はどうなんだ。母親が夢枕に現れて、もう私を助けようとしなくてもいいと泣いて懇願すれば止めるのか?」
「まさか。そういう意味じゃ、私は貴方に似てるわ」
「だろう? だからオレはお前を信頼する」
「…………はぁ、思った以上に人誑しね。これじゃあ、裏切るに裏切れない」
「ふうまは女誑しだが、二車は人誑しなんだよ。これも伝統って奴だなぁ」
呵々と笑う骸佐に、レイナは心が疼くのを感じていた。
迷いなく己を信頼し、それを言葉にする人柄。カリスマ、とでも言えばいいのか。他の幹部が骸佐に着いていく理由が分かった気がした。
少なくとも、現時点で彼女に裏切るという選択肢はなくなっていた。母のためであればどんな汚名を被ろうとしていた彼女がだ。
「それで、私は何をすれば……?」
「取り敢えず、此処を片付けるかぁ。その後に諸々と教えてやるよ」
はい、という訳で、決アナのレイナ・七霧ちゃん登場&狂乱の二車家&ちょろっと二車家の内情を暴露、の回でした。
三郎ちゃんは本編で喋ってないので、ほぼオリキャラ。二車家のマスコット枠或いは鹿之介枠。でも有能。
尚之助はそんなに性格は変わってないけど、権左に並ぶ超絶強化されてる。なお、若様の母上も一枚噛んでる災禍&天音枠。
比丘尼さんは、本編じゃあんまりキャラ立ってないので、独自設定を追加。この人には骸佐パパも兄弟も骸佐も他の幹部も頭が上がらない模様。なお有能故に幻庵とか骸佐パパと一緒に母上に振り回された胃痛枠。
七霧は骸佐のヒロイン枠。
設定的に、骸佐の反乱についていくだけの理由になるんだよなぁ、でこうなった。
今後、RPG本編でどんどん二車家幹部が追加されるだろうけど、作者の独断と偏見で忠誠心MAXになったり独自設定もどんどん追加されていく模様。これくらいやってもいいだろう。
では、次回もお楽しみにー!