対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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今年のクリスマスは、深追いは禁物……! クリさくらは涙の断念! すまぬ……すまぬ……!
来年は丑年、感覚が短すぎるが正月限定きららパイセンが来る可能性がある! より自分の股間に響くのはきららパイセン! 許せさくら、また今度だ!

というわけで、正月にどのキャラが震えながら待つ日々。では、本編どぞー!











運命の出会い! 苦労人は苦労人に惹かれ合う!

 

 

 

 

 

 繁華街を逃げ回る害獣。追いかける傭兵達。じわじわと日常を侵食する魔界ワスプの脅威。降って湧いた爆弾騒ぎと人死に。

 闇に侵されながらも表向きの平和を保っていた筈のまえさきは、それすらも瓦解し始めており俄かな騒めきが収まらずにいた。

 

 

「おい、行かねぇのか、お前は!」

「お前等に任せる。ちと疲れた、後から追うさ」

「へっ、後から来ても分け前はねぇぜ!」

 

 

 騒めきを生み出す元凶の一つである傭兵達は、絶え間なく繁華街を右往左往する。

 西で噂を聞きつければ現場に向かい、東で連れてくるように依頼された魔族の子供を見つければ追い回す。

 徐々に徐々に傭兵の人数は増えていき、今や繁華街のそれなりに大きい通りに出れば一人は目に入ってくるほどだった。

 

 そんな中、オークと魔族の傭兵は街の一角で別れる。

 オークはそのまま繁華街の人込みへと消えていき、魔族は路地を背にして通りに立ったまま懐から取り出した煙草に火を付けた。

 

 

「馬鹿どもが。逃げ回る獲物は疲れさせて捕まえるもんだろうがよ」

 

 

 残った魔族の傭兵に仲間意識というものは皆無であった。

 消えていったオークを筆頭に街を駆けずり回る同僚を露骨に蔑んでいる。

 

 それも当然。現代の日本の闇で蠢いている傭兵など碌な者はいない。

 傭兵の大半は自分達よりも遥かに弱い人間を食い物にしようとやってきた、欲望ばかりが一人前で実力の伴わない魔界では弱者に分類される者か。自国で追い回され、逃げ延びてきた不法入国者や不法移民か。自らの過ちで闇に足を踏み入れてしまった半端者か。いずれにせよ、碌な性格でもなければ実力もない。

 傭兵を管理する組織やギルドが存在しない故に、傭兵を名乗りさえすれば誰でも傭兵になれてしまう事実が、この事実を引き起こしている。

 中には賢しさや運の良さから生き残れる者もいるが、殆どは闇の中で誰にも看取られる事なく、使い捨てとして命を失い、元から存在しなかったように消えていく。

 

 だが、魔族の傭兵はそれなりに賢しく、それなりに長い月日を傭兵として生きてきた。だから今回も賢しく立ち回る。

 

 殺すにせよ、生かして捕らえるにせよ、対象が疲れていればいるほどに成功する可能性は上がる。

 無論、他の誰かに先を越される可能性はあるが、それならばそれで仕方ないと割り切っていた。無駄な労力を使って無駄骨を折るくらいならば、無駄な労力を使わずに無駄な時間だけを過ごせばいい。思惑通りに行けば、美味しい所だけを頂ける、とほくそ笑む。

  そもそも、依頼を寄越したヤクザが組の面子を気にして身内を使うのではなく、ガキ二人すら捕まえらせません、とレッテルを張られ、組の面子が潰れてしまうことすら覚悟の上で外部へと捕縛を依頼した時点で、ヤクザが相当に切羽詰まっているのは明白。

 その上、対象はヤクザを手古摺らせて逃げ回っている。賢いのか、生まれか育ちか、或いは才能か、少なくとも只者ではない。馬鹿正直に追い回すのでは馬鹿を見るのは己の方。

 巧く立ち回れば労せず大金が手に入る。交渉次第では、ヤクザから依頼を受けた当初に聞いていた値段以上の報酬すらも引き出せるだろう。

 

 傭兵は紫煙を(くゆ)らせながら、くつくつと忍び笑いを漏した。

 

