対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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ふむ、今回の新キャラはカガミ先生。褐色、豊満、無知。ちゃんとしてる、すごくちゃんとしてますねぇ!
でもクリスマス、年明けと年末年始のガチャが怖いので今回はスルー! いつか来てくれることを祈っておこう。

では、小動物二匹の真の恐怖を知ることになる、その序曲をどぞー! さあ、狂気のカーニバルの幕開けだぁ!



苦労人曰く、小動物? は? そんな可愛いもんかよ、ただの害獣の間違いだろ? との事

 

 

 

 

 

「うざ。おら、散れ散れ、邪魔だ。みすぼらしいガキども。もしくは死ね」

「な、何をぅ――! じゃなかったっ! 親分っ、やっちまいましょうよ!」

「そ、そうですよぉ、親分。可愛い子分のためにここは一肌脱いでやって下さい!」

 

 

 見ず知らずの少女二人に絡まれた小太郎であったが、落ち着きを取り戻すのにそう時間は掛からなかった。

 必死に自身に縋る可愛げのある少女達に何の感情も籠っていない瞳を向けるだけで、まともに取り合おうとすらしていない。

 それもその筈、背中に生えた翼といい、頭から伸びる角といい、露出度の高い格好といい、どう見たところで人間ではない。

 有翼種の魔族であるのに間違いはなく、彼が守ってやる範疇にある相手でもなければ、好きこのんで関わり合いになりたいタイプでもなかった。

 

 大方、人界へとやってきた弱小魔族だ。

 力も弱ければ格も低く、頭の回転も遅い虐げられるだけ弱者が、自分達よりも能力の低い種族の世界にやってきて一発逆転を狙う典型は後を絶たない。

 そうした者は大抵、同族の格上に食い物にされるか、格下である人間にすら良いように利用された上で捨てられるのがオチ。どちらにせよ、進んで関わること自体が馬鹿になる手合いに違いはない。

 

 それでも小太郎の応対は、内容は兎も角として言葉で窘める比較的優しいものだった。

 普段の彼であれば見ず知らずの誰かが己に触れに来た時点で問答無用で首の骨を圧し折る、苦無で喉を掻っ捌く、銃弾を眉間に叩き込むくらいのことは平気かつ反射でやるのだが、骸佐の対弾正を見越したちゃんとした対応で機嫌が良かった故に寸でのところで肉体の反応を抑え込んでいた。

 これが小太郎にとっての不運の始まりであり、少女達の最後の幸運になるなど、まだ誰にも分かっていなかった。

 

 

「親分だぁ……! おい兄ちゃん! テメェがこのガキどもの元締めかぁっ?!」

「“やっちまう”だぁ? 面白ェ、何をしてくれるってんだおいっ!」

(面倒臭い)

 

 

 その時、小太郎の背後から二人の男が現れる。

 片や銃で武装した屈強なオークに、片やフード付きのコートを纏い、剣を片手に握った魔族の男。

 いずれも闇の町の用心棒か、金の匂いを雇われ傭兵といった風貌で、此方も関わり合いになりたい人種ではない。

 

 この時点で小太郎は自らの応対が失敗であったと悟っていた。

 少女達が見ず知らずの自身を親分などと称して助けを求めてきたのは、罪を押し付けるため。

 相手が親分と子分の間柄と勘違いすれば、まず狙われるのは親の方。親を捕らえて搾り上げれば、自然と子分の居所も知れる以上は当然の判断だ。

 況してや、相手は小太郎と少女達の真の関係性を知らない。その場の状況と言葉だけで判断する他ない。そして押し付けられる相手は何が何やら分からない混乱から弁明もままならない。成程、巧い手と言えよう――――押し付ける相手が冷静さを失わない小太郎でさえなければ、だったが。

 

 小太郎は面倒な事になったと思いつつも、おもむろに少女達の腕に振り解き、懐から一つのマスクを取り出した。

 顎先から鼻を覆う面頬と使い物にならない右目を覆い隠すような眼帯が一体化したマスクだ。より異様であったのは面頬の部分が歯茎を剥き出しにしたかのようなデザインであった事か。

