倉庫内部は、廃墟地区にしては比較的まともな外観から予測されるように小綺麗に整理されていた。いや、予測以上ですらあった。
(趣としては輸入業でもやってる倉庫ってところだが、整理されすぎている。既にエウリュアレーの術中と見た方がいいか)
自斎を伴った小太郎は、床に置かれた物品の影を身を低くしつつも周囲の観察を怠らずに進んでいた。
倉庫にはコンテナや木箱が理路整然と並べられ、所番地まで記されている。何者かが利用し、きちんとした管理が為されているようだ。
しかし、それでは疑問が残る。誰が利用しているにせよ、廃墟地区の倉庫をわざわざ利用する理由などない。何らかの値打ち物や商売品を保管しておくにせよ、もっと安全な場所はいくらでもある。
倉庫の所有者にしか分からない理由が存在しているにせよ、廃墟地区を利用するならば、住人の窃盗や襲撃を考えて数十人単位の護衛が置いておくべきだ。
それらが全くない。
ならば、護衛が既にエウリュアレーに始末されているか、或いはこの倉庫内部が空間操作の魔術によって全く別の空間に繋がっているのか。
いずれにせよ、自らが虎子を得るために虎穴に入っている自覚はしておかねばならない。尤も、虎穴どころか虎口の中かもしれないが。
「…………ふうま」
「分かってる。それから今は隊長と呼べ。お前が色々と納得してないのは理解しているが、守るべき規律がある。自分の立場を考えろ」
「……了解。でも、鬼崎先輩は――」
「アレはもう諦めた」
緊張と不安から背後から囁きかけてきた自斎の言葉に、ぐったりとした口調で返す。
咄嗟に名前で呼んでくる以上、自斎もまた小太郎を隊の長として認めてはいないのだろうが、すぐに不承不承ながらも了承の返答をする辺り、独立遊撃部隊に派遣された戦力という自らの立場を弁えているようであった。
二人の脳裏に浮かんでいるのは、自らの立場というものを全く理解していないきららのことか。
正確には理解していないのではなく、理解した上で反発しているなのだが、それはそれで余計に性質が悪いとも言える。
きららの抱えている問題は複雑ではなく単純だ。だが、幼少期のトラウマ故に根が深く、彼女自身が“男は敵”と信じ込まねば、生きていけないのだ。
鬼崎 きららは凜子、凜花、ゆきかぜに並ぶ次世代のエースと並び称される逸材。才気の源は、彼女を生んだ両親にこそあった。
父は優秀な対魔忍、母は“霜の鬼神”と称される神話級の鬼族。言わば、ハイブリット対魔忍とも呼ぶべき存在だ。
対魔忍の魔族に対する敵意は非常にに強い。ならば、混血である彼女もまた不当な扱いを受けそうなものだが、母が霜の鬼神という一点から逃れられているのだ。
“霜の鬼神”は大昔から存在を知られてこそいたものの、人間と敵対したことはほぼなく、人類に友好的な存在だった。
人魔不干渉という不文律こそ守ってはいなかったが、人間社会を尊重しており、時折やってくる思い上がった魔族の人界襲撃にも人の側に立って戦ったほどである。
基本的に彼女は人の寄り付かぬ山奥などで生活を送っていたようであるが、社会や科学技術の発展に伴ってそれも難しくなっていった。元々その予定だったのか、とある一件で保護され、政府の決定により対魔忍へと身柄を預けられる運びとなった。
当時は五車とも呼ばれていなかった隠れ里で穏やかな生活を送り、周囲から信頼を勝ち取り、夫となる男と恋に落ち、きららをもうけ――――
――――最後には、夫の手によって殺害された。
詳しい事情は極一部を除いて明かされていない。
信じた男が悪辣であったのか、止むに止まれぬ事情があったのか。きらら自身も幼い時分の話であり、本人も全てを理解しているかは怪しい。
