次のガチャは私服ナーサラか。性能次第だけど、深追いはしなくて済みそうだ。
配布は水着?フランシス。相変わらずエッチな格好しやがって! しかし、この季節に水着かそれに匹敵する露出度の服とかすごく寒そう。
今週は仕事で忙しいから短めで。では、どぞー!
「此処が、今日からお前達の本部だぜぇ!」
啓治が先頭に立ち、案内した先は格納庫の端にあった小部屋だった。
空圧式の自動ドアが両側に開き、内部が見渡せる。
まず目を引いたのは部屋の中央にあるドーナツ状の円卓。開いた穴の中にはミラーボールのようなスフィアが台座に固定されていた。
それ以外に何か目を引くものがあるわけではない。残るは金属の壁と天井、埋め込み式の照明だけ。本部と呼ぶには何から何まで足りていない。
必要な機材が運び込まれていないだけなのか、もしくは未完状態なのか。ともあれ、寂しさすら覚える有様であった。
「これが本部ねぇ。他のところの方がマシじゃない。やっぱり大したことないわね」
「ところがぎっちょん!」
大見得を切って通された本部の様子に、きららはこれまで任務前に使用したミーティングルームを思い出して、小馬鹿にした笑みを浮かべる。
尤も、あれそれが足りない、何某かが欲しいという前提はない。この部屋を作った啓治が、見ず知らずの男であるが故に、悪癖が顔を出して頭から否定して掛かっているだけだった。
しかし、そんな反応など見越していたのか、啓治はにんまりと笑いながらパチンと指を鳴らした。
「な、何これぇ……?!」
「ヘッドディスプレイも使わずにこれか、呆れてものも言えないなこりゃ」
次の瞬間、本部の虚空に無数のウインドウが出現した。
ウインドウには日本の標準時が表示されているものもあれば、トレーニングルームの使用状態、車両の使用率、公開されている部隊の任務内容などが詳細に記されているものもあり、数十の情報が同時に閲覧できた。
空中投影ディスプレイと呼ばれる技術。
米連は勿論の事、五車学園でも一部の施設で採用されている技術であり、一般に普及されていないものの最先端技術として様々な組織で利用されている。
ただ、凄まじかったのはその数だ。
技術の最先端を行く米連ですら、ヘッドディスプレイを使用せずにここまでの投影は不可能。
根本的に空中投影ディスプレイの正体は光。これだけの数を互いが干渉せずにハッキリと目に出来る技術力は何処の国も研究機関も実現出来ていない。
「これだけじゃないぜ。操作は投影型のキーボードと音声入力のどっちでも可能だ。素人でも直感的に扱える。ま、若ならどっちも並行して使うだろうけどな」
「嬉しいね、作業効率が倍になる。通信は?」
「最近、流行りのニュートリノだ。重力波の検出が出来てりゃ重力波通信なんてのも手を出してみたかったがな」
「過剰だ馬鹿。十分すぎるわ。回線と暗号化の方式は?」
「どっちもオレのオリジナル。現状、これを解読できる設備も人間も存在しないだろうよ。米連の解読班が全力を出しても一年は余裕で持つと見るね」
「なら、どんなに少なく見積もっても一ヵ月は使い続けられるな。その間にお前が新しい暗号化の方式を作ればいい。盗聴の危険性は限りなくゼロになる。こっちの解析に関しては?」
「気軽に言ってくれるねぇ。コンタクト型のカメラやら近場の監視カメラを通して常時この部屋に送られてくる情報を
「馬鹿では使いこなせないにせよ、馬鹿でも使えるのは有難い。各種ツールは?」
「全部用意してあんぜ。ドローン各種、ふっつーのから暗視カメラ、オレ開発のサポートアイテムがわんさかな」
「そりゃまた、高い金払って碌でもないもん掴まされる心配がなくていい事だ。データベースは?」
「五車のメインフレームに直結だ。どんなデータでも引き出し放題。但し、一部情報に関しちゃアサギさんとオレの承認が必要にしてある」
「アサギは兎も角、お前の?」
「応よ。若は誰かが手綱握ってねーとやっちゃいけねーことまで平気でやっからな。ま、セーフティだと思っときな」
「まあ、その辺りは任せるか。現状、対魔忍の中でこれ以上の設備は得られないな。完璧だ、啓治」
「あ゛ー、そういうのも嬉しいが、給料とボーナスと開発費用を弾んでくれる方がもっと嬉しいねぇ」
「当たり前だ。これなら全部倍にしても惜しかねぇよ」
本部の機能や用意されている装備の数々の説明を受けた小太郎は会心の笑みを浮かべる。
