対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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復刻イベにて行かず後家もといアスタロトゲッツ!
このイベントやってた当時はパソコンに触れられもしなかったんだよなぁ。M男シチュもいいけど、イチャラブ! 行かず後家とのイチャラブをはよ!!!!

さて、というわけで今回は若様によるパーフェクトハンティング教室がはっじまっるよー――――と思ったのだけど、書いてたら小動物視点で見ると若様が完全にホラー映画のクリーチャーと化してしまった件について。では、どぞー!








ホラー映画の演出をリアルで体験したらどうなると思う?

 

 

 

 

 

「さぁて、御覧じろ。FRTS起動。我が家の天才技術者(エンジニア)の実力、どんなもんか」

 

 

 小動物が逃げてから三分後。

 小太郎は風俗店の詰め込まれた三階建ての雑居ビルの屋上に居た。

 ネオンの輝きに満ちた街並みを眺めながら、小太郎は独り言を呟きながらマスクに仕込まれたデバイスを音声認識で起動させる。

 

 すると、独立遊撃部隊の本部のように空中投影ディスプレイが現れた。

 其処に映し出されていたのは、先ほど死んだばかりの傭兵二人とリリム、ミナサキの顔写真だった。何時の間に撮影したのかと問われれば、マスクを被った瞬間からだ。

 マスクの眼帯部分には極薄、極小のカメラが搭載されており、これによって自動で出会った対象の顔を撮影、また小太郎の視点をリアルタイムで本部に送っている。

 

 小太郎はディスプレイの害獣認定した二人の写真を指先で選択する。

 其処から僅か数十秒で繁華街周辺の地図と二つの光点が示された。この結果には流石の小太郎も舌を巻く。

 

 小太郎が起動させたのは、本部を作る際に啓治に要望しておいた機能(システム)の一つ。

 Facial Recognition Tracking System。それぞれの頭文字を取ってFRTS――――日本語に直訳すれば顔認識追跡機能だ。

 

 20世紀初頭から始まった情報化社会と監視システムの発展は凄まじく、あらゆる個人は如何なる時でも他者の目を気にせねばならなくなった。

 SNSを初めとする気軽な個人による情報の発信。定点、監視カメラによる犯罪の未然予防と自衛対策。Nシステムによる交通違反監視。挙げていけばキリがない。

 誰もがプライバシーの権利を持ってこそいるが、人の“誰かの何かを知りたい”という欲望に歯止めなどなく、また国も国を管理する観点から言ってある程度の監視は常に必要となる。

 

 このシステムは、留まることを知らない発展と人の欲望を利用して作られたもの。

 元々は対魔忍が活動するに当たって懸念されていた一個人による撮影や動画投稿によって存在が認知されてしまう事態を未然に防ぐため、国が作ったネット監視システムが元になっている。

 登録されている対魔忍の特徴と一致する情報が民間人の目に触れるネット環境に流出する直前、画像や動画を投稿前に削除してしまうシステムだ。これのお陰と政府の発したカバーストーリによって、対魔忍の存在は精々が噂レベルに留まっている。

 

 啓治はこの顔認証のプログラムを応用。

 FRTSの端末を持つ者の周辺から発信されたSNS情報、最近はデフォルトでオンラインストレージサービスでネットに繋がっている監視カメラやドレイブレコーダー、定点カメラをハッキングし、多角的に情報を得る事でで特定個人を何処までも追跡可能とした。

 唯一の弱点は人間の構築した監視網やネット環境の無い場所への逃亡であるが、現代日本ではそんな場所を探す方が難しく、対魔忍の活動は大半が闇の跋扈する街の中。システムとしては十分過ぎる上に、何も知らない追跡対象にとっては脅威以外の何物でもない。

 更には、対象の動きを自動解析することで、凡その逃走ルートも先行して入手可能と至れり尽くせりの機能であった。

 

 ただでさえ恐ろしい監視、追跡システムにも関わらず、対象を選択してから僅か数十秒で発見。

 これほどの速度は、啓治が持つ独自の技術と卓越したプログラミング技能が無ければ成し得ぬ成果だ。

 またこれだけの速さで対象を発見出来るのなら、逆に追跡者の位置を把握して自らの逃亡にも利用可能になるだろう。

 

 

「流石は啓治。お前を味方に引き込めて幸運だったよ」

 

 

