対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

43 / 81
最早苦労人に残されているのは隊長としての責任だけ

 

 

 

 

「つ、あぁ~~……ようやく、一段落か」

「こ、小太郎……こ、こんな、酷い……」

 

 

 権左と尚之助を退けた小太郎は洞窟の天地を繋ぐ天然の石柱に背中を預けて座り込み、いま感じている痛みそのものを身体の外へと押し出すように大きく息を吐いた。

 その傍らには涙を溢しながら凜花が座り込み、きららと自斎は沈痛な表情で俯いている。

 

 今の小太郎の姿は、三人が行った独断が原因のようなもの。

 全ての切欠は矢車にあったとは言え、その後の行動は不味かった。誰もが痛感しているからこそ、己を責めているのだ。

 

 

「と、兎に角、撤退を……」

「いや、それはない。オレはこのまま続行する」

「な、なに言ってるのよ、そんなの無理に決まってるでしょ! 少しでも早く治療を受けなきゃ……!」

「侮るな。オレは弱いんだ。だから、こういう時の備えも当然ある。出来れば使いたくはなかったんだがな」

 

 

 自斎が撤退を促すものの、小太郎は真っ向から拒絶した。少なくとも、己は此処で退くつもりはないと。

 こんな所で、折角上がってきている独立遊撃部隊の名に傷を付けたくはないのだ。この失敗を槍玉に上げ、部隊を解体するように進言し、己の権力を拡大させようとする輩もいるだろう。

 一歩の後退がそのままふうま再興が遠退く結果に繋がってしまう。それでは名前だけの当主と言えども、果たすべき責務を果たせなくなる。骨身に刻まれた母親の教育が小太郎に撤退を許さない。

 無論、彼とて無理無謀をしたい訳ではない。これまでの状況と得られた僅かな情報から、任務遂行が可能な道筋が見えているのだ。

 

 自身の現状を把握できているとは思えない言動に、きららは猛然と反発した。

 これまでのように男の発言だからと否定している訳ではない。口元から血の(あぶく)を吹く彼の姿は、自身の間抜けさが招いたようなものと重々承知していた。だからこそ根底にあるのは純粋に小太郎の身だけを案じている。

 

 任務開始時とは、見違えるほどの変化と言える。尤も、それは彼女本来の性格が顔を出しているだけなのかもしれないが。

 しかし、小太郎は意に介した様子はなく、懐から銀色の金属筒を取り出した。大きさは掌に収まる程度、一部が硝子で出来ており、中には緑の液体で満たされていた。口で筒を咥えてキャップを外すと細い針が顔を出す。どうやら注射器のようである。

 

 

「ふぅーーーーーーーー…………ふっ!」

 

 

 今一度大きく息を吐き出し、腹を括って首筋に注射器を突き刺して打ち込む。

 

 変化は劇的だった。

 一体、打ち込んだ薬液は如何なるものなのか。拉げていた左腕から身の毛もよだつ悍ましい音が響き、彼の意思とは関係なく左腕が痙攣し、口からは大量の血が溢れ出す。

 三人が息を呑む間にも、滅茶苦茶に破壊されてズレていた骨は元の位置に無理やり戻ろうとして内蔵や筋肉から引き抜かれて体内で新たな出血を齎し、その出血も傷が塞がっていくことで収まっていく。

 

 ものの数分。ただそれだけの僅かな時間で見るも無惨に変形していた左腕と複数の内蔵の損傷は、完全に元の形へと戻っていた。

 

 左腕の再生を見届けた小太郎は、口の中に残っていた血をぺっと吐き出し、調子を確かめるように指を握っては開くを繰り返す。

 

 

「流石は凄いな。即効性だけは折り紙付きだ」

「そ、そ……」

「あ? 何だよ?」

「そんな便利なもの持ってるならもっと早く使いなさいよ! 心配するでしょ!!」

「そう便利なもんでもないから出来れば使いたくはなかったんだよ。それくらい察してくれ」

 

 

 人体の破壊は見るも悍ましいが、摂理に反した再生もまた同様。

 吐き気すら催しながら事態を見守っていたきららであったが、自身を奮い立たせるように、或いはこんなものを隠して今の今まで使わなかった事を咎めるようにきららは悲鳴を上げた。

 

