対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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ふふふ、筆がノリにノッておるのう。
やっぱりエロを書いてるよりも、戦闘シーンとか書いてる方が楽なんじゃぁ~^^
しかし、こういうのばっか書いてるとエロも書きたくなる不思議。

イベ不知火ママンのLR覚醒まであとちょっとあとちょっと! 魔族アタッカーとして期待値高めだからね。ママン、一緒にタコ野郎ボコボコにしようぜー!

という訳で、本編どぞー!



苦労人は銃よりも爆発物の方が好み

 

 

「………………」

 

 

『はぁ……流石に……はぁ……強いな……最強の名は伊達じゃないってことかよ、クソが……!』

 

『君の力では私には届かない。まだ続けるつもりか……?』

 

『無論っ! 此処まで来て退けるかよ、クソババアがっ!!』

 

 

(アイツ、すげぇな。これだけ劣勢でアサギ相手にこの啖呵かよ)

 

「どうするんですか?」

 

「突入して一気に片を付けるぞ」

 

 

 人に化けたフュルストの正体を見破り、一方的で執拗な制圧射撃によって撃退した後、小太郎、ゆきかぜ、凜子の三名は校長室――――ではなく、その隣の空き部屋に移動していた。

 幸い、骸佐を信頼し、余所からの救援を排除しているのか、フュルスト以降は反乱者と出会わずに移動が出来た。

 

 頭部をスッポリと覆い隠す九郎隊特注のヘルメット越しに耳を壁に押し当て、内部の様子を伺っていた小太郎は機であると覚悟を決める。

 

 骸佐の持つ異能系忍法はよくよく理解している。二車家の当主が代々受け継ぐ魔性の忍法。その名も、邪眼・夜叉髑髏。

 戦いで敗れ去った者――殺した敵も、殺された味方も区別なく見境もなく――の怨念を身に纏い、鎧と共に身体を強化する忍法だ。

 これを纏った骸佐は、米連の最新式強化外骨格を真正面から相手取り、斬り伏せられる。斬り伏せられずとも、装甲の上からの殴打のみで中の人間を圧殺せしめるだろう。

 なお恐ろしいのは、敵味方が絶えず命を散らしていく戦場という舞台に身を置けば、天井知らずに性能が上がっていく点だ。

 

 しかし、それでもなおアサギと一時的にでも拮抗している現実は異常だった。

 アサギの強さは圧倒的。真正面からの戦闘で遅れを取るなどあり得ない。最強の名に恥じぬ対魔忍である。

 

 現状、対魔忍、新生ふうま忍軍両陣営ともに死傷者の数はそれほどではない。

 対魔忍側は反乱した相手とは元仲間、嫌でも手は鈍ろう。新生ふうま忍軍側も数の少なさ故に一人でも多くの対魔忍を仲間に引き入れたい。

 多くても死人の数は数十名。己や紅、権左がやり過ぎてしまった感があるものの、その程度の数でしかない。如何に夜叉髑髏が優れた異能であったとしても、元々の素養に差がありすぎて、最強たるアサギに指をかける段階にすら至らない。

 

 もう幾つか、絡繰りがある。忍法か、或いはそれ以外の外的要因か。それが小太郎の予測であった。

 フュルストが一枚噛んでいる時点で彼の持つ魔界技術が最も可能性が高く、次点でふうま宗家すら知らぬ二車の最秘奥でもあったのか。

 

 いずれにせよ、骸佐がアサギに押され、戦いを仕切り直そうとしている今が好機。

 如何なる存在も一方的に叩き伏せるには、最高のタイミングで横合いから殴り付ける事だ。

 

 

「突入と同時にオレと水城の雷遁で牽制射撃。二車の動きが止まったら、空遁で空間ごと叩き斬れ」

 

「ですが、それでは反乱の理由が……」

 

「だからなんだ? 戦場じゃ、たまたま急所を外れて、たまたま生きていればそれで十分過ぎる手加減だ。同じ学校の生徒だからと言って手心を加えれば死ぬのはお前だ。それでもよければお好きにどうぞ?」

 

「………………」

 

 

 壁に何かを仕掛けながら、反乱者とはいえ後輩を斬り殺せと言われた凜子は理由をつけて反論したが、冷たく突き放されて黙らざるを得ない。

 彼の言葉は冷たくはあったが、それ以上に正論だった。全ては命あっての物種。敵と己、味方の命を天秤にかけて、どちらが重くなるかなど解答を待たず、凜子とて死にたくはない。

 元味方ではあるが、今や骸佐は敵の首魁。彼なりの正義、信念、思惑、目的はあろうとも、それで手を緩める理由になりはしないと断じる。

 

 彼の言い分に間違いはないと認めてしまったからこそ、凜子も黙らざるを得なかった。

 

 

「二人とも壁に背中をつけろ。()くぞ――!」

 

 

 小太郎が壁に仕掛けていたのは、突入用の指向性プラスチック爆薬。

 立て籠もった凶悪犯の意表を突く形で特殊部隊が突入するために用いられる装備である。

 米連ではこれに加えて部屋の内部を探るサーマルスコープ、センサー類、無音化装置(ミュートチャージャー)を併用して突入作戦の成功率を飛躍的に高めていた。

 

