対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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伝説の魔女もやっぱり魔界の住人。口を割らせるにも力尽くが必要な模様

 

「……これはっ」

「酷いわね……」

「………………」

 

 

 綻びを抜けた先は、穏やかな草原から一転して荒涼とした原野だった。

 それだけではない。原野のそこかしこには死体が折り重なり山を成している。まるで戦争でも起こったかのようだ。

 凜花と自斎、きららの三名は鼻腔を突く死臭に怖気から顔を顰めていたが、小太郎だけは予期した光景であったのか、眉一つ動かしていない。

 

 陰惨な光景に目を奪われる三人を余所に、何一つ言葉を口にすることなく足を進めた。

 何らかの悲劇が起きたであろう場の中心に、一人の女が立っている。

 

 

「お前が、エウリュアレーだな」

「………………」

 

 

 倉庫で目にし、陽炎の如く消え去った対魔忍装束の女だ。

 三人にも負けず劣らずの豊満さを誇る肉体。頭巾に隠れた顔も口元だけで相当の美貌と判断できる。

 しかし、それらは全て見せかけに過ぎない。食虫植物が虫の好む芳香を放つように、人には理解し難い性根を覆い隠して惑わす隠れ蓑。美貌に釣られた者から喰い物にされる。

 

 

「目的は何だ。此方の部隊がお前を追っていた筈だが、何処にいる」

 

 

 油断なく一歩を踏み出した小太郎は返答の分かりきった問いを投げかけた。

 しかし、エウリュアレーはぶつぶつと何らかの呪文を吐くばかりで、まともに会話をするつもりすらないようであった。

 

 それでも動きはあった。まともに会話はするつもりはなくとも、相手をするつもりはあると言わんばかりに。

 すっ、と彼女の白魚のような指先がある方角を指し示す。その先にあったのは死体の山だ。

 

 

『…………っ』

 

 

 いくつもある死体の山を目にし、エウリュアレーとの対話全てを小太郎に任せていた三人は息を呑む。

 数は多く、見るも無惨な最期の姿だが、対魔忍として任務に携わってきた以上、死体など見慣れている。問題は、見知った顔が山に混じっていた事。

 

 首を断たれ、胴の上に頭の置かれた死体。

 尻から入った杭が口から突き出た串刺しの死体。

 腹を裂かれて、零れ落ちた内臓を抱くように座り込んだまま絶命した死体。

 

 虚空を眺める半開きの目。何かを伝えようと言いかけたまま歪められた口。整った様相の者は誰一人としていない。

 それが自然死であれ、戦死であれ、死に顔は変わらない。人も魔も満ち足りることなく永遠の眠りにつく。何かを焦がれ、悔いを残し、不様な最期を迎えるまで安らかな場所に逝けはしない。

 何のことはないありふれた最期――――それが、救出すべき対象として資料に乗ってすらいなければ、三人は息を呑みすらしなかった筈だ。

 

 

「救うべき対象、仲間の死を前にして、妾との対話を望むか?」

「……このっ!」

 

 

 嘲るような響きを声に乗せて、口の端を吊り上げるエウリュアレーに激昂しかけたきららは一歩を踏み出す。

 それ以上を踏み止まったのは独断による失敗の影響か、桁外れの魔術と実力を秘めている魔女に対する恐れ故か。

 

 小太郎はきららの行動を予期していたのだろう。片手を横に出して静止を促した。

 冷静さを喪いかけていたきららであるが、視線すら飛ばさない彼を前にしても、何とか逸る血気を抑えてのけた。これ以上、自分のせいで事態を悪化させたくはないのだろう。

 

 

「下らない()()はうんざりだ。どうせ、オレ達の会話も聞いていただろうし、見てきた筈だ。お前の目的はオレ達の中の誰かだな?」

「――――何故、そう思う?」

「これまでの経緯から明らかだろうが。殺せる瞬間がいくらでもあったのに、一度もそんなことはなかった。それに生死不明にしておいた方が相手は次の選択を迷うのに、わざわざ死体を見せつける。逃げの一手を打たれたくないのがバレバレだ。この結界は内へと誘い込む事に特化している。外へ出ようとする分にはまともに機能なんざしない。そうだろう?」

 

 

 何から何まで推測、殆ど当てずっぽうに過ぎなかったが、エウリュアレーは何一つ否定していない。

 返ってきたのは問い掛けだけ。それは小太郎の言葉が少なからず真実を射抜いている証左であった。

 