 しかし、彼は気付いていただろうか。

 確かに彼は賢しかった――――が、それはまえさきを駆けずり回っている傭兵達と比較して、というだけの話。

 考えの大半は取らぬ狸の皮算用。あくまでも計画の類とは呼べず、自ら考える最良の結果を思っているに過ぎない。肝心要を捕獲対象をどう捕らえるのかに具体案はない。それでは、他の傭兵と大差はないも同然だ。

 

 何よりも、自らの立場を何一つとして理解しておらず、また何一つ気付いていなかった。

 彼が生き延びてこれたのはあくまでも他の者より幸運であったというだけ。

 傭兵であるが故に、いつ誰に殺されたとしても文句は言えず、いつ誰に殺されたとしても誰も気にも留めない存在に過ぎない事を。

 今、一人であるが故に、誰の目にも留まらず、誰かどころか法にすら守って貰えない立場である事も。

 目先の欲ばかりに囚われて、殺される理由はあっても殺されない理由がない事実を忘れ、気を緩めてしまった事も。

 

 そして、路地の暗がりから気配もなく伸びる二本の腕が迫っている事にすら、気付いていなかった。

 

 

「さて、他の連中にも追わせ――――っ?!」

 

 

 腕は傭兵の咥えていた煙草の上から口を抑え込む。

 驚きの声すら上げられず路地の暗がりへと引きずり込まれた傭兵に往来の人々は気付く事はなく、彼の痕跡を示していたのは中空を舞う煙草の火の粉だけだった。

 

 こうして、使い捨ての傭兵は、また一人闇の中へと消えていった。

 結局の所、彼は彼の馬鹿にしている者の次くらいに馬鹿だった。だから誰にも気づかれる事もなく、誰にも看取られる事もなく死んだ。これはそれだけの話だった。

 

 

「………………」

 

 

 暗がりの中、化け物の仮面を被った少年の顔だけが浮かび上がる。

 無言のまま佇んでいるのではない、今し方殺した傭兵の懐から抜き取ったスマートフォンを操作しているのだ。

 

 画面にはメールアプリの連絡先がズラリと並んでいる。

 名前は様々だが、恐らくは馬鹿にしていた同僚達の連絡先だろう。

 傭兵に縦の繋がりはほぼないが、横の繋がりは多い。元締めがいないが故に、彼等が依頼にありつく手段は情報屋から齎されるか、他の傭兵に誘われるか、闇の街で声を掛けられるかに限られる。

 それなりの時間を傭兵として過ごしたのならば、たまたま知り合い、たまたま共に生き延びただけでも連絡先を交換するのが習わしであり、彼らなりの生きていくための手段であった。

 

 

『繁華街の東側でガキどもを見かけたぞ!』

 

 

 それを利用する。

 内容は簡潔に。自らの追跡システムから示される対象の位置情報を、スマートフォンに登録されている連絡先全てに一斉送信する。

 全く関係のない者であれば首を傾げる内容だが、同じ依頼を受けたのならばそれだけで十分。

 これを受け取った側は、どう動くのか。考えるまでもない。報酬を与えられるのが一人だけならば、駒にされている自覚すらなく意のままに操れられ、我先にと追いかけるだろう。

 もし傭兵の性格に違和感を覚えた者が居たとしても、内容通りの場所に捕縛対象が居るのならば、早い者勝ちの依頼の性質上、従わざるを得ない。

 

 こうして少年は、ほんの僅かな労力と機転で大量の操り人形を手に入れるのだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「うぐぅ……ひぃー……ぐすぅっ……!」

「なんで……なんでこんな……なんでー!!」

 

 

 繁華街を舞台にした逃亡劇が始まって、どれほどの時間が経っただろう。

 リリムとミナサキの表情に今や小憎らしさは微塵もなく、惨めに涙と鼻水、涎で塗れていた。

 

 意図不明の怪物の下から離れたまではよかったが、問題はその後であった。

 叫び声を上げながら逃げる魔族の子供など目立つことこの上ない。彼女達を捕まえようと繁華街に散らばった三流の傭兵達でさえ、見逃す筈もない。

 追われては撒き、逃げては撒きの繰り返し。なのに、その度に傭兵達は待ち構えるように立ち塞がってきた。今は何とか自由の身であったが、疲労の度合いはもう限界点に近い。そう遠くない未来、二人はお縄に付くだろう。

 

