何か今週やけに閲覧数伸びるなと思ったけど、ランキング入りしてたのね。
始めてから結構立つのにランキングに乗るとはたまげたなぁ。
嬉しいよぉ! ありがとナス! 今後とも評価と感想よろしくお願いします!
今回の章も後2、3話! では本編どぞー!
「はあぁぁっ――――!」
鋭い気迫と共に、静流が辣腕を振るう。
真っ向からの戦闘は単独潜入を旨とする彼女にとっては避けるべき行為であるものの、決して戦えない訳でもなく弱くもない。時と場合には戦闘とて手段の一つになる以上、達人と呼べるレベルの技量を身に付けている。
手に握られていたのは、薔薇の茎に
呻る先端から空気が破裂する音が連続して響くや否や、角度によっては弾丸すら弾く硬い外骨格を持つ魔界ワスプが初めからそうであったように次々と両断されていく。
破裂音は鞭の先端が音速を越えた証。鞭は人力で唯一、音の速度を超えることの出来る武器。一般人ですら慣れれば出来る芸当を対魔忍が行えばどうなるか。考えただけで総身に震えが奔るだろう。
鞭の軌跡は線にも関わらず、その様は正に結界。
静流から半径五メートルの制空圏に入った者は問答無用で屍を晒す。これならばスナイパーライフルによる狙撃であろうが、マシンガンの掃射であろうが弾丸は彼女を掠りもしまい。
それでもなお、魔界ワスプは攻撃を止めることはない。
時に角度を変えて、時に四方から、時に同時に、時に機をズラして。外敵への猛攻を緩めることはない。
単なる野生生物であれば、死を恐れ、生への渇望から一時は引いたかもしれない。
だが、社会性を持つ昆虫に死の恐怖は絶無だ。奴等にとっては女王と巣の壊滅こそ種の保存に反しており、死そのもの。常に群れとして在る生命体だからこそ、初めから個としての生になど意味を見出していない故の突撃。
徐々にだが確実に。
魔界ワスプの外敵を排除し、巣を守るという本能が静流の技量を上回り始める。
如何な“花の静流”と言えども限界はどうしようもなく存在する。攻撃回数とて限界があれば、対応速度にも限界があり、また使う得物にも限界はある。
数の暴力は個の限界を用意に引き摺り出す。この自明の理を覆し得る個は“最強”と、“最強”へと手を掛けられる才能を生まれ持った者のみ。生憎と静流はその域になく、役割の関係上、必要とも考えていなかった。
何故ならば、己が求められる能力は戦闘でなく、また個で対応するわけではなかったから。
「ミーティア、手を離す。しっかり捕まってろ!」
「は、はひぃ~~~~~!」
静流と背中合わせになった小太郎は背負うミーティアの両足を離し、自分の身体に両手両脚が巻き付くのを確認すると銃を構えた。
ベネリM4 スーパー90。
元々は軍用として開発された散弾銃であり、前身のM3で採用されていたイナーシャドリブンという反動利用式からガス圧利用式へと変更。
ガス圧を自動調整する機構が採用されており、メーカー毎に異なる弾薬の長さや装薬に応じて安定して作動し、また部品の点数を減らすことでセミオートショットガンとしては破格の信頼性と整備性も確保している。
装弾数は7+1発。大群を相手にするには如何にも心許ない数ではある。
「そらよ、しこたま喰らえ」
しかし、散弾銃の利点は其処にはない。
気合いも気負いもなく、構えたベネリM4を襲い掛かる魔界ワスプの群れに向けて引き金を引く。
耳を劈く発砲音が連続し、12Gのバックショット
散弾の名の通り、ショットガンの弾薬は一度に複数の弾丸を発射する。
000Bは直径9.1mm、重さ4.5mgの弾を6粒内蔵しており、鹿や猪といった中型動物の狩猟や軍の戦闘で用いられる。
人体に至近距離で放てば当たった部位が千切れ飛び、胴に当たっては死を免れない。強靭な肉体を持つ魔族であっても行動不能から緩やかに死へ至るストッピングパワー。魔界ワスプの持つ外骨格であれ、例外ではない。
連続する散弾は外骨格を次から次へと打ち砕き、内臓器官を引き裂いてへ地獄へ落とす。
一発で最低でも二匹。多ければ四匹を仕留めるその手際。並みの銃使いでは此処まで反動を制御できず、また精密な速射もできまい。
散弾銃の利点は即応、そしてもう一つ。
