どうしてこう、対魔忍世界はライブラリー=サンに厳しいのか。ちょっと過酷な運命すぎないですかねぇ……。
凜花「こっちじゃどうなのかしら?」
若様「弾正についてってないから存分に親バカに目覚めてる。骸佐の反乱の時も娘の傍にいたらしいね。オレと親交はないから生活苦しいみたいだけど」
凜花「此処は優しい世界だったのね……(ホロリ」
若様「まー、後から好んで苦労しに来るんだけどね???」
凜花「どうしてそういうこと言うの???」
廃墟地区は文字通りに延々と廃墟が続く。
打ち捨てられて朽ち果てたビル群や建造物が並び、鉄とコンクリートで出来たジャングルは本当に方向感覚が狂ってしまいそうだ。
廃墟の内部、建物の影では生き物の気配が確かにある。しかし、それが何であるのかは判然としない。人型であるのか、獣であるのか不明な息遣いと視線。
それらの感覚域を掻い潜り、小太郎達は問題なく調査部隊が最後に定期連絡を行った地点へと辿り着いた。
屋内ではなく通りのど真ん中。調べた定期連絡の内容と部隊員の口調からエウリュアレーの情報を掴み、潜伏先に向かっている最中だったようだ。ならば、その進行方向には生死不明の救助対象と油断ならない魔女が待ち構えている。
「此処だな」
「ふん、どうだか。テキトー言ってるんじゃないでしょうね?」
「安心しろ。遊びでやってる訳じゃない。生き物の気配が無さ過ぎる。当たりだ」
独立遊撃部隊と助っ人が辿り着いたのは、他に比べれば比較的、捨てられた当初の状態を残した倉庫らしき建物だった。無事な窓ガラスも散見され、風雨による錆などの経年劣化も少ない。
後を付いてくるばかりだった三人には、何故この倉庫に当たりをつけたのか理解できていない。その証拠に、半信半疑のきららは必要以上に突っかかり、凜花と自斎ですらが訝しげに眉根を寄せている。
小太郎とて無根拠であった訳ではない。
まず第一に、建物から生物の気配が一切なかったこと。
他の廃墟には居住代わりにしている何者かの気配があったと言うのに、この倉庫にだけはネズミ一匹の気配すらない。廃墟地区の住人や野生動物ですら近づきたくとも近づけない主が、確実に存在している証左だ。
そして、最大の理由は巧妙に隠蔽されているものの、魔力の残り香を肌で感じていた。
かつてアサギの命で調査に向かったアミダハラは魔女魔術師どもの巣窟だった。ヨミハラ、東京キングダムにも存在しているものの、比率がまるで異なる。
また魔術の使い手で構成された魔術師連合と呼ばれる集団に秩序が築かれており、他の魔界都市に比べれば比較的マシと言えた。尤も、マシというだけで危険がない訳ではなく、何度となく魔女や魔術師達に襲撃されもすれば、かち合って戦闘に発展した事もあったのだが。
その経験から魔法や魔術の行使に必要となった魔力の形跡を探知できるのだ。
音や匂い、気配と言った分かりやすいものではない。彼自身も言葉にするのは難しいが、無理に言葉にするのなら対魔忍の持つ対魔粒子のそれに近い。
およそ多くの事柄には常に形跡が残り、行為に対する才能がある程、行為に精通している程に形跡とは少なくなっていく。
彼がこの距離に近づくまで魔力の残り香を感じ取れなかったのは、アミダハラの顔役にして魔女魔術師の頂点に立つ老婆、大魔道士のノイ・イーズレーンくらいのもの。
倉庫に潜むはノイレベルの技量を持っているのは確実であり、それだけの技量を持っていると断言できるのはエウリュアレーくらいのもの。魔界から来た新たな凄腕という線も無い事はないが、それならばエウリュアレー同様に噂の一つも立たねばおかしい。よって此処が目的地、と判断した次第であった。
(いっ、行きたくねぇ~~~~~~~~)
残り香を感じ取った小太郎の素直な感想はそれだった。
対魔忍の忍法も十分に巫山戯たものばかりであるがそれぞれ系統があり、方向性は基本的に単一だ。ゆきかぜのような応用力を発揮できる場合もあるが、生み出した雷を用いる点で方向性が変わっている訳ではない。凜子のような万能ぶりを発揮する方がまれもまれ。
対して魔術は極めれば極める程に万能ぶりが増していく。単純な五大元素による攻撃から始まり、占星術等を用いた未来予知、空間や認識を歪める結界、契約を行った
ノイほどの技量を持つと予想されるエウリュアレーが何を出来るのか。ほぼ“何でも出来る”と思っておかなければ戦いにもなるまい。考えただけで頭が痛くなろうというもの。
その上、命令を聞きそうもないきらら、集団行動をほぼ行ったことのない自斎、やたらめったら気負っている凜花を抱えて相対せねばならないのだ。頭が痛すぎて吐き気まで覚える。
最低でも正規の独立遊撃部隊のメンバーを三人。手堅く行くのであればならば其処に名前だけ所属している不知火に出張って貰い、万全を期すならアサギに出向いて貰いたい。
