対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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はー! 仕事クソ忙しい!
それでもライブラリー=サンは何とか素材も集められたラック100? そんな時間ねぇよ!
アサギと舞ちゃんも手に入れてしホクホクですわ。石全部なくなったけどなぁ!!
でもそに子と一緒に運用して毎ターン奥義ぶちこむアサギさんの最強ぶりには笑いが止まりませんわ。流石、アヘ顔晒しても毎回敵ぶちのめして帰ってくる最強さんは違うでぇ……


「死にたくねぇから死ぬほど備えるとか皆やってることじゃない」とか平気で言うのが苦労人

 

 

 

 

「小太郎様を守って頂きたいのです」

 

 

 してやられてから数分後、権左と尚之助は無事にエウリュアレーの結界から抜け出していた。

 小太郎の予想していた通り、外に出る分には何の妨害も邪魔も入っては来なかった。

 月明かりのみが差し込む倉庫の中、権左はまず尚之助の状態がどれほどのものかを調べるべくコンテナの一つに背中を預けさせて座らせたのだが、当の本人はそんな事を宣った。

 

 忠義に溢れる彼らしからぬ“敵を守って欲しい”という懇願の言葉であったが、権左に驚きは皆無であった。

 元々、弾正の正室であった潤と繋がりも強く、幼い頃から接してきた小太郎や紅、凜花には二車の中でも格段の情を抱いていると言っても過言ではない。

 

 また、彼の人格が形成される過程で先代――二車 又佐の影響は極めて強かった。

 又佐は二車の当主である以前に、二車はふうまの最も古い盟友という立場と歴史を重要視しており、自らの家よりもふうま一門の存続を優先していた。

 そんな背中を見て育った尚之助は、二車の幹部と言うよりもふうまを支える者の一人という認識が強い。骸佐が対魔忍を裏切った現在でも、その認識は揺らいでいない。

 

 分かっていたことだった。

 元より彼の忠義は骸佐にのみ向けられたものではなかった。

 自らの人生を変える切欠となった潤にも、自らを頼る小太郎にも、ふうまという枠組みそのものに対しても、骸佐に向けるものと変わらぬ忠誠を向けている。

 

 

 ――――ならば、もし仮に、骸佐が信頼した幹部の中から誰かが裏切るとするのなら、最も可能性が高いのはコイツだろう。

 

 

 そんな確信が権左にはあった。

 

 彼の言葉を耳にした瞬間、悟られぬように槍を握る手に力が篭もり、瞳の奥底で冷徹な炎が灯る。

 かつての狂犬ぶりは何処へやら。今は、ただひたすらに骸佐の槍として。二車の屋台骨を脅かしかねない存在を誅するべく、愉悦も狂気もなく殺意だけが燃え上がろうとしていた。

 

 尚之助とは兄弟のように育ってきた。

 相手がどう考えているかは知らないし興味もないが、少なくとも権左はそう考えてきたし信じてきた。確かな信頼と情が其処にあり、だがしかし、槍としてその全てを台無しにすることは些かの躊躇もない。

 

 

「勘違いしないで頂きたい。これはあくまでも、二車の幹部としての判断です」

「ほぅ、言ってみろ。返答次第では……」

 

 

 尚之助も気楽でもなければ呑気でもない。

 自らの発言が自らの立場を危ういものとするのは理解しており、権左に灯り始めた殺意にも当然気付いていた。

 満身創痍の身ではあるが、遅れを取るつもりは微塵もないと言わんばかりに腰の刀に手を伸ばしており、この場を切り抜けたのなら再び結界の中へと再突入する気概を見せている。

 

 こうなれば、梃子でも動かないことを知っていた権左は脅しと共に、尚之助へと次の言葉を促した。

 手負いであるが油断はならぬのは同じ幹部としてよくよく知っている。骸佐が信頼を置く幹部は皆一様に猛者揃い。自身の手の内が外部へと漏れれば死に直結しかねない現実を認識しており、骸佐どころか誰にも知らせていない奥の手の一つや二つ隠し持っていたところで不思議ではない。

