対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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よし、比較的早めに投稿できた。
そしてバニきららパイセンは来なかった(血涙
まあ、恒常だから気長にやっていこうそうしよう(戒め

というわけで今回はお話回。どぞー


伝説の魔女と苦労人の相性は最悪――――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました

 

 

 

 

 

「さて、お茶も回った事だし、何から話しましょうか?」

「何からも何も、私達の目的は知っているでしょうに。此方の調査部隊は無事なの?」

 

 

 始まった――――と言うよりも、独立遊撃部隊の思惑を無視して勝手に始められてしまった魔女のお茶会。

 小さな丸テーブルにエウリュアレー、凜花、小太郎、きらら、自斎と時計回りに椅子へと腰掛けており、それぞれの前には紅茶の注がれたカップが、中央には焼き菓子の盛られたバスケットが置かれていた。但し、紅茶にも菓子にも手を付けているのはエウリュアレーだけだ。

 敵地で敵に出されたものを口にするなど言語道断、当然の考慮――――なのだが、残念ながら小太郎のファインプレーのお陰だ。

 

 全ての元凶であるエウリュアレーを睨みつける凜花、きらら、自斎の三人、今は澄ました顔をしているが、直前にやらかしている。

 

 極限状態から解放されたと思えば倒した筈の敵が目の前に現れ、再び緊張の糸を張らねばならなくなってしまった。とは言え、そう簡単に意識を切り替えられないのが人間というもの。

 軽い混乱状態の中、失ったエネルギーや水分を取り戻そうと疲れ切った三人の身体は無意識の内に出されたものに手を伸ばしていた。無理もない話ではあるが忍としては落第、エウリュアレーに悪意がない事を鑑みても及第点は与えられない。

 呆れと共に見咎めた小太郎はカップを取ろうとしたきららの手を叩き、何とか阻止。まるで粗相をしようとした子供を先んじて止める親といった感じで、目撃した凜花と自斎は伸ばしかけていた手を引っ込めた様はまるで姉妹のようだった。

 彼にしてみれば、オレはこいつ等の親じゃないんだが、といった心境だろう。そして、三人のみならず、対魔忍の九割が同じ状況に叩き落されれば、全く同じ行動を取るであろう事実、組織全体に蔓延している慢心という名の職業意識の低さに頭痛を通り越して脳髄が爆発しそうであった。

 

 が、そこはそれ。毒の有無は兎も角として阻止できただけ御の字と割り切っていた。

 

 

「それならそこにいる」

「――――へ?」

 

 

 凜花の問い掛けにエウリュアレーが答えるよりも早く、小太郎は自らの背後を親指で指し示す。

 三人が弾かれたように指の先へと視線を向けると、部隊員達が眠ったまま椅子に座らされていた。

 呼吸に乱れなく、目立った外傷も見受けられない。顔色の血色もよく、肉体的には丁重に扱われていた事が伺える。

 

 つい先程までは寝息も気配も感じられず、存在していなかったにも拘らず、今は確かに其処に居る。

 結界を先へと進む中で、エウリュアレーは幻術を用いた隠蔽や眩惑を得意とすることは分かっていたが、改めて目の当たりにすれば現実離れ――否、現実を好き放題書き換えてしまうかのような技量に戦慄せざるを得ない。

 

 

「いつの間に……」

「始めから其処で寝てた。サプライズが好きなもんだ」

「もう、仕掛け人よりも先にネタ晴らしなんて遊びのない坊やね」

「アンタ相手に遊びなんてあったら何をされるか分かったもんじゃないからな。これが正解だろうよ」

 

 

 咎めるでもなければ、不機嫌でもない、寧ろ自身の幻術を見抜いてくる若者に楽しみさえ見出しているかのように口調が弾んでいる。

 

 対する小太郎は平時と変わらない口調でありながら、帽子の下から除く瞳は異常に鋭い。一挙手一投足どころか、呼吸一つ、感じる視線の変化にすら意識を向けている証だ。

 血に酔わず、ただただケダモノを狩ることだけを目的とする狩人でも見ているかのようだ。

 冗談のような話であるが、この場において最も弱い筈の彼が、最も強い筈の魔女を抑えに回っている。同じ地点、同じ号令でスタートし、同じゴールを目指す単純な性能比べ(トライアル)ならばどう足掻いたところで及ぶべくもないが、スタート地点も号令もゴール地点すら自らの意思で決定できる戦いならばそれも現実となる。