 これから待つ未来への恐怖と極度の疲労で考える余裕すらない二人の頭に疑問はなかった。

 何故、自分達の行く先々で傭兵達が待ち構えているのか。まるで自分達の動きを把握しているかのような行動の数々は何なのか。

 分かったところで如何にか出来た訳ではないが、少なくとも今以上の恐怖を感じるだけはなかった筈だ。

 

 

「ミナサキ! ミナサキー! アイツ、アイツどこー!」

「うぅぅぅぅぅ、頭ぐちゃぐちゃする、傭兵とかアイツとか色んな奴の居場所探ってるから――――あ、い゛だーーーーーーーー!!!」 

「ひっひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 ふらふらと最早真っ直ぐ走れなくなった状態であったが、ミナサキは能力によって、リリムは釣られた先を見て、同時に体力の有無など関係なく魂からの絶叫を上げた。

 

 この逃亡劇の幕を切った怪物――――ただの人間に過ぎないはずの男は、街灯の上から二人を見下ろしていた。

 

 ずっとそうだった。二人が逃げ始めてからずっと一定の距離を保ち、まるで昆虫でも観察するような感情のない瞳で眺めるだけ。

 それだけの話。それだけの話なのだが、それだけの話だからこそ恐怖をこの上なく煽る。

 

 捕まえたいなら何時でもチャンスはあった筈。自分達の罪を押し付けた報復をしたいのなら、とうの昔に出来た筈。殺すにしても機会などいくらでもあった。

 

 なのに、見ているばかりで何もしてこない。

 ビルの屋上から。壁に捕まりながら。扉の隙間から。窓の反対側から。通風孔の向こうから。人込みの合間から。

 ありとあらゆる場所から。(うろ)のような瞳で眺めるばかり。

 

 身を隠しても意味がない。

 廃ビルに身を隠しても、外壁を登って眺めていた。

 トイレに身を隠しても、隣の個室から覗き込んでいた。

 厨房の戸棚に身を隠しても、僅かな隙間からガラス玉のような瞳で見つめられた。

 

 不思議な事に、これだけ姿を現しているというのに怪物は二人の目にしか映っていないかのよう。

 アレだけ目立つ仮面をしているにも拘わらず、道行く人々も追い回してくる傭兵は目もくれない。まるで怪物が其処に存在しておらず、超常の存在であると示すかのように。

 

 だが、それ以上の恐怖はあった。恐怖とは大半が当人にとっての未知と不理解から訪れるものではあるが、精神を持つ者がより恐れるものが存在する。

 それは時間だ。旅行の前日、恋人との逢瀬のための待ち合わせ。歓喜や幸福の瞬間よりも、確実に訪れる幸福を待つ時間にこそ歓びをより強く感じる。ならば、その逆もまた然り。確実に訪れる恐怖を待つ時間にこそ真の恐怖があるのだ。

 

 その恐怖はリリムとミナサキの心のみならず、確実に肉体と魂にまで刻まれていた。

 怪物の姿を見るだけで身体が竦み上がり、極寒の地へと裸で放り出されてしまったように震え出す。

 咽喉から迸る絶叫も、せり上がってくる胃袋も、湧き上がる尿意すらも、刻まれた恐怖に反応する魂の悲鳴に他ならない。

 

 恐怖から逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて――――――逃げた先で、二人の目の前に二つの影が立ち塞がる。

 

 

「きょきょきょ! 見つけたようでしゅねぇ! 流石は我が猟犬! いい鼻でしゅ!」

 

 

 いかがわしい店の看板と入り口が並ぶ繁華街の裏通り。

 現れたのは凶悪な黒い魔獣を従え、能楽で言うところの平太の仮面を被った赤い肌に屈強な肉体、額から伸びる二本角持ち。

 手甲、肩当、脛当の鎧。手に握られた鉾は近接戦闘の心得と強大な膂力を誇示しているかのよう。傭兵の中でも戦闘能力に特化した鬼族である。

 

 鬼族も玉石混交。中には神話級と呼ばれる位に名を連ねる者もいるが、こうして人界で傭兵に身を窶す者もいる。いや、神話級の存在ですら、傭兵に身を窶す者さえ居る。

 だが、鬼族は誰も傭兵を笑わない。彼等は戦闘種族にして極端な個人主義。特定の領地を持つ者は極々一部であり、大半が自らの悦楽にのみ準じて生きている。その点、傭兵家業は彼等の能力的にも性格的にも非常に合っているからだ。