それでも父が母を殺した事実は、幼年期に負う傷にしては余りにも深く広い。父に対する怒りと憎しみが、男そのものに対する敵愾心に繋がったようだ。
何も複雑ではなく単純な話だ。しかし、根が深い。とてもではないが任務の片手間にどうにかできる訳もない。それ故の諦めだ。
今、共にいない二人は、小太郎達とは別の入口から侵入している。
己の傍に居るよりも、凜花の傍に居た方がまだ暴走の可能性を減らせる。更に、エウリュアレーが待ち構えていた場合において、多方向からの奇襲を仕掛けられるからである。
物陰から物陰へ。それぞれが目立つ格好をしていながらも、物音一つ立てはしない。そして――――
「――――っ!」
「居たぞ、そっちからも見えるか?」
『ええ、こちらからも確認したわ』
倉庫の中央に、それが居た。
幽鬼のように佇む一人の女性。頭巾を被ってその表情は伺いしれないが、この時この場に居る時点で只者ではない。
通信機越しに相手の目視を伝えるが、返ってきたのは凜花からのみ。
その声には緊張の固さがあった。得体の知れない魔女を前にして楽観的になれるほど実戦経験が薄いわけではないようだ。
「あの格好、対魔忍……?」
「いや、違う。素材も違うし、調査部隊の中にはあんな格好の奴はいなかった」
既に得ていた調査部隊の情報に、女の纏う対魔忍装束と一致する人員はいなかった。
頭巾から除く鼻梁と口元も完全に一致はしない。何よりも、相当に上質な素材を使っているのだろうが、装備課が対魔忍装束に使用する高耐久の素材とは明らかに異なっている。明らかに、見た目だけ似せたものだ。となれば、アレがエウリュアレーと見た方が無難だろう。
コンテナに背中を貼り付けて覗き込んでいた小太郎は一つの違和感を覚えた。
これもまた彼ならではの独自の感覚であるが、存在そのものが希薄過ぎるような気がしたのだ。
気配を隠すのならば分かる。それは遮断に近く、一度でも相手を認識してしまえば、如何ようにでも捉えられる。
だが、目の前の存在はどうだ。目視しているにも関わらず、今すぐにでも煙になって消えてしまいそうな不安感。
一気呵成に襲い掛かり、何かをされる前に捕らえる方向性も考えていたが、本能も理性も警鐘を鳴らすと共に一つの仮説を打ち上げている。
もう少し探るべき。そう判断した小太郎は懐からスマートフォンを取り出し、対魔忍装束の女にカメラを向ける。
「ちょっと、何してるの? こんな時に写真なんて……」
「こういうのは結構有効なんだよ。パシャっとな…………やっぱりか。さて、どうしたもんか」
カメラを使用した際のシャッター音が出ないように改造されたスマートフォンは、無言のまま佇む女の姿を正確に撮っていた
画面に映し出された画像を目にした彼は、己の仮説が正しいことを確信した。
ただ、それは決して喜ばしい事実ではない。事態がより面倒な方向へと転がった証明でもあり、嘆息せずにはいられない。
と、その時。
「――――ちょっ!?」
「あ? どうし――――なにやってんのあいつ???」
女の様子を伺っていた自斎は、驚きの余りに悲鳴を上げた。
あくまでも小声の悲鳴であり、この距離ならば相手にも気取られないと小太郎も目くじらを立てなかったが、彼女の見ていた光景を見た瞬間、目が丸くなる。
事もあろうに、きららが真正面から女へと向かっていっている姿が其処にあったからだ。
勝手な行動に怒る暇さえない。理解できない思考回路と行動方針に呆気に取られるばかりである。
「アンタがエウリュアレーね! さっさと仲間を開放しなさい! アンタのせいでこっちは不快な思いをしてるのよ!!」
「我慢するとか堪えるってのが出来ないのかあいつ。出来ないみたいだわ」
「言ってる場合!? 早く援護を……!」
