「――――チッ」
権左は戦いの中にあって、珍しく苛立ちを抱えていた。
戦いが優位に進められないからではない。彼は戦いに愉悦を見出す性質を持って生まれてきた生粋にして真正の戦闘狂。
挑む戦いが、勝ち負けの決まっているとしても、思う存分に楽しめる。
刺し貫くのもいい、刺し貫かれるのもいい。斬り裂くのもいい、斬り裂かれるのもいい。殺すのもいい、殺されるのもいい。
自らの性質と本性を、思う存分に発揮できるのであれば、どちらの立場であるかなど彼には関係のない事柄だ。唯一気にするのは結果だけ。
ならば矢車が勝手な理屈で、小太郎との共闘を勝手に蹴った事かと問われてもまた違う。
矢車の暴走は元より想定済みであった。
後から就任になったにも拘らず、骸佐に最大の信を向けられ、周囲からも一目置かれる幹部を前にした矢車の心中はどう考えても穏やかではなく、間違いなく何かをやらかす、と骸佐は勿論のこと己や尚之助も予期できた。
かつて対魔忍に属していた際であれば、矢車は切りたくとも切れない存在であった。
例え、性根が腐り果てた輩と分かっていても、全ての者が見抜ける訳でも理解している訳でもない。
長年仕えてきた幹部を正当な理由もなく一方に斬り捨てれば、内部に動揺が奔る。あの矢車が、と誰もがそう考え、切り捨てられた理由を探して回り、やがては次に切られるのは自分では、と疑心暗鬼に陥る。
その先に待ち構えているのは二車家の崩壊。下の者から順に自ら離反を選択し、やがては家としての体を保てなくなるのは目に見えていた。
だが、今は違う。最早、二車は闇の組織。
既に実力至上主義を掲げており、新たな幹部として七霧レイナを迎え入れた以上、使える者は積極的に登用し、逆に使えない者は切り捨てる姿勢を示している。誰も不満は漏らさないし、漏らせない。それが嫌ならば、最初から反乱に加担する側でなく、反乱を鎮圧する側に回ればよかったのだから。
骸佐が自らの目的のために、次にどうすべきかを考えている最中に入ったのがエウリュアレーの目撃情報。
正味の所、幸運と不運の半々であったが、骸佐はこれを好機と見た。エウリュアレーを迎え入れられるのであれば目的に反しておらず、そうでなくとも切り捨てたい者を切り捨てるだけの理由を生み出す舞台装置になり得ると。
そうして選ばれたのが、権左、尚之助、矢車の三名。骸佐より最大の信頼を得ている二人がどのような任を背負っていたいのか。人選を見れば分かる。わざわざ語るまでもない。
ただ、想定から外れていたのは、エウリュアレーの操る魔術が文字通りの規格外であった事か。
情報に従って辿り着いた廃倉庫に入ったと思えば、全く別の場所へと転移させられた挙句、津波の如き使い魔達に襲い掛かられた。
その瞬間に至って、権左も尚之助も自らの考え、引いては骸佐の見込みが甘かったと認めざるを得なかった。
其処に現れた小太郎の存在は正に渡りに船だった。これで二つある命令の内、最低限どちらか一方は果たせるだろうと心から安堵した。
矢車が暴走し、色々と流れはぶち壊されたものの、それでも権左のやることに変化はない。よって苛立ちの原因にはなりえない。
ならば、何故――――
(ふん――――嫌になるくらい似てやがるぜ、オレによぉ)
「くっ――!」
己目掛けて放たれる雨霰の如き拳打を前にしてもなお、権左は笑みすら浮かべず、眉間に皺を寄せてあからさまな不快感を露わにした。
戦いが始まってから僅か数分の間に凜花が放った拳の数は優に百を超えている。
槍と拳では間合いが違う。必然的に槍を得物とする権左の方が手数が多くなる筈であったが、現実は違っていた。
必然を覆すのは凜花の生まれ持ち、紫藤家に代々受け継がれてきた煙遁の術。
煙遁の術は使用者の肉体の一部を煙に変換することが出来る。身体を煙に変えてしまえば如何なる攻撃も無効化され、一部分だけでも徒手空拳のまま近接武器よりも広い間合いを手に入れられる。
無論、言うは易し、行うは難し。肉体の別の何かに変換する術や異能は常に元の形へ戻らなくなるリスクを伴い、最悪の場合は自らの力で死に至る場合も儘ある。それを近接戦闘に取り入れるのだ。凜花がどれほどの鍛錬を積んできたを伺えるというもの。
肘から手首までを煙化させ、殴り抜く勢いで文字通りに撃ち放つ。
彼女の間合いは三十メートルにまで至り、権左の間合いよりも遥かに広い。最早、射撃の領域である。