 雇い主は問わず、金さえ払うのであれば誰であれ付き従い、気に食わなければ、或いはより金払いの良い者が現れれば短絡的に裏切る。正に魔族という存在を分かり易く体現した種と言えよう。

 

 なお全くの余談であるが、鬼族の「すぐに裏切りはするが、金さえ払えば扱いやすく勇猛で強い」という株は、一時期底辺を突き抜けて大暴落した事がある。

 

 ふうま一門に生まれた突然変異が引き金となって巻き起こった大騒動、通称「ふうまの鬼退治」。

 彼女の噂を聞きつけた神話級の鬼が面白半分に一族に声を掛け、日本海側にあったある島を占拠。島民に凄惨な凌辱と殺戮を繰り返した挙句、日本政府に「ふうまの女を連れてこい」と要求を突き付けた。

 政府は自衛軍を使って島民救出作戦を練ったものの、実行前に断念。天然の要害である島への潜入は難易度が高く、潜水艦を使って部隊を送り込んでも種族の差で縊り殺される。そもそも人質の数が多過ぎて島から脱出させるには潜水艦では定員をオーバーする以上、輸送の船が必要であるが島に近づけば発見される。空爆も人質を巻き込みかねないため、完全に手詰まりであった。

 其処で、政府は素直に要求を呑まざるを得なかった。一縷の望みはふうま一門の尽力。超常の忍法を操る彼等が義憤に駆られ、島民の命を最優先して戦ってくれるのみであった。そんな中、名指しで指名された女性は、鬼族の要求と行いに激怒した。

 

 

『は? 人質取らなきゃ私が逃げるとでも思ってんの? 売られた喧嘩くらい言い値で買ってやるわよ(ビキビキィ』

 

 

 が、当の本人は義憤なんてこれぽっちも覚えずに、全ての制止を振り切って島の真正面から小舟で乗り込んでしまう。

 ふうま一門の総意は政府への返答を考えている段階であり、部隊編成や作戦も立案できていない状態。ブチ切れた桃太郎子さんに付いていったのは、御腰に付けた吉備団子を貰えずとも彼女の性格をよくよく理解し、無駄だと分かっても止めようと必死になっていた心願寺 幻庵(いぬ)二車 又佐(さる)八尾比丘尼(きじ)の三人だけ。

 桃太郎子さんは最初から人質など一切意に介さず、策も必要とせず真正面から暴力のみで突貫。その日は晴天、絶好の虐殺日和の中、人質救出&敵撲殺RTA開始(プレイボール)。お供の三人が無言で頭を抱えるか、天を仰いで涙を流したか、胃の穴が開いて喀血かしたのは言うまでもない。

 結果、一方的なワンサイドゲームのままRTAは34分56秒で終了。戦果は歴史上ではなく公式記録上初の神話級三体――ウラ、スクナ、オオタケマル――の素手による殴殺。他に参加していた神話級、上級、中級、下級鬼族は泣きながら海を泳いで逃走したため株価大暴落。人質は桃太郎子の余りの強さと無茶苦茶さとお供三人の尽力によって開始時点から減ることはなかった。お供三人は終了後に心労で倒れ、それ以後桃太郎子は“鬼哭の拳姫”と呼ばれるようになった。

 

 これまでの歳月によって何とか株価は戻っているが、桃太郎子が鬼族に植え付けたPTSDは根強い。

 当時の事件に関わらなかった鬼族はとんだ巻き込み事故を喰らって傭兵家業が立ち行かなくなって困窮し、恨み骨髄。関わって生き残れた幸運な者は彼女が亡くなって以降も究極の暴力を目の当たりにした結果、未だに悪夢に魘されているという。つまり、今のリリムとミナサキと同様ということである。

 

 

「も、もう無理……もう、もうヤダぁ……!」

「……はっ、はひっ、ひぃ、こ、こうなったら……!」

 

 

 どう考えても、敵う相手ではない。

 赤鬼だけならばまだ逃げられる可能性はあったが、従えた猟犬は中型の肉食獣ほどの大きさ。疲れ切った状態では背中を見せた瞬間に噛みつかれて全てが終わる。

 