 少なくとも、権左と尚之助は何の問題もなく来た道を戻っていった。

 二人に余計な手出しをしなかったのは目的とは無関係な邪魔者でしかなく、また張った結界に侵入者の脱出を阻む機能が組み込まれていなかったからと考えたほうが自然だ。

 一度張り巡らせた結界に新たな効果を追加するのは危険だ。魔術は現実離れした現象であるが、歴とした学問であり術理。必ず法則と道理が存在しており、本質は常に同じ効果を発揮する機械と変わらない。動かすためのエネルギーが電気や信号の類なのか、魔力なのかの違いだけ。

 故に、術式の起動状態で新たな効果を追加するのは術師本人にも反動という予想の出来ない危険が伴う。機械とて完全に停止させた状態でメンテナンスや交換を行わなければ必ず事故が起こるのと同じように。

 

 仲間の死体を見せつける小太郎曰く“演出”も、中心部まで足を踏み入れた四人の憎悪を己に向けさせ、逃走という手段を選択させないため。

 ならばやはり、エウリュアレーの目的も、四人の内の誰かと見て間違いないだろう。

 

 

「それに下手くそだ。どの死体も、顔や体型が本物とはまるで違う」

「違う、って……」

「大した観察眼だ。正に炯眼よな」

 

 

 小太郎の目には、調査部隊の死体はどう映っているのか。

 少なくとも神遁の術を生まれ持ち、神の視覚と重なる特別な視覚を持つ自斎ですら、本物のそれと違いが分からない。

 だが、エウリュアレーの口調は自らの術を見抜かれたことを楽しむかのようであり、彼の言葉が事実であることを物語っている。

 

 考えてみれば当然のこと。

 結界の風景がエウリュアレーの記憶や想像を元にしたものであるのなら、転がった死体もまた同様に再現されたもの。

 事実が一つであったとしても、複数の認識で見ればそれぞれの現実が生まれるように、どうしようもなく差異が現れる。それを如何に小さくするかが魔術師の腕の見せ所であるが、差異は決してなくならない。

 そして、小太郎はそれを見逃しはしない。僅かな違和感からでも事実を嗅ぎ付け、見つけ出す。災禍の邪眼を用いた幻術破りの訓練は元より、猜疑心からいま目に映る現実ですら疑いの対象である彼からすれば造作もない。

 

 何も特別な能力ではない。観察力など誰もが持っている。

 驚嘆に値するというのなら、その精度を人に許された限界以上にまで高めている点だ。

 悠久の時を越えてきたエウリュアレーであってさえ、初めて目にすると言わんばかりであった。

 

 

「素晴らしい。そなたの考えている通り、仲間は生きている。だが、人間よ。どうするつもりだ? その程度の力で、その程度の烏合で、このエウリュアレーから奪い返せるとでも?」

「ゼロじゃないさ」

「よく言った。ならば妾は因果を結び、斯くの如く魔を成そう。尤も、そなた等は“魔の因果”に囚われやすい。特に、そなたは。妾が何をせずとも……くくく」

「……何?」

 

 

 元より交渉で何とかなるとは思っておらず、戦闘も十分に視野に入れていた小太郎に驚きはない。

 魔界の不文律は弱肉強食。“望むものがあるのなら力で奪え”が数少ない絶対のルール。この結果も喜ばしくはないが自然な流れだ。

 

 だが、聞き慣れぬ言葉に違和感を覚えたのも確か。

 “魔の因果”が何を意味するのか。魔術世界に関してある程度の知識を持つ彼も耳にしたことはない。

 対魔忍であるのなら“魔”と関わる機会も必然的に多くなり、“魔”と出会うこと事態が“魔の因果”とやらに囚われやすいという意味ならば十分に意味は通る。尤も、それだけでは説明の出来ない言いようのない不吉な響きが秘められていたのも事実であった。

 

 

「これ以上は無粋か。仲間を取り戻したくば、対話を続けたくば、妾の剣から生き残ってみせることだねぇ――――!」

 

 

 一方的に会話を打ち切ると、エウリュアレーの全身から魔性の気が溢れ出た。

 魔力のみならず、悪意や闘気まで凝縮したような目視可能なドス黒い霞が噴出する。まるでヨミハラで垣間見たブラックの本性、本来の姿を彷彿とさせるかのようだ。

 

 霞は彼女の姿を覆い隠し、神秘的な雰囲気すらも剥ぎ取って邪悪な魔女そのものへと変化する。

 魔界の深淵に潜む規格外の魔獣の革で拵えた臍の露出する漆黒の鎧。曲がりくねった角を連想させる冠に視界を覆い隠す黒い布。先程まではあった筈の両腕はなく、その先には空中に浮遊する翠の炎を纏いながら柄と刃の根本に巨大な眼球が埋められた二振りの大剣。 

 

 人の形を保ちながら明らかな異形異類と伝える姿は伝説と寸分違わず、またその名に相応しい。

 

 

