対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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忙しい。GWなのに忙しい……
まあ世間様の状況を見ればありがたいんですけどね!

そして今回のイベント。対魔忍はやっぱり対魔忍だったよ……。
誰だよ、奈々華ちゃんに斥候とか難しいことやらせたのは!



決着ゥゥ――――ッッ!!

 

 

 

 

 

(これは、なんだ……! 外傷もないのにこの痛み。妾は何をされた……!)

 

 

 突如として襲いかってきた未体験の激痛に、エウリュアレーは呻き声を上げながら玉の汗を浮かべる。

 肉体的には何ら変化は見られないにも関わらず、()()()()()()()()焼けた鉄を押し付けられたような痛みが奔っている。それだけではなく肉体そのものではなく、魂そのものが軋みを上げているかのよう。

 

 通常の人間や対魔忍では、その感覚は単なる外傷と混同してしまうだろうが、彼女であれば話は別だ。

 魔術には魂を操る術は存在する。強制契約を交わした相手を死なない使い魔するとする不死者法、死した霊を操作して死体を動かす死霊魔術、数ある遠見の手段の一つである幽体離脱。挙げていけばキリがない。

 そも魔術とは、術者の魂より絞り出される内なる力である魔力を外界へと開放し、世界自身が生み出した魔力(エーテル或いはマナ)と呼ばれる無色の力を自身の色に染め上げる事で発動する限定的かつ指向性の現実改変。

 故に、魔術師にとって自身の魂自体を把握することは魔術における初歩の初歩。その過程を通さずに魔法魔術を行使できるのは、存在するだけで自らに適した環境へと現実を改変していく異界の悪魔か、理から外れた天才のみである。

 

 

(小童風情が……!)

 

 

 肉体ではなく魂から生じる痛みに朦朧としながらも、神々から受けた屈辱が蘇る。

 かつて神々に奪われた両腕は肉体のみならず、魂ごと奪われた。その結果もあり、本性を表せば現在でも両腕は消えたまま。どれだけ高度な魔界医療や魔術を使っても、魂そのものを修復はできず、あるように見せかけるだけが精一杯なのだ。

 

 常に余裕に満ちて涼しげだった表情は今やなく、思い出したくもない過去を思い出させられた怒りのためか、痛みを堪えるためにか、ギリと音を立てて歯噛みしながら少年を眼帯越しに睨みつける。

 

 自らの五体を武器として、手足を煙に変えて挑みかかってきた少女の能力は煙化。

 極低温を放ち、剛腕を振るう鬼の少女の能力は冷気。

 類稀な剣技で挑みながらも、未だに真の力を隠している少女の能力は神気。

 才能のみならず多くの経験と鍛錬によって熟達した実力を有する男の能力は土中への潜航。

 

 そのどれもが、魂に何らかの干渉を行う類の能力ではない以上、原因は全く別。ならば、あとは一人だけ。

 

 

「おら、どうしたよ、顔が蒼いぜ。痛いのは嫌か? だったら早く泣きながら呪いを解けよ」

 

(何か変化があるようには見えない……いや、待て。手首のアレは――――釘……?)

 

 

 立ちはだかる少女と男の後方で、虫の息になっているはずの少年。

 結界の内に引きずり込んでからの彼等の行動、会話は全て見聞きしてきた。

 尤も、対魔粒子とやらを生まれ持っていたようであるが、極めて微弱で他の者のように異能(忍法)を行使できるほどではない。また、彼に魔力は存在しておらず、魔術行使による対抗も出来ないはずだ。

 

 それでもなお警戒したのは、魔術に対する造詣の深さ。

 結界内での発言と行動から鑑みても相当量の知識を有しているのは明らかであり、困惑の少なさから実際に魔術の深淵を体験してきていると推察できる。

 例え異能や魔術が使えずとも、知識さえあれ対抗策とは自ずと生じる。況してや魔術越しの視線ですら察する偏執的な警戒心と感覚器官の持ち主。疑わぬ方がどうかしているだろう。

 

 疑惑が目をつけたのは、死人同然の表情の嗤う少年の右手首。

 つい先刻までは無傷であったはずにも関わらず、今は野太い五寸釘が貫通しているではないか。

 

 

(確か、この国には独自の呪術があったな。ウシノコクマイリ、だったか。どのような術式にせよ、人間が作った以上、実際の所は思い込み以上の効果はあるまいが、魔界出身の妾が耳にするほど有名な共通の幻想と妄執はまずい……!)