 

 

「げぇっへっへ! 親分、後は頼みましたでやんすぅーーーーーー!!」

「きゃはははっ! あっしらに気にせず思う存分やっちまってくだせぇ! これにて失礼させて頂くでやんすぅーーーーーー!!」

「おい待てェ、失礼すんじゃねぇ」

「「ぎにゃあああああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 自分達の思惑通りに進んだ、と下衆笑いを見せて脱兎の如く逃げ出す二匹の小動物。

 が、世の中そんなに甘くはない。そして小太郎はもっと甘くない。逃げ出そうする二人の長い髪を問答無用で掴んで離さなかった。

 脱兎の如き勢いに合わせ、少女の髪が毛根から抜けても構わないつもりで握り締められたが故に、二人の首はガクンと後ろに引っ張られて痛めるだけに収まらず、ストッキング相撲をでもしているかのように顔の面まで引っ張られて悲鳴を上げる。

 

 

「うぅぅ、髪が、首がぁ……! ぐぎゅうっ!」

「あがっ、い、今、首から変な音が……ひぎぃっ!」

「お、お前っ、突然何してやがんだっ!?」

「いや、オレはコイツ等とは無関係だし。仮にコイツ等の言うように元締めだったとして、こうすることに問題なんてないだろ? 子の不始末を拭うのは親の役割だしな。そして、二人はあんた等に引き渡す」

「な、何だと……!?」

 

 

 折り重なるように引き摺り倒された二人の上に腰を下ろし、小太郎は追手らしき二人に話し掛ける。

 別段、小太郎としてはこの場を穏便に収められればそれでいい。自身の下で呻いている二人は己を陥れようとした。報復する権利はあっても助けてやる意味がなく、また二人がどうなった所で知った事ではない。

 あくまでも少女と無関係と主張しつつも、それを追手二人が信じなかったとしても何の問題もない。

 仮に少女が主張するように小太郎が親分だったとして、自身の知らないところで馬鹿をやらかした部下をケジメのために引き渡すだけ。誰の目から見ても筋が通っている。

 

 

「嘘! 嘘でーす! 親分にやれって言われたからやりましたー!」

「そうだそうだー! 子分を売ろうなんて最低だぞー!」

「最低なのはお前等だ。反省が見られんな。ところで知ってるか? 日本のヤクザは何かやらかした時に謝罪や反省の意を込めて自ら小指を切り落とす。これはエンコ詰めと呼ばれる風習、習慣だ。折角だ、お前等もやれよ、な? もしかしたら許してもらえるかもしれんぞ。それとも反省してないのか? ん?」

「し、してるしてる! 反省してるっっ!!」

「ぎゃーーーーーーーー! やめてやめてやめてーーーーーーー!!!」

 

 

 往生際悪く喚き立てる二匹の反応など分かり切ったものだったのだろう。

 小太郎は眉一つ動かさず犀利な光の宿る視線を藻掻く二匹に落とし、懐からゆっくりとグルカナイフを取り出す。

 傭兵として有名なグルカ族が日常的に使う汎用大型刃物。日常生活でも扱え、内反りに折れ曲がり、汎用の性質が示す通りに戦闘にも使用できる。

 小太郎の手にしていたのは幅広で肉厚の刀身を持っており、低地のグルカ族が農作業に用いるタイプではなく、高地のグルカ族が硬い木の枝や幹を打ち払うに斧や鉈のように使用でき、投擲も可能なタイプ。これなら少女達の小指どころか手首までスコンと落とせるだろう。

 

 彼が本気であると気付いたらしく、少女達は顔を蒼褪めさせると拳を握って小指を掴ませまいと必死であった。

 

 