性質上、最大の効果を発揮するのは閉ざされた室内戦であろうが、森のような木や枝、蔦や葉で見通しが悪く、遮蔽物の多いフィールドでも十分すぎるほど効果的。
例え、側面や背後から襲い掛かられようとも、銃口から散るように放たれる弾丸は十分に狙いを定めずとも対象に突き刺さる。狩猟で散弾銃が広く使用される理由だ。
「ひっ、ひぇぇぇぇっ!!」
「チッ――――なら、コイツはどうだ?」
次々とワスプを撃ち落としていく最中、000Bを外骨格で弾く個体が現れた。
恐らくは、人界の蜂には存在しない階級。巣を拡張し、餌を持ち帰り、幼虫を育てる働き蜂ではなく、外敵の抹殺のみを目的として生み出された兵隊蜂とでも呼ぶべき存在。
他の個体よりも体長は一回り大きく、黒と黄色の毒々しい警戒色の色合い。羽音は一段と大きく、外殻の分厚さと刺々しさも一目で分かる。
ミーティアは余りの悍ましさと理由のない生理的な嫌悪感に鳥肌を立たせ、一際強く小太郎の身体に四肢を絡ませた。
首を絞められる息苦しさか、はたまた厄介な個体が登場したからか、小太郎は舌打ちを一つしたものの対処は冷静そのもの。
腰に付けた縦に二発、横にズラリと並べられたショットシェルホルダーから左手で四発のシェルを毟り取るや否や、僅か一秒未満で再装填を終える。
実包を一列に並べる管状弾倉を持つショットガンならではのクアッドロードと呼ばれる装填技術。本来は手の中でショットガンを反転させてローディングポートを上に向けるか、ストックを肩に掛けて行うが、彼は右手で射撃姿勢を保持したまま行っており、更に時間が短縮されている。
対魔忍の腕力と握力、更には何千万回、何億回にも及ぶ文字通りに骨身を削るほどの鍛錬によってのみ実現可能な芸当。彼にとっては呼吸に等しく行える当たり前の行為。
外骨格で弾いたとは言え、飛行する生物である以上支えはなく、空中で乱された姿勢を立て直せなかった兵隊蜂はまだ攻撃へと移れない。
再装填してから続けざまの射撃。
一発目は薬室に装填されていた000Bは距離が近づいても先程と同じ結果を招く。しかし、二発目に発射された弾は問題なく兵隊蜂どもの頭部を吹き飛ばした。
再装填したのは今まで使っていた000Bではなく、ブリネッキ型のスラッグ弾。散弾とは異なり、使用するペレットが一粒しかな入っていない、熊などの大型獣や屋内突入時にドアの蝶番を破壊するために使用される。
特に、ブリネッキ型は弾丸後部に燃焼ガスを受け止めるワッズが取り付けられ、ガスシールとしての役割を果たし高い推進性と威力を誇る。
小太郎がショットガンを選択したもう一つの理由にして利点。
それは弾丸の種類を状況に応じて即座に変えられる対応力。
ショットガンの実包に限らず、魔界技術と魔族の出現によって、弾丸の種類は飛躍的に増している。
ただ、再装填の手間はかかる。自動拳銃にせよ、突撃銃にせよ、機関銃にせよ、狙撃銃にせよ、使用する弾を切り替える際には弾倉を一々切り替えなければならない。
撃ち切ってしまうのも一つの手だが、それで効果を上げられねば、効果的な弾丸を撃つ前に死は目前。その点、銃そのものに管状弾倉を備えたショットガンはその気になれば一発毎にでも弾丸を変えられる。
ボルトアクションのライフルならば同様であるが狙撃を目的とした武器であり、小太郎の置かれた状況にそぐわない。彼がショットガンを選択するのは当然であった。
断末魔の悲鳴すらなく、ボトリと音を立てて兵隊蜂は地面に落ちる。こうなってしまえば、如何な体躯を誇る魔獣と言えども嫌悪と共に捨てられる虫の死骸と大差はない。
(強い――――と言うよりも巧い。銃の腕前は扱いに慣れた傭兵や正規の軍人よりも遥かに上。バカスカ撃ちまくるだけの輩とは訳が違う。その上、戦い易い。戦場を、物事そのものを俯瞰的に把握している。確かに指揮官向きね)
発砲音を背に受けながら、静流は舌を巻いた。
戦いが始まる前は不安しかなかったが、それが誤りであったと認めざるを得ない。
この数を前にすれば、どうしようもなく意識の回らない死角は生まれる。
だが、その間隙を把握しているかのように、入り込んできた敵を小太郎が撃ち落とす。
