対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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大変長らくお待たせしました。
モチベが上がらずに放置で申し訳ないです。本日からボチボチ再開していきます。
エロシーン? もうちょっと待ってくれ、リハビリが必要なんや(震え声

RPGの方は、柳ちゃんに毒注入して、チョコ静流で攻撃力上げて、不沈艦不知火ママンで回復して、花嫁不知火ママンと秋津ちゃんで目ン玉ボコボコにしています!
カウーラ……うん、強いよね。でも、TANAワールドはなぁ、正直性癖に刺さりませんです、はい。

では新章突入どぞー!


魔女と鬼と神と対魔忍
まだ行けるは危険信号。でも、そこでアクセルを踏まされてこその苦労人


 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 五車学園は対魔忍育成機関であるが、通常の学校と変わらない施設も当然存在する。

 教員の集まる職員室、体調不良や怪我をした生徒を治療する保健室、特定の授業で必要な教室などなど。

 

 今、小太郎が居る場もそうしたものの一つ。昼休みであれば学生達でごった返す大食堂であった。

 広さは300人以上もの収容できるほどもあり、天井も高い。壁も床も清潔でシミひとつなく、食堂関係者の手が行き届いているのが伺える。

 数十もの長テーブルが狂いなく、窓の傍には丸テーブルがカフェのように並んでいた。

 

 時間帯は放課後であったが、学生の姿もそれなりに見て取れる。

 両親のいない学生を慮ったさくらの提案が通った故に、昼だけでなく夜間も利用可能だからだろう。寮や家に帰って一人寂しく栄養の偏った食事をするよりも、遥かに健全な食生活を送れるのだ、利用しない手はない。

 それだけではなく、勉学に勤しむ者も入れば、友達と集まって何かを話している者も居る。こうしてみれば、学園としても学生としても何らおかしい所はない。

 

 

「ほらよ、アンタ専用の特別メニュー。顔色悪いね、大丈夫かい?」

「……………………」

「ダメだこりゃ。さっさと食っちまいな」

 

 

 食券も持たずカウンターの前に立った小太郎は、食堂のおばちゃんに呆れられながらもメニューには彼専用の特別食を受け取った。

 一言も喋らず、小太郎はふらふらと幽鬼の如き足取りで去っていく姿におばちゃんは大きく溜め息を吐き、遠目に彼を見た生徒はひそひそと何かを囁きあっている。彼の姿を見れば無理もなかった。

 

 血走った目、落ち窪んだ眼窩、痩けた頬、半開きの口唇、口の端から垂れる涎、深淵を覗き込んだかのように淀んだ瞳、明らかに艶を失った肌。何処からどう見ても重病人にしか見えない。

 どんぶりいっぱいの卵おじやもまた病人のそれであるが、脇に添えられたコーラ、うめぼし、バナナと、その実、栄養バランスのいい速効性のエネルギー食であった。

 

 自らの引き起こしたヨミハラの動乱から早二ヶ月。小太郎の肉体的精神的な疲労は頂点に達していた。

 その最たる理由は、やはり魔界に存在しているナディアの領地の置かれた危機的状況にあった。

 

 領地自体は平和そのもので民達も魔界の住人にしては破格と言える穏やかな性格。

 周囲を危険な魔獣の生息する険しい山岳地帯に囲まれ、唯一他の領地へと繋ぐ道は湿地帯を通っており、正に天然の要害とも言える黄金立地。

 領地の正面にはドワーフの築いた城壁があり、戦闘可能な魔族達が待機している状況と悪くはない。

 

 だが、他領地からの流民は増加の傾向にある上、周辺の領地は戦争を繰り返している惨状。いつ戦火に巻き込まれたとしてもおかしくはない。

 ナディアの盟友であるメイア・ブラッドロードと連絡を取った小太郎は、流民の中に他所のスパイが紛れ込んでいないかを警戒させると共に、とにかく戦える者を集めて部隊を編成させた。

