対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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ちょうど天音回を書いてる途中で、RPG本編で天音の過去が語られて草生える。
とんだシンクロニシティですよ。お陰様で半分以上書き直しだよ! だって戦闘マシーンとかいうから感情無い系の少女時代だと思うじゃん! なんだよあれ、完全に狂犬じゃん! 戦闘マシーンってこういうんじゃないですよね???

というわけで、今回は天音回。暫くしたら災禍回もあるよ! では本編どぞー。







苦労人と執事の馴れ初め

 

 

 

 

 自斎達の特訓から分かれて数時間。

 陽はとうに暮れ、朧月が夜空にぼんやりと浮かんでいる時間帯。

 発展から取り残されたかのような五車町の街並みを小太郎と天音は並んで歩いていた。

 街灯の乏しい薄闇の道であったが、身体能力のみならず五感にも優れた対魔忍には、昼間と変わらない程度にはよく見える。何らかの悪意がなければ、足下の危険を気に掛ける必要すらない。

 

 

「悪かったな、付き合わせて」

「悪かったなどと仰らないで下さい。私は若の執事です。その時点で、身命は若に捧げました。どのような苦境が訪れようとも支え、地獄の底であろうと必ずお供します」

「そうか、頼りにしてる」

「――――はっ」

 

 

 その後、小太郎は何処で何をやっていたのか。端的に言えば、露骨な嫌がらせに付き合っていた。

 

 五車にアサギが不在なのを良い事に、対魔忍内部で権力を持つ各銘家の長老や当主、先代達に頭目会議の行われる集会場へと呼びつけられたのである。

 断っておくが、彼等にそのような権利もなければ権限もない。家の持つ権力、保有する戦力や暴力を背景に、脅して無理に呼びつけたに過ぎない。

 

 この時点で面倒なとは思っていたものの、最近は好き放題にやり過ぎて各方面からの印象は悪くなる一方。

 また独立遊撃部隊の活躍もあって、権力欲に塗れた連中にとって小太郎は目の上のたんこぶになり始めている。

 ここ等で一つ、まだまだ(けつ)の青いガキアピールをしておく必要があると判断した彼は、即座に天音を呼び出した。

 

 ゆきかぜ達独立遊撃部隊の面々は将来的にふうま一門へ入ることは確定しているものの、現時点ではあくまで部隊の一員であって表向きには好きに動かせる面子ではない。

 だが、ふうま宗家に仕える者ならば別。執事である天音を筆頭に、秘書の災禍、その後に名を連ねる悟、日影、雅臣と他数人ならば対魔忍の任務こそ優先されるものの、それ以外は好きに動かせる。

 

 よって、小太郎は常にアサギと彼等彼女等の任務への出向を調整しており、最低でも一人は手元に動かせる人材を残しておく。

 自らの立っている位置の危うさは重々承知している。元より弾正の行った反乱で危険視されていたし、骸佐の反乱によって小太郎のみならず元ふうま一門の立場すら危ぶまれている状況下。完全に一人になるつもりは毛頭ない。

 

 尤も、彼の場合は現状でなくとも一人になりはしないが。後先考えずに暴力に訴えてくるであろう獅子身中の虫もいれば、戦力差を考慮せず五車に攻めて込んでくる外敵もいる、という前提を決して崩さない。

 あらゆる脅威を想定し、これらを如何にして無力化するか。異常極まる猜疑心から、そんな思考を絶やさない。天音に対して頼りにしていると心底からの言葉を口にしながら、今こうしている瞬間にも天音がどう殺しにかかってくるか、天音をどう殺すべきかを並列して思考している。

 

 

「しかし、無駄な時間を過ごしましたね。あの老害ども、若の貴重で有益な数時間を小言と脅迫で浪費させるとは……よくも……よくもぉ! どういう料簡だ奴等ぁぁぁぁ! 万死に値する! 万死に値するゥ……!!!」

「ちょっと天音さん落ち着いて???」

「分かりました」

(やっぱ怖ぇわ、こいつ)

