対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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おいしいとこを持ってくのは○○キャラの特権

 

 

 

 

 

 始まった魔女との戦いは意外にも拮抗した状態に持ち込めていた。

 

 自斎が矢面に立ち、大剣による猛攻を一身に受ける。

 真正面から力で受け止めるのではなく、風に揺れる柳や宙を舞う木の葉のように込められた力を受け流し、捌く。

 語るは易いが、実行するのにどれほどの技量が必要となるのか。そも刀とは斬るに向いた武器であり、下手な扱い方をすればすぐに刃は毀れ、刀身は曲がり折れる。

 例え自斎がどれほど自らを忍法だけの小娘と貶そうとも、根底には確かに逸刀流の理念と技術が根付いている。アサギや凜子に及ばずとも十二分に達人と呼べる領域に足を踏み入れていた。

 

 

「ふふ――――ふぅっ!」

「――――!!」

 

 

 両腕を広げ、まるで優美な舞のように身体を旋回させながらそれぞれの大剣が自斎の首と胴を狙う斬撃。

 薄笑いを浮かべながら放たれた二連撃を前にして、自斎は天地ほどの実力差を感じながらも必死に食らいつく。

 首に向かって放たれた一撃をほんの一瞬だけ刀身で受け、折られるよりも速く身を屈めて回避し、続く胴へと向かう一撃を渾身の打ち落としで地面にめり込ませた。

 

 だが、代償は大きい。

 魔術によって大剣を操るエウリュアレーに対し、対魔粒子によって強化されているとは言え生身の腕で刀を握った自斎。

 刀身から伝わる衝撃はどうしようもなく両手から腕全体へと伝播し、痺れと震えを誘発する。

 

 呆れとも驚嘆とも取れる息を吐き出し、無防備となった自斎目掛けてエウリュアレーは更なる攻撃を見舞わんとし――――

 

 

「させるわけ――!」

「――ないでしょ!」

 

 

 ――――両脇から放たれた冷気と拳に、後退を余儀なくされる。

 

 自斎とエウリュアレーの間合いに割り込むように、きららの放った冷気によって無数の氷柱が地面から突き出ていく。

 さしもの魔女も神話級の鬼“霜の鬼神”から受け継がれた能力を喰らえばただでは済まないらしく、回避に専念せざるを得ない。

 更には後方に大きく飛び退っている間にも、凜花による無数の拳が襲い掛かってくる。肘から先を煙に変化させて間合いを伸ばした拳は人中、顎、喉仏、鳩尾、肝臓、急所と思しき部位を的確に狙い撃つ。

 

 魔族と人間の身体に耐久や性能、機能に大差はあれども、基本構造は変わらない。

 脳があり、心臓があり、四肢で立って道具を使う。それ故に、急所もほぼ同一となる。打撃によって特定の急所を打ち抜かれれば、引き出される結果も変わらない。

 故にか、迫る拳と己の間に大剣を滑り込ませ、その全てを防ぎながらエウリュアレーは地面へと降り立った。

 

 

「………………」

 

 

 一瞬の静寂。

 エウリュアレーは笑みこそ消していなかったが、戦いの愉悦に浸るばかりでもなく、冷静に戦況を分析していた。

 

 結界の内部に侵入してきた外敵――――二車家幹部との戦いは目を覆いたくなるほど酷い有り様であったが、事此処に至って彼女達は急速に連携を高め始めている。

 きららは攻撃は全てが大威力の大技。放つまでの隙、放った後の隙がどうしようもなく存在し、一対一の戦いでは決して連発はできなかっただろう。

 凜花の攻撃は隙が少なく、格闘の基本に沿ったものであるが、同じく一対一の戦いでは捌かなければならない情報量が多すぎて、此処まで正確に急所を狙う真似は不可能。

 

 全ては矢面に立った自斎の功績だ。彼女でなければ、これほどまでにエウリュアレーに喰らいつくことは出来なかった。

 もし二人が矢面に立っていれば、エウリュアレーは攻撃に専念する者から先に潰してしまえばいいだけの話。たったそれだけで拮抗した状況は崩れ去る。しかし、先頭に立つのが自斎であるが故に、それも出来ない。