決して強者と呼べる力量はない。
だが、兎に角戦い方が巧い。敵の数手先を常に読み、味方の隙を零にする立ち回り。
その上、味方の動きから意図と思考を読み取って動き、それらを考慮した彼の立ち回りそのものが言葉を介さない指示となっている。
正に戦闘、或いは戦争巧者とでも呼ぶべきか。長年対魔忍として戦ってきた静流から見ても、隊長としても、指揮官としても、当主としても不安もなければ不満もない。
「ミーティア、ポーチのピン抜いて落とせ!」
「ポ、ポポポ、ポーチぃ!? ど、どれどれどれ?!」
「後ろだ後ろぉ!」
「一杯ありますぅ! 5個くらいあるぅぅ――!!」
「左ケツ! 左ケツ! 左ケツの奴ぅ!!」
(もうちょっと、こう……うるさいわねぇ……)
静流の納得と安心を余所に、小太郎とミーティアには一切余裕がない。
小太郎が背中に預かるのは失う訳にいかない貴重な情報収集役。淫魔王に対する切り札になり得る存在。こんなところで失う訳にはいかず、心境として余裕などあろう筈もない。
ミーティアはミーティアで、視界に居れることすら不快な死ぬほど苦手な昆虫に囲まれている状況で冷静になれる筈もなかった。
思わず嘆息しそうになった静流であったが、心の中で留めておく。余裕がなくとも行動は的確だったからだ。
ミーティアは小太郎の言葉に従って、目をぐるぐると回したまま円筒型の何かを取り出すとピンを外してその場に落とすと、悲鳴を上げながら背中に顔を埋める。
それを確認した小太郎は、神業染みた再装填と射撃を繰り返しながらも、片足で巣の方向に向かって蹴り飛ばした。
(これで巣と幼虫の殲滅は確定した。後は女王と残党を殲滅するだけ――!)
―――――
――――
―――
――
―
月明かりのみが差し込む森林を、一つの影が跳ね奔る。
木の枝から枝へ、雷の如き速度で目的地へと向かっていた。
それは文字通りの影だ。
まるで実体そのものが存在しないようであり、遠くで聞こえる戦闘音に意に介さず眠る鳥も、繁殖のために美しい音色を奏でる虫も、森林を囲むドームによって凪いだ空気ですら影の存在に気付いていない。
気配を殺して身を隠し、誰にも気づかれぬ事無く対象に近づき、目的地に到達する技術。対魔忍はこれを隠形術と呼ぶ。
斥候、情報収集、暗殺、戦闘。任務が多岐に渡る対魔忍ならば誰もが大なり小なり身に付けている基本。中には、生まれ持った異能系忍法そのものが隠形術を助ける、或いはそのものという場合もある。
だが、影のそれは
確かに存在している筈の個人が、誰からも認識されることもなければ、空間や世界からすらも忘れらされてしまったかのような有り様が只の技術など。
恐ろしい話だ。才能は必要、血の滲むような鍛錬も必要。しかして、特異さだけは
それでも影は誰にも気づかれずに、俄かに明るさを帯びた方向へと進む。
目的はただ一つ。己の定めた唯一の主人の下へと馳せ参じることのみであった。
―――――
――――
―――
――
―
「終わったわね。でも、これはやり過ぎじゃない?」
「問題ない。ボヤ騒ぎじゃ、介入する理由には弱いがクロワダミにしても拒否し辛くなる。後はごり押しでもいい、介入さえすれば痛い腹を探り放題さ」
「成程、何から何まで想定済。流石ね」
轟々と燃え上がっていく炎に囲まれながら、静流は若干の呆れを見せながら呟いた。
炎の原因は小太郎がミーティアにピンを外させ、巣へと蹴り飛ばした
派手な爆発はしないが、アルミウムと金属酸化物の間で酸化還元反応が発生し、膨大な熱と炎を生み出す。
樹木などの繊維で構成された蜂の巣など一瞬で燃え広がる。また身体中にある気門から酸素を取り込む昆虫は人間ほど呼吸器官が発達しているとは言い難く、咳をして有害な気体を取り込まないようにする反射を行えず、煙を取り込めば一瞬で気絶する。
働き蜂に、兵隊蜂は言わずもがな。女王蜂も今や地面に落ちてピクリとも動かない。
小太郎はミーティアを背中から降ろしてその場に座らせると炎に抱かれても動かない有象無象には目もくれず、女王へと近づいていく。
薬室に一発のみ残ったベネリM4をその頭部に押し付け、何の感慨もなく引き金を絞った。