 

 

 小太郎の頼りにしているという発言に無上の喜びを覚え、頬を染めて言葉を噛み締めていた天音であったが、突如として豹変して怒鳴り声を上げる。

 その声量と来たら近所の飼い犬が一斉にひゃんひゃんと恐怖の鳴き声を上げるほどであり、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す激しい怒りの形相を作っていた。

 

 しかし、小太郎が諫めた瞬間、スンと無表情に戻る。

 いっそ二重人格と言われた方がまだ納得する切り替えの早さであったが、彼女にしてみれば当然の事。

 天音にとって小太郎の命は至上。彼の価値は、他のあらゆる価値を駆逐する。どのような命令であれ無条件で肯定し、彼が白と言えば何色であろうが白となる。

 

 余りの豹変ぶりに、自分を棚上げしてドン引きする小太郎。

 彼も切り替えの早さは似たようなもの。発狂して叫び出したかと思えば、次の瞬間には何時もの無表情に戻る。滂沱の涙を流したと思えば、目を離した一瞬で笑顔になっている。

 精神を完全にコントロールできるが故なのだが、余人には情緒不安定の狂人にしか思えまい。 

 

 

「しかし、あの愚物ども、頭が沸いているとしか思えない発言でしたね」

「毎度の事だ。アサギが近くにいなけりゃあんなもんだろ」

 

 

 集会場で行われたのは、小太郎に対する謂れのない糾弾と正当性のない権利の主張であった。

 

 老害達は普段は目を光らせているアサギがいないのを良い事に、最近になって突如として成果を上げだした小太郎に焦りを抱いていたのだろう。

 無理もない。ヨミハラへの大打撃、ナディアという魔界の貴族にして上位魔族との新たな協定、エウリュアレーの撃退と調査部隊の救出などの目立つ戦果に加えて、独立遊撃部隊に所属している面子は個々の能力も戦果も目立ち始めている。

 それはそのまま、小太郎の作戦立案能力や部下の育成能力に秀でている事を示している。

 

 対魔忍における評価基準の大部分は強さと忍法ありきであるが、最強であるアサギが強さのみならずそれ以外の部分に秀でた者も積極的に登用し、重要な役割を与え始めており、彼女の右腕である九郎も九郎隊結成と上げた功績を認められている。

 端的に言って、評価基準が徐々にであるが変わり始めているのだ。まだまだ強さを基準とした評価は悪癖そのものであるが故に根強いが、それはそれ。諜報能力や指揮能力などもじわじわと地位を獲得しつつある。

 

 それを肌で感じ取っている老害の焦りは半端なものではないだろう。

 アサギに続く最強を育成することで家の地位を向上させようとしてきた十数年に渡る努力が無に帰すかもしれないのだ。彼等にしてみれば、何としても塞き止めたい流れである。

 

 その標的となったのが小太郎だ。

 対魔忍の新たな価値観を生み出そうとするアサギと九郎の後継にして、そうした流れの先頭に立っている。下手をすれば、次期隊長候補と目される八津 紫すら抑えて候補に上り詰めかねない。

 彼の足を引っ張れば引っ張るほど、今の流れを止められると本気で信じているようだ。

 尤も、そんなものは都合の良い幻想だ。流れは既に出来ている。小太郎が死のうが生きようが、彼の部下も後に続く者も同じ結論に至り、同じように行動するだろう。

 

 だが、頭の茹だった老害どもにはそれが分からない。分かりたくもなければ、分かろうとすらしないだろう。

 結局、集会場では弾正の反乱を筆頭に、骸佐の反乱といったふうま一門のやらかしを追求し、その責を彼に負わせようと躍起になった吊し上げが始まった。

 聞くに堪えない稚拙な論理と無駄に熱の篭った悪罵。余りの無駄な時間にそれらを聞き流しながら、小太郎と天音は視線だけで今夜の夕飯の献立を相談しだす始末。

 