 

 エウリュアレーが僅かでも悪意を抱こうものならば、あらゆる魔法、あらゆる行動すら許さずに首を落とすつもりでいた。

 肉体的にならばいざ知らず、精神的にこの男は一度たりとて全力疾走を停止させた事はない。その差が、そのまま初動の差となって現れる。正確には、エウリュアレーの初速と小太郎の全速力の勝負となってしまうのだ。

 どれほど経験と才気に差があろうとも初動と全速力ならば、まだ勝負になる。自身の才能の無さを目の当たりにし、非凡な天才達に囲まれてきた彼なりの工夫。だが、発想そのものは平凡でも実現するためにはどれほどの狂気が必要であるのか。これでは一切精神に休みを与えない事と同義である。

 

 その在り様にエウリュアレーは笑みを消さず、感嘆すら覚えながらも背筋に奔る戦慄を抑えきれずに冷や汗を流していた。

 涼しい表情と態度を崩さずにいる彼女であるが、実態は凜花やきらら、自斎が警戒するほどに万全ではない。

 

 先の戦いは限りなく自らに近づけた虚像を用いた。しかし、本体である彼女が全くの無傷でいられた訳ではなかった。

 こうした分身を作り出す魔術は原則として自らに近づけこそすれども、同一存在には決してしない。自身と同一存在を作り上げてしまった場合、反旗を翻される恐れがあるからだ。

 そして、そうした分身は種族としてのドッペルゲンガーではなく、人界の概念であるドッペルゲンガーに近い。人界におけるドッペルゲンガーは、自他問わずに同時に同じ時間、別の場所で目撃される現象を指す。

 特徴として、周囲の人間と話しをせず、本人の関係のある場所に現れ、忽然と消える。何よりも特筆すべきなのは、本人がドッペルゲンガーを目撃すると死ぬという、死や災難の前兆として概念も内包していること。言わば、避けられぬ運命の象徴のようなものであり、本人と極めて結びつきの強い鏡の向こう側でもある。

 

 そんな鏡像存在が傷を負った場合、本人は無傷でいられるのか。

 いられる訳もない。運命や先行きを映し出す鏡が割れれば、移っている本人もまた割れてしまうだろう。

 

 エウリュアレーの虚像もまたそのようなものだった。

 彼女は遊戯であれども、いや遊戯だからこそ手を抜かない。今回は戦いそのものが目的ではなかった故に若干精度を落としていたが、戦い自体が目的であれば自らの死すらも許容しただろう。

 事実として、衣服に隠された身体は無数の凍傷と裂傷、打撲骨折で塗れている。分身が負った傷が、そのまま彼女の身体に現れているのだ。

 治癒の魔術で継続的に回復させてはいるが、鬼の異能と神の威による傷は易々と治るものではなく、消費した魔力は伝説とまで呼ばれる魔女にとっても馬鹿にならない量。

 

 語るまでもなく互いの状態を認識し、まだ見せていない相手の数々の手札を考慮した上で、万が一にも戦いになった場合の結果は――――奇しくも小太郎とエウリュアレーの結論は“五分”というものであった。

 両者にとって好ましい結論である。話し合い、交渉をするのであれば戦力が拮抗している方がいい。相手の威圧に屈する必要はなく、また無用に相手を威圧しなければならない気苦労も不要ということなのだから。

 

 

「しかし、アンタの目的が見えてこない。俺達の内の誰かが目的そのものだろうと読んじゃいたが、このままじゃ遊びに来たようにしか見えないぞ」

「まあ、遊びの要素が全面に出過ぎた事は否定しないわ。私の悪い癖ね、遊び始めると色々と楽しみ過ぎちゃうのっ♪」

「楽しむ……あれが遊び……」

尺度(スケール)が違うわね。流石は、伝説の魔女ってところかしら……」

「冗っ談じゃないわよっ! 巻き込まれた方の身にもなりなさいってのっ!!」

「ごめんね、きららちゃんっ♪」

「ふうまっ! 私、こいつ大っ嫌いっ!! ぶん殴りたいっ!!」

 

