対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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戦いとはそれまで何を積み重ねてきたかの結果に過ぎない。つまりは、備えに備えてきた苦労人の本領発揮ってことですよ

 

 

 

 

 

(奴の忍法は無形秘擬。しかし、昔に比べて数が少なくなってるじゃないか。年だな)

 

 

 小太郎は怒りを露わにした矢車の生み出した人形に周囲を囲まれ、絶体絶命の状況を前にして尚も冷静であった。

 

 矢車の操る忍法の名は“無形秘擬”。

 周囲に存在する水以外の無機物と一体化し、更には自身と瓜二つの人形を造形して操れる。権左の“捲土往来”によく似ている。

 差異は“捲土往来”が土中や地中に特化しているのに対し、“無形秘擬”は人工物であろうとも問題なく潜り込め、素早く移動が出来る利点。更に、前者は土中からの攻撃も自在であるが、後者は一体化している間は移動しか出来ない欠点がある。

 共に一長一短。権左は技術と直感で、矢車は経験によって各々の欠点を補っているが、小太郎が抱いたのは明確な失望だった。

 

 かつて見た彼の忍法は人形を20体以上も問題なく生み出せたというのに、今の数は11体。

 如何な対魔忍、如何な忍法と言えども、年齢を重ねれば身体能力と同様に劣化は避けられない。生み出せる人形の数が徐々に減っていくのも自明の理。

 小太郎が失望したのは劣化ではなく、劣化してもなお馬鹿の一つ覚えのように使い方を変えていない点であった。

 

 

(それで十分と考えているのか、本当に他の使い方を思いつかなかったのか。どちらでも構わんか、もう終わっている)

「死ね、若造。死んで儂に詫びるがいい」

「あー? お前に何かしたっけか? 他のふうま一門やら被害者には詫びなきゃならんかもしれんが、お前に其処まで何かした覚えはないんだけど?」

「減らず口を――!」

 

 

 既に地面と一体化したらしく、矢車の声は何処から響いているのか判然としない。

 

 鬱屈した気持ちを吐き出すような、全てはお前が悪いと言いたげな怨嗟の声であったが、小太郎はまともに取り合わない。

 彼が軽んじられるのも、今この状況を招いたのも全ては矢車自身の責任だ。自らの意思で変わろうともせず、周囲が悪いと自己を正統化し続けた結果である。当主である小太郎であろうとも、変えられない現実である以上、付き合うだけ馬鹿を見る。相手にするつもりは始めからなかった。

 

 年が十以上も離れた小僧に小馬鹿にされ、矢車の殺意は簡単に頂点を越え、11体の同じ顔、同じ背格好の人形が同時に襲い掛かる。

 

 

(……っ?! 仕込み杖……蛇腹剣の類か!)

 

 

 一体化した状態で恨みがましい視線を送っていた矢車は、小太郎が杖で虚空を薙ぐと同時に変形した杖に目を奪われた。

 ワイヤーで繋がれながら等間隔に分裂し、鞭のように変化する機構。人界の技術では、分割機構を備えた上で武器自体の強度を維持するのは不可能である以上、魔界の金属か技術を使用していると見るべきだ。

 

 それでも矢車に警戒心を抱かせるまでには至らない。

 物珍しい武器を持っていようとも、使い手の技量は変わらない。目抜けという評価と自己に対する絶大な自信が思考の邪魔をしていた。

 

 

(それだ、それでいい)

 

 

 人形からは感じられない矢車自身の視線から心理状況を鋭敏に感じ取りながら、鞭のようにしなる刀身を縦横に振るう。

 

 銀光が煌めき、恐るべき切れ味が迫りくる人形に発揮された。

 横一文字の軌道がうねり狂って刺突へと変化し、縦の一閃は鋒が急速に降下した後に上昇して顎下から顔面を真っ二つにしてのける。まるで悶えのたうつ毒蛇のような軌跡。

 