 小太郎が声に合わせて、手に持った起爆装置を起動させる。

 

 

「「――――何っ!?」」

 

 

 アサギと骸佐に予告もなく壁が発破され、愕然と視線を向ける。

 何が起こったのかという両者の思考の硬直に合わせるように、校長室へと突入した小太郎はM4 カービンの引き金を引いた。

 発砲炎と共に吐き出される5.56x45mm NATO弾は、一発も外れることなく骸佐へと吸い込まれていくが、悲しいほどに意味を為さない。

 

 見よ、骸佐の纏う禍々しい怨念の鎧を。

 名の通り髑髏の如き意匠は死した者達の無念を表しているのか。はたまた死者の怨念すら利用する異能の悍ましさを示しているのか。

 

 強固な鎧の前に、ただ大量生産されただけの鉛玉は火花を散らして弾かれるばかりで効果を上げられていない。

 

 

「九郎隊っ……学園に戻ってきている奴が居たかっ! だが、豆鉄砲で何が、あああぁああぁぁああぁ――――!!」

 

 

 驚愕から立ち上がった骸佐は5.56x45mm NATO弾の射撃に晒されてなおも不動。

 驚異足り得ぬ攻撃に呆れよりも苛立ちを募らせたが、次の瞬間に苦悶の絶叫を上げて、全身を痙攣させる。

 

 

「飛べよ、雷撃――!」

 

 

 小太郎の射撃に僅かに遅れ、ゆきかぜもまた己の弾丸を撃ち放つ。

 フリントロック式銃を思わせる外観のゆきかぜ専用()()()()ライトニング・シューターから放たれる眩い雷光の弾丸は、豆鉄砲と揶揄した弾丸に気を取られていた骸佐に防御も回避もさせずに突き刺さる。

 特有の放電音と共に瞬間的にでも5000V(ボルト)を超える雷球を受ければ、如何な対魔忍、如何な魔族とでも()()()にされ、哀れな黒焦げ死体が出来上がる。

 

 

「舐め、るなぁ、水城ィ――!!」

 

 

 それでもなお骸佐は立っており、冷静だった。

 先程まで相対し殺し合いを演じていたアサギに比べれば、この程度の驚異なにするものぞ。

 夜叉髑髏の鎧は物理的な衝撃や斬撃のみならず、電撃や炎といった現象であっても問答無用で削減する。確かに雷撃によるダメージはゼロにはならない。ならないが、十分に耐えられるレベルにまで威力は落ちる。

 

 

(水城がいるのならば秋山 凜子も居る……! これ以上邪魔をされたら堪らねぇ! まずは奴等の頭を潰す!)

 

 

 ゆきかぜは雷撃の対魔忍と恐れられる新時代の対魔忍である。

 彼女の活躍には必ず相棒である凜子――斬鬼の対魔忍の姿があり、対魔忍魔族米連問わずに知られる新進気鋭のコンビだ。

 

 ゆきかぜの雷遁ならばまだしも、凜子の空遁は空間を操り、あらゆる物理特性を超え、異能ですらも斬り裂ける。つまり、己の夜叉髑髏の防御性能すらも意味を成さなくなる。

 これではアサギ討伐の目的を果たせなくなるのは必定。ただでさえ共にアサギへと立ち向った部下を既に倒されているというのに、アサギ以外の戦力が増えるのは堪らない。

 

 即座に判断を下した骸佐が襲い掛かったのは、鬱陶しく豆鉄砲を撃ち続ける九郎隊――の仮面を被った小太郎であった。

 

 ゆきかぜと凜子は強いが頭がない。言われるがまま、己の正義の赴くままに戦う事しか出来ない強いだけの雑兵。

 実に当主らしい、二人に対する結論は決して馬鹿にしたものではなく正当な評価だ。二人は実戦経験こそあれども部隊をまともに率いた事はなく、敵の策を看破するよりも真正面から叩き潰す方法を好む。

 とてもではないが、己の思惑を見破ってアサギの救援に来たとは思えない。ならば、二人を率いている頭を叩き潰す事が最優先。そうすれば、強者である二人にも付け入る隙が生まれる。

 

 骸佐の判断は間違いではなかった。

 小太郎は英才教育によって人を率いる能力を引き上げられていたが、直接的な戦闘能力という点においてはアサギは元より、同年代の紅、ゆきかぜ、凜子にすら一枚も二枚も劣る。

 頭の役割を果たし、なおかつ最も弱い者を狙う。その判断に間違いなどあろう筈もない。

 

 もし仮に骸佐に間違いがあるとするのなら、二点。

 

 己の能力を使い熟せてはいても、十全に把握していなかった点。

 そして、相手が己の能力を己以上に正しく把握し、分析していた小太郎だと気付かなった点。

 

 

「――――間抜け」

 

 

 低く、冷徹な声が地を蹴って天井近くにまで飛び上がった骸佐の耳に届く。

 二車家に代々伝わる斬馬刀“猪助”を肩に担ぎ、落下の勢いを含めて袈裟掛けに振り下ろそうとした瞬間、ポンと小気味の良い音と共にM4の下部に取り付けられたM203 グレネードランチャーから榴弾が顔を出した。

 銃弾に比べれば遥かに遅い40x46mmグレネード弾は骸佐の目には随分とゆっくりと写ったが、既に斬馬刀を振り上げているが故に防御は間に合わない。

 