 小太郎は満足げに自らの手足となって働く技術者に最大級の賛辞を送った。

 害獣二匹を追いかけると決めた際に、ちょうどいい機会だ、と呟いたのはこのシステムを試運転するには最適であったからに他ならない。

 相手は頭は悪いが本能で窮地を乗り切り、天運に守られているとしか思えない、逃げ回り生き延びることに長けた小賢しい害獣。何が最高だと言えば、反撃に転ずるだけの力が乏しいという点が最高だった。

 窮鼠猫を噛む、とは言うが、殺すとは諺でも謳っていない。何らかの手段で反撃に打って出てこられたとしても、自分だけでも制圧可能であるし、他の札も伏せてある。何が起こったとしても命に危険はなく、致命傷どころか掠り傷すら追わない状況下。成程、これ以上の機会はあるまい。

 

 転んだとしてもただでは起き上がらない彼らしい考えと行いだ。

 そうして小太郎は地を蹴ると、眠らぬ夜を過ごす街へと屋上から身を躍らせた。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ひぃーっ、ひぃーっ!」

「はーっ、はぁーっ! ど、どうしてボク等がこんな目にぃ……」

 

 

 繁華街のとある路地裏で、自業自得の結果として害獣認定されたリリムとミナサキは壁に寄り掛かりながら肩で息をしていた。

 

 顔は紅潮し、大粒の汗を幾重にも流している。見るからに疲労の色が濃い。

 それもその筈、決して敵に回してはならない存在を敵に回してしまった上に、その事実に気付くのが遅れに遅れたと悟った二人の本能が全力の逃走を選択させたからだ。

 ただ闇雲に繁華街を走り回るだけではない。時に自らの足跡を追えぬように人込みを押しのけ、時に人気のない道を選び、時に自らを追うヤクザの手先からも逃げ、時に店に押し入って何も手をつけずに裏口から飛び出して。何とか追手を撒いた二人は誰もいない路地へと辿り着いた。

 

 

「は、はひぃっ……はっ、ふ、ふふっ……ふふぅ~ん、どんなもんだい! 馬鹿人間め、ざまぁみろぉ!」

「捕まえられるもんなら捕まえてみろってもんだよ!」

 

 

 そう慣れた街ではない故に、もう既に自分が何処にいるのかも分からない二人であったが、胸中に存在していたのは安堵でも不安でもなく優越感であった。

 面倒な追手を押し付け、自分達は悠々と逃げ延びる。少々予定とは違ったが、結局は自分達の二人勝ち。押し付けた男もヤクザが放った傭兵も、探し回ってはいても見つけられない上に自分達は無傷。これを勝利と呼ばずに何と呼ぶのか。

 勝ち名乗りを上げるように、リリムとミナサキは思い切り存在しない胸を張る。

 

 酷い勘違いもあったものだ。

 確かに二人は逃げられたが、逃げきってはいない。彼女達の勝利条件は行方を完全に眩ませた上での街からの脱出。あくまで一時逃げ延びただけで、首の皮一枚で繋がった状態であるに過ぎない。

 だが、そんなものは関係ない。過去を振り返って反省することも、未来を思って考え抜く真似もしない。二人には今だけあれば十分であり、今を思う頭しかないからだ。

 

 甘いという他ない。

 ヤクザの追手は兎も角、自らの厄介事を押し付けようとした男は別なのだ。

 相手は底のない猜疑心から事が始まれば何処までも執念深くなれる。その執念深さは、一族郎党を皆殺しにされた復讐者にも比肩しうる。

 何処までも何処までも追い掛け、追い詰め、例え世界の裏側の便所に隠れようとも探し出して鉄槌を下す、そんな男――――ではあるが、二人はそんな事は全く知らない。

 

 その無知と誤認が、何処までも彼女達自身を追い詰める事になるなど知る由もなかったが――――後悔と恐怖という感情を初めて自覚する瞬間は、すぐそこまで迫っていた

 

 

「あー、でもどうしよう。放っておいたらヤバいと思って責任取らなきゃって戻ってきたけど、これじゃあ元も子もないよね」

「だよねぇ…………そのまま逃げちゃおうか。私達がこーんな酷い目にあってるのに誰も助けてくれない街なんて、どうなってもよくない?」

 

 

