対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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むっ! 今回は蛇子! 行くべきか退くべきか! 悩む、悩むぞぉ!
イベントは元ふうま組が皆仲良しでほっこり。違和感なく紛れ込んでる鹿君ときららパイセンも可愛いね! 骸佐、お前もさっさと負けてギャグ堕ちしろやぁ!
そして、相変わらず訳分かんない魔界生物どもよ。魔界、愉快な修羅の国過ぎない?

というわけで今回もオリキャラ二人との交流。
この章はそんなんばっかじゃ。あと、若様の部下はオリキャラばっかだと言ったな。すまん、ありゃ嘘だった。
突如として舞い降りたインスピレーションで設定を一部変更しました(考えなし

では、どぞー!



やさしいせかい

 

 

 

 

 

 昼が過ぎ、時は逢魔が時。

 視線殺しによる自斎の神遁制御実験は恙なく終了した。

 眼鏡、というバイザーに比べれば固定も甘く、戦闘時には使えない代物でこそあったが、わざわざ学校生活において顔の半分を覆う必要のなくなり、精神的、日常的な意味合いでは大きな一歩となった。

 

 ――――のだが、それくらいで終わらせるほど、小太郎は無駄を許容もしなければ、万に一つを見逃す男でもない。

 

 彼が次に疑ったのは、視線殺しの持続時間。

 元々邪眼を封じておくために作成された忍の道具。経過(プロセス)こそ似ているが、神遁は根本が異なる以上、邪眼のように眼鏡を外すまで封じておけるとは限らない。

 それ故、自斎、紫、雅臣、日影の四名に日暮れまでの間、経過を観察するように言い渡し、本人は何処かへ消えていった。

 

 偶の休日と言えど、猜疑心も異常であれば、抱えた仕事の量も異常な男の事、家や部隊、雇った部下を放っておいて、自分だけ遊び惚ける事だけはまずない。

 その点に関して、付き合いの長い雅臣や日影は勿論の事、付き合いの短い自斎や紫も信頼している。

 

 死んだとしても許しを与えない訓練を己に課しているか、悪態と共に血反吐を吐いているか。

 二週間の安静生活で溜まった山の如き書類を片付けようとクソデカ溜め息を吐いているか。

 ナディアの教育と国の調整に向かって、余りの仕事量に絶望しているか。

 独立遊撃部隊や家の今後についてプランニングして、険し過ぎる道筋に頭を抱えているか。

 アサギにあらたな無茶振りをされているか、白目を向いているか。

 九郎に泣きつかれ、乾いた笑いを浮かべて引き受けているか。

 余所の家からイチャモンをつけられて、ブチ切れながら解決に奔走しているか。

 

 彼等彼女等でもこれだけ思いつく。嫌な信頼もあったものである。

 当人が聞けば、目を背けている現実を突き付けられて、まーた変な妖怪にジョブチェンジするだろう。

 

 それはそれとして、彼はもう一つ言い残したことがあった。

 持続時間を調べるだけならば、やる事は周囲に人がいない状態でただ待ち続けるのみ。任務上の待機や待伏でない以上、それだけでは限りある時間をただただ浪費していってしまう。そんな無駄を彼は許さない。

 

 よって彼が命じたのは基礎訓練。

 戦闘訓練では眼鏡が不意に外れる恐れがある以上リスクが高過ぎるが、単純に身体を鍛えるだけの訓練であればリスクが激減するメリットがある。

 基礎や地力を高めるだけでも十分な脅威。小太郎としても、下手な搦手や策を弄されるよりも、圧倒的な身体能力(フィジカル)によるゴリ押しが最も厄介と称している。ある種の信仰にも近い彼なりの結論だ。

 事実、今代の最強たる井河 アサギ、先代の最強たるふうま 潤共に、他とは隔絶した身体能力を有している。

 

 アサギは生まれ持った忍法の関係上、高い身体能力は必要不可欠。

 隼の術を半端な肉体で用いれば、過負荷に耐えられず内側から崩壊して死亡する。

 そも、同じ隼の術を使えたとしても、光と称される域に足を踏み入れるにはアサギや尚之助レベルの身体能力がなければ実現できない。

 

 潤に関しては、彼女の強さを支えるのは圧倒的な身体能力(フィジカル)であり、忍法について語られる事は少なく、そもそも知る者すら稀なほど。 

 ふうまの古強者である心願寺 幻庵、二車 又佐、八尾比丘尼が口を揃えて、世界全ての命をただ殴るという行為で死滅させられる、と称するほど基礎と地力を高めた暴力の化身。

 当人も、異能や忍法など生まれついての絶対的な強者である己には不要と語り、それらは弱者故に頼らざるを得ない特異性に過ぎず、自分以外の連中は好きに使えばいい、と嘯いていた。

 余りにも傲慢――――しかし、何よりも酷いのは、彼女の言に何一つ間違いはなく、単に事実を語っているに過ぎない事か。

 

 小太郎自身、それほど強さに興味関心のある性質ではないが、必要性は十分に理解している。

 対魔忍内部における、強さや忍法だけが評価の基準となっている現状に呆れて物も言えないが、強いに越したことはないのは事実。

 どのような任務であれ、敵に襲われる可能性もあれば、買った恨みを晴らそうとする輩に対応するためには必要不可欠な要素。

 問題なのは、強さに物を言わせた猪染みた行動や思考停止して罠に嵌る迂闊さであって、彼も強さという基準そのものを疎かにも軽視してもいない。

 