 このまま戦いに発展させるのは容易いが、容易くは討ち取れまい。ならば、会話の中で油断と隙を生じさせた方が得策。少なくとも権左はそう判断し、槍に込めていた殺意を一時的に抑え込んだ。

 

 

「権左殿は、御館様の本望をどうお考えですか?」

「是も否もないね。御館様が如何なる願いを抱こうと、オレは槍として在るだけだ。かかる危難を払うだけだ」

「では、他の幹部は如何様にお考えかは?」

「…………」

「少なくとも、私は納得していません。その必要性も意義も十二分に理解していますし、必要とあらば幹部として御館様と共に地獄に落ちましょう。ですが、納得はまた別の所にあります」

 

 

 骸佐が対魔忍を裏切り、二車を闇の組織として独立した真の狙い。

 権左を始めとした幹部達は、その全てを理解して地獄の底まで共にすると誓いあった。

 だが、承服しようとも納得していない者もいる。少なくとも、比丘尼や尚之助はそうであるようだ。

 

 比丘尼はまだいい。長き時の間、人の世の無情と残酷を目にしてきた故に全てを諦めている。

 骸佐に対してどんなに言葉を重ねても無駄なものは無駄。足掻けば足掻くほど底のない沼に嵌っていく。ならいっその事、全てを自分以外の何かに任せてしまった方がいい、と考えているに違いない。

 恐らくは三郎辺りも似たようなものだろう。大半の幹部はその筈だ。忠義は尽くすが全てを納得しているわけではない。かと言って、裏切るような真似もしない。例え、先に待ち受けているのが無明の闇であったとしても構わないのだ。

 

 唯一、権左が警戒していたのは目の前の尚之助と腹の読めないカヲルか。

 尚之助もカヲルも、又佐の影響が強い。尚之助はふうまへの忠誠、カヲルはふうまはこうあるべきという確たる思いを抱いており、共に先を見据えている。

 ふうまのため二車のためであれば、裏切りすらも辞さない。汚名を、不名誉を、どれほど被っても止まらない。厄介極まる二人だ。

 

 

「私の思い描く未来と、御館様の思い描く未来は別です。ですが、結果は変わらないものとなることだけは誓います。もし違いがあるとするのなら……」

「いい。それ以上は言うな。其処まで言われちゃ、オレも槍を引かざるを得ねぇよ。律儀なもんだ、そして強欲だな。御館様の願いを叶えた上で、自分の願いも叶えたいとは」

「最良の結果とはそういうもので、そうでなければ得られません。そのためには強欲にでもならねば」

「違いない。しっかしまあ、オレが若を守るなんざねぇ。どうにもやる気がでねぇ」

 

 

 尚之助の覚悟を受け取り、考えを読んだ権左は潔く槍を引く。

 少なくとも尚之助の思い描く未来は、権左にとっても悪いものではないらしい。

 

 そして骸佐の真の目的が掲げた通り、ふうま一門を自らが率いて復権するのであれば、同じ選択を取ったであろう。

 反逆者が支配を確たるものにするには、今現在頂点に立っている者を自ら引き摺り降ろし、力と資格を示す必要がある。

 特に規律や秩序よりも自らの欲望を優先しがちがなふうま一門であれば尚の事。我こそは、などと馬鹿馬鹿しい勘違いを実現できると誤認しかねない。

 つまり、骸佐としては小太郎に自分か配下以外の手によって殺されては困るのだ。ただでさえ分裂しているふうま一門が更に分化してしまっては再興も復権も夢のまた夢。否が応にでも助けねばなるまい。

 

 権左にしてみれば面白い展開ではないが、彼のボヤきは尚之助と倉庫の冷めた空気を震わせるだけだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「――――覇ぁっ!!」

 

 

 裂帛の気迫と共に、槍が続けざまに振るわれる。

 突きを主体に薙ぎ払い、蹴りまで織り交ぜられた連撃。攻撃の全ては疾風のような捷さであり、鋭さは雷鳴の如し。

 されど、エウリュアレーは止めを邪魔された不愉快さよりも戦いの愉悦が勝ったのか笑みを深めるばかり。

 

 交錯する剣と槍。

 打ち合わされる刃は火花(はな)を散らし、戦いの楽曲を奏でていた。

 

 

(やはり強ぇな。流石は伝説。経験値が違いすぎるかぁ……?!)