 弾正の反乱に関しては一門全体で責任を取ったようなもの。

 ふうまの名残りこそ残ってはいるが、一門としての体を保ててなどいない。バラバラになった一門は各家でそれぞれの努力によって家を建て直している最中。

 そも弾正が米連へと逃げ延びた時点で責任の所在は有耶無耶になってしまった。アサギにしても、弾正は責めても、ふうまそのものを責めるつもりは毛頭ない。反乱終結時の時点で下った者に対しては、財産を没収して力を削ぎ落した上で対魔忍側の家の下に組み込まれる事を条件に許しを与えている。責任はその時点で果たされている。

 

 骸佐の反乱に関しても似たようなものだ。

 名ばかりの当主にふうま一門の最大勢力に止められよう筈もない。そのような権利も権限もとうに消え果てている。

 止めようとしたところで老害どもが直々に接触を禁止していた。そんな状態で反乱を止める事も加担も出来はしない。

 どうせ裏で接触していたのだろう、という声もあったが、明確な証拠もなくては単なる妄言に過ぎない。事実、小太郎は接触禁止令を律儀に守ってきていた。もし、責任を問われるとするのなら、二車の手綱を握っておけない立場に貶めた彼等の方である。

 

 浴びせられる罵声もなんのその。言い返すような真似もしなければ、かと言って老害の言葉を肯定もしない。

 理路整然とした論拠で言い返さなかったのは、この場において理屈も正当性も意味がなく、何を言ったところで無駄だったから。

 気が狂っているとしか思えない都合の良い言葉の数々を肯定しなかったのは、下手に肯定して後々になって難癖をつけられるのが酷く面倒だったから。

 

 故にのらりくらりと躱すだけ。

 はぁ。そうですか。いやでも。どうなんですかね、それは。

 やわらかい言葉での否定は、精一杯の強がりに映った事だろう。いっそ不様にすら映る若造の姿に気を良くした老人達は更に馬鹿げた権利まで主張し始める。

 

 小太郎の下に残された数少ない部下を分割して当家に引き入れるだの。

 独立遊撃部隊を率いるのはどの家の誰それが相応しいだの。

 最近、入隊したばかりの獅子神 自斎と鬼崎 きららを我が家の部隊に寄越せだの。

 

 この場にいる誰もが、人員を勝手気ままに動かす権利などありはしない。その権限を持つのはアサギのみ。

 だが、弱腰に見える若造を権力と暴力を背景とした脅しで押して押して押して押せば、妄言がそのまま現実になると思い込んでいた。

 

 

『それらについてはアサギ殿に直接ご相談を。オレの意思ではすべきことではないので』

 

 

 彼等に止めを刺したのは小太郎の一言だった。

 その様ときたら虎の威を借る狐そのもの。アサギから信頼を得ているからこそ好き放題にできるのであって、この小僧自身に対魔忍を率いる力はないと安堵させるには十分過ぎた。

 

 全て、全て老害も思い通りの結果であり――――小太郎の引いた絵図面の完成した瞬間だ。

 勝ったつもりでいるだろうが、実際のところ小太郎は何の権利も手放してはいないし、不利益を被るような発言もしていない。

 彼等が自らの立場を脅かす小太郎が大したものではないと思い込ませただけ。これではアサギにどれだけ妄言通りの進言をしようとも、寝言は寝て言えとしか返ってこない。何せ、何の正当性もなければ、彼等が小太郎以上の成果を上げられる筈もないのだから。

 

 

「それで、夕餉は何がよろしいですか? 若の願いであれば、どのような食事であっても用意してみせましょう」

「いや別に。何でもいいよ?」

「作る側からしてみれば、それが最も困るのですが……仕方ありませんね」

 

 

 食事において、何でもいいは禁句である。

 作る側にしても、選ぶ側にしても自身のセンスを問われ、相手の好みを考慮に入れねばならず、酷い難問と化すものだ。

 

 しかし、天音は逆に燃え上がる。

 ふうまの執事ではなく、小太郎の執事として身命を捧げた身。必ずや、主の舌を唸らせてみせよう、と。

 執事がそんな事までする必要性があるのかは別として、天音はやる気もやる気。これは三ツ星レストランに勝るフルコースが提供されかねなかったが、小太郎の次の一言で全ては杞憂に終わる。