独立遊撃部隊を設立するに辺り、天音を使って装備課から最新鋭の装備や設備を優先的に配布するよう交渉を行っていたのは正解だった。
如何に天才“白野 啓治”と言えども、ゼロからのスタートでは此処までのものは作れなかったはずだ。
小太郎の笑みに、自らも納得の仕事ぶりだったのだろう。啓治はこれ以上ないほどのドヤ顔を見せていた。
最新鋭の装備も設備も彼なりの工夫と改良が施されており、飛躍的に性能が上がっている。その顔は謙遜もなく不遜でもない。事実として、彼でなければこの施設は作り出せなかった。
「…………???」
「なんて顔してんだか」
「だ、だってぇ……」
「詳しくなけりゃ分からねぇよな、こういうの」
「ぐぬぬ」
二人の話を聞いていたきららであったが、無数のハテナマークを浮かべている。
その姿を見た小太郎は呆れ返り、啓治はドヤ顔を消して苦笑いを刻む。
実際の性能を目にしたわけではないが、啓治の語った機能が全て現実だとするのなら、対魔忍の中でも膨大な戦果を出している九郎隊が白目を向くほど驚くどころか、世界中の特殊部隊が泣いて欲しがるであろう。
情報の展開や解析の迅速さ、盗聴の危険性のない通信回線の重要性というものを全く理解できていない証左である。
これまで、きららはそんなものに頼った事がない故に、実感がまるで伴わないのだ。
それはそれで凄まじい話である。つまり、彼女はこれまでの任務を前情報がないまま、或いはあったとしても気にもせず、敵に関して全く解析せずに、盗聴されていようが関係なく完遂してきたことになる。
男からの言葉に耳を貸さず、命令違反を繰り返していたというのにこの成果。アサギも目をかけていたと同時に頭を抱えたはずである。
これまでの人生と任務をただ才能と努力と運のみで生き抜いてきた天才。きららもまたアサギに近い生き物ということになり、辿る道筋もアサギに近いものになってしまう。
ただ、これまでがそうだったからと言って、あらゆる意味でこれからもそうなるとは限らない。
彼女のみならず、対魔忍全体の運命は既に変わりつつある。ふうま 小太郎という特異点を中心に生み出される変遷期にして過渡期。彼女もまた、その渦中に立つ者の一人なのだ。
「簡単に言ってしまえば、小さいけれど世界でも最高峰の作戦本部、ってことよ」
「……! う、うんうん、分かってた! それくらい分かってたわよ! やるじゃないの!」
「だろぉ~? ま、そんなこと……あるんだけどなぁ! くははっ!」
「ほんとぉ? ほんとに分かってるぅ?」
「本っ当に分かってるから! 大丈夫だから!」
そんな彼女に助け船を出したのは、同じく渦中に立つ永久であった。
彼女自身、啓治の持つ技術力全てを理解できているわけではないが、これまで目にしてきた成果の数々は常に驚嘆に値した。小太郎へ向けるものとは異なるものの、仲間として向ける信頼に至るには十分すぎる。
そして、仲間内の不和は何れ大きな禍根を生む。ほんの僅かでもその可能性を減らせるのであれば、出会ったばかりの少女を助けることに躊躇はない。それが永久の侍女としての在り方であった。
とは言え、彼女が出した助け船は概要だけであって詳しく踏み込んでいくものではない。
にも拘らず、きららは思わず全てを理解している風に返事をしているものの、誰の目から見ても明らかなほどなーんにも理解していなかった。
啓治は気にした風もなく冗談を口にし、小太郎は揶揄いながら問いかける。
二人が自身の内心に気付いているなど思っていないらしく、きららは両手を前に突き出して振りながら必死で弁明していた。
「なら、ちょっと使ってみようぜ。何事も試すのが、実践が一番だ」
「うぇっ!? いや、でもほら、私は戦闘要員だから……」
「ウチの部隊に来た以上、そんな甘えは許さんぞ。こっちは常に人手不足だ、一人ひとりが何でも出来るようにならにゃ回らねぇ。ほら、こっち来い。分かんなきゃ教えてやるから」
「……うぅ、分かったわよぅ。機械とか苦手なのよねぇ。叩くとすぐ壊れるし」
「昭和のテレビじゃねぇんだよ? 叩いてどうにかなるもんじゃねぇよ」
きららの気質や考えなどお見通し。
苦手分野を人に任せ、得意分野で活躍する腹積もりなど、小太郎には通用しない。