「お、おい……!」

「ああ、アンタ等もコイツ等の小指なんて受け取っても困るか。何にせよ、雇い主に連れてくるよう頼まれたのは元締めの方じゃなくて主犯だろ? これが何をやったか知らんが、オレは本当に関わりはない。仮に関わっていたとしても、オレまで連れていく必要はない。報酬も追加されないんだろうし、無駄骨折らずに目的だけ果たしなよ」

 

 

 恫喝に恐怖せず、泣き喚く二匹に同情せず、あくまでも冷静に諭す言葉に、傭兵二人は言葉を詰まらせる。それは小太郎の言葉が正しかったからだ。

 

 二人が何をやったのか、正直なところ傭兵達は依頼主である地元ヤクザから何も聞いていない。

 ただ、大した力もないガキを捕らえるだけで、目を剥くような大金が手に入ると聞いて飛び付いただけ。

 依頼主は血眼になって対象を探していたが、元締めや黒幕の存在は認識しておらず、またそんなものが存在しているかも興味がないようで、報酬の追加については一切口にしていなかった。

 とどのつまり、依頼主の目的は顔に泥を塗られた故の報復ではなく、本当に二人の捕縛だけが目的。少なくとも、傭兵がそう判断できるだけの要素は揃っていた。

 

 何も、小太郎は全てを把握していたわけではない。

 単に、自分の下で藻掻いている二匹が団体行動や集団行動が出来ない性格であることから事実を推察したに過ぎない。

 

 何らかの組織に属しているとは考え難い。強者に諂い弱者に威張る、短い時間からでも伝わってくるそんな性格の二人が後ろ盾があるのなら、其処に逃げ込まない筈はないからだ。

 ならば、二匹のやらかしは誰かに唆されてのものではなく二人だけで実行されたものと考えていい。その上、短絡的で計画性はないが、傭兵を動かせるほど裏の世界に精通して、資金力を有する個人か集団、或いは組織が動かざるを得ない事態を引き起こしたらしい。

 状況と二匹の性格を鑑みるに、やらかしの内容は相手を選ばず悪戯でもして顔に泥を塗ったか、金儲けをしようとして粗悪品でも売りつけたか、のどちらかが最有力候補。

 だとするのならば、仮に自身が元締めだったとしても二匹を引き渡してしまえば、彼女達は自身のやらかしを償い、傭兵二人は約束の報酬を得て万事丸く収まる。二匹がどのような目に逢おうが小太郎には関係なく、あるかもわからない追加報酬を期待して傭兵が無駄に頑張る必要もない。

 

 

「……いや、こんな幼気なガキを売り渡そうなんざ、男の風上にも置かねぇ奴だ!」

「そうだな、兄弟! コイツはメチャ許せんよなぁ~~~~~~~~~~!!」

「なんでそーなるのっ」

「い、いいぞいいぞー! やっちゃえやっちゃえー!」

「そうだそうだ! こんな極悪非道な親分なんかやっつけちゃえー!!」

 

 

 突如として意味不明な正義感に目覚めた傭兵。余りの馬鹿さ加減に頭痛を覚える小太郎。自分を捕らえに来た筈の傭兵を応援し出す小動物二匹。

 正に混沌(カオス)。これならば、ヨミハラの無法振りの方がまだ秩序だってさえいる。

 

 闇の世界の住人など、九割九分九厘がその場の感情と自身の稚拙な正しさだけを信じて生きている、脳の代わりにスポンジが詰まっているとしか思えない連中である。

 小太郎もある程度予想はしていたが、此処まで馬鹿だと頭痛の一つも覚えよう。

 

 この傭兵達であるが、呆れ果てたことに心の底から本気で言っているのである。

 今し方まで自分達がその幼気なガキを痛めつけて売り払おうとしていたことすら棚上げしている。いや、棚上げしている自覚すらあるまい。

 その場の状況と感情だけで条件反射的に生き、一貫性などなくただ欲望と感情にのみ正直。これが頭魔族の実態である。頭対魔忍とどちらがマシなのか。

 

 