 元より仕込杖は一対多を想定して考案・作成されたものなのか、11体の人形による猛攻すら寄せ付けない。

 小太郎がこれを持ち込んだのは、魔女や魔術師の使役する使い魔をより安全に、より確実に、より効率的に始末するためであったのだが、その特性が人形を操る矢車の数を生かした戦いに効果を発揮していた。

 

 矢車の姿形を模した人形の攻撃範囲は、その巨躯を支える手足から剣の間合いに匹敵する。しかし、小太郎の操る仕込み杖の間合いは優にその五倍はあり、安全圏からの攻撃を可能としていた。これでは生半な数では焼け石に水だ。

 

 何よりも、小太郎は無形秘擬の特性を十分過ぎるほどに理解している。

 人形の強度はそれほどではなく、矢車の鍛え上げられた鋼のような肉体に比べれば、遥かに劣る。達人とは言い難い技量程度でも、十分に両断できる程度のものに過ぎない。

 また一定以上のダメージ――特に頭部や胴体へのダメージは人体と同様に効果が高い――を与えると強制的に元の無機物へと戻ってしまう上、手足を切断されれば動かしようがないために解除してから新たに作り直す他はない。

 

 四方八方から襲い掛かる人形の動きを見極め、胴を両断できるのでれば両断し、不可能と判断すれば手足を斬り落とす。まるで元は味方であった矢車との戦闘を想定していたような動き。

 頼りにはしても信じはしない彼にしてみれば当然の事。才能と能力に劣る己に出来るのは恐れ備えることだけと断じ、例え心底からの忠誠を誓う災禍や天音ですらも裏切ることを想定して戦術を既に組み上げている。

 元々、矢車の忠誠心には疑問しか抱いておらず、こうして明確に敵に回った以上はこれまでの備えを吐き出す事に一切の躊躇はない。

 

 

(クク――だが、人形ならばいくらでも増やせる。そうしている間に近づけば……!)

 

 

 斬り裂かれる度に人形は泥のように溶け、再び新たな人形を作り出す。

 所詮、人形は人形。どれだけ壊されようが、斬り捨てられようが対魔粒子が続く限りは作り出せる。矢車に焦りはない。

 そもそも、人形による攻撃で敵を倒せるなどとは思っていない。人形のそれほどの攻撃性能は有していない。あくまでも敵の目を欺くための布石であり、本命は自身による奇襲。それが彼の必勝パターンだった。

 

 無機物と一体化した彼の存在は文字通りの秘。

 敵は人形に嫌でも意識を割り裂かねばならず、高い集中を発揮しているが、矢車自体に対する意識は隙間だらけの伽藍堂。

 移動には音も気配も生じない。背後から近づくも、頭上から躍り出るも、地中から襲い掛かるも自由自在。後は、鍛え上げた自慢の豪腕で一撃の下に勝負を決する。

 

 たったそれだけ。それだけの簡単な行為である筈であった。少なくともきららにはそれが通用した。

 

 

「……はぁ~~~~~~っ」

(…………っ、目がっ)

 

 

 地面を泳ぐように移動していた矢車であったが、次の瞬間に全身を竦ませるほどの悪寒と羞恥を自覚した。

 

 “無形秘擬”は無機物と一体化しようとも、無機物の外観に一切の変化は生じない。

 それは無形秘擬の名の通り、無機物と一体化するというよりも寧ろ、自分自身が無形となって無機物の隙間に潜り込むような忍法であるからだろう。

 

 ――――にも拘らず、小太郎と目が合った。

 まるでガラス玉のような一切の感情も込められていない瞳。絶え間なく動き、襲い来る人形の数々を捉えていた筈のそれが、確かに地面と一体化した矢車を捕らえていた。

 

 どれだけ音を消そうが気配を消そうが、存在まで消しているわけじゃない。矢車の戦慄に、小太郎ならばあっけらかんとそう答えただろう。

 