 

 

 日本に住んでいれば一度は耳にしたことはあるであろう呪い―――丑の刻参り。

 憎い相手の髪や爪などの一部を埋め込んだ藁人形を、神木に釘で打ち付けることで対象に不幸を齎すとされる。

 方法は江戸時代に既に完成されており、嫉妬に苛まれた女が白装束に身を包み、草木も眠る丑三つ時に藁人形を打ち付ける姿は、多くの創作物の中に登場している。また刑事法学においては不能犯の典型と紹介されるほどだ。

 この呪詛がこのような形になった理由は定かではないが人形を用いた呪術の起源は古く、古墳時代には既に存在しており、陰陽道においても人形を用いた祈祷が存在する。恐らくは、それらと結びついた結果、現代でも残るほどの共通概念として成立しただろう。

 

 丑の刻参り自体が効力のある呪術なのかは別として、この共通概念は本来は無力な物品に力を与える。

 折り重なった人の想念がこびり着いた物品が魔術の触媒となり、共通の認識と概念は魔術の穴や弱点として現れることは小太郎が説明した通り。

 もし仮に、彼の手首を貫通している五寸釘が実際に丑の刻参りで使用されたものだとするならば、使用者の怨念と人々の想念がこれ以上ない程にこびり着いているはずだ。伝説級の代物とは行かずとも、優秀な触媒と言えるだろう。

 

 

(あの釘から発せられる魔力――――ノイ・イーズレーンか! あの大魔導士め、まだ対魔忍と繋がりがあったか! 呪詛返しの魔導具(マジックアイテム)とは厄介なものを……!)

 

 

 エウリュアレーの察知した魔力は既知にして知己のもの。

 アミダハラを根城とする魔術師の中で、唯一自らと肩を並べると認める大魔道士ノイ・イーズレーンのそれだった。

 

 アミダハラに住まう魔術師の代表にして元締め。アミダハラに一定の秩序を齎した魔術師連合と呼ばれるギルドの頂点にして顔役。

 小太郎の評価を借りるなら中道型の魔術師であり、自らの持つ強大な力を自覚しているが故に何らかの事態に積極的に関わらず、表向きには観光客向けの土産物屋を営む老婆。

 その温厚さと事なかれ主義は闇の住人達には侮蔑と嘲笑をされるであろうが、彼女の邪魔をしようとする者は誰一人として存在しない。それはそのまま、温厚な仮面の裏に隠された本性と実力が畏怖の対象である事を示している。

 

 少年とノイに接点があるならば、エウリュアレーにしてみれば納得の至り。そして、少年の危険度は青天井に跳ね上がる。

 魔術に対する造詣の深さはノイから聞き出したものであると見て間違いない。その上、ノイが魔力と術式を込めた魔導具であれば下手な魔術師を相手にするよりも遥かに危険だ。

 

 何よりも、少年の猜疑心。

 如何なる魔術師を相手にしようとも打倒できるだけの手段を、何らかの取引や契約関係を結んでノイから受け取っているに違いない。

 あの精神性であれば千や二千では驚きに値しない。そして、魔導の深淵を窮めたノイの腕前と悠久の時を生きた時間を考えれば、使用者の魔力を使用しない魔導具を揃えることは不可能ではない。

 

 

(どうする! これでは妾の呪詛は相手への足枷にしかならん! 半端な形で解呪すればより大きい呪いとなって此方に跳ね返ってくる! (わっぱ)め、これを見越して敢えて受けたな……!)

 

 

 呪術・呪詛とは魔術の一系統。縛りを起動キーとすることで詠唱や儀式を大幅に簡略化した上で強化する我が身を削る魔術。

 縛りの条件が当人にとって難しければ難しいほど、術者本人が削る部分が大きければ大きいほどに相乗的に簡略化と効果が増していく。基本となる設定は全て同一。“縛りを破れば、或いは達成できなければ、呪詛の効果が術士本人により大きくなって跳ね返る”というもの。

 

 エウリュアレーはその基本に加え、“攻撃に使用できる魔術を行使せずに剣で直接攻撃を入れること”と“呪いの発動中は剣を操る魔術以外の封印”、“対象が死亡するまでの持続”を縛りに組み込んだ。後者は兎も角として、前者二つの効果は凄まじい。

 彼女は魔女としての腕は魔界においても上位に位置する。それは即ち、ほぼ何でも出来ると言っても過言ではなく、神格の領域にまで至るだろう。人間には及びもつかない現象を引き起こし、事象を操る。

 

 その腕を一時的に敢えて封印する。

 成程、これならば確かにこの呪いは神々にさえ通用するであろう。

 その上で、あの剣の腕前。この呪いを成立させるために剣の腕を磨いたのか、或いは剣の腕があったからこそ辿り着いた呪いなのか。

 

 だが、今や彼女の行動を阻害する文字通りの縛りにしかならない。

 ノイが授けたのが呪詛返しの魔導具だとするのなら、このまま呪い続けたとしても意味がなく、痛みに耐えかねて解呪した所でより大きくなって予測の付かない効果を伴って返ってくるだけ。

 

 

(強烈! だが、耐えていれば先に死ぬのは呪いに加えて傷を追っている童の方! 他の連中の攻撃を切り抜ければいいだけ! 解呪はしない……!)