 どうやら、彼女達には彼女達なりの道理と都合があったらしい。

 言葉だけでは何についてであり、何をするつもりなのかまでは分からないが、少なくとも自分達の行いに対して責任を取る殊勝な心はあったようだ。

 しかし、それもまた自分達の都合によって押し流されてしまう。かつて小太郎が凜花達に語って聞かせた責任の取り方――――身投げのような行為ではなく地味で全うなものという道とは全く別であり、自分の都合だけしか考えていない辺りとても殊勝とは言い難い。

 

 

「もういいや、面倒臭いし。私、しーらな――――――ひっ!?」

 

 

 全てを投げ出して、街を去る選択を選んだリリムであったが、次の瞬間に短い悲鳴を上げる。

 街を去るべく路地裏の先へと視線を向け、其処で恐るべきものを見たからだ。

 

 ビルとビルの隙間にある路地裏には、エアコンの室外機やゴミ箱、何らかの店の勝手口か裏口と思しき扉が並んでいる。

 扉のすぐ上には照明があり、夜間にも従業員が出入り可能なように照明が設置されていた。余程の安物なのか、点いては消えて、消えては点いてを繰り返している。

 

 ――その明滅する照明の下に、唇を取り払って剥き出しの歯茎を模したかのような仮面を被った男が立っていた。

 

 まるで影から滲み出てきたかのような黒装束。闇に溶け込む姿とは対照的に、俯き加減の顔から覗く異常な眼光を湛えた瞳。

 威嚇する訳ではない。怒りや憎しみを抱いている訳ではない。ただ、その場で立っているだけ。正体も分かっている、種族として遥かに劣った人間だ――――なのに、どうしようもなく不安を煽るその姿は何なのか。 

 

 

「何やってんの?」

「み、みみみみ、ミナサキ! あ、アレアレ!!」

「アレって? 何もいないじゃん?」

「ふぇっ?!」

 

 

 リリムはまるで怪物に出会ってしまったかのようにその場で尻餅をつくと、ミナサキと顔を見合わせて指で今見たものを指し示した。 

 

 しかし、ミナサキが指の先を見ても、其処には何もいなかった。

 不規則な明滅していた筈の灯かりは故障や経年劣化など思わせないほど、しっかりと路地の一部を照らしている。

 

 リリムは一瞬、疲れから幻覚でもみたかと考えたものの、即座に首を振った。

 彼女の種族は夢魔。淫魔の一種であり、知的生命体の夢に潜り込み、対象を魅了して精気を啜る。

 言わば夢という幻を思うがままに操る人外。尤も、彼女はその中で落ち零れも落ち零れ。もし仲間に種族としての能力で嵌められようものならば現実か夢かなのか区別がつかないほどだ。だが、身体の奥底から湧き上がる不安と警戒は、例え夢や幻覚であったとしても行動を起こさせるには十分過ぎた。

 

 

「み、ミナサキ! あれ! あれやって!」

「いいけど、誰の?」

「アイツ! 爆弾仕掛けてきた奴! いいから早く!」

「もー、うるさいなー。分かったよ、やればいいんでしょやれば。むむむむ」

 

 

 涙目でにじり寄ってくるリリムに、明らかな不満を口にしながらもミナサキは言われた通り、生まれ持った自らの能力を発動した。

 彼女の異能は、一度でも目にした物の位置を探知できるというもの。対象が生物非生物であるに問わず、視覚としてではなく感覚として位置を掴める。対象と位置が離れすぎているとざっくりとした方角くらいしか分からないが、近づけば近づくほどに精度は増す。

 地味ではあるが、実に汎用性が高い良い能力だ。きららの変り身の術と同様に直接的な攻撃、戦闘能力に直結している訳ではないが、使い方によっては何処までも凶悪になり、同時に対処のしようがない。

 

 尤も、彼女の使い方は強い独占欲から気に入ったものを手に入れるためであったり、こうして逃げるために相手の位置を探るばかりと生まれ持った才能をそのまま使うだけであった。

 

 瞼と閉じると両手の人差し指をピンと立て、眉間を挟み込むように押し当てる。

 対象を位置を探る感覚はミナサキ自身にも説明しようがなく、感覚としてただ其処に“在る”ということが分かるだけ。対象が何をしているのか、どんな状態にあるかまでは分からないが、逃げるだけならそれで充分。

 だからいつものように集中して、いつものように探ろうとしている。

 

