転移された先のトンネルは無限に続いているかの如く伸びている。小太郎を先頭に、すぐ後ろには凜花が、その後にきららと自斎が続く。
足音のみが反響し、目印らしい目印の存在しない道程は方向や時間の感覚を容赦なく奪う。
右へ左へと緩やかなカーブを描く場面もあるが、それに気付いているのは小太郎くらいのもので、他の皆はゲンナリとした表情。
終わりが見えない事実はただそれだけで気力を奪う。これも術中の内ならば老獪と思えたが――――
(しかし、
此処に来てから、一向に襲撃はやって来ず、終わりは見えないものの先にはすんなりと勧めてしまっている。
体力気力の消耗を目的としているのなら、手勢による削りも当然のように配置されているべきなのだが、それすらない。
まるで遊んでいるような手緩さであると同時に、更に読めなくなる魔女に薄気味悪さが募っていく。
(いや、違うか。先に進んでいる連中が居る。間違いなく二車の幹部連中だな)
思考を巡らせながらも、周囲の環境の変化を具に観察していく。
相変わらず代わり映えのしないコンクリートの壁と経年劣化による天井の崩落から生み出された瓦礫が並んでいるが、ようやっと変化が現れ始めた。
壁の傷。地面の陥没。瓦礫の真新しい破断。どれもこれも時間の経過によって生まれる形をしていない。
何者かの手に寄らねば生み出されない結果の数々は、つい先程まで誰かが戦闘を行っていたと示している。
これまで攻撃や襲撃がなかったのは、先を進む者がエウリュアレーが設置していたであろう削りの罠を掃討してしまったからだ。
(三郎ならもっと派手な跡が残る。カヲルなら魔術について調べているだろうから使い魔との無駄な戦闘なんざ極力避ける。比丘尼の婆様だと気持ち悪い死体が一つも残ってねぇとかありえねぇ。ただまあ、運がいいのか悪いのか……)
二車の女性幹部の戦闘スタイルは既に把握している。
意図して調べたのではなく、弾正が当主として健在だった時代にたまたま目にする機会があったに過ぎないが、現状のどれとも一致しない。
ますます、この先に待ち構えている幹部が喜ばしくない性別であったのは明らかなのだが、希望が持てない訳ではない。
「ちょっと、さっきから何やってるわけ……?」
「ああ、これか。さっき空間転移をしたからな。この手のタイプの魔術は何度も転移する可能性が高い。だからこうして探ってる」
「へぇ……そういうのもあるのね」
「ふーん…………オタクってのはこれだから」
(いい! いいよ、この反応! この調子なら交渉に持ち込める可能性はあるぞぅ!)
先に進む小太郎の背中に、再びきららの声が突き刺さった。
彼がやっていたのは進む方角に向けて小石を投げる行為。足元の小石を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返している。
何処までも続く地下鉄に違和感を覚えていた。
これまで進んだ距離を鑑みても、いくら建設途中であったとはいえ地上へと続く道や通路が一向に現れないのはいくら何でも異常だ。
其処で空間転移で別の場所に跳ばされたのではなく、空間転移によって既に張ってあった結界の中に引きずり込まれたのだ、と判断したのだ。
それならば、何処までも続くトンネルにも説明がつく。要は、東京キングダムの地下鉄を模倣して再現しただけの精巧な偽物に過ぎないのだ。
空間などネジ曲がっている上、同じ景色が何処までも続くとは限らない。エウリュアレーならば、高熱と毒ガスで満たされた溶岩地帯も本物と寸分違わずに再現できる。いきなり別の環境に切り替わり、全員仲良く死亡などという事態は避けねばならない。
そのために別に再現して作られた環境との境界線を探るため、小石を投げ続けているのである。
自斎が彼の知識――もっと正確に言うならば
一見、何も変化していないように思えるが、変化は現れている。先の失敗以前のきららであれば、間違いなくもっと食って掛かっていただろう。
だが、今はいちいち口を挟みこそすれども、邪魔をしようともしなければ、無理にやめさせようともしない。
苛立ちから見せた独断専行を小太郎に対して謝りこそしなかったが、反省はしているのだ。
今は男嫌いを拗らせて、男であれば無意味に反発を繰り返してこそいるが根は素直で責任感が強い。己自身の間違いであれば、認めることは出来る。