例え、誰が欠けたとしても国を守るために任務を完遂する。例え、己がいなくなったとしても乱れなく整然として目的に当たる。
彼の目指す強固な一群とはそれ。そのためには、自身の仲間には誰の穴埋めも出来るようになって貰わねばならない。
米連や自衛軍のような人員を抱える組織であれば、それぞれの適正にあった役割に分担する術もあるが、生憎と彼は世界でみれば弱小組織である対魔忍の中にある没落家系と部隊の長に過ぎない。そんな贅沢な人の使い方はどう足掻いた所で出来ない。
誰であれ、苦手であろうとも最低限のラインは確保しておかねばならない。同じ戦闘に特化した雅臣ですら、頭から湯気を上げながらも必死で努力している。きららがどれだけ同じ分野が苦手であったとしても、同じだけ努力させなければ目標以前に部下に対して示しが付かない。
それでも面倒見は良い方だだろう。
標的や足を引っ張る味方には一切の情け容赦を持たない男だが、努力しようとする者には甘さも優しさも見せる男だ。どれだけ労力が掛かろうとも、努力する気を見せれば手ずから教えることに躊躇はなかった。
「はー……どっこいしょ」
「お疲れ様。私にはよく分からないけど、徹夜続きで辛かったでしょ」
「流石にこの
「あら、女に年齢の話をするのは非礼じゃない?」
「お~、怖ぇ怖ぇ。が、言ってる事は尤もだ。悪りぃ悪りぃ! くははっ!」
円卓の椅子へと疲労を露わに腰を下ろす啓治の隣に立ち、永久は掛け値のない労いの言葉を掛けた。
けれど返ってきたのは、冗談ながらも聞き捨てならない言葉。年齢自体への言及は、別段腹立たしくもない。事実は事実、それを否定したところで何も始まらず、いらぬ不和を生むだけだ。
ただ、忌まわしい過去を想起させるような物言いだけは、彼女にとって受け入れがたいものだった。
怒気どころか殺気すらも放ちながら、ギロリと睨みつけてくる永久を前に、啓治はさっぱりとした態度を何一つ変えずに詫びの言葉を口にした。
付き合いは決して長くないが、冗談や本心を澱みなく口にできるのは信頼関係が構築されていることを物語っている。それぞれが違う分野に秀でているものの、互いに貶すこともなく、認め合っている証拠だ。
「……嬉しそうね」
「あ゛ー、自分の造ったもんを褒められて嬉しくねぇ技術者はいねぇよ。それ以上に、若い連中が成長する姿ってのは眩しくてな。溶接の光を直視してるみてぇ」
「ぷっ、何それ。貴方らしいと言えばらしいけど」
啓治の態度に、怒気も殺意も消した永久は彼の表情に口を出した。
彼は小太郎ときららが並んで投射ディスプレイを見上げ、あーでもないこーでもないと説明と操作を繰り返している後ろ姿に、すっと目を細め、口の端を緩やかに持ち上げていた。
その表情は、技術者としての誇りよりも、一人の大人としての喜びに満ちている。
分野は違えども、自身の後に続く者が恐れなく前へと進む。その手助けする先達として、これ以上の喜びと安堵は存在しない。
正直な所、啓治は対魔忍という組織の必要性は認めているものの、肯定していない。
誰かの死など極力避けるべきだとこれまでは信じてきた。これからもそれは変わらない。正義の名の下に殺人すらも許容し、執行する組織など、人
だが、それでも小太郎の下を離れなかったのは、既に触れてしまったから。
一人の大人として、多くの子供達が人魔外道に立ち向かっている現実を見捨てるわけにはいかない。自らの信念のためにそれを見捨てては、それこそ彼の信念は嘘となってしまう。
これから自らの研究と技術によって多くの血が流れる。直接的でないにせよ、間接的には自らの手も血に塗れる。
それでもなお構わないと受け入れたのは、せめて味方をした子供達の未来だけは明るいものとしたかったから。だからこそ、成長の兆しを感じさせる姿は何よりも眩しく、何よりも嬉しかった。
「どんな姿になっても、どんな罪を背負っても、倒れるなら前のめりに。バトンを託して次に繋ぐ。それが技術者として変わらねぇ、オレの信念だ。今のアンタなら分かんだろ」
「ええ、よくね。私も、この世を去るなら、そうするもの」
「だろ? オレもアンタも若もそうだ。だから安心して、後を任せられる。オレはもうダメだ」
「ちょっと???」
「も、むり…………ガ、ガキのこと、たのまぁ……」
「これだものねぇ。はいはい、ゆっくり休みなさい」
「すやぁ……」