 

 コツンと自分の頭を小突きながら舌を出して謝罪の言葉を口にするエウリュアレー。恐らくはバチコーンっ☆ とウインクまでしているであろうが、目隠しのお陰で分からない。

 全く反省の見られないテヘペロ謝罪にきららの苛立ちは瞬く間に頂点(トップ)にまで到達するが、これではどんな人間でも同じような反応をするだろう。

 

 

「言葉にするだけで実行を我慢できる自制心は素晴らしいと思う。偉いぞ」

「……そ、そう? ま、まあ、同じ失敗を繰り返したりしないわよ、当然でしょっ♪」

(きらら先輩、それ褒めてるけど褒めてないです)

(きららちゃんェ……)

 

 

 小太郎は、矢車が現れた当初に見せた暴走とは異なり感情的になりながらも行動に移さないきららを褒めた。

 すると、きららは今し方見せた怒りを容易に引っ込め、頬を染めながらうんうんと頷いて席に着く。

 どうやら今まで男は全て敵として認識していたようだが、始めて味方と認めた男からの称賛が嬉しくて仕方がないらしい。正に感情の乱高下であった。

 

 対し、自斎と凜花は真顔でその様子を見ていた。

 それもその筈、小太郎の称賛は日本という国を陰から守る者として――――どころか、人として持っていて当然のものに過ぎない。

 翻って、彼の称賛は今の今まできららがそれを出来ていなかった、或いは当然の常識を持ち合わせていなかったと語っているも同然。まるで一般常識を教育する親戚の叔父さんと天真爛漫で無邪気で無知な姪のようですらあった。

 二人が真顔できららに憐れみを向けるのも無理はない。小太郎にとってきららは年上であるにも関わらず手間のかかる幼女程度の認識であって、仲間や同僚ですらないのである。

 

 エウリュアレーなど、笑えば再噴火は目に見えているので、口元を抑えてきららの視界の外で笑っていた。

 

 

「――――ふぅー、話が逸れたわね。私の目的の話だったかしら」

「ああ。素直に話してくれるとは思っちゃいないが、神様に憑りつかれた奴か、鬼とのハーフのどっちかと見てるがね。前者はアンタの経歴的に、後者は魔術の研究材料に出来るからな」

「ぶっぶー♡ どっちもハズレ。正解は、貴方よ」

 

 

 声もなくひとしきり笑い終わったエウリュアレーはようやく本題に戻ってきた。

 しかし、小太郎の問いへの返しは否定であり、顎の下で組んでいた両手を解いて指し示した指先は他ならぬ小太郎を示している。

 

 動揺と困惑を見せたのは指し示られた本人ではなく、小太郎に目的だと予測されたきららと自斎。

 二人は喜ばしいことかは別として、少なくとも能力的、出自的には自身が特別であると自任していたからだ。

 魔術師という生き物がどのような生態を有しているのかを知らずとも、決して無害な存在であるとは信じていない。前もって小太郎の予測を伝えられていた事もあって、一生涯付け狙われる覚悟もしていたが、これでは肩透かしを食らったようなもの。

 同時に、胸中へと沸いたのは疑問。如何に人が持ちうる当たり前の能力を常識外れの領域にまで昇華させているとは言え、何の特別な力を持っていない彼が目的になったその理由は――?

 

 

「………………」

「ある程度、覚悟も予測もしちゃいたがな。何処かで下手を打ったか。それともアミダハラの婆さんが口でも滑らせたか」

 

 

 凜花は、二人が見せた困惑と疑問とは全く別の警戒を抱いていた。

 彼女にしてみれば、理由などどうでもいい。問題があるとするのなら、エウリュアレーが小太郎の安全を脅かす脅威であった事。

 かつての悔恨を引き摺る彼女にしてみれば、即座に排除すべき対象であろう。事実として、魔女を見る視線には殺意すら籠っているほど。もし体調が万全であったのなら、どうなっていたか分からない。

 ある意味できらら以上に血気盛んな、それこそ小太郎の事は0.5秒で全肯定、彼の言葉を全てに優先する天音を思わせる狂犬ぶりだ。もう碌に戦えないと分かっているからこそ何も言わなかったが、小太郎も呆れ気味である。