 

 そう、彼女には神遁という奥の手がある。

 

 彼女に取り憑いた、或いは力を貸す神は、魔女から両腕を奪った神とも毛色が異なる。

 ただの神性存在であるのなら、エウリュアレーも此処まで警戒しなかったであろう。一度は神々に全てを奪われた身、対抗策の一つや二つ用意している。

 だが、忌神と呼ばれる名すら失った古の神に通用するかどうか。彼女がこれまで見てきた神々とは文字通りに一線を画す神格を宿していると断言できる。

 

 本来、神々は名を与えられる事で人々の思いを受け取り、司る事柄が決定し、形と力を為す人格を宿した自然現象。

 忌神などという仮称に過ぎない名が無い状態では、本来は形を為すことすら出来ないはずにも拘らず、あの暴威。数多の神々とは異なるいっそう古い起源と発生経緯を持つであろう神を、警戒しない選択肢は存在しない。

 獅子神 自斎が神威を解放させるかの如何に拘らず、片時も目を離せずに厭が応にでも縛られずを得ないのだ。

 

 その時、静寂を割り裂くように乾いた破裂音と甲高い金属音が連続する。

 

 

「――――チッ」

 

 

 火薬で押し出された焼け付いた六つの銃弾は寸分違わず魔女の眉間に喰らいつかんと直進し、その全てが大剣に邪魔立てされる。

 

 続いた舌打ちは銃弾を防いだエウリュアレーのものであったか。はたまた銃弾を放ちながらも防がれた小太郎のものであったのか。

 三人とは僅かに離れた位置で棒立ちの状態で片手に改造Colt SAAを、もう一方に杖型の蛇腹剣を握った彼は、悠々と回転輪胴(シリンダー)から空薬莢を排出していた。

 

 エウリュアレーの小太郎に抱いた感想は、鬱陶しいの一言に尽きる。

 はっきり言って、大した実力ではない。ともすれば、単純な戦闘能力ならば先に捕らえた調査部隊の面々の方があったほどだ。

 

 自斎が先頭に立っているが故に、攻撃の大部分は彼女に向けざるを得ないが、それでも他の面々への攻撃がゼロであったわけではない。

 きららは持ち前の身体能力と異能によって、凜花は鍛え上げた戦闘技術によって無難かつ余裕を以て防ぐか、回避を選択していたが、小太郎はそうもいかない。

 不様に地面を転がり、或いは必死になって頼りない蛇腹剣で受け流す。常にギリギリの回避と防御。優美さなど欠片もない。暴風雨の只中で、奇跡的に鎮火を免れている蝋燭のような頼りなさ。

 

 彼自身も己が吹けば飛ぶようなか弱い存在だと自認しているのだろう。

 無理に攻めようとはせず、無理に守ろうとはしていない。それでいて、要所要所では必ず刃か弾丸を捩じ込んでくる。

 今のような戦闘の切れ目、呼吸の繋ぎ目、意識の途切れには確実に攻撃を滑り込ませ、味方の戦線が崩れそうなところではフォローに回る。

 もう少し彼に直接的な戦闘力や攻撃的な異能や忍法が、とうの昔に刃はエウリュアレーの首に届き、決着はついていただろう。

 

 それでもエウリュアレーは勿論の事、自斎達にすら劣る存在であるのは事実だ。正に羽虫。鬱陶しいばかりで自身を脅かすには至らない。

 

 ――――それでも、魔女に余裕はあっても油断はなかった。

 

 直接的な戦闘能力がなかろうとも、この状況を作り出したのは間違いなく彼だ。

 隊員の得意分野と能力を把握し、限られた情報から格上相手に立ち回れるような戦術を短時間で導き出した思考力は驚嘆に値する。

 決して油断はならない。アレは単なる狩られるだけの獣ではない。能力的に劣っていようとも、智慧と経験から獣を追い詰める狩人である――――少なくとも、エウリュアレーはそのように分析した。

 

 

(厄介。魔術による補助はあるものの戦闘の大部分は奴自身の近接技能によって成り立っている。それにもう二、三は奥の手がある――――正にアサギタイプなのに思考の瞬発力もある。やりづらいことことの上ない)

