なお「あー……水城さん? どうかしたのかい?」
若様「やめとけやめとけ、今は触れるな」
ゆきかぜ「よくもだましたアアア!!! 騙してくれたなアアアア!!!!」
なお「ひえっ(ビクッ」
若様「だから触れるなって言ったのに」
ゆきかぜ「うぅ、こんなのあんまり、あんまりだよぉ――――あっ(ピコーン」
若様「あっ(察し」
ゆきかぜ「小太兄、トコロテン機能ついたオナホ欲しくない???」
なお「」
若様「お、オナホはいらないかなぁ。お前達で十分だよぉ……?(震え声」
ゆきかぜ「あッ、そっか。小太兄、男もイケる口だけど、孕ませられないと物足りないよね」
なお「み、水城さん……?」
ゆきかぜ「TSとフタナリなら完璧だぁ。男の娘と大差ないよね!」
若様「やめろゆきかぜぇ! そういうニッチな特殊性癖は対立が激しいんや! 荒れるぅ!!」
苦労さん「む、苦労の気配を感じる。呼んだかな?」
ゆきかぜ「ktkr」
なお「ちょっとぉ! どっちも君のところの子だろう!? 何とかしてよぉ!?」
若様「オレに無理を言うなぁぁぁぁっっっ!!!」
というわけで、この作品ではなおくんがなおちゃんになってしまうかもしれない。すまんな、自分は男の娘は性癖にかすりもせんのですわ!
東京キングダムは元々廃棄された人工島の上に築かれた魔性の都市。
それでも世界でも有数の歓楽街であることに変わりはなく、人々が思う以上に繁栄を謳歌している。
しかしというべきか、やはりというべきか、それでもなお繁栄から取り残される地区はどうしようもなく存在する。
目も眩むような額の金を生み出し、吸い上げる繁華街から数ブロック離れた廃墟地区と仮に呼ばれる場所は、文字通りに廃墟しかない。
違法建築を繰り返された東京キングダムにあって、廃棄される以前に建設されたビル群等が立ち並んでいる光景は繁栄の影に隠れた犠牲を見るようであるが、実態は違う。意図してこのような形で残されたものだ。
無法者ばかりの東京キングダムの住人でも闇の組織が構築したルールには従順だ。そも、それを守れなければ利益と快楽に預かれず、命すらない。
そんな中ですら最小限のルールすら受けいられない畜生同然の連中が此処には集まっている。ある種の隔離地区でもあるのだ。
繁栄よりも退廃を。法よりも混沌を。元より秩序とは相容れない社会不適合者は、このような場を好む。故に、それを見越して残したのであった。
『ほんじゃま、御武運を。全員、無事に戻って来てくれよ』
「…………凄い」
その一角、窓ガラスも全て割れて風化し、今にも倒壊しそうなビルとビルの隙間に存在する猫の額ほどの土地。
其処に何の問題もなく着陸した機体は、小太郎達が降り立ったのを確認すると、凄まじい勢いで上昇していき、光学迷彩を起動させて夜の闇へと姿を消した。
目の前で行われた神業じみた操縦に、航空機について詳しくない自斎は呆然と呟き、凜花やきららですら言葉を失っている。
機体の内部でさえ窓から覗くビルの近さに絶句したというのに、外から見ればまた凄まじさも一塩だ。何せ、ビルと両翼の間にあった隙間は、僅か数センチ。とても現実の光景とは思えなかった。これなら、ビルの合間でこの機体を組んでいたと考えた方がまだ現実的だ。
その上、降下はエレベーターを使うようにゆったりとしたもので不安感はまるでなく、上昇はミサイルを思わせる勢い。
一歩間違えは大惨事だというのに、操縦席から除く彼の顔と通信機を通して伝わってくる声は涼しげで、小太郎は視線すら飛ばしていない当たり、彼ならば出来て当たり前の芸当のようだ。