前後上下、360度全てから襲い来る拳は外骨格を纏った米連の兵士すら問題なく叩き伏せる。
「ふっ、はぁっ! そらぁっ!」
その全てを、権左は事も無げに叩き落していく。
槍の穂先だけではない。時に迫る拳に柄を添えて点の攻撃を自らの身体から逸し、槍そのものを両手で回転させて弾く。
例え、視界の外から放たれる拳であろうとも、忍法で地中に潜る事もなく、鍛え上げた槍の技量だけで正確に捕らえ阻む。
槍は防御に向いた武器ではない。
西洋の歴史では重装にせよ、軽装にせよ、槍と盾は一セット。東洋の歴史においても槍術は無数に存在するものの、大半は間合いの広さを生かした先の先を取る流派が大半である。
そんな事実があるにも拘らず、槍の権左は揺るがない。まるで、
「息が上がっているな。まあ、それだけ打ち込めば当然だろうが」
「…………!」
「どうしたどうした。一撃くらい入れてみせろよ」
(強い……!)
事此処に至って、凜花は自らの甘さを痛感していた。
槍を片手で握っただけの大勢で両腕を大きく広げてる権左に打ち込もうと隙を探るが、隙だらけの見た目にも拘らずまるで隙がない。
決して相手を侮っていた訳ではない。二車の執事である権左は十分に危険過ぎる敵だと認識はしていた。ただ、此処までの実力差があるとは夢にも思わなかった。
プライドの高い凜花にとって、今の状況は屈辱以外の何物でもあるまい。
自らは忍法まで使って全力で攻めているにも拘らず、相手は忍法も使わずに涼しい顔で悠々と守りながらも突き崩せないのだから。それでも凜花に屈辱はなかった。あるのは焦りだけ。
(このままじゃ……このままじゃ、小太郎が……!)
殺されてしまう。
焦りもしよう。自分が殺されるだけならまだしも、自身よりも守りたい者を守れない事実は、何よりも辛く苦しい。
権左に今のところ小太郎を殺すつもりもなければ、それだけの余裕もないのだが、胸中や目的を全く把握してない凜花には自分の思考を優先する他ない。
このままでは何も出来ない。状況を打開する術も見つからない。
焦りが更なる焦りを生み、ただ一度の悪手が状況を更に悪化させる悪循環。
――――その不様に過ぎる姿が権左を苛立たせる。かつての己と重なるからだ。
土橋 権左は母親の胎から生まれ落ちた時より狂犬だった。
幼い頃より、誰よりも戦いに興味を示し、僅か五才にして訓練相手を死に至らしめさせる。
狂暴極まる性根は両親ですら持て余し、見かねた又佐は二車への奉公という形で手元へと置いた。
だが、生まれ落ちた魂の形がその程度で変わるわけもなく。
任務に置いては独断専行で敵を残忍に殺して回り、訓練と称して仲間ですら槍で貫く始末。
それでもなお対魔忍として不適任と処理されなかったのは、又佐から守られていたと言うよりも、その気性と強さを気に入った弾正の庇護があったからであろう。
ふうま宗家の当主から許しを得て、権左の増長はいよいよ頂点に達した。今の彼にしてみれば、思い出したくもない恥ずべき過去だ。
増長を叩き折ってくれたのは、又佐から権左の全てを託された幻庵であった。
娘を救うために単身魔界へと向かった当時ならばいざ知らず、敵の血を引く孫娘を連れ帰れたものの重傷を負って失脚して全てを失った姿は、枯れ木のように頼りない。少なくとも、当時の権左にはそのように映っていた。
伸びに伸びた天狗の鼻は、枯れ木のような老人によってものの見事に圧し折られた。
遥かに優れた身体能力で襲い掛かろうとも、極まった技の前には無力だった。相性の良い筈の忍法で挑もうとも、散歩に行くような気軽さで封殺された。全てのプライドを捨てて寝込みを襲おうとも、逆に己が気を失って朝を迎える体たらく。
敗北に次ぐ敗北。死ぬでもなく、殺されるでもなく、敗北を知る毎日。勇猛さと凶暴さと強さだけが取り柄だった権左にとって、敗北は耐え難いものだと信じ込んでいたのに――――待っていたのは以外にも、解放という名の自由であった。
相変わらず自身の獰猛さは変わらなかったものの、かつてほど無鉄砲ではなくなった。
敵を倒す事に執着はせず、部下や仲間への気配りを見せるようになっていた。自身でも驚くべき変化ではあったが、穏やかながらも強さを見せる幻庵の背中を見てきたからだろうと納得できる。
まるで牙を抜かれたように丸くなったものだと自嘲したが、不思議と悪い気分ではなかった。ただ戦う事にばかり拘って一人孤独にあるよりも、自らの本性を偽ってでも周囲と融和する温かみを学んだからだろう。