 心配し通しだった彼女にしてみれば、肩透かしを喰らったようなものであり、安堵から大声を出してしまうのも無理はない。

 だが、小太郎は呆れ顔だ。使わなければどうにもならなかったとは言え、可能な限り使いたくはのは事実。これだけの急速な復元・再生に何の副作用の疑いを持たぬ単純さに呆れ返っている。

 

 今使用した薬品の名は補肉(ほじく)剤と名付けられた新薬。

 こんな道理や摂理に反した事態を引き起こせる薬品を作り出せるのは、自称天才魔科医の桐生 佐馬斗をおいて対魔忍側には存在しない。

 

 しかし、疑問が残る。

 これだけの効果を上げる新薬を開発したのであれば、既に対魔忍全体へと配布されていてもおかしくはない。配布されればされるほど、死傷率が激減するのは目に見えているのだから。

 自身の研究成果を世界に向けて発信したがる男ではなく、ただ自己の欲求を満たすためだけに魔界医療に傾倒している故、研究成果を秘匿していた可能性もあるが、お目付け役である紫の目もある。到底、隠しきれるとも思えない。

 

 疑問の解消は至極単純。桐生は元より、紫でさえこの新薬を広めたくなかったのだ。

 この新薬の元となったのは、他ならぬ紫自身の細胞から生み出されたもの。桐生も紫も拒絶を示そう。

 

 紫にしてみれば、培養された細胞とは言え、自身の細胞が知らぬ所で勝手に薬として使われるなど良い気分ではない。

 桐生にしても紫に異常な愛情を抱き、ハニーを好き放題していいのはオレだけだ、と公言している男。細胞一欠片であっても、自分以外に投与されるなど在ってはならないと絶叫する。本当に気持ち悪い男である。

 

 更に言えば、この新薬は効能こそ凄まじいが欠陥品でしかない。

 

 紫の忍法“不死覚醒”は、文字通りに不死を齎す。

 常時発動型の忍法で彼女を殺すには頭部と心臓を同時に破壊する他なく、例え身体を切断されようとも、刃が通り抜けている最中に傷が塞がってしまうほどの再生能力を持ち、華奢な身体からは想像もできない膂力を生み出す。

 全て対魔粒子による賜物であるが、通常の身体強化系、回復系の忍法は対魔粒子をエネルギー変換することで在り得ざる能力を得ているのに対し、不死覚醒は細胞そのものが対魔粒子によって特異な変化を見せている。 

 医学上、遺伝子学上は何の変哲もない人の細胞であるが、対魔粒子を流し込まれると途端に活性化し、肉体の損傷を確認すると同時に癌細胞すらも凌駕する勢いで増殖・修復する。

 

 その特性に初めて目を付けたのは他ならぬ桐生だ。

 彼の肉体は既に生まれ持ったものではない。かつて紫と敵対した際に首を刎ねられ、魔界医療によって半人半妖化して生き延びたのだが、本来の肉体でない以上は時間制限が生まれる。

 このままでは肉体が朽ちる結末に陥ると自覚していた桐生は紫の持つ特異な細胞に着目し、彼女の身体に寄生することで事なきを得た。今や彼は紫の細胞に適合して共生関係から分離、奇跡の生還を果たした。

 

 補肉剤はその研究過程で生まれた副産物。

 他者の肉体に調整した紫の細胞を投与することで、対象に擬似的な不死覚醒を与える。内蔵の損壊は勿論の事、切断された四肢すら短時間で再生し、あらゆる外傷や病を治す。

 

 だが、その分だけ副作用も凄まじい。

 まず第一に、再生には発狂しかねないほどの痛みを伴う。

 元より人間の肉体は欠損は癒せず、治る傷ですら膨大な時間を要し、治療には常に痛みが必要となる。

 それを僅か数十秒から数分で治すのだ。大の大人が麻酔を使っても絶叫する骨の矯正を、肉体からの異物の引き抜きが僅かな時間で襲い掛かってくる。それだけの痛みを与えられては、待っているのはショック死だ。肉体を再生する筈の行為が死を齎すなど皮肉という他ない。

 紫の不死覚醒、ナディアの癒やしの舞を筆頭とした自他を回復する異能の何が優れているのかは、こうした()()()が皆無な点だろう。

 

 もし仮に、運良く激痛を耐え抜いたとしても、更なる問題が待っている。

 

