対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

69 / 81

ファウストのラック100までのあともうちょっと、あともうちょっと!
しかし、雌牛凜子つよいな。防御UPとダメカのシナジーがヤバい。真フェリレベルで使えるゾォ、これぇ!

さ、前回はミーティアとイチャつかせたので、今回は静流とのイチャイチャだ。
何? 害獣? あー、そうね。今回も酷い目に逢うよ(邪笑
では、本編どぞー!



“花の静流”も戦慄する猜疑心。でも苦労からは逃げられない……!

 

 

 

 

 

 トンネルを抜けた先にはすぐクロワダミの工場があった。

 道路と敷地を区切るように建てられた塀の高さは5メートルはあった。壁の向こう側には夜でも分かる純白の建物が遠目に顔を覗かせており、実験棟か製造ラインと思われる。だが、今回は関係のない施設である。

 ミナサキが自身の能力によって街の東側にある山の麓にあった森林地帯を切り開いて作られた広大な敷地の一部には、かつての森林地帯がそのまま残っている。

 謳い文句は自然保護と職員の精神保護のため。であったが、魔界ワスプを手に入れた理由を考えれば、実験林として使用する前提で残していたと見て間違いない。

 

 

「しかし、コントロール装置があるからと言って、それ以外に何の対策もないとは。正気の沙汰じゃねぇや」

「魔界ワスプが街から食料を得ていた時点で分かっていたことでしょう? まあ、馬鹿馬鹿しいというのは否定しないけど」

「あぁ~~~~~~~やる気がどぅんどぅん削がれていく~~~~~~~~~~~」

(気持ちは分からなくもないけど、そういうの止めて欲しいわ。私もモチベーション維持するの必死なんだから……)

 

 

 忍び込んだ実験林の様子を目にした小太郎と静流は意図せずに溜め息を吐いてしまう。

 実験林は工場の敷地内でまたしても分厚いで区切られ、その中に植物園のような温室ドームらしきもので覆われている。

 ドームは防弾ガラスを使用して作られているようであるが、魔獣に対しては粗末という他ない。単純な強度を追求するよりも、それぞれの魔獣にあった対策が必要となる。

 事実として、天面の一部には防弾ガラスが溶けたように穴が開いている部分がある。恐らくは、魔界ワスプの体内で生成された何らかの化学物質によって溶けたものと思われる。

 

 仕方がないと言えば仕方がないのか。この実験林も魔界ワスプに合わせて作られたものではあるまい。

 この規模の施設を建造するには半年以上は掛かる。害獣がクロワダミに魔界ワスプを売りつけたのはもっと最近だ。

 恐らくは、魔獣は魔獣でもブラックドッグのような獣型を仕入れるつもりだったのだろう。それならば単純な衝撃に強い防弾ガラスを使用したのも頷ける。

 

 実験林の周囲には、クロワダミに雇われた警備兵、警備ドローンが居た。

 ある程度の大きさを有する企業は独自の戦力を保有している。社会情勢の悪化、海外、魔界を問わない企業や組織の台頭によって、企業は自らの技術と社員は自らの手で守らねばならない必要性が生じてしまったのだ。

 政府はこれを黙認。お陰で企業自体の違法行為を容易に摘発できなくなってしまったものの、海外企業や闇の組織による乗っ取りをある程度抑止できたからだ。

 こうした警備兵は大抵が安定を求めた元傭兵、日本の自衛軍や米連からドロップアウトした兵士で構成されており、質が良いとは決して言えない。

 クロワダミも例に漏れなかったものの、警備兵を纏め上げる隊長に抜擢した人物が()()()だったのだろう。元傭兵、若くして除隊を宣告された元兵士、いずれも協調性など皆無であろうに統率も取れており、士気も高い。

 