「あーはいはい。好きにしてくれ、付き合っちゃいられんわ」

「ひきゃぁっ!? ど、何処に手入れてるんだよぉ! エッチ変態スケベ!!」

「テメェ! 逃げるのか?!」

「逃げるに決まってるだろアホらしい。選ばせてやるけどな。今の気分でオレを追うか、それとも金のために二人を追うか。どっちがいいかね?」

 

 

 余りにも馬鹿馬鹿しい。

 論理もなく冷静でもなく、矛盾しかない傭兵も。自業自得でこんな状況に陥っているにも拘わらず、未だに自分の何が悪かったのか一切気付いていない小動物二匹も。成り行きとは言え、付き合ってしまった自分自身も。皆等しく馬鹿馬鹿しく愚かしい。

 ただでさえ馬鹿な状況で馬鹿な自分を再認識したというのに、これ以上付き合っていたらただでさえ馬鹿なのに更に馬鹿になってしまいそうだ。もう小太郎には、一刻も早くこの場から離れたいという思いしかなかった。

 

 彼は重なっていた小動物の身体の下に手を突っ込んでから立ち上がり、今度は二匹の身体を片足で抑えつけた。

 見せつけるような行為に二人の傭兵は固まった。今、彼等に押し付けられた選択肢は二つ。この後、逃げる小太郎を追うか、それとも逃げる二匹の小動物を追うか。

 ただ欲望と感情にのみ正直で理論もなければ刹那的。とてもではないが正確に次の行動など予想は出来ない。精度を高めることは出来ても完璧には程遠い。

 ならば、選択肢を押し付けて狭めればいいだけの事。欲望と感情に天秤に乗せて、どちらを取るのか選ばせる。これで確立は二分の一。二手に分かれて一挙両得を狙おうとも、小動物は兎も角、自分は問題なく対処できる。

 

 そして、欲望と感情の鬩ぎ合いでエラーを起こした傭兵を尻目に、すっと小動物を抑えつけていた片足を離す。

 最適を選ぶ時間すら与えない。選択を決定する時間が短ければ短いほど、間違いを選ぶ確率は上がるのだ。

 

 

「な、舐めやがって、俺達を誰だと思っていやがるっ!」

「泣く子も黙る傭兵義兄弟! ドグ&ハッシュとはオレらのことだぞ!」

「やった! 今だ、逃げるよミナサキ!」

「がってん、リリム! ――――って、カチャンって何?」

「ま、どっち選んでも同じなんですけどね」

 

 

 傭兵達は結局、両手をポケットに突っ込んだまま背中を向け、家に帰るのと何ら変わらぬ足取りで去っていく小太郎を追うことを選んだ。

 依頼を達成した金で豪遊するよりも、自分達を舐めた相手を叩きのめす方が重要であったらしい。

 分からなくもない。傭兵など実力以上に噂や名が重要な職業。ヤクザやギャングのように顔にクソを擦り付けられるのを何よりも嫌う。

 

 最早、自分達に目もくれず、地を蹴ろうとしていた傭兵の姿に小動物二匹は揃って立ち上がり、一目散に逃げ出そうとした。

 だが、彼がそれを読んでいない筈はなく、保険は既に掛けてる。

 

 片割れの少女、ミナサキは聴き慣れない音に首を傾げて音源に視線を向けたが、目にしたものに対して更に首を傾げるのであった。

 

 

「あれれ~~?? 何かなぁ、これは~~~~???」

「うわぁ、ボク見た事あるぞぉ~~~~? 丸くて、ゴツゴツしてる奴ぅ~」

「「…………手榴弾だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「「な、何だとぉ?!」」

 

 

 立ち上がる直前、ミナサキの下に手を突っ込んだのはこれを仕込むため。

 既に安全ピンは外れており、ミナサキの身体によって抑え込まれていたレバーも外れて信管は作動済みだった。

 

 使ったのはM26手榴弾。

 開発されてから既に100年近くが経っていながら未だに現役のベストセラー。というよりも、シンプルな兵器故にわざわざ新たな構造や機構を開発する必要性がなかったのだろう。ただ、性能は常に向上(アップグレード)している。