 リリムの焦りや不安を何一つ理解していないミナサキであったが、探る対象――――顔だけしか知らない巻き込もうとした男の位置を感知した瞬間、全身から血の気が引き、心臓が早鐘を打つ。

 

 

「ど、どどどどうなの!? 何処にいるの?!」

「………………う、後ろ」

「――――ふぇ?」

「すぐ、後ろに、いる……?」

 

 

 ミナサキは位置を感知した瞬間に。

 リリムはミナサキの言葉を聞いた瞬間に。

 

 同時に凍り付いた。

 二人が二人とも、自分が何を言っているのか、相手が何を言っているのか、まるで理解できていなかった。

 何せ、予兆はあれども気配どころか影も形もなく、置き去りにしてきたはずの相手だ。それが、自身のすぐ後ろに居るのだと言う。まともでなくとも思考回路を持つ脈絡がなさすぎて理解も納得もできまい。

 

 弛緩していた心にあったのは漠然とした不安から転じた明確な恐怖だけ。

 余りの恐怖に身動ぎ一つできず、指一本動かせない。呼吸の仕方すら思い出せない。流れる大量の汗にも、激しくなる動悸にも止めようがない。  

 

 瞬間、ミナサキだけでなくリリムも感じた。

 顔の真横。頬に触れるほどの距離で、自分達を念入りに観察する怪物の息遣いを。

 

 

「「ひぃわわぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁ――――――!!」」

 

 

 何故、これほどまで距離に近づかれて気付かなかったのか。

 何故、これほどまでの距離に近づいて、何もしてこなかったのか。

 何故、自分達がこんな目にあっているのか。

 

 駆け出した二人の頭には、身勝手な思考すらない。あるのはこの場を離れなければならないという生存本能だけ。

 相手はただの人間でしかない、そんな考えは既に吹き飛んでいる。二人には、最早男が怪物にしか映っていなかった。

 

 

「な、ななななな、なんでー!? なんでボク達の居場所がー?!」

「わ、分かるわけないでしょそんなの?! そ、それよりも、これからはずっとアイツの居場所探っててよ! ヤバイ、絶対ヤバいよアイツ!!」

 

 

 極度の恐怖と混乱の中、半泣きになりながら路地を駆ける。

 一秒でも早くこの場から離れるために。一秒でも早く怪物から逃れるために。

 

 路地を抜ける直前、二人は背後を振り返る。

 薄暗い安物の照明だけで照らす路地の中、闇を背負い、影を纏った怪物はただその場に佇んでいた。

 動き出す気配はない。しかし、微塵も安堵など訪れはしない。その異様に鋭い眼光だけが、二人の姿を追っていたからだ。

 

 二人はまだ知らない。

 多くの者が怪物と呼ぶものの定義を知らない。これには大きく三つの定義がある。

 

 一つ、怪物は喋ってはならない。言葉が通じるという事実は、和解の可能性や心の存在を想起させて安心感を生み、恐怖を薄れてしまうからだ。

 一つ、怪物は正体不明でなければならない。未知、それは知的生命体にとって何よりの脅威。分からないという事実は対処のしようがない事を物語り、正体の明かされた怪物ほど陳腐なものなどないからだ。

 

 この定義に添うのなら、男は怪物にはなりえない。

 二人と会話すらしており、正体とてただの人と知られてしまっている。これを怪物と呼ぶのなら、其処らの愛玩動物ですら怪物と成りえるだろう。

 

 だが、最後の一つだけは、これ以上ないほど男と合致している。

 

 一つ、怪物は特に理由もなく、特に意味もなく、何処まで対象を追い掛け、何処までも対象を追い詰め、最後には必ず犠牲の葬列に対象を加える。

 逃げきれてしまう怪物にも、殺せてしまえる怪物にも意味はない。理解が及ばず、決して殺せない、ただひたすらに犠牲のみを強いるもの。それを怪物と呼ぶのだ。

 

 じわじわと真綿で首を絞めるが如く、致死量ぎりぎりの毒を投与されるが如く。

 徐々に、徐々に。二人の身体と魂には恐怖が刻まれ始めるのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「分かっちゃいたが……いいね、ちゃんとしてる。実にちゃんとしてるじゃないか、啓治」

 

 

