対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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苦労人の部下はまだいるぞ! なお色物もいる模様!

 

 

 

 

「旦那様、お迎えに上がりました」

 

 

 小太郎と凜花が結ばれてから明けて翌日。

 太陽が最も高い位置に移動した頃、居間に一人の女性がやってきた。

 

 誰もが彼女に抱くであろう第一印象は、奇妙なちぐはぐさだろう。

 顔立ちは日本人のそれだが、異様に白い肌は黄色人種にそぐわず、髪色も染めてもいないだろうにプラチナブロンドという異質さ。

 ボブカットの髪型に違和感は覚えないが、肉感的な身体を隠すように来ている服は純和製の割烹着。

 それぞれのパーツは一致や調和とは程遠いが、不思議なことに全てが一つとなると混沌と整然が両立した美しさが生み出されている。

 

 歳の頃は二十の半ばと言ったところで、奇妙な容姿に反して落ち着いた印象を受ける。

 

 

「昨夜はお楽しみだったようですね」

「そりゃもう、思う存分な」

「あらまあ、ふふっ」

 

 

 女性は誰がいるのかなど知らなかったが、小太郎の醸す空気に何があったのかを悟ったのか。微笑みながら揶揄いの言葉を投げ掛ける。

 小太郎は慣れっこなのだろう。気にした様子すらなく、自分で淹れたコーヒーを啜りながら、素直な感想だけを口にした。

 彼女も小太郎の事情は知っているのだろうが、男としての不誠実さを隠そうともしない態度に、寧ろ嬉し気に笑みを深めるばかり。

 

 

「ですが、タイミングは悪かったようですね。出直しましょうか?」

「いや、永久(とわ)が来たってことは、あっちが完成したんだろ。行くよ」

「宜しいのですか? お相手は寂しがりますよ?」

「夕方までぐっすり寝てるよ。それまでには帰ってこれるだろ。すぐ出るぞ」

「旦那様の相手をしたのですもの、当然ですね。承知いたしました。それでは参りましょう」

 

 

 こうした会話は日常茶飯事なのか。

 乱れた女性関係を構築している小太郎に諫めの言葉すら掛けず、寧ろ肯定しているかのようだ。それでいて、小太郎ばかりを肯定しているわけではなく、相手をした女性に対する気遣いも忘れていない。

 

 彼女の名は(むくろ) 永久(とわ)

 元は一門の者ではないが、小太郎の誘いで侍女としてふうま宗家――厳密には小太郎に仕えている。

 付き合いは雅臣よりも長く、日影よりも短く、新参とは言えず古参とも言えない。参入した時期も数少ない小太郎の部下の中でもちょうど中間程度になる。

 ただ、小太郎への心酔ぶりは天音や災禍に負けずとも劣らないだろう。一挙手一投足全てが小太郎のため、と言わんばかりの態度であった。

 

 小太郎が一息でコーヒーを飲み干してソファから立ち上がると、永久は居間の扉を開けて待つ。

 彼にしてみれば、侍女として手の届く範囲においているものの、人目のないところで此処までまでやる必要はないと思ってはいたが、彼女のやりたいようにさせておく。

 当主としてあるまじき考え方だが、あらゆる切り替えの早い彼のこと、そのような考えを持っていたとしても、人前で襤褸を出しはしないだろう。

 

 永久を引き連れて、家の廊下を歩いていく。

 向かう先は五車学園の地下。建設された独立遊撃部隊の本部がようやく完成したのだ。

 永久が小太郎の傍にいなかったのは、その手伝いをしていたから。待っているのは頼りになる自らの部下達であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「で、なーんでお前がいるんですかねぇ……?」

「別にいいでしょ、どうせ私も使う事になるんだから」

「ま、いいですけどね」

「ふんふん、ふふーん♪」

 

 

 五車学園にある校舎の直下。

 地下50mに位置する鋼鉄製の廊下を、三人の男女が歩いていた。

 