 彼の感覚器官は鋭敏だ。それこそ、何らかの忍法を使っているのではないかと疑われるレベルにまで発達している。

 身体能力に劣る彼は、自然と戦い方も相手の挙動から動きを予測する後手に回らざるを得ない。故に、それを見極めるための感覚器官は自然と育つ。更には、あらゆる害意と殺意に備える疑り深さが、本来人間に与えられたはずの領域を大きく踏み外させるほどに発達させた。

 カメラ越しの視線であろうとも、凜子の視覚跳躍の術であろうとも、彼自身も説明できない理由で必ず察知する。ある種、彼もまた対魔忍とは違う理由で、人類の可能性を示す存在と言えよう。

 

 何より恐ろしいのは、それだけの情報量を得られる感覚器官を有していながら、同時に尋常ではない痛みに対する耐性も獲得している事か。

 それだけ鋭敏であれば、痛みという生存本能の発露もまた尋常ならざるものとなっている。彼は痛みに対して鈍くなっているのではなく、どれほどの痛みにも平然と耐えられるだけの覚悟をしているだけ。人が誰かを守るために命を投げ出す覚悟を、彼は呼吸をするように行っている。

 

 そして、覚悟とは本能すら凌駕する魂の事なれば、呆れ果てたような溜め息も頷ける。

 研鑽が足りない。智慧が足りない。代わり映えもしない古きに拘り、目を瞠るような新しきがまるでない。成長が感じられず、あるものは劣化だけ。

 

 そんな失望が籠もった吐息に、若造に呆れられた羞恥から矢車の身体に煮え滾る憎悪が溢れ出す。

 

 

(ならば、こうするまで――!)

(人形共の動きが変わったな。遠間からの攻撃も織り込んできたか。そーそー、そういうもんだろ、戦いは――――どう足掻こうが結果は変わらん訳だがな)

 

 

 生じた先から真っ先に突撃してくるばかりだった人形の動きが変わる。

 小太郎の振るう仕込み杖の一撃を躱し、或いは受け止めるような挙動を見せ始めた。

 

 間合いの広い武器には宿命として、必ず戻しの隙が生じる。近接武器は常に勢いを必要とし、それがなければただの棒きれと大差はない。

 槍ならば突いた後に、薙刀であれば薙いだ後に、鞭であれば振り抜いた後に。

 その間合いの広さ故に、次の攻撃に移るにはどうしようもなく僅かな隙と時間を要する。振るう側はこの時間を極限するために工夫を凝らし、振るわれる側はその隙きを如何にして突くかに拘泥する。

 

 そして同時に、数の理を活かし始めていた。

 人形はどれだけ破壊されようと問題ない。ならば、人形を使って武器を掴んでしまえばいいだけの話。

 振るう武器を封じてしまえばただの小僧。どれだけ隠れた場所を探り当てられようが、半身が使い物にならない状態では、好き放題に出来るのだから。

 

 徐々にではあるが、人形と小太郎の距離が縮まっていく。

 仕込み杖を掴まれることを警戒し、更には戻しの隙を生じさせぬように動かねばならず、手数は少なくなれば必然であった。

 

 自然、矢車の人形による手数は増える。

 人形による突撃だけに留まらず、石塊を砲弾のような勢いで投げさせる投擲までも混ぜ、対象を確実に追い詰めていく。

 

 まるで今にも千切れそうな綱を全力疾走している姿を見ているかのようだ。

 何を理由に其処までの窮地に追い詰められなければならないのか。唯一、救いがあるとすれば、全力疾走している本人に追い詰められている自覚がない事か。

 

 矢車の考えと行動は何処までも正しい。

 ただ、彼の予想外があるとするならば、小太郎も十分に自身の危機を認識した上で立ち回っている事であり――――

 

 

「『super Freeze』――――っ!!」

 

 

 ――――倒した筈の未熟な小娘の回復が、余りにも早すぎたことか。

 

 今まさに踊りかかった人形の三体が、横合いから突如として襲い掛かった轟音に飲み込まれる。

 咄嗟に右手で顔を庇った小太郎が次に目にしたものは、天井にまで届きそうなほど伸びた巨大な氷柱と、その中に飲み込まれて身動きの取れない人形ども。

 

 小太郎だけでなく、矢車も地面と一体化したまま氷柱の伸びてきた先を見る。其処には右脚を大きく踏み出したきららの姿があった。

 右足の先からは冷気が溢れ出して地面に霜が下りて、彼女の受け継いだ能力を遺憾なく発揮したと伺える。

 

 

(馬鹿な、確かに致命傷だったぞ……!)