名乗りこそ上げず、警戒こそしているものの、魔女に対してバカ正直にこれから戦いを挑もうとする姿に頭痛すら何処か遠くへと飛び去っていく。
どうやら、きららは小太郎が写真を撮っている姿を目撃して我慢がならなかったらしい。
敵を前にして何をしているのか。ただでさえ男と任務を共にするだけで耐えかねるというのに、その男が任務とは関係のない行動を取っているとでも考えたようだ。
気持ちは分からなくもない。度を越した男嫌いというのなら尚の事。彼の行動が如何なる意味を持つのかを考えず、偏見から無駄と切って捨てている。
エウリュアレーに対しても、心の何処かで油断がある。
これまで命令を無視しようとも、何とかなってきた。ただ運が良かっただけに過ぎずとも、自らの実力と勘違いするには十分過ぎる体験であっただろう。
油断と慢心。過ぎた力を持つ者が陥る病のようなもの。其処に男嫌いが加われば、こうなる事は目に見えていたかも知れない。
今更、どうする事もできない。賽は投げられた。尤も、小太郎が投げたというよりも、きららの行動によって投げさせられたのだが。
兎も角、後は予想されうる被害を極言するべく行動に出る他ない。
「きゃっ、な、何を……!」
「罠だッ! 全員、鬼崎の所に集まれ! 分断されるぞ! 女は無視しろ、
「――――はぁっ?!」
自斎の胸ぐらを掴んで物陰から躍り出た小太郎は、絶叫にも等しい命令を告げる。
その言葉を理解すると、きららが驚きの声を上げ、同時に女の姿が陽炎の如く揺らめき、やがては消えた。
異変はそれだけに留まらない。
今し方まで女の立っていた場所を起点として複雑怪奇な魔法陣が展開され、膨大な魔力が倉庫全体を包んでいく。
既に姿を消したにも拘らず、女の声で陰鬱とした詠唱が囁かれている。一体、何処から響いているのか。
「自分で走れる!」
「そうかい! そいつは良かった――――っ!?」
(魔法陣の中に別の魔法陣! そんな真似をして魔術が成立するのか! いや、それ以前に狙いはオレ!?)
胸ぐらを掴まれたまま引き摺られるように移動していた自斎は小太郎の手を振り払い、自らの意思で動き出す。
但し、両の脚を使って走るのではなく、自らの忍法を最小限利用し、まるで宙を滑るかのような空中浮遊であった。
思ったよりも力を使い熟している自斎に意識を向ける余裕すらなく、小太郎も地を蹴り続ける。
それを邪魔するが如く、倉庫全体を覆う魔法陣とは別の魔法陣が自らの足元に出現している事に気がついた。
魔術は魔力を原動力にした技術の総称。発動までの過程は様々であるが、魔法陣と詠唱を利用する様式は基本中の基本となる。
特定の詠唱によって魔法陣に魔力を流し込み、特定の魔術を発動が基本的な流れ。言わば電化製品に近い。魔力は電気、詠唱はスイッチ、魔法陣は電子回路の関係性に似通っている。
故に、小太郎の驚きも当然だ。複雑な電子回路の中に、更に別の電子回路を潜ませて全く別の機能を持たせた上で起動させるなど高等技術の域を越えている。並の魔術師では不可能な芸当だ。
(分断されれば最悪! 隊員の行動も読めない、人質にされたら目も当てられねぇ! 間に合うか!)
きららにせよ、自斎にせよ、命令を聞くかも不安であり、まともな戦力として期待はしていない。
だが、分断されて各個撃破、更にはエウリュアレーの手に堕ちでもすれば身動きが取れなくなってしまう。見捨てるという手段もなくはないが、アサギに任された戦力である以上、最後の最後まで取れない選択である。
結局の所、助っ人なぞお客様。他の正規隊員とは異なり、真の意味で小太郎の自由にできる存在ではないのだ。
予想外の事態に慌てふためくきららを他所に、小太郎も、自斎も、凜花も一斉に駆け寄っていき――――全てが眩い光に飲み込まれる。
(この感覚、空間転移か……!)