 とは言え、それも他に比べてというだけ。

 元々危険な単独潜入を得意とする静流、相手を選ばず依頼を受けていながら未だ闇の世界を渡り歩くミーティアであれば、忍法と能力で無力化するのは難しくはない。

 二人にとって相性が悪い警備ドローンなどの機械関連に関しても、システムの殆どが集まっている警備室に小太郎が侵入してあっさりと無効化。これによって大手を振って実験用の森林へと侵入するに至った。

 

 

「それで、これからどうします?」

「そうね。このままストレートに女王蜂(クイーン)を確保できればいいけれど、そう簡単にいかないでしょうね」

「本能しかない分だけ人や魔族と違って余分もない。文字通りに必死で抵抗してくるのは目に見えてるからなぁ」

「其処で提案なんだけど、作戦も指揮も君に任せて、私はサポートに回るわ」

「はぁ~~~~~~? これそっちの任務でしょーが、オレはただの手伝いなんスけど? 流石にいかんでしょ、任務の指揮権ぶん投げるのは。キャリアの進退に関わりますよ?」

「あら、心配してくれるのかしら? でも対魔忍のキャリアなんてあってないようなものでしょ? それにこっちの専門は単独潜入。複数人の指揮を取るのに向いていない。君の活躍も耳にしてるし、アサギさんなら納得してくれるでしょう。何の問題ないわ」

「どーだか。アンタにとっては、ってだけじゃねー?」

 

 

 にこやかな笑顔と共に言い放ったのは、在り得ない提案だった。

 静流は事もあろうに任務の指揮権をそのまま小太郎に引き渡すのだと言う。但し、任務の責任に関しては一切に口にしておらず投げていない辺り、失敗した場合の責任は自分が受け持つつもりらしい。それだけでなく、成功した場合は功績の一部が小太郎のものとなってしまう。

 

 在り得ないだろう。これでは美味しい所だけを与えるようなもの。

 この事実が対魔忍内部で知れ渡れば、静流がこれまで築いてきた立場と名声に瑕がつく。

 任務に失敗こそしていないが、任務の指揮権を本来は存在しない味方に投げるなど言語道断。これでは任務に失敗したも同然、とあらぬ誤解と誹謗中傷を招きかねない。

 

 無論、全て覚悟の上での提案であり、彼女なりの生存戦略である。

 

 静流の生まれた高坂家はそれなりの歴史はあるが、それに見合った権力を持たない家系であり、臣下も持たない極々小さな家だ。

 余所の家から嘲笑の的にすらならないレベルであり、名を聴けば、ああ、そんな家もあったな、と思われる程度のものでしかない。其処に才女として生まれた彼女は、相応の苦労してきた。

 

 家の後ろ盾がなく目立つ真似をすれば、目障りだと圧力で潰されかねず、逆にコイツは使えると目を付けられれば、無理やりにでも他の家へと組み込まれない。

 とかく彼女の両親はひたすら真面目に戦い続けた故に、そういった権力とは無縁に育ち、静流の才覚を見届けると早々に跡目を譲ると隠居。以後、家の事は静流に、と任せきりである。

 余所の家の惨状を見れば、余計な干渉をしてこない良い両親なのだろうが、少し放任が過ぎると思わない事もない。

 

 そんなこんなで静流は対魔忍内での立ち回りに苦慮してきた。

 幸い、彼女が活動し始めたのがアサギが台頭してきた時期と重なっており、家同士の下らない権力争いが表向きには鈍化してきていた。

 それでもアサギの目が届かない裏ではまだまだ安堵が出来ない状況が続いている。

 

 静流は対魔忍内部の状況を冷静に把握し、巧く立ち回っている。

 常に一定以上の戦果を挙げ、時に謙遜し、時に褒めたくもない相手を褒め称え、時に任務の功績を渡してやり過ごす。

 多くの家には確かな実力を有していながらも与し易く無理に潰す必要のないながらも、下手に手を出せば痛い目を見る相手と認識されているだろう。

 

 今回もそうした立ち回りの一つだ。

 前々から小太郎の事は教師としてだけではなく、対魔忍としても気に掛けていた。

 実力を目にした事はなかったものの、組織内の立ち位置としては似たようなもの。一方的な共感を抱くのも無理はない。

 

