対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

38 / 81
おら、苦労人が大怪我すっぞ。パイセン、はよチョロ堕ちせいや。

 

 

 

 

 

「あっちか――!」

 

 

 それぞれの戦闘は、各々の思惑から距離が生み出されていく。

 矢車は凜花が受け継いだ忍法・煙遁の術の性質を重々承知しており、一対一の戦闘に水を指されては堪らないと考えているのだろう。

 並の対魔忍と比較すら馬鹿馬鹿しい膂力と速力で繰り出されるきららの攻撃を躱しながら、徐々に権左と相対する凜花、尚之助と鍔迫合う自斎からをも離れていく。

 

 そして、味方である自斎もまた権左と激しく打ち合う凜花から距離を取る。

 自身の実力に対する絶大な自信、ではなく、制御の効かない力に対する恐れから、他者を巻き込まぬためにこそ。

 それら全てが相俟って、独立遊撃部隊を更なる危機的状況へと陥れているのは皮肉という他ない。

 

 

「おい、鬼崎! そいつは――」

「うるさい! 男の命令なんて聞くもんですかっ!!」

「ぐはははっ! 若い若い! 所詮は小娘、彼我の実力差も分からぬか! ふうま宗家を名乗っても所詮は小僧っ! 下の手綱さえ握っておれぬとは――!」

「なんですってぇ……!」

(握ってた手綱をぶった斬られたんだよ、こっちはぁ!! テメェのせいだろうがよぉぉぉッ!!)

 

 

 巨体からは想像もできない俊敏さで、きららの猛攻を躱しながら矢車は若い二人を嘲笑う。

 それがまたきららの怒りのボルテージを底上げして頭に、小太郎の内心を大噴火させているのだが、それも奴の狙いの内だろう。

 

 僅かな攻防ながら、矢車は自らの戦力ときららの戦闘能力の比較は終えているはずだ。

 それでもなお、味方から距離を離しているのは、独力だけでも勝てる算段が既に付いているということに他ならない。

 

 きららも決して弱いわけではない。

 “霜の鬼神”と呼ばれた鬼族は神話級。ノマドの首魁であるブラックや大幹部のイングリッド、カオスアリーナを取り仕切る蛇神・スネークレディ、あらゆる生命の存在を許さぬ溶岩地帯に居を構える灼熱の化身・アスタロトと並び立つ存在であり、その娘が弱いわけもない。

 身体能力は発展途上ながらも初老に差し掛かった矢車に及ぶべくもなく、母から受け継いだ冷気を操る異能も強力無比。単純な強さだけで言えば、きららの方が格上だ。一度でも攻撃が直撃すれば、一瞬で勝負は決するだろう戦力差。

 

 才能でも能力でも劣った者に勝ち目はない。一対一の戦いにおいて、上には上がいるという根本原理も何の意味もなく、純然たる実力差が勝負を決する。

 もし、それを覆す要素があるとすれば、智慧と経験だろう。そして、矢車の哄笑は後者を用いている故のもの。 

 

 そうこうしている間にも冷気によって作り出したクローは、煌めきながら矢車の身体へと肉薄していく。

 腕が振るわれる事に少しずつ、だが確実に矢車の動きを見極め、修正して、当然の結末へと向けてひた走る。

 

 その瞬間は、小太郎が矢車の狙いを口にするよりも速く訪れた。

 

 

「とったっ! 喰らえっ!!」

「――――っ?!」

 

 

 それまで見せていたものよりも更に鋭い踏み込み。

 肉体に刻み込んだ武錬が考えるよりも速く、敵を倒すために普段よりも半歩分だけ深く、きららの身体を前へと進ませた。

 

 身体能力に劣る矢車は動きを見極めながら回避を重ねていたが、その疾風の如き踏み込みに面を喰らい、目を見開く。

 最早、避けようがない。年老いて鈍くなった反射神経ではどうあっても対応できない。勝敗は此処に決した。始めから定められたように氷の爪撃は老忍の腹を貫き――――

 

 

「かかりおったな、馬鹿め」

「――――え?」

「それは人形だ! 避けろっ!」

 

 

 矢車の顔が醜く歪む。苦痛に耐えてのものではなく、品性の欠片もない実に卑しい笑みが浮かび上がる。

 