 一人は言うまでもなく部隊長である小太郎、そしてその後ろで決して小太郎の影を踏まぬように歩いている永久。

 この光景は小太郎宅から変化していない。変化したのは小太郎の隣。ふわふわとした金髪をツインテールにした少女――――鬼崎 きららが豊かすぎる胸をゆっさゆっさと揺らしながら歩いていた。

 

 紅とセンザキ市での調査任務から戻った彼女は、学園で彼とばったり出会った。

 自斎の方はどうだった、まさかと思うけどイジめてないでしょうね、と出会うなり色々な詰問を繰り返す彼女であったが、顔はもうニッコニコであった。

 慣れない任務を終えて帰れば、気になる彼が待っていた。成程、乙女としては違和感もなければ無理もない心境である。ただ、分かり易過ぎる。今など鼻歌を歌いながら、スキップでも始めそうな勢いで、本人にそのつもりがなくても私は上機嫌ですと宣伝して回っているかのようだ。

 

 隣の小太郎など、いや、小太郎でなくともこの格好で激しく動いてもなお大きすぎる乳房が零れないのが不思議でならないだろう。

 流石は実戦に耐えうる高性能エロ衣装と一部でまことしやかに囁かれている対魔忍装束。作成者である内源 賀平のスケベ心(ねつい)が籠り過ぎている。

 

 

(――――で、この人誰?)

 

 

 だが、突如として真顔に戻ると、小太郎に耳打ちしながらきららは初対面の永久について問い詰めてきた。

 

 小太郎の周りには彼女の目からしても魅力的な女性が多い。

 幼馴染のゆきかぜ、凜子、紅、凜花。彼を支える秘書の災禍と執事の天音。何かと目をかけている自斎。後見人としても対魔忍の頭領としても絶大な信頼を得ているアサギ。ぱっと思いつくだけでもこれだけいる。

 ただでさえエウリュアレーの一件で好感度がだだ下がりと感じている彼女としては、これ以上魅力的な女性が増えても困ってしまう。

 

 そして、彼女は決して認めないだろうが、僅かな会話から距離感が縮まったり、彼の事情を知ることを期待しているのだ。

 

 何とも言えないいじらしさだった。

 小太郎の周りの女性に対して無駄な対抗心を燃やさず、コツコツとした地道な努力で関係を深めようとしている。

 実際、きららとしても仲のいい友人や知り合いと険悪な仲になどなりたくはない。気になる男の子を取られるのは嫌だが、それとこれとは話は別だった。

 

 立派なハーレム要員ぶりに、思わず小太郎ハーレム推進委員会のゆきかぜ会長もにっこり。名誉顧問であるアサギはサムズアップを決めているであろう。

 小太郎の女性関係を知れば、きららなど怒髪天を突くか、卒倒してしまいそうなものだが、二人揃って大丈夫だ、問題ないと真顔で答えるに違いない。

 

 

「ウチの侍女」

「骸 永久よ、よろしくね?」

「は、はい。鬼崎 きららです。よろしく」

「ふふっ、可愛らしい」

(この人、ちょっと苦手かも……)

 

 

 小太郎は内心で心底めんどくさいと想いながらも表情には出さずに偽る必要性も隠す必要性もない故、簡潔に答えた。

 

 耳打ちの内容が元より聞こえていたのか。それとも小太郎の言葉に反応しただけなのか。

 今の今まで一言も喋らなかった永久から唐突な自己紹介を受けて、きららはどもりながらも何とか返事をした。

 

 まるで自らの内心を見透かすような鈴を連想させる笑い声に、きららは苦手意識を持ってしまう。

 何となくであるが、こうした何事も面白がっているような飄々とした人物は、どうにも苦手だった。

 正に暖簾に腕押し、糠に釘。どれだけ強気に出てもするりと躱されるか受け流される。自分の何もかもが通用しないような錯覚に陥ってしまう。

 

 何より、こうした人物への苦手意識が加速したのは、エウリュアレーの本性を知ってからだ。

 世界の全ては己の遊び場。殺そうと襲い掛かってくる強敵は楽しい遊び相手。如何なる艱難辛苦も楽しみと共に乗り越える。本気でそんなことを信じているし、事実として笑いながら実行していた。