まるでスイッチが切れたかのように、啓治は眠りに落ちる。
この一月、彼はほぼほぼ不眠不休で働き詰めだった。
球磨が力仕事を代行し、永久の人形によって人手は足りていたものの、細かな調整や機材の改造は彼自身の手に寄らなければ不可能な部分も多い。
それだけではない。仕事の目途が立てば家に帰って子供の世話。シングルファーザーの辛い所だ。
如何に働き三十半ばと言えども、二十代の頃に比べれば体力は落ち込んでいるし、身体が勝手に睡眠を求めてしまう。
精神力だけで疲労感を無視して働き通していたのだが、ようやく限界を迎えたようだ。上が上なら下も下。やることをきっちりとやってから意識を失う辺り、似た者主従であった。
永久は自分よりも遥かに短い時しか生きていないにも拘わらず、自分よりも遥かに立派な大人として立つ啓治に敬意と共に薄っすらと笑みを浮かべ、眠る前の頼みを承る。
ふうまの侍女として、その部下の家族の面倒を見るのも仕事の一つ。何より、彼女は子供が嫌いではない。己とは異なり、無限の未来と可能性を持つ存在。それが成長する姿を見守る事に無上の喜びを覚える。
尤も、啓治の血の繋がらない息子はとても五歳児とは思えない貫禄を持っていて、子供らしいとは言い難い。だが、自身の夢を語る熱さと無邪気さは年相応。そこがまた愛おしく感じるのも事実だった。
「むー、やっぱりくせークマぁ……クマ? 啓治はダウンクマ?」
「ええ、家に送ってきてくれるかしら?」
「全く、男はいくつになってもガキで仕方ねークマ。皆のねーちゃんやるのも楽じゃないクマ」
「頼もしいわね、お姉さん。じゃあ、啓治とあの子の護衛をお願いね。私も後で行くから」
「任せろクマ。ほらケイジ、帰るクマー」
「うーん……むにゃ……こ、これが魔界の金属とドワーフの加工技術……うぇへ、へへへ、これならオレのアレをなんやかんやすりゃぁ……んごぐぐ……」
「寝ても研究してなんか造ってるクマ。休める時にきっちり休めクマー」
タイミングよく、二足歩行でのっしのっしと球磨が本部へと入ってきた。
自分の身体の匂いを嗅いで清潔感を気にしている辺り、精神面では乙女なようだ。尤も、着飾るのではなく、あくまで身綺麗さにのみ拘っている辺り野生らしい。
椅子に座ったまま眠りに落ちた啓治に、熊の顔で呆れを露わにした。
喋るだけでなく、人と違って表情筋が発達していないにも関わらず人に感情を伝えられる謎生物ぶりであった。
永久も球磨も小太郎で慣れっこなのか、啓治を背負い背負わせる。
そのまま球磨はのっしのっしと歩いて本部を後にしようとする。啓治とその息子の護衛。それが此処最近の彼女の仕事だ。
まだまだ対魔忍内部において啓治の重要性や腕前を知る者は少なく、外部に彼の死が偽装であったとバレてはいない。
しかし、内部に関しては徐々に知られ始めており、外部への偽装工作は完璧ではあったが、何時までも持つと信じるほど小太郎は自身の腕や方法を信じてはいない。
いずれ必ず、啓治を手に入れようとする輩は現れる。そのいずれが何時なのか人の身では分からず、現段階で替えの効かない人材である以上、彼が護衛において尤も頼りになると判断した人物を配置するのは当然であった。
或る意味で、小太郎は災禍や天音以上に球磨に対して信を置いている。
人ではないながらも人の情を理解し、人ではない故に人の情に引っ張られず、野生的な直感に従いながらも理知的な判断を下す、矛盾しながらも他にはない無二の二面性。
戦闘においても護衛においても、間違いを犯す心配がない。自身の為すべきこと、為せることを一切の呵責なく為す。其処に罪悪感も躊躇もない。有象無象の区別なく、彼女の爪牙はあらゆる障害を許しはしないのだ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「旦那様っ?!」
「そんな驚かなくてもいいクマ。どうせいつもの厄介事クマ」
その時、本部の中に小太郎の黒板を爪で引っかいたかのような甲高い悲鳴が響き渡る。
隣に立っていたきららは、あんぐりと口を開けて小太郎の有り様と彼に与えられた何事かに対して驚いているようだ。
永久は愛する男の悲鳴に何事かと同じく悲鳴染みた声を上げたが、眠ったままの啓治を背負った球磨は呆れるだけ。
小太郎の身に何が起きたのか。それは球磨の一言が全てを物語っていたのであった。