「さっさと行こう。あの機体は静粛性はあるが、無音じゃない。音につられた面倒な連中に絡まれる前に移動するぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんでアンタが命令するわけ!?」
黙って空を見上げて動かない三人を尻目に、救出対象の部隊が最後に定期連絡を断った方角へと目を向けていた小太郎は、枯れた羽が特徴的な濡羽色の三角帽子を被る。
目深に被った帽子と口を覆うほどの立て襟コートとズボン、手袋によって目元しか露わになっていない。まるでその様は狩人のようだ。
また手には銀色の杖を付いていた。握り以外は刃となっており、石突は異常に鋭い。彼にしては珍しいが、近接武器としても使用できるだろう。
彼に少女達とは異なり専用の装束は存在せず、任務の度に装束を変える。何らかの特徴的な外観は、正体の看過と個人の特定に繋がってしまうからである。
ヨミハラの一件やこれまで熟してきた任務によって、独立遊撃部隊の噂は闇の世界にも広がり始めているが、隊員の構成は把握されつつあり、隊長の存在は確認されているものの何者かの特定にまでは至っていない。
前線に出ざるを得ない以上、こうして装束を変えることで隊長か隊員かの判断を鈍らせる効果も期待できる。いずれは“噂になっている隊員以外の男が隊長”と意味がなくなるであろうが、現在のように臨時の助っ人要因を入れるのならば、随分と先の話であり、今はこれで十分だ。
既に歩き出した彼の背中に、案の定と言うべきか、未だに任務に同行させられたきららが噛み付いた。
「なんでも何もオレが部隊の隊長だからだよ。オレには指示を出す権利と借り物の戦力を安全無事に学園へ帰す義務がある。お前達はオレに従って任務を遂行する義務があり、その見返りに報酬を受け取る。それだけ」
「はぁ!? 私はアンタが隊長だなんて認めてないわよ! それに先輩に対してその口の聞き方はなんなわけ?! そんなことも分からないの?!」
「鬼崎先輩、そんなこと言っても……」
「生憎だが、お前が認めていなくてもアサギ校長が認めている。文句があるなら校長へ。口の聞き方という点に関してなら、そちらの方が問題がある。一介の隊員が隊長に向かってしていい口の聞き方じゃない。任務中は学園上の関係よりも、隊としての関係が優先されて然るべきだ。違うか?」
「――――っ!」
「ちょ、ちょっと先輩……!」
振り返りもせず、自身の感情を交えない正論だけを返して先を進む。
誰の目からも明らかに相手にすらしていない様に、きららは怒りからカッと顔を朱に染め上げる。自斎も諌めようとしていたが、何の効果もない。
だが、きらら自身も余りに理不尽な物言いであるのには気付いているのか、正論に対して自らも納得できるだけの反論を用意できなかったのか、それ以上の言葉は飛んでこない。
その変わり、行き場のない怒りと不満を表すかのように、小太郎を追い越して一人でずんずんと進んでいく。流石にこの状況で一人にさせる訳にも行かず、自斎は慌てて後を追いかける。
(これが今まで助っ人に来た連中なら迷わずオレをぶん殴りに来てたんだが、手を出してこないだけ大分マシだな。単独行動しかしない獅子神にしても、こうして引くに引けない状況になれば他人に気を遣う。問題児は問題児だが、期待を持てないわけじゃない。アサギが寄越す訳だ)
「こた――――隊長、ごめんなさい。きららちゃんは……」
「いい。部隊員の事情の把握もこっちの務めだ。分かってる」
(尤も、分かってるからってこの状況でどうにかできるかは別問題ですけどねぇ!)