 

 

 同時に、小太郎もまたエウリュアレーの戦力分析を終えていた。

 

 語られる伝説や彼独自の情報網から得られた情報とほぼ一致する“魔術を補助にした近接主体の戦闘スタイル”に偽りはなかった。

 大剣を操る魔術も所詮は失われた両腕の代替品に過ぎない。事実、宙を自在に舞っているように見える大剣も、その軌跡は剣術の理から一切外れていない。

 剣の重量に任せ、破綻しないギリギリのレベルで身体ごと旋回させながら振るい、踊り子のような足取りで攻撃と回避・防御すらもが一体となった剣技。彼女の強さの根底にあるのは間違いなくそれだ。

 

 修めた剣術も、生まれた世界すら違うにも拘らず、強さの根底にあるものは、奇しくもアサギと似通っていた。

 

 彼の考えるアサギの強さは隼の術による光の速さでも、覚醒した魔の力を操る精神力でもなく、基礎となる鍛え抜いた身体能力と剣技こそ全てと考えている。

 単純に強い。身体能力は勿論のこと、アサギも努力は重ねてきたのだろうが、それ以前に生まれ持った才能そのものが他とは隔絶し過ぎている。もし仮に隼の術を封じられたとしても、最強の座は揺るがないだろう。

 類まれな異能や能力も、アサギの強さの添え物に過ぎない。

 単純に力が強く、単純に速く、単純に巧い。その単純明快で穴がない強さの理由故に、超えることが酷く難しい。単純な強さだけであらゆる策謀を乗り越えて、力技で斬り捨ててきた最強は伊達ではない。

 

 エウリュアレーもまた同じ。戦闘能力の基盤が単純かつ強固故に、攻略法もまた単純になる。 

 

 

(チャンスは、ある。遊び気分でやってきたなら、そろそろ焦れて苛立ってきただろう? ただの玩具だと思ってた連中が此処まで喰らいついてきてるんだからな。ただまあ――――)

 

 

 しかし、それでもなお小太郎には既に打倒の糸口が見えているのか、動揺は皆無だった。

 苛立つエウリュアレーと平静な小太郎。どちらがより精神的に勝っているのかは語るまでもない。

 

 唯一、懸念があるとするのなら――――

 

 

(一番前で戦ってる奴よりも、オレの方がヤバいがな)

 

 

 そんな事を考えながら、空になった輪胴に向けて首をカクンと落とす。思考の結果に落胆したかのようにも見えたが、事実は異なっていた。

 

 帽子の中に仕込んでいた銃弾が滑り落ち、まるで吸い込まれるように輪胴の中へと装填される。両手を一切使わない神業染みた再装填。

 しかし、悲しいかな。対魔忍の忍術やエウリュアレーの魔術の凄まじさの前には、余りにも拙く頼りない。

 

 

「そなたらのような相手は――――」

 

 

 神業を布で覆われたはずの視界のまま横目で眺めたエウリュアレーは呟きと共に一直線に踏み込んだ。

 

 狙いは変わらずに自斎。

 まずは彼女を倒さねば、他に意識を割り避けない。当然の行動であった。

 

 

(相変わらず、速い……! でも、対処できない訳じゃない……!)

 

 

 迫る魔女に対し、自斎は刀の柄を握り直す。

 脳裏に浮かぶのは、閃光すらも越えた見聞きすらも出来なかった尚之助の一閃。それに比べれば、魔女の剣技なぞ何するものぞ。

 

 間違いなく、彼女もまた剣の天才である。

 自身の知覚を越えていた筈の一撃を、正確に思い描けているのだから。

 そして、尚之助がその領域に至るために何を捨て、どれほどの血と汗を流してきたのか手に取るように分かる。

 

 人並み外れた剣才が共鳴するかの如く、眠っていた才気を芽吹かせる。

 何十の鍛錬よりも、ただ一度の戦い、ただ一度の勝利、ただ一度の敗北の方がより多くの血肉となるように。彼女も尚之助とエウリュアレーの才に引き摺られ、急速に成長していた。