 その底の知れなさはきららには到底理解のできないものであり、どれだけ強くなろうとも決して底は見通せない。

 

 それは自らの信じてきた“強さ”の価値観が崩れている証左であった。

 生まれ持った才能と単純な強さを追い求めた努力。それさえあれば、人とは生きる時間の異なる魔族ですら敵ではないと信じていた。

 だが、エウリュアレーは違った。元々、自力に大きな差があったのは事実だが、例え差がなかったとしても単独では決して倒せなかったはずだ。

 

 僅かに触れた魔術の深淵は、彼女の才能も努力も無に帰すほどの厄介、見識の深さと知識の総量は戦いを有利に進めるための道標となる。

 難しい言葉ではなく、分かり易く肌と魂で理解した。このままでは、まだ見ぬ難敵と当たった時に負けるのは自分の方だ、と。

 

 しかし、きららはそれを前向きに捉えた。

 このままでは負けるのなら、これから変わればいい。そのチャンスを得られたのは幸運だった、と。

 

 そのための指針として小太郎を選んだ。単純に好意だけで独立遊撃部隊に配属を願ったわけではないのだ。

 

 あの状況下において、強さを数値化した場合、小太郎が最も低い位置にいたのは疑う余地はない。

 それでもなおエウリュアレーを追い詰めたのは他ならぬ彼だった。

 きららの信じる強さとは全く異なる異質な強さ。作戦を立案する発想力、指揮のための思考力、底などありはしない猜疑心から構築される慎重さと準備の良さ。

 今の自分に欠けている部分を学ぶには、小太郎自身を見て学ぶのがいい、という判断だった。

 

 きらきらとした子供でありながらも確かな覚悟の光を宿したきららの視線を向けられ、おおよそ正しく彼女の内心を把握していた小太郎は表に出かけた呆れを何とか飲み込む。

 彼にしてみれば全てが当然。どれだけ強かろうが警戒と準備は常に必要。あのアサギでさえ、強さでは圧倒的に優位な立場にありながら、追い詰められる場面は多々あるのだ。そもそも、きららや多くの対魔忍が信じている強さなど、その都度ブレる。

 その日の気分や体調だけで身体能力も忍法も異能も魔術も威力や効果は上下する。状況によっては意味がなくなるものもあれば、相性によっては不利にもなる。その上、知識や科学技術で無効化されてしまう。

 そんなものに頼りきるなど、彼にしてみれば狂気の沙汰。

 恐竜が一つの環境にしか適応できなかった故に滅んだように、それではいずれ間違いなく死ぬ。生き残りたいのならば、可能な限りの手段を何一つ満足する事無く集め続けべきという結論に達している。

 

 きららは一つサンプルケースとして、そして好意の対象として小太郎を求めていた。

 逆に小太郎はきららを伸びしろのある戦力として捉えており、放っておくと敵の手に堕ちかねない保護対象であるが改善するつもりがあるだけ見込みはあるとして見ている。

 つまり、利害は一致している。片や嬉し気に、片やうんざりとしながらであったが、心境が違うだけで相手の傍にいなければいけない点に関してズレがないのは事実であった。

 

 

「うわぁ、校舎の下にこんなところあったんだ」

「あったんじゃなくて作った、ね。独立遊撃部隊を設立するにあたって校長に頼んでおいたのよ」

「へぇ、やるじゃない、アンタ………………?? 何か変な匂いしない?」

「気のせいだろ、新築は匂いが違うしな」

「うーん、なんか違う気がするけど……ま、いいか」

 

 鋼鉄製の廊下を抜けた先に待っていたのは、広い格納庫だった。

 白く塗られた金属の壁は真新しく、天井は三階建てのビルくらいならばすっぽりと収まってしまいそうだ。

 