 まるで初めから定められたように榴弾は骸佐の胸元に吸い込まれ、爆発を引き起こした。

 40x46mmグレネード弾の殺傷半径は5~10m。射手の安全を守るために信管の安全装置が自動的解除されるには15~20mの距離を必要とするが、小太郎のそれは改造が施されており、距離を問わずに接触によって爆発するようになっていた。

 ましてや室内での使用だ。自殺行為を通り越して、周囲への被害すらも鑑みないテロ行為に等しい。

 

 ゆきかぜはアサギに手を引かれて家具の物陰へと引き込まれ、小太郎は恐るべき反射神経で僅かでも熱波と破片から身体を守ろうとM4で顔を庇う。

 

 

「がっ――――はぁっ……!」

 

 

 夜叉髑髏――――と言うよりも、身体強化系の能力には共通した弱点が存在する。いや、弱点ではなく特性ではあるのだが。

 この能力の共通点は、ただでさえ常人離れした対魔忍の身体能力が更に爆発的なブーストが掛かり、皮膚、骨格、筋力も強化によって生み出される出力に耐え得るように等しく強化される点。言わば能力による強化外骨格のようなものだ。

 

 だが、強化外骨格との違いはある――――それが質量の差だ。

 どれだけ強化されようとも超常の力で出力と強度が増しているだけで、決して筋肉の量が増しているわけではない。即ち、生み出される出力に対して体重が軽すぎるのだ。

 元々の馬鹿げた巨体と筋肉量を誇るオーガ、金属と機械を纏った強化外骨格にはない身軽な動きが可能である。だが、その分だけ出力に見合わない軽さが仇となり、何かを殴れば相手を吹き飛ばせても、同じ分だけ自分も吹き飛ぶのは自明の理。

 この理を覆すために、身体強化系の異能持ちは宿命として力の流れと身体操作に修行を費やすのである。

 

 だから、爆風によって身体は簡単に吹き飛ぶ。

 死にはしないが衝撃に寄って息は詰まるし、脳も揺さぶられ――――致命的な隙を生む。

 

 

「逸刀流――――胡蝶獄門!」

 

 

 爆発によって壁へと叩きつけられた骸佐はそれでもなおも立ち上がった。

 意のままにならぬ疲弊し痛む身体、霞む視界と意識を意志の力だけを巡らせて。

 

 しかし、待ち構えていたのは防御の叶わぬ必殺の一撃。

 

 様子を伺っていた凜子は、またとない好機に一瞬の内に距離を詰め、己の奥義を放つ。

 彼女の周囲を蝶の如く舞う光の泡は、彼女の生まれ持った空遁(そよう)の具現。空間を操る能力の真髄を、愛刀である“石切兼光”に纏わせて真一文字に振り抜いた。

 

 胡蝶獄門は、凜子の空遁の術と逸刀流の剣技を組み合わせた彼女だけの秘奥義(オリジナル)

 刃に触れた先から強制的に物体を転移させ、物理特性や防御性能の一切を無視して対象を一刀両断する。

 

 この奥義を繰り出されては、ただ回避に専念する事でしか生還は不可能であり、骸佐にその余裕はない。

 

 此処に勝負は決した。刹那の後には、上半身と下半身で泣き別れした骸佐の死体が残るのみ――――

 

 

「舐めるな、と言ったはずだぞぉっ……!」

 

「……っ、馬鹿な」

 

 

 ――――その現実を、骸佐は執念で捻じ曲げた。

 

 杖代わりに地面へと突き立てた猪助に黒い炎のような怨念を纏わせ、防御が不可能なはずの一撃を防いでみせたのだ。 

 あり得ない現実に、凜子は愕然と髑髏の下で爛々と輝く瞳と目を合わせた。

 

 超常の力には同じく超常の力で対抗するしかなく、より強力で異常な方が勝利する。

 

 凜子の超常は空間を操る力であるが、骸佐の超常は死者の怨念を操る力。

 空間操作に関する研究は、米連でも進められている。詰まる所、いずれは科学的に解明され、機械でも代用可能な現象に成り下がる可能性が存在している。

 しかし、骸佐のそれはどうだ。どれだけ科学が進歩しようとも、死者の怨念なぞ操れる筈もなく、解明も代用も不可能だ。故に、異能としてより外れているのは、骸佐の方。

 

 無論、対魔粒子の過多、策によって容易に覆るものの、今この時に限って言えば、骸佐の執念が凜子の全てを上回っていた。

 

 

「これは、瘴気かっ!? ……貴様、何に手を出した!」

 

「さぁな。教えてやる義理なんぞ、ねぇよ……!」

 

「――――か、はぁっ!」

 

 

 全身から魔族特有の瘴気、彼の異能によって縛り上げられる怨念が噴きだした。そのまま骸佐は凜子の首を片手で掴んで、釣り上げる。

 頸動脈を巡る血を止められ、脳に供給される酸素を断たれた凜子は瞬く間に視界が黒く染まっていく。

 

 途切れそうになる意識を必死に思考することで繋ぎ止めていた凜子だが、疑念が尽きない。

 