 もうどうにもならない。

 怪物どころか傭兵からも逃げられない、と悟った二人は顔を見合わせて最後の手段に打って出た。

 

 

「こ、降参! こうさーん! 何でも言うこと聞きます!」

「寧ろ喜んで捕まるから助けてー!」

「たすけ……? きょきょきょ! 何を言っているのかわからないでしゅが、いい心掛けでしゅよぉー! きょーっきょっきょっきょっ!」

 

 

 このままでは怪物に何をされるか分かったものではない。

 殺されるのならまだ幸運。魔界には死ぬよりも悲惨な目に合わせる手段など腐るほどある。

 怪物が其処までする余裕も時間もなく無駄なことはしないのだが、想像力とは厄介なもので何も知らない二人の中では怪物が其処までするのは確定事項と化している。

 

 ならばいっそのこと傭兵に捕まった方がマシ、と何処からか盗んできた白い布を鉄パイプに括り付け、文字通りに白旗を上げた。

 傭兵達が追い掛け回してくる理由は二人も把握している。少なくとも、相手の要求を素直に受け入れていれば即座に殺されることだけはない。逃げ出せる芽はまだあった。

 

 二人の内心など露知らず、赤鬼は愉悦の歓声を上げた。

 傭兵仲間から聞いていた情報では小賢しく逃げ足が速い二人がこうも早く諦めた。実力差は分かり切っていたが幸運は幸運。いや、これが自分の実力なのだ、と喜ばない方がどうかしている。

 本当にどうかしている。これは実力などではない。神の視座から見れば二人に良いように使われているだけに過ぎない。そして、本当にどうかしていたのは自身の不始末と不幸を他人に押し付ける事に長けた害獣に関わってしまった不運。それが、彼の浮かべた最後に上げた笑い声だった。

 

 

「念のため、拘束だけはさせてもらいましゅよぉ~~。逃げられてはや――――?」

「「――――――」」

「きょっ――――?」

 

 

 その時、赤鬼は不思議なものを見た。

 恐怖で強張っていた二人の表情から、あらゆる感情が消え去っていたのだ。

 それは傭兵稼業で何度となく見てきた顔だ。あらゆる希望を断たれ、絶望を目の当たりにした者の顔。彼は何度となくそれを酒の肴にし、次の日には忘れ去る消費型の優悦。

 妙と言えば妙だった。こうした顔は死の直前にこそ訪れる。或いは一方的な虐殺にのみ見られる光景だ。獲物の状況は絶望的であるが、それほどまでに追い詰められているようには見えなかった。何よりも、二人の視線は絶望の源である筈の自身ではなく、隣で控えている猟犬へと向けられている。

 

 何気なしに、可愛い飼い犬へと視線を向けたが、妙な衝撃と不快な音と共に視界が揺れる。

 妙だ。揺れた視界が元に戻ると、やたらと視点が低い。まるで鼠か虫になってしまったかのよう。

 妙だ。妙だ。視界の端ではいかがわしい店の客引きや娼婦が大口を上げて悲鳴を上げているのに、それらが余りにも遠い。

 妙だ。妙だ。妙だ。ボヤけていく視界の中、愛犬は首を跳ね飛ばされていた。鼻から上を削ぎ飛ばされた自身の身体が見えた。自身の隣には先程までいなかった筈の黒衣の男が傭兵が持つ粗末な長剣を片手に、一瞥もくれずに立っているのが見えた。

 

 その瞬間、ようやく赤鬼は全てを理解した。

 

 

「ああぁぁ、なななななんだぁ、ゆゆゆゆめでしゅしゅかぁ~~~~~…………」

 

 

 最後まで見当違いだった赤鬼は脳を失ったにも関わらず、どういう訳だか、自らの心境を吐露してどうと倒れた。

 自ら関わろうとはせず、事の推移を素知らぬ振りで見守っていた客引きと立ちんぼの娼婦は悲鳴を上げながら、店の中や路地へと逃げていく。半端に力を持っていない無力であるが故の正しい選択であったが、残された害獣はそれすらも出来なかった。

 

 既に二人の心は折れている。

 だから、すたすたと路地の影から何の予兆も前兆もなく気軽に怪物が現れたと思えば、今まで手にしていなかった長剣で猟犬の首を跳ね、そのまま赤鬼の鼻から上を斬り飛ばすのを呆然と眺めているしかなかったのだ。