 入口から近場には、きららも乗った事がある人員輸送のための軍用車両が一台。他に一般車両が数台が並べられておいてある。

 いずれも装甲、ガラス、エンジン部や足回りも小太郎の回収した米連や魔界技術によって強化、改造されており、歩兵の持つ携行火器は勿論の事、日本における暗闘に投入されつつある多脚戦車の砲撃にも直撃であっても一発までなら耐えられる。

 更にその隣にはエウリュアレーの一件で乗り、悟からデリヘル号などという不名誉なあだ名をつけられた最新鋭機“影狼”の姿もあった。これだけの広さがあれば、悟でなくとも自動操縦によって外へ出る事は容易い筈だ。

 

 それ以上にきららが気になったのは微かに漂う異臭だ。

 鼻腔を掠めるほんの僅かな不快な匂い。違和感を覚えるほどではないものの、人として絶対に気に止めておかなければならないような本能を刺激してくる香り。

 ただ、小太郎に簡単な説明をされてすぐに納得する。信じられないほど素直になったものだった。

 

 

「て、あれロボット? あんなもの五車にあったっけ?」

「建築やら機械の整備用だ。対魔忍のじゃない、ふうま宗家(ウチ)の私物だ。正確にはオレの部下が作った私物、だがな」

「へぇ~~、何から何まで最新鋭、か。アンタ、どんだけコネ持ってんのよ」

「可能な限り全てを。コネにせよ金にせよ、それも力だ。持っていて損はない」

「成程ね――――んん?」

 

 

 きららが次に目を付けたのは、車両や機体の周りをぎこちない動きで整備を行っているロボットであった。

 近年、人口知能とロボット工学の発達によって、何らかの形で人類社会に貢献する自動機械(オートマトン)が開発され始めている。

 専ら米連が開発中の戦闘ドローンが主であり、今後は徐々に防衛や警備へと移行し、建築や医療の分野など一般に出回るのは当分先の話だ。

 

 ただ一点珍しかったのは、形状が多脚型ではなく人型であった点か。

 

 ロボットは人型よりも多脚型である方がよほど合理的だ。

 物を跨ぐ、床の異変を予測して回避、咄嗟の重心移動。人が感覚で行っている行為をプログラムで組むのは膨大な時間が必要となり、そもそもが歩行するための機構を作り出すだけでも膨大なトライ&エラーが必要となる。

 であれば、重心バランスの確保を容易にし、床の異変をものともしない多脚型に移行するのは当然の結論。用途が変わらず、開発時間の短縮に繋がり、開発費を低減できるのならそちらの方が合理である。

 

 工学系に対する知識がまるでないきららは、格納庫で動き回る人型がどれほど異常な物体であるのかを、そして本当にロボットなのかという疑問にすら至っていなかった。

 そもそも、機体の陰からのっそりと現れた更に異常なものへと目を奪われている。 

 

 

「何あれ? 熊? なんで忍獣がこんなところに……?」

 

 

 現れたのは、一頭の熊だった。

 

 別段、対魔忍においてはそう珍しいものではない。

 古来、忍は犬や鳥を使って諜報や連絡を行ってきた。現代の忍である対魔忍も対魔粒子を宿す熊や蛇を戦闘要員として育成を行っている。でなければ、日影が獣使いの忍としての皮を被れなくなってしまう。

 きららも任務上で忍獣と組んだ事はあるし、五車の原生林で暮らしているのを目撃した事もある。ただ、やはり獣だけあって人の生活圏では生き辛いのか、命令以外で原生林から出てくることは珍しい。

 こんな建物の中にまで入ってくる個体は稀どころか一頭もいない。その上、四足歩行が基本の獣が苦も無く二足歩行でのっしのっしと歩いているではないか。

 

 

「あ、コタローだクマー」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

「ヴォォォォォワァァァァァァチジョダクマァァァァァァ!!!」

「うるせぇ……」

「まあ、そうなりますよね」

 

 

 一人と一頭の絶叫が格納庫に響き渡る。

 驚きの余りきららは小太郎の片腕にしがみつきて両胸を押し付けるどころか胸の谷間に挟み込んでいた。

 対する熊も、背後にキュウリを落とされた猫のようにピョーンと跳ね上がって全身で驚きを表現しているではないか。

 