 

 

「あー……それもそうか。じゃあ、天音と一緒に食える奴で」

「……え?」

「お前、執事だからって一緒に食わねぇじゃん。別にいいだろ、そんなの。大した家でもなし」

 

 

 とても一門の当主と思えない発言に、天音は目を丸くする。

 小太郎が天音に求めているのは執事としての仕事であって、執事としての姿勢や在り方などどうでもいい。仕事さえ熟すのであれば天音は天音のままで構わない。

 一門にしたところで同じ。彼にとってふうま一門などなくなったところで困りはしない。アサギのふうま再興という命令も、当主としての責を果たそうとしているだけ。

 

 執事足らんとする者の、ふうまを再興させようとする天音の努力や熱意を無下にするような一言だ。

 だが、彼女の裡に溢れたのは、静かな歓びだった。

 

 

「……相変わらず、ですね」

「そぉ? 成長はしているつもりだが、思い上がりだったか?」

「いえ、立派になられました。ただ、変わらぬものもあるものだ、と……あの時から、ずっと……若がふうまの当主でなくなったとしても、私が執事でなくなったとしても、ずっと御傍に。私は、若の、その……家族、ですから……」

 

 

 はにかむように微笑んで、最後には頬を染めて、今にも消えてしまいそうな言葉を大きな照れと共に告げる。

 彼女の脳裏に思い浮かぶのは、かつての出会い。敬愛する主人にして、愛した男との馴れ初めだった。

 

 

 ふうま 天音は犬である。

 今は小太郎を崇拝する忠犬であるが、かつては戦いのみを求める狂犬であった。

 その様は二車の狂犬であった権左と大差はなく、敵味方問わずに恐れられ、悪鬼羅刹と呼ばれたほど。

 笑いながら敵を殺し、己を諫めようとする味方にすら牙を剥く。狂気そのものの情熱で戦いに赴く冷徹さのない戦闘マシーン。

 

 その理由は、幼少期にまで遡る。

 彼女は生まれながらに卓越した戦いの才能を生まれ持った。その技量は実父である権正が恐れ疎むほど。

 いっそ死んでしまえ、とすら考えていたのか、権正は幼い頃から戦場に駆り出し、穏やかさなど微塵もない苛烈な幼少時代を過ごす。

 

 転機は、ふうま 弾正との出会いであった。

 その強さに目を付けた弾正は、彼女を重用した。

 血に塗れれば塗れるほど、成果を上げれば上げるほど、敵を殺せば殺すほどに、弾正は諸手を挙げて天音を褒めちぎった。

 実父に疎まれ、遠ざけられてきた天音は親の愛情に飢えていた。自覚などしたことはなく、そんなものを求めているつもりなど毛頭なかったが、弾正から賜る称賛の声を浴びれば浴びるほど、聞けば聞くほどにのめり込んだのは、父の愛というものを其処に見た気がしただからだ。

 

 ふうまに伝わる対魔殺法を身に付け、生まれ持った攻防一体の邪眼“動転輪”を用い、誰よりも前に立って戦い、誰よりも殺して殺して殺して殺す。

 誰もが彼女を狂犬だ、山犬だと罵ったが、実際は違う。哀れな麻薬中毒者のようなものだ。

 弾正に褒められるためだけに。弾正の役に立つためだけに。より性質が悪いのは、肉体から得られる快感に根差したものではなく、精神が満たされることで得られる法悦であった事。弾正が天音の強さを称賛する以上、戦う以外に称賛を得る方法などないのだ。

 

 けれど、そんなものは長く続かない。

 麻薬中毒の末路は誰にも相手にされなくなった挙句の孤独死と相場が決まっている。天音も似たようなものであるのなら、末路も似通うだろう。

 