 そのための基礎訓練であったのだが―――― 

 

 

「…………ヒューーーーーーーーーー」

「……ぜひ……ぜひ……ぜひ……ぜひ」

「…………傍から見ると惨いもんだな」

 

 

 その日、自斎と紫は思い出した。訓練の厳しさを。

 そして、二人は思い知った。自身がどれほど甘やかされて育ってきたか。自身が自分自身に対してどれほど甘かったのかを。

 

 自斎は原生林の草原に仰向けで倒れ伏し、朱に染まる空を眺めている。

 か細い呼吸はまるで潰れかけの虫のような心許なさ。昼までは綺麗だった対魔忍装束も、今や泥と吐瀉物で汚れてしまっていた。

 余りの疲労に泣き出すことも逆に笑ってしまう余裕は一切なく、ただただ光のない瞳を虚空に向けるばかり。

 

 紫は更に悲惨だった。普段の彼女では考えられぬ話だが、草原にへたりこんで項垂れている。

 呼吸器の病にでも患ってしまったかのような有り様だ。掠れた呼吸は今にでも止まってしまいそう。

 対魔忍装束は破れてこそいなかったが、泥と吐瀉のみならず血で汚れ切っている。

 

 あんまりにもあんまりな二人の格好と有り様に、日影は見てやるべきではないと目を逸らして、盛大に溜め息をついた。もしかしたら、かつての自分と姿を重ねているのかもしれない。

 

 一体、二人に何があったと言うのか。

 何をどうすれば、単なる基礎訓練で此処までの惨状を引き起こせるのか。

 

 やったことは単なる持久走。

 何の変哲もなければ、重りを身体につける訳でもない。それこそ一般人にでも簡単にできる訓練そのもの。

 それでもなお、二人にかかる苦痛と負担は半端なものではなかった。

 

 何せ、全力疾走を日が暮れるまでだ。もう一度言う、掛け値なしの全力疾走である。

 どれだけ身体を鍛えようが、どれだけ身体能力が高かろうが、出力や結果に差が生まれようとも全力であればどのような人間であれ、否応なく肉体への負荷が生まれる。

 負荷によって生まれた筋肉の損傷は、修復することで強く太くなる。本来の機能を越えた量の酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出すことで心肺は強化され、持久力に繋がる。

 

 まるで陸上競技の短距離走選手が見せる、僅か十秒で全ての体力と培ってきた経験、鍛錬全てを燃やし尽くすが如き疾走。

 それを数時間もの間、延々と続けていたのだ。完全に正気の沙汰ではない。そもそも、そんなことを続けられるように人間の身体は出来ていない。

 本来は不可能な所業を続けられた要因――――それは、日影がこの場に居たことだ。

 

 

『マカミ、ホロケウ、行け。出来るだけ加減はしてやれ』

『二人とも、走れーーーーーーーー! 引き摺り回されて紅葉卸しになっちゃうぅーーーーーー!!』

『『えっ?』』

 

 

 自身が体験してきた地獄を想起してか、日影は苦い表情で渋々二頭の狼を呼び出すと、首に縄を取り付け、逆の端を自斎と紫の手首にしっかりと縛り付ける。

 主人に命じられた黒白一対の狼は分かっているのかいないのか、舌を出しながら尻尾を振ってわふっと鳴くばかり。 

 

 雅臣も恐らくは似たような目に合わされたのだろう。

 実体験を交えた言葉と真っ青になった顔で全力の叫びを上げる。それが号令となった。

 

 

『ちょ、ひ、日影先輩、まっ!!!???』

『お、おい! 流石に、これは――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』

 

 

 白いマカミと黒いホロケウは、同時に地を蹴った。

 二人の肩が抜けるのではないかというほどの瞬発力に、二人は悲鳴すら置き去りにして走り出さざるを得なかった。

 

 木々の隙間を縫うように進みながらも、全く減速しない二頭の獣を嫌でも追いかける羽目になる。

 人の手が殆ど入っていない原生林は、運動場や陸上トラックのような平坦さはまるでない。鋭利な刃のような伸びた枝、生きた生命力で荒縄のような頑丈さの蔦、無造作に転がっている石であっても十分すぎる凶器。

 引っ掛かっただけでも肌が裂け、肉が抉られる。転びでもしようものなら打撲と擦過で重傷は確定。

 その上、逐一迫りくる危険や狼の軌道を先読みせねばならず、思考も絶やせない。文字通り、命を賭けた全力疾走であった。

 

 速度という点で劣っていた紫は半ばで脱落。以後は、原生林を引き摺り回されて、雅臣の忠告虚しく全身紅葉卸しなってしまった。

 丈夫な対魔忍装束でなければ今頃素っ裸。持久走が終わった頃には、皮膚と言う皮膚がズル剥けのずた袋といった有り様で、彼女でなければ死んでいる。

 横で眺めている事しかできなかった自斎は肉体だけでなく心に大きな傷を負う始末である。

 

 

「だから言ったろ。其処から先は地獄だってな」

「……む、無茶苦茶、だ」

「じ、地獄……本当に地獄……!」

(………………地獄の一丁目どころか、まだ入り口に入ってもないんだが、黙っておこう)

 

 