 紫の細胞は紫自身によって生み出される対魔粒子にしか完全に適合せず、他の対魔粒子では制御が効かない。

 既に癒えているにも拘らず増殖を続け、異常を察知した免疫細胞は異常増殖する紫の細胞を攻撃し、拒絶反応を示す。

 待っている結末は二通り。過度な拒絶反応によって患部が壊死するか。或いは紫の細胞に肉体を乗っ取られ、元が人だったとは想像もできない肉塊となるか。いずれにせよ、欠陥品の烙印を押されても仕方のない代物である。

 

 ただ、今の小太郎にとっては有用な代物ではあった。

 痛みだけで彼は死なない。異常な訓練で得た痛みへの耐性は、人魔合わせても彼に勝る者は存在しない。

 残る問題は患部の壊死と肉塊化であったが、目の前にある死を先延ばしに出来れば御の字だ。

 拒絶反応、異常増殖共に肉体に形を伴って現れるまで桐生の計算及び最新鋭のコンピューターシミュレーションによれば五時間以上ある。その間に全てを片付けて桐生による治療を受ければいいだけ。

 桐生が治療に精を出さず、体よく彼を始末しようとする可能性もあったが、ハニーと一つになっていいのはオレだけだ、と身勝手な独占欲から紫の細胞を是が非でも他者の肉体から排除しようとするのは目に見えている故、心配せずともいい。

 

 

「小太郎……良かった……本当に、良かった……」

 

 

 凜花は今し方まで拉げていた左腕を両手で握り、俯いて涙を流していた。心底から愛した人間の無事を喜んでいた。

 

 対し、小太郎の反応は冷ややかそのものの無反応。表情に僅かな変化すらない。

 矢車が暴走した時点で――いや、三人と組まされた時点で無傷ではいられないと予期していたのであろう。

 それにした所で、自身のために涙を流す人間を前にして、何の感情も浮かべないのは非人間的と言わざるを得ない。何せ、怒りや呆れすらないのだ。

 

 凜花が握る左手を振り払い、鬱陶しい感触から逃れて三人と向き直る。

 立て襟と三角帽の間から除く目元は異様に冷たい眼光を放っていた。

 

 

「それで、どうする? さっきも言ったが、オレは一人でも行くが」

「……アンタ一人でどうにか出来る相手じゃないでしょ。私も行くわよ……そりゃ、信じて貰えないかもしれないけど……」

「私も行くわ。これ以上、小太郎を傷つけさせない。誰にも……」

「随分と都合の良い話だ」

 

 

 自責の念が強いきららと凜花は小太郎の問い掛けに、苦しみの表情を浮かべながらも間髪入れずに応える。

 自身が選択肢した行動の結果、招いた現実は彼女達の身を危険に晒し、小太郎の脚を引っ張る形となってしまった。誰よりも理解しているからこそ、はいそうですかと退くわけにはいかない。

 

 きららはもう二度と信じては貰えないだろうと覚悟した上で、凜花は己すらも含めた上で言葉を口にしていた。

 

 返ってきた反応は相変わらず冷徹だ。

 何の感情も浮かんでいない。怒りや嫌悪を発露する気力すら残っていないのだろう。

 

 

「お前等、舐めてるよ。オレを舐めてる以前に、全てを舐めてる。自分の勝手で失敗しました、だけど次は頑張ります。そんな理屈が通るわけないだろ。舐めてるとしか言いようがない」

「………………」

「この場でお前等を拒絶したところで現実が変わるわけじゃないから素直に受け入れるがな。だが、オレは頼りにもしないし、オレの命令通りに動くとも思わない。お前等がこっちの命令を無視することを前提に作戦行動を組む」

「………………っ」

「これはお前等が自分の尻は自分で拭うと言った結果だ。見上げたもんだよ、恥ずかしげもなくそう言えるのはな。オレから言えるのは一つだ。勘違いはするな。責任を取るってのは身投げみたいな行為じゃない。もっとずっーと地味で全うなものだ。オレから言えるのはそれくらいだよ」

 

 

 彼の言葉の端々には、いちいち棘がある。

 それらは負の感情によるものではなく、隊長としての責を全うしようとする表れであった。

 