 誰の言葉にも耳を貸さず、ただひたすら弾正のために戦い続けた天音は、ある戦いで負傷を負った。才能に物を言わせて無理に無理を重ねた無理もない結果。

 

 負傷の原因は動転輪の暴発であった。動転輪は非常に扱いの難しい邪眼であり、この時点で天音は使えてこそいたが、使い熟せたとも極めとも言えない状態。

 彼女の邪眼はあらゆるエネルギーを吸収してゼロにする。

 如何なる攻撃であれ、彼女の前では無意味。単純な運動エネルギーだけでなく、熱や光ですら同様。その上、吸収したエネルギーを放つことで攻撃に転ずる事も出来た。

 一見、無敵に思える邪眼だが、弱点はどうしようもなく存在する。それは吸収可能な上限が決まっていること。この範囲を越えれば、待っているのは自壊と爆散。

 たった一人突出して戦っていた天音は攻撃を吸収しすぎて限られた範囲を超えた。過剰なエネルギーを肉体が爆発四散する寸前に放出して敵の一掃と九死に一生を得たのだが、負傷は免れなかった。

 

 弾正の命を受けた医師の手厚い治療を受け、宗家の一室で療養を許されたが、天音の心に在ったのは喜びよりも苛立ちであった。

 

 

『……くそっ。くそっ! クソがぁ!』

 

 

 苛立ちの原因は天音自身にも分からない。

 宗家での療養など、弾正が天音を認めていなければ実現しない、これ以上ない誉。

 負傷は不甲斐なくはあるが、全ては御館様の敵を排除するため。復帰の日時は決まっており、苛立つ必要など何処にもない。

 

 だが、心の中に澱のように溜まっていく不安はなんなのか。何一つ思い当たる理由のない事が、更に苛立ちを加速させる。

 

 

『ひぇぇ、もうむりだ。しぬ、またしんでしまう…………あれ?』

『――――あぁ?』

 

 

 そんな折だ、小太郎と出会ったのは。

 

 今にも死んでしまいそうな顔と足取りで、小太郎は天音に宛がわれた部屋にやってきた。

 きっと母親から与えられる訓練から逃げてきたのだろう。潤による常軌を逸した訓練の数々は里でも有名で、すぐに察しはついた。 

 

 弾正の側近として、天音も当然小太郎については知っている。

 弾正と奥方の間に生まれた一人息子でありながら、右目を開けられず邪眼も持ちえぬ目抜け。ふうまの里の者は大半が蔑み、弾正ですらが侮蔑と罵りを与える不肖の息子。

 しかし、天音が小太郎に抱いていたのは一種のシンパシーと憐憫、そして申し訳なさだ。

 

 実父から何の愛情も与えられない空虚さは身に染みて分かっていた。

 母親からは愛されていたが、天音は母親の顔を知らない。彼女が生まれると同時に死んでいたからだ。だから、母親の愛情が如何なるものなのか想像すらできなかった。

 己が称賛されればされるほどに、本来は小太郎に与えられるはずであった愛情を横から奪っているようで、居た堪れなくなる。

 

 だからだろうか。引退していたとは言え、紛う事なき最強から匿ってやったのは。

 

 子供と言うものは存外に賢いもので、一度味を占めた小太郎は度々天音の下に逃げ込んできた。

 母は天音と小太郎の繋がりを知らずに居たため、逃げるには最適の場所。逃げる度に訓練の内容はより過酷に苛烈になるのだが、子供である彼には関係ないようで。

 

 特段、会話があった訳ではない。

 小太郎は逃げ込んでくれば無言で黙々と本の虫をやっており、天音は天音で何と声を掛けてよいものか分からない。

 けれど、接すれば接するほど距離は近づいていく。気紛れで始まった会話は日を追うごとに一言、二言と増えていった。

 やがて匿って貰っている自覚はあったのか、小太郎も本を読むだけでなく天音の世話をするようになる。

 全身の包帯を変え、病人食を口に運び、動けずに風呂にも入れない身体を手拭いで丁寧に拭く。

 