 人間如きに、と自身を見下しているメイアをナディアと共に説得するだけで一苦労であったが、それなりに効果は上がっているようだ。

 

 更に、平行してナディアへと人類社会の変遷――――要は歴史の授業を行いながら、現状で実行可能な政策を緩やかに提案させている。

 手始めに、戦闘部隊を上手く運用するために領民から税の徴収を行う運びとなったのだが、これがまた面倒であった。

 多種族で構成されるナディアの領地はそれぞれの得意分野が異なり、ホビットやノームは農耕を、ドワーフならば工芸や製鉄技術を、エルフは魔法技術をといった具合に既に各々の役割が決定している。つまりは、それぞれから取り立てる税の内容も変わってくるわけである。

 どう考えてもクッソ面倒くさい仕事である。メイアは取り立てられるものは取り立てちゃえば? と頭すっからかんなことを言っていたが、そんなことをすれば破綻は目に見えている。

 税は同じ価値のものを同じ分だけ皆から一律に吸い上げねばならない。でなければ不平等だと不満が貯まる。不満が貯れば、ロクに法整備もなされていない領地は内部崩壊待ったなし。

 現代日本とは異なり領地で通用する価値観を身に着け、それぞれの役割に応じつつも皆が妥協できるラインを探り、それぞれの種族から代表者を選出させて、教育しつつ管理させる。もうこれだけで大仕事だ。

 

 この綱渡りを何とか渡りきった小太郎は、ナディアの口から正式な形で導入させていくことに成功。各種族の代表者達の反応は――――

 

 

『さすがナディア様だぁ~(尊敬の眼差し』

『んまぁ、ナディアの嬢ちゃんの頼みとあっちゃ仕方ねぇな、任しときな!(子を見る目』

『守護らねば(使命感』

『私、こんなのやるの初めてなんですけど……まあ、ナディア様の決定なら頑張りますが(困惑』

 

 

 ――――と概ねこんなものだ。

 一部、慣れない仕事に大いに困惑しているようであるが、決定に不満はないご様子。流石はナディアの人柄と領民の良心だけで持っている領地である。

 この反応であれば、緩やかな法の整備と防衛のための急速な軍拡路線も受け入れられるだろう。ようやく一段落が付いたと言える。

 

 さて、続きナディアの教育やらに関してはどうなっているのかと言うと。

 

 

『テメェ、これ今日までに全部読んどけって言ったよなぁ……!』

『む、無理よ。だって、だってこんな山みたいに……』

『いいからやれ。やるんだよぉ。無理を通せば道理なんて引っ込むんだよ! オレがやってきたからなぁ! つーか現在進行系でやってんだよオレはぁ!!!』

『ヒエッ』

 

 

 遅々として進んでいなかった。

 昼間は稲毛屋で店員として働き、夜は勉強の毎日でナディアも疲れ果てている。

 元々、魔族の長命種は()()()()()というものが人間よりも遥かに安い。密度のない一日を過ごせたとしても、寿命が長い分だけ目的地に辿り着ける公算は高くなるからだ。ナディアもその典型であった。

 穏やかな性格も相俟って、最早呑気ですらある態度に小太郎は怒髪天衝。ナディアは彼と顔を合わせる度に顔を蒼褪めさせてカタカタする始末である。

 それでも苛烈でありながらも親身になって付き合ってくれる彼の姿に思う所はあるらしく、徐々にであるが改善が見られるところは彼女らしいと言えよう。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁぁ……」

 

 

 最早、歩くのも辛いとばかりの呼吸に擦れ違った生徒は心配するどころか幽霊でも見たかのような表情をするが、誰も声を掛けたりしない辺り、如何に軽く見られるかが分かろうというもの。

 

 結局、ヨミハラの動乱や独立遊撃部隊の上げた戦果は極一部の者を除いて正確に伝えられていないし、正式に記録にも残さない方針となった。無理もない。余りにも戦果が大きすぎた。