 確かに骸佐は優秀な後輩だとゆきかぜから伝え聞いていた。

 口も悪く、態度も悪いが、その実思慮深く思いやりも秘めている。このような行動に至った経緯も謎であるが、何よりもこの強さは何なのか。

 夜叉髑髏という異能を差し引いても、異常だ。今この時点でさえアサギに迫る勢いだという、こうしている今でさえ更に力を増している。

 

 己の喉が潰され、頸骨が軋みを上げる音を聞きながら、到れる筈のない答えを探り、いままさに首が握り潰されようとした瞬間――――

 

 

「やらせるか、阿呆――!」

 

「――――ぶあっ?!」

 

 

 ――――骸佐の横から飛び蹴りが放たれた。

 

 視界の隅で何かが動いたとは悟れても、対応の敵わない速度。

 自らの体重全てに速度を乗せた一撃は、一度限り故に神速。

 

 無防備に顔へと蹴りを喰らった骸佐は、またしても体重の問題で蹴り飛ばされ、部屋の隅へと身体を投げ出した。

 

 

「げっほぉ……がっ……げほ……っ!」

 

「無事みたいだな」

 

「あ、あぁ、貴方の方は、そうでもなさそうだが……」

 

「問題ない。この程度なら掠り傷だ」

 

 

 崩れかけた凜子の身体を抱きとめ、倒れている骸佐に対して視線を切らずに返答する。

 凜子の言葉は的を射ていた。至近距離での爆発を受けた身体は襤褸雑巾そのものだ。

 頭部のヘルメットは割れてこそいないが罅が無数に走り、ボディアーマーは熱で溶け、破れた服の隙間から見える素肌は深い傷が奔っていた。

 

 立ってているだけでも不思議。況してや戦闘など出来よう筈もない。これが九郎隊の実力なのか、と凜子は唖然としている。仮面の下の素顔が想い人など考え至らないようだ。

 

 

「よくやったわ、ゆきかぜ、凜子、こ――――」

 

「九郎隊の山本です、アサギ隊長ぉぉぉっ!!」

 

「そ、そうだったわね。今休暇しているのは貴方だけだった。悪かったわ」

 

((そんなに名前を間違われるのが嫌だったの……?))

 

(ゆきかぜと凜子にも黙っているつもりなのね……)

 

(このクソアマあああああああっ!! オレの努力を無意識に台無しにしようとしやがってっ!!)

 

 

 折角、正体を隠しているというのに、名前を呼びかけたアサギに怒号を飛ばし、その様にゆきかぜと凜子は唖然としてやり取りを見守っている。

 

 このやり取りからも分かるように、アサギは小太郎の真の実力も姿も正確に把握している。

 ふうまの内乱が終わった当初、身寄りもなく老人達から危険視されていた彼を守ったのは、他ならぬ彼女だ。

 理由は単純だった。余りにも幼い子供が、哀れだっただけ。純粋に彼の身と将来を案じていたからこそ、自身の手元において養育を決めたのだ。

 小太郎に続いて離脱した弾正の秘書ふうま 災禍、同じく執事候補であったふうま 天音は共に接触を制限されていたが故に、彼女達に変わって彼を育てたのだが――――彼の頭目としての適正はアサギを軽く超えていた。

 

 そもそも彼女も認めていることではあるが、アサギ自身の組織の長としての適正は低い。

 力で纏め上げてはいるものの、理由のない反発を見せる者もおり、失脚を狙う者は更に多い。

 忍らしい暗躍と裏切り、頭が沸いているとしか思えない浅はかな欲望を、どうにかこうにか躱して収めていたのだが、能力の限界というものはどうしようもなく存在し、彼の成長に合わせて頼らざるを得なくなった。

 

 アサギにとっては苦渋の決断であったのだが、小太郎はあっさりと受け入れた。いや、苦労したくないとか叫んでいたが、あっさりと受け入れたのだ。アサギ視点では!

 そうして彼は対魔忍の中で暗躍した。しまくった。西に裏切りの気配を悟れば鼻をホジりながら爆殺し、東に政府内部に喰い込んだ売国奴の存在を察知すれば、相手を小馬鹿にしつつ逆に嵌める。

 そんなこんなでアサギと小太郎は最早、切っても切れない仲。親姉弟のように親密で、共に死線を潜りぬけた戦友のような間柄なのであった。

 

 

「……がっ……まだだ……まだ、終わってねぇぞ……!」

 

「まだ立てるのかよ」

 

「二車 骸佐。貴様、魔薬に手を出したな」

 

「魔薬って……?」

 

「あー、魔界のヤバイ薬だとでも思っとけ」

 

 

 夜叉髑髏の鎧が意に反して解けていくものの、骸佐はなおも立ち上がった。

 全ての異能系忍法は対魔粒子が元である。この粒子はまだまだ謎が多いものの、体力や精神力と密接な関係にある、というのが通説だ。

 忍法を維持できぬほど消耗しているにも拘わらず、立ち上がれたのは人並み外れた目的意識か、はたまた憎悪の賜物か。

 

 あのアサギですら、驚いていた。

 彼女の知る魔薬は安易に手を出すべき代物ではないからだ。

 製法も効果も様々であるが、唯一共通するのは使用者が支払う代償が高すぎるという点。

 元が人であったことが分からなくなるほどの肉体の変異と変調。唯でさえ短い人の寿命が、花火の如く咲いて散ってしまうほどの短命化。

 人界のドラッグでも到底及ばないその代償を支払ってもなお立てる骸佐は驚嘆に値するだろう。

 