 

 エウリュアレーの手数は多い。

 踊りのような身の熟しは先が読み辛く、次の瞬間には予想だにしない所から重い剣戟が飛んでくる。

 

 ――ならば、と対抗するために思い立ったのは呼吸を合わせることであった。

 

 動きや構えから先を読めない。しかし、先を読むのに必要なのは何もそれだけではない。

 視線の置き方や呼吸の仕方とて、先読みには重要な情報源。それを読むために全神経を集中させる。

 上下する胸元、呼気を繰り返す唇、流れる呼吸の音と流れ。得られる膨大な情報の中から、いま求めるものだけを取捨選択する。

 

 

「「――――ふぅっ!!」」

 

 

 踏み込んだ瞬間は違えども、共に剣を振るった瞬間は同一。剣の軌跡もまるで鏡合わせのように同じ袈裟懸け。

 

 

「っ――――――うっ?!」

 

 

 大剣と刀では刀身そのものの強度が異なる。まともに打ち合えば負けるのは刀の方だ。

 対魔忍に配られる刀は特殊な製法によって形造られてはいるが、エウリュアレーの魔力によって創造された大剣に強度で勝る訳もない。

 

 自斎の敗北は必至――――けれど、迎えるであろう現実を捻じ曲げたのは、類稀な技巧であった。

 

 剣と剣が打ち合わせられる直前、自斎の剣閃の軌跡が変わった。

 柔らかな手首の動きによって変化した軌道は鎬と鎬が触れ合い、甲高い金属音を木霊させる。

 とある流派において、変化と呼ばれる巻き落としの一種。柔軟な手首と鎬の使い方に着目した技は力の流れを容易に操り、相手を無力化せしめる。この土壇場で誰に指導されるでもなく思い立ち、況してや実行した上で実現させるなど並の才気では不可能だ。

 

 エウリュアレーの剣閃は捻じ曲げられ、地面へと叩きつけられる。

 急激に遠心力による勢いを失った体勢は大きく崩れ、生じた隙を見逃さず、地面にめり込んだ鋒目掛けて自斎の踵が叩き込まれる。

 刀身は半ばまで地面に埋まり、生中なことでは引き抜けない。この事態はエウリュアレーにとっても想定外であったが、一瞬の硬直が生まれながらも剣を捨てる選択を即座に決断したのは流石という他ない。

 

 

「逃さない!」

「……あ、がっ!?」

 

 

 されど、その隙は隙。

 

 この瞬間を待っていた、とばかりに凜花の飛ばした拳が痛烈なアッパーカットとなって顎に叩き込まれる。

 強固かつ強靭な肉体を持つオーガであっても顎を粉砕されるほどの重い一撃は、確かに魔女の脳を揺さぶった。

 

 剣を操る魔術さえも発動が叶わないのか、よろめきながら数歩後退するのがやっとの有り様。

 

 

「『super Freeze』――――っ!!」

 

 

 待っていたのは、凜花だけではない。きららとて、今か今かと最大にまで溜めた冷気を解き放つ瞬間を待っていた。

 

 天高く振り上げられた踵が地面へと叩きつけられる。

 吹き出した冷気は、進行方向にある全てを凍り付かせながら、エウリュアレーの下で爆発した。大気中の水分が全て凍りつき、魔女の身体は氷の牢獄に囚われる。

 

 勝負は決した。

 如何に伝説の魔女と言えども、為す術はない。“霜の鬼神”由来の冷気から逃れる術などある筈もなく――――

 

 

「これで、終わりよ! “凍奔―――――はぁぁ?!」

 

 

 ――――惜しむらくは、彼女達の実戦経験が欠けていた事か。

 

 単独行動を繰り返していた自斎は勿論のこと、多くの魔族を屠ってきた凜花もきららも、根本的に強者との戦いは経験が不足している。

 そもそもが、人並み外れた才を生まれ持った少女達。自身を脅かす存在と相対するなど稀も稀。致し方ない面の方が強かろう。

 

 ただの一度でも、神話級と呼ばれる魔族と戦った事があったのならば。

 それでなくとも、死を覚悟せねば勝利を掴めないほどの強敵と戦った経験があったのならば。

 