 疲労は相当なものであろうに、紫は何とか呼吸を整えて初め、自斎は瞳から失われていた光が戻り始めている。

 並みの対魔忍であれば、言葉を話すことすら儘ならないであろうに、大した体力と回復力であった。

 

 かつての同じ目に合わされた己や雅臣も初日を終えた時に此処までの元気はなかった、と日影は思わず感心していた。

 感心から緩んだ心のせいで喉元までせり上がってきた言葉を飲み込めたのは奇跡的。そして、二人にとって幸福であったのか、不幸であったのかは分からない。ただ一つ言えるのは、小太郎の部下となった初日から心を完膚なきまでに圧し折られる事だけ。

 

 そして、日影の感心はやや見当外れである。

 彼等の初日はもっと悲惨だった。それもその筈、日影の式神が主に対してそのような真似をしようもない。よって、引き摺り回した人物は別に居る。

 そう、ふうま宗家が誇る世界最高――――否、史上最高のスーパーマルチドライバー、藤原 悟その人だ。

 

 悟の愛車に縄で繋がれ、無理矢理走り回される地獄絵図。

 直線での急加速に減速。凄まじいスキール音と共に車体を振り回す超高速四輪ドリフト。

 日影も雅臣も全身紅葉卸しにされた。血をぶちまけるどころか、肉が削れすぎて骨が見え、内臓まで零れる有様だった。

 

 なお、小太郎も同様の訓練を熟している。なお、引き摺り回したのは母親であるふうま 潤。こちらは更に悲惨かつ無残なものだった。

 目的に向かって突き進む潤は全身是威力。打撃技奥方様と表現する他なく、彼女の進行方向にある物体は例外なく崩壊の憂き目にあった。

 小太郎の肉体も同様であった。衝撃に全身の骨は砕け、内臓は破裂。手足は千切れ飛び、地面に引き摺られて脳漿までぶちまける惨事であったそうな。

 

 歴史は繰り返す。

 親に虐待された子は、また自らの子にも同じような虐待を行ってしまう、とはよく言うが、彼等の行動は根本が異なる。

 常識外れでメチャクチャな訓練によって得られる常識外れでメチャクチャな結果を自ら体験して、否が応にも効果を認めざるを得なかったからであった。

 

 

「お、お前達も、こんな訓練を……?」

「ああ、やった。やらされた。効果は十分あったがな」

「よく、続け、られました、ね……」

「別に、好きでやった訳じゃない。オレと姉貴――――オレ達姉弟は、若に人生を買われてるからな」

 

 

 無茶苦茶な運動によって疲労感よりも、全身が煮え滾るような熱さと筋肉と関節から伝わってくる鈍い痛みで酷く苦しい。

 動くために大量の酸素を取り込み、大量の二酸化炭素を吐き出す呼吸を繰り返し、酷使した心肺は数百もの針で刺し貫かれているかのよう。

 少しでも疲労と苦痛を紛らわせようとした二人は地面に身体を投げ出して、まともに回らない思考で日影に問いかけた。

 

 瞬間、同時に二人は自らの失敗を悟った。

 日影のただで不機嫌そうな無表情が掻き消え、露骨に渋く歪んでいた。

 

 誰であれ、触れられたくない部分を持つ。

 しかも、日影が語ったのは対魔忍らしからぬ人身売買を示唆するような不穏さがあった。

 それが事実であるのなら、井河一門からふうま一門へと鞍替えした理由を紫に問われ、不機嫌になった説明にもなる。

 

 

「ど、どういうことだっ……アサギ様は知っているのか……?」

「ああ、知ってるよ。言い方が悪かった。正確には、オレ達を助けてくれたんだよ、金でな」

「…………?」

 

 

 聞き捨てのならない科白に、紫は身体を――――起こそうとしたのだが出来ず、仰向けからうつ伏せに身体を反転させ、上体を支えることしか出来ない。

 普段の彼女であれば声を荒げる場面であるが、体力が回復しきっておらず、声量も控えで掠れていた。

 自斎もまた驚きはあったようだが、日影の語る言葉に疑問を浮かべることしか出来ない様子。

 

 井川家に借金があり、それを小太郎が肩代わりした――――という話ではない。

 

 単純に何があったのかだけを語れば、日影とその姉は父親に売られたのだった。

 彼の父親は影縛りと呼ばれる影遁の基礎の基礎とも言える術を使えるだけのクズだった。対魔忍も大概だが、それにしたところで度を越しており、性質としては闇の住人達に近かった。

 唯一違っていたのは自らの本性と弱さを自覚して、偽りの仮面を被って周囲を欺き、迎合していたこと。

 

 影遁使いであることを利用し、数代は影遁使いを輩出していない井川家当主に近づき、病弱な一人娘――日影の母親である――を娶って二子を設けた。

 長く続く家系が婿を取り入れることは決して珍しいことではない。当主は落ち目の家系に相応しい妄念と嘗ての栄光に憑りつかれており、新たな影遁使いの誕生を待ち望んでいた以上、当然だったかもしれない。

 

 ただ、唯一見誤ったのが、仮面の下に隠した本性だ。

 彼は娶った妻を愛してなどおらず、対魔忍など嫌悪の対象に過ぎなかった。

 何が正義か、何が誇りか。そんなものでどうやって暮らす、どうやって飯を食う。そもそも他人がどうなろうと知ったことではない。自分さえ良ければ、それでいいだろう、と。

 