 

 そして、小太郎には動揺も疑問もなかった。エウリュアレーの目的が不明である以上、自分や凜花も目的である可能性は存在していた。手の込んだ遊びに巻き込まれた嘆きもなければ、怒りもない。

 あったのは過去アミダハラを訪れた際に不足でもあったか、或いは正体を明かすべき相手を間違えたか、という自らの不手際に対する憤りだけだが、それもすぐさま消えてなくなる。

 元より非才の身、全てが思い通りになるとも信じておらず、成功よりも多くの失敗を積み重ねてきた。不足や不手際があったのなら、それを知れる良い機会と切り替えていく。己にすらも向けられる猜疑心が前向きさと建設的な思考に繋がっているのもまた彼らしい。

 

 

「いいえ、それはないわね。貴方の事を知ったのはつい最近よ」

 

 

 エウリュアレーの言はこういうものだった。

 

 数週間前、アミダハラは各組織や個人が騙し合いと殺し合いを続け、変わらぬ喧噪の中にあった。

 ただ、そうした喧噪とは極一部の個人は別の所にある。共通しているのは他と隔絶した超常の力を有する事か、どこにも属さず常に中立を保つ事。幸か不幸か、エウリュアレーはそのどちらにも当てはまっていた。

 その立場を利用して、彼女は人界を満喫し捲っていた。ドラマ見てアニメ見てゲームやって食べ歩きしてギャンブルして免許取って勉強やってブログかいてSNSやって動画投稿してスレ監視して対立煽りして煽られて、その在り様と来たら正に人生エンジョイ勢、世界最高のパリピ。世界全ての享楽は私のものと言わんばかりの楽しみぶりであった。

 世の魔術師が彼女の行動を知ればどう思うのか。いずれにせよ世界で最も優れた魔術の遣い手の一人が遊び惚けているのだから、頭を抱えて血涙を流すに違いない。

 

 だから、自ら星を詠んだのもほんの気紛れだった。

 

 太陽、月、無数の惑星を含めた天体の動きから自らに有益な情報を読み取る占星術。並みの占星術師では精々不確定な運勢を読み解くのが精一杯であっても、彼女ほどの遣い手ならば自らの運命を読み解くことも、余りにも高過ぎる観測精度から予知や予測の範疇ですらない未来を決定してしまうことすらある。

 その末に見えてきたのが、ふうま 小太郎であったと言った。ただ、違いがあるとするのなら――――

 

 

「――――二人よ」

「……二人?」

「そう。私が垣間見たのは坊やときららちゃんだけ。其処には凜花ちゃんも自斎ちゃんの姿もなかった。これがどういう意味か分かるかしら?」

「…………オレとしては、アンタの占いが外れただけと思いたいがな」

「どうかしら、私は占いを外したことはないの。どれほど精度を落としても、細部に変化はあっても大まかな流れに歪みなど生まれたことはなかった。因果は歪み、運命が変わっている。これは流石に、見過ごせないわね」

 

 

 これまでとは打って変わって、エウリュアレーの表情は硬くなり、言葉は冷たさを帯びる。

 伝説の魔女、世界を掻きまわして混乱と同時に何らかの益を齎すトリックスターの性質は鳴りを潜め、世界の全てを見通し、見定めてきた超越者としての側面が顔を出している。

 この世界は彼女にとって壮大で貴重な遊び場だ。其処に何らかの異変を感じ取れば、守護に回っても不思議はない。まだ見ぬ未知を、まだ見ぬ楽しみを守るためならば、彼女はあらゆう手段を実行するだろう。 

 

 部屋の重力が数十倍にも増大したかのような威圧感。

 自斎もきららも、今の今まで殺意に満ちていた凜花ですらが呼吸を忘れるほどの重圧。

 今度は小太郎が冷や汗を流す番であったが、思考に鈍りもなければ淀みもない。

 

 