 其処に彼が率いる独立遊撃部隊によって為されたヨミハラやエウリュアレーの一件。

 多くの者は部隊の人間が優秀だったが故の戦果と結論しているが、静流は全く別の結論に達した極一部側の人間であった。

 まだ全てを調べられた訳ではなく、詳細が明らかにされない方針の任務であるのは理解していたが、ヨミハラに関しては不知火や災禍と言ったベテランの助け、エウリュアレーは新人の奮闘だけでは説明のつかない部分が多過ぎる。

 

 そうなれば、部隊長である小太郎に目を向けるのは必然だ。

 余程、作戦立案や指揮能力に秀でているのか、自身以上に実力を隠すことに慣れているのか、或いはそれ以外の何かがあるのか。いずれにせよ、只者ではない。

 

 静流にしてみれば見極めておく必要がある相手だ。

 現状、彼女はアサギを筆頭に、多くの当主や上忍から目を掛けられてこそいるが、何処かの閥に属しているわけではない。

 あくまで対魔忍の任務が最優先。権力争いには何処にも肩入れしない代わりに、何処からも助けて貰えない立場だからこそ、自由と家を守れている。

 もし仮に小太郎の実力が本物であれば、独立遊撃部隊は勿論の事、ふうま一門も伸びるは必然。況してや、アサギが寵愛を向け、九郎ですら一目置いている節すらある。下手をすれば、紫すらも超えてアサギの跡を継ぎかねない。 

 常に一定の距離を保って不干渉を貫くか。恩の売買を繰り返すに相応しいか。いっその事、将来性に賭けて早い内に臣従を選んでふうま一門内部での地位を獲得するか。逆に他家へと情報を売って潰してしまうか。

 

 どの選択をすべきか値踏み出来る立場ではないが、それは彼も同じであり文句も言えまい。

 見極めると同時に貸し借りも作っておけるいい機会。これを見逃す静流ではない。

 

 小太郎も微笑みの下に隠された思惑など見通しているのであろうが、提案に露骨に嫌な顔をしながらも従うつもりらしい。

 

 命令系統が狂ってしまうものの、指揮権を受け渡す経緯に筋は通っている。

 静流が活躍してきたのは多人数による大規模な作戦ではなく、作戦が始まる前に必要な情報を単独で入手する段階。

 今回もあくまで情報を入手するまでが任務であったのだろうが、考えていた以上に事態が悪化していたために首を突っ込まざるを得なくなった。

 其処へ作戦立案と指揮に長けた対魔忍がたまたま居合わせたのなら、指揮権を譲っても無理はない。自分には向いていなかったから向いた人間に任せただけなのだから。

 小太郎としても、どう思っていようが相手は立場も役職も上。拒否する権利など最初から存在しない。

 

 彼はウマのマスクを被ったまま考え込むという見てくれだけなら間抜け過ぎる絵面を見せたが、暫くすると頷いた。どうやら作戦の内容は決まったらしい。

 

 

「方針は決まった?」

「お手本通りいきましょうや。敵の数は多い。ならまずは陽動で数を減らす」

「常套手段ね。でもどうやって? 私の木遁の出番かしら?」

「いや、巣との距離が近すぎる。教諭の忍法で辺り一面花畑にして働き蜂を釣っても戻ってくるまでの時間も短くなる」

「今は静流で構わないわ。なら、囮でも?」

「ああ。但し、お前じゃない。静流は最大戦力、離れられたら不足の事態に対応できん。囮になるのは一番使えない奴等だ」

 

 

 マスクの下で微笑んでいるであろう小太郎に、静流と害獣二匹は顔を引き攣らせた。

 確かに彼の言い分は正しく、正に教科書通りの戦い方だ。敵が一所に集中しているのなら、分散させて数を減らすのは常道。

 魔界ワスプの習性は人界の蜂と大差はなく、女王蜂もまた巣を離れず、構築した社会を維持、または新たな女王を育てることに集中しているのであれば、悪い手ではない。

 