先を行ったきららを自斎に任せ、小太郎は歩調を変えずに進んでいると横に凜花が並ぶ。
二人の後ろ姿は、油の乗った尻肉が雄を誘うように揺れており、男なら思わず視線を向けて前屈みになってしまいそうであったが、彼に気にした様子は見られない。彼が見ていたのは肉体ではなく精神面であったのだから当然だろう。
きららは男に対する嫌悪が滲み出ているが、同時に本来の人の良さが滲み出ている。
心の何処かでは今のままではいけないと感じているのだろうが、男嫌いのキッカケとなった過去を振り払えずにいる。本人も思考と感情の間を揺れて自分自身を制御できていない自覚があるのだ。
単独行動、単独任務しかしないと言われている自斎も逃げ出しもしなければ、独断専行を行わない時点で本心では孤独など望んでいまいと伺える。
真に孤独を望むのであれば、一人で生きていけばいいだけの話。それを決断できる向こう見ずさと勇気がない以上、夢を見ているのだ。いつかは、もしかしたらと。
しかし、それが分かったからと言ってどうこうできるかは話が別だ。
今は時間がない。エウリュアレーの目的解明と連絡を断った部隊の無事を確認して救出するという任務。何よりも初動が重要であり、救出しなければならない部隊生存の可能性は一秒ごとに減っていく。あれやこれやと手を出している余裕はない。
故に小太郎はきららと自斎に関してアサギが期待しているアレコレは完全に諦めていた。暴走する恐れはあったが、二人を生かして任務を遂行できればそれで良し。次の機会か別の誰かに希望を託すつもりである。
凜花はきららの態度を改めさせるのは諦めたのか、彼女の身の上話をすることでフォローを入れようとしていた。
衝突しようとも何のかんのと目をかけている友人が、幼馴染と啀み合うのは見ていられない。尤も、きららの方が一方的に食って掛かっているだけで小太郎は気にしてすらいないが、内心を理解しようがない凜花には険悪な雰囲気に映っていた。
返ってきた返事は素っ気ないもので、彼女も思わず鼻白んだ。怒りや苛立ちといった感情を一切発露しない機械地味た反応に、目を逸らす。其処にあったものは、悲しみか或いは怯えか。
ともあれ、其処で会話は一旦途切れた。
小太郎は凜花が何かを口にしようと半端に口唇を震わせて黙りこくるを繰り返している様子に気付いていながら、何も言わない。
家の都合で何年もの隔たりがあったのだ、在りし日の如く気軽に会話など出来る筈もなく、小太郎も凜花へ伝えなければならない事柄はなかった。
「…………奥方様は、残念だったわね」
「また随分と。何年前の話だよ」
「だって、御父様はどうか知らないけれど、私は直接伝えられなかったもの」
凜花がようやっとの思いで告げたのは、とうの昔にこの世を去った小太郎の母に対する弔慰の言葉であった。
余りにも遅すぎる言葉に、何処かおかしくなって小太郎は思わず笑う。律儀と言えば余りに律儀だ。もう十年近く前に亡くなった個人を悼む言葉を今更聞くことになろうとは。
笑う小太郎とは対照的に、凜花の顔は曇っていく。
ふうま 潤という人間は同じ幼馴染である紅にとっては母親代わりであったが、彼女にとっては憧憬の対象であった。
美しく、優しく、何よりも最強と呼ばれるほどに強い。彼女の打ち立てた伝説の数々は聞く度に胸が熱くなり、背中を追い掛ける身としてこれほど畏敬の念を抱ける相手は他にはいないと幼心に思うほどであった。
出会いは父である甚内が顔合わせということで凜花を連れて小太郎と潤が住まう宗家の離れに向かった時だ。
弾正ではなく潤への顔合わせを優先した父の意図は、この時点では分からなかったものの、今にして思えば、彼の心は既にふうま、ひいては弾正から離れつつあったのだろう。
その時の小太郎に対する印象は正直ないと言っても過言ではない。覚えているのは、当主の妻として相応しい立ち居振る舞いと花のような笑みを浮かべる潤の姿だけ。
自分自身も酷いとは思うものの、憧れの対象を前にしたのだから許して欲しいとも思う。想像通りの……いや想像以上の憧れに全てを飲まれても無理はなく、当時の会話など殆ど覚えていないほどだ。
それからというもの、凜花は足繁く離れへと通い詰めるようになった。提案したのは潤の方から。小太郎と同年代の子供との触れ合いを望み、厳しい訓練を課した愛息に対する褒美だったのかもしれない。