 

(あの顔、腹括ったな。並の連中ならビビって冷静に行動なんかできねーんだが、流石は伝説。安全圏から呪いを掛けて悦に浸ってるような奴とは別格。いいぜ、このままじゃどうせ死ぬんだ。じゃんじゃかブチ込んでやる、()()()()にな)

 

 

 そこで初めて、敵同士であるはずの二人の思惑は一致した。

 

 エウリュアレーは自らの勝利を確実とするために立ち上がり。

 小太郎は自らの任務と職務達成を確実とするために、両膝を付いたまま睨み据える。

 

 エウリュアレーにとって意外であったのは、小太郎がここまで任務に忠実であったことか。

 若くして一部隊を任されるだけの能力はあるとは認めていたが、盗み聞いた言動からしてやる気を感じられず、現状に不満を抱いていることは間違いなかった。だからこそ、任務よりも自らの命を優先するだろうと考えていた。

 しかし、現実はどうだ。自身を追っていた優秀な対魔忍などよりも職務に忠実で、命を使い捨てることに戸惑いがない。

 

 対魔忍としての職務同様、ふうま一門の当主を未だに続けているところを見る限り、生まれ持った彼の気質なのだろう。

 どれだけ嫌がろうがふうま一門の当主としても、対魔忍の役割、職務にも同様に、自らに課せられた役割を投げ出そうとはしない。高貴なる者の使命(ノブレスオブリージュ)のような高尚な考えがある訳ではない。ただ、報酬として受け取っている利益や特権に対して正当な労働を果たしているだけの仕事人気質。

 国と民の日常を守護する役割を担う暴力機関。必要であれば自己であろうが他者であろうがいくらでも命を賭す。命も肉体もそのための手段。一死を以て職務と使命を果たせばそれで良し。対魔忍という職務に誰よりも忠実だ。

 

 

「好機だな、仕掛けるぞ」

「作戦はあるわ! 合わせて!」

「こっちはそっちの作戦の中身をなんも聞いてないんですけどねぇ」

「権左、貴方だったらそれくらいできるでしょう!」

「言ってくれるね。いいぜ、合せてやるとするかぁ――!」

 

 

 様子を観察していた権左はエウリュアレーの苦悶が敵を誘う演技ではなく、本物であると判断した。

 やや時間を要したのは判断材料が余りにも少なかったから。それも額に浮かぶ汗や呼吸の乱れ、心拍の変化から決断に至り、これ以上なくこれ以外にもない好機が訪れたことを告げている。

 

 僅かに遅れて、凜花もまた観察から行動へと移る。

 権左に声こそ掛けたが、必要以上には語らない。彼女もまた小太郎が何をしたのか、エウリュアレーの身に何が起こっているのかは分からない。唯一はっきりとしているのは千載一遇の好機が訪れていることだけ。

 小太郎から伝えられた作戦はあった。いや、作戦と呼べるような上等なものではない。敵の目と耳のある中ではまともな作戦を伝えることも、まともな作戦を組み立てる時間さえなかった。単にそれぞれの忍法を最大限発揮するための使い方を伝えられただけだ。

 

 それすらもエウリュアレーの強さの前には、実行にさえ移せなかった。

 自斎は遊びの攻撃さえも耐える事に精一杯。凜花もきららもそのフォローに周らなければ一瞬で態勢が総崩れとなる程の実力差。

 しかし、今はエウリュアレーの不調と弱体に加えて、権左という新たな戦力がある。

 

 権左には何一つ伝えていないが、人格や関係性は兎も角として実力は本物。何しろ、先刻凜花自身が身を持って体験している。

 彼であれば、何が起ころうとも即座に対応して最適の戦い方を選択してのけるだろう。戦闘狂とは、言い換えれば人格に異常をきたしてしまうほど戦闘の才を生まれ持った人間ということでもあるのだ。

 

 

「――――いくわよ!」

 

 

 号令と同じに凜花は握り締めた両の拳を天高く振り上げる。

 その様に格闘の達人としての()()()はまるでなく、まるで巨人のような力強さだけがある。

 何をするつもりなのか検討も付かず、本気になり始めたエウリュアレーですらが呆気にとられる訳の分からなさ。攻撃にするにしては隙だらけで、培ってきた技術全てを捨てているかのよう。

 

 しかし、魔女の呆気も次の行動に全て氷解する。

 

 振り上げた両腕を力の限りに振り下ろして地面を打った瞬間、凄まじい勢いで辺り一帯を数メートル先にすら見通せぬ煙の帳が広がった。

 

 

(目眩まし! しかし、娘の煙化は肉体を変換したもの。これまで見てきた変換効率を考えればこれだけの量の煙を生み出すには肉体の大部分を失うも同然、文字通りの命懸け。これでは戦闘などできまい。戦力が一つ減ったようなもの……!)