 生成破片をばら撒く効率は開発当初の比ではなく、魔族の高い生命力や硬い皮膚に対抗するため、高性能化した爆薬を使用して確実に急所まで届く。その上、味方を巻き込まないように破片の重さが計算し尽くされており、殺傷範囲を据え置きだ。

 

 どうでもいい四人の狼狽など何処吹く風。

 小太郎は普段通りの足取りで路地裏から更に細い路地へと身体を滑り込ませて、壁に背中を預けた。

 周囲に民間人がいないことは確認済。そもそも、この時間帯に娼婦やヤクザの多い区域に民間人は足など踏み入れない。脛に瑕があるか、闇に片足を突っ込んでいるかの二択。いずれにせよ対魔忍の守る範疇にはなく、小太郎にとってはどうでもいい誰かである。

 

 

「や、や、やばい~~~~~~~!!」

「うわわわ、逃げろ~~~~~~!!」

「「お、俺達も――――えっ?」」

 

 

 背中の羽を限界まで羽ばたかせ、小太郎が消えていった方向に向けて脱兎の如く二匹の小動物。

 その時、宙へと舞うために地を蹴ると、彼女の足先が手榴弾に触れて転がり出す。当然、手榴弾が転がって向かう先は彼女達の進行方向とは逆――――即ち、傭兵達の方向である。 

 

 ――刹那、手榴弾は我慢の限界を迎えたように爆ぜた。

 

 派手な爆炎もなど起こらない。あくまでも生成した破片による殺傷を目的にとしている以上は当然だろう。

 傭兵達が逃げる暇もなく、耳を劈く音と共に無数の破片が撒き散らかされる。如何に人間を越えた生命力を持つ魔族であったとしても、1m未満の距離で手榴弾が爆発すれば一溜まりもない。

 僅かに上がった煙が晴れた後に残ったのは、機能に定められた通りに撒き散らされた破片によってズタズタに引き裂かれた死体だけ。末期の言葉も断末魔の叫びすらありはしない。

 損傷は酷いものだ。原型は保っていたが、服は数えきれないほどの破片によって襤褸布同然。露わになっていた頭部と顔面は個人を認識できないほどに崩れていた。

 

 俄かに繁華街が騒めいた。

 当然だ。此処は戦争状態にある国でなく、無法そのものの東京キングダムやヨミハラではない。手榴弾の爆発音は明らかな非日常となる比較的平和で法の内側にあるまえさきなのだから。

 驚きと好奇心で路地裏を覗き込み、無残な死体に腰を抜かす者。悲鳴を上げながらも携帯電話を取り出して惨事を撮影、録画しようとする者。見て見ぬ振りをして足早に立ち去る者。

 いずれにせよ、国民として為すべき義務を果たそうとする者はいないのが、街が闇に呑まれかけている証左――――いや、人など何処でもこんなものか。自身さえ巻き込まれていなければ、どれほどの危険であろうとも須らく対岸の火事に過ぎない。社会に守られている故、自身の安全が脅かされることなどないと思い込んでいる。

 

 この街の娼婦にせよ、ヤクザにせよ、爆発が伴うほどの荒事は日常から遠い。そうでなくともまともな誰かが警察に通報し、現着までほんの数分から十数分といったところ。

 小太郎が対魔忍である以上、警察にも顔は効く。個人として繋がりを持っている警察官もいるが、時間ばかりがかかる手続きや一芝居打たねばならない。

 これ以上の面倒はゴメンだとその場を去ろうとしたのだが――――

 

 

「待てぇ~~~~~! このイカレポンチ!」

「何てことすんだよ、このクズ!!」

「……ほぅ」

 

 

 しかし、それを止める者が現れた。

 手榴弾の爆発から逃れた小動物二匹。爆発の影響で髪はボサボサ、服は泥だらけだが無傷。威勢も損なわれておらず、自分の行為を棚に上げて元気に慰謝料をせしめようとしている。この二匹も傭兵に負けず劣らず頭魔族である。