甚内は既に潤の体調が芳しくないこと、凜花にとっては憧れの対象で子息との触れ合いよりも潤との触れ合いを優先して奥方に負担を掛けてしまうという理由で、丁寧にこれを辞したのだが結局は潤と凜花に押し切られる形になった。
案の定、紅や骸佐が訪れて小太郎と遊ぶ中、凜花は潤と話してばかりいた。その人柄に触れ、我が子と子の友人が遊ぶ姿を見守る慈愛の視線により一層惚れ込んだ。
それが変化したのは何時だったか。
始めの内は潤から最も愛され、何よりも優先される小太郎に嫉妬し、自分の方がもっと凄いと小太郎、紅、骸佐へとお姉さん風をびゅうびゅうに吹いて潤へとアピールしていたのだが、子供など単純なもので何時の頃からか単純に遊びを楽しむようになっていた。
家庭環境や置かれた境遇のせいだろう、紅や骸佐は今では考えられぬほどよく泣く子供であり、人一倍感受性が豊かだった凜花も二人に釣られてよく泣いた。
泣き出した三人を慰めたのは潤からの教育によって精神的に早く成長していた小太郎の務めであった。苦笑いを浮かべながら、頭を撫でられて落ち着くやら悔しいやら。そうやって心惹かれていったのだと凜花は思う。
小太郎は当時から要領がよく、よく笑う子供だったと記憶している。
大人達に対して全員で悪戯を仕掛けたのに、彼一人だけさっさと逃げて自分達が怒られている合間、素知らぬ顔で口笛を吹いているなど日常茶飯事であった。それでも険悪にならなかったのは、紅や骸佐、凜花が当主の息子として気を使っていたのではなく、潤がしっかりと教育を施していたからだ。
何処で聞きつけたのか、小太郎の所業を知った潤は彼をボコボコの顔面歌舞伎揚状態にした挙げ句、縄で縛り上げて離れにあった木に逆さ吊りにしたりしていた。
『ははうえ、このままじゃボクしにます。あたまぱーんってなってしにます』
『小太郎、友を見捨てて逃げるとは何事ですか。そんなことでは頭弾正になってしまいますよ。そんな頭、ぱーんってなってしまいなさい』
『お、奥方様、その辺りで若も反省していますし……』
『こ、子供達も見ておりますので……』
『『こ、小太郎ぅ……』』
『若様ぁ……』
『駄目です。小太郎、頭弾正になってもいいのですか?』
『それはいやですぅ……つぎからは、つぎからはだれにもバレないようにやります……』
『それでこそよ、小太郎! バレなきゃいいのよバレなきゃ!』
『潤、お前……! 子供達の前でそういうこというのやめろぉ……!』
『お前という奴は本当に……後な、自分の夫を貶すな。仮にも当主だ。まあ、否定はせんが』
『奥方様ー! 素が出ておられますぞー! 凜花! は聞こえてないな、よし!』
『あらいやだ、私ったら。おほほほほほ』
そんな一幕があったように思う。
大人達がオロオロとしたり、蒼褪めたり、普段は冷静な父が焦りを見せるのは彼女の前だけで、何だか面白かった。
何の柵もない、ただ優しく楽しいだけ。楽園で過ごすような毎日。
苦痛がなかった訳ではない。
当時から祖母にして当主である頼母と甚内の仲は最悪であり、母が窶れてしまうほどに家の空気は息苦しかった中で、その日々は間違いなく凜花にとって救いであった。
頼母は弾正親派で有名で、何かと凜花に口出しをしてきた。当時から容姿端麗であった孫を、もしかしたら弾正に対する捧げ物のように扱うつもりだったのかもしれない。
けれど、潤や小太郎と過ごすことで祖母からの口出しは一切なくなった。これまでとは逆に汚物を見るような視線を向けられたものの、凜花にとって祖母は妖怪のように映っており嫌われるならそれで構わない。潤や小太郎の笑顔があればそれだけで耐えられた。
――――その毎日が始まったのが突然であれば、終わるのも突然であった。
『…………凜花、よく聞け。奥方様が亡くなられた』
そこかしこが曖昧になってしまった記憶であっても、血を吐くような思いで事実を告げた父の顔はよく覚えている。
其処から先は色々とあり過ぎて、記憶が曖昧だ。何よりも、幼い凜花にとって憧れの対象がこの世を去ったという事実は重かったのだろう。
弾正の決起と反乱。小太郎の失踪。小太郎に付いていた災禍と天音の粛清。父の決意。紅の祖父と骸佐の父の戦死。気がつけば、紅や骸佐と共に五車にて保護されていた。
始めの内は、これは夢だと思っていた。