(対魔女用の装備はいくつか用意してきたが、こんなことなら使い捨ての傭兵でも雇ってエウリュアレーの戦力を測りたかったなぁ)
自分一人ならばそういう非常手段も取れただろうが、それも無理だ。
傭兵という稼業は戦闘職だけあって大半が男である。女性の傭兵も居るには居るが、気楽に募集して乗ってくるほどの数はいない。
頭ぱーぷりんな連中ならちょっと金を積めば手軽に集まり、死んだ所で痛くも痒くもないが、此方にはきららという男嫌いがいる。質の悪い傭兵のこと、扇情的な格好の女を見れば何をするか想像に易く、いつ爆発しても不思議ではない危険物が確実に爆発する方向へと転がる。どう考えても使えない。
己の置かれた現状に思わず溜め息が漏れそうになるが、天を仰ぎ見て必死に抑える。目に入った月は彼を嘲笑うように優しく輝いていた。
溜め息が漏れたが最後、きららに噛みつかれ、凜花が怒り、啀み合いが開始、自斎は対人関係が希薄故に場を収められる筈もない。任務が本格的に始まる前からそんな事になっては目も当てられない。小太郎が必死になってバランスを取るしかないのであった。
「――――ん?」
「小太郎、どうかしたの?」
「いや、アレは……まさか……」
一瞬、月を背にして夜空を舞う見覚えのある影に、小太郎は溜め息ではなく疑問の呟きを漏した。
彼を気にしていた凜花だけが呟きを耳にして問い掛けてきたが、当人は冷や汗を掻くばかりで空返事である。
徐々に動揺と焦りを見せる彼に、きららと自斎は顔を見合わせるが、答えは出ない。出る筈もない。答えに辿り着く道筋を見つける要素すら持ち合わせていないからだ。
影の姿を改めて確認すると連続する舌打ちと共に腕を動かす。
すると影は小太郎に狙いを定めたかの如く急降下を始める。そのまま襲いかかるかに見えたが、直前で両翼を大きく広げて降下速度を落とすと、差し出された腕へと止まってみせる。
「……鳶?」
「ちょっと、どういうことよ?」
(三郎が育てて寄越した鳶だな。と言うことは……)
影の正体は一羽の鳶。
小太郎の命令に従う以上は極めて高度な訓練と調教を経た忍獣であり、主と認めている、と事情を知らないきららと自斎も分かる。だが、頭に浮かぶのは何でこんなところに、という疑問だけ。
その中、凜花だけは訝しげに視線を向けていた。
元ふうま八将に属していた家の出身故に、忍獣と言えば二車傘下の鬼蜘蛛家を連想したのか、はたまた鳶の動きから鬼蜘蛛家の放鷹術を思い浮かべたのか。
言うまでもなく、この鳶は小太郎が骸佐へと弾正帰還と抹殺までの共闘を認めた手紙を送るべく遣わした一羽と同一。
遣わして以降、一向に返事がない故、骸佐がまだ共闘を決めあぐねており、三郎の下に居ると考えていた。今このタイミングでたまたま返答が来たかと期待したのだが、生憎と書状らしきものを身に付けてはいない。ならば――――
「参ったな。二車の幹部、三郎辺りが来てるかもしれん」
「「…………っ!」」
「小太郎、まさか……」
「勘違いするな。オレが送り込んだのは別の人物だ。その帰りに見知った幹部を見つけたから観察してたんだろうよ」
唐突に告げられた言葉に、きららと自斎の表情が険しくなる。
反乱を引き起こし、五車に混乱を招いた二車の人間が居る。それだけで二人の正義感を刺激するには十分すぎる理由である。
ただ、元ふうま一門の内情に詳しい凜花だけは別の可能性に思い至り、別の意味で表情が強張った。
既に弾正の帰還は対魔忍全体へと知れ渡っており、それぞれの部隊が任務中の横槍を警戒している。
無論、特に警戒が強いのは元ふうま一門である。自分達を見捨てた先代が戻ってきた事実は、彼等の殺意を煽り、色めき立たせるには十分であった。
まだ目にしていない現状は耐える。だが、もし出会ったのなら――――誰もがそう考えていることだろう。
そんな中、紫藤家の当主は極めて冷静であった。
小太郎と話し合うまでもなく静観を決意。当然だ、紫藤家はとうの昔にふうまと手を切って井河アサギの下に付いている。今更弾正に与する理由もなければ利益もない。任務中に襲撃を受けようものなら応戦は許可しているが、基本は任務を優先し、遂行次第に撤退するよう家の人間に言い聞かせている。
娘である凜花も、それらの情報を聞かされている。
幼馴染である骸佐もまた弾正を嫌っていることを知っており、同じ反逆者同士であったとしても手を組む可能性はないと言い切れる。
ならば、小太郎と骸佐が共闘できる立ち位置にあることは察するに容易い。どちらが弾正を討つかは早い者勝ちになるが、討つまでの間は互いの戦力を減らさぬように立ち回れるのだから。
反逆者との内通と共闘。これを、対魔忍の内部は認めるか。