 彼は生まれた二子が自分よりも遥かに優れた影遁使いとしての才能を持って生まれたことを確認すると、当主へと報告。

 これに当主は心から喜んだ。これでようやく、長年の苦労と忍従の時は報われる。いや、それだけではない。井河一門にとって影遁は相伝の忍法。巧く立ち回れば、一門を牽引する立場も夢ではない、と。

 

 それから暫く経ち、病弱だった一人娘が眠るように息を引き取ると長らく考えていた計画を実行した。

 

 周囲には突然に。彼にとっては当然に。

 五車から忽然と姿を消した。まだ物心がついたばかりの日影とその姉を連れて。

 その事実に井河一門は揺れた。当時はまだまだ長老衆の権限が強く、さくらに次いで生まれた影遁使いの才気はアサギから引き継がれる当主の座に付かせれば、神輿や傀儡として極めて扱い易いと踏んでいたのだ、当然だろう。

 即座に抜け忍の粛清部隊が動かされたが、下手人である彼はさっさと我が子を売り払って海外へと逃亡していた。現在に至っても、行方は杳として分かっていない。

 井川家当主は全く理解していなかった男の本性と現実の前に心を砕かれて廃人と化し、長老衆は逃走経路も分からない男を躍起になって闇雲に追うばかり。

 

 これに危機感を示したのは、まだ対魔忍の総隊長として就任したばかりのアサギだった。

 優秀な影遁使いの卵が闇の住人の手に渡る。ただでさえ国内での立場も危うく、戦力的にも苦しい立場である対魔忍として、何としても避けたい事態である。

 だが、本音は子供が悲惨な現実に蹂躙される未来を見たくなかっただけ。己の立場としての判断ではなく、己の個人的な情による判断だ。

 

 其処で白羽の矢が立ったのが、ふうまの内乱でいち早く寝返ってアサギの庇護下に入った小太郎、当時近代戦に特化した部隊として編成が構想され、九郎直々に自衛軍から引き抜いた古馴染みにして戦友である九郎隊の面々であった。

 

 アサギの人選は正しかった。

 災禍と天音は重傷を負って部下のいない小太郎にとって、九郎隊は扱い易い戦力であった。

 九郎隊の面々にとって、幼いながらも闇の世界に精通し、相手の思考をトレースして追跡する小太郎は優秀なブレーンとなった。

 

 結果、彼等が辿り着いたのは一人の奴隷商人とオークション会場。

 闇にどっぷりと浸かった金持ちやギャングが買い手となり、人と魔族を問わない希少価値の高い容姿や能力が売りに出される下衆と悪趣味の極みのような場所だった。

 警備の厳しさから強行突破を断念。九郎隊の幾人かが買い手として潜入し、小太郎が何処からか用意した資金を元手に日影とその姉を競り落とし、無事に五車へと連れ帰ったのである。

 

 

「其処で若が払った金が姉貴と合わせて二十億」

「にっ……!」

「そんな金額、何処から……」

「知らないし、どうでもいい。ふうまから持ち出したものを売り払ったのか、何処かの誰かから借りたのか。どっちにしたって、オレが払わなきゃならない金である事に変わりはないからな」

 

 

 その後、アサギの決定によって二人は小太郎と共に生活することとなる。

 彼女としては救出の一件で小太郎が支払った金の補填として、災禍も天音もおらず一人きりであった小太郎の、そして父も母も失った日影達を慮っての事であった。

 また影遁に関しては井河一門内部でしか知られておらず、一門の面々も直接確認はしていない。アサギの庇護下にある者には軽々に手出しは出来ず、小太郎も黙っていいようにやられる訳もない。既にアサギから信頼を獲得していた小太郎に任せるのは予期出来た流れだ。

 

 こうして井川 日影と姉は、井河一門からふうま一門へと鞍替えするに至る。

 相伝の忍法を扱える、と正確に認識されておらず、アサギの庇護下にあるため長老衆派も暗躍できず、訓練以外では平穏な毎日を送ることが出来た

 

 

「初めは、色々とあったがな。今でもまあ、あの人はろくでなしと思っちゃいるが、恩は恩だ。少なくとも払い終えるまでは手を切るつもりはない」

「払い切る当てはあるんですか……?」

「若の下で働いていれば、対魔忍としての給与とは別に金を貰える。災禍さんや天音さん、藤原さん達も同じだ。10年も生き延びられれば目はあるな」

「一々受け取ってから返しているのか。随分と手間を掛けるな」

「そういう金銭の管理能力やら仕事に対する責任やらを持たせたいんだろ。やること成すこと、何某かの目的や理由がある人だ」

 

 

 日影は小太郎に対して何を思うのか。

 好意だけではない、嫌悪や呆れをない交ぜにした複雑な表情をしたまま、寝そべったマカミに背中を預けて座り込む。

 もう一匹のホロケウは、寝そべったままの自斎と紫の顔を心配そうに覗き込んでいた。

 

 少なくとも感謝だけではないだろう。

 普段の当たりの強さを見れば、天音のように盲目的に従っているわけではない。

 思うところは多々あるが、日影自身の義理堅さで付き従っているだけ。感謝はある、忠義もある。だが、言うべきことは言うし、止めるべき場面は命を賭けても止めさせる。

 金の話だけではない。小太郎の下で対魔忍として戦うと決めた彼なりの覚悟と信念であった。

 