 不知火の救出に始まり、ヨミハラを半壊させ、淫魔族の暗躍を掴み、友好的な魔族と事実上の同盟関係を結び、ブラックに一太刀浴びせてきた。

 言葉にすればこれだけであるが、内容の凄まじさよ。これを正確に伝えてしまえば、他の部隊が自信を喪失しかねず、逆に目抜けに出来たのだから我々もと一部の暴走すら予想され、正式に記録として残してしまえば、以後の部隊はこれを基準に評価されかねない。

 噂として既に五車全体へと伝播してしまっているものの、正式に記録に残っていなければ、各家系の当主や教師陣も、そのような事実はあったものとして語るに語れない。結果、多くの対魔忍には、まさかあの目抜けにそんな真似が出来る筈もない、と思われながらも、部隊員の練度からしてよもや……、と半信半疑の視線を向けられるのみとなった。

 

 正直な所、それは小太郎にとってはどうでもいい。

 独立遊撃部隊の評価は、任務を熟せば熟すほどに上がっていく。その考えは自信ではなく確信だ。

 母であるふうま 潤から直接指導を受けてきた災禍と天音。己が強制的に成長させているゆきかぜ、凜子、紅。隊員の人数は兎も角として、練度だけで言えば対魔忍で最高峰。後はそれらの戦力を最適の形で運用すれば、相手が何者であれ易々と遅れを取りはしない。

 

 問題があるとすれば、自分以外の五名が予想以上に周囲から評価されてしまっていることか。お陰で、五人は独立遊撃部隊以外の任務に立て続けで貸し出されてしまっているのだ。

 元より対魔忍は万年人手不足の組織である。優秀な人材であればあるほどに酷使される。アサギも酷使せざるを得ない。

 考えてもみてほしい。強力な幻惑の邪眼を持つ災禍。攻防一体の邪眼に加え、体術のスペシャリストである天音。雷遁の火力に広い応用力を持つゆきかぜ。そのゆきかぜすら超える万能ぶりを見せる凜子。高い戦闘力と殲滅力を有する紅。その上、全員が全員とも後方支援や事後処理まで行えるのだ。

 これだけの人材が一つの部隊に運用されれば、他部隊にしてみれば溜まったものではない。それぞれの専門分野はあるものの、均等に戦力を分配されねば不満も溜まろうというもの。

 

 平行世界の紫という、此方側での生活の保証という対価で雇った護衛もそう気軽に使えるものでもない。

 今は、此方側の紫の親戚筋、という設定で戸籍を取得中。何らかの疑いの眼差しは各方面から向けられるであろうが、日常生活を送れるようになるだろう。

 

 そんなこんなで、小太郎は自分を見下して言うことを聞かない下忍・中忍を手足にして死物狂いで任務に当たっている。

 が、もう限界が近い。命令を無視して好き勝手した挙句、敵にいいように嵌められる頭対魔忍。増える事後処理。余計なちゃちゃをいれて足を引っ張る老害。独立遊撃部隊の任務に携われずに貯まる五人の不満。手に取るように分かる削れていく寿命。

 先日など命令を聞かない連中を敵諸共に爆殺しようとしたほどである。彼の惨状を見るに見かねたさくらが助っ人に来ており、止めていなければどうなっていたことか。

 

 

「はぁ…………はぐ……もにゅ……うっ…………ふぐぅ……うっぷ…………じゅぞぞぞぞ……じゅる……ぶっはぁ……げろろ……ずぞぞ……」

「ちょっと、何あれ……」

「キモッ……行こ行こ」

 

 

 やっとの思いで席についた小太郎は、早速食事を取り始めた。

 のだが、おじやをよく噛んで飲み込む度に両頬がリスのように膨らむ。ストレスの余り胃が食事を受け付けず、飲み込んだ物体が食道をせり上がって来ているのだ。それを気合と根性で再び飲み下す。