 何故か血を吐かない。いつものような肉を貫き、骨の砕ける感覚がない。何よりも、氷の爪で貫いた筈の腹が砕けるでも避けるでもなく、泥のように崩れていく。

 勝ちを確信していたきららは、見えていた未来とは異なる光景に呆然と眼の前の現象と眺めるばかりだった。

 小太郎が駆け寄りながら放った叫びすらも頭に届いていなかった。無論、波に浚われる砂の城の如く崩れていく矢車の背後に地面から現れた()()の矢車の姿など、気付きようがない。勝敗は既に決しているのだ。

 

 

「にんっ――――かはっ?!」

 

 

 泥と崩れる人形ごと、矢車は丸太のように太く鍛えられた豪腕を振るう。

 術理などない力任せの一振り。だが、だからこそ全力の一撃であり、混じりっ気のないの暴力でもある。

 何が起こっているのか、矢車が何をしたのか、自分が嵌められたことすら気付いていないきららの脇腹に、本来であれば当たる筈のない一撃が叩き込まれた。

 

 モデル体型の身体が、砲弾のような勢いで宙を滑る。

 身体の内側から響いた肉の潰れる音を聞き、続いて背中から聞こえた鈍く重い音に、きららはようやく自分が吹き飛ばされた挙句、壁に叩きつけられたと知る。

 

 

「ぐっ……はぁっ……がっ……」

 

 

 呼吸が出来ない。痛みできららの視界がぐちゃぐちゃに歪んでいく。

 必死の思いで息をしようとした瞬間に、口の中一杯に苦味が広がって吐き出していた。指先から脚先まで、他人の身体になってしまったかのように動かない。

 

 吐き出された真っ赤な血は、内臓に傷を負っている証左。

 この程度で済んでいるだけでも彼女がどれほど強靭な肉体を持っているかが分かる。並の対魔忍であれば、背骨を完全に粉砕されていただろう。

 

 

「げひひ! さぁ、これで終いじゃぁ――――!」

 

 

 だが、悲しいかな。その強靭な肉体も、今や何の意味もない。

 動けないまでも顔を上げたきららに向けて、矢車が握り込んだ右拳を大きく振り上げる。数瞬も立たぬ内に、再び目を背けたくなる暴力が振るわれる。

 

 

(やっぱり、男なんて……!)

 

 

 ほんの僅かな時の中、きららの頭の中を埋め尽くしていたのは相も変わらずにそれだった。

 

 男を敵と認識したのは何時だったか。

 父が母を殺したと知った時はまだ違ったような気がする。あの瞬間は、ただ世界の全てが崩れているような感覚だけだった。

 だが、時間が立つにつれて、父との確執が深くなるにつれて、没交渉と断絶の果てに、男の姿が全て父と重なった。

 どれだけ耳障りのいい言葉を吐こうとも、聞いている方が恥ずかしくなる愛を囁やこうとも、男は欺瞞の塊だ。情に絆されて、少しでも気を許そうものなら母のように殺される。だから、父も男も敵だ。そう思い込まなければ、とても生きてはいけなかった。

 

 心の何処かで、こんな生き方をした所で何も変わらない、母も望んでいないと自分自身が叫んでも、耳を塞いでやり過ごした。

 男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。男は敵。変わらずに自分へと言い聞かせる。そうでもしなければ、余りの悲しみと怒りに崩れ落ちそうになってしまいそうだったから。

 

 幼い日。もう朧気になってしまった記憶にある両親は仲睦まじかった。確かに、愛し合っていた――――そう思っていたのに。

 

 全ては嘘だった。嘘でなければ何なのか。何故、父は母を殺したのか。

 聞けばそれで済んだかもしれない。だが、その時点で父との溝は余りにも大きく広がっており、今は何処で何をやっているかすら分からない。

 

 そうやって生きてきて、その結末がこれだ。

 下卑た笑いを浮かべる男にありったけの怒りを込めて睨みつける。その意思も、迫りくる拳と現実に圧し折られる。

 殺されることはないと思う。欲望を隠そうともしない男の視線は、何度となく浴びてきた。あの男が言っていた手足をもいで愛妾にしてやろうという言葉は確実に実現される。

 

