対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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作戦はなくとも戦いの下準備は入念に。隊員の気構えも準備に含まれます。

 

 

 

 

 

「で? 実際の所、どうなのよ?」

「何が? 必要な部分を省いて喋るな。誤解の元だぞ」

「言わなくても分かるでしょ? 私達だけで、エウリュアレーに勝てるかどうか、よ」

 

 

 独立遊撃部隊の一行は、小太郎を先頭にして再び洞窟の内部を進んでいた。

 トンネル内部の時のように、拾った小石を投げて空間の切り替わりを探りながらの道程。

 不和による沈黙ではなく深い集中による沈黙の中、心に浮かんでいた不安と疑問を吐露するようにきららは口を開いた。

 

 当初は不意に遭遇した骸佐側と手を組んでエウリュアレーに当たる予定であった。

 だが、矢車の暴走と呼応した三人の行動によって全てご破産になった。予定していた戦力が用意できていない以上は、勝つよりも負ける可能性の方が遥かに高いと考えるべきだろう。きららの不安と疑問も尤もである。

 

 

「鬼崎。まず前提として、オレ達の任務はなんだ」

「エウリュアレーを倒すこと」

「…………お前、大概にしとけよ。いくら戦闘特化だからって自分が出たら即戦闘って考え方止めろ。おねがいだからほんとやめて」

「な、何よぅ、そ、其処まで不安にならなくても……」

「きららちゃん……」

「不安にもなるだろ。任務の内容はあくまでも行方不明の部隊員の救出とエウリュアレーの目的を探る事だからな。必ずしも戦う必要なんてねーんだよ」

「うっ……そ、それもそうね。うん、分かってた。分かってたわよ?」

 

 

 これまで携わってきた任務内容故か、自らの向いている任務がどのようなものなのかを把握していたからなのか。

 任務=戦闘、という凝り固まった思考に捕らわれていることを指摘されたきららは、慌てず騒がず取り繕う。頬を朱に染めているのは御愛嬌か。

 きららの隣では呆れたような視線を向ける凜花が居たが、小太郎に言わせれば彼女も大概戦闘特化。思考回路は似たりよったりなのが不安を煽る。

 

 それでも必要以上に欠点を突くのは止めておく。

 きららはきつく接すれば接するほどに反発を招く性格だ。批判や指摘はそこそこに、呆れや放棄を見せてやった方がよく自己を省みるからだ。

 

 

「実際、戦闘になるかは半々だ。交渉で済むならそれに越したことはないが、どうかな」

「根拠は? こんな大掛かりな魔術を仕掛けているなら相応の目的があると見るべきでしょう? そう簡単に退いてくれるとは思えないけど……」

「尤もな意見だが、オレの経験則として魔術師の性格は大きく三つに分類される。探究型、追求型、中道型の三つだな。エウリュアレーは典型的な追求型。こっちの尺度で目的を推し量るのはそもそも間違ってるタイプだ」

「小太郎、それだけじゃ分からないわ。もっと詳しく説明して」

「ざっくり言うと魔術を学問みたいに捕らえているのが探究型。自己の欲望を満たすために手段として用いるのが追求型。その両方の性質を備えているのが中道型ってところか」

 

 

 聞き慣れぬ単語に三人は首を傾げたが、無理もない。これらは彼の経験に寄るところが大きく、勝手に作った分類である。

 魔界にも魔術師界隈にもそのようなカテゴライズも単語も存在せず、余人には測りようがない。凜花は更なる説明を要求し、小太郎は当然だなと語り出す。

 

 まず探究型は研究者・学者としての気質が強く出たタイプ。

 魔術そのものを自己の研究成果として捕らえており、大抵は真理やら自己の知的欲求を満たす事、或いは崇める何かに仕える以外に興味を示さない。

 多くは自身の工房で研究をし続ける引きこもりであるが、目的が一致した場合は手を組んで邪教団などを立ち上げる。

 知的欲求を満たすことが最優先であるため、民間人の被害が最も大きくなる。目的にもよるが、最悪の場合は世界が滅ぶ自体にまで発展しかねない。

 性格は桐生 佐馬斗や姉である桐生 美琴。二人の師であるフュルストなどが近く、始めから妥協がないために協力、交渉するのが難しい。だが、目的がハッキリとしているために先を読むのは容易いとも言える。