有り体に言って、今は意気消沈状態である。イライラしているのは寧ろ凜花の方で、きららの精神状態は落ち込んでいる。
この状態ならば彼女も強くは出られない。例え、二車の幹部が男であったとしても、手を組む方向に持っていける可能性は高かった。後は、己の口で納得させずとも首を縦に振らせればいいだけの話だ。
「あっ、石が……」
「おっと、読み通りだな。やっぱりあったか」
一つ、また一つと小石を投げていると、地面に音を立てて落ちる小石が唐突に消失した。
それを目にした凜花は僅かに驚いたような声を上げた。実際に目にするまでは如何に幼馴染の言葉であれども半信半疑だったようだ。
トンネルは何処までも続いているように見える。だが、小石の消失からも分かるように確かな境界線が其処には在る。
足を止める三人を他所に、小太郎は無言で左腕を前に出しながら、前へと踏み出す。
この中で戦力として劣っているのは己であり、また
任務を開始するに当たってあらゆる覚悟を決めていた彼は、躊躇なく小石が消失した左腕を突き入れた。
境界線に指先が飲み込まれ、掌、手首、前腕、肘までが飲み込まれ、綺麗さっぱり見えなくなる。
無くなった腕の肌から伝わってくる情報を吟味してから腕を引き抜き、何度か手を開いて閉じてを繰り返す。
結果は異常なし。少なくとも人類の生存可能領域の範疇にあることは間違いない。
ひとまずの安堵と一つの提案とその道筋を組み立て、背後で待つ三人へと振り返る。
「外でも言ったが、この先で二車の幹部が居る可能性が高い。其処で一つ提案がある」
「何よ、勿体振らずにさっさと言ったら……?」
「奴等と手を組む」
「はぁ――!?」
「それは……」
「………………」
包み隠さずに、この先の動きを伝える。
おおよそではあるものの、この先にいる二車の幹部は、これまでの道程から拾った情報で検討が付いている。あの二人であれば、問題なく手を組める。
問題は、案の定の反応を見せるきらら、驚いている自斎、予想していたようだが渋い表情を見せる凜花を納得させることだけ。
「手を組むって、相手は反逆者なのよ! 組めるわけないじゃない!」
「有事の際には例え敵と組んでもお咎めはない。組める組まないじゃなく、組まざるを得ない」
「私達じゃ、無理だっていうの!?」
「無理だろう。冷静になってくれ。オレ達はこれまでエウリュアレーの目的が分からないままに術中に嵌っている状態だ。それだけ相手が上を行っているってことだ」
「……っ」
今、この状態に陥っているのは半分以上はきららの責任であり、残る半分は最初から制御を諦めてコミュニケーションを怠った小太郎にも非がある。
だが、全ての責任は隊長であるオレにあると敢えて口にした。制御の出来ない隊員に対する呆れと怒りはあれども、自らの能力不足と本心から認めてはいるが、同時にきららの罪悪感と責任感をも意図的に煽っていた。
自分の庇うような言動は、責任感の強い人間にしてみれば自責を募らせるものだ。
況してや、嫌いな男から庇われていると在れば、きららは是が非でも自分の責と考える。相手の人格や性格に合わせて論調や手法を変えるのは、弁舌において行って当然の事柄である。
一先ず反発は其処までであり、きららは口唇を噛みながら押し黙る。既に自責の念で頭が一杯であり、陥った状況と彼女の性格を読み切った小太郎の思う通りに動かされていることにすら気付いていない。
「でも、乗ってくる……?」
「間違いなく乗ってくる。相手側もオレ達と似たようなもんだ。危機感を持っている以上、乗せるのは簡単だ」
「問題なら他にもあるわ。エウリュアレーを倒した後に、後ろから……なんて事にならない保証は? 新しいふうまを名乗る二車の人間なら、正当な後継者である小太郎は殺しておきたいでしょう?」
「ああ。だからエウリュアレーを倒し切るよりも前に目的を把握して、調査部隊を抱えて逃げる。こっちの任務はあくまでそれだ。討伐する必要なんぞ何処にもない」
「それで、骸佐にエウリュアレーを取り込まれたら……?」
「それはまずない。骸佐も幹部も馬鹿じゃない。これだけの力を持っていようが制御できなければ意味がない。引き入れるリターンは計り知れないが、それ以上にリスクが大きすぎる。ようやく足場が出来始めた組織で、奴に首輪をし続けるのは不可能だ」