 とは言え、小太郎が怪物である筈もない。

 生物学的にも、遺伝学的にもきちんとした人間である。尤も、出来ることは人間の範疇と呼んでいいのかは疑問が残るが。

 

 兎も角、怪物でない以上、其処に理由もあれば意味もある。

 開発されたばかりの追跡装置の試運転。そして害獣の殺害、もしくは二度と害獣が目の前に現れないようにする事だ。

 

 今こうしている間にも、空間投影画面に示される害獣の位置を横目にビルからビルへと飛び移り、追跡を続けている。

 重さなど感じさせない軽やかな跳躍は、まるで重力から解き放たれたかのようで、白鳥が湖から飛び立つかの如き優雅さすら感じられる。

 しかし、扱う身体操作術は自他の流血によって磨き抜かれた血生臭い殺しの業。機能のみを追求したが故の美しさが、其処にはあった。

 

 

「……妙だな」

 

 

 その最中、画面に現れた異変にビルの屋上にあった給水塔の上で足を止める。

 小太郎が気に留めた異変は、害獣の動きの変化だ。これまでは無作為かつ無軌道な逃走経路であったが、今は変わっており、明らかに何らかの意図が見え隠れしていた。

 

 その意図を確かめるために、小太郎は移動速度を上げた。追跡ではなく、待ち構える方向へと切り替えたのである。

 音もないままに風へと変化するように。時に壁を足場に駆け抜け、時に落下防止の柵を足掛かりに夜の街を行く。

 誰も彼の存在には気付かない。ネオンが照らす街では月も星も見上げて眺めるほどの輝きは届かない。夜において頭上はどうしようもない死角となる。時折、彼の姿を目にする者も居たのだが、余りの速度に目の錯覚としか思わなかった。

 

 

「ふむ……成程、本当に試運転にはこれ以上ないくらい最適の相手だったわけだ」

 

 

 対象があるビルの中に押し入って中を通過している最中、出てくるであろう位置の向かいに面したビルの屋上で様子を眺めていた小太郎であったが、思わず一人呟いた。

 ビルから出てくる直前、害獣二匹は突如として進行方向を変えた。まるで、小太郎が待ち構えている事を察しているかのように。

 

 たったそれだけの変化。そして路地裏での二匹の会話から小太郎は正答を導き出す。

 

 

(種族的に淫魔の方じゃなくて、有翼種の方の能力か。凜子の視覚跳躍の術、千里眼系統…………じゃねぇな。此方の姿を俯瞰して捉えているのなら先んじて動ける筈だが、対応が後手に回り過ぎている。察するに聴覚か嗅覚か、それに準ずる感覚で位置を把握。対応にラグがあるのは常時発動型ではなく任意発動型だから、ってところか)

 

 

 断片的な情報を統合する事で全体像を推察する。

 彼の得意とする分野ではあるが、的中率は恐ろしいほど高い。僅かな情報と短い時間で正答を導き出せねば、これまで生き延びてこれなかった。嫌でも精度は上がっていくだろう。

 

 だが、これでは千日手の形となる。

 小太郎は啓治謹製の追跡システム、害獣は自らの能力で互いの位置を把握し合っている以上、どちらがどう動いたところで互いの動きに合わせて、また動きが変わり、延々と同じ事を繰り返す羽目になるだろう。

 弱点こそ存在するが、良い能力と小太郎も認めざるを得ない。生まれ持った才能が、己が認めている天才の智慧と努力に比肩し得るほどの効果を上げているのだ、当然だろう。

 

 しかし、優位に立っているのは依然として小太郎である。

 相手の位置、相手との距離を正確な数字で、なおかつ一方的に置かれた状況を正確に把握している。

 加えて言えば体力の差もある。如何に魔族とは言えども子供は子供。碌に鍛えていない害獣とただの人間でありながらひたすら鍛えられ続けた小太郎とでは、文字通りに桁が違う。夜明けまで続ければ、先に体力が尽きるのは彼方側。

 

 とは言え、彼にそんな根比べをするつもりは一切ない。些か以上に効率が悪く、無駄な時間を割り裂くほどの相手でもないからだ。

 

 

「いずれにせよ、宝の持ち腐れだな――――ん?」

 

 