 やがてスプーンを動かすことすら億劫になったのか、はたまた上半身を支えることすら出来なくなったのか、どんぶりに顔を突っ込んだ。

 

 その奇行……というよりも異常事態に周囲は一瞬、目を向ける。親しくない間柄とは言え、倒れ伏した人間に視線を飛ばすくらいのことはするだろう。

 内、何人かは助けようと立ち上がりかけたものの、聞こえてくる奇妙な音にビシリと固まった。どうやら、小太郎はそのままの状態でおじやを啜っているらしい。その上、窒息と嘔吐を繰り返しながら。

 

 任務と事後処理と書類仕事に忙殺されてきた彼には実に三日ぶりの食事である。食わねば死ぬ。飲み込んでも戻してしまおうが、食わねば死んでしまう。最早、見た目や周りの視線すら気にしている余裕すらない。

 周囲はそんな彼の置かれた現状など知る由もなく、ただただ気持ち悪いものを見る視線を向けて、助けようとすらせずに離れていく。

 

 

「うぅ、ぶはぁっ…………ぐえぇ、っぷ…………」

 

 

 どんぶりの中身がなくなると、ようやく顔を上げる。

 蠕動して内容物を吐き出そうとする胃と戦いながら、おじや塗れになった顔をおしぼりで拭い、其処で完全に力尽きた。

 

 何処を見ているのかも分からない視線。生気を失った無表情。脱力しきって垂れた両腕。

 パっと見は死体にしか見えない。微かに聞こえる呼吸音だけが彼の生存を伝えていた。

 

 

「ふ~~ん、アンタがふうま? なっさけない顔ね」

(コイツ……つーか、オレヤバい状態だな。思考はあるけど身体が動かない、声もでない)

 

 

 呼吸をするだけで精一杯、生きてはいるが死んでいないだけといった状態の小太郎に、話しかけてくる少女が一人現れる。

 小太郎の状態を把握しているのかいないのか。はたまた相手の状態なぞ関係ないのか。見るからに勝ち気な表情に小馬鹿にしたような笑みを刻み込んでいた。

 

 癖のある髪の毛を青いリボンを使って側頭部で結ったツインテール。

 凜子よりも胸も尻も大きいにも関わらず、折れてしまいそうなほど細い腰。

 身長も手足も長く、女性の理想というよりも男の欲望をそのまま現実に持ってきたような体型。

 男であろうと女であろうとも目を引かれること受けないの金髪碧眼の美少女であった。

 

 

(見覚えがあるな。確か、例の…………名前は、鬼崎 きららだったか)

 

 

 彼女の名は、鬼崎 きらら。

 小太郎やゆきかぜからは一学年上、凜子や紅と同学年に当たる。

 その実力もまたゆきかぜ達ルーキーと同等かそれ以上のものとして語られる学生対魔忍。但し、ある悪癖というべきか、彼女自身の抱えた事情から周囲からの評価はやや低いものとなっている。

 

 自身の状態を見てもお構いなしに何らかの――――明らかに自身を貶める発言をしているきららに対して、小太郎は何の反応も示さない。

 難癖にも等しい行為であるが、普段からあることないこと囁かれている小太郎にしてみれば微風のようにさしたる問題のない事だ。いちいち、腹を立てるほど青臭い性分はしていない。

 と言うよりも、今現在はきららの言葉なぞ頭に入ってこない。確かに聴覚は彼女の言葉を捉えているし思考も妙にハッキリしているのだが、疲労が極地に達しているために彼女の言葉を脳が理解してくれないのである。

 

 

「って、いい加減何とか言いなさいよっ!」

(言いたくても言えないんですよ。声が出ねぇ。喋れても特に相手はしないだろうけど)

 

 