 希望が絶望に転じた衝撃は凄まじい。救いの象徴が奪われた瞬間に、全ての者はどん底へと叩き落される。今の二人が、正にその状況だ。

 へたり、とその場に腰を落とすと、リリムもミナサキも言葉もなく股間どころかアスファルトの地面を汚す。最早、精神を恐怖によって崩壊させられ、肉体から我慢が消失し、自らの意思とは関係なく失禁していた。

 

 

「ぶくぶくぶくぶく」

「ひっ、ひっ……」

 

 

 二人の選択はそれぞれ違う。

 ミナサキは恐怖の余り泡を吹いて失神。汗と涙、涎と小水で汚れ切ったままその場で倒れ込む。恐怖で崩壊した精神を少しでも保つため、脳が失神を選択したのである。惨めで不様な姿だった。

 リリムはもっと酷い。生命への希求で失神することすら構わず、ミナサキすら見捨てて失禁しながら四つん這いで逃げようとしている。これで何処に逃げれるというのか、恥ずかしい液体で逃げた先もバレてしまうだろう。惨めで不様で不快で不愉快な姿だった。

 

 

(ここまでだな。試運転のデータはそこそこ取れたし、今後は千里眼系の能力を持った相手の動きを更に先読みするプログラムを組ませてみるか)

 

 

 怪物――――小太郎は冷めた目で尊厳破壊してやった二人を見下ろした。

 その瞳には僅かな殺意すら浮かんでいない。蟲を踏み潰すような心持ちで、殺すという意識さえない。

 試運転のサンプルとしても使えなくなった二人の殺害は彼にとっては確定事項。わざわざ意識する必要性すらないのだろう。

 

 しかし、最後まで不快で小賢しい相手だった。

 あの瞬間、害獣のとった傭兵への降伏は最適解であった。

 彼女達が何処へ連れていかれるにせよ、最後にどうなるにせよ、依頼を出した相手に差し出された時点で手を出すのは面倒なことになる。これ以上の手間をかけるつもりは更々ない。

 連れて行かれる途中で更なる恐怖を与える選択肢もあったが、周囲を傭兵で守られていては与える恐怖も薄れてより手間が掛かる。

 いずれにせよ、二匹の害獣が何一つ理解しておらず、狙ってやっているわけでもないままに、生き延びることに長け、周囲にトラブルを振りまく弾正と同レベルの生命体であることに疑う余地はなかった。

 

 そんな相手とも、これにておさらば。

 とても命を奪う者とは思えない、何の機微も浮かべていない心のまま小太郎は二匹の害獣へと近づいていき――――

 

 

「てやぁ~~~~~!!」

「――――――」

「きゃあああっ!!」

 

 

 ――――突如として後方から発せられた一か八かの敵意に、全てを断念せざるを得なかった。

 

 小太郎は即座に身体を左に傾けると、今し方まで頭のあった場所に三股の銛が通過した。

 余り見慣れず、そして実用性のない武器に仮面の下で怪訝な表情をしたものの、追撃を警戒して長剣を下から跳ね上げて銛の軌跡を無理やり変えることで相手の体勢を崩させた。

 

 それ以上の追撃はしない。

 今の一撃で相手が戦闘に特化していない事は十分に察せられたが、何者か分からない以上は当然の警戒であった。

 これがゆきかぜや凜子であれば何らかの異能を発動させる余地も与えず、一方的に叩き伏せられたであろうが、自らの弱さを認めている小太郎は後手に回った時点で出遅れたと判断して無理には攻めない。

 

 後手に回ったのは敵意が余りにも衝動的で唐突であったから。

 まるで、いじめられっ子を発見した学級委員長が正義感から何一つ考えずにいじめっ子の前に立ち塞がったかのようだ。

 これまで何の存在も感じ取れなかった以上、自身を狙っているわけではないのは十分に察せられ、害獣の仲間かお節介焼きの仕業だろう。静観は悪手になり得ない。

 

 上空に向いた銛に振り回されるように、相手は小太郎とすれ違いながら数歩よろめきながらも何とか体勢を立て直し、銛を構え直して向き合った。

 

 