「何か、心当たりはあるかしら?」

「特には――――だが、そうだな。アンタの運命が変わったかもしれないが、詠んだのは自分のものだけ。オレの運命だけが当の昔に変わっていたのだとしたら?」

「運命とは、よく出来た織物よ。そう易々とは変わらないし、変えられない。全てが支配されていると言ってもいい。でも、そうね。一本の糸が変われば全体の図も変わる、か」

「心当たりとも言えない可能性は一つ思いつく。そんなことが出来るのか、とも思うが――――あの人だからなぁ」

 

 

 小太郎の脳裏に浮かぶのは、優しい笑みを浮かべる女性の姿があった。

 自身に死んだとして許しを与えず、徹底して過酷などという言葉ですらない試練を課した母だというのに、思い浮かぶのはその笑顔ばかりだ。

 

 小太郎が彼女を称するならば、“ドギツい事をやらせるが優しい母親”で済むが、他の者は全く違う。

 

 ふうま創立時の頃から長く見守り続けた八尾比丘尼に曰く“人間は時折、因果に全く関係なく理不尽を生み出すわ。理不尽な行為、理不尽な成果、理不尽な天才。あの娘はね、そんな人の生み出す理不尽全てを凝縮して生まれてきたような人の終わりよ”

 彼女から頼りにされて振り回されてきた二車 又佐に曰く“ただ其処に居るだけなのに、存在の重みで世界が歪んで悲鳴を上げるような存在。その気になれば、()()という行為だけで全ての命を皆殺しにして世界すらも終わらせられる怪物ですよ”

 幼少期より、彼女を見守り続けてきた心願寺 幻庵に曰く“人類が殴り合いという暴力に全ての決定権を委ねた上で世界の覇権を握り、絶えず闘争を繰り返してる世界の終焉に、ようやく生まれてくる終着点でしょうな”

 

 何時の時代も存在する『最強』の二文字。

 ただ、彼女ほどにその二文字を背負うに相応しい者は存在しなかったと関わった全てが口を揃える。

 何せ、こと()()において、人類が歩むべき道程全てを踏破してしまったと言っても過言ではなく、その過程を終わらせてしまったのだ。

 

 

「そう。出来れば、出会ってみたかったけど」

「やめといた方がいい。アンタと同じでぶっ飛んでる。出会えばまずは悲鳴を上げて泣きを見るだろうよ」

「何それ。素敵じゃないの!」

「……前言撤回するよ。気が合いそうだ。オレが巻き込まれるだろうから勘弁してくれ」

 

 

 決して多くは語らなかったが納得はしたのか、エウリュアレーは朗らかな笑みを浮かべていた。小太郎も同様である。

 彼が口にしたのは最早この世を去った母の面影だけ。それでも、どれほどの愛情が其処にあったのかを垣間見るには十分過ぎた。

 

 何時の世も、親となった者は強い。

 誰もが子を儲けるだけで、授かっただけで、産んだだけで、親にはなれない。

 多くの試練が其処にあり、これを超える事で親になっていく。そうしてようやく手に入れた無償の愛は、何物にも代えがたい価値がある。

 決して金で買えず、決して暴力では手に入れられず、決して魔術でも手が届かず――――だからこそ運命を変えるほどの重みを有す。

 エウリュアレーはそうした事柄も見守ってきた。それ故に、出会えなかった彼女に最上の敬意として、変わってしまった運命を受け入れたのだ。

 

 

「それからこれは色々と迷惑をかけた補填だけど、貴方の右目について」

「右目って……隊長の目は確か……」

「…………」

 

 

 再び真剣味を帯びたエウリュアレーの視線に、小太郎もまた気を引き締める。

 トリックスターは混乱を招く悪役、或いは物語を回す狂言回し的な役割ばかりに目を引かれがちだが、決してそれだけではない。ギリシャ神話のプロメテウスが火を盗んで人々に与えたように、人類や世界の文化に何らかの利益を寄与した文化英雄としての側面もある。

 既存概念や社会制度に混乱を齎す一方で、文化を大きく発展する利益を同時に齎す存在。つまり、エウリュアレーの発言もまた、彼等にとって価値のある言葉なのだ。

 

 しかし、飛び出てきたのは彼の右目に関して。

 助言の類にしても不可思議だ。自斎が困惑するのも無理はない。

 ふうまの当主は伝来の忍法すら使えない目抜け。人と関わりを持とうとしてこなかった彼女ですら耳にしたことのある悪意ある噂話。

 使えない目の話などして、一体何になると言うのか。

 