 才能を生かすだけの発想もなければ知恵もない。

 所詮、特異な能力以外には他人に迷惑をかけるしか能のない相手。正に害獣だ。

 鼠にせよ、熊にせよ、狼にせよ、蝙蝠にせよ、害獣と呼ばれる類の獣は人にはない能力を持っている。しかし、総じて駆除される側の獣に過ぎない。駆除する側の人間は習性と能力を見越して追い詰めればいいだけのこと。

 

 柵に上った小太郎はどう追い詰めれば効率がいいのか思案し始めたが、この街で聞こえていい筈のない音を耳にして首を傾げた。

 耳障りでありながらも、機械からは決して発せられない自然の音。それが羽虫が羽搏く音であると気付く者は何人もいまい。余りにも音が大きすぎたのだ。

 その大きさときたら冗談のよう。体長10cmにも満たない羽虫が近くで飛び回っていれば気を引かれるというのに、姿形の見えない状態であるにも拘わらず耳鳴りが聞こえてきそうなほど。

 

 徐に頭上を見上げた小太郎の目が捉えたのは、鈍色の蜂であった。

 体色からして既に通常の蜂とは異なっていたが、より目を引くのは大型犬ほどはあろうかという体長だ。少なくとも、この世にそれだけ巨大になる蜂など存在しない。昆虫嫌いの人間が見れば間違いなく悲鳴を上げ、嫌いでなくとも絶句するであろう。

 

 正体不明の蜂は屋上の柵の上に立った小太郎を獲物と見たか外敵と見たのか、急降下して襲い掛かってくる。

 対する小太郎は視線を向けるだけで不動。まるで己が対処するまでもないと言わんばかりだ。

 

 その蜂が、小型だった時の性能をそのままに巨大化したとするならば脅威である。

 地球上の全て生物のサイズを均一化した場合、最も強いのはどの種なのか。言うまでもない、それは昆虫だ。

 蟻は自重の50倍以上もの重量の物体を持ち上げるほどの筋力を持ち、飛蝗は体長の20倍もの距離を脚力のみで飛び、ゴキブリは時速300kmの速度で移動する瞬発力を持つ。

 それらが人間のサイズになったのなら、或いは逆に彼等のサイズに他の生物が縮小したのならば。地球の王者は昆虫になる筈だ。

 とは言え、現実はそれほど甘くはなく、意味のない過程に過ぎない。昆虫のような外骨格を持つ生物は人間と同等のサイズにまで巨大化した場合、外骨格も厚みを増し、内部の筋肉量が減って自重を支えられなくなる。ある一定以上の体長を持つ生物の殆どが内骨格であるのは、身体を支えるための筋肉を骨の外側にいくらでも付けられるからに他ならない。

 

 その意味のない筈の過程が、現実のものとして襲い掛かってくる。

 獲物の肉を噛み千切り幼虫の餌とするための大顎も、獲物を刺し殺すための毒針も、何なら獲物を抑えておくだけの六本の脚でさえ凶器と化す。

 如何に小太郎であっても、徒手空拳のまま対応しきれる相手ではない。次の瞬間には外骨格とは異なる柔らかな皮膚と筋肉を引き裂かれるだろう。

 

 

「――――――ふむ」

 

 

 だが、全ては杞憂に終わる。

 小太郎が蜂から視線を切ると同時に二条の銀光が奔った。

 外骨格を持つ生物が動くための稼働部位・節を狙った二度の斬撃は、綺麗に頭部と胸部、胸部と腹部を泣き別れにしていた。

 手練れの対魔忍、元より人を超えた動体視力を持つ魔族、米連のセンサー類であれば、或いは何が起こったのかを察知することが出来たであろうが、生憎と小太郎以外の人間は存在せず、他者が居たとしても彼が手の内を語ることはない。真相は闇の中だ。

 

 ボトリと屋上に堕ちる様は、大きさこそ違えども昆虫と何ら変わらない。

 柵から降りた小太郎は、脚を縮めて小さな痙攣を繰り返す蜂の死体の前に股を開いてしゃがみ込む。

 

 

「魔界ワスプね。何処の馬鹿が持ち込んだんだか」

 

 

 死体の脚を持ち上げ、触角を掴んで頭部を顔の間近でしげしげと眺め、ナイフで腹部を引き裂いて人間の血液とは全く違う色の血を流させ、臓器を確認して巨大な蜂の正体を探る。