 

「な、なに? なになになになに? どうゆうこと!? 熊が喋ってるー?!」

「な、なんだクマ! やっぱり変態のコタローが連れてくる女は皆変態だクマー! 頭おかしくなりそうだクマーー!!」

「なんですってぇ?!」

「頭おかしくなりそうなのはこっちの方だよ」

「おいおいおい! どーした球磨ァ! そんなデケェー声上げてよぉー!」

「啓治も来たようですね。この騒ぎなら当然かしら」

 

 

 喧々囂々とは正にこの事。

 各々が好き放題に喋り、好き放題に叫び出す。

 あらゆる感情が噴出して、坩堝となって全てを飲み込む混沌だった。

 

 無理もない。

 誰だって突然熊が喋り出せば驚くし、突然目の前に痴女が現れれば怯えるし、周囲が混乱していれば頭も痛くなるし、仲間が驚けば心配にもなるだろう。

 

 

「ほら、落ち着けよ球磨。別に見慣れたもんだろぉ?」

「それはそうだけど、人間の趣味は分からんクマー!」

「お前も落ち着けよ、鬼崎。あんな程度の反応、慣れたもんだろ?」

「反応は兎も角、反応してる相手が問題でしょうが!」

 

 

 それから暫く経って、それなりに落ち着きを取り戻した一人と一匹は互いに相手を牽制しながら相対していた。

 但し、球磨はあらわれたツナギ姿の男性の、きららは小太郎の後ろに隠れながらである。人であろうが獣であろうが理解の及ばない存在は恐怖の対象であることに変わりはないらしい。

 

 

「で若、後ろの娘は独立遊撃部隊の新人かい?」

「ああ、コイツは鬼崎 きらら。何でかウチに配属になった」

「くはは、なーんか厄介者の巣窟みたいになってんな。ま、何にせよ色んな奴がいるってのはいいことだ。人=力って図式は変わらねぇ」

「人じゃねぇのもいるけどな」

「そいつぁいい! その分だけ出来る事が増えるってことじゃねぇか! 大いに結構!」

「相変わらずだな。鬼崎、コイツは白野 啓治。ウチお抱えの科学屋兼技術者だ」

「技術者ぁ? 周防さんみたいな感じ?」

「どっちかってぇと桐生ちゃんと装備課のエロ爺に近いかね。戦闘要員じゃないし」

「おいおい若ぁ。勘弁してくれよ、オレは変人だが変態じゃねぇぞ?」

「それもそうだな。悪かった、アイツらと一緒にするのは流石にお前に対して失礼だわ」

 

 

 肩まである白い髪をオールバックに撫で付け、僅かに伸びた髭も綺麗に整えられており、不潔な印象を受けない壮年の男の名は白野 啓治と言った。

 だが、清潔とも言い難い。顔やツナギはオイルで汚れており、今し方まで何らかの作業をしていたのは明白であった。

 科学者というよりも文字通りの技術者、技師、職人を連想させる。机に向かって難しい理論や計算をするよりも、機械をイジり回している方が印象に則している。

 

 きららが名を上げたのは周防 みことという対魔忍である。

 元々次世代対魔スーツ開発プロジェクトにて開発された強化外骨格のテストパイロットと整備士を務めていたが、別プロジェクトで研究が進められていたキメラが暴走した際に右目と左腕を失いながらも食い止めた剛の者だ。

 その功績が認められ、対魔忍の新兵器開発及び実験部隊の隊長として召し上げられた経緯を持っている。知識だけでなく、実践も可能なバリバリの技術者。対魔忍において、技術者として名が上がるのは間違いなく彼女である。

 

 

「ふぅん? ようは外から来た雇われでしょ? 信用できるわけ?」

「言ってくれるねぇ。ま、仕方ねーかー! くははっ!」

「お前よりも頼りになる。それだけは断言できる」

「ぐ、むむっ……!」

「こっちゃぁ色々恩がある。裏切るわけにはいかねーよ、息子も助けて貰ったことだしな」

「息子……?」

 