 そうした己のブレーキとしての役割も、小太郎が日影を手元に置いておく理由である。

 多様な手段は言うに及ばず、多様な意見や性格もまた人の強み。自らに黙々と従うだけのワンマン集団では、己がいなくなった時に何も出来なくなる。

 それでは今の対魔忍と変わりはない。それでは困る。彼が目指すのは、それぞれの能力や技能を最大限生かして同じ目的に直走る群れ。頭が潰れたとしても、手足は動く一つの軍。それこそが、集団としての一つの理想であると考えていた。

 己自身も集団の歯車の一つに過ぎないという実に彼らしい結論だった。

 

 

「それじゃあ、お姉さんの方も……」

「バカ姉貴の話はするな」

「……お、おう」

 

 

 自斎は今の話にはなかった部分に踏み込もうとしたのだが、日影の地雷を踏み抜いた。

 

 姉が日影と同じ影遁使いとして小太郎の下にいるのなら、この場に来てもいても不思議ではない。忌神を抑えるにはうってつけであったはず。

 だが、姿は影も形もない。その疑問を率直に言葉にしたのだが、人には触れて欲しくない話題というものはどうしようもなく存在する。

 一つ弁明するのなら、自斎はこれまで人付き合いを断ってきた以上、人を慮る事は出来ても、心の機微まで察するなど無理な話。そもそも、自斎が口を開いていなくとも、紫が同じ疑問を口にしていたに違いない。

 

 ただ、唯一救いがあるというのなら、日影が珍しく発露させた感情が前向きな怒りであった事か。

 後ろ暗さや陰鬱さは微塵もない。湿度の全くない純然たる嚇怒は姉の生存を物語っており、姉を害した何者かに向けられた向けたものではなく、姉自身に向けたものであるようだ。

 まるでとんでもない馬鹿をやらかした身内に向ける怒り。ただ、冷静な日影が青筋を浮かべるほどの余程な馬鹿な事をやったのは間違いない。

 

 

「あ、あー…………そ、そう言えば、龍造寺先輩はどういう経緯で対魔忍に?」

「…………余り聞いていて楽しい話じゃないし、オレが言って良い事でもないが、説明しといてやる。お前等も、アイツの古傷(地雷)を踏み抜くのは嫌だろうからな」

 

 

 日影の怒りに圧されていた紫は、唐突かつ露骨な話題転換に出た。

 怒りを発露されたままではゆっくり休めるものも休めなくなる。加えて、尊敬に値する先達と認めた雅臣がどのような人生を歩み、闇の世界に踏み入れたのか興味があった。

 

 自分の過去を語った時点で二人が雅臣の過去にも興味を持つだろうことは予測していたのか、日影は怒りを一瞬で霧散させた。

 その前置きは、雅臣の過去が己の過去よりも遥かに重く陰惨なものであると語っているようなものであったが、彼は止めるつもりはないのか、二人の覚悟が決まるよりもはやく語り出す。

 

 

「……死霊騎士(レヴァナント)は知っているか?」

「レヴァ……? 何だ、それは?」

「そうか。そっちの世界じゃ、まだ本格的に活動してないのか」

「えっと、確か…………エドウィン・ブラックと敵対してる種族の騎士、だとか」

「そうだ。こっちでも確認されたのは此処数年。魔族の多くが人間よりも頑丈で、生命力も桁外れだが、死霊騎士は文字通りに不死身の怪物だ。種族と呼ばれちゃいるが、性質としては意思を持った動く死体(リビングデッド)に近い」

 

 

 魔界には屍の王(レイスロード)と呼ばれる存在を頂点とするレイスと呼ばれる種族が存在する。

 その中でも強大な力を持ち、屍の王に直接謁見し、奉仕する権利を持つ者を死霊騎士と呼ぶ。

 その力は吸血鬼を下等種族と呼ぶほどであり、肉体の全てを消し飛ばされたとしても魂を基点として再生する、紫の不死覚醒すらも凌駕する不死性を誇る。

 何よりも厄介な性質として、死霊騎士の生み出す瘴気はただの死体を動く死体へと変化させる。死霊騎士が行動を起こせば起こすほど、戦えば戦うほど、被害の数と範囲が鼠算式に広がっていくのである。

 

 

「アイツはな、死霊騎士(そいつ)に全部を奪われた」

 

 

 龍造寺 雅臣は明るいながらも平凡な少年だった。

 学校の成績は体育を除いて全て3。類稀な身体能力と運動神経を持って生まれてこそいたが、スポーツへの興味の無さから打ち込むような真似はしなかった。

 家族構成は父母妹祖父母の六人家族。生来の明るさから友人も多く、千人規模の小さな町で生まれ育った。

 色々とやんちゃをしてはいたが、家族も周囲の大人達も笑って許すようなものばかりで、犯罪や世界の裏で蠢ていている闇とは無縁に、そこそこ真面目に生きいた。

 稀有な才能を生かそうとしない彼に周囲はやきもきしたりもしたが、真面目さと優しさに自らの意思で決定的な間違いだけは犯さないだろうと微笑んだ。

 

 だが、残酷とは唐突に、そして人を選ばず不平等で理不尽に訪れる。

 

 

「家族も友人も知り合いも。アイツの名前を知ってるだけだった奴も、顔を知ってるだけだった奴も、何も知らなかった奴も、例外なく殺された。町一つがこの世から消えてなくなった」

「「………………」」

 

 