(早いな。流石に神話級の鬼族の血を引いているだけはある)

 

 

 同時に攻撃の正体を目にした二人であったが、抱いた感想は全くの別物。

 それも当然か。矢車はきららが何者かを知らず、小太郎はきららの起源(ルーツ)を知っているだけの差でしかない。

 神話級と呼ばれる魔族は、生まれながらに驚異的な回復力を有している。不死の王と呼ばれるブラック、屍の王と呼ばれるレイスロードのように不死を謳う怪物は勿論の事、不死性自体に目を向けられない者でもすら同様。

 横たわる種族差はそこかしこに現れる。きららも骨折や内臓系への損傷であっても、本人の意志に関係なく僅かな時間で回復するのだろう。

 

 二人の視線を浴びたきららは、意を決したように表情を固めて地を蹴った。

 ただの一飛びで十数メートルもの距離を無にする跳躍力で小太郎の前に降り立ち、ブルンと大きすぎる双乳を揺らしながら姿の見えない矢車から庇うように立ち塞がる。

 

 

「…………ありがと、お陰で動けるようになったから君は休んでて」

「ほう、確かに内蔵までぐちゃぐちゃにしてやった筈だが、大したものだな!」

 

 

 それが、口に出来た精一杯の言葉だったのだろう。

 今も、きららの中では複雑な感情が渦巻いている。父との確執、それに端を発する男そのものへの不信感。それを補って余りある小太郎への感謝と信頼。

 

 ある種、感動的な場面だ。

 きららの過去とこれまでの男に対する態度を知り、彼女の将来を憂いた者であれば、笑みを浮かべたに違いない。

 

 確かに都合のいい話である。考えを改め始めたとはいえ、これまでの所業が消えてなくなる訳ではない。

 それら全てを理解した上で、一人の人間として立ち向かい、受け止めようとしているのだ。ようやくトラウマを乗り越える切欠に手を掛けた少女に対して、祝福以外の言葉をかけられまい。

 

 

「――――いや、お前、自分がどんだけ都合の良いこと言ってるか理解してる???」

「そ、それは……わ、分かってる。分かってるから。兎に角、君は休んでて……!」

「其処は千歩譲ってそれでいいとしても、だ。どうやって矢車を倒すつもりなんだ? お前、そんなに感知に長けてないよな???」

「そ……そーれーはー……ま、周り全部を氷漬けにする、とか?」

「オレも巻き込まれるんですけどそれは???」

「う゛っ、うぅ……!」

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」

 

 

 感動的だな、だが無意味だ。と言わんばかりの小太郎の科白であった。

 

 極めて論理的に言葉の槍で、きららの言動と行動を突いていくと途端に涙目になる鬼娘。

 実際、殆ど勢い任せの行動だったのだろう。これまでの彼女の行動を鑑みれば、十分に感動的だが、相変わらず考えというものが殆どない。

 

 これには流石の小太郎も目眩を覚える。

 勇ましく行動に出たことは評価しよう。自身が罵られることも覚悟したことは評価しよう。それでも、このノープランぶりはどうなのか。

 これでは先程、矢車にしてやられた時と結果が同じになってしまう。矢車に失望の溜め息を向けたもの以上のクソデカ溜め息を吐いても仕方がない。

 

 

「まあ、いいけどな。もう終わりだ」

「げひひ、終わりだと?! 何を根拠にににににに――――!?」

「え? な、何これ――!?」

 

 

 もう溜め息を吐くのも億劫になってきた小太郎の言葉に、再び矢車は哄笑を響かせようとしたが、出来なかった。

 