 

「不思議に思ったことはない? 彼が本当に邪眼の類を使えないというのなら、何故生まれて一度も瞼が開かなかったのか」

「それは……確かに、変、かも? 瞼が開かない病気、とか? そういうのあるの?」

「眼瞼下垂は瞼が開かなくなる。調べてもらったことはあるが、オレの顔の筋肉も神経も異常無し。桐生ちゃんですら、何で開かないのか分からんと匙を投げたな」

「ちょっと、小太郎……貴方、気付いてたの?」

「そりゃね、自分の身体のことだ。気になれば調べるだろ。ま、最終的には“理由不明(分からない)”に辿り着く訳だが」

 

 

 可能性として、考慮はしていた。

 

 そもそも何の異常も見られないのであれば、片目だけ瞼が開かないなどおかしな話。

 外的な要因か内的な要因なのか。少なくとも封印という外的な要因では有り得ない。

 生まれてすぐに目抜けとされ、母と共に離れで暮らしていた以上、最強の目を掻い潜って封印を施すなど不可能な話。また小太郎すら知らぬ母の思惑という可能性もあったが、彼女はそんなまどろっこしい真似はしない。右目が我が子にとって危険と判断すれば、即座に抉り出すくらいの単純明快な方法を好むし、その方法しか知らない。

 

 だとするならば、内的な要因しか残らない。

 小太郎が自らの忍法を無意識の内に理解し、瞼を閉じたままの状態を維持しているとするのなら不思議はない。

 そうした事例は過去にも存在している。大半が周囲のみならず、自分の命すら脅かす危険な忍法であり、無自覚のまま“安全弁”を設けている場合が殆ど。

 

 

「分かってたのなら、どうして使おうとしないのよ」

「別に。固有の忍法なんて、ないならないで何とかなるからな。大体、生まれ持った力なんてガチャみたいなもんだろ。そんな運要素を頼りにするくらいなら、確実に身について一定の効果を期待できる技能(スキル)の方が有用で優秀だ」

「小太郎らしいわね」

「それに、そういう安全弁は命の危険に瀕すると勝手に壊れるもんなんだが、オレの場合はどーにもなぁ。精神崩壊するレベルの高ストレスを与えられても無反応だし、一定の条件を満たすと発動するタイプなのかねぇ」

「その上、私とは違ってしっかり調べてるのね。というか、命の危険とか精神崩壊とかさらっと言わないで欲しいのだけど」

「別にいーじゃん、誰に迷惑掛けるでもなし。何にせよ手段の一つとしては持っていて損はなかったから調べただけだ。結果は何をやってもなしのつぶて。ま、忍法も技能も武器も人も、オレにとっては優劣こそあっても常に同列の手段という結論は変わんねぇよ。どうでもいい」

 

 

 さらりと聞いただけでも気が遠くなるような科白を吐く。

 どれだけ軽く語ろうとも、彼は間違いなくやった。事実、今回の任務において何度となく死にかけたにも拘らず精神的に一切の動揺はなかった。彼にとって死は恐怖に値するが、揺らぐに値せず、また見慣れたものだったのだろう。

 

 肉体的にも精神的にも己を責め抜き、辿り着いたのは如何なる理由か定かではないが使えない忍法という結論のみ。 

 其処に嘆きも憤りもない。忍法が使えない故に焦り、追い詰められ、腐っている者とは根本が異なるからだ。

 彼が行ったのは己を侮る周囲を見返すための克己心による奮起ではなく、何時かは忍法を手にして対魔忍として大成するという虚栄心を満たすための努力ではなく、単なる確認作業に過ぎない。使えないという事実が分かっただけで十分だった。

 

 