 

「そこまで。それ以上は本当に死にますよ。退くべきでしょう」

 

「…………チッ」

 

「お前は、フュルスト……!?」

 

「言う余裕がなかったのでいま言いますが、先程、奴と交戦しました。五車のセキュリティ、何とかなりません……?」

 

 

 骸佐の背後――床に落ちた影の中から、一人の男が現れた。

 さきほど小太郎達と交戦して一方的にボコられたばかりのフュルストだったのだが、肉塊になるほどのダメージが何処へやら、今や肉体は完璧に復元されている。

 

 アサギの驚きようは見事なもので、室井と奴が同一人物であると全く気付いていないだろう。

 それほど見事な変化技術であったが、一目で奴の正体を見抜いた小太郎にしてみれば、ガバガバすぎるセキュリティに苦言の一つも呈したくはなるだろう。

 

 フュルストがパチンと指を鳴らすと、放つ瘴気が色を帯びて闇となり、形を為して空間に穴を開ける。

 高位魔族が用いる瘴気を使った移動手段だ。但し扱いは難しく、精々が決められた拠点への帰還にのみで用いられる。

 

 敵を取り逃がすまいと踏み出そうとしたアサギであったが、小太郎に肩を掴まれて止められてしまう。

 これだけ堂々と姿を表したのだ。何か策の一つでも隠しているのだろう。

 アサギは兎も角、負傷した自分や実戦経験の少ないゆきかぜと凜子が対応できるとは思えない。此処は静観が吉と判断したのだ。

 

 その姿にフュルストは忌々しげに舌打ちをしたが、小太郎は何処吹く風で取り合わない。

 二人の間に何かあったと察した骸佐は、あれだけ高圧的だったフュルストが顔を真っ赤に染めている様を鼻で笑い、暗黒の穴を潜ろうと踵を返した。

 

 これは骸佐がフュルスト、引いてはノマドと手を組んでいた事が確定した瞬間である。

 

 

「しかしまあ、こんな天気のいい日にこれとはな」

 

「――――っ!!」

 

 

 去る背中へと投げかけられた言葉に、心底からの驚愕と共に骸佐は振り向いた。

 それは小太郎と骸佐、後は紅にしか通じない合い言葉だ。ふうまの里で遊び回っていた時に考えた、子供同士の拙いごっこ遊び。

 なるべく日常会話の中であっても違和感がないように。互いの顔が見えない状態であっても、声と言葉だけで相手が分かる。

 

 そして、骸佐は全てを悟った。仮面の下の正体も、アサギとの関係性も――そして、小太郎が己の目的を察し始めている事すらも。

 

 

「オレは必ずふうま一門を復興させる……! 誰が何と言おうと、誰がどう思おうとだっ!」

 

 

 強い強い憎しみと怒りを、小太郎ではなくアサギを筆頭とした全ての対魔忍と己へと向ける。

 その宣言は不退転の決意。歩み寄りも妥協点もあり得ない、骸佐の覚悟そのものであった。

 

 最後に一度だけ小太郎を見た骸佐であったが、一瞬だけ目を伏せるとそのままポッカリと空いた暗闇へと消えていく。

 

 その姿に、小太郎はもう掛ける言葉はなかった。

 自らの正体を晒したのは敢えてだ。骸佐の目的を図るために、フュルストに素顔を知られる危険を認めた上で敢えて正体を伝えた。

 幸いにも、フュルストは人間同士のやり取りになど頓着はないようだが、骸佐の懊悩自体は楽しいのか、口元を歪めていた。

 

 ふうま一門の再興。小太郎の正体を知りながらもフュルストにはそれと伝えない態度。権左との会話。

 まだまだ穴だらけだが、薄っすらとではあるが、骸佐が引いた絵図面が見えてきている。後は確証を得られればいいが、証拠が残っているかどうか。

 そして、己の至った骸佐の考えに浮かんだ感想は、馬鹿め、という呆れ返ったものだけだった。

 

 

「では、今回は引くとしましょう――――ですが、その前に……」

 

「うぇ、アサギ隊長、助けて。アイツ、オレのケツ穴狙ってるホモ野郎なんですよ」

 

「貴方ね、何をやったのよ」

 

「下賤な人間風情が、何処までも人を馬鹿にしくさって……! 貴様、名前は!!」

 

「オッスオラ、西郷 伊三郎! よろしくな!」

 

「覚えたぞ! 貴様はブラック様の名に誓って、究極の苦痛と極限の絶望の中で殺してやる!」

 

(なぁーんで、オレが本当の名前言ってると思ってんだコイツゥ? 自分の都合でしか物事見れないのぉ?)