 小太郎が何の反応も示さず、きららは無視されているとでも思ったのか、テーブルに両手を叩きつける。

 大食堂に響き渡る打擲音に誰もが何事か、驚きと共に視線を向けたものの、音の発生源が小太郎ときららだと分かると呆れたように元の作業や会話に戻っていく。

 関係のない他人であっても、二人が出会えばこうなる事はある程度は予測できる事柄のようであった。

 

 明確な怒りを向けてくるきららに、小太郎は相変わらず反応しない。出来ない。

 ただ、内心では呆れ返っていた。二人は完全な初対面であるが、小太郎は彼女の経歴や過去、抱えている事情をおおよそ正しい形で把握している。というよりも彼女のみならず、対魔忍であるのならば現役教師学生問わず、経歴を把握している。

 その呆れた疑り深さから、災禍や天音と言った忠臣の輩ですら無意識の内に疑いの対象としてしまう彼にしてみれば、対魔忍の誰かなどいつ裏切ってもおかしくない有象無象。故に、相手が誰であれ、その裏の裏まで調べずにはいられない。

 アサギという後見人もその疑り深さには怖気すら覚えているものの、彼自身が自らの性分を深く自覚しているからこその公平性を失っていない、また彼女にとっても有益となる情報を得られるが故に黙認している。

 

 

「ちょっときららちゃん、何をしてるの?」

「凜花ちゃん! 聞いてよ、コイツ、あたしのこと無視するのよ?!」

「はぁ、全く……小太郎も小太郎だけど、きららちゃんもきららちゃんよ。何時ものように男だからという理由だけで突っかかっていったんでしょう?」

「…………うっ」

(今度は凜花か。久し振りだな。挨拶もできないけど)

 

 

 歯を剥き出しにして敵意を叩きつけるきららを止めたのは、呆れた表情を浮かべている負けず劣らずの美少女だった。

 

 真っ白な髪は衰えではなく新雪のような若々しさを携えており、顔立ちは愛らしさよりも凛々しさと美しさが目立つ。

 きららが男の欲望を具現化したような肉体とするならば、彼女は女性の理想を体現した肉体の持ち主だ。何処も彼処も細いにも関わらず、出る所はきっちり出ている。きららにある不自然なほどのアンバランスさがまるでない。まるで人の手が加えられておらず、自然の中で生み出されたダイヤモンドの原石を連想させる肢体であった。

 

 言葉は兎も角、凜花はきららの横暴を諌めたというよりも、寧ろ小太郎を庇うような仕草を見せる。

 それもその筈。凜花はふうま八将に名を連ねた紫藤家の跡取り娘であると同時に、紅と同様に小太郎の幼馴染でもある。

 尤も、弾正の引き起こした反乱時には逸早く井河家へと寝返りを打っており、他家からの余計な邪推を避けるべくふうま宗家、他の八将とも距離を置いていたために、こうして顔を合わせるのは実に数年振りであった。

 かつては紅と共によく遊んだが、今は立場の問題がある。凜花がどう思っているかは別として、小太郎に不満もなければ不思議もない。

 

 

「久し振り、ね…………って、大丈夫?」

(だいじょうぶじゃないです。ていうかコイツがここにいるってことはやっかいごとのにおいしかしない……)

 

 

 ただ、不安はあった。

 当主である甚内の指示か、或いは凜花自身の考えによってこれまで一切の接触を避けてきたにも関わらず、こうして接触してきたのならば、其処には何者かの意志が介在していると見るべきだ。

 彼女は生来の気質からして真面目で負けず嫌いで頑固者。家のためか、小太郎に迷惑を掛けまいとしたためか、接触を断ってきた。そんな凜花が自分の意志だけで自らに課した縛りを解くとは考え難い。

 甚内か、はたまたアサギか、或いは小太郎を陥れんとする老人達によるものか。いずれにせよ、歓迎できる事態ではないだろう。

 