 

 

 予想外の行動であったが、エウリュアレーは現状をほぼ正しい形で認識していた。

 

 彼女の考えたように、煙幕の中で凜花は倒れ伏していた。

 誰の目にも止まることはないが、両の腕を失い、両の脚を無くなり、顔と胴の左半分までもが消えて煙と化している。それだけではない。今こうしている間にも残った部分を延々と煙に変え続けていた。

 この手の肉体を何かに変換する忍法は扱いが難しい。どれだけ変換操作に長けた対魔忍であろうとも、僅かな油断や躊躇、失敗で元の形に戻せなくなってしまうが、それでもまだマシな方だ。最悪の場合、死体すら残らなくなる。

 全てを理解した上でなお凜花が断行したのは、自身が戦力として機能しなくなるよりも、エウリュアレーの目を潰した方が得策であると判断したからであると同時に、小太郎もまた命を賭しているからだ。

 この場で勝利せねば生はなく、己も愛した人間も死に絶える。ならば躊躇などあろう筈もない。

 

 

(だが、手緩い! この程度の目眩まし、何の事もない!)

(シャ)ァッ――!」

 

 

 煙幕に紛れ、背後から現れたきららに余裕を以て迎撃する。

 対魔忍は腐っても忍。自ら気配を消し、逆に気配を探る術に長けている。一寸先すら見通せぬ煙幕の中であれば、あらゆる攻撃が奇襲と化し、一方的に戦いを進められる。

 だが、相手はエウリュアレー。この程度、持ち前の魔術すら使わずに迎え撃てる。

 

 

(浅薄に過ぎるわ、鬼のむす…………いや、待て、槍――――!?)

 

 

 殺意に満々(みちみち)て放たれる攻撃を大剣で弾こうとした瞬間、思考にノイズが交じる。

 これまで見てきたきららの腕力に任せた拳打でもなければ冷気による攻撃でもなく、確かな鍛錬によって土台の形成された槍による一突き。

 何よりも、真剣味に満ちてこそいたが殺意に欠けるあどけなさが残っていた顔には、一目で分かる明確な狂気が刻まれている。

 

 戸惑いは、そのまま緩手となって行動に現れる。

 心の臓腑へと目掛けて放たれた突きを弾き、もう一方の大剣で首を跳ねるべきか、生じた戸惑いを解消すべきかに迷う。

 

 

「でやぁぁぁあぁ――――!」

 

 

 その僅かな隙へと捩じ込むように、全く別の方向から野太い声が響く。

 出すべき答えを出しきれなかったエウリュアレーは鳴った警鐘の導くままに、理性による思考を廃棄して本能に従って右へと大きく飛び退いた。

 

 刹那、今し方まで自身の立っていた場所に、巨大な氷柱が連なって通過する。

 

 攻撃の向かってきた方向へと目を向ければ、斬り裂かれた煙幕の向こうでは脚を地面へと叩き付けた権左の姿があった。

 不可思議であったのは、戦闘の狂気に染まっていたはずの瞳には、どういう訳か騙されやすそうな純朴な光が宿っている。

 

 

(これは、まさか……!)

「こんなドでかいもんぶら下げてよく戦えるもんだ! 邪魔くさくてしょうがねぇや! だが、面白いじゃねぇか! 面白い忍法だ!」

「うっさい! 変なことしてみなさいよ! チ○コ凍らせるわよ!」

 

 

 一つの回答へと辿り着いたエウリュアレーの思考を補強するように、可憐な少女の声が男の口調で響き、低い男の声が女の口調で奏でられる。

 少女も男の姿も、既に煙の中へと消え、周囲を動き続けているのか居場所は判然としない。当初の予想通り、煙幕に乗じた一撃離脱の奇襲が攻め手と見て間違いない。

 

 予想から外れていたのはただ一点。

 

 

(そうか、鬼の娘は“霜の鬼神”と対魔忍の混血児! 鬼としての力と対魔忍の忍法を扱えるのか!? 冷気に加えて、他者と己の姿形を入れ替える能力! 単純(シンプル)、故に厄介! 特にこの状況では……!)