 もしこれが自身の正式な戦力であったのなら彼は言葉すら掛けず、明確な拒絶と断絶だけが其処にあった。そして、どう使い潰すかだけを考えていた筈だ。

 所詮、凜花にせよ、きららにせよ、アサギから借り受けた戦力であり、お客様でしかない。彼女達をどう思おうが、甘く扱うしかないのである。

 

 それでもなお責を全うしようとしたのは、言葉通りに認めていたから。

 自身に与えられた任務を全うしようとする姿は、かつて頼りにしていると口にした尚之助の姿に似る。彼もまた、もう嫌だと何かを投げ出すような人間ではなかった。

 凜花ときららが、そのような人間であろうとするのなら、甘さを見せてやれる。考えなしの無鉄砲ではなく、其処に反省と改善の意思もあるのなら、期待はできずとも猶予を与えられる。

 

 

「獅子神、お前はどうする?」

「…………忌神は神気を消耗し過ぎて暫く使えない。もう私は、役に立たない」

「そうか。なら、来た道を戻れ。どうやらこの結界、内に誘い込む事に特化しているようだ。内から外に出る分には迷わされることはないだろうよ。外に出たら物陰に隠れて待ってろ」

 

 

 己の意思を見せる二人を前にしてもだんまりを続けていた自斎であったが、小太郎に声を掛けられてようやく口を開く。

 

 既に彼女は心を折られている。

 尚之助が一時的にとは言え、忌神を行動不能な状態にまで追いやった。今まで、誰にも止められないと思っていた荒ぶる神が。

 自斎自身にも、周囲にもどうしよもなかった驚異が、今や無力に等しい状態に陥っている。その現実は、今まで彼女が歩んできた道の否定に他ならない。

 

 もっと方法があったのでは。それを選んでいれば、傷つけずに済む人もいたのではないか。

 もっと手段があったのでは。それを選んでいれば、孤独に過ごす必要もなかったのではないか。

 

 無駄な孤独。無駄な時間。無駄な犠牲。

 今までの全てが無駄であったのではないか。その考えが、頭にこびりついて離れない。

 とてもではないが戦えない。心が奮い立たない。戦えるだけの気力が生まれない。足手纏いにしかならず、足を引っ張るだけならいない方がマシ、と心底からそう思っていた。

 

 自斎の内心など全て分かっていたのだろう。

 小太郎は短く彼女の言葉を受け入れると、短く指示を出す。視線すら向けていない。

 

 そして――――

 

 

「意志薄弱では何も出来やしない。そんな奴は邪魔なだけだ。さっさと帰って一人でいてくれ。一生やってろ」

 

 

 ――――何とも強烈な言葉を口にした。

 

 

「――――…………のよっ」

「あ? 何か言ったか?」

「貴方に、何が分かるのよっ!!」

「逆ギレかよ」

「……ちょ、ちょっと」

「自斎ちゃん、落ち着いて。アンタも言い過ぎよ……!」

「私は、こんな力欲しくなかったっ! 生まれた時から訳の分からない神に付き纏われて、関係ない人を傷つけてっ! そんな経験、貴方にあるわけ!?」

「――――」

「私だって、一人でなんていたくない! 捨てられるなら捨てたかったわよっ! でもどうしようもなかったっ! 貴方なら何とか出来たの!? 人の気も知らないで、勝手なことを言わないで!!」

 

 彼女の気持ちを全く考慮していない小太郎の言葉に、溜め込んできた不満が吐き出される。

 好きで一人で居たわけではない。叶うのなら、人並みの生活をしていたかった。神の暴威など気にせず、同い年の友人を作って遊びたかった。けれど、決して口にした事はない。

 そんな事が不可能なのは分かっていたし、何よりも必死になって神遁の術について調べて周り、己を救わんとした両親の背中を見て育ったから。結局、両親は自分達ではどうにもできないと諦めて投げ出したが、その背中は今も尚、自斎の両目に焼き付いて離れない。

 

 決して不満など口にできる立場ではないと理解している。

 それでも尚之助によって折られた心からは、普段ならば露わにしない偽らざる本音が、止めどなく漏れていく。

 

 単なる八つ当たりであるなど、彼女が誰よりも分かっているが、壊れそうな心を守るために吐き出さずにはいられない。

 それは獅子神 自斎という少女の絶望の悲鳴だった。これまで与えられた理不尽を、溜めてきた不満を、喉が涸れるほどに叫び続ける。

 凜花もきららも止めるべきだと分かっていても止められない。口にした科白がどれだけ身勝手なものであったとしても、叫ぶ自斎の姿は血を吐くようで見ていられない。

 