「案の定ではあったか。来るぞ」

「よしっ! 思う存分やってやるわ――!」

「でも、相手が魔女なら魔法を使ってくるわよね? 近寄らせてくれる? 紫藤先輩や鬼崎先輩なら兎も角、私じゃ……」

「何一つ安心できないが、その心配だけはない。文献や情報じゃ、奴はバリバリの近接型。単に好みや得手不得手の問題だろうが、後ろに下がらず魔力の全部を大剣の操作や身体強化に回して懐に飛び込んでくる」

「普通の魔女や魔術師のイメージとは違うわね……」

「その方が合理的と言えば合理的だからな。一番前には獅子神が立て。無理に攻めなくていい、防御だけを考えろ。鬼崎と凜花は距離を取ってサポートを。隙を見つけたらぶっ放せ」

「小太郎は……?」

「一番後ろに下がって調査部隊の連中を探したいのが本音だが、それで済む相手じゃなさそうだ」

 

 

 ようやく回ってきた己の本領を発揮できる出番に、きららは拳を掌に叩きつけて気合を顕にする。エウリュアレーの変化した姿を前にして大した気迫だ。

 対し、自斎は自らの不安を表に出しながらも背負った忍者刀を抜き放ち、怖気づいてだけはいない。自身が勝利する明確なビジョンがなかろうとも、一歩も退くつもりは無いようである。

 

 戦いを前にした精神状態としてはギリギリ及第点を与えられる。

 きららは気負い過ぎているし、自斎は自信が無さすぎる。前者の気負いは前に出過ぎる危険性を孕み、後者の自信の無さは敵に押し切られる可能性が高い。

 だが、互いにフォロー可能な範囲であると同時に、幸いなことに精神的に足りない部分を互いに補い合う。きららの気負いは自斎の自信の無さを埋め、自斎の自信の無さは慎重さを齎してきららの気負いを足止めするだろう。

 

 小太郎は分かっているが故に、余計な忠告を控え、前に出る選択をした。

 それぞれの精神面における弱点はこれまでの道中で散々釘を差してきた。これ以上は逆効果になりかねない。

 隊長であり、三人が負い目を感じているであろう己が敢えて前に出ることで、暴走や後退を抑えようという腹積りなのだろう。

 

 更に、三者に与えた命令はシンプルそのものだ。

 命令に複雑さは何もなく、指針だけを示して細部の行動は各自の判断に任せている。

 エウリュアレーが言ったように部隊は烏合の衆。一つの群れとは言い難く、集団行動を熟すだけの練度はない。

 ならば、即座に指示を出せる位置に立ち、個々の能力を最大限に発揮できるように指揮する他ない。甚だしい準備不足であるが、この任が下った時点で分かりきっていたことだった。不満もなければ、既に不安も消えていた。

 

 

(遊びの割りには随分と本気だな、魔女め。対アサギレベルを想定しなくちゃならんか、これは――――だが、オレの前じゃあ悪魔だろうが全席指定だ。真正面から正々堂々不意を討ってやろう)

 

 

 唯一、想定を超えていたのは、近接戦闘の技能がアサギに匹敵しかねないレベルであった事。

 まだ刃を交えていない状態ではあるが、構えだけで実力が伝わってくる。自らの弱さと才能の無さを自覚している小太郎が、相手の実力を測り間違える筈もなく。

 

 神々に奪われたという両腕が存在さえしていれば、大剣の操作に魔術を用いる必要はあるまい。

 あくまでも物体浮遊の魔術はエウリュアレーにとって両腕の代替に過ぎず、剣技から外れた動きをする事はないだろう。

 事実として二振りの大剣は存在さえしていれば片手でそれぞれ握られている位置にある。それは翻って、エウリュアレーが魔術そのものよりも剣技に自信を持つ事実を現している。

 

 ならば逸刀流の達人たる自斎には対処しやすい相手とも言える。

 彼女がどれだけ謙遜ですらない卑屈さで自身を貶めようとも、実力は本物だ。実際に戦った尚之助ですら認むるところだろう。

 また逸刀流は決まった型はあるものの、あらゆる忍法を自由に組み込める汎用性と拡張性の高さを誇り、あらゆる“魔”に対抗すべく研鑽された対応性の高さが売り。押されはすれども、決して一方的な展開だけにはならない。

 

 勝てるだけの条件は整っている。

 ならば、後はエウリュアレーの裏を掻き、思考を読み切り、用意していた対抗策を披露して型に嵌めるのみ。

 準備不足は甚だしいが、押さえる部分は抑えている。後は張られた綱の上を奔り切るだけ。彼にとってはお馴染みの展開であると同時に得意分野でもある。

 

 ――――斯くして、魔女との戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

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