 

 

 傍目から見れば拮抗した戦いであったが、当事者にとってはそうではなかった。

 徐々に。だが確実に。遅効性の毒が全身に回っていくような速度で、戦いの天秤はエウリュアレーの側に傾きつつあった。

 

 権左は攻撃を繰り出す度に明確な実力差を感じ取り、戦闘狂としての面が顔を出そうになって焦りを募らせる。

 身体能力は井河 アサギに並び、技量においても彼の知る最高の戦巧者である心願寺 幻庵に並び立つ。

 何よりも戦いの経験値が違う。一度の攻撃に込められた意図は十を越え、間断なく迫られる決断を間違えれば即死に繋がる。

 

 権左の目にしてみれば、構えも斬撃もいくつかの隙が見受けられる。しかし、見せられているに過ぎない。下手に攻め過ぎれば槍を引き込まれ、逆に一刀の下に首を跳ねられるだろう。

 エウリュアレーは僅かな時間で権左の戦闘狂としての本質を感じ取ったのか。敢えて、隙を生みながら動いている。血と戦いに飢えた狂った犬が我慢の限界を越えてる瞬間を待ちわびているのだ。

 

 

(よもやこれほどまでとはね。魔族にもマシな奴がいるじゃねぇか。じゃあ、こういうのはどうだぁ……!)

 

 

 強敵を前にした心底からの歓喜と同時に骸佐の槍でなくなってしまう恐怖を抱えながらも、権左は偽らざる本心でエウリュアレーに称賛を送る。

 返礼は、彼の鍛錬と研鑽から生み出されたオリジナル。

 

 

「シャァア――!!」

 

 

 単調な突きの連撃。それでも、突きの一つ一つに込められた意思は必殺だ。

 並の対魔忍、魔族であれば、回避も防御も間に合わずに()()()にされていたであろう。

 

 それでも相手は伝説そのものの魔女。

 狂り狂りと身体を踊らせながら、顔に放たれた一撃を躱し、胴に向かい来る穂先を弾く。

 

 

「――――っ!」

 

 

 驚愕は次の瞬間に訪れた。

 脚先から伝わった僅かな違和感に、殺意なき必殺を認識したエウリュアレーは身体を仰け反らせながら後方へと宙返りと共に大きく飛び退る。

 

 余りに急速な横から縦への旋回の変化に、さしもの権左も対応できない。

 規格外の怪物を前にして、彼の表情には狂喜よりも呆れの方が強い。これほどの強者が今の今まで大人しくアミダハラで惰眠を貪っていたなどと信じられなかった。

 

 彼女は音もなく地に降り立ち、訪れた戦いの間隙に権左へと黒い目隠しで眼球を覆い尽くしたまま視線を向ける。

 其処でようやく、彼女は権左という存在を認識したと言っても過言ではない。今までは自身の目的を邪魔する羽虫程度でしかなかったが、それは過ちであったと素直に認めるように。

 

 

「――見事だ。人の身でよくぞそこまで」

「そいつぁ、どうも。掠り傷程度でそこまで褒められるたぁ思わなかったぜ」

 

 

 魔女の口から躍り出たのは掛け値なしの称賛だった。

 

 つい先程、顎下から襲いかかってきた一撃は、権左が地面の中へと仕込んでいた槍によるもの。

 単純に真正面から打ち破れる相手ではないと悟っていた権左が、独立遊撃部隊の戦いを横目に仕掛けておいた仕込みの一つ。

 戦いに集中すればするほど、目の前の相手を討ち果たさんとするほど、使い手の殺意の存在しない一撃は盲点となる。それを見越し、相手の思惑を認識した上で自らの狙い通りに仕込みへと誘い込んだのだが、結果はご覧の通り。