 子供に怪我人の世話など重労働だろうに、嫌そうな顔一つせず、寧ろ興味深げに行動する少年の姿は、天音にとって奇異に映った。

 それでも、自身でも驚くほど穏やかな心持ちになったのは確かだ。

 

 ――――そして、転機の時が訪れた。

 

 その日、兎に角天音は苛立っていた。

 理由は覚えていないし、どうでもいい。

 これまで穏やかさなど嘘のように、今では考えられない荒れた口調で部屋に入ってきた小太郎の姿を見るなり、苛立ちを思う存分にぶつけてくる。

 ただ、小太郎は動じていなかった。苛立つ天音よりも、遥かに恐ろしいモノを知っていたからだ。そんな日もあるだろう、と罵る天音に言いたいだけ言わせ、部屋の片隅で本の頁を捲るだけ。

 

 無関心な様子が更に天音の心をささくれ立たせ、決定的な一言を発してしまった。

 

 

『テメェみたいな奴より、私の方が、御館様に―――!』

『ふーん。相応しいって? そうかもね、天音はすーぐあのクズをヨイショするし、いいんじゃない? あんなのの何処がいいのか分かんないけど』

『――――っっ!』

『怒るなよ。だって事実じゃん。天音の見舞いに一回も来ないしさぁ。普通がどういうのか知らないけど、母上はオレのことすーぐ死なせるけど、怪我した時も病気の時も死なせた時だってずっと傍にいてくれるよ。あのクズ、女のところで放蕩三昧してるんだけど、そういう目とか天音の気持ちとか気にしねーのかな? 気にしねーんだろうなぁ』

 

 

 無邪気で悪意がまるでないが故に、心の臓腑を抉り抜くような致命的な一言が返ってくる。

 

 その言葉を聞いた瞬間、天音は自らの心が砕ける音を聞いた。

 

 弾正は確かに天音を愛していた――――だが、それは人や娘に向ける類のそれではなく、便利な道具や愛玩動物に向けるそれと同じもの。

 優しい言葉をかけてやるだけで、命すらも顧みず戦い続ける犬。指で示しただけで、邪魔な相手を殺してくれる道具。弾正の天音に対する認識はその程度のものに過ぎなかった。

 

 言い表しようのない不安も、根拠のない苛立ちの原因は全てが其処にあった。 

 天音が求めた愛情と弾正の与える愛情は決定的に違う。始めの内は盲目のまま喜んだ。次第に愛情の味に疑問を覚えた。結局、疑問は不義そのものと心の奥底へと封印して知らぬ顔をし続けた。

 それでも疑問は払拭できず、こうして嫌でも認識しなければならない時がやってくる。

 

 小太郎の言葉は何一つ偽りのない事実だった。

 療養生活に入ってから弾正の顔も見ていなければ、声も聴いておらず、気配すらも感じていない。

 御館様には御館様の使命があり、仕事がある。そう言い聞かせてきた天音であったが、本から顔を上げて真っ直ぐ己を見つめてくる瞳に灯っていたのが大きな呆れと憐れみであったことで、自分を騙す嘘すら信じられなくなった。

 

 もし仮に、弾正が真実、天音を娘として愛していたのならどれだけ忙しい身であろうとも何一つできなかったとしても顔くらいは見せに来る。そうでなくとも、誰かに言伝で労いの言葉を頼む事くらいは出来るだろう。そんなものは、療養に入ってから一切ない。

 

 きっと弾正は、天音の事など考えもせずに笑っているだろう。

 生まれた時から何でも与えられ、欲しいものは誰かに命じて奪わせる。

 そんな人生を歩んできた男に、愛玩動物が怪我をしようが、便利な道具が壊れようが、また別のモノを探せばいいのだから。

 

 自分の愚かしさに涙が流れ、思わず笑ってしまう。

 身勝手な勘違いで他人を巻き込み、身勝手な思いで戦い続け、身勝手なまま終わりを迎える。それは不思議のない末路であり帰結。自業自得の因果応報、だのに悲劇のヒロインを気取って泣き喚く自分が愚かしくて面白い。