凜子の空間跳躍の術に似て非なる感覚に、小太郎は歯を食いしばった。
重力の不在。五体の融解。五感の消失。空白。空白。空白。空白。空白。
肉体の全てが消えてなくなり、鈍り続ける思考だけが残っている不快感。まるで死後、その地に縛られ続ける地縛霊にでもなってしまったかのような感覚。
その中で、必死に思考と意識を保ち続ける。一瞬とも永遠とも取れる転移の影響であったが、始まりが突然であれば終わりも唐突であった。
「――――っとぉっ!」
突如として全ての感覚も、消えていた筈の重力も元に戻る。
瞬時に彼が認識したのは自身が天地逆しまに中空に投げ出された事実。重力に引かれる落下の最中、くるりと猫のように反転すると見事に着地を決める。
それだけではない。脚が地面に接すると同時に地を蹴る。何処に跳ばされたか定かではないが、敵の術中に落ちたのは事実。転移場所に一秒でも留まり続ける事が如何に危険かを理解していない訳がない。
「はてさて、此処は何処なのか。分断は――――されなかったみたいだな」
視界の端に映った巨大な瓦礫の影に身を潜めた小太郎は、ようやく周囲を探る。
上下左右を堅牢なコンクリートの壁で囲まれた空間。前後には薄闇が何処までも続いているかのようだ。
足元にある鋼鉄の線路から、一部が崩れているものの地下鉄の一部だと伺える。
途中で人工島そのものが廃棄されたため、ついぞ電車が走る事はなかったが、住民の移動手段の一つとして地下鉄も建設計画に組み込まれていた。恐らくはその一部、或いは其処に似せた擬似空間といった所だろう。
幸いにも電気は通っているらしく、非常灯らしき光源が一定間隔でならんでおり、完全に闇に閉ざされている訳ではない。
周囲の警戒と共に次なる一手、現状における最善手を探っていた小太郎であったが、突如として頭上に出現した魔法陣の二つに、安堵とも悲観とも取れると息を吐き出した。
その魔法陣が空間転移魔術の終点、出口の門あったのか、ずるりと赤子が生まれてくるように、二人の人物が落ちてきた。
「ひきゃぁ――!」
「あッ、うぅっ!」
「ほいッと。無事で何より」
「な、何なのよ、突然……――――って、離せぇっ!!」
「お望みのままに」
「ふぎゅぅ――!?」
「はうぅぅ――?!」
落ちてきた人物――――きららの左足首を、自斎の右足首を掴み、小太郎は地面に叩きつけられることだけは免れさせた。逆さ吊りの状態で頭を振る自斎と、状況を全く理解していないきららに露骨な呆れの視線を向ける。
転移の経験がなく、影響をもろに受けているらしいが、逸早く状況を理解したきららは、男に触れられている事実に耐えられずに暴れまわる。このままでは顔面に蹴りを食らうと判断した小太郎は、ぱっと両手を開いて二人を開放した。そうなれば当然、重力に支配されたこの星の事、地面に激突する。
頭から地面へと落ちた二人は揃ってまんぐり返しの格好を披露している。
安産型のいい形の大きい尻だ。本人にその気がなくとも男を誘うセックスアピールそのもの。
自斎はスパッツのような肌に張り付く綺麗な逆三角形から豊かな尻肉がはみ出し、きららなどエグいレオタードのため丸出しだ。男なら目を奪われそうであるが、小太郎は視線すら見せず、天井に視線を彷徨わせていた。
その時、僅かに遅れてもう一つ魔法陣が形成され、今度は凜花が吐き出される。
先に二人が転移させられた以上、彼女も同様の場所に送られると踏んでいたようで、待ち構えていた小太郎が凜花の身体を両手で受け止める。
膝の裏と背中に手を回すお姫様抱っこの形。先の二人よりも扱いがいいのは、幼馴染であったからなのか、二人よりも頼れるからなのか定かではない。
「う、うぅ、くらくらする……」
「大丈夫か?」
「こ、小太郎? は、はぅ!? だ、大丈夫、大丈夫だから下ろして!」