 

 少なからず小太郎にあったのは驚きだ。

 殺意はあったが必殺の意思はなかった。面倒なので雑に殺そう程度の手順であったのだが、生き残るとは思っていなかった。

 

 彼女達は手榴弾から生き残るいくつかの手段の内、実行可能な最適解を知識ではなく本能で選択していた。

 まず手榴弾から即座に離れた点。爆発地点から離れれば離れるほどに生成された破片は威力を失い、広範囲に散らばるため破片の間隔は離れるほど広がっていく。

 次に、背中を向けて爆発に合わせて地面に伏せた点。形として手榴弾の側に向けたのが足の裏。万が一、破片が当たるとしても下半身側となるため、即死はしない。

 

 世界には時折こういった厄介者が生まれてくる。

 頭も悪ければ知恵もない。生き残るだけの正当な能力も理由もない。なのに何故か生き残る者が。

 天に愛されているのか、天の思惑からすらも外れているのか。何にせよ、他者にとっては傍迷惑以外の何ものでもない。そうした者ほど、厄介事を運んでくるからだ。

 

 小太郎の二人に対する総評は、それを認識した瞬間に決定した。

 

 

(馬鹿で小賢しい。一番面倒臭い奴だ)

「ほら、金だぜ! 髪も服も泥だらけだし、ちょっとのいしゃ――――もがぐぐっ!?」

「ちょぉっ?!」

「オレはお前等と関わりたくない。追ってくるな。二度と顔を見せるな。分かったな?」

 

 

 喚き立てるリリムと呼ばれた少女が一際大きく口を開いた瞬間、小太郎は黒くて硬い棒状の物体を捻じ込んだ。

 無論、卑猥な物体などではなく、掛け値なしに危険な物体。コルトSAA小太郎スペシャルである。

 

 彼が僅かでも指に力を籠めれば、それだけで少女の頭蓋は砕け、脳漿をぶち撒ける事になる。

 二人は驚きと恐ろしさで目を見開くばかり。先程の状況から生き残るだけの運の良さも、自分の行為を棚上げして小太郎を責める記憶力の無さと自分の都合で巻き込んだのが関わるべきでない相手と気付かなかった危機感の無さという頭の足りなさの前では形無しだった。

 無言でホールドアップのまま、小太郎の頼みではない命令に、コクコクと頷くばかり。

 

 小太郎は頷きだけ確認すると意外なほど簡単に愛銃を懐に仕舞い込む。

 『殺す』という形ですら関わりたくないのだ。これも苦労ばかりを背負い込む羽目になる彼の本能の為せる業か、はたまた極まった洞察眼故の推察だったのか。

 

 凡そ、小太郎の応対は正しい。この手の能力は低いが生き残ることに長けた存在には、自分ではどうにもならない相手であると感じさせて自らの意思で距離を置かせるのが正しい方法である。惜しむらくは――――

 

 

(ミナサキ、あれあれ!)

(チャ~~~~ンスッ!)

 

 

 二人が三秒前の死の恐怖ですら忘れる鳥頭の持ち主であった事。

 

 納得した小太郎が背を向けて歩き出すと胸を撫で下ろした二人であったが、後ろ姿にあるものを発見して目を輝かせた。

 それはズボンの後ろポケットから飛び出した長財布。特段厚いわけではなかったが、知識のない二人でも一目でブランド物の高級品と分かる代物。当然、それだけの外見であれば中身が空である筈もない、と思い立つのが性というもの。

 武器や道具は使い捨て、特段の思い入れを抱かない彼ではあるが、長く使う身の回りの小物には金を掛ける。安かろう悪かろう、という金は持っているが庶民の金銭感覚を捨てない彼らしい発想だ。

 加えて言えば、自分の女に恥ずかしい思いをさせないためのチョイスでもある。人の目など気にする性質ではないが、彼女の女がそうであるとは限らない。デートで立ち寄った店で安物の財布を出して相手は何を思うのか。小物にまで気遣いを忍ばせるのが、長く愛され、モテる男の秘訣と言えよう。