お前はただの狂犬だと嫌っていた比丘尼もこの変化を認め、戦うことしか出来ぬバカ狗と見下していたカヲルも一目置くようになった。
驚いたのはそれだけではない。
『権左、お前に当家の執事を任せてみようと思うのだが』
『ハっ! ………………はぁっ?!』
『幻庵殿はどう思いますかな?』
『…………また思い切った真似をするものだ。だが、悪くはないように思う。カヲルもいるが、ちと裏表が激しすぎる。アレではいずれ部下もついて行けなくなるであろうしなぁ』
『では、決まりだな』
何をトチ狂ったのか、又佐は己を執事として任命してしまった。
無論、戦う事しか出来ない己では不適格と何度となく辞そうとし、他の幹部から反対もあったが、結局、受け入れられる事はなかった。
ふうま 潤が病没し、弾正による反乱が始まったからだ。
戦いの当初からふうま一門は劣勢となり、権力欲に狂った井河・甲河の長老衆はこれ幸いと猛攻を開始。
更には紫藤家を筆頭とする裏切りによって一門は弱体化。戦線は完全に崩壊し、戦いは虐殺へと変わっていた。
権左は勿論の事、最古参幹部の比丘尼や新たに幹部となったカヲルも投降を進言したが、又佐はこれを拒否。
幻庵に頼み込んでまで止めようとしたが、三者の思惑に反して、老対魔忍もまた又佐の考えに賛同した。
他のふうま一門のように弾正の耳障りが良いだけで中身のない都合の良い話に心酔していたのではない。ただ、二車と心願寺の当主として責任を果たそうとしたまでの話。
結局、又佐は二人の息子のみを連れて、幻庵は甥であった帯刀のみを連れて死地に赴いた。
無論、権左もまた同じく共に死地へと赴かんと願い出たが、尤も幼かった骸佐の安全を比丘尼・カヲルと共に託され、それすらも儘ならなかった。
何も出来ぬ不甲斐なさ。戦いすら許されぬ屈辱。状況を覆す智慧を持たぬ己の狂犬ぶりにほとほと嫌気を覚えた中で、それはやってきた。
燃え盛るふうまの隠れ里を山中から眺めながら、僅かな手勢を率いて骸佐、比丘尼、カヲルと共に隠れ潜んでいる最中、又佐と幻庵が討ち取られたという急報が届いた。更には、二人の奮闘を隠れ蓑に、反乱を引き起こした弾正は戦いを投げ出して逃げ延びたという事実までもが。
『だから、言ったのに……』
『あの、クソガキがっ! 当主として責任を果たす性根すらないの!』
『…………』
その時の記憶は、未だに鮮明に思い出せる。
幹部の中で誰よりも又佐を慕っていたカヲルは、悲しみから涙を流して崩折れた。
長らくふうま一門を見守ってきた比丘尼は、弾正の無能さと責任感の無さに怒りを露わにしていた。
その中で、不思議と冷静さを保っていた権左は、自らの無能さを痛感した。
狂犬は戦うことすらなく負け犬となった。後に残されたのは、自らに分不相応な執事という肩書だけ。主と師を守ることを出来ず、役割と立場から仇を討つ事さえ許されない。何と不様な姿か。
だからこそ、託されたものを重んじる。重んじねばならぬ。そうでなければ、又佐と幻庵が余りにも報われない。己には、二人の判断が間違いではなかったと証明する義務がある。
『……骸佐様には、オレから伝える。比丘尼のおばば、カヲル、いいな?』
『…………』
『…………ああ、頼むわ、権左』
茫然自失のカヲルを、一先ずは落ち着きを取り戻した比丘尼に断って、幼くして自らの主となった骸佐の下へと向かう。
骸佐は何も知らぬまま眠っていたが、権左の気配かそれとも父の死を感じ取ったのか、彼が向かうと目を覚ます。
『骸佐様……又左様が討ち死になされました。これより、貴方が我等の主』
『ち、父上が……そ、そんな……』
『泣くな!』
『――っ』
『泣いてはなりません。これよりは忍従の時。泣くには余りに早すぎる』
『……で、でも』
『御安心召されよ。これより土橋 権左は貴方に降り掛かるあらゆる危難を払う槍と成りましょう』
こうして狂犬は負け犬と成り、負け犬はただ一振りの槍となった。全ては託されたものを守り、今は亡き男達の意志に応えるために。
故に、ただ自らの考えばかりを優先し、本来は仰ぎ見るべき相手の意見に耳を傾けない凜花の姿はかつての己を彷彿とさせ、苛立ちが募っていた。
それでも今の彼は骸佐の槍。優先すべきは骸佐の命であり、目的。己の思いを殺し、ただ槍として主命を果たすのみ。
――――そのために、まずは凜花を制圧する。
「――――――」
(……来るっ!)