自らの状態を理解した凜花は、冷静どころか冷徹ですらある視線を受けてもなお、赤面してぐいぐいと小太郎の胸元を押して少しでも距離を取ろうとする。
気が強かろうが気負っていようが彼女もまた乙女。憎からず思っている相手に抱き上げられては嬉しさと気恥ずかしさで、混乱してしまうのも無理はない。
(あの魔法陣、オレに狙いを定めていた。他と違って、男だったからかなのか。しかし、男を嫌悪するような伝説も伝承も残っていない。男女も人も魔も神も区別なく巻込んでいくタイプなんだが、な)
可愛らしく腕の中で暴れる凜花に何の感慨も抱かず、そっと立たせてやりながらもエウリュアレーの目的に思考を巡らせる。
魔法陣の中の魔法陣は、間違いなく己を狙ったものだった。
運良く逃れられたが、そちらの魔法陣に捕らわれていたのなら、全く別の場所へと転移させられていた可能性が極めて高い。
しかし、意図が読めない。これほど高度な転移魔術を駆使できる以上、自らを追う調査部隊を消し去りたいだけであれば、もっと情報も証拠も残さぬやり方はいくらでもある筈だ。自らの現状も鑑みれば、誘い込まれたと見るべきだろう。
それでも疑問が残る。
あの瞬間、何故自分だけを別の場所へと転移させようとしたのか答えが出ないのだ。
独立遊撃部隊の隊長として任務に携わっているが、それがふうま 小太郎であると知っているのは対魔忍だけ。それ以外の勢力には正体不明のままで通っている。
何らかの魔術を用いて調査部隊に口を割らせた可能性もあるが、伝説の魔女の目を引くほどの情報を引き出せるほど調査員は小太郎を知ってはいない。
あの場で最も危険なのが小太郎である、或いは“まずは隊の頭を潰す”という判断であったのかもしれないが、全てを見られていたと仮定したところでエウリュアレーがそう判断できるだけの情報は与えていない。
ならば何故。
この疑問の答えこそが、エウリュアレーの目的そのものであるような気さえする。断定は危険だが、思考を割り裂く必要を小太郎を感じ始めていた。
「――――ぐ、この、アンタねぇ!?」
「お、鬼崎先輩、落ち着いて」
「これくらいで済んだだけで御の字だ。それから、こういう目に合ってるのはオレのせいじゃない」
「きららちゃん、貴方ねぇ! こうなったのは誰のせいだと思ってるのよ!?」
「だ、だって! コイツが呑気に写真なんか撮ってるからっ! 罠だって分かってるなら最初から言えばいいでしょっ?!」
女三人寄れば姦しいと言うが、これはそれ以上だった。
雑な扱いが気に入らなかったのか、頭の痛みを堪えながら立ち上がったきららはいの一番に小太郎へと噛み付いた。まるで全てアンタが悪いと言わんばかりの態度である。
そんな彼女に小太郎は相変わらず視線すら移さず、相手にするのも億劫だと言わんばかり。相手にしないと言わんばかりの態度が怒りの炎に油を注いでいるのだが、改める気は全くないようだ。彼女も彼女であるが、彼も彼であった。
きららの過去を知って同情すら抱いている凜花であったが、今置かれた現実の責任は誰にあるのかを重々承知しているらしく、庇うように声を張り上げる。
二人の間に割って入ってしまった自斎が哀れですらある。人付き合いが苦手、人と触れ合うべきではないとすら感じているのに、仲裁の役目を背負う羽目になって涙目になっている。
「ほらよ」
「っ、な、何よ――?」
「罠だと気付いたのはそれを見たからだ。見てみろよ」
「何これ……あの女が映ってない……?」
何の宣言もなくスマートフォンを投げて寄越され、きららは面を喰らいながらも持ち前の反射神経で問題なく受け取った。
その画面に映し出されていたのは、先程の倉庫の写真であった。
だが、きららが見た撮影の角度では、あの女の姿が映っていなければおかしいにも拘らず、影も形すらない。