 誰か助けてとは言わなかった。この場に居るのは男だけ、凜花も自斎も傍にはいない。

 精一杯の矜持から悲鳴を上げようとする口を閉ざし、恐怖から力一杯に目を瞑る。

 

 ごき、ぶちぐち、ぎぃ、ぐちゃ、ぼきん―――――暗闇の中で、肉と骨が壊滅する音を聞いた。

 

 

「――――……?」

 

 

 けれど不思議なことに、痛みと衝撃は何時まで立っても訪れず、意識を失いさえしなかった。

 始めは受けたダメージで感覚がおかしくなっているのかと思ったが、どうやら違う痛覚は生きており、先の攻撃の痛みがまだ続いている。

 

 なら、なんで?

 

 その疑問を解消しようと瞼を開いた先に広がっていたのは――――

 

 

「やってくれるじゃないか……!」

「ほっ! 若様にと――――おぉっ?!」

「チッ、仕留め損ねた」

 

 

 ――――嫌っていた男の背中だった。

 

 矢車の振り下ろした拳ときららの間に身体を滑り込ませた上で、左腕を盾にして防いだのだろう。

 身の毛もよだつような音は彼女ではなく、小太郎の身体から響いたものだったのである。

 

 あからさまな嘲りを浮かべた矢車であったが、小太郎の右手に握られたいた杖による刺突が間を置かずに喉へと放たれると驚きの声と共に大きく飛び退る。

 当然の驚愕だ。何せ、攻撃を受けた左腕は拳を離した瞬間に力なく垂れ下がり、厚いコートの上からでも分かる程に拉げている。関節とは異なる箇所で最低でも二ヶ所、あり得ざる方向へとねじ曲がっている。肩から先は勿論のこと、左半身にまで破壊は及んでいると見て間違いない。

 そんな状態から寸毫の間も置かず、致命傷を与える正確な一撃を放てるなど、全うな想像力では不可能だ。

 

 

「ふ、ふうま……」

 

 

 何で。どうして。今まで、あんなに酷いことを言ってきたのに。

 どれだけ抑えても抑えても抑えきれない嫌悪感から本来は関係のない彼に八つ当たりをしてきた自覚はあった。客観視していた自分の行動と言動の全てを鑑みても、決して庇ってくれるなどとは思えない。

 良くても見殺し。性格が悪ければ腹を抱えて笑っている所。だから、新たに生まれた疑問は、父が母を殺したことに対する疑問よりも或る意味で遥かに強く。

 

 

「――――待機命令ッ!!!」

「…………っ!」

「そのまま回復に努めろ。お前に死なれちゃ困るんでな」

 

 

 反射的に起き上がろうとしたきららであったが、洞窟全体を揺るがすような怒号にビクリと肩を震わせることしか出来なかった。

 しかし、次に紡いだ言葉に怒りはなく、冷徹な響きがあるばかりで幾許の感情も込められておらず、小太郎は視線を向けすらしない。

 

 どの道、きららは負ったダメージから易々とは動けず、命令に従うしかない。

 

 あったのは悔しさだ。

 どう考えても小太郎では矢車には勝てない。隊長としての功績は聞き及んでいるが、一人の対魔忍としての噂はとんと耳にしない。その上、立てているのが不思議なほどの重傷。

 間違いなく殺される。骸佐の立ち上げた新生ふうま忍軍が如何なる目的を持っているかきららは知らないが、少なくとも凜花から耳にした話が事実であるのなら、小太郎を生かしておく理由が矢車には存在しないからだ。

 だから、男に助けられた自分がではなく、助けられたのに見ているしかない自分が悔して情けない。

 

 

(左腕は駄目だなこりゃ、まるで動かん。内蔵も折れた肋骨で傷付いた。保って後数時間か。それだけあれば十分だな)

 

 

 きららに視線を向けずにいた小太郎は至って冷静であった。痛いと感じているように見えないほどだ。

 喉元まで競り上がってきた血液を飲み下し、自らの負った傷を把握する。同時に、無事なままの右半身の調子を確かめるように二度三度と杖を握った腕を振るう。

 