 

 

 きららが冷気を操る力に加えて、今の今まで伏せていた忍法(カード)があった事。

 伏せていたと言うよりも、父親への嫌悪感から当人が使いたがらなかったことと、本人が有効な使い途を思いつかなかっただけなのだが、エウリュアレーには知る由もなく、あるのは戦慄だけ。

 先の奇襲から見て、あくまでも入れ替えるのは姿形だけで、能力と記憶は範囲外ではあるようだが、戦慄させるには十分過ぎる。

 

 一見一聴しただけでは派手さの欠片もない地味な忍法。

 きららが母親から受け継いだ能力に比べれば、おまけ程度にしか認識されないであろう忍法ではあるが――――その実、余程凶悪で厄介極まるものだ。

 

 

「い、やぁぁ―――!!」

「…………ッ!」

 

 

 激痛と驚愕。戦慄と焦燥。

 度重なる想定外に鈍る思考の中、千載一遇の好機を逃すまいと再び煙の中から奇襲が仕掛けられる。

 

 煙を巻いて現れたのは仮面で両目を覆った少女。両手で刀を握り、横薙ぎの一閃を放つ。

 これまでの彼女を考えれば、技量など欠片もない余りにも力任せな剣戟。

 刃を立てる角度も、抜ける方向も考えておらず、防がれることも躱されることも考慮せずに二の太刀の態勢すら整っていない。まるっきり素人の剣。これならば、鉄パイプを持って殴った方がまだマシだ。

 

 

「くぅっ――!?」

 

 

 案の定、軌道も甘ければ握りも甘い剣閃はエウリュアレーによって容易に返された。

 どれだけ強い握力があろうとも、正しい握り方をしていなければ武器など簡単に手を離れていくものだ。

 

 愛刀が手の中から消え去り、宙を舞う。

 剣士として有り得ざる恥、起こしてはならぬ現実を前にして、無意識に自斎は投げ出された愛刀を目で追っていた。

 仕方がない。だが、それもまた剣士としてあり得ない振る舞いだ。例え剣を失おうとも、戦いの最中に敵から視線を外すなど。

 

 

「――――づぅっ?!」

「はぁあぁぁぁぁぁ―――!!」

 

 

 その窮地を救ったのはエウリュアレーの身に訪れた傷の上から傷を重ね塗られるような、真新しい傷口を無理やり広げられるかのような激痛。

 隙だらけの身体を斬り裂けもせず堪らずに膝を折る。またしても小太郎が魔導具を使用したのだろうが、エウリュアレーには対処のしようがない。

 更に、タイミングに合わせた訳ではないだろうが、別の影が煙の中から飛び出してくる。

 

 影の姿形はきららのそれであったが、宙で刀を手にするや否や、落下の勢いをそのまま大上段から真っ向唐竹に振り下ろす姿は紛うことなき逸刀流剣士のそれ。

 

 

「ぐっ、ぬぅぅ……!」

「浅い! 確かに、こんなに重いものがあったら上手く剣が振れないわね……!」

「自斎ちゃんまで!!」

「この、小娘共……!」

 

 

 咄嗟に頭上で大剣を交差させて頭部への直撃を防いだものの、勢いは止まらずに鋒が肩口を僅かに斬り裂いていた。

 胸部で揺れるたわわな果実を邪魔そうに揺らしながら率直な感想を述べるきららに、悲鳴のような声を上げる自斎。

 

 動きといい言動といい、どう見ても両者の姿が入れ替わっている。

 軽口を叩くほどの余裕があるのか、はたまた余裕の無さ故の軽口なのか。ともあれ、エウリュアレーを苛立たせるには十分過ぎた。

 

 怒りに任せ、流麗さを失った二振りの大剣が振るわれる。

 しかし、二人は後方に飛び退り、再び煙の中へと消えていく。

 

 

(視覚を封じられた状態での入れ替わり! 鬼の娘なのか、それ以外なのか。姿を表す度に押し付けられる二択で思考が鈍る! これは、まずい……!!)

 

 

 一撃離脱の奇襲はそうこうしている間にも繰り返される。

 互いに武器を入れ替え、姿を入れ替えて続く波状攻撃に、エウリュアレーは徐々に傷が増え、体力を削られ、追い詰められていく。

 

 本来、尤も警戒しなければならない神を宿した少女にすら警戒を割りさく余裕すらない。

 敵が姿を見せる度に槍による攻撃か、冷気による攻撃か、刀による攻撃かを判断した上に、どれが本命かが分からないという致命。

 一瞬の判断ミスが命取りとなる戦いにおいて、視覚的根拠が通用しない状況など戦う者にしてみれば悪夢以外の何ものでもあるまい。

 

 

(これでもまだ()れねぇ、化け物が……!)