腹の底に響く発砲音と共に、女王の頭部は爆ぜ割れた。
これでこの一件は片付いたも同然。後は撤退して動かなくなった魔界ワスプが森ごと燃えるまで待てばいい。
警備兵も既にこの場へと向かっているであろうが、炎の燃え広がる速度は速い。消火器程度では消化しきれず、そもそも火の手が上がる可能性が低い場所。まともな消化装備や設備があろう筈もない。これで任務は終わりだ。
静流もミーティアも安堵する中、小太郎は女王の死体に背を受けて二人へと向かっていく。
「…………!」
その最中、小太郎は逃げている害獣がどうなったか確認しようと懐から端末を取り出した。
繁華街で二匹の追跡に使っていたFRTSは監視カメラの少ないこの場では使えない。故に、取り付けた首輪には発信機とある物を仕込んでおいた。
ミーティアからの信頼と信用を得るために、この場においては逃げられても構わない。ただ、生死の確認だけはしておきたい。
端末を見れば、二匹を示す光点が異常なく映し出されていたが、小太郎は直ぐに眉根を寄せた。
装置にも端末にも不具合があったわけではない。ならば何故、疲れ果てて動くのもやっとな筈の二匹を示す光点が、今もなお絶え間なく動き続けているのか。
女王は殺した。
生死の確認を怠る彼ではなく、また頭部を砕かれて生きれる類の魔獣でもない。
ならば、導き出される答えは――――
「何……?!」
「ひぃ――!」
――――炎に包まれた巣が突如として爆散する。
在り得ない事態に静流は目を剥き、炎の中から現れた存在にへたり込んだミーティアは小さな悲鳴を上げる。
巣は何らかの化学物質や残った火薬で爆散したのではない。内側から突き破られていた。
燃え盛る炎を掻き分けて吶喊してきたのは、兵隊蜂よりも大きく、女王蜂よりも小さい個体。
(新しい女王蜂! 天敵がいないから女王が育つ周期が早まったのか!)
本来、新たな女王蜂が誕生するのは、旧女王の産卵能力が落ちてからが常。
しかし、魔界から人界へと世界を跨いで持ち込まれ、環境が一変したことで魔界ワスプに天敵はいなくなった。
更に一説には魔獣が人界の獣や昆虫に比べて遥かに大きい身体を持つのは、魔界の瘴気によって成長を促されているからだとも言われている。
魔界ワスプどもは瘴気の影響を受けなくなり、今後は徐々に弱く小さくなっていく自らの将来を本能で予期したのだろう。
故に、群れの数を増やすことで少しでも絶滅の憂き目を避けようと生態そのものを変化させた。新たな女王が生まれる周期が早まったのもその一環。
煙を巻かれた働き蜂も兵隊蜂も動かなくなったのは女王が死んだからではなく単純な生理反応。ならば、この場を離れている働き蜂が今だに害獣を追い回しているのにも納得がいく。
その事実を知っているのは小太郎のみであり、新たな女王が生まれていたと即座に正答に辿り着けるのも推察するだけの材料を得ていた彼だけ。
ミーティアはもう二度と相対しなくてもいいと思っていた天敵の出現に再び役立たずと化し、静流は調査してあった生態とは異なる現状に硬直している。それ故、即応できたのも小太郎だけ。
「ギ、ギギ――!」
「なんっだ、そりゃあ――!」
小太郎は巣の方向へと振り向き様、排莢口から薬室に直接弾丸を送り込むショットガンならではの緊急装填を完了させたが、目にした光景は小太郎でも予想を超えるものだった。
あろうことか、新たな女王個体は腹の先端からに生えた毒針をミーティアに向けて発射し、更に顔を出した毒針を今度は静流に向かって撃つ。
蜂の毒針は卵管が変化したもの。ならば毒針を複数持つ奇形や個体があったとしても不思議ではない。
体内でガスを生成して天敵に吹きかけるマイマイカブリやミイデラゴミムシなどの昆虫がいるのならば、生成したガス圧で身体から切り離し可能な毒針を射出する理屈は思いつく。
しかし、これだけの変化をただの一世代で成し遂げるなど、蜂を研究する生物学者ですら思い至らない。
人間に捕らえられたことで銃の危険性を認識したのか。はたまた距離を取って獲物を行動不能に至らしめる新たな攻撃手段なのか。いずれにせよ、信じがたい変化。