「多分、米連の目を掻い潜るためだろ。肉眼なら捉えられるが、機械を介すと途端に存在しなくなるタイプの幻像だ。米連の特殊部隊はHUDが標準装備、偵察に自律型のドローンを使うからな」
「でも、どうして……?」
「分からん。少なくとも、エウリュアレーの目的は米連にはないみたいだ」
エウリュアレーがその気になれば、機械を介したとしてもハッキリと映る幻像を造ることなど造作もなかろう。それどころか、手で触れても違和感のない質感を再現するものすらも簡単に違いない。
敢えて幻像の質を落としたのは、米連に絡まれるのは面倒と考えているのかもしれない。米連は魔界技術に強い興味を示しており、回収と新技術への転用に力を入れている。よって、エウリュアレーも十分に興味を唆る研究対象と成り得る。
伝説の魔女が米連にそれほど興味を抱いているとは考えにくいが、一人ひとりの質は兎も角として数で責められては鬱陶しいことこの上ない。今回の件、米連を巻き込んで遊ぶつもりだけはないようだ。
幼稚な責任転換をしていたきららも、これには閉口した。
あの瞬間、あの場であの女が幻像であると予期していたのは小太郎だけだった。それを台無しにしたのは自分自身だと認めざるを得ない。
「…………自斎ちゃん、凛花ちゃん。ごめん、私が軽率だった」
「っ! いい加減にして! 小太郎は貴女の――――」
勝ち気な彼女にして珍しく、しおらしい態度で謝罪を口にした。
それでもその対象の中に小太郎は含まれていない。どうあったところで、男に頭を下げるなど彼女にとっては在ってはならないことらしい。
これに顔を赤くして怒りを露わにしたのは凜花だった。
きららに掴みかからんばかりの勢いで、声を荒げる。彼女の怒りも当然だった。
いくら同情の余地のある過去が持ちえども、許される範疇を越えている。況してや、或る意味において自身よりも重要視している小太郎を無視しての謝罪など許せる筈もない。
小太郎は貴女の父親じゃないのよ。
きらら自身も分かっている当然の事実。だが、口にしたが最後、両者の関係性に致命的な罅が入る台詞を口にしようとした瞬間、小太郎が凜花の肩を掴んだ。
「止めろ。それ以上は言わなくてもいい」
「でもっ……!」
「いい。隊員の行動の責任は全て隊長に帰属する。御しきれなかったオレが悪い。それが
「…………っ」
「分かったな?」
「……………………分かったわよ」
異常な冷たい表情と声色に背筋に怖気が走り、凜花は全ての不満を押し殺して口を噤んだ。
きららは男に庇われている事実から口唇を噛んで自身と小太郎に対する怒りを抑えているようであった。これで何か罵倒を口にしないだけで、小太郎にとっては十分だ。
別段、きららを好きで庇った訳ではない。
ただでさえ命令を聞かない隊員に、集団行動をしたことのない隊員に、やたら気負った隊員で啀み合いが始まればどうにもならない。
やっていられるか、とそれぞれが独断行動を始めた場合、小太郎自身の持てる予測と能力の範疇を大きく外れてしまい、どうしていいか分からないのだ。
ならば、命令を無視されようが、まだ目の届く範囲に居て貰った方がマシという判断である。
「行くぞ。警戒を怠るな、此処から先は魔女の釜の底を浚うようなもんだからな」
既に導火線に火が付いていることは小太郎も気付いている。だが、彼の持てる能力では如何ともし難い。
元より他者からの信頼を得られる人格ではなく、本人にもその自覚がある。故に、今は消極的な方法しか選択肢がない。
彼の性格故なのか、はたまた最初から決められたことだったのか――――抱えた爆弾が爆発する時間は、もう目の前にまで迫っていた。
新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で
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