 

 如何にもな高級品の財布を目にした二人が何をするのか考えるまでもない。

 欲望を堪えるという機能が欠落しているが故に、ヤクザや傭兵に追われるような目にあっている。そして、どんな目にあってもめげず落ち込まず顧みない。そんな輩の行動など一つだろう。

 

 すすす、と去っていこうとする後ろ姿にミナサキは音もなく近寄っていく。

 彼女達の思惑はこうだ。手の届く位置にある財布をスリ、気付かれる前に逃げる。気付かれたとしても逃げる。たったそれだけ、考えなしにも程があった。

 二人の発想は決して間違いではない。犯罪行為そのものは誰もが思いつくような発想が大半であり、付け入る隙を与えるからこそ実行に移される。間違いがあるとするのなら――――

 

 

「成程、よく分かった」

「「ひっ……!」」

 

 

 相手が一般人ではなく、狂気そのものの猜疑心によって隙という概念そのものを己の中から消し去った小太郎を鴨に選んでしまったことだ。

 

 財布に迫ったミナサキの手であったが、永遠に届くことはなかった。

 触れる直前に小太郎がその歩みを止め、首だけで振り返って二人を視線で貫いたからだ。

 彼の黒瞳は深淵のような闇よりも深い色と昏さ。事此処に至って、ようやく二人は関わってはならない者に関わってしまったと気付く。だが、全てが余りにも遅すぎた。

 

 そして、小太郎もまた再び認識を改める。

 この二匹は馬鹿で小賢しい小動物などではない。馬鹿で小賢しい害獣である、と。

 

 彼女等の姿と来たら、僅かな綻びから我が物顔でテリトリーに侵入し、腹を満たすための食料を齧って台無しにするばかりでなく、歴史的にも知識的にも価値のある書物を無残な姿に変え、電気配線というライフラインすら使い物にならなくし、挙句に病すら運んでくる鼠そのもの。小太郎は鼠が大嫌いだ。

 それが星の生み出した自然の法則ではなく、あくまでも人と自分の都合に沿ったものに過ぎないものだとは分かっている。多くの獣害は人の無知から彼等のテリトリーを踏み荒らしたからこそ起こる事態であり、或いは人が自然から外れて自らの望むままに繁栄を謳歌しているからに他ならない。

 しかし、例え種全体の不義と不知から引き起こされた事態であったとしても、人は自らの領域と周囲を守るために断固とした姿勢で恥知らずに胸を張らねばならない。絶滅させずとも、姿が見えなくなるまで駆除せねばなるまい。

 

 

「どうした? 逃げていいぞ? そろそろ警察が来るからな。此処で事を起こすのは後々手間だ。だから、オレは逃げるお前達を追いかける。ちょうどいい機会でもあるしな」

「「ひっ、ひぇぇ~~~~! お、お助けぇ~~~~~~~~~!!」」

「二つに一つだ。害獣らしく駆除されて死ぬか、何も詰まってない頭ではなく身体と魂で本当の恐怖を学んで生き延びるか。さて、どうに転ぶかな」

 

 

 小太郎がマスクの下で浮かべた笑みに、露わになっている左目を見ただけで言い知れぬ不安を畏怖を覚えたリリムとミナサキはそれこそ鼠のように逃げ出した。

 今度は小太郎が逃げていく害獣二匹の背中を見送る番だった。判断の早さに呆気に取られたのではなく、準備のためだ。

 

 彼の考える真の恐怖を与えるために。そして、この無駄で無意味な時間を少しでも価値のある時間とするための下準備。

 

 ゆるりとした歩調で、小太郎は路地裏の闇の中へと消えていく。

 こうして、小動物二匹改め害獣二匹が心底からの後悔と魂の奥底から震え上がる恐怖に満ちた夜が始まったのである。

 

 

 

 

 


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