 問題はどうやって囮で釣るか、だ。

 静流はチラリと黙りこくっているリリムとミナサキを見る。二人は蒼い顔のまま首をぶんぶんと左右に振っていた。

 流石の二人も囮になる者が最も危険なのは分かっているらしく、進んでやりたい役回りではないだろう。

 

 こんな状態で、どうやって囮役をやらせると言うのか。とてもではないが任せられない。

 囮である以上、本命である自分達は巻き込まれないように離れた場所で待機せねばならず、監視がなくなった二人がどのような行動を取るか。

 対魔忍のように民間人への被害を極限すべく行動する理念のない魔族であれば、何もしないまま逃げてしまうのが関の山。その時点で作戦は破綻するではないか。

 

 流石にそれは、と口を挟もうとした静流であったが、小太郎は予想していたのか片手で制する。

 そして、もう一方の手で懐からあるものを取り出した。透明の袋に入れられたそれは、見た事もない極彩色の粘液が漏れる何かの内臓だった。

 

 

「昆虫は言葉もないのにどうやってコミュニケーションを取っているか、知っているか害獣共」

「こ、こみゅ……?」

「ど、どうやって……?」

「それはフェロモンという奴だ。特に働き蜂は大きく分けて集合、警報、マークフェロモンの三つを使う。いずれも揮発性が高く、奴等はすぐにこれを捉える」

「ぶべぇっ!?」

「ばぶひぃ?!」

「説明は以上だ。さあ、()()()()()()。精々頑張れ」

「ああぁ~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 

 小太郎は袋を裏返し、粘液滴る内臓器官を害獣の顔面に叩き付け、その様に静流は頭を抱えた。

 特定のフェロモンが社会性昆虫の社会構造を維持する役割を果たしているのは有名な話。無論、静流も知っている。

 

 フェロモンは多くの昆虫が使っているが、社会性昆虫にとっては特に重い役割を担う。

 新たな女王誕生の抑制と切欠、雄蜂の集合、外敵の存在を知らせる警報、餌場を知らせるマーキング、同じ巣の仲間の識別、幼虫を認識させるなど多岐に渡り、人間にとっての声や言葉に相当する。

 昆虫はフェロモンには逆らえない。行動は本能に根差したものであり、外界から与えられた極限られた刺激を極限られた反応を返すように組み立てられており、その中でもフェロモンの果たす役割は甚だ大きいからだ。

 ならば、魔界ワスプの働き蜂の大半は、このフェロモンを放つリリムとミナサキを真っ先に狙って行動するのは間違いない。

 

 更に言えば、静流が頭を抱えたのは小太郎の殺意の高さである。

 彼は“逃げていいぞ”と言った。それはつまり、クロワダミに忍び込む前に取り付けた約束通り、逃げたから殺すね? するつもり満々だ。自分で逃げるように仕向けておいてこれである。

 と言うよりも、何処でどう手に入れたのかフェロモン分泌器官を持っていたところを見るに、約束を取り付けた時点でこうすることを決めていたとしか思えない。

 

 

「う、う、うわぁ~~~~~~~~~~~~~んん!!!」

「や、やだぁ! こ、殺される! 殺されるぅ~~!!!」

 

 

 害獣が、いっそのこと道連れにしてやる、という思考が生まれる間もなく、森の奥から耳鳴りのような羽音が響いてくる。

 魔界ワスプの危険性は売りつけた二匹が最もよく分かっている。小太郎の弁を信じるのであれば、外敵として毒針で刺し貫かれ、顎と爪で引き裂かれるのは必定。最早、生き延びるためには逃げる以外に手がなかった。

 

 助けを求めるようにこれまで庇ってくれた二人を見るが、静流はすっと目を逸らし、ミーティアは俯いたまま黙して語らない。

 いくら彼女でもフェロモン塗れの二人を救う術などないないのだ。

 