 

 本来であれば顎下から脳天を貫く筈の一撃は、エウリュアレーの顎を僅かに傷つけただけ。

 彼女にしてみれば生まれて数十年しか立っていない生き物が数百、数千という時を越えてきた己に僅かばかりでも傷をつける、たったそれだけの現実であったとしても、疑いようもない大偉業である。

 これが人間という種の恐ろしさ。寿命の長い魔族には存在しない僅かな時間に全てを掛けて命を燃やし、脇目も振らず生を駆け抜ける生き物の輝き。一瞬であるが閃光のように。長き生の中で何度となく見てきた、目も眩むほどの輝きだ。

 

 だが、まるで上から見下されるような物言いは、権左にしてみれば皮肉にしか感じない。

 

 

「物質の通過……いや、違うか。対魔忍(そなた等)は土遁と呼ぶのだったな。怖い怖い。次からは足元に気をつけねば。土中に引きずり込まれかねんわ」

「よく言う。捕まりゃしねぇ癖に」

「さて、どうかな? そのための策や能力の使い道、一つや二つ用意しておるであろう?」

「……チッ、()り難い婆さんだ。亀の甲より年の功って奴はこれだから」

 

 

 ほんの僅かな時間で看破された能力と狙い。

 権左の脳裏には、自らの策や戦法を容易く見抜いて対応してきた幻庵や比丘尼の後ろ姿が浮かんでいた。

 

 とは言え、こうして戦いに割って入った以上は逃げるわけにも行かず、新たな手段を模索せねばならない。

 尤も、悠長を与えてくれる相手ではないのは理解している。普段は眠り、戦いにおいてしか機能しない彼の脳細胞は類を見ない高速で思考を回す。

 

 戦いに訪れた一瞬の均衡と静寂。それを崩したのは、やはりエウリュアレーだった。

 

 

「そら、動かぬままでよいのか? お主が守りに来た小童の命脈が断たれようとしておるぞ」

「何ぃ……?」

「……ぐっ、……!」

「こ、小太郎――!」

 

 

 如何に動くべきか。そう決め倦ねている権左を前に、エウリュアレーはくつくつと笑いながら顎を使って後方の小太郎を指し示す。

 

 途端、苦悶の声と悲鳴が同時に上がる。

 権左は魔女から僅かでも視線を外す訳にもいかなかったが、苦悶の主は小太郎であり、悲鳴は小娘達のもの。守りたくはないが守らねばならない存在に何かが起こっている事だけは察せた。

 

 

「コイ、ツはぁ……」

「そら、余り時間はないぞ? 動けば内臓がまろびでるほどの深手に加えて我が呪い。さて、何分持つことやら」

 

 

 小太郎の身に起きた異変は凄まじかった。

 既に口から溢れていた血の量は増し、傷口のみならず目や鼻、耳朶からもドス黒い血が流れ出す。

 意思に反して震える己の手を見れば、茨を思わせる紋様が手首から指先まで広がっている。そして恐らく、紋様はエウリュアレーに斬り裂かれた肩から脇腹を抜ける傷口から伸びているであろう。

 

 

「本来、肉体は魂の入れ物。人は親によって、神は人によって器を形作られる。肉の器がどれだけ傷つこうとも、魂は無傷で済む。だが、もし肉体と魂の結び付きを必要以上に強くすれば、どうなると思う?」

「器が割れれば、魂も割れる、か……補肉剤も効いてねぇ……成程ね、これなら、神様も殺せるか、もな……」 

「左様。尤も、忌々しい神々どもは人が存在する限り不滅。魂が千々に砕けようともいずれは復活しよう。どれほどの時間がかかるかは知らんがな」

 

 