 

(さっき、山本って言ってたよね……)

 

(しかも坂本 龍馬の偽名の一つなんだが……魔族では絶対に分からないだろうなぁ……)

 

(これでフュルストは居もしない対魔忍を探すのに血眼になるわね。凄く頑張ってるのは知ってるんだけど、敵に対するこういう態度、止めてくれないかしら……)

 

 

 魔族に対して憎しみなぞ抱かない。それが骸佐を唆して己に苦労という重荷を背負わせた相手であろうとも変わらない。

 

 彼の魔族に対する結論は、力を持っただけの馬鹿なガキ、である。

 確かに人間以上の能力と叡智を持ってはいるものの、十全に扱えていない。そもそも、アレだけ並外れた技術と能力を持っていながら、人間を滅ぼせていない時点で小太郎にしてみればお笑い草だ。

 人間は生半可なことでは滅びないとは思っているものの、本気で侵攻を開始すれば制圧は難しくないだろう。少なくとも、己であれば不可能ではないと考える。

 それを下等種族に本気を出すのは恥とでも考えているのか、全く本気を出さずにいて手痛い反撃を何度となく喰らって、本気を出す前に死んでいるのだから馬鹿の極みと感じるのも無理はない。

 

 彼の持論では、本当に頭の良い奴は法を踏み越えない。限られた自由の中で最大限の利益と成果を生み出す者こそが真に賢い者だと信じている。

 結局、対魔忍にせよ、魔族にせよ、米連にせよ、己も含めて、今ある現実を受け入れられず、暴力に頼って法と禁忌を侵す愚者。真実、賢いのであれば、強いのであれば法も禁忌も侵す必要など何処にもないと確信しているし、一生涯かけても己は其処には至れないことも認めていた。

 だから彼はまともに相手などしてやらない。真摯さなど必要ない。ただ、虫でも踏み潰すような無関心さで殺すだけだ。

 

 相対した者にとって、無関心さと人を喰ったような態度は酷く神経を逆撫でる。

 何せ、自尊心の塊のような連中だ。相手にされないと分かれば、相手にして貰えるように必死になる。その様は、まるで構って貰えずに泣き喚く子供のようで。

 

 先程の制圧射撃がトラウマにでもなったのか、フュルストは強い憎悪の視線を向けながらも捨て台詞もなく穴を踏み越えた。すると、穴は徐々に縮小していく。

 

 ノマドの大幹部を前にして見逃さなければならない歯痒さを堪えながら、せめてもの土産とばかりにアサギとゆきかぜ、凜子はフュルストを睨みつける。

 その様に多少は溜飲が下がったのか、フュルストは歪な笑みを浮かべる。まるで来たければ来いと言わんばかりの態度は、近づけば手酷い目に合うと確信させるものだ。

 

 

「折角、五車学園にまで来たんだ。お土産やるよぉ?」

 

 

 なら近付なければいいじゃない、とばかりに小太郎はアンダースローで優しく何かを放うる。

 一切の敵意のない、それこそ本当に土産でも渡すような仕草に優秀な脳回路を働かせずにフュルストは受け取る。受け取ってしまう。

 放られたのは、何かの入ったバックパックだ。ずっしりと重さのあるそれが何なのかを理解できず、困惑から小太郎とバックパックに対して何度も視線を彷徨わせる。

 

 本来であれば馬鹿げた距離で隔てられているであろう空間は、穴の消滅と共に本来の距離へと戻る。

 そして、穴が消滅する瞬間に、小太郎は手の中に納めていたスイッチを押した。

 

 

「――――――」

 

「きゃああああっ!! なになになになにっ!?」

 

「危なっ!? 何だ、何か飛んできたぞ!?」

 

「山本、貴方何を渡したのよ……」

 

「え? 瓶入りガソリンと鉄屑とプラスチック爆弾ですけど?」

 

「「…………ひぇっ」」

 

「貴方ねぇ……」

 

「いや、三人があんまりにも悔しそうな顔してるもんで、つい…………まあ、そんなの関係なしにやりましたけど」

 

「これ、二車が死んだんじゃ……」

 

「死んでないだろ、夜叉髑髏あるし。フュルストも死んでないだろうな。残念残念、火力が足りなかった」

 

「「………………」」

 

「二人共、気持ちは分かるわよ? よく分かるけど、その顔は止めなさい……」

 

 

 もう向こう側が見えなくなるほど小さくなった穴から、爆炎と鉄屑が弾丸じみた勢いで吐き出される。

 その先にいたゆきかぜと凜子は咄嗟にその場にしゃがみ込んで回避したものの、驚愕の至りであった。

 

 種を明かされれば何の事はなかったが、いくら敵だからってやって良い事と悪い事があると思う、とドン引きする二人。

 きっと、あの穴の向こうではフュルストが酷い事になっている。もしかしたら、骸佐も巻き込まれた恐れもある。

 しかし、そんな二人の様子も、慣れているアサギの困った表情にも何処吹く風。残念ながら、これが彼の平常運転である。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――破ぁっ!」

 

「う、ぐぅ……っ!」

 

 

 突き出された槍を(すんで)のところで躱し、紅は大きく交代して呼吸を整える。

 

 二人の実力差は然程でもない。

 紅はアサギに次ぐ紫、さくらに伍するだけの実力は有しており、真正面から互角以上に戦える。

 最終的には経験の差によって押し切られるだろうが、決して一方的な展開にはならない。紫にせよ、さくらにせよ、紅を倒すまでにいくつもの死線を潜らねばならないだろう。

 

 だがこの戦いは、余りにも一方的な展開だった。

 権左が攻勢の手を緩めず、紅は反撃に転ずる暇もなく防戦一方。

 

 

(強い――とは知っていたけど、それ以上に……!)