 

 まだまだ完全には改善できていない男嫌いの悪癖を表に出してしまうきららであったが、啓治は気にした様子もなく快活に笑う。

 その姿は、まるで年頃の娘に嫌われながらも成長と健康を信じている父親像そのもので、思わずきららもたじろいでしまうほど悪意や後ろ暗さとは無縁の姿だ。

 

 しかし、きららが気になったのは恩と息子というワードだった。

 男という生き物であっても、その子供に罪はなく、恩を聞けばどのような事情があるのか知りたくなるのは人のサガ。

 珍しく小太郎以外の男に興味を示したきららの疑問に答えるように、啓治が指し示したのは背後の最新鋭機“影狼”であった。

 

 

「コイツを作ったのはオレだ。その時に何やかんや色々あってな、それ以来、オレはふうま一門の一員ってわけよ」

「息子って、乗り物じゃないのよ」

「技術屋にとってはテメェで造ったもんは全部ガキみたいなもんさ。ま、本物のガキもいるけどな! 血は繋がってねぇけど!」

「最近、どうなの? あの子、ロケットを作るとか息巻いてたけど」

「人の給料つぎ込んで実験機材を買いまくりの実験しまくり、調べまくりさ! 流石はオレの背中を見て育ったオレの息子だ!」

「だなぁ。血の繋がりなんざ関係ねぇよ。ありゃ間違いなくお前の息子だわ」

 

 

 白野 啓治は“影狼”の開発プロジェクトの全てを任されていた技術者であった。

 幼い頃からあらゆる疑問に回答を求め、先人の知恵を調べ漁り、その知恵が正しいものかを確認するために実験を繰り返してきた生粋の科学屋にして技術者。

 始めは一般企業の技術者として辣腕を振るっていたが、より新しいものを、より便利なものを、より人類に貢献できるものを作り続けるうちに、その道において彼の名は知れ渡っていった。

 そんな彼が、軍の最新鋭機開発プロジェクトを任されるのは当然の流れであったかもしれない。

 

 そんな才能の持ち主も、運の前には膝を折らざるを得なかった。

 要求される以上のスペックを追い求め、より安全な搭乗員の命を保護するための数々の機能は無駄と切って捨てられてしまい、開発資金を絞られ、プロジェクトは中止が宣言されてしまった。

 

 だが、彼は常に前向きだった。失敗は成功の母。トライ&エラーは進歩に必要な歩みそのもの。

 この失敗も、己と人類の進歩に必要なものと受け入れた。人類を進歩させた天才達と同様、決して諦めぬ不屈の闘志と共に、

 

 気になったのは自ら開発しながらも、特許を申請していなかった技術の数々が盗み出されたことだ。

 自身の持ち込んだPCからデータを抜かれた形跡があった。ただ、それほど気にはしなかった。

 そうした他人が心血を注いで得た成果を、横から掠め取っていく輩がいることは多いと知っていた。

 だが、彼は何処までも人類の発展に貢献するだけの技術者で、自分の成果にならずとも人類の成果になればいいと何処までも純粋に信じ抜いた。

 

 それが致命的な間違いであったと知るのは後日。

 

 データを盗んだ輩は米連と繋がりがあり、データの内容を目にした米連は彼の技術力を確保しようと乱暴な手段に出た。

 軍の保護が外れ、フリーの身となって、さて次はどうすべきか、と次の道を検討していた折、米連の特殊部隊に強襲を受けた。

 一介の技術者、造り出す者であって戦う者ではない彼に抵抗する術などなく、まだ赤子だった亡くなった親友の息子と共に拉致されてしまう。

 

 米連の判断は正しい。

 技術の発展は膨大なトライ&エラー、そして多大な犠牲を支払って齎される。戦争中に発見、開発された新事実や技術が、戦後別の分野で生かされることがあるように、その逆もまた然り。

 彼の頭の中には人類の発展させるとしてもそれ以上の犠牲を払いかねない、出力しないまま理論のみで終わらせていたものもあったのだ。

 