 対する凜花は、幼馴染にしてはギクシャクした様子。

 数年振りという事実を差し引いても、些か以上に緊張しているというべきか、恐る恐るというべきか。プライドが高く、自ら認めた者以外には厳しい態度を崩さない彼女にしてみれば珍しいを通り越して異常だ。

 普段の彼女であれば、落ちこぼれには容赦もしなければ情けも掛けない。それが身を案じるような言動を見せている。どうやら、小太郎に対して色々と思う所があるらしい。

 

 

「ふんっ! 放っておけばいいのよ、そんな奴っ! どーせ仮病よ仮病! これだから男ってのは……!」

「いい加減にしたらどうなの、きららちゃん。小太郎は、次の任務で私達の指揮を取るのよ? そんなことでどうするつもり?」

「こんな奴の指揮なんて必要ないわ! 私達だけで十分!」

「貴女ね……!」

(うわぁ、このふたりのしきをとるなんてきいてないぞぅ。というかオレのちかくでけんかするのやめて、しんじゃう)

 

 

 凜花は努めて冷静に諌めようしていたが、行き過ぎたきららの態度に苛立ちを露わにする。きららもきららで引くつもりは一切ないようだ。

 正に一触即発。遠目で事の推移を見守っていた者達も慌てて距離を取ろうとしている。当然だ、次世代のエースが喧嘩を始めるかもしれないのだ。巻き込まれたら溜まったものではない。

 

 小太郎も逃げ出したかったが、身体が一切動かず思考もボンヤリした状態。

 死にかけの状態でまかり間違ってどちらかの攻撃をまともに受けたら一発昇天であるとよくよく理解しているのだが、悲しいかな、抵抗する体力も止めようとする気力も残っていない。

 

 睨み合いすら始めてしまった二人に危機感だけを募られる小太郎を救ったのは、現れて当然の人物達であった。

 

 

「おい、お前達! 何をしている!」

「ちょっとちょっと~、何やってんの、も~~!」

「む、紫先生に、さくら先生も……」

(た、たすかった……いや、これからしぬかもしれないけど……)

 

 

 現れたのは教師である紫とさくらだ。

 何処からか一触即発の現状を聞いたのか、それとも彼等の接触でこうなること予期していたのか。何はともあれ、教師として生徒同士の激突を止める義務がある。

 

 紫は鋭い怒号を飛ばしながら、さくらは眉を顰めながら、小走りに近寄り睨み合う二人の間に割って入る。

 如何に学生とはいえ対魔忍。その身体能力と忍法を使って喧嘩でも始めようものならば、大怪我を負いかねない。

 教師として身体を張ってでも止めるべき事態であり、紫にせよさくらにせよ、起こりかねない事態を力尽くで制圧できるだけの実力があった。

 

 

「全く、何事だ!」

「……別に、ふうま君と話していただけです」

「きららちゃんの度が過ぎたので、こ――――ふうま君を庇っただけです」

「ちょっと、凜花ちゃん!?」

「事実でしょ?」

「いい加減にしろ!」

「あーはい! はいはい! もうやめやめ! 喧嘩しちゃだめでしょ~!」

(ほんとなんなのきみたち)

 

 

 憮然とした顔をするきららは上手く誤魔化そうとしたが、凜花の一言で台無しになる。

 普段からこんな調子、というわけではない。寧ろ、二人は特に仲が良い部類だ。

 互いに徒手空拳と異能を駆使する戦闘スタイル。圧倒的な身体能力を誇るきららと現役対魔忍と比較しても遜色のない技量を誇る凜花。切磋琢磨しあいながらも相手を貶めることのない健全なライバル関係と友人関係が其処にあった筈なのだが、今は全く機能していない。

 

 それも無理はなかったかもしれない。

 これまでのきららの態度や言動からも分かるように、彼女は無類の男嫌い。男など皆ケダモノ、同じ空気を吸うことさえ汚らわしい、と考えている。

 凜花はこれまでその行き過ぎた男嫌いを諌めてはいたものの、根本的に男嫌いとなった原因を知っていたために強くは出れなかったのだが、幼馴染である小太郎が関わっているとなれば黙ってはいられなかった。