 或いは、いま刃を交えていたエウリュアレーが実体を持っただけの虚像――分身に過ぎないと気付けただろう。

 

 最期の一撃を加えようと両手を組み合わせたきららの驚きの悲鳴と共に虚像が(ほど)けていく。

 捕らわれていたエウリュアレーは徐々に薄れ、やがては消える。後に残ったのはポッカリと人型の空洞を残した氷柱だけ。

 

 

「小太郎――!」

「まずは頭を潰すに限る」

「だろうな」

 

 

 今まで自分達が戦っていたのが何かを理解した凜花は弾かれたように駆け出し、残りの二人も同じ答えに達したのか後を追う。

 

 その先には、今まさに霧の中から現れるように姿を現したエウリュアレーと行動を予期していた小太郎の姿があった。

 

 先の分身は倉庫で見せた虚像の上位版。

 本来は遠方に自身の姿を投写するだけの初歩魔術であろうが、彼女の手によれば実体を伴うまでに昇華される。

 そして、姿を消す隠密の魔術もまた初歩の初歩。直接的な戦闘能力に欠ける魔術師が多様する護身用の魔術だが、エウリュアレーが使えば立派な奇襲の一手と化す。

 

 二振りの大剣の鋒で地面を削りながら駆ける姿は、まるで飢えた獣のようだ。

 恐ろしい疾さで迫る魔女を前にして、蛇腹剣では対応しきれないと判断した小太郎は、同じ速度で改造Colt SAAで照準(ポイント)する。

 

 輪胴内の弾丸全てを最も狙いやすい胴体に向けて引き金を絞る。

 だが、その尽くが容易く回避される。先程のように大剣による防御すらない。その必要がないのだ。彼女ほどの怪物であれば、銃弾程度ならば放たれたのを確認してからでも回避できる。

 

 右へ左へ。身体をひらりと翻して躱す様は、さながら舞い散る紅葉の如く。

 

 小太郎も破れかぶれであったわけではない。

 一発一発を確実に当てるべく、回避した先を予測して狙い撃つが、それでもなお当たらない。

 

 弱者の自覚がある彼でさえ、思わず笑ってしまう圧倒的な実力差。

 

 

「――――」

「強者には栄光を。弱者には無惨な死を」

 

 

 最後に残った一発を撃とうしたが、エウリュアレーの姿が消えた。

 再び隠密の魔術を行使したのではない。単純に自身の最高速で踏み込んだに過ぎない。小太郎の目では、それを捉えられなかっただけだ。

 

 鼻と鼻が触れそうになる距離にまで詰め寄られた小太郎は、蛇腹剣を構えた上で自身の両脚が二度と使い物にならなくなる覚悟で後方に大きく飛び退いた。

 されど、その程度で逃げられるほど、魔女の剣は甘いものではない。

 

 鋭い眼光で軌跡を描きながら、エウリュアレーの身体が旋回する。

 一瞬とは言え、敵に背を向ける愚行であるが、彼女の剣はそれでも剣技として成立していた。

 

 振り抜いた瞬間に音もなく風もない。それは無形の音も風すらも断ち切った何よりの証。

 

 

「…………ぐっ」

 

 

 剣を振り抜いた体勢のまま動きを止めたエウリュアレーに対し、着地した瞬間に小太郎は片膝をつく。

 次の瞬間、構えた筈の蛇腹剣が音もなく断たれ、右の肩から左の脇腹に掛けて派手に血が吹き出した。

 

 変形武器の宿命として、強度不足が上げられる。

 機構や繋ぎ目はどうしても武器の強度を著しく奪い去り、劣化と破損を生み出す。常識外れの魔界の金属を用いて、この問題をクリアした蛇腹剣であったが、エウリュアレーの前では僅かな防御効果すら齎さなかった。

 

 

「意外に頑丈よのぅ。大した意志力。それとも、先に見せた回復の恩恵か?」

「答える義理は――――っ」

 

 