 

 次に追求型は自己の基準のみを生きる指針としているタイプ。

 魔術はあくまでも自己の欲望を満たすための手段であり、世界の真理やら道理など気にしない。

 特定の根城を持たずに放蕩と徘徊を繰り返す者、特定の居城を構えて移動しない者、自らを頂点とした非合法組織を立ち上げる者と多くは快楽主義で刹那的、気紛れと最も先が読めず厄介とも言える。ただ、長期的な計画性を持たないために周囲への被害は控えめ。あくまでも探究型と比較した場合であるが。

 小太郎の知る追求型は、アミダハラの鋼鉄の魔女か。エウリュアレーの残した伝説、逸話からして間違いなく此処にカテゴライズされるだろう。

 

 最後の中道型は、探究型と追求型の特性をバランス良く持つタイプ。

 周辺への被害と自己への評判を天秤に掛けた上で利益を求めて行動に移すリスク管理を常に念頭に入れており、前者二つに比べて最も社会性と社交性が高く、人類や社会に被害をそもそも齎さない場合が大半。

 世の道理、社会秩序、組織の掟を優先する傾向にあり、同業と群れて縦横の繋がりが強く、弟子を取って自身の高めた魔術を後に継がせようとする。総じて全うな人間に近い感性を持つ者が多く、掟を破った者には容赦がない。最も数は少ないが、魔術世界の秩序を支えるのは間違いなく彼ら。手を組むのならば最も理想的かつ有益である。

 有名所でこれに分類されるのはアミダハラの大魔道士ノイ・イーズレーン。小太郎も繋がりを持ち、強大な力を持ちながらも好々とした性格をした魔術師である。

 

 

「追求型の基準はよく分からん。蟻の巣を見つけたら、意味もなく一匹一匹潰すような奴らだ。何故と聞いても楽しいから、面白いからという答えしか返ってこない。知ろうとするだけ無駄な奴らだよ」

「それで交渉なんて無理なんじゃ……どうやっても戦闘に発展しそうだけど……」

「ただ、どうにも手緩い。そもそも、こっちを潰したいだけなら最初の罠で確実に殺せるようにすりゃよかっただろうし、矢車どもと戦っている時に横槍を入れ放題だったのに、それすらなかった」

「こっちを試してるってことかしら……?」

「さー、どうだか。考えるだけ無駄で、からかって遊んでるって印象が強い……が、もしかしたら、オレ達の誰かが目的なのかもな」

「……えっ? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それじゃあ、私達が来るのを分かってたってことじゃない! なら、誰か内通者が……!」

 

 

 小太郎は己が感じている違和感を包み隠さずに口にする。

 おかしい点は多々あった。ただ、殺すだけ、排除するだけならばいくらでも手段も機会もあった筈なのに、決定的な瞬間というものが一切訪れておらず、エウリュアレーは静観の一手。

 そして、先に入っていたとは言え、権左達には使い魔による襲撃を行ったのもまたおかしな話だ。これでは、後からやってきた小太郎達を奥へ奥へと誘うようではないか。独立遊撃部隊のいずれかに興味を持っている可能性は極めて高い。

 

 対魔忍そのものに興味を抱いているのなら、連絡を立った調査部隊だけで十分だろう。

 サンプルケースとしてより多くを求めているのなら、独立遊撃部隊を招き入れたのは分からなくもないが、やはりこれまでの静観している意味がない。

 

 ならば、考えられるのはそもそもの目的が独立遊撃部隊の誰かにあること。

 調査部隊の拉致は独立遊撃部隊を引きずり出すため。手緩さは独立遊撃部隊の誰かを引きずり込むため。権左達のみを使い魔で襲撃したのは邪魔者の排除のため。全てに説明がついてしまう。