 ある日、雅臣は友人と共にそこそこ発展している隣街へと遊びへ行った。

 カラオケで歌って騒ぎ、ファミレスで食事をして、映画館で見たかった一本を見て、ゲームセンターで景品を漁り、友人の欲しかったものを一緒に買いに行く何の変哲もない日常。

 

 ただ、自分の町へと帰ってきた時に感じた静けさにだけは違和感を覚えていた。

 そう大きくはない町で活気に溢れているわけでもない。若者には退屈な町だろうが、やんちゃ好きな雅臣は存外に町を愛していた。

 道を歩けば親子が笑いながら手を繋いで歩き、子供や老人が微笑みながら挨拶を交わす。発展して人との関係が希薄になってきた現代社会では珍しい、昔ながらの人の温かみと穏やかさがあったから。

 

 虫の知らせ、嫌な予感。

 呼び方は様々あるが、町へと帰ってきた彼が真っ先に感じ取ったのはそういった類のもの。

 気が付けば、友人達を置き去りにして生まれて一度も本気を出した事のなかった彼は全身全霊で生まれた町を駆けていた。

 

 自分を呼ぶ友人の声すら一瞬で遥か後方に置き去りにして、周囲が溶けて見えるような速度でひたすら前を進む。

 家への道を進めば進む度に絶望は募る。道の端には見た事のある誰かが転がっている。最短距離を突っ切ろうと乗り越えた塀のある家の中では親子が仲良く眠っている。馴染みのコンビニの自動ドアにはナニカが挟まっている。どれもこれもが、夕焼け以外の赤に染められて。

 

 恐怖はなかった。あるのは魂を抉り抜く焦燥感と根拠のない希望だけ。

 家に帰ればきっと家族が優しく出迎えてくれる。父さんは仕事から帰っている時間だし、婆ちゃんと母さんは夕飯の支度をしている。最近生意気になってきた妹だって部活から帰ってテレビを見ているだろうし、爺ちゃんはそんな妹を猫かわいがりしてデレデレと笑っているに違いない。

 家に帰って、皆に目で見てきた事実を伝えて逃げる。きっと出来る。()()の動きは鈍い。父さんの車があれば、問題なく逃げられる。

 

 

『何だ、小僧…………ああ、そうか。家族、という奴か。下等種族の共通幻想だな。実に下らん』

 

 

 そんな淡い希望を抱いて、家へと帰った雅臣を迎えたのは、見た事もない死人同然の肌をした男だった。

 見た事もない騎士甲冑。見た事もない虫の形をした何か。見た事もない異形の笑み。

 

 ただ、雅臣の頭には何一つ入ってこなかった。

 彼にとって重要だったのは、男が後に知る事となる死霊騎士と呼ばれる化け物ではなく、奴の足元に転がっていた見知ったもの。

 今し方、いない筈の自分に向けて救いを求めるように手を伸ばして涙を流しながら事切れていた妹。そして、それを貪り喰らっている家族だったもの。

 

 

『貴様も偉大な屍の王の駒となれ。後ろの連中のようにな』

 

 

 言われるがまま後ろを振り返れば、玄関のドアから許可もなく上がり込んでくる動く死体。

 その顔は、置き去りにしてきた筈の友人と全く同じものだった。

 

 全て間違いだった。

 友人を置き去りにして家族を優先すべきではなかった。冷静に判断していれば、せめて友人だけは救えただろうに。

 休日だからと遊びには行かず、偶には家でゆっくり家族で過ごせばよかった。そうであれば、誰か一人でも守ってやれたかもしれない。

 町にいるだけでもよかった。いち早く異変に気付いて、何か出来ることはあったかもしれない。

 

 何よりも目の前で起きている現実こそが、最大の間違いだった。

 

 

『ぶっ殺してやる』

 

 

 瞬間、彼の口から出たのは絶望の呻きではなく、腹の底から出た本音。

 煮え滾る怒りに反して、何処までも冷徹な響きを有した純然な殺意。

 

 其処から先の事は、雅臣自身よく覚えていない。

 ただ必死になって、目の前の何かが動かなくなるまで殴り続けたことしか記憶にない。

 

 踏み躙られた幸福と尊厳は二度とは取り戻せないものだった。

 心は完全に砕け散り、人格に変容を来してしまうほどの衝撃であったのは想像に難くない。

 

 だが、なおも雅臣は湧き出る感情に任せて戦う事を選択した。

 怒りという原初の本能。絶望に沈む者にとって最大の原動力となる感情。

 それだけではない。これ以上は誰も殺させないという愚かなまでに純粋な他者を慮る気持ち。獣では決して手に入れれない、知的種族の魂そのもの。

 

 その魂の咆哮が、類稀な才能を持つ少年の奥底で眠っていた、更なる才能を呼び覚ました。

 

 

ふうま(オレ達)も死霊騎士と多少因縁があってな。色々と調べて回ってたんだが、こっちに来てからいきなり動いたようで発覚が遅れに遅れた」

「で、でも、どうして死霊騎士はその町を……?」

「特に理由なんてなかったんだろ。そういう連中だ、人の命に価値なんて見出しちゃいないからな。ブラックを討つために手駒を用意したかっただけだろうな」

「なんと……」

「その後で、町からの連絡やらSNSの発信が一切なくなったと若に連絡が入ってな。即座に動いたがもう手遅れだった。生存者はアイツだけ」

「……どう、やって」

「殺せないなら殺し続ければいい。群がってくる死体の頭を潰して眠らせてやって、俺達が到着するまでの間、元凶の頭を殴り潰し続けていた」

「「…………っ」」

 