 出血によって蹌踉めく身体を支えるように、地面に片手をついた小太郎は言葉を飲み込んだ。

 無理もない。補肉剤の効果は完全には切れていない。負った傷は今こうしている間にも塞がり始めてはいるが、出血と激痛まではどうにもならない。常人ならとうの昔に痛みに耐えかねて肉体が死を選んでいることだろう。

 

 自身を嘲笑いながら見下ろすエウリュアレーを、小太郎は見ていない。

 彼は項垂れるように地面を眺めるばかり。まるで、自身の敗北を認めているかのようだ。

 

 

()らば。これにて御然(おさ)らば。あの娘どももすぐに後を追わせてやろう」

「…………」

「いや、いやぁっ! 駄目っ!」

 

 

 後方から襲い掛かってくる凜花の拳を見るまでもなく躱しながら、エウリュアレーは剣を振り上げる。

 少女達の叫びは何の意味もなさず、距離が有り過ぎて救援も間に合わない。後はただ、頭頂から股下までを縦一文字に斬り裂かれて、肉袋の中身をぶち撒けた死体が残るのみ。

 

 

「―――く、くくっ」

「そなた、死の恐怖で触れたか?」

「いや別に。ちょっと、意外だったもんだからな」

 

 

 青白い死人と変わらない顔色ながら、小太郎は笑っていた。それこそ、子供のように無邪気に。

 避けようのない死を前にして狂ったのか、と明らかな失望を顕わに問いかける魔女に対して、顔色からも負傷からも想像できない軽快な声色で告げた。

 

 彼が先程、言葉を詰まらせたのは痛みからでもなければ、ましてや恐怖からでもない。単純に、そう単純に驚いたからだ。

 

 

「まさか、お前が来るとはね。来るなら尚之助の方だと思ったが」

「…………何だと?」

『いやはや御尤。されど、この身は“槍”なれど性根は“狂犬”故に』

「ああ、そうかい。好きにしな。存分に頼らせて貰うさ」

 

 

 苦笑と愉悦の混じった声が響く。

 

 小太郎と凜花には聞き慣れた、他の者にも聞き覚えのある何処か軽薄でいながらも、芯の通った低い男の声。

 誰もがまさかと思った。だが、その声は偽りが発せるものではなく、()のままのもの。

 

 声の主の名は――――

 

 

「邪ぁっ――――!!」

「っぐ……そ、そなたは」

「あ、あんた、なんで此処に!?」

「先輩、それよりも……」

「土橋……権左……」

 

 

 まるで水面から飛び出るように、波打つ地面から魔女の顎から頭頂を抜ける軌跡で槍が気合いの雄叫びと共に伸びる。

 

 (すんで)のところで身体を反らして槍の一撃を躱したエウリュアレーは姿を現した男の姿に愕然と呟いた。

 戦いの愉悦に狂った笑みを浮かべる男。二車の一番槍にして、骸佐の右腕。戦闘特化の異端の執事にして、己が身を一振りの槍へと転生せしめた狂犬。土橋 権左が槍を手に、小太郎を庇うが如く立ち塞がっているではないか。

 

 

「ど、どうして……?」

「勘違いするな。助太刀に来た訳じゃない。このままおめおめ逃げ帰っちゃ狂犬の性根が納得しねえ。ましてや、お前らよりも強い極上の獲物を前にしたら、よだれ垂らしたままお預けなんざ、それこそ性に合わないのさ――!」

 

 

 驚いたのは何も魔女や小太郎ばかりではない。

 既に逃げ帰ったと思っていた権左がこの場に現れるなどとは思っていなかった少女達もまた同様だ。

 

 だが、権左はそれぞれの考えを正すように口を開く。

 助けに来たのではなく、主人の命に従ったのでもなく、ただ単純に自らの性根が生み出す欲求に従って此処に来た、と。

 小太郎の命を救った訳ではなく、エウリュアレーを仕留めるのに絶好の機会であっただけの話。あくまでも敵同士。共闘ではなく、三つ巴の戦いになったに過ぎぬと言うように。

 

 

「骸佐様お許しを! そして我が槍、我が一突きが伝説を穿ち得るか、地獄の先代と幻庵殿もご覧あれ――!」

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

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