 

 そんな壊れてしまった彼女を横目に本を読んでいた小太郎であったが、何を思ったのか。

 壊れた様を憐れんでいたのか。はたまた天音の身勝手さよりも弾正の身勝手さに腹を立てたのか。それとも、泣き笑う少女の感性が己よりもずっと幼いと気付いたからのか。

 横になったままの天音に近寄る、とそっと手を握る。それは病の時、母がしてくれたのと同じ行為だった。

 

 

『あんなの放っとけばいいって。オレが、天音の家族になるよ』

『は、はは…………は?』

『それじゃダメ?』

 

 

 自分よりもずっと幼い少年の小さいな手と今まで感じたことのない熱を感じ、天音はひたすら当惑した。

 感情はパレットの上で混ぜられた絵具のようにぐちゃぐちゃで、まともな思考など出来はしなかったが、思わず小さな手を握り返した。

 

 分かり切った反応だった。

 彼女が飢えていたの父からの愛だけではなかった。逢う事もなく逝った母からの愛情も欲しかった。言わば、家族というものへの憧憬が強かったのだ。

 

 そして、静かな喜びもあった。

 なんとまあ、惨めで滑稽でみっともない話なのか、と天音自身もそう思う。

 溺れる者は藁をも掴む、と言うが正にその通り。これでは、弾正という依存先が小太郎に変わっただけ。

 ただ、悪意も打算もなく、よく考えてすらいない少年の言葉は、心砕かれた少女には間違いなく救いだった。

 

 

『小太郎、此処ですね?』

『ぴゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

『お、奥方、様……』

『あ、あら? あらあら? どゆこと?』

 

 

 その時、余韻も何もかもぶち壊すように、スッと襖が僅かに開く。

 ぎょろりとした眼球が小太郎を捕らえると、地獄の底から響いてくるような声色で瞳の主が名前を呼んだ。

 その時点で小太郎は驚愕の余りにペットボトルロケットさながらに飛び上がり、自分から天井へと激突した。猫でも此処まで激しい反応はしない。 

 

 入ってきたのは誰あろう小太郎の母親であるふうま 潤であった。

 どうせ空き部屋で本でも読んでいると思っていた彼女は、泣き腫らした天音の姿に目を白黒とさせていた。

 

 其処からは、天音にとっては夢のような時間であった。

 翌日から小太郎だけでなく潤も部屋を訪れるようになり、既に小太郎付きとなっていた災禍、小太郎の幼馴染も顔を出すようになる。

 余りにも突然の変化に天音は困惑ばかり募っていった。そして、弾正の道具としては決して得られぬものを得た。

 潤からは母としての愛を。小太郎からは家族としての時間を。災禍からは姉としての叱責と心配を。子供達からは尊敬と成長を見守る喜びを。

 

 療養生活が終わる頃には、弾正の事など忘れていたと行っても過言ではない。

 己を利用し続け、裏では馬鹿さ加減を笑っていただろうが恨み言はまるでない。そもそも、自分が勝手に思い込んで縋っただけ。恨みなど見当違いも甚だしい。だから、単に興味を失っただけの話。

 全ては身勝手な妄信から始まった事、ならば身勝手なまま興味を失ってもいいだろう。弾正とて身勝手なのは同じ。それぞれの非は互いの非によって打ち消される。

 

 そして同時に、快気祝いとして潤から小太郎の執事となるように言い渡された。

 とても正気の沙汰とは思えない判断だ。戦う事しかできぬ己を様々な役割を担い、家を円滑に回すための歯車に選ぶなど。

 しかし、その時既に権左という狂犬が二車の執事として抜擢されており、前例は存在していた。何よりも、ふうまの執事でなく小太郎の執事であって、当初の役割としてはそう大したものではなかったが故に、天音は困惑こそあったが頷いた。

 