しかし、環境の変化は否応なくそれが現実であると告げており、何やら方々を駆けずり回って家に帰ってこない父と必死で自身を慰める母の姿に受け入れがたい現実を受け入れざるを得ない。
もうあの日々は戻ってこない。約束もしていないのに、あの日々が当たり前のように訪れると信じ込み、潤の変化に全く気づかなかった己の愚かしさを責めて、涙を流した。
それでも人は蹲ってばかりはいられない。
自分を心配して一日中傍に居てくれる母の姿、疲れ果てた様子で帰ってきてもなお自分に声を掛ける父の姿を前にして、奮起せずにはいられなかった。
立ち直り始めた凜花は徐々に余裕も取り戻し始め、最も気掛かりだったのは小太郎だ。
小太郎にとって、母は世界の全てであったと言っても過言ではない。
嫡男でありながら不遇の日々を送った中での唯一の幸運。彼女がいなければ、彼の人生はもっと悲惨なものとなっていたに違いない。
災禍も天音も生きていることは知っていたが、対魔忍としてはやっていけないほどの傷を負ったと聞いている。いま小太郎は一人きり。
紅も骸佐も少ないながらも生き残った家臣と身を寄せ合っているらしいが、彼を気にかける余裕はあるまい。どれだけの不安と戦い、どれだけの悲しみにたった一人で暮れているか。
会いたい。会いたい。会いたい。
日々募っていく幼馴染への想い。恋慕と呼ぶには余りに幼く、余りに清廉な想いは殊の外早く結実した。
『あなた、大丈夫なの……?』
『ああ、紫藤家は、だが。実質的にふうま一門は散り散り。井河と甲河の下部として組み込まれる。心配なのは若様だ。アサギ殿が後見人として名乗りでたようだが、長老衆が何をしでかすか』
『何か出来ることは……』
『駄目だ。こちらも立場は厳しい。それに長老衆直々に接触禁止命令が出た。災禍殿と天音殿が粘ってくれたお陰で此方にも時間が出来た。見舞いに行くのが筋だが、それも厳しい』
『確か、お二人は――――』
盗み聞いた父と母の会話。
其処で、災禍と天音が治癒に専念している病院の場所を知った。
聞いた瞬間に、気が付けば走り出していた。慣れぬ五車の町並みを、必死になって駆けていく。
何処をどう走ったのか。大人達に声を掛けられた気はしたが、頭の中にあったのは小太郎のことだけで、どう返事をしたのか、返事そのものをしたのかすら覚えていない。
ようやくの思いで辿り着いた病院のロビー。
独特の臭いと清潔感のある場所で、偶然にも災禍と天音の見舞いを終え、一人で帰ろうとする小太郎を見つけて――――凜花は、妖怪だと思っていた祖母以上の化け物に相対した。
まるであらゆる感情を失ったかのような無表情。
乾ききった瞳はガラス玉のように無機質。
幽鬼のように気配を消して誰の目にも映らぬような静かな足取り。
かつての笑みを失って、別人のように成り果てた幼馴染。
瞬間、凜花は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
今まで抱いていた思いなど何処かへと吹き飛び、化け物が何処かへ行ってくれる事を願うだけ。
周囲の人間は彼女の変化に気づき、慌てて駆け寄ってくるが、その喧騒の中、化け物は目を合わせようとはせず、視線を向けようとすらせずに去っていく。
結局、彼女は病院から連絡を受けた母親が迎えに来るまで、ただただ恐怖から泣き続けた。
以後、親しい幼馴染が化け物に変わり果ててしまった恐怖から、父に諭されるまでもなく小太郎との接触は考えようとすらしなかった。
かつての後悔を払拭すべく鍛錬に明け暮れ、凜子と出会い切磋琢磨し、学生の身ながら“鬼腕の対魔忍”と呼ばれるまで恐れられようになり、自信を付けた。
気が付けば、長い時間が経っていた。そして、かつて味わった恐怖は強い後悔に変化している。
子供は自分のことで常に手一杯で、幼かったなどと言い訳には出来ない。
あの時、一番辛かったのは間違いなく小太郎だ。それこそ人格を変容させ、精神構造そのものを自らの意思で書き換えねばならねば耐えられぬほどに。
そんな彼の変化に耐えられず、あの優しい笑みを二度と目にすることは叶わないと自覚した瞬間に、心が折れていた。
なんて身勝手で、愚かな行為。
成長するにつれ、自覚は強くなっていく。冷静に自分や他人を俯瞰できるようになるにつれて日増夜毎に強くなる。