「ふむ、成程。戦いの前に、“魔の因果”に囚われやすいといったわね。それは貴方の身に宿っていた力が原因――――と思っていたんだけど……」

「この右目のせいだってのか? …………ハッ! なら右目をポイすればオレは苦労から解放される……?」

「小太郎? 気軽に言う事じゃないわよ?」

「冗談じゃねぇや! 使えねぇ右目捨ててこんな苦労ばっかりの人生から抜け出せるなら喜んで捨てるわ!」

「それはどうかと思うわ」

「自分の身体、大事にしなさいよ」

「はーん? ちょっと君達? オレにそう思わせる要因の一つなんですけど???」

「「「うっ……」」」

「うーん、やっぱり何度視ても違うわ。あと、貴方が苦労するのは因果とは無関係な定めのようなものだから。うふふふ、諦めて?」

「クソッ! だと思ったよ!」

 

 

 黒布で覆われた瞳で何を見たのか。

 まるで襲い掛かる苦労に七転八倒する小太郎を見ていて楽しくて仕方がない、と言わんばかりにエウリュアレーは笑う。 

 

 結局、自身の右目についても分からず仕舞い。“魔の因果”とやらはそう簡単に変わるようなものではなく、何某かに原因がある訳ではないようだ。

 得たものと言えば、エウリュアレーがほぼ物見遊山で東京キングダムを訪れた事実のみ。それでも部隊に与えられた任務内容を考えれば、十分すぎる成果。これ以上は高望みと納得する。

 

 

「それでアンタの処遇に関してだが」

「敗者だもの、勝者には諾々と従いましょう。最も、投獄するつもりなら脱獄するわよ?」

「全然、従ってないじゃないのよ!」

「従ってるじゃない、投獄されるまでは。其処から先は関係ないでしょ。敗者が這い上がろうとするのまで否定しないで欲しいわねぇ~」

「言うと思ったよ。現状、アンタを閉じ込めておける檻がない以上、無駄だから連行も投獄もしないがな」

「やっぱり私、コイツ苦手、嫌い!」

 

 

 それの何処に問題が? と言わんばかりの堂々とした脱獄宣言に、きららはもう一度声を荒げる。

 根が素直で正直者、常に真正面からぶつかりにいく性格の彼女とは、終始ふざけきった態度しか見せないエウリュアレーは確かに相性が悪かろう。

 

 

「ところでね、坊や。ちょっと困ったことがあるの」

「嫌だ」

「そう言わず、話だけでも聞いて?」

「断る――――あっ、扉開かねぇ!!」

「実はね……」

(((勝手に喋りだした……)))

 

 

 小太郎はしおらしい態度と言葉に嫌な予感をヒシヒシと感じた故、断固とした姿勢で拒絶を示し、他の三人を置き去りにして応接間の扉に手を掛けるが当然のように開かない。

 エウリュアレーもまた小太郎のことなど無視して勝手気儘に語り出す。この二人、殊の外相性はいいのかもしれない。

 

 ともあれ、語り出したのは交わした契約の話であった。

 エウリュアレーはアミダハラで住むに辺り、古馴染みである知己――――ノイ・イーズレーンのところへ顔を出した。

 当時からノイはアミダハラの顔役であり、新参として挨拶とあわよくば住居を確保できるだろうという気軽さで向かったのだが、移住そのものを拒否されてしまう。

 ノイからしてみれば当然の対応だ。ただでさえ危ういパワーバランスで成り立っている秩序が一気に崩壊しかねない存在の上、何処に属して何処に力を貸すも己の楽しみのためだけに決めるなど、秩序側に立つ老婆にしてみれば厄介でしかない。

 

 互いの主張は噛み合わず、また相手の主張を退けることも叶わない。

 そんな状況に陥り、一触即発の空気になりかけたが、其処は互いの実力をよくよく理解した超越者達。無用な争いを避けるべく、一つの契約を交わすことで事なきを得た。 

 

 契約内容は簡単なものだった。

 アミダハラに住むにあたって自らの意思でどの勢力個人にも属さず与さず、また相手から助力を請われた場合には必ずノイに行動を意志と意図を伝える、というもの。

 これでは事実上、魔女としては廃業したも同然であり、常に監視されているようなものであったが、元々魔女としての自分などさして興味はなく、放蕩三昧するつもりしかなかったエウリュアレーはこれを快諾した。

 こうしてアミダハラの日常は守られたわけであるが、事もあろうに今回の一件、ノイに一言も告げずに来たらしい。流石は人生エンジョイ勢にして世界最高のパリピ、面白そうだけが生きる指針であってそれ以外は本気でどうでもいいようだ。