 急速に生命力を失っていく己自身の身体。顔面から溢れる血潮を拭う気力すら湧いてこない。

 視野は狭窄し、思考は鈍く、呼吸は薄く浅くなり、胸の鼓動は弱まっていく。近づいてくる明確な死の気配に、久しく感じていなかった心底からの恐怖を覚えた。

 この感覚ばかりは何度経験しても慣れはしない。母に課せられた訓練で何度となく死亡し蘇生を繰り返された彼であっても変わらない。いや、寧ろ、何度となく経験したからこそ強くなるのだ。

 恐怖にも種類がある。死はいかなる部類の恐怖であるのか。未知であるが故に恐怖するという者もいるが、小太郎は全く逆だと考える。あの、電源が切れたかのように世界も己も一瞬で無に帰す感覚を味わっていない者に、この恐怖を真の意味で知れる訳もないと。

 

 されど、それを乗り越えるものもある。

 恐怖とは理性と本能両方から訪れるもの。それら全てを凌駕する魂を人は覚悟と呼ぶ。

 

 

「こ、こた―――」

 

 

 涙すら流しながら、己の名を呼んで駆ける凜花に視線を向ける。

 

 残された時間はあと僅か。徐々に失われていく瞳の光に何を見たのか。そこで彼女はようやく脚を止めた。

 命そのものを垂れ流しながら、小太郎は確かに言葉もなく語っている。来るな、と。今お前達がするのは、そうじゃない、と。対魔忍ならば、どうすべきなのか分かっているだろう、と。

 

 本音を言えば、今すぐにでも駆け寄りたかった。

 僅かな時間でも構わないから、失われた時間を取り戻すために語り合いたかった。

 今だに胸に燻り続けている悔恨と本心を伝えたかった。

 

 それでも、彼女は対魔忍。

 日の本に住まう無辜の民の安寧と平穏を守り、大悪を誅すのが役割だが、自身や仲間の命を投げ出すような真似をするな。手足をもがれても生き延びよ。決して諦めるな。とアサギから教えられている。

 

 この場で小太郎に駆け寄るのが最善か。

 否。残された僅かな時間を愛する者と過ごす。それ自体は決して間違いではあるまいが、命を諦めた者の決断に過ぎず、無辜の者に許された最後の幸福。

 対魔忍であるならば、どのような敵であれ、どのような運命であれ、立ち向かわねばならない。例え、その果てに待つのが、最後の会話すら叶わない死別であったとしても。可能性がある限りは決して諦めてはならない。

 

 

「凜花ちゃん、どうしたのよっ! 早くしないとっ!」

「……違う。私達が行くのは、エウリュアレーへ、でしょう?」

「凜花先輩、それで本当に……」

「どの道、小太郎の所に言っても、私達じゃ何も出来ない。でも、あの魔女を先に倒せば、目はある……!」

 

 

 悔いも未練も振り切って、凜花は小太郎ではなく、対峙したまま動かない権左とエウリュアレーへと駆け出した。

 

 両者の関係性を知らないながらも、何となく察してはいるきららと自斎の問いかけにも、それ以上は答えない。

 ただ、凜花の噛み締めた唇と爪が掌を破くほど握られた拳から滴る血に覚悟の重さを感じ取り、無言のまま追従を選択した。

 

 エウリュアレーという驚異の前に一つになりかけていた部隊は、真の意味で一つとなった。

 為すべきこと、やるべきことが一致し、思考が束ねられた恐るべき群れ。それは烏合からの逸脱であり、小太郎の目指す部隊としての在り方だった。

 

 

「ふっ、今度は頭に血が昇らなかったみたいだな」

「………………」

「五月蝿いわね。無駄口叩いてると氷漬けにするわよ」

「作戦はまだある。此処まで来たら、嫌でも付き合ってもらうから、覚悟して」

「おー、怖。ちょっと目を離した隙にこれだ。若い連中はこれだから。いよいよオレも歳を感じちまいそうだ」

 

 