初めに自斎が、次に凜花がそれぞれの疑問と不安を口にした。
小太郎の口にした提案は全て偽りのないものだ。
エウリュアレーに関しても、骸佐は勿論の事、この先に待ち受けているのが確定している二人であれば、同様の判断を下すと確信している。
意見を否定されれば誰とて良い気はしない。だが、否定せねばならぬ事柄はどうしようもなく存在する。
故に出来るだけ穏当な口調で、そして静かに相手の意見に反論していく。気をつけるのは感情を高ぶらせるような発言を控え、この場における最善がそれだとすんなり認めさせる事。
幼い頃から対魔忍内部の下らない権力争いに巻き込まれてきた彼には、まだ年若い乙女達を納得させる事など造作もない。
(…………ドキドキ)
「分かった。私は賛成するわ」
「…………………私も」
「獅子神はどうだ?」
「え? ええっと………………私も、それで、いいわ」
「よし、決まりだな」
(シャッッオラァ!! どんなもんじゃいッ!!!)
まずいの一番に凜花が、僅かに間をおいてきららが首を縦に振った。
凜花にせよ、きららにせよ、心から納得したわけではないが、最善であるとは認めたようだ。
これまでエウリュアレーが見せた魔術。ひと目では判別できない幻像に、空間転移。どちらも驚異である。才能に溢れ、成功ばかりを繰り返してきた彼女達でも二の足を踏まざるを得ない。
最後まで賛成の言葉を口にしなかった自斎にも小太郎は確認を取る。
三人の意見が出揃い、自分の意見は流されると思っていたのだろう。彼女は僅かばかりに驚いたような素振りを見せる。
無論、この流れは小太郎が作ったものだ。自斎がどんな意見を口にしようが最終的な結論を変えるつもりはないが、それはそれとして尊重の姿勢は見せなければならない。
一人だけ意見が通らなければ、通らなかった人間には不満が貯まる。例え、口にするだけの意見を持っていなかったとしても。其処に、あくまでもオレはお前の意見も尊重する、という姿勢を見せる事で少しでも不満を解消してやるのである。
完璧でなかったとしても、ほぼ自分の理想通りの位置に着地し、涼しい顔をしながらもドキドキしていた小太郎は心の中で渾身のガッツボーズを決める。
「よし、オレが先行する。交渉が決裂したら戦闘開始だ。相手方の手の内は分かってるから安全に勝てる。全員、生きて帰るぞ」
「「了解」」
「…………っ、分かったわよ」
(よし! よぉし! とってもダンサブル! そのまま三人ともオレの掌で踊り狂っててくれ!!)
神妙な顔で頷いた凜花と自斎、憮然とした表情ながらも頷かざるきらら。
何にせよ、小太郎の思惑に沿う形ではあった――――――少なくとも、この時点までは。
思い返してみて欲しい。ヨミハラでの波乱を。
おおよそ彼の思惑通りに進んだ展開ではあったが、幾度となく想定外に見舞われた。淫魔王の陰謀、魔界の踊り子との偶発的な接触、帰ってきた弾正とのニアミス。
これだけ交通事故地味た想定外に見舞われながら大戦果を上げた事は大したものであるが――――これまでを見れば分かるように彼はそういう運命にあるということ。ならば、この先もそのような展開が待ち受けていないわけがないのである。
新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で
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白兎(いつも忙しそうなので)
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夜梟(機体の静粛性能から)
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影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
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飛梅(完全和製)
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蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)