これだけの変化は数十年ですら短い方。本来ならば、数百年、数千年にも及ぶ世代交代と環境適応への答えとなる進化の類が、ただの一世代の交代のみで引き起こされる奇跡。
生きようとする意志は何よりも強いと言う。人間よりも原始的で生存本能に忠実な野生生物の方が劇的な変化を見せるのは、或いは必然だったかもしれない。
加えて、新たな女王蜂は図らずも小太郎に択を迫る。
背を向けていた小太郎は後回しに、ミーティアと静流を狙った。ショットガンに装填されているのはただ一発。
ミーティアを救うか、静流を救うか、それとも女王個体を狙うかの三択。追い詰められ、時間を失うほど人は冷静さを失い、自身にとっても組織にとっても世界にとっても正しい択を選べなくなる。
小太郎も予期していなかった変化といい。何もかもが有利な状況といい。全てが女王に味方している。
唯一反応できた小太郎は全ては自らの失敗と認めることで冷静さを取り戻す。見積りが甘かった。
例えそれが世界中の人間が誰一人として気付かない可能性であったとしても、部隊を預かる者として考慮しておかなければならない可能性であった、と。
瞬間、彼の選択は決まった。
かくして一発の銃声と、毒針が肉を貫く気味の悪い音が鳴り響いた。
「ふうまさん――!?」
「ふうまくん――!?」
ミーティアと静流の悲鳴が響く。
小太郎の選択はこの状況を自らの失敗と受け入れた上で、自らを削るもの。
彼にとって優先度の高いミーティアに迫る毒針をスラグ弾で弾き飛ばし、次に組織にとって失う訳にはいかない静流を守るために彼女の顔面に向かうの射線上に右の掌を滑り込ませて毒針を受け止めた。
魔界ワスプがスズメバチに近い生き物であるのならば毒は脅威。
スズメバチの毒は“毒のカクテル”と呼ばれるほど様々な生理活性物質の複合物であり、人体に投与されれば様々な効果を引き起こす。
炎症作用を引き起こすヒスタミン、呼吸不全や心肺停止の原因となる神経毒セロトニン、アセチルコリン、細胞膜を分解するホスホリパーゼ、タンパク質を分解するプロテアーゼ、アナフィラキシーショックの原因となるホーネットキニン、マストパラン、マンダラトキシン、ベスパキニン。その他、人界では発見されていない効果も未知数の化学物質。
いずれの物質の多くは動物の免疫系や神経系に関係した情報伝達物質でもあり、毒液は動物組織の構成物質を分解する酵素によって消化。破壊された組織を通じて速やかに皮下組織に拡散。さらに血管系を通じ全身を巡り、免疫系や神経系を攪乱。それにより激しい痛みや急性アレルギー反応などを引き起こす。
しかし、ある物質をある状態の動物に与えた場合、半数が死亡するとされる半数致死量はそれほどでもなく4.1mg/kg。
有名な河豚毒であるテトロドトキシンが0.01mg/kgであることを考えると自然界で生み出される毒としては弱い方である。
射出する以上、毒針の内部に溜めておける量はそれほど多くはない。少なくとも即死はしない。ならば後は、握った手札を斬るだけだ。
「やれ、無形――!」
小太郎の下した号令に従うように、黒い影が後方からぬるりと音もなく現れる。
それはミーティアと静流の間を抜けるように駆けると、小太郎の毒針を受け止めた右手を容易く手首から両断し、続け様に様子を伺っていた女王に何の反応もさせずに首を断つ。
ミーティアには何が起きたのか分からなかった。
空気の揺らぎすらなく、自分のすぐ隣を何かが駆け抜けたことにすら気付いていない。突然、小太郎の右手が切断され、女王の首が落ちたとしか認識できていない。
手練れの対魔忍である静流でさえ、視界の端に何かが映っただけ。
彼女の産毛がそよぐことすらなく、辛うじて捉えた影が小太郎を乱暴な手段で救い、女王を討ち取ったように見えただけ。
「今のは……!」
静流が呟く頃には、影は姿を消している。
そこでようやく、ゾワリと全身が泡立つのを感じた。
恐らくは味方であろうが、これほどの隠形術の使い手を静流は知らない。
速度だけで言えば、隼の術を使わないアサギと同等。ただ、