(このまま続けていたら、ふうまも凜花先輩も……!)

(こっちが先に潰されかねないじゃない!)

 

 

 だが、焦燥と驚愕に駆られていたのはエウリュアレーだけではない。奇襲を仕掛ける側の三名もまた同様だった。

 

 エウリュアレーでなければ、最初の一撃で決まっていたはずだ。とてもではないが、並の使い手では対応しきれるものではない。

 相手が何をしてくるか分からない状況での戦いに慣れきった百戦錬磨の伝説だからこそ、傷を負いながら尚も立ち続けているのだ。

 小太郎と凜花には時間的な制約もある。出血による死亡、能力の酷使による死亡。いずれにせよ、長引けば長引くほどに危険(リスク)は増大していく。

 

 ただ、必要以上には攻め立てない。

 権左は持ち前の経験から、自斎ときららは生まれ持った戦闘の才能から、この戦いの本質が我慢比べであることを理解していたからだ。

 状況を打破しようと無理に攻めた方が、或いは状況に心折られ諦めた方が先に沈む。与えるべき決定打を叩き込むのは、その瞬間でなければ意味がない。

 

 唯一、誤算があったとするのなら――――

 

 

「よもや、此処まで追い詰められようとは……」

 

 

 ――――エウリュアレーの困惑が収まり、命を賭ける覚悟を済ませるのが殊の外早かったことか。

 

 ここに来て、伝説の魔女は自らの見積もりが誤りであったと認めていた。

 これまではあくまで退屈凌ぎの一貫、単なる一人遊びの玩具としてしか見ていなかったが、今は違う。自らの身や命を削ってでも打倒するに足る存在だと認識を改めた。

 

 人間なぞ下級種族。本気を出すことなど我らにとって恥以外の何者でもない。

 そんな共通認識を持つ魔族達には決してあり得ない決意。上位魔族であれば尚の事。不要なプライドに拘り、追い詰められるだけ追い詰められた挙句、怒りに任せた反撃を試みて倒されるというのが典型的なパターンである。

 だが、彼女はその典型に当てはまらない。神々に良いようにされた経験故にか、自らの失敗を認め省みることを恥とは思わない。故に、精神の立て直しも早ければ、次なる一手の決定も早かった。

 

 

「ぎぃ、ぃ……っ、がぁぁっ…………!!」

 

 

 手始めにエウリュアレーが行ったのは、小太郎へと仕掛けた呪いの解呪。

 先刻までは剣さえあれば十分と考えていたが、相対した敵は予想を軽々と越えてきた。これの打倒には、己の全てを賭けねば不可能という判断は、容易く最も危険な選択を取らせた。

 

 解呪と同時に己へと返ってくる呪い。

 肉体と魂をより深く繋げる筈の呪いが、より強くなって返ってくれば如何なる効果となって現れるのか。

 覚悟の末の選択は、すぐに未体験の感覚となって襲いかかる。

 

 それは接続というよりも、融合に近かった。

 肉体と魂が同一のものとなる。それはある種の精神生命体の在り方に近い。生まれながらに肉の器を持つ生き物が辿り着くには、あり得ない境地。

 

 生きながらにして、ただの一世代で別の存在に成り果てる。それがどれほどの苦痛であるのか。いや、苦痛ですらないか。

 苦痛とも快楽とも付かぬ、ただただ別のモノに成るという本能を恐怖させる感覚。今ある自分が音を立てて崩れ、四肢も内臓も魂までもが一緒くた蕩けて混ざり合い、血と汚汁となって自分ですらない何かが新たに生まれ落ちてくる。

 

 

「だが、舐めるなぁ――――!」

 

 

 その呪いの強制解呪による反動を、恐るべきことにエウリュアレーはただの矜持と精神力だけで耐え抜いた。

 肉体は兎も角として、魂の輪郭を保つのに重要なのは、絶対的な自我。

 

 己は己。我こそはエウリュアレー。思うままに振る舞い、不幸も幸福も同じものと嘯いて嗤う魔女。他者など歯牙にも賭けず、全身全霊を賭けて生を謳歌する好き勝手の類。

 

 ただそれだけ。たったそれだけの理由と矜持で、彼女は未曾有の現象を抑え込み、自我を保ってのけた。

 しかし、代償は大きかった。内臓の八割が機能を停止。呼吸もまともにできず、心拍など停まりかけ。直ぐにでも治癒魔術を始動させねば、ものの数分で息絶える。

 

 

「風……っ、まずい! 凜花先輩、忍法を解除してっ!!」

「――――っっ?!」

 

 