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

「好き放題言いやがる。だが、だんまり決め込まれるよりはマシか…………そうだな。オレはお前みたいな奴に絡まれたら、必ずこう言うと決めている。お前のことなんざ知るか、ってな」

「――――!」

「お前も舐めてるよ。甘ったれてる。自分のことを語らずに、自分のことを知って貰いたい? 考慮して欲しい? ありえねぇよ、そんなこと。お前がオレに何をしてくれた。自分は何もしちゃいない癖に、自分は何かして欲しいってか? 笑わせてくれる。甘えるな。そんな道理、通る訳がねぇ」

「………………っ」

「両親に捨てられる事を受け入れたのもお前。一人で居ると決めたのはお前。神様の制御を諦めて何もしなかったのもお前。オレが何故、お前が選択した事柄の責任を取らなきゃならねえ。知ったことかよ。自分一人でやると決めたんだろ? だったら最後まで一人でやれ」

 

 

 何処までも正しく、だからこそ何処までも無慈悲な科白だった。

 吐き出したものを全て吐き出し、冷えた頭と心には刃となって突き刺さる。

 

 お前が今まで許されたのは、誰もがお前を恐れていたからではなく、お前を慮ってお前の態度や勝手を許容してくれていたからに他ならないと現実を突き付けるように。

 

 

「オレに何が出来たかと聞いたな。そうだな。オレが神遁を手にした上で制御が効かないという前提なら、まずは調べた」

「……な、何を」

「色々だ。お前に関する情報は調べた。お前の裸眼で見た者は例外なく神にぐちゃぐちゃにされるようだな。だが、曖昧でよく分からん。どの程度の距離で見て、神様がどの程度の距離まで向かっていくのか。日中と夜中で違いはあるのか? 裸眼でなければ? カメラやHUDの類を介したらどうだ? 神が襲い掛かるのは人だけか? 智慧のない獣も含むか? 発動までの時間は? 何秒見れば祟られる? 或いは、神の顕現時間はどれくらいだ?」

「…………!」

「何故、神の制御が効かない? 神の名は? 気になる事なんていくらでもある。神遁の情報は五車の書物にも殆ど残っちゃいない。だったら、手探りで試すしかない。あー、何? その過程で誰かを傷つけるかもしれないって? 馬鹿言うな、一人で調べられることなんざいくらでもあるだろうが」

「…………っ」

「それで打つ手がなけりゃ、いよいよ封印だ。どうやらお前に宿った神気とやらは両目に集中しているらしい。だからこそ、神が攻撃するトリガーになる。なら、両目を潰すのも一つの手段だな。オレだって神の更なる暴走を招きかねない真似はリスキー過ぎて馬鹿げていると思うが、試してみる価値はある。オレは孤独をどうとも思わんが、出来ることが限られてくるのは問題だからな」

「…………」

「焦り、嘆く両親を見てきた。お前自身も追い詰められていた。だから視野狭窄に陥るのは仕方ない。その点はオレも認める。だが、甘い。お前は半端だ。覚悟も行動も何もかもな。全部投げ出して助けを求めるのだって一つの手段だ。それすら出来ない、したくないと諦めるなら自害しろ。助かろうとしない者は誰も助けられない」

「…………」

「繰り返すぞ、甘えるな。助けて欲しけりゃ、助けて欲しいと叫べ。お前は一般人じゃない、対魔忍だ。だから、対魔忍が何も言わずに守ってやる範疇にはない。一人が嫌なら自分のやれることをやれ。周りに人が寄ってくるのはそういう奴だ。頼りにならねえ奴には誰だって頼れねえよ」

 

 

 滔々と語る口調は、苛立ちとは無縁だった。

 彼女を慮っていたわけではなく、彼が語る行為を実行に移したとして神を制御できたとは限らない。正しいかどうかは判然としなかったが、尤もだと感じたからこそ何一つ言い返せなかった。

 

 間違ってはいまい。自斎も両親も完璧を求め過ぎていた。

 与えられた強大で魅力的な力。神と呼ばれる存在を制御出来るのなら、その方が望ましいのは事実だが、理想に目が眩んでいたであろう事は否定できない。

 両親が自斎にどのような未来を求めたのかは分からない。娘を使って獅子神の名を知らしめたかったのか、ただ娘の安全を願っていたのかは定かではないが、神を完全に制御するなど土台無理な話。