今まで、防戦に徹していた権左の身が深く沈む。まるで獲物を前にした肉食獣のような前傾姿勢。
戦いを楽しむ笑みすらなく、槍の極意を示さんとする姿は、凜花に戦いを決するという決意を知らせるには十分過ぎた。
互いの距離は凡そ十五間。槍の間合いとしては遥かに遠く、凜花の射程圏内。
圧倒的に不利な状況下を前にして、権左は乱れもなく迷いもなく一息に踏み込んだ。
「くっ、このぉっ――!」
最速で最短で、真っ直ぐに一直線に。
馬鹿正直な軌跡は、敵の攻撃など何の恐れにも危機にも繋がらぬと語るかのようだ。
残像すら置き去りにする恐るべき獣の疾駆。
それでも凜花は、権左の姿を確かに捉えていた。
実力が遥かに離れている相手であったとしても、生き残りさえすればやがてその速度に目も身体も慣れていく。
短時間で感覚が鋭く練磨される。閉じていた感覚が叩き起こされ、強者の領域に引き摺られる。ぎりぎりの命の奪い合いが、どれほど人の実力を伸ばすことか。
凜花のタイミングは完璧だった。
己へと迫る権左を捉え、肘から先を煙と化して拳を打ち出す。
全力の疾走はそれ以外の行動を全て阻害する。最早、権左に攻撃を阻む手段はなく、武技の込められた拳は一切の容赦なく肉を打ち、骨を砕く。
「馬鹿が」
「……!?」
だが、それは権左にとっても同じ事。凜花も間違いなく全力であった。故に、それ以外の行動には一手遅れる。彼が放った短い罵りの意味を、凜花は即座に知る事となった。
その刹那、権左は己の忍法を発動させた。
全身を地中に潜行させるのではなく、踏み込んだ足先のみを硬い洞窟の地面へと泥のようにめり込ませた。
――瞬間、跳ね上がった脚から土中に潜ませていたもう一振りの槍が蹴り飛ばされる。
権左は武器の質に拘らない。槍として使えればそれでいい。折れたのならば次の一振りを。ただそれだけだ。
エウリュアレーの操る使い魔との戦いを見越して、何本折れても構わぬように無数の槍を持ち込んでいた。土中に仕込んであったのではなく、先の戦いで置いてあっただけ。
飛ばされた槍は一直線に凜花の顔面へと向かう。
ほぼ反射的に、自らの命を守る生存本能に従って、凜花は自らの忍法を解いていた。
そして、すんでの所で戻した両手を使って放たれた槍を受け止める。その時点で戦いは決していた。
「……うっ!」
「そら、終いだ。無駄な抵抗は辞めるんだな」
全力の攻撃を全力で中断し、全力で防御に入る。
戦の場において、それは致命的な隙であり、敵にとってはこれ以上ない好機。
放たれた槍に気取られた凜花は、既に間合いへと踏み込んでいた権左の鋒を止める術はなく、喉元へと突き付けられた穂先を前にして、全ての動きを封じられる。
鬼腕の対魔忍と一振りの槍の戦いは、こうして幕を引かれるのであった。
新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で
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白兎(いつも忙しそうなので)
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夜梟(機体の静粛性能から)
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影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
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飛梅(完全和製)
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蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)