 異常事態にいち早く気づいたのは自斎だった。

 神気の影響か、人のそれと若干異なる感覚を持つ彼女は、頬を撫でる風が今までとは違うことを肌で感じとった。

 言葉で言い表せない何らかの意思。その意図に気づいた瞬間、悲鳴を上げていた。

 

 叫ぶが早いか、凄まじい暴風が吹き荒れる。エウリュアレーは自らの治癒よりも、敵の打倒を最優先としたのだ。

 

 

「“積み重なる鳥の屍、溢れ出す鈍色の雲、彼方の塔にて下界を見下ろす超越者。散在・集積・虹色の扇子。我が手を見よ、集い惑う羊の群れども”!!」

 

(これは、後述詠唱か。無詠唱で魔術を発動させた後に、追加で詠唱することで強化・補強する実戦向きの高等技術。出来るのは不思議じゃないが、此処まで追い詰めてもなお……!)

 

「“汝の名は暴虐。霊験な頂きと母なる大地を削り、吹き荒れよ”――――!!」

「う、くぅ……きゃぁああああああああ!!」

 

 

 暴風はエウリュアレーを中心に吹き荒れ、やがては竜巻となる。

 風の暴威の前には、煙の帳など何の役にも立たない。綿菓子のように千切れ、裂かれ、初めからなかったかのように霧散していく。

 

 

「はぁ……はぁ……っ、は、あぁ……はぁ……っ!」

「ぜぇ……はっ……ひゅ……ひゅー……ぐっ……!」

 

 

 暴風が止んだ後に残ったのは、範囲から外れた位置にいた小太郎と地面に倒れ伏した対魔忍達、息も絶え絶えのエウリュアレーのみ。

 

 最も状態が酷かったのは、凜花だ。 

 自斎の警告の叫びで既での所で肉体の大部分を煙から元に戻すことに成功したが、右腕は肘から先が、右脚は膝から先がなくなっている。

 断面を煙化しているが、この状態が解ければ大出血は必定。対魔粒子も残り少なく、維持が精一杯で戦うことなど出来はしない。

 

 残りの面々も暴風で上空へと巻き上げられて地面へと叩き付けられたのか、風で巻き上げられた何かに打ち据えられたのか、立ち上がろうとしているものの、その域に回復するまでどれだけかかるか。

 

 勝負は決したも同然であったが、エウリュアレーに油断はない。

 皆が瀕死の中で一人だけ、限界に限界を重ねて立ち上がる。好機を逃す手はなく、相手が本気を出し、己もまた全力を尽くしたのであれば、半端な決着は互いに対して非礼となる。

 勝利の歓びに浸るのではなく、思い掛けない強敵への敬意から、その首を叩き落とそうとし――――

 

 

「があっ!? ば、馬鹿な……呪いは、既に……!」

「生憎だった、な。コイツは、呪詛返しじゃ、ねぇよ」

 

 

 ――――訪れた三度目の激痛に地面へと倒れ伏した。

 

 但し、一度目と二度目の魂を引き裂かれる痛みとは僅かに異なっている。

 今訪れた痛みは、単純な外傷。肩から脇腹にかけてを剣で引き裂かれた裂傷のそれだ。魂の輪郭を掴むことに長けた魔術師が間違える筈もない。

 

 そう、初めから小太郎の使った釘型の魔導具は呪詛返しを目的としたものではなかったのだ。

 

 ノイ謹製の釘の名は『痛覚共有簡易呪具“品川心中”』。名の由来は、身勝手な女郎と騙された客を語る落語の演目。使用した瞬間から何処か相手を小馬鹿にする化かし合いの様相を呈することから、小太郎が名付けた。

 

 元々の作成過程は、魔術を扱えない小太郎が姿を見せない相手が仕掛けてくる呪殺に対抗することを目的とした魔導具であった。

 しかし、そう易々とはいく筈もない。如何に大魔道士ノイ・イーズレーンと言えども、どのような呪詛にも対抗しうる魔導具を作成することは不可能だった。

 呪詛返しは簡単な術式ではない。手順も対応も千差万別。対象が如何なる呪詛を掛けられたのかを知り、仕掛けた相手が如何なる縛りと代償を支払ったのかをまず調べねばならない。

 そうである以上、簡易的で不安定な魔導具で対抗するよりも、殺されるよりも早くノイの下に来て正式な呪詛返しを行った方が安心・確実であるという結論だった。

 

 だが、繋がりの深いノイですら疑いの対象である小太郎は考え方を変えた。呪詛返しを行えないのであれば、相手が自発的に解呪すればいい、と。

 その末に作成されたのが、これだ。丑の刻参りに使用された釘を起点とし、呪いを掛けられた対象を藁人形に見立てて発動する魔導具。

 