 其処からの彼女は正に必死。

 これまでの己を消し去ろうとする勢いで、戦いばかりでなくあらゆる事柄を積極的に学び始めた。

 小太郎の家族として、恥ずべき己であってはならない。ただ、その一念だけで得手も不得手もなく、手を伸ばす。

 これまで興味も関心もなかった礼節や言葉遣いも改め、家を回すための仕事を覚え、そればかりでなく料理や洗濯、裁縫などの家事までも。

 

 

『そうそう、そういうのでいいのよ。最後には全部無駄になるけど、それは自分にとっては、というだけ話。必死になって積み上げて、後は後進に任せればいい。何の心配もいらない、私達はいつでも安心して人生の幕を引けばいい。人間ってそういうものよ』

『奥方様、素がでてるぞ……でてます』

『あらやだ私ったら! おほほのほー!!』

 

 

 気が付けば、天音は執事として何ら問題のない能力を身に付けていた。

 そればかりではない。小太郎と共に修練に励む最中、潤からのアドバイスや僅かな切欠で動転輪の完全制御までもを可能とした。

 こうして、天音は誰に恥じることもない小太郎の執事としての己を獲得したのであった。

 

 その後、弾正と会う機会はあったが会話は殆どなかった。

 天音から言うべき事は既にない。かつては勝手気儘に慕った負い目はあったものの、己を道具として扱うのならば、尊敬も敬愛も不要だろう、と。

 弾正は口を開きたくとも開けない。あったのは、瞳に宿ったのは歪な執着。それもまた天音に向けられたものではなく、己のものを横から奪っていた小太郎への嫉妬であり、潤への恐怖。

 天音が正式に小太郎の執事となった折の出来事は、彼女自身は全く分からない。ただ、泣き腫らす天音とこれから訓練だ死ぬまた死ぬと白目を剥いたまま状況を説明する小太郎を見た潤が、弾正の側近数名を勢い余って殺したとだけ聞いている。恐らく、最強らしい力で権利をもぎ取ったのだ、と推察するのは容易かった。

 

 以後、天音の人生は常に幸福に満ちていた。

 

 潤が亡くなる直前、後は任せるという言葉を受け取った時も。

 弾正の反乱の際にも、小太郎を五車の隠れ里へと逃がすべく、三日三晩戦い続けた時も。

 戦いに敗れ、拷問のような責め苦を与えられた時も。

 救出された後、片腕を失うばかりか、長いリハビリの中にあった時でさえ幸福だったと断言する。

 

 心にあったのは小太郎の言葉であり、潤や災禍といった彼と同じく家族となった者との生活が、陽の光の如く輝いていたから。

 

 

「御言葉に甘えて、御一緒させて頂きます。他の皆がいないのは残念ですが……」

「任務やら訓練やらあるからな。でもまあ、ゆきかぜとかもそうだが、天音のそういう周りと共有しようとするとこは助かるよ」

「…………? 家族なので、当然では?」

「そうか」

 

 

 今こうしている間も幸福で満ち溢れている。

 どうやら、彼女の中では小太郎に近しい者は皆家族であるらしい。最初に家族というものになったのが小太郎だから、小太郎が集めた者は皆家族、という理屈であるようだ。

 

 嫉妬が存在していないわけではない。独占欲というものは当然、彼女の中にも存在する。

 だが、共有できる幸福があるのなら共有すべきとも考える。共に涙を流し、共に笑い、共に苦しみ、共に生きる。それが彼女にとっての家族というものだから。

 

 そうして、天音は頬を染めながら、最初に家族というものを感じさせた小太郎の手を生身の手で握る。

 もう二十の半ばだというのに、どうにも子供のような所作で小太郎を求めてしまうことに照れを覚えたものの、天音にとっては掛け替えのない一瞬。気にしていられない。

 

 そんな思いを受け取ってか、小太郎は何も言わず天音の手を握り返す。

 その顔に刻まれていたのは、かつて見た時となんら変わりのない無邪気な――――

 

 

「死が皆を分かつまで、ってか?」

「いえ、死んでも一緒です。誰も逃がしません。若も逃がしません、死んでも(真顔」

「ヒェッ」

 

 

 

 

 

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