 

 自斎も紫も息を呑む。

 それだけの真似が出来る雅臣の強さへの畏敬もさることながら、そうせざるを得なかったとは言え、かつて家族や友人、顔見知りだった者の頭を殴り潰した雅臣の気持ちを思えば当然の反応だ。

 どれほどの苦しみがあったのか。どれほどの悲しみがあったのか。想像すら出来ない。

 

 二人の様子を眺めて、当然だなと嘆息する。かつては自分もそうだったからだ。

 個人が背負うには重すぎる現実だ。小太郎よりも先に雅臣を発見しながら、対魔忍として生きると決めていただけの部外者でしかない己ですら声もかけられず、立ち尽くす他なかった。

 自分よりも他者を重んじる二人には、聞いただけでも重くのしかかってくるに違いない。

 

 気にするな、もう終わったことだと言うのは容易い。だが、それでどうなるか。現実が変わるわけでなく、気持ちが晴れるわけでもない。

 

 

「おーい! 買ってきたぞー!」

「タイミング良いんだか、悪いんだか……」

「ほいほいっと、八津と獅子神にはこれな。今日は固形のもの食べるのやめな? 疲れ過ぎて胃が受け付けねーから。んで、マカミとホロケウにはこれだー!」

 

 

 五車町の方角から突然やってきた雅臣に、ビクリと三人は肩を震わせた。

 今まで何の話をしていたのか知りようもない彼は、いつもの人懐っこい笑みを浮かべて手にした袋からゼリー飲料を取り出す。

 自身の実体験を交えた上でのチョイスであったが、自斎と紫はどんな反応を示していいか分からず、黙って受け取るばかりであった。

 

 そんな二人の反応に気付いておらず、雅臣は二頭の狼に見せつけるように犬用の菓子を取り出して見せつける。

 マカミもホロケウとも仲が良いのか、はたまた好物であったのか。見るや否や二頭同時に雅臣の前にお座りの体勢で尻尾をぶんぶんと振り出した。

 

 

「そんなもん、この町の何処に売ってるんだよ。ペットショップなんてないだろ」

「え? 稲毛屋」

「いや、ただの駄菓子屋にそんなものあるわけ――――いや、あの婆さんなら置いてるか。で、オレのは?」

「ほい、ブラックなー。てか、女の子の前だからって格好つけてそういうの飲むのやめな?」

「オレは好きで飲んでるだけだ」

 

 

 そーれとってこーい、と菓子を投げる雅臣と勝手に駆けていく式神達に再び溜め息を吐きながら、自分の頼んでいたものを催促する。

 分かっていながら下らない冗談を交えて缶コーヒーを投げ渡す姿は、悲惨などという言葉では言い表せない過去をまるで感じさせない。

 

 気安い冗談も軽口も、仲の良さを表す証。

 付き合いは数年であるが、随分と気安い仲になったものだ、と思わず笑みを浮かべた。

 

 

「てか、え? 何? 何なのこの空気? 井川、二人イジめた?」

「するか、そんなこと。人聞き悪いこと言いやがって」

「じゃあ…………あ、あー、もしかしてオレのこと話ちゃった?」

「ああ」

「やめろよな。二人がどう反応していいか分からなくて困ってんだろ」

「別にお前が話さなくてもいずれは知られる。なら、さっさと明かした方がいいと判断したまでだ」

「そうかもしんねーけどさぁー」

 

 

 素知らぬ顔で勝手に過去を語った事実を告げる日影を横目に、雅臣は話を聞いた二人を見た。

 自斎にせよ、紫にせよ。まるで辛酸を舐めたかのように顔を歪めている。雅臣の過去に対しての憤りと、それ以上に触れるべきではない過去に覚悟もなく触れてしまった己の愚かしさに憤っていた。

 

 彼の過去を聞いた者は大抵が、引き攣った笑みを浮かべるか押し黙るか。どう反応していいか分からないのだ。

 その点、二人の反応は好ましい。固まるでもなく素直に義憤を露わにし、自らの間違いを認める潔さ。

 どちらも雅臣にとっては救いであった。どのような感情であれ、己を思って露わにされた感情は、全てを失った者にとって何よりも嬉しい。まだ己には価値があると認められているようなものだから。

 

 

「ありがとな。オレのために怒ってくれて」

「…………」

「でもいいんだ。やった事も、終わった事も変えられないから」

「……し、しかし!」

「いいんだよ、本当に。復讐なんて気にもならないし、まだ悲しいけどさ。どうにもならない事を抱えていたって、それこそどうにもならなくなっちまう」

 

 

 全てが終わり、小太郎に保護された後に、雅臣は初めて死霊騎士について知った。

 その事実は、燃え上がるような怒りすらも宙ぶらりんになってしまう残酷なものだった。

 

 レイスなどという種族は本来存在しない。

 彼等は屍の王によって無理矢理甦らされた奉仕するための死体に過ぎず、魂こそ持つものの生命体でない。その在り方は自ら思考する人形に近い。

 被害者のまま加害者になった操り人形。それが雅臣の幸せ全てを奪った存在の正体であった。

 