 

 そして、いの一番に考えつく可能性をきららは慌てて口に出した。口に出さぬだけで他の二人も同じ思いなのは、歪んだ口元から明らかだった。

 

 

「それはない。今回の編成はアサギ校長が一人で決めたもんだ。内通者が居たとしても誰を選んだのかまでは分からん」

「じゃあ、どうやって……?」

「腕利きの魔術師だからな。要素が整えば占いで未来予知や出会う運命くらいは読める。何なら使い魔を使って五車の内部を探ってもいい。事細かにも分からんし、確実性もない漠然としたものだろうが、相手はトリックスター。面白いと感じれば、どんなリスクも度外視だ」

「本当に、碌でもないわね」

「魔術師なんて総じてそんなもんだ。他者のための自制を期待する方が間違ってる」

 

 

 占星術を筆頭とした占いであれば、簡単な未来予知も可能であり、自他の運命すらも読み解けるようになる。

 自然に存在する野鳥や小動物を使い魔として、視覚や聴覚を共有する事で情報を集めることも可能だ。

 どちらも魔術の基礎ではあるが、魔術師としての腕前が高ければ高いほどに精度も隠匿性も向上する。エウリュアレーほどの魔術師であれば、面倒な交渉や報奨の支払いの必要となる内通者の存在など無用の長物に過ぎない。

 

 そも、エウリュアレーはこれまでアミダハラを拠点にしてきた。

 対魔忍内部に内通者を探すにしても目撃されてからの時間が短すぎて不可能に近く、追求型は長期的な計画など練れはしない。内通者の線は考える必要性はないだろう。

 

 

「なら、誰が目的なのかしら? 小太郎は兎も角、私達は魔術師なんかと関わりはないわよ」

「オレと凜花の線は薄そうだ。オレは特定の魔術師以外と関わりなんて持ってない。能力的に見ても、エウリュアレーの興味を引くほどじゃない。となると、高位鬼族である“霜の鬼神”を母に持つ鬼崎か、神遁の術を使える獅子神が本命ってところだ」

「……えぇ、私達、殆ど無関係じゃないの」

「好きで神様の力を借りてるわけじゃないのよ、こっちは……!」

「力を生まれ持った者の悲哀だな。力そのものに責任はなくても、魅力はある。引かれる奴は相手の意思なんてお構いなしだ。御愁傷様」

 

 

 小太郎の語る推察に、きららは余りの理不尽さから渋面になり、自斎は怒りを露わにしていた。

 自分自身にはどうにもできない現実が、エウリュアレーなどというトリックスターを引き寄せたとあっては二人の反応もむべなるかな。

 だが、二人の反応は良い傾向でもある。偽ることなく本心を吐露するという事は、確かな信頼が生まれている証左。特に、自斎などこれまでの人生で感情を押し殺して生きてきた。劇的な変化と言えよう。

 

 しかし、小太郎は何処吹く風であった。

 彼は確かに他者よりも秀でてはいるだろうが、特別な能力も才能も持っていない。あくまでも、その気になれば誰でも身に付けられる技能をより多く、より高く修めているだけ。それでも多くの対魔忍よりも優秀な結果を出しているのは、誰でも出来ることを誰よりも速く、誰よりも上手く熟しているからに過ぎない。

 魔術師にとっては特に目を引く存在ではなく、面白味もない存在。特別な能力を持つ二人の心境など考慮せずとも当然であった。

 

 

「でも、仮に二人が目的だったとしたら……」

「即戦闘だ。調査部隊を人質に取られたとしても交渉には応じられない。救出対象と救出部隊の隊員との人質交換なんぞ、救出対象が変わるだけだからな」

「何よ、結局戦闘を前提に考えてるじゃないの」

「違うからな? 戦闘はあくまで前段階で手段だ。本命は調査部隊の救出。エウリュアレーを倒すまでやりあう必要はない。救出したら即撤退。いらんリスクまで背負わん。分かったか? 分かったって言って???」