 

「んで、其処でオレを助けてくれたのが若ってわけよ」 

「ただ、厄介だったのはその後でなぁ。米連ばっかりじゃなくて、日本の政府やら軍からも目を付けられちまってた」

「なんでよ? 政府や軍なら保護してくれるでしょう?」

「保護はするだろうさ。だが、その見返りとして技術提供を求める。米連が喉から手が出るほど欲しがった数々の技術をな」

「何よそれ! それじゃあ米連と一緒じゃないのよ!」

「そーだよ。だからオレはコイツの死を偽装して、オレが個人的に保護する事にしたんだよ」

「その点だけはマジで幸運だったな! あのままじゃどっちについても殺されてただろうし、嫌なことは嫌で済ませられる上に、好きなもんを好きなように造れる職場に来れたしなぁ!」

「そういう契約だし、それで充分なんだよ、この天才は。払うリスクに対して得られるリターンは果てしなくデカい。やりたくないことをやらせなくても、こっちが望む以上の成果を生み出しやがる」

「ただま、納得できないところは色々あるけどな……ま、そういうのも含めて合理的過ぎるぜ、若は」

 

 

 何処までも純粋で、人類の発展に貢献する事だけを考えた技術者は、こうしてふうま宗家に収まった。

 今は自身の技術を洗練させつつも、小太郎の命令に従って必要なものを作り出す、或いは改造する日々。

 手が空けば、有用な数々の技術を特許も申請せずに、匿名でネットにアップして間接的に発展に貢献している。

 

 小太郎が支払った代償は、啓治から信用と信頼を得られるには十分すぎるものだったのだ。

 

 しかし、全てを肯定しているわけではないようだ。

 許容はしているが、露骨な不快感を露わにせざるを得ない部分もある。彼が視線を向けたのは、ぎこちない動きで整備をしている人型ロボットだった。

 

 

「で、こっちは球磨。羆だ。因みにメスだぞ、仲良くしろ」

「熊の球磨だクマー。よろしくクマー」

「……いえ、アンタ、説明それだけで終わらせるつもり?」

「それ以上に説明のしようがねーんだよ、マジで……それよか本部は?」

 

 

 喋る羆こと球磨の説明は一言で終わってしまう。 

 疑り深い小太郎でさえそれ以上の説明も出来ないということは、それ以外に何も分からない事を意味している。

 

 彼と彼女の出会いは、日影、雅臣、啓治のように何らかの背景があるわけではない。

 ある朝、目を覚ました小太郎が、自分の家に迷い込んできた子熊を見つけた。それが喋れるだけだった。それだけである。

 

 小太郎もただ受け入れただけではない。

 自身の及ぶ範囲で調べに調べたものの、結果は対魔粒子を持っているだけのただの羆という結果。

 忍獣の世話を担っているさくらでも驚きの余りに白目を向き、アサギは新手の生物兵器かと刀を抜きかけ、九郎と紫は鬼蜘蛛家のような忍獣使いの家へに聞いて回る始末。それでも、球磨の正体は依然として不明のままだった。

 生物兵器によくある遺伝子操作や改造の類は見受けられず、魔界の生物との混血かとも思われたが遺伝子は羆のそれそのもの。

 

 紫に捕らえられた桐生が対魔忍に参入した後に、球磨の研究を行ったのだが結果は同じ。

 対魔粒子が脳に何らかの作用を引き起こし、知性と理性、そして人語を介し操る力を獲得した、という仮説しか立てられなかったほどの正体不明ぶりである。

 

 そんな訳の分からない謎羆を小太郎が引き取ったのは、行き場のない彼女に同情したのではなく、単に対魔忍などよりも余程素直で頼りになり、ちゃんとしていたからだ。

 戦闘になれば、紫や雅臣に並ぶほどのパワーで敵を蹴散らし、戦車ですらも体当たりで引っ繰り返す。分厚い毛皮は大抵の忍法も魔術も近代兵器も無効化する優秀なタンク兼アタッカー。