 どうすればいいのか。

 空虚になった心は復讐すら求めていなかった。ただただ、悲しみだけが募るのに、涙すら流れない。

 呼吸の仕方すら思い出せずに苦しみ、虚脱感から指一本動かせない。そんな絶望の中で、再起を図れたのは小太郎の言葉のお陰だった。

 

 

『龍造寺 雅臣。お前はオレの家に来い。オレの下で戦って、そして死ね』

『………………』

『このままじゃ、何も知らないお前は他の連中に食い物にされる。その才能を下らない権力争いに使われるのは勿体なさすぎる』

 

 

 どうでもいい。考えたくない。どうかお願いだから放っておいて欲しい。それが偽らざる雅臣の本音だった。

 

 

『…………お前、才能についてどう思う?』

『……?』

『色々と理不尽なもんだ、才能って奴は。どれだけ努力しても才能のある奴には決して敵わない。その癖、才能のある奴も欲しかった才能じゃなかったりと神も何を考えて才能なんて贈り物をしてくれるやら。意味があるように思えないね、オレには』

『…………』

『だが、与えられた才能をどう使うのかは自分で決められる。お前はどうしたい?』

 

 

 面白げに、雅臣の境遇すら楽しんでいるかのような口調で小太郎は語る。

 彼の瞳に憐れみはまるでなかった。その人物の人となりを其処の其処まで見抜き射貫くかの如き、昆虫染みた機能の権化たる視線。

 

 薄気味悪さを感じるより早く、疑問が浮かんだ。

 家族も友人も知り合いも救えなかったにせよ、自分は死霊騎士になどという怪物と戦えたのか。

 彼の言葉を借りるのなら、意味なんてないのだろう。強くなりたいと願ったことなど一度もない。そもそも、強かったところで救えたかどうか。

 

 だった、この才能を自分は使いたいのか。思考すら拒絶していた雅臣の心にじわじわと(どく)のように彼の言葉は広がっていき――――

 

 

『なあ、オレが戦えばさ。オレみたいな人、少しでも減るのか?』

『減る――と言ってやりたいところだが、そんな無責任な事は言えないな。オレはお前を尊敬する。何も知らないまま、よく戦う事を選んだもんだ。だから、嘘は吐けないし吐かない。ただ、オレとお前の努力次第だとだけ言わせてもらうよ』

『……そっか』

『だが、一つだけ保証してやる』

『……なに?』

『苦労ばっかで実入りも少ない、やってられないことばっかだが――――世界もお前の人生もまだ終わりじゃない。オレと連るめよ、楽しいぜ?』

 

 

 絶望の淵に立つ者を救うには、相手に共感してはならない。

 苦しみを共有したとしても、真実の意味で人同士が分かり合えない以上、其処には必ず何らかの陥穽が潜み、やがて関係性は崩壊してしまう。

 

 ならばどうすればいいのか。

 簡単な話だ。変えられぬ過去の絶望に共に涙を流すのではない、努力次第でいくらでも変えられる未来の希望を語るべき。

 助けた側が泣いていては、助けられた側も泣き続ける他ない。だが、助けた者が笑っていれば、助けられた者も何時かは笑えるようになるのだ。

 

 

「オレはもう泣かない。だから、オレの前では笑っててくれ。きっと明日は、昨日や今日よりもいい日になるって信じられる」

 

 

 己が戦う事で、己のような人間を少しでも減らせるのなら。

 己の心を救い、笑顔にしてくれるもののためならば。

 

 誰かを殴る嫌な感触も、誰かに殴られる痛みにも耐えられる。

 希望は其処彼処にあり、目が曇らない限りは希望も決して消えはしない。

 

 

「龍造寺先輩……」

「おっ? 尊敬してくれた? ちょっと先輩っぽかった?」

「台無しだよ」

「何をぉ! 聞いてくれ、二人とも! 今は冷静だけど、昔はコイツも酷かったんだぜ?」

「お前、そんな昔からの付き合いでもな――――おい、まさかお前、おい!」

「“悪人は嫌いだ。更地みたいな想像力と感受性で簡単に人を害する。善人も嫌いだ。悪人なんぞ許すなんて建前で、単なる事なかれ主義だろ、吐き気がする。対魔忍なんて大嫌いだ。クズを殺せば何でも解決すると思って傷ついた誰かに目も向けずに、身内でも争いやがる。皆くたばっちまえ”とか言っちゃって、そらもう触れる者皆傷つけるって感じでさー!」

「そ、それはまた……」

「完全に尖ったナイフ……」

「ああ、クソっ。悪かったな、ガキだったんだよ。誰がお前にそんな――――若だな、あのクソ野郎っ!」

「あとお姉さん」

「クソ姉貴っ!!!」

 

 

 自分でも恥ずかしくなる黒歴史を暴露され、日影は思わず頭を抱える。

 菓子を拾って食べ終わったマカミとホロケウは、そんな主人の様子を心配してベロベロと両サイドから彼の顔を舐め倒す。

 

 そんな彼の姿に三人は思わず笑った。

 笑う門には福来る。雅臣の言った通り、誰かが心から笑っている姿を見れば、其処に希望を見出せるようになる。きっと明日もいい日になると。

 

 尤も、自斎と紫には地獄の特訓が待ち受けており、すぐに笑みも消えるのだが、いい日はいい日になるだろう。絶対、きっと、恐らく、多分。

 

 

「「えっ」」

((何も言えねえ……))

 

 

 

 

 


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