 尋常ではない――――いや、完全に人に許された範囲を越えた痛みへの耐性と精神力であった。尤も、彼にとっては不思議でも何でもない。

 今以上に酷い傷など、かつて母が存命の頃には当たり前。体の一部が千切れ飛ぶなど日常茶飯事、酷い時など上半身と下半身が泣き別れしたことすらある。

 課せられた訓練で、それこそ何度となく死んだ。その度に、母の御典医――――何処からか連れてきた腕利きの魔科医によって蘇生と同時に治療を受け、出来るようになるまで続く無限地獄。

 それだけの傷を負い続ければ、嫌でも痛みへの耐性を獲得もしよう。気が付けば痛みを自覚しても、平時と変わらない動きが出来るようになっていた。

 過酷などという言葉では到底言い表せない訓練を続けてなおも正気を保てたのは母の愛情故か、それとも彼の精神性故だったのか定かではない。兎も角、今この状況においては有効に働いているのは事実。

 

 

「げひひ、なんと軽率な。一門の長たるものが、木っ端を助けて怪我を負うとは。やはり、目抜けは目抜けですなぁ」

「生憎と一門の人間じゃないんでな。借り物の戦力だ。最低限、生かして帰さなくちゃならんのでな」

「くくっ、何とも哀れな。どれだけ取りつくろ――」

「――――しかし、まぁ」

 

 

 距離を取った矢車は、聞けばもっともらしい科白を吐いていた。

 だが、根底にあるのは嘲りと侮りである。小太郎にせよ、骸佐にせよ、この男はふうまの当主などとは認めてはいない。もっと言えば、先代である弾正や又佐もまた同様であった。

 それでも平身低頭していたのは、自身では決して敵わない相手だったからこそ。強さは勿論のこと、人脈も、忍法すらも及ばない。

 恐れから忠誠は見せたが、決して本心ではなかった。本当にあったのは歪んだ自尊心と欲望だけ。自分の方が優れているが、立場が、人数が、時が。言い訳を重ねて忠誠を示すことで欲望を満たしてきた。

 

 もし、矢車の本心を聞けば、権左と尚之助は何を思うか。

 もし、矢車の本心を聞けば、災禍と天音は何を思うか。

 

 前者は、そんなことは知っていると呆れ果てただろう。又佐がこの世を去り、骸佐へと代替わりをした瞬間から、若さと経験不足を侮って地金が露出していたのだから。

 後者は、怒りも嫌悪も抱かずに相手にしまい。品性とは見せかけの忠誠による報酬では受け取れず、偽りの仮面で隠しきれるものではない。

 

 無論、小太郎にとっても似たようなもの。骸佐とて同様だ。故に、矢車とまともに言葉を交わすつもりは毛頭なく、彼の言葉を遮って失笑する。

 

 

「攻撃が来ないな。相手が死んでもいないのに、気楽なもんだ。歳で耄碌してるのか?」

 

 

 杖を引きずるようにきららから距離を置いて、矢車と向かい合う。

 彼女を優先しなかったのは、鬼族のハーフで治癒能力が高いと知っていた故であり、矢車も彼女を人質に使わない確信があったからだ。

 どう考えても、今この状況で人質などという面倒な真似は取らない。歪な自己愛と見当違いな自信に満ちた者が、縊り殺せると踏んでいる相手を前にすれば、直接自分の手で事を済ませる。

 

 そして、矢車にとっても許せぬ、小馬鹿にした視線を向けて挑発してやる。

 

 二車の内部において、矢車は幹部であるが、他の幹部からの扱いはどうであったか。

 尚之助はその礼儀正しさから常に尊重してきたであろうが、他の者は違う。

 偽りの忠義を見抜く者、腐った性根を垣間見る者、心底小馬鹿にしているにも拘らず二車にしがみつく無様さを笑う者。大抵はそんなものだ。自己の醜さに対する自覚のない矢車にとっては鬱屈した感情が溜まって仕方がない。

 

 

「この目抜けがぁぁぁ!! 殺す、殺してやるぞ!」

「ああ、そうかい。ならオレは真正面から正々堂々不意を討ってご覧に入れようか」

 

 

 茹で蛸のように顔を赤く染め、赫怒を露わにする矢車を前にして、小太郎はもはや失笑すら消して杖を片手正眼に構える。

 その面白くもなさそうな様は様子こそ全く異なっているが、きららに見せた矢車の卑しい笑みと質は似ている。まるで、もう既に勝っていると言葉にせず語っているかのようだった。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。