「わ、分かってるわよぉ。それくらい当然じゃない」

((絶対、分かってなかったわよね……))

 

 

 会話は回りに回って、最初の位置に戻ってくる。

 これまでの推測には全て根拠はない。況して相手が追求型ならば、小太郎の言う通りに推測自体がそもそも無駄。よって交渉になるか、戦闘になるかは五分五分から動かない。

 

 その事実に一度は取り繕ったきららは損をしたとばかりに、豊満な乳房を揺らしながら胸を張った。

 が、改めて小太郎が釘を指すと、先程と同じように取り繕う。その姿に凜花と自斎は不安を煽られているようだ。

 

 小太郎は小太郎で呆れ顔であるが、不安はないようであった。

 余計な反発さえなければ、根が素直な分だけ扱い易い部類。少なくとも自身の失敗を他者のせいにしないだけ随分とマシ。好き勝手に動かなければ思考の短絡さ、無鉄砲さは都度修正してやればいいだけの話だ。

 

 

「それで作戦は、どうするの? 正直、私達はエウリュアレーがどれほどの実力なのか分からないから提案も出来ない。小太郎なら、何か調べてきているでしょう?」

「まあな。立てられる作戦だが――――生憎と存在しない」

「はっ、はぁ!? どういうこと?!」

 

 

 小太郎に全幅の信頼を寄せる凜花は、偽ることなく事実を語る。

 相手の実力は、これまでの事態から明らかに自分達よりも上だと肌で分かっている。

 まともにやりあえば、どんな搦手を忍ばせてくるか。とても対応しきれるとは思えない。他の二人も同様の所感を抱いているだろう。

 

 落ち着き払った態度を見せている小太郎だけが唯一の光明であったが、返ってきたのは諦めにも似た言葉だった。

 

 

「落ち着け。何も諦めた訳じゃない。その場では指示は出す。ただ、オレ達の連携は拙い。今日、初めて組んで任務に当たるわけだからな。それぞれの限界値が何処にあって、何が出来るのかを把握しきれていない以上、予め行動を決めておくと逆に首を絞める結果になるだけだ」

「それはそうでしょうけど……」

「それに、ずっと視線を感じている。結界の奥に進めば進むほど強くな。エウリュアレーはこっちを見てる。もしかしたらこの会話も聞かれているかもしれない。とっくの昔に奴の腹の中にいるんだ、驚きには値しないだろ?」

「何もかも筒抜けってことね……」

「作戦を立ててもバレてちゃ意味がない。なら、先に勝ち筋を潰されない分だけ、行きあたりばったりの出たとこ勝負の方がまだ目がある」

 

 

 エウリュアレーの視線は、ずっと感じていた。

 遠見の魔術でも使い、魔術触媒としてお決まりの水晶越しに此方を眺めているのか、粘つくような気味の悪い視線が途切れない。

 更にはこれほど高度な結界であれば、内部への侵入者を探れるような機能を付与されていたとしても不思議ではない。

 

 依然、不利な状況に変わりはなく、作戦を立てたくとも立てられない状況下。

 ならば、付け焼き刃な上にバレてしまう作戦を立てるよりも、相手に情報を与えずに個々人の能力を最大限に発揮する方法にシフトした方がまだマシというもの。任務の達成と勝ちの目が消えてなくなった訳ではない。

 

 

「今までの事で分かるだろ。相手はこっちを舐めてる。なら、その部分を容赦なく刺す。戦闘における情報のアドバンテージはこっちにある。有名人はこういう時に手の内がバレてて不便だ。オレもいくつか対魔女用の備えを用意してある。勝ち目はゼロじゃあないさ」

(…………そう言えば、さっきあの銃を何処から取り出したのか聞いてなかったわね。視線を感じてたってことは、私に霧を出させたのはあの二人だけじゃなくて見てるエウリュアレーの視線を塞いで手の内を隠すためってわけ。呆れるくらい先々のこと考えてるわね)

 

 