 

「どうした。それでは心願寺の名が泣くぜ。幻庵殿も草葉の陰で嘆いておられるだろうよ」

 

「……ぐっ!」

 

 

 姿を見せず、落胆の響きを有する言葉が周囲に木霊する。

 敬愛と感謝を抱く祖父の名を出されながら、紅は怒りよりも不甲斐なさを抱き、何も言い返せずに歯噛みしか出来ない。権左の言葉は正しいと他ならぬ紅自身が感じているからだ。

 

 幻庵は未熟であったとは言え権左を徹底的に打ち負かしている。

 その場を目撃したわけではないが、かつての生活の中で幻庵も権左自身も笑い話として語っていたのを覚えていた。

 なれば、幻庵の技と異能を継いだ己でも、十分過ぎる可能性があると信じながらも打開策が一向に見つからない。

 

 

「そら、考えてるばかりじゃ、動きが鈍るぞ――!」

 

「っ……このぉ……!」

 

 

 権左の姿無きまま、再び()()から突き出された槍を、間一髪で捌く。

 反撃に転じようとしたが、態勢が整う前に槍は再び土中へと消えていった。

 

 このままでは手も足もでない。

 そう判断した紅は地を蹴って移動する。土中から付かず離れず気配が追ってくるが、正確な位置は把握できない。

 舌打ちをしながら紅が足を止めて踵を返したのは、巨大な木の前。せめて背後からの奇襲だけでも防ごうとした結果だ。

 

 紅と権左の相性は最悪だった。

 

 権左の生まれ持った忍法は土遁の術。名を捲土往来(けんどおうらい)と呼ぶ。

 数ある土遁の中ではポピュラーな土中に潜り、土塊を操る忍法である。唯一の差は土中に穴を開けて移動するのではなく、泳ぐように移動すること。

 移動速度は地表を走る速度と何ら変化はなく、欠点らしい欠点と言えば、他人を巻き込んだ使い方が出来ないくらいか。

 

 対し、紅の持つ忍法は風遁に位置する。

 心願寺一門に伝わる邪眼――“神眼”によって空気中の風の歪みを目視し、高速の小太刀で斬り込むことで真空の刃を生み出す。

 小太刀の間合いを離れた者を鎌鼬で斬り裂き、最大最速で放てば小規模な竜巻をも発生させる。

 

 しかし、如何な鎌鼬、如何な竜巻と言えども土中の相手には効果を発揮しない。

 地表に存在する全てのものを粉砕する暴威であったとしても、大地の堅牢さの前には無意味だ。

 

 加えて、得物にも差がある。

 槍と小太刀。状況によって有利不利は生まれてくるが、近接武器としてより優れているのはどちらであるかは語るまでもない。無論、戦国時代に戦場の主兵装であった槍の方が優れている。

 槍の長さ、槍の広い間合いはそれだけで圧倒的な優位性だ。かつては農兵が三間槍を持てば兵法者を殺してきたほどに。卓越した術技も術理も、己の間合いに入らねば意味がない。

 そもそも人の戦の歴史も、相手よりも長く広い間合いを得るかに終始してきている。現代では長距離ミサイルや航空兵器を多く保有する国ほど強く、原始の時代では投槍や投石で力や早さや重さに及ばない獣に打ち勝ってきたのだから。

 

 既に紅は傷だらけだった。

 致命傷を浴びてはいないが、身体の様々な部位を槍の穂先で斬り裂かれて血が流れている。生死に関わる量ではないが、体力の消耗は避けられない。一刻も早く打開策を見出さねば、まず間違いなく紅の命脈は権左の槍によって断たれるだろう。

 

 

「失望だ。ガッカリさせてくれるぜ。それともオレを侮ってか?」

 

「……何の、話だ」

 

「言うまでもないだろうが。お前、全力じゃないだろう?」

 

 

 未だ姿を見せぬ権左であったが、常に飄々としていた声色に得物同様の怜悧を帯びていた。

 

 権左の言葉に紅が覚えたのは怒気だ。

 

 巫山戯ているにも程がある。権左は御爺様が或る意味で自分以上に手塩を掛けた愛弟子にして兄弟子。そんな相手に理由もなく手を抜くほど耄碌してもいないし、舐め腐ってもいない。

 何よりも、この戦いは小太郎のための戦いであり、己は全てを任されられている。その信頼を無碍にするなど、裏切りも同然だ。

 

 キリと奥歯を噛み締めた紅であったが、次に発せられた権左の言葉は、彼の槍同様に紅の心を穿つ威力を秘めていた。

 

 

「ならば、何故その身に流れる血の力を使わない?」

 

「…………そ、それはっ」

 

「それを侮りと言う。それを全力ではないと人は言うんだよッ……!」

 

 

 怒りか、苛立ちか。語気を荒げて権左は叫び、土中から姿を表した。

 木々の隙間を塗って差し込む陽光を背に飛び上がり、裂帛の気合と共に槍の一撃を振り下ろす。

 

 紅にとって間違いなく好機であった。

 今の今まで居場所すら正確に掴めず、土中からの攻撃に徹していた権左が大気中に身を出した。風遁の攻撃が通る。この一撃を捌きさえすれば、土中に潜るまでの間に必殺を叩き込める――!