対し、影の速度はまるで逆。音も意も存在すらも消したまま、速度は同じに駆け抜けていく。目で見えず、音に聞こえず、肌にも触れ得ない。透明静寂、瞬殺無音。人の認識から外れた化外の暗殺者。
「静流さん! 早く小太郎さんの手当てを……!」
「……っ! 兎に角、止血を!」
「別に慌てなくてもいいよ。もうやってる」
余りにも埒外の技量を誇る隠形術に呆然としていた静流であったが、何も分からなかった故に余計な思考を巡らせずに動いたミーティアの声に、ようやく現実に戻ってくる。
呆然としている猶予はない。
致命傷ではないが適切な処置をしなければ出血が続き、死に至る。
しかし、小太郎は痛みに顔を顰めることすらなく平静そのものの態度で右脇に左手を差し込んで挟み、大きい血管を押さた上で、傷口を心臓よりも高い位置に移動させて出血を押さえていた。
「ミーティアちゃん、彼の靴紐を外して手首を縛ってあげて」
「は、はいぃ……」
「かなり痛むわよ」
「別にどうってことないけどね。それは?」
「ヨモギにイダドリ、チドメグサよ。タンニンの収斂作用、君なら知っているでしょ。気休めにしかならないけど、何もしないよりもマシよ」
自らのハンカチを取り出し、木遁によって生み出した植物の葉を揉み潰して傷口に押し当てる。
自生している薬草は寄生虫や細菌で汚れているから洗浄が必要であるが、木遁で急激に成長させたのならばその限りではない。
如何に対魔忍であろうとも、傷口に直接何かが当たれば激痛が奔る。しかし、小太郎は相変わらず痛みを感じていないかのようで、悲鳴すらない。
小さい切り傷だったのならば収斂作用による細胞と血管の収縮によって止血効果はあったろうが、これでは効くかどうか。
回収部隊を呼んで一刻も早く五車に戻るべきか、それとも近場の病院に駆け込んで応急処置を頼むべきか、静流は決めかねていた。
そして、それ以上に気になっていたことを言わねばならないことがあった。
「あんな伏兵がいるのなら、言っておいて欲しかったわ」
「ありゃウチの一門で、今日はオレの護衛だったんだ。それに分かるでしょ。知られていないことがどれだけ有利な状況を生むか。まあ、知りたいなら教えるよ。奴は
「今更、遅いわよ……でもまあいいわ、助けられたのは事実だし。ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして」
存在している筈の味方について、碌に説明していなかったことを咎めるように睨む静流であったが、小太郎は気にした様子さえない。
しかし、微笑みを浮かべながら礼を告げると応急処置を再開する。
このまま咎め続けるようでは教師として生徒に守られる失態を演じた苛立ちをぶつけているようなもの。事実、心の中には不甲斐なさで満たされている。
だが、告げた礼は形ばかりではなく、心に浮ぶ感謝は本物。今まで身を挺して誰かを守ったことはあっても、庇われたことなどついぞなかった。
不甲斐なさと安堵、喜びが入り混じった心持ちは、静流にとっても初体験で不思議な気分ではあったが、悪い気だけはしないのは確かだった。
そして、情けなさは募るばかりであるが重なった予想外で、小太郎が動かなければ反応できていたかさえ怪しい。迎撃など不可能だったろう。これで礼の一つも口にしないなど、それこそ人格を疑う行為だ。
静流が周囲を探ってみても、相変わらず気配はない。
広がっていく炎の中に隠れているのか。生み出された影の中にいるのか。影――――闇堂 無形は相変わらず気配すらない。
無形は現在、小太郎の下に集った者の中でも異質。
災禍と天音が万能とするのならば、無形はただ一つの役割――暗殺にのみ特化した至高の暗殺者である。
Q、本当に射撃体勢の状態でクアッドロードなんてできんの?
A、作者の知ってる範囲じゃ無理。クアッドロードは最後に親指で押し込むから、その状態だと小指で押し込むことになってポロリすると思う。まあ、対魔忍の身体能力と若様の技量なら何とかすんべぇ! 外連味効いたファンタジーじゃ!
Q、新女王の変化、無茶苦茶では?
A、苦労さん「だろうなぁ! ふはははは!!」←コイツの所為だから問題ない(ゴリ押し)
Q、闇堂くんちゃんの説明は?
A、次回を待て!