 油断、慢心、侮りは差を容易に崩壊させる。

 天地ほど離れている実力差であろうとも、見下ろす側の精神的な隙が勝敗の天秤を見下されている側へと傾けさせた例などいくらでも存在している。

 

 ならば、それは小太郎の得意分野だ。

 単純な実力という点ならば独立遊撃部隊の中で最も弱いが、同時に相手の心理を読み切って隙を突く手管は最も危険で厄介である。

 彼の戦い方と手腕を矢車との戦いで目撃し、凜花と自斎の救出の際の疑問も解消され、きららは呆れればいいのか感心すればいいのか分からなくなっていた。

 

 恐らくは、本来ならばあり得ない武器を何処からともなく取り出したのも、今回の任務に合わせて用意していた備えの一つだろう。

 手の内を誰にも明かさない利点を理解できたきららは、無策と言っても過言ではない方法であっても不満を抱くことはない。

 

 

「それから獅子神、お前の忍法の件だが……」

「さっきも言ったけど、今は多分使えないわよ。顕現してくれるかさえ分からない。出来ても一瞬でしょうね。まるっきり根拠はなくて直感だけど。その上、誰に向かっていくか分からない文字通りの爆弾よ。使わない方が懸命だわ」

「そうか、十分だ。それに間違いなくエウリュアレーに向かっていく」

 

 

 其処で初めて、小太郎は足を止めて背後を振り返った。

 自身が想像していた以上の纏まりと士気の高さに驚くと同時に、三人の評価を改めねばならないとでも考えたのだろう。

 相変わらず頭の中では命令を無視される前提は消えていなかったが、目をかけるだけの価値も見出しつつあった。 

 

 

「理由を聞かせて貰える……?」

「ああ。これまでお前が忌神と呼ぶ者が暴走する事件の詳細を調べたが、どうにも近い者から手当たり次第って訳でもないらしい」

「そう、だったの? ごめんなさい、よく覚えて、いないわ……」

「それはいい。さっきも言ったがお前の境遇は同情に値する。ショックで記憶が曖昧になっても仕方がないからな。結論から言えば、忌神はお前にとって危険な存在から襲い掛かっているように思える」

 

 

 小太郎の口から放たれた言葉に、自斎は驚きを見せなかった。

 危険な存在と認知しているのなら調べるのは当然であり、彼女自身が危険な能力だと自覚している。非難など出来ようはずもない。ただ、忌まわしい記憶であることに変わりはなく、表情は青褪めていた。

 

 かつて起きてしまった忌神の暴走。

 一度目は神を制御しようとした末の失敗。二度目は一度目の失敗で犠牲となった者の遺族による怨恨からの襲撃と両親と自斎自身の危機による顕現。三度目以降も似たようなものだ。

 

 残されていた記録と報告書から小太郎が目を付けたのは位置関係と被害の順番であった。

 いずれの暴走においても自斎の傍には両親が存在していたのだが、忌神の暴走による直接の被害ではなく、殴り飛ばされた被害者との接触や破片による傷などの二次被害の域で怪我を負っている。

 そして、直接の被害を受けた者を調べていく内に、見えてきた事柄がある。

 

 一度目の暴走は両親の盟友にして名うて対魔忍から被害が始まっており、二度目の暴走は自斎に最も恨みを抱いていたと思しき者から始まっていた。

 自斎にとって実力は勿論の事、彼女に対して向ける感情の全てを考慮した上での危険性が高い者から襲われている、と推察できる。

 

 

「推測に推測を重ねるしかないが、神遁の術は人と神の間に強制的な共生関係を構築する術なんだろうよ。だから、既に滅びて顕現できない古い神の力を借りる」

「忌神としても私に死なれたら困るのね。そうなれば、自分もまた存在できなくなるから」

「それもあるかもしれんが、今は友好的な存在でもないのは確かだ。言ってみれば、忌神とやらも立場としてはお前と変わらんからな」

「…………どういうこと?」

「考えてもみろ。ある日突然蘇ったと思ったら、首輪をつけられた挙句にお前は犬だと言われて引き摺り回される。そんなもん、神様じゃなくても誰だって怒るだろ」

「それ、は――――」

 