 何が起こっているのか分からないきららは、目の前の起きている現実に目を白黒とさせるばかり。

 

 突如として、何の前触れもなく、生み出された人形どもが泥とかして溶けていっているのだ。

 これまで何度となく作り出せていた以上、限界が訪れたとも思えない。事実として、矢車はこのまま一晩中戦いを続けたとしても問題ないと判断し、きららもそう感じていた。

 にも拘らず、この始末。一体、何が起こっているのか。この自体を引き起こしている小太郎以外には知りようもない。

 

 

「ぶばぁっ、からら……が、し、しびび……」

「ようやく効いてきたな」

「わ、わがざま、こ、これは……ど、どきゅ……」

「その通り。まともに相手するとか本気で思ってたのか、御目出度い奴だな。時間稼ぎだよ」

 

 

 地面との一体化すら保てなくなった矢車は、まるで呼吸をするために慌てて水面へと顔を出すような不様さで二人の前へと現れる。

 

 最早、指先すらも動かなくなってきた身体で、自らを見下ろす若造の顔を見上げる。その瞳はこれから先に対する恐怖で濁っていた。

 湧き上がってくる恐怖から逃げ出すように、矢車は必死で考える。身体が動かないにも拘らず、思考だけがまともに働くのは更なる恐怖であったが、今はそれどころではない。

 

 一体、何時の間に。

 その疑問だけが、彼の全てだった。

 

 毒を打ち込まれるような要素は存在しなかった。

 事実として戦いの最中、小太郎に近寄りもしなかったのだ。機会はあったが仕込み杖を警戒し、小太郎の感覚を掻い潜る方法を探っている最中だった。

 そも“無形秘擬”は無機物と一体化さえしてしまえば、攻撃は出来なくなるが同時に攻撃も効かなくなる忍法。毒を打ち込まれるはずなどなどく。

 

 ならば――――

 

 

「しゃ、しゃいしょ、から……」

「そうだよ。無形秘擬は攻撃ではなく撹乱と防御に向いた忍法だ。だから、お前自身が止めを刺さなきゃならず、身体を鍛えてるんだろ?」

「……あっ、かっ」

「髪の毛や蜘蛛の巣ほどの違和感もなかったろ。よく出来てる。蚊の針を参考にしてるんだとさ。お陰で盛れる量が少なすぎて、毒を選ばなきゃならんがな」

 

 

 毒を打ち込んだのは、きららを庇ったあの瞬間。

 

 小太郎は既に知っていた。無形秘擬は驚異的な忍法であるものの、攻撃性能はそれほどではない。

 常人ならば問題なく縊り殺せるだろうが、身体能力の高い対魔忍ともなれば、時間稼ぎにしかならず、殺すにしても嬲り殺しになる。

 勝負を確実に決するには矢車自身が動く必要になり、そのために鋼のような肉体を手に入れた。ならば、狙い撃つのが最も確実だ。

 

 倒れ伏した矢車の胸に手を伸ばし、刺さっていた一本の針を抜く。

 

 触れれば折れてしまいそうな針は、彼の言葉通りに蚊の針を参考にして作られた幼児に使う医療用の注射針。

 人の身体に200万以上も存在する痛点を掻い潜る細さと機構を備えた蚊の針は、まさに自然と生命の飽くなき進化の生み出し、人類が模倣した智慧の結晶。

 

 管状の針の中に毒を仕込み、胃の中へと納めている。

 本来は体内へと侵入してくる魔獣や軟体生物の備えであったのだが、自分の意思で心臓すら止められる彼には、胃の内容物を選択して吐き出すなぞ造作もない。況してや、攻撃の衝撃で吐き出した呼気と共に打ち出すことすらも。

 

 

「い、イカれて……おる……のか……」

「さあ? でも死なない為に死ぬほど備えるなんて、誰でもやってることだよなぁ?」

「……ば、ばけ……」

 

 