 最後の救い主に見放された二人に成す術などなく、泣きながら逃げていく害獣を小太郎はウマのマスクを取り外し、手を振りながら見送った。

 怪物のマスクで覆われた顔に張り付いていたのは春風の如き微笑み。正に暗黒微笑。そして、お前等これが終わったら殺すから覚悟しとけよの笑みである。言葉にしない辺り殺意ポイントの高さが伺えようと言うもの。

 

 

「それで、私達は?」

「このまま働き蜂が追いかけていくのを見送って、来た方向に行けば巣がある。基本、女王蜂は巣を動かない。植物も多いこの場所なら静流の木遁を最大限活用できる。後は煮るなり焼くなりすりゃいいでしょ」

「万が一、働き蜂が此方に向かって来たら?」

「無いと思うけどなぁ。不安なら動かずに、薔薇の花でも咲かせりゃいい。それで安泰だ」

「薔薇…………あぁ、そう言えば、そんな研究結果が出てたわね。一部のハチは薔薇の香りに含まれるフェネチルアルコールを嫌うとか。でも、奴等がミツバチの変異体だとしたら……」

「それもない。ミツバチのフェロモン分泌するナサノフ腺は腹部の背面、スズメバチのファンデルフェヒト腺は腹面にある。魔界ワスプを解体(バラ)した時、腹面にあった。つまり奴等はスズメバチに近い生き物ってことでしょ。十分効くよ」

「…………呆れた。そこまで勉強熱心なら、私の授業にもきちんと出席して欲しいものだわ」

『出る価値があるなら出るよ? ただ、価値も必要もないから出ないだけ』

「全く! 嫌な子ね!」

 

 

 思わず嫌味が出てしまった静流に対して、小太郎は更に厭味ったらしく英語で返す。

 文法も発音も完璧で、英語の授業を受け持つ静流ですら、これなら確かに出る必要はない、と思ってしまうほど。同時に、アサギさんが期待をかけるのも頷ける、という納得もあった。

 

 魔界ワスプに挑む前提であれば語った知識量に不思議はない。ただ、彼は今回巻き込まれただけの部外者に過ぎない。

 にも拘らず、これだけの知識を抱えていた事には驚きを隠せない。自身ですら魔界ワスプを挑むに当たって蜂の生態を改めて調べ直したというのに。

 知識欲の権化、というわけではない。ただ、知識そのものを活かすだけの知性があれば、それが忍法や異能に劣らない武器となることを知っているのだろう。

 生き物の生態を学ぶことは無駄にならない。魔獣でも人界の生物と重なる生態を持つ種は多く、その知識は必ず何処かで役に立つ。或いは他者にとっての厄となる。

 

 それでも静流は戦慄を禁じ得なかった。

 考えても見て欲しい。何時か必ず役に立つとは言え、その何時が訪れるかは誰にも分からない。下手をすれば一生無駄になりかねない知識を、疑念も疑問もなく積み上げ続けることの出来る人間が何処に居ると言うのか。

 知識を溜め込むには限度がある。俗に天才しかなれないとされる弁護士や裁判官でも膨大な量になる六法全書を全て丸暗記しているわけではない。自身の専門、得意に合わせて必要な部分だけを覚えているに過ぎない。それを、何時か役に立つからもしれないからと全て覚えるのは異常という他ない。

 そもそも、魔界ワスプのフェロモン分泌器官を入手していたことだけ取っても驚きだ。

 其処にあった感情も、役に立つかもしれないから、以上のものはないだろう。そんなものを延々と賽の河原のように積み続けるなど静流は出来ないし、理解も出来ない。

 

 静流は内心を押し隠しつつ、自らの忍法である木遁を発動させた。

 木遁は本来は生まれない植物を生えさせることもできれば、成長を促進させることもでき、また植物を媒体として何らかの効果を発生させることができる忍法。

 種も苗も手元になくとも、一面に薔薇を咲き誇らせるなど造作もない。周囲の地面から芽を出し、棘のある茎が伸び、蕾を作り、花開く。瞬間、むっとする濃厚な薔薇の香りが鼻孔に広がる。