 

 

(なっ、軽い…………しまった、変わり身っ!?)

 

 

 迫る刃に、奇妙に曲がった短い刀身を持つ小太刀“紅魔”を添え、横に押し出す事で心臓を穿つコースから外す。しかし、剛槍で知られる権左の一撃にしては余りにも軽すぎた。

 目を眩ませる陽光を権左の身体が完全に遮り、正常な視界を取り戻した紅が見たものは、槍も姿も全てが土塊で出来た変わり身。

 

 ならば、本物の権左は何処に。

 疑問の解答よりも早く、視界の端で捉えた空気の乱れに、紅は前方へと身を投げていた。

 

 

「――――(かあ)ぁっ!!!」

 

 

 瞬間、紅が背中を預けていた樹齢百余年、高さにして十数メートル。幹など大人三人でようやく腕が回りそうな樹木が爆裂する。

 千々(ちぢ)に砕けた幹は、木片となって周囲に飛び散り、紅の背中を何度となく叩いた。

 

 武人としての技も教えも投げ捨て、態勢の立て直しすらも考えない全力の回避行動。

 勢いを殺しきれずに何度となく地面を転がり、ようやく立ち上がった紅の見たものは、今まさに地面へと倒れようとしている巨木の姿だった。

 

 恐るべき、鬼神の如き力と技。

 権左の腕力、速度、技。全てが合一を果たした一撃は、単純な腕力ならば対魔忍の頂点に立つ紫の全力(それ)に勝るとも劣らない。

 

 紅が木を背後に立った時点で、権左の方針は決まっていた。

 未だに真の意味で全力ではない小娘の小賢しい考えなど、見え透いている。木を背にすることで背後からの攻撃を喪失させ、正面左右上下――視界の中からの攻撃に集中する。

 間違ってはいないが、実に浅はか。故に、権左は紅が望む通りに真正面から囮をくれてやり、自身は巨木ごと紅を刺し貫こうとした。

 

 

(躱したのは見事だが、蒼褪めているな。死を意識したのは始めてか、はたまた越えたくない一線を越えかけたからか。何にせよ、青い青い)

 

 

 ずずん、と重苦しい音と共に巨木が倒れ、大地を揺らす。

 これにてようやく仕切り直し。しかし、位付けは済んでしまったようなもの。

 

 紅の顔は蒼褪めていた。

 明確な死を予感させる一撃に――――ではなく、紅にとっては死よりも恐ろしく悍ましい結末を確かに思い描いてしまったが故に。

 まだ身体は戦えるが、心が付いてきてくれない。呼吸は乱れ、胃が迫り上がり、手足が震える。

 未熟、実戦不足と言えばそれまでだが、紅の意志が萎えてしまうほどに権左の一撃が苛烈だったと見るべきだろう。

 

 

「……チッ、お楽しみはこれからだってのに。あの道化染みたホモ爺、思ったよりも使えんな」

 

「何の、つもりだ……」

 

「時間切れってだけの話だ。今回は、オレ達の負けだな」

 

 

 何らかの気配を感じ取った権左は、やっていられんとばかりに槍を振り回し、コンと柄で地面を叩いた。

 今の今まで向けられていた穂先と殺気を収められ、紅は安堵と困惑に襲われる。その姿に彼は苦笑を漏らしながら、負け惜しみならぬ勝ち惜しみのような台詞を吐いた。

 

 

「今回は退くが、その前に一つだけ」

 

「ま、待て……!」

 

「お前の姿勢は敵や幻庵殿、そして何より()()への侮辱であり裏切りだ。お前の主人は何と言った? 確かに尻を拭ってやるとオレは聞いたが。だのにお前と来たら裏切られるのが怖いのか、己の生み出す結果が怖いのか、怯え竦むばかり」

 

「…………っ」

 

「次に合う時までには人魔合一、成し遂げておけよ。じゃなきゃ、こっちの楽しみがなくなるってもんだからな」

 

 

 最後の見せた権左の笑みは、実兄のような優しさの溢れたものであった。

 それを最後に権左は土遁の術を使って土中へと消え、彼の気配は急速に遠ざかってやがては消えた。

 

 あらゆる緊張から解き放たれ、紅は受け継いだ小太刀すらも手放してその場にへたり込む。

 権左の真意は兎も角として、彼の言葉は紅に成長を望み、促すものであり、気を遣われたも同然。敵に気を遣われた。その事実が、紅の全身に重く伸し掛かる。

 

 権左のいなくなった林に残されたものは俯いて座り込む紅と、彼女の胸に去来する決定的な敗北感だけであった。

 

 

 

 

 




ほい、というわけで、若様こっちでもボンバーマン&フュルストは相変わらず被害者枠&紅VS権左、一時決着でした!


そして、本編後の一幕


権左「骸佐様、これは一体……!」

骸佐「いや、アイツが投げて渡したもんを受け取ったフュルストが吹っ飛んだ……(呆然」

権左「…………えぇ(困惑」

骸佐「オレは夜叉髑髏で身を守ったから良かったが、フュルストの奴、未だに再生できてないんだが……(ドン引き」

権左「…………えぇ(ドン引き」


若様が絡むと格好良さげなダークヒーロー枠もこんなもんよ。

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