 ゾッとするような、人形よりも人間離れした無表情で見下され、矢車はその言葉を最後にピクリとも動かなくなった。

 小太郎の用いた毒はオーソドックスな麻痺毒だ。量の少なさと矢車の体格故に、効くまでには時間が掛かるが、一度でも回れば二、三日はまともに動けない。

 

 それよりも今は――――

 

 

「あっ……」

「行くぞ」

「そ、それよりも怪我が……!」

「いい、問題ない」

「も、問題ないって……」

「それよりも凜花と獅子神の方が問題だ」

 

 

 無感情な視線を向けられたきららは、ビクリと肩を震わせる。

 無理もない。助けに入るつもりで割って入ったにも拘らず、何も出来なかったのだ。罪悪感と惨めさばかりが募る。

 

 彼女の心情を全く考慮していない冷たい響きだけが込められた短い言葉と同時に、小太郎は変形していた鋒を地面に叩きつけて鞭形態から通常の形態に戻して歩み出す。

 

 確かに重傷ではあるのだが、動く分には問題ない。

 損傷した内臓の出血で体内での圧迫が始まり、失血によって生体機能そのものが低下し始めているが、目下の問題は凜花と自斎の方だ。

 

 

「あの二人でも、権左と尚之助には勝てない」

「で、でも……」

「ほら、戦いの音も聞こえないだろ? もう負けたんだよ。殺されはしてないだろうが、とっ捕まってると見て間違いない」

「そ、そうじゃなくて……治療を……」

「いいと言っている。お前は治療なんて出来んだろう。オレにはお前の後悔なんて関係ないし、どうでもいい。まだ動ける内に、部隊の隊長として責務を全うする。お前もそうしろ、分かったな?」

「…………わ、分かった。で、でも、二人を助けたら」

「助けられたらな」

 

 

 罪悪感と後悔も全て飲み込んで、今は隊員としての責を果たせと冷たく告げる。

 頑なに治療を拒んで隊員を優先する姿に、きららは何を思ったのか、蒼褪めた表情で首を縦に振った。

 

 どの道、自分では治療など出来ない。

 単なる出血程度であれば、傷口だけを凍らせて一時凌ぎ程度はできるかもしれないが、それ以上は不可能だ。

 

 ならば、今は小太郎の言葉を信じて進む他ない。少しでも、自身の失態を注ぐために。

 

 

(はぁ~~~~、始めからこれくらい素直に聞いてくれてたら、結果は違っただろうに。好き勝手に動くのはまだいいが、最低限勝ってくれなきゃ話にならねぇんだよなぁ)

 

 

 きららは元より、自己の判断で動いた挙句、権左と尚之助に破れたであろう凜花と自斎を思い、頭痛が加速した。矢車の一撃によって負った怪我よりも遥かに痛い。

 

 洞窟の内部は、足を踏み入れた時と同様に静まり返っている。戦いなど何処でも起こっていない。

 結果は言うまでもない。権左と尚之助は、アサギに勝てないまでも命を捨てれば相打ちにまで持ち込める実力を有している。どれだけの才気を持とうが凜花と自斎が真正面から戦って勝てる相手ではない。

 

 既に殺されてしまっている可能性もあるが、あの二人は戦いを避けたがっていた以上、生きて捕らえられている可能性の方が高い。其処は寧ろありがたくはある。

 問題はその後だ。この事態を引き起こしたのは矢車であり、あちらの責任であるのだが、共同して事態に当たるという方向性を潰したのは此方の責任である。

 人質交換をしようにも、此方は矢車一人しかおらず、簡単な足し算引き算をしても一人足りない。交渉するにしても、どんな不利な要求を突きつけられることか。あの二人と言えども、丸く収まった良かった、はいおしまい、にはならないだろう。

 

 

(有耶無耶にするしか選択肢がねぇ……でも、エウリュアレーの事もある。頭が痛くて泣きそうだ――――だが、大抵の事は智慧と工夫でどうにかなるとも。それを考えるのが、オレの仕事だからな)

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)
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