親しかった幼馴染が離れていく現実に小太郎は何を思ったのか。凜花はそれを考える度に胸が締め付けられ、罪悪感から己を責めた。
紅は他に頼る相手がいなかったとは言え、変わり果てた彼を受け入れた。親友の凜子や妹分であるゆきかぜは、過去を知らないとは言え人柄を見極めて傍に居る劣等感。接触禁止の命令を良い事に何もしない自分自身への悪罵と嫌悪。
あらゆる感情が混ざりあい、結局のところ、出来たのは遠目から彼を眺めることだけ。
『凜花、貴方に新しい任務を与えます』
そんな折、アサギから受けた指令に歓喜と恐怖が同時に訪れた。
アサギの命であれば、実質的な接触禁止は解除されたも同然。父も何も言ってこない以上は認めているということ。
積もりに積もった思いを遂げられる。兎に角、謝りたい。あの時、貴方から逃げてしまった、と。
同時に恐怖を覚える。
かつてのような彼の変化に対してではない。何を今更、と彼に罵倒されることが恐ろしくて堪らない。
そう考えただけで。頭の中に情景を思い浮かべただけで。彼の冷たい視線と口調を想像しただけで、二度と立ち直れない自信がある。そうやって、最後の一歩を踏み出せないまま、この現状に甘んじていた。
「ねぇ、小太郎……覚えてる? 五車に来たばかりの頃、災禍さんと天音さんが入院していた病院に行ったのよ」
「ああ、あの時か。覚えてるよ。尤も、話も出来なかったが。あの時にゃ、色々と面倒事が多くてさ。無視して悪かったよ」
「…………っ」
嗚呼、その言葉はなんて――――
恐る恐る口にした言葉に対して、小太郎は間髪入れずに返してきた。
凜花の想像とは全く違う穏やかな口調で。責めるでもなく、懐かしむでもなく、ただ悪かったと謝った。
その言葉を耳にした瞬間、凜花はつんした鼻奥の痛みに、口唇を噛んで溢れそうになった涙を堪える。
変わったものは確かにある。それだけの年月が経っており、自分ですらも例外ではない。それでも、変わらないものはあったのだ。
「小太郎は……小太郎は私が、守るから」
「…………」
「頼れる先輩に任せておきなさい?」
全ての感情を押し殺し、何時も通りの自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
自分の悔恨を晴らすのはこの任務が終わってからでいい。例え、どんな結果になろうとも、心からの謝罪を伝えよう。
小太郎が何も思っていない以上、その謝罪は徹頭徹尾自分のためでしかない醜い行為。だから、今は任務を優先する。
そう決めた凜花は、いつもの自分に立ち返る。少なくとも、彼女は巧く出来ていると思っていた。
果たして、それは何時通りと言えるのか。気負うことは決して悪いことではない。しかし、真っ当な精神状態とも言い難いだろう。
彼女の横顔を眺めていた小太郎だけは変化に気付いており、眉間に皺を寄せた険しい表情だった。
はい、というわけで、着々と暴走フラグを積み重ねる先輩達と人付き合いが少なすぎてオロオロするしかない自斎ちゃんと不安しかない若様なのでした。
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新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で
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白兎(いつも忙しそうなので)
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夜梟(機体の静粛性能から)
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影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
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飛梅(完全和製)
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蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)