 

 当たり前の道理を、無慈悲に自斎へと叩き付ける。

 人であろうと、神であろうと、知性と感情を有するのであれば、己の権利と自由、幸福を求めるのは至極当然の有り様だ。

 それが出来ないのであれば、誰であれ怒りを覚えるであろう。本来は与えられるものを得ようと躍起になる。その為ならばどのような犠牲も払い、どのような被害にも目もくれまい。

 

 互いに背けあってきたからこそ、何時まで経っても余計な被害を齎したのかもしれない。

 僅かなボタンの掛け違いだけで、取り返しの付かない結果を招き続けたのかもしれない。

 

 己を責め続けてきた自斎にとって、その言葉はどう届いたか。決して、心地いいものではないことだけは確かだろう。

 何かが僅かでも違っていたのなら、誰一人として死ぬこともなく、傷つきもしなかったとしたら。目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤んで生きてきた結果が現状を招いたようなものだから。

 

 

「重ねて言うが、別に責めてる訳じゃない。境遇を考慮すれば――――」

「いいわ。何も言わないで。気を遣ってくれて、ありがとう」

「自斎ちゃん……」

「…………そうか。ならいい。ブチかますタイミングは好きにしろ。安全を取ってもいいし、一か八かに賭けてもいい」

「随分、曖昧ね。それでいいの?」

「構わんさ。神々と因縁のあるエウリュアレーにとってお前は大砲みたいなもんだ。其処にいるだけで意識を裂かなくちゃならない。使えようが使えまいが、どっちだって構わんし。手の内を明かすからこそメリットになる場合もある」

「成程、嫌らしい手ね」

 

 

 凜花ときららの心配を他所に、自斎は仮面の下でいっそ清々しくすらある表情で微笑んだ。

 今まで自らの進む道は一切が闇に閉ざされていた。ならば、例えそれが自身の愚かしさを想起させるとしても、一筋の光明となり得るならば構わない。

 俯いて蹲っているばかりの愚かさは身に沁みて理解した。目を逸らし続けた現実とも向き合った。後は、前に一歩を踏み出すだけ。

 相変わらず不安はあるが、迷いはない。やれる事、やらなければならない事は山程あるのにまた一つ増えてしまった。優柔不断も遅疑逡巡もしている暇など何処にもないのだ。

 

 自斎の言葉に小太郎はそれ以上何も言わずに納得し、頷いて指示だけを出す。

 

 忌神が顕現出来ようが出来まいが、関係はない。

 出来たとすれば、エウリュアレーを討つだけの一撃となる。忌神の一撃であればあらゆる物理攻撃を無効化する魔術防壁を張ったとして、抜けるだろう。神としての位階と格はそれほどまでに頭抜けている。

 出来ないとしても、自斎自身ですらどうなるか分からない以上は、エウリュアレーは来るか来ないかすら分からない一撃を警戒して、延々と気を散らされ続ける。

 

 自斎の言ったように嫌らしい手だ。

 敢えて手の内の一部を開示することで、必要以上の警戒と注意を招かせる。

 その上で開示した手の内は、聞かれようが聞かれていまいが問題のない部分だけ。既に神経の()()を、エウリュアレーに対して仕掛けている。

 

 

「おっ」

「境界線ね」

 

 

 小太郎が投げ始めた小石が、虚空に飲み込まれて消えた。

 二度目ともなれば、驚きの声は上がらない。凜花が口にするまでもなく、其処に境界線があると分かっていた。 

 

 トンネルから洞窟地帯へ移動した時と同様に、小太郎が次の環境が如何なるものであるのかを調べるために片腕を境界線に潜らせ、暫く経ってから頷くと一足先に全身を潜らせる。

 各々の決意を胸に三人が続く。向かう先はエウリュアレーの下。刻一刻と近づくのは平穏な終わりか、或いは戦いの時間なのか。いずれにせよ、彼等にとっては僅か先の未来の話である。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

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