 結果は既に分かっていた。魔界ワスプと呼ばれる蜂型魔獣。性質も人界の蜂と似通っており、特定の場所に巣を作ってその中で女王を頂点とした階級と役割を分担した真社会性を持つ魔獣だ。

 一説には人界の蜂が魔界の瘴気によって変異、進化した姿とも言われているが、実際のところは誰にも分からない。特定の生き物がいつ、何処で発生したのかという事実は推論を立てられても、記録は残らない。知的生命体の発生よりも、原始的な生き物の歴史の方が遥かに長いからだ。

 

 正体が分かっていながらも簡単な検死解剖をしていたのは、人界にやってきたことでその生態や性質に厄介な変化が訪れていないかを探るため。

 見たところ、人界にやってきたばかりではない。敵を仕留める毒針が発達しているが、そのすぐ下にある産道は殆ど機能を失って縮小している。これは、この個体が働きバチであることを示している。

 つまり女王個体が巣を作って繁殖するだけの時間はあったようだが、幸いな事に人界の環境に合わせた変異は起こしていないようだ。

 

 こうした魔獣が人界を訪れる例は後を絶たない。但し、魔獣自身の意思によってやってきた訳ではない。

 エウリュアレーも使っていたように、魔術師は下級の魔獣を使い魔として扱う。そして何も、魔界側の都合のみで持ち込まれるわけではない。

 魔界に掃いて捨てるほどいる魔獣だとしても、人界では珍獣となり、調教次第では優秀な猟犬や番犬に近い運用も可能。絶滅危惧種の動物を保護の観点からではなく、下衆な欲望から手元に置いておきたがるのと同じ理屈だ。

 また魔獣の体液、毒は人界で生成された薬品では考えられない結果を引き起こす。生化学の観点からすれば、この効果は奇跡的ですらあり、闇と繋がりのある製薬会社は挙って手に入れたがる。

 尤も、半端な規模の企業が手を出そうものなら、大規模な生物災害を引き起こしかねない。こうした危機の監視も対魔忍の仕事の一部である。

 

 試運転を邪魔された苛立ちを舌打ちで表現しながら、スマートフォンを取り出して連絡用のメールアプリを立ち上げる。

 メールの内容は回線も暗号化も特殊なものを使用しており、内容を盗み見られる心配はなかったが、そこは猜疑心の強い小太郎の事、隠語を使ってアサギへと魔界ワスプ発見の報を入れた。

 

 自身が直接対処するつもりは毛頭なかったが、看過する訳にはいかない。

 魔界ワスプの女王個体は成長するにつれて食性が変化する。成虫になった段階では花の蜜などを食べるが、成長しきると肉食となる。その際に犠牲になるのは何の対処もできない民間人となる。

 

 

『心配いらないわ。もう既に動かしているから』

「随分と早いな。ま、対処が早いのなら無理に関わる必要はないか」

 

 

 暫くして帰ってきた返信は実に簡素なものだった。

 対処役の補助に回れ、という追撃メールが飛んでこない事も確認すると、小太郎はほっと息をついた。これでシステムの試運転と害獣の駆除に専念できる。

 仮に対処役が失敗したとしても、働きバチの成長を見るに、女王個体の食性が変化するまでは少なく見積もっても1週間は猶予がある。それまでの間に別の対処役を動かすか、最悪独立遊撃部隊にお鉢が回ってくる。いずれにせよ、今夜何が何でも対処しなければならない訳ではない。

 一週間は民間人への被害は所有物や物件に対する被害だけに留まり、身体的な危害にまでは至らないだろう。それならば、積極的に関わらずともいい。

 

 それよりも、今は害獣への対処を優先する。

 小太郎にとっては魔界ワスプよりも性質の悪い生物だ。

 性格は勿論の事、対象の居場所を探知できる能力は厄介過ぎる。最善(ベスト)は殺してしまうこと、次善(ベター)は危害を加えるどころか近寄ろうとすら考えられないほど恐怖を植え付ける必要がある。

 

 

「さて、このままただ追っても千日手。ずるずるずるずる体力と時間を無駄にするばかり――――――となると、オレが取るべきはこれだろうな。振り出しに戻してやる」

 

 

 そう呟いた小太郎は繁華街の通りへと視線を向ける。

 その先に居たのは、行き交う群衆というその他大勢ではなく、逃げ回るリリムとミナサキを捕まえるように依頼された傭兵と思しき連中だった。

 

 

 

 

 

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