 自らの両脇に立った三人の小娘を横目にした権左は皮肉交じりの言葉を飛ばす。

 だが、言葉を向けられた凜花は答える必要性すら感じていないのか、エウリュアレーの打倒のみに意識を向けているのか、返答はない。

 替わりに答えたのはきららと自斎だ。気負いもある焦りもあるが、まだ軽口を返せるだけの余裕がある。それはそのまま、自らの勝利を疑っていない証明だ。

 

 若者の成長は速い。権左が言葉ではなく、現実として実感できたのは初めてだった。その分だけ、己が年老いた証左のようで苦笑いしか浮かんでこない。

 数刻前に刃を交えた時とは見違えるほどだ。まだまだ己も頭打ちになったつもりはないが、この成長度は舌を巻かざるを得ない。

 次に合う時は再び敵同士。恐ろしい敵となるだろう。だが、今は敵の敵。背中を預けるに不足もなければ文句もない。

 

 

「強大な敵に立ち向かうために手を組む。負け犬供の悪癖よな」

「言ってろ、勝ち豚。甘く見すぎだよ、アンタ」

 

 

 今はかつての遺恨や屈辱、侮蔑と嘲笑を棚上げし、迷いなく共闘を選択した四人を前にして、嘲るようにエウリュアレーは言った。

 

 権左は彼女の言葉を正しいと認めてはいた。

 魔女を討ち果たすにはこれしかない。奥の手はまだいくつかあるが、どれかが通用するとは限らない。

 己の目的を果たすためには、彼女達と手を組む方が合理的である。それを弱者故の選択と言うならば、否定する要素はない。誰がどう見た所で、この場における強者は間違いなくエウリュアレーの方なのだから。

 

 だが、唯一の間違いだけは指摘しておく。

 

 

「妾が? ……面白い、興が乗った。大言も嘘も許そう、愉快故な。妾の何を甘いと?」

「もう気付いてただろ? 俺達の中で一番厄介なのが誰なのか。だから一番初めに潰しにかかった。でも、アンタは仕留め損ねた。駄目だぜ、ああいう手合いは一撃で決めなきゃな。でなきゃ、何を仕掛けてくるか分かったもんじゃねぇ」

 

 

 カヲルが調べ上げた小太郎の暗躍と先刻自らの実体験を伴う恐ろしさを語り上げる。

 この場で何に注意し、何を避けるべきなのか。お前は何も分かっていない、と。

 

 

「あの死にかけの小童が? 何を言うかと思えば世迷い言を、ばかばかし――――ぐぅぅっ?!」

「そぉら来た。だから言ったろうが」

 

 

 更なる嘲弄を浮かべるエウリュアレーであったが、次の瞬間にそれは訪れた。

 今まで余裕を笑みとして浮かべていた表情が途端に曇り、ぶわりと玉の汗が吹き出し、苦悶の吐息が漏れる。

 

 一体何が起きたのか。

 正確に理解している者は一人だけ。権左はその一人ではない。ただ、知っていただけだ。その一人が、この展開に対して何らかの対抗策を用意していない筈がない、と。

 

 神算鬼謀にして権謀術数――――の類ではない。それは才気ある者が辿り着く境地。

 誰よりも他人を理解できながらも誰一人として他者に共感せず、ひたすらに誰も信じない男が至った才気を必要としない領域。

 相手に通用するか否かなど度外視して、ただひたすらに手段を用意し続ける理性ある狂気。徒労など気にせずに千の手段を用意して一つでも通用すればそれで十分と嗤う精神。可能性のあるものは全て残らず用意してなお安堵しない偏執。

 恐ろしい故に備えるという人の誰もが持つ機能(あたりまえ)。なのにどうしてこうなった。

 

 ――――言うまでもない。例え正常な機能であったとしても、正常な範囲を越えて機能し続ければ、何処までも何処までも突き抜ければ、突き詰めれば、何事も異常と化すのだ。

 

 深謀遠慮を地で行くカヲルですらが敵わないと顔を蒼褪めさせるほどの未知数の異常性、未知数の精神、未知数の手段。

 

 ふうま 小太郎は肉体と共に魂を引き裂かれながら、尚も嗤っていた。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

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