 

 きららの男嫌いは学生どころか教師の間でも有名であり、紫もさくらも度々頭を痛めていた。

 今回は凜花も関わっている故にある程度は安心していたのだが、どうやら小太郎に対する思い入れを見誤ったようだった。

 

 

「お前達は…………はぁ、ふうま、貴様も貴様だ。部隊長であるのなら、この程度の諍い――――」

「そうだよ、ふうま君。相性悪い相手がいるのも分かるけど、そこらへんは上手く――――」

 

 

 紫は凜花と、さくらはきららと向かい合い、互いに背を合わせてこれ以上の軋轢を避けようとしていた。

 どうやら、この二人もまた三名の参加する任務について知っているらしく、未だに何一つ言葉を発しない小太郎に苦言を呈しようとしたのだが、目が点になる。

 

 それはそうである。

 誰の目から見ても生気を失った彼の顔は、もはや死人のそれ。これを放置して睨み合っていた学生二人の浅慮さとこんなになるまで働き続けなければならない小太郎の立場と環境に驚いていたのであった。

 

 

「ちょ……ふ、ふうま君、大丈夫? 大丈夫なの!?」

「こ、コイツのことだ、仮病という可能性も……」

「いやでもコレ、オフの日のお姉ちゃんみたいな顔になってるんだけど……!」

「ああ、家に帰ってきた時の兄上のような顔になっているな……!」

(だいじょうぶ、いきてるよ)

「あっ! こっち見た! 良かった、意識はある……けど、これヤバい奴だよ! 絶対ヤバい奴だよ! むっちゃん、見てあげて!」

「ま、まあ、そうだな。ほら、少し眩しいが我慢しろ」

(やさしい……うぉっ、まぶしっ!)

 

 

 全く身体の動かない小太郎は、慌てふためく二人に向けてぎょろりと眼球だけを向ける。首も手も動いていない辺り、若干ホラーテイストである。

 

 その様に、さくらは冷や汗を流しながらを紫に診断を促し、紫はドン引きしながらペンライトを取り出して瞳を覗き込んだ。

 桐生の手綱を握る立場である紫は多少ではあるものの魔界医療の手解きを受けており、時に保険医、時に衛生兵の真似事も行う。人手不足を補うために、一人の人間が多数の役柄を兼任する様は中小企業の悲哀を見ているかのようだ。

 そして、さらっと暴露される休日のアサギと九郎の様子。仕事量的にも至極当然なのだろうが、学生の身分でその二人と同じ状態にまで追い詰められてしまう彼はどれだけ苦労させられれば、神は満足してくれるのだろう。

 何より笑えるのは、自分は関係ないと思っているさくらと紫も対魔忍を牽引する立場的に、近い将来、似たような姿を晒す羽目になってしまうところか。何処も彼処も生き地獄である。

 

 暫くの間、紫は無言で診察していたのだが、ある事柄に気が付き、目を見開く。

 

「ど――――」

「ど? 何? ど?」

「瞳孔が半分開いている……」

「「「ど、瞳孔が半分開いている……???」」」

(どうこうがはんぶんひらいている)

 

 

 紫の言葉に、三人が言葉を発し、小太郎は心の中で鸚鵡返しにする。

 医学の知識がないさくら、きらら、凜花にしてみれば、それがどんな状態であるのかは理解し難い。

 だが、死亡確認の際に瞳孔の開きを確認することくらいは聞いたことがある。兎に角、やべー状態であることくらいは分かる。

 

 