 神とは人智の及ばぬ存在。例え言葉を交わせたとして、心を通じ合わせたとしても、人と神の思考回路は根底から異なっており、決して分かりあえぬ理が其処にある。

 

 彼女達は最初の一歩を間違えた。

 制御できぬものを制御しようと全てを費やすのではなく、まずは周囲に被害の及ばぬ方法や使い方を探るべきだった。であれば、周囲に助けを求める余裕も生まれただろう。

 最初から高い目標を設定し、それを一度で実現できるのが最も望ましい。正に理想的だ。だが、そんなものは幻想に過ぎない。如何なる偉人、如何なる天才、如何なる偉業であっても始めの一歩は失敗と試行錯誤、或いは低い目標達成の繰り返し。

 完璧であろうとすればするほどにリスクは増していく。難易度は上がり、速度は落ち、必要以上に慎重になって本来の力を全く発揮できなくなる。その度に落ち込んでは上手くいかなくなる悪循環に陥ってしまう。

 

 完璧を目指すよりも、まずは一度終わらせることが全ての物事に共通する重要事項。

 完璧でなくともいい。どのような形であれ、終わらせれば見えてくるものがある。改善すべき点、妥協すべき点が明らかになり、結果的に自らの理想となる完成形に早く近づくことが出来る。

 

 それは小太郎が何よりも肌で感じていた事実でもあった。

 母から与えられる訓練の数々は無理難題の山と言っても過言ではなく、どう考えても当時の自分では終わらせる事は不可能としか思えなかった。

 だが、まずはやれ、と力尽くで首根っこを掴まれて放り込まれ、その度に目標には微塵も到達できずにいたが、失敗を繰り返す度に少しずつ少しずつ前に進んだ。

 そうでもなければ何度となく死ぬ。死からの蘇生は約束されていたものの、精神が何時まで持つか分からない。同じ失敗で死ぬ余裕など始めから与えられていなかった。

 そして、毎回違う失敗を繰り返すことで一つずつ改善すべき点を見つめ直し、実現可能な範囲を見出していくことで、彼は建設的で合理的な思考を身に付けた。

 狂気の沙汰そのものの教育・鍛錬であるが、死と蘇生を前提にしていなければ方法としては至極全うである。最も、これをにこにこ微笑みながら課した母も、逃げられないからと小太郎が受け入れてしまった時点で全て台無しである。

 

 

「…………私に、できるの?」

「さあな。お前次第だろうよ。どうしようもない今から抜け出したけりゃ、諦める以前にやるしかない」

「……なら、まずは」

「この任務を問題なく終わらせることだろうな、それが最短距離だ。任務が失敗すれば、別の誰かを見繕うためにお前の証言も必要になって時間を取られる。遠回りだ。どうだ、お前に何が出来る。まだ手足は付いてるよな?」

「まだ……まだ、剣を握れる、剣を振れる……まだ、戦えるわ」

「決まりだな。ぐだぐだ俯いてないで前を向け。焦りは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。前者は過ちを増やし、後者は新たな後悔を生む。まずはやれ、話はそれからだ」

 

 

 それは、自斎にのみ向けられた言葉ではなく、他の二人にも向けられていた。

 失敗を取り返そうと焦っては同じ失敗を繰り返す。後悔を胸に行動しても十全の力を発揮できず、何もない所で躓いてしまう。

 当たり前の事実だが、焦る者も後悔する者も分かりやすい陥穽にすら気付かなくなってしまう。

 

 これ以上足を引っ張られては堪らないという本音が混じった、隊長として果たさねばならない責務を全うするために敢えて口にした言葉だった。

 

 

「――――行くぞ」

 

 

 小太郎の言葉がどのように届いたのかは、彼女達にしか分からない。

 言えたのは、それぞれが踏み出した一歩は隊としての纏まりを帯び始めていた事と俯いている者は誰一人としていなかった事だけ。

 

 雨降って地固まる。

 小太郎にとっては喜ばしくもない、自身の未熟さが浮き彫りになる結果であったが――――独立遊撃部隊としての任務が、今ようやく始まった。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。