「な、何があったかは分かりませんが、これ以上、リリムには手出しさせませんよ!」

「ミ゛ーディア゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「ちょ、ちょっとリリム、足に抱き着かないで! これじゃ動けないから!」

(淫魔の方の仲間か。戦いは素人だが、これはこれで厄介な。淫魔としては害獣の数段上、気を抜けば夢の中に引き摺り込まれるな。性格も素直で真面目―――――しかしまあ、苦労してそうだなぁ)

 

 

 荒事など、まともにしたことはないのだろう。構えた銛の切っ先は哀れなほど震えている。

 リリムにミーティアと呼ばれた少女もまた肩と小振りな胸の谷間を露出させた扇情的な格好をしていた。誰もが振り向くような美少女であり、子供のあどけなさと大人の艶を両立させた顔と身体は雄の欲望をこの上なく刺激する。

 どれだけ真面目であろうとも、夢魔は夢魔。淫魔の一種である以上、所作も雰囲気も淫靡で蠱惑的――である筈なのだが、覚悟を決めて引き締めた表情は凛々しさすらあって縁遠く見える。

 

 それも文字通りに足を引っ張る害獣のせいで全て台無しであった。

 長い付き合いなのか、リリムは顔と股間を汚したままでミーティアの片足に縋りついて泣きじゃくっている。これでは戦えまい。

 

 これにはさしもの小太郎も攻撃を躊躇った。ミーティアに同じ苦労人の匂いを嗅ぎ取ったからだ。

 自分とは違って真面目な分だけ背負う苦労も倍になる。素直で害獣同然の相手すら見捨てられないほどの仲間想いのお陰で倍率ドンで更に倍。

 相手を理解するのが早い小太郎は仮面の下で涙を流した。共感したのではない、苦労する自分を彼女に見ただけであった。

 

 

(どうしたもんか。これだけ素直で真面目なら実力を問わずに種族の中でも重用されてるだろうし、害獣は兎も角コイツを殺すと夢魔全体が犯人捜しに躍起になる可能性も否定できん。正体がバレてない以上はオレが捕まりはしないが、人間と中立にある種族や一派が完全に敵対状態になって敵を増やすのはなぁ)

「こ、この銛で刺されたら、痛いですよ! えいっ、えいっ! 血も一杯出ちゃいます! 多分、リリムの方が悪いとは思いますが此処は引いて下さい! お願いします!」

(必死過ぎて願望まで駄々洩れ……いや、半分は演技か、腹黒だな。油断を誘っているわけだ。自分の置かれた状況を把握して限られた手を模索している。オレにこの手が通用しないのを理解しているが、牽制と時間稼ぎなら十分。その間に次の手を、か。優秀だな…………腹黒だが素直で真面目で優秀。ふむ、とするならば……)

 

 

 腰の入っていない状態で銛を突き出しては引いてを繰り返す。これでは戦闘をしたことはありませんと宣言しているようなもの。

 だが、必死な表情に反して瞳には蛇のような冷たい光が見え隠れしている。成程、相手が傭兵ならばこれで十分だ。彼女が優秀な夢魔ならば油断しきった精神を夢の世界に引き摺り込むのは容易い。

 そして、小太郎にはそのような手段が通用せず、傭兵とは比較にならない強敵であることを理解している。警戒心の強さを相対しただけで察し、単純に夢の世界に引きずり込んでも一瞬で看過されて逆にやられる。

 本当に優秀な夢魔だ。何故、害獣と付き合いがあるのか不思議なほどである。

 

 同じ属性にあるものは惹かれ合うもの。

 上司から無茶振りされて仲間からは迷惑を掛けられる対魔忍の苦労人小太郎と上司からの頼み事を仲間からは足を引っ張られる夢魔の苦労人ミーティアとの出会いは、或いは必然であったかもしれない。

 

 そして、一方的に理解した瞬間、小太郎の方針は決定したのであった。

 

 

 

 

 






というわけで、害獣共お漏らし&PTSD植え付けられて尊厳破壊される&ミーティアとの出会い回でした。
なお、今後、金木君マスクを目にすると害獣二匹は問答無用で失禁してしまう身体になってしまった模様。当然だね。
そらあんなおっかないマスクで延々追っかけ回されるとか怖いもの。作者も漏らす自身あるもの。


では、次回もお楽しみにー!
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