「ど、ど、ど、どうすんのこれ! ふうま君死んじゃうの!?」

「そ、そんな小太郎っ! しっかりして!!」

「う、嘘っ、私? 私のせい? 何も、してない……わよね?」

「お、落ち着け! 揺するな! 兎に角、今は酷い疲労状態だ。任務どころではないぞ、休ませてやらねば。アサギ様には私が連絡を入れる」

(これぐれーふつーふつー、オレはぜんぜんふつうだよ。こえでないけど)

 

 

 小太郎の状態に動揺が頂点に達したさくらと凜花は彼の肩を掴んで意識を戻そうと揺するのだが、首の座っていない赤ん坊並に頭がガックンガックンと揺れて明らかに逆効果である。

 男嫌いの筈のきららですら、青褪めて事の推移を見守ることしかできない。死にかけの男を前にして、自身の言動や行動を顧みれる辺り、根の優しさが垣間見れる。安心していい、彼女は全く関係ない。

 紫だけは動揺を押し隠して冷静に行動していたが、アサギに連絡を取るために取り出した通信機を取りこぼしそうになった辺り、隠しきれていない。厳しい言動で生徒から恐れられている彼女であるが、それは愛情の裏返しなのだ。こんな状態の生徒を見れば動揺しないほうがおかしい。

 

 それぞれがそれぞれの反応を示す中、小太郎はボンヤリとした思考で呑気していた。

 だが、どう考えても危険信号の赤灯が回っている。“まだ行ける”は“もうあかん”と同義である。

 

 

「――――はい、はい。わ、分かりました。では、失礼します」 

「むっちゃん、お姉ちゃん、何だって!?」

「つ、連れてこい、との事だ。その状態なら、まだ行けるそうだ」

「「「こ、これで……!?」」」

(だとおもったよ)

 

 

 通信を終えた紫の口から発せられたのはアサギからの非情の命令であった。三人も愕然としている。

 だが、小太郎だけは予想していたらしく、声にならない心の声でやっぱりねと呟いていた。

 

 アサギも任務だけ優先した非情の決断を下した訳ではない。

 自身の実体験に伴う経験則からの決断である。仕事に忙殺に忙殺を繰り返されて、アサギもどっかおかしいことになっているようだ。なお、九郎でも同じ決断を下したであろう。

 そして、小太郎に対する信頼の現れでもある。彼ならば、必ずややってくれるという厚い信頼だ。本人にしてみれば何も嬉しくなく、他人にしてみれば何がどう大丈夫なのか分かったものではない。でも仕方がない、対魔忍は何時だって人手から何からカツカツの状態だ。こうしないとどうにもならないのだろう。

 対魔忍の頭領の決定であれば、下に付いている紫もさくらも逆らいようがない。無論、きららも凜花もだ。

 

 

「き、気張れ、ふうま! アサギ様の御命令だ!」

「…………ね」

「あっ! しゃ、喋れるようになった!? お姉ちゃんの言うことは正しかったんだ――――」

「ねむい」

「眠くないっ!! ふうま君、眠くないそれ気の所為!! 寝たら死んじゃうやつだから!!」

「つかれた」

「疲れてない!! 気の所為だと思え!! 余計なことを考えると本当に死ぬぞ!! 後で桐生のところから高速吸収できる栄養剤と疲労回復薬を持ってきてやるから!!」

 

 

 さくらは右腕を、紫は左腕を肩にかけ、小太郎をアサギの待つ校長室へと連れて引き摺っていく。

 両脚には全く力が入らないのか、ずるずると爪先が床を擦り、首は揺れる度にあっちへガックン、こっちへガックンと傾いていた。完全に脱力状態である。

 やっとのことで発した言葉は本能と本音のブレンドであったが、それを分かっていてなおさくらも紫も否定して、連れて行こうとしていた。

 

 その光景を見守るしかなかったきららと凜花は後にこう語る――――

 

 

『なんか、こう、頭の中でドナドナが流れてたわね……』

『正直、屠殺場に連れて行かれる安楽死予定の家畜を見ていた気分だったわ……』

 

 

 

 

 


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