後見人であるアサギは小太郎に対して甘いのは理解しており、父も知らぬ存ぜぬを通しているものの小太郎と繋がっている可能性もある故に、この二人は有効な手段と認めるだろう。
問題はそれ以外の権力を握った者達。これ幸いにとありもしない証拠を並べたて、小太郎を反逆者として処刑することで、ふうまの遺産や彼の抱えている優秀な者を吸収しようと動くに決まっている。
骸佐との共闘はメリットも大きいが、デメリットも大きい。凜花が心配するのも無理はなかった。
しかし、小太郎はそれらしい理由を並べて否定する。凜花がほぼ正答に近い推察をしていることは察しているが、まだ彼女はお客様だ。巻き込めば、紫藤家にまで類が及びかねないからだ。
(流石は骸佐、動きが早い…………本当に参ったな。今すぐ帰りたい。どうしよう)
辛うじて無表情をキープしていた小太郎であったが、内心は滂沱の涙を流していた。
エウリュアレーの存在は、骸佐にとっても喜ばしくもあれば、真逆でもある。
龍門の一部と利権を奪い、一組織としての足場が固まり始めたばかりだというのに東京キングダムを掻き回されては堪らない。
だが、同時に彼女を組織に取り込めれば、急速な勢いで固まっている足場が、より強固になる。トリックスターを懐に誘うのはハイリスクであるが、それに見合うだけの見返りがある上に、本来の目的にも一致している。
骸佐も馬鹿ではない。相手が相手である以上、目的が勧誘にせよ討伐にせよ、まず間違いなく二車の幹部が出向かねばどうにもならない案件。相応の戦力を送り込んできていると考えて問題ない。
問題は、既に中へと入っているのか。はたまた先んじて独立遊撃部隊の存在に気付いて潜んでいるのか。前者ならば今回の任務の間であれば、手を組める可能性はある。後者であれば、エウリュアレーを何とかしても連続して二車家幹部との戦闘に発展するかもしれない。何よりも――――
(頼む。三郎かカヲルか比丘尼の婆様辺りを引かせてくれ! 男の幹部はいやだ、男の幹部はいやだ、男の幹部はいやだ!)
「ちょっと、いやらしい目で見ないでくれる? ほんっと、男ってこれだから……!」
チラリと横目で眺めたきららに見当違いも甚だしい軽蔑の視線を言葉を浴びせられるも、小太郎は全く気にならない。
彼は女好きで、好きと言われれば好きになってしまうチョロい男であるが、線引きだけはハッキリとしている。あくまでも自身の劣情や欲望をぶつけるのは心から好きだと告げてくれた相手だけ。それ以外は性と愛の対象として全く見ていない。そうでもしなければハニートラップに掛かり放題なのだ。
もし仮に何者かに捕らえられ、常人ならケダモノと化す媚薬を投与されたとしても平気な顔をしている。それだけ房術を極めており、強靭な理性を
よって、どれだけ扇情的な格好をした美少女が目の前にいようとも、性的な目を向けない。向けられない。
きららを見たのは、あくまでも幹部が男だった場合に戦闘へと発展する起爆剤でしかないからだ。
三郎であれば見た目と気弱さから彼女の親切心が顔を出すであろうし、カヲルであれば口先三寸で言い包める様が目に浮かぶ、比丘尼であれば年長者としての威厳をフルに発揮する。
が、男であった場合はどれだけ言葉を重ねようが、どれだけ手を組む利点を説明をしようが耳を貸すまい。彼女にとって男とは敵でしかないのだ。おまけに相手は反逆者、戦って倒してもいい理由がある。
二車の幹部も顔を合わせただけで戦おうとは考えないだろう。
目的が勧誘にせよ、一時的に無力化してしまった方が手っ取り早い。小太郎と手を組んだ方が良いと判断すると見ていいが、流石に戦いを挑まれたら応戦せざるを得ない。任務と関係のない戦闘開始である。
(あぁ~~~、骸佐くん頼むよぉ! エウリュアレーは女だから女の方が説得しやすいって考えてくれるよねぇ! オレと君との仲だから、分かってくれてるよねぇ!)
心の中でこの場にいない骸佐に向かって両手を合わせて頼み込む。その時、きらりと流れ星が遠い夜空で流れた。
流れ星に願えば、願いが叶うと言うが、今回はどうか。その結果は、彼はそういう星の下に生まれてしまったと言うほか無いものだった。
新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で
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白兎(いつも忙しそうなので)
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影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
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