 

 リリムとミナサキを追うように現れた無数の働き蜂は一直線に進んでいたが、突如としてその編隊の進路を、薔薇畑を避けるよう僅かに変えた。

 スズメバチは薔薇などに含まれるフェネチルアルコールを嫌う。この化学物質を浴びせられると攻撃性が消失することが確認されており、集合フェロモンですらも無効化される。どうやら、小太郎が予測していた通り、魔界ワスプにも有効であったらしい。

 

 その結果に、静流は別の安堵を抱いた。今夜、この子を試せて幸運だった、と。

 彼女が評価したのは知識量それ自体ではなく、その在り方。人よりも遥かに警戒心が強いと自任する自分でも到底理解できない警戒心の塊にして猜疑心の怪物。

 敵が全知全能に匹敵する能力を有していたとしても、彼ならば既に対抗策を手中に収めていて当たり前に制圧してしまっても不思議ではない。そう思わせるほどの理屈や理解を越えた問答無用の説得力。

 組織内部で明確に敵対関係になるのは愚策。かと言って、不干渉を貫くには勿体ない。今まで保ってきた中立を崩して肩入れしてもお釣りが来る相手と知れたのは幸運と言う他なかった。

 

 

「ま、最後は力押しだけどね」

「討伐目的の任務なら当然よ。さあ、行きましょうか」

「…………は、はひ」

「「…………?」」

 

 

 万事恙なく、小太郎の思惑通りに事が進む。静流としても流れに疑問はなく、止める意味もない。

 

 唯一気掛かりだったのは、ミーティアの不審な様子。

 これまでの彼女の行動を見れば小太郎の策を止められないまでも、リリムを庇うような言動を見せたか、悲鳴を上げていただろう。

 なのに、今に限っては一言も言葉を発していない。ようやく絞り出した声もこれ以上ないほどに震えており、必要以上に怯えている。

 

 これを静流は小太郎がやり過ぎたからと判断して見咎めたのだが、当の本人も困惑しているようだ。

 少なくとも静流の目だけではなく、小太郎の目から見ても、ミーティアが怯えている理由は分からない。

 これが仲間を良いように使われた怒りでならばまだ分かるが、小太郎が静流に聞かれずに行った会話からもこの程度で怯え竦むようなタイプではない。

 

 

「ほ、ほほほほら、行きますよ、二人とも! 私、頑張りますので! すっごく頑張りますので!」

「…………ちょっと、どういうこと?」

「いや、オレにも何がなんだか。こっちを嵌めようって感じでもない。まあ、あの子なら足を引っ張りゃしないでしょ。戦闘向きじゃないのは自覚してるし、積極的に前に出る理由もないし。上手くすれば、夢の世界に引き摺り込んで無力化できる可能性もある」

「まあ、それもそうね。時間も限られているし、フォローはするから手綱はちゃんと握っていてよ?」

「へーへー」

 

 

 怯えた様子をそのままに、ミーティアは二人の不審を伴った視線にハッとすると、今度は勇み足でずんずんと森の奥へと向かっていく。

 明らかにハイになった様子に、危ない薬でもやっているのかと不安になる小太郎と静流であったが、どちらもそんな薬をやった瞬間を目撃していないし、そもそも二人のミーティアの評価は高く、そんな彼女が麻薬に手を出すような愚かさを持っているとも思えず、首を傾げることしか出来ない。

 

 結論は出ず、疑問は重なっていくものの、先に進む以外の選択肢はない。

 リリムとミナサキの逃げ足は一級品だが、追い掛けっこは既にしており、フェロモンに惹きつけられた働き蜂から何時まで逃げ続けられるかは分からず、今の内に女王蜂を倒さなければ全てが無駄になる。

 心中に生じた一抹の不安と疑念を感じながらも、小太郎と静流は後を追う。

 

 ――――もう少し様子を見るべきだった。二人がそう後悔するのはもう少し後の話である。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。