 喋る羆というインパクトの強いキャラだが我が強い訳ではなく、行き場のなかった自分を引き取ってくれたという恩だけで、命令にも頼みにも見返りも求めずに素直に従う。出来ることは少ないが、少しずつでも出来ることを増やそうと努力を怠らない。

 忍法と強さだけが自慢、己の正しさを証明するためだけに命令を無視し、我を貫き通そうとする対魔忍に比べれば、よほど優秀である。小太郎がこれを逃がすわけがなかった。

 

 とてもではないが納得できていないきららを余所に、小太郎はさっさと完成した本部を見ようと進みだした。

 だがその時、音を立てて整備を行っていた人型ロボットの一つが音を立てて崩れ落ちた。耐久年数を超えたのか、何らかのパーツが破損したのか、痙攣にも似た奇怪な動きを見せていた

 

 

「あ、壊れたクマー」

「しょうがねぇな。どんなもんでも限界はある。球磨、片付けといてくれ。しっかり燃やしとけ」

「え? このおじさん、エンジニアなんでしょ? ちょちょいのちょいで直せるんじゃ……」

「あー……なんだ、ちょいと専門外でな。つーか、使ってんのも納得しちゃいねぇが、合理的は合理的だから受け入れてるだけだ。ゆっくり眠らせてやってくれ。頼むぜ、球磨」

「…………???」

「コタローもケイジも熊使いが荒いクマ! 球磨だって嫌なもんは嫌だクマー!!」

 

 

 文句は言いつつも、球磨はのっしのっしと巨体を揺らして倒れたロボットへと向かっていく。

 

 きららは首を捻っていた。

 啓治がエンジニアだというのなら言った通りに直して使えばいい。廃棄してしまうよりも、時間は掛かるかもしれないが金銭面では浮く面がある筈だ。

 なのに、エンジニアである筈の彼が専門外と口にし、眠らせてやってくれ、という発言もある。自身の作ったものを息子と称する彼ならば納得できるが、何となく違和感を拭えない。

 

 きららの論理的ではない勘に寄った所感でこそあったが、概ね正しい。

 あの人型は啓治の手によって作成されたものではなく、また事実として彼の専門外である。アレを生み出したのは他でもない――――

 

 

「全く! なんで球磨がワイ――――」

「――――――球磨?」

「ひぇっ。と、永久、悪かったクマー。だから、そんな怖い顔で睨まないで欲しいクマ……」

「私の名前は永久。旦那様に頂いた大事な名前なの。二度と間違えないで」

「誰だって名前を間違えられるのは不愉快になるクマ。ごめんクマー」

 

 

 

 

 




 簡単なオリキャラ紹介!


 藤原 悟。
 スーパーマルチドライバー、頭忍、若様に次ぐドライモンスター。元ネタは頭文字Dの豆腐屋の息子とD-LIVE!のASEのドライバー。


 井川 日影。
 影遁使い、武器使い、式神使い、マジモンの万能選手。元ネタは呪術廻戦。邪悪な奴な目をつけられて推しにされてる奴。


 龍造寺 雅臣
 生粋のフィジカルモンスター、近接格闘の雄、復讐とか向いてない真っ直ぐな性格、次世代の最強候補。元ネタは呪術廻戦。最近、曇りまくってる主人公。


 白野 啓治
 スーパーエンジニア、ガチの非戦闘要員、工学や武器開発の分野で多くのブレイクスルーを発生させかねない天才、桐生ちゃんとは違ってマッドじゃない倫理観ありありのサイエンティスト。元ネタはDr.STONEの宇宙飛行士親父とマーベルの社長。声? あの人以外にいんのかよ! ご冥福をお祈り申し上げます。


 球磨
 生粋の羆。


 骸 永久
 オリキャラじゃないよ! 名前が違うだけだよ!


 若様の部下になった順番。
 災禍>天音>球磨>日影>永久>雅臣>啓治

 何気にこの色物熊が古参の一人っていうネ!

 では、次回もお楽しみにー!

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