 対象者と使用者は呪いによって繋がった状態にある。

 この釘はその呪いを道筋として、対象者の感じている苦痛を、使用者と共有するもの。

 呪殺を行う使用者は、呪術に精通した専門家。呪術を行った後に身に覚えのない苦痛に晒されれば、真っ先に疑うのは間違いなく呪詛返し。

 このままでは自ら仕掛けた呪いが返ってきて確実に死ぬ。ならばいっそのこと今の段階で一か八かの解呪に賭けた方がまだ……そんな心理状態に追い詰めるためのもの。

 

 効果は抜群のようだ。何しろ、エウリュアレーですらも騙された。この世に存在する殆どの魔術師も同じような選択をするだろう。

 

 かくして、両者の間を漂う好機は再び独立遊撃部隊の手へと収まった。

 

 

「――――っ」

 

 

 エウリュアレーは膝を付き、首を支える力すら失っていた。目に映るのは暴風で倒れた草ばかり――――そのままの状態で、確かに敵と目があった。

 

 

「おっと、死んだふりが卑怯だなんて言うなよ。こちとら忍だぜ」

「この距離、なら――――“神気、解放”」

 

 

 水面と同じように、権左と自斎が地面から顔を出す。

 権左は皮肉げな笑みを浮かべ、無傷を謳う。竜巻に襲われる直前、自らの忍法で地面の中へと逃れ、止むと同時に倒れ伏して油断を誘った。

 後は隙を見て再び地面へと潜り、確実に勝利を齎す存在を敵の間近へと送り届けたのだ。

 

 権左の言葉に応えるように、自斎の仮面が上がる。

 顕になったあどけなさの残る顔は、額から流れる血で濡れていた。焦点の合わない銀の双眸は満身創痍を示しているが、秘められた闘志は消え去っておらず、紅い輝きとなって溢れ出す。

 

 

『オォォォォォォ――――!!』

 

 

 解き放たれた神気と共に神威そのものが姿を表す。

 生き物に対して本能的な恐怖を与えるフォルムは今や半分。尚之助の手によって真っ二つに断たれた姿は完全に回復はしておらず、まだ右半身をこの世に持ってくるだけで精一杯。

 

 それでも、自斎と忌神はこれまでにないほど同調していた。

 忌神や自らの忍法に対する嫌悪は既にない。そんな余分を考える暇がないほどに追い詰められている。

 

 自斎は今回の任務を終わらせて新たなる道を歩むために。

 忌神は自らの存在を守る本能に従って。

 

 エウリュアレーという強大な敵を打倒する。両者の意識はその一点で完全に一致する。

 それが神遁という忍法の真髄であるのか。自斎の度重なる消耗と神体の損壊によって物質界に存在することさえ難しい状態であるにも関わらず、忌神は天を揺るがし、魂を揺さぶる咆哮をあげた。

 

 

「何の、これしきぃ――!!」

 

 

 相対するエウリュアレーに恐怖はない。忌神に負けじと咆哮をあげる。

 この規格外の神を前にして、勝てるかどうかなど既に度外視であった。

 それこそが自らを追い詰めた好敵手達に対する返礼。どのような形で決着を迎えるにせよ、余力を残した状態で終わるなど言語道断。

 

 細胞の全て、魂の一片に至るまで。己から引き出せる力を搾り尽くし、一刀に全て込める。

 敗北する気など更々ない。目指すものはあくまで勝利。だが、求めているものは勝敗ではない。

 それらはあくまで結果に過ぎない。彼女が求めているのは、全身全霊を以て相対し、自らの矜持に殉じたという納得のみ――――!

 

 

「――――――」

「やらせない、っての……私達は、アンタを倒して、皆で帰るのよ……!」

「――――見事」

 

 

 振り上げた大剣が完全に静止した。

 闘気や殺意、始動した術式から魔力まで。ありとあらゆる運動が停止していた。

 エウリュアレーに驚愕も疑問はない。あるのは、惜しみのない称賛だけだ。

 

 彼女の右半身が氷で覆い尽くされている。

 何が起きたのかは語るまでもない。氷は草原の中を道のように伸び、その先には倒れ伏したまま必死で意識を保つきららの右手と繋がっていた。

 

 

「我が全身全霊破れたり! 見事、見事、御見事! そなたらの勝ちだ、人の子ら!!」

 

 

 忌神が勝負を決するべく、鉄槌を振り下ろす。

 

 全てが轟音と粉塵に飲み込まれる直前、伝説の魔女の口から発せられたのは、自らを打ち破った者達への惜しみない賞賛の言葉だった。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)
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