 

 

「このまま帰ったら、ノイとやり合う羽目になりかねないのよ。流石にアレとやり合うのはちょっとね。アミダハラ崩壊しかねないし。助けて???」

「ふっざけんなテメェェェェェエエエエエエ!!!! そんなんなったらコッチの予定、完全粉砕コースじゃねぇかッ!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!!」

「えっ、知らない……何それ……こわっ……」

 

 

 そう、ナディアへ歴史や領地経営、軍備の整え方を教える見返りとして、領地で採掘される特異な性質を有した鉱石や質の良い武器防具を受け取る予定。

 エウリュアレーの与り知らぬことではあるが、小太郎にとってアミダハラは重要な門であり補給路、ノイは契約こそ結んでいなかったが、その補給路を繋ぐ門番にして管理者と選定してあった。

 

 ほぼ完全に闇の領域である東京キングダム・ヨミハラに比べ、観光地としても知られるアミダハラはまだ表舞台に近く、安全な輸送ルートの確保は容易。

 ノイに代わるほどの腕を持っていて、なおかつ性質的に比較的善良で秩序だっている魔術師など他に居ない。

 もし仮に彼女の言葉が現実のものとなるのなら、全て御破算。今更、ナディアを放り出す訳にもいかず、此方ばかりが労力を割かねばならない現実が待っている。つまり、嫌でもエウリュアレーに手を貸さねばならない。

 

 

「何もそんな嫌がらなくてもいいじゃない。何なら坊やの家の一部屋を貸してくれるだけでも――――」

「「は?」」

(ふうまよりも、凜花先輩ときらら先輩の方が色めきだってる……)

「アンタみたいな愉快犯を懐に入れろと? ……言っている事が分からない……イカれてるのか? この状況で……」

「やだ、酷い。でも、残念でもなく当然ね。どうしましょうっ!」

「あの……こんな空間を作れるなら、そこで生活すればいいだけじゃ……」

「「それよっ!!」」

「え? 嫌よ。この空間じゃ、電気も引けないからテレビも見れないインターネットもできないじゃない! あと、このまま維持し続けたら死ぬわね、私。結構、危険な状態なんだから」

(遊んで暮らす事の方が、自分の命より優先されるのね、この人……)

 

 

 すっと静かに手を挙げて提案を口にする自斎。

 彼女としても今回の任務に当たって小太郎に恩を感じているし、あわよくば自らの忍法を制御するヒントを貰えるかもしれないという下心もあった。

 が、エウリュアレーに真顔で却下されてしまう。

 尤も、案を否定されても腹立たしくはなく、享楽だけが人生よ、と言わんばかりの態度に呆れすら通り越して関心すらしてしまう。現在の独立遊撃部隊の中ではまともで常識人、言っている事は間違っていないのに、自信の無さ故に押しにとことん弱いのが瑕であった。

 

 全てを諦めて縋るように見つめてくる自斎。歯を剥き出しにしてエウリュアレーを威嚇し始めた凜花ときらら。何処吹く風で状況を楽しんでいるエウリュアレー。

 その全てを小太郎は思考作業に没頭していた。エウリュアレーという爆弾を抱えずに、なおかつノイとの激突を防ぎつつも、最終的には自らの利となるであろう理想の配置。

 

 エウリュアレーが周囲に与える影響力を考慮に入れた上で、切るべき手札を決定した。

 

 

「一つ良い物件があるんだけど、どうする?」

「いいわね、聞かせて」

「「「ヒエッ」」」

 

 

 しかし、一つの提案をした小太郎と受け入れたエウリュアレーの表情は極めて凶悪に、そして邪悪に歪んでいるのだった。

 

 

 

 

 

新型機のペットネームはどれがいいですか? 感想の中から作者が独断と偏見で選びました。地獄へお届け(デリバリーヘル、略してデリヘル)は色々な意味で面白すぎるので出禁で

  • 白兎(いつも忙しそうなので)
  • 夜梟(機体の静粛性能から)
  • 影狼&蜃気楼(苦労と九郎で)
  • 飛梅(完全和製)
  • 蜂鳥(ホバリングとそれなりの速度から)

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