対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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何か閲覧数増えてると思ったらまたランキング乗ってる……!
今後ともこの勢いでよろしくお願いします! ありがとナス!


そして鶴ちゃんktkr! 引きてぇ~~~、超引きて~~~~~!
結局、バレ紫水も引けなかったし、今回もダメがな気がするが、限界まで行く……!灰になるまで……!

あ、それから鶴ちゃんのキャラが思いの外よかったので登場確定。まあ、元々次章次々章くらいで登場予定でしたけど。思いの外早く本編で登場してくれてよかった。オリで進めなくて良くなったぞ!


今回は題名通り骸佐くんの近況。では、本編どぞー!



幕間
にしゃにんぐんのゆううつ


 

 

 

 魔都・東京。

 世界でも有数の大都市にして、今や魔の領域に呑まれかけた日本の首都。

 今日も法の目が届かぬ闇の中で、人々を食い物にせんと魔と外道が蠢いている。

 それでも表向きには平和が保たれているのは対魔忍を筆頭とした混沌へと立ち向かわんとする者達による努力によるものか、その方が闇の住人にとって都合が良かったのか。

 

 ただ、そんな都合や思惑から掛け離れた場も存在する。

 それこそが東京キングダム。東京湾に浮かぶ人工島であり、無法者にとっては楽園そのもの。この島に法も秩序もあれども律儀に守る必要など何処にもないのだから。

 

 

「…………どうしてこうなった」

 

 

 東京キングダムの歓楽街。その一角にある小さな酒場のテーブルの一つで権左はごちた。

 欲望と背徳の街には似つかわしくない老人が営む酒場は、平時であれば東京キングダム内の派閥や勢力に関係なく人が集う隠れた穴場。

 店に集う者の性質上、穏やかな時などなく喧騒が常。アルコールの臭いが漂い、怒号と喧嘩の絶えない店であるが、店主はそうした喧噪も好みなのか、常にニコニコと微笑んで見守っている。

 だからだろうか、何処の勢力にも属さない店など早々に潰されるか取り込まれるかするものであるが、珍しいことに常連客が店を守り、完全な中立地帯を保っていた。

 

 しかし、耳が痛くなるほどの喧噪は今はなく、人も疎らである。

 

 

「どうして……、でしょうね……」

「……………………………………」

 

 

 それもその筈、東京キングダムに颯爽と現れ、ノマドと双璧を為していた龍門を下した超新星――――二車忍軍の幹部が三人も集まっているのだから。

 どんな阿呆でも、何の会合なのかと警戒し、いらぬ地雷を踏まぬように立ち去って行った。

 執事である権左は身なりにすら気を遣わねばならぬ立場となっており、今は対魔忍装束ではなく着崩したスーツ姿。仕立ても小物も一流のそれであり、権左自身は窮屈そうではあった。

 同じテーブルに座っているのは尚之助と三郎。ぐい、と安物のブランデーを煽る権左に対して、未成年の三郎とアルコールが剣の冴えに影響しかねない尚之助はちびちびと牛乳を舐めるように飲んでいた。

 

 三人の表情は果てしなく昏い。というよりも疲れ切っている。

 

 

「どうもこうもなぁ……あの連中の手綱握っておけるのは権左と尚之助の兄さん、三郎の姐さんしかいねぇから」

 

 

 三人と同じテーブルに座っていた最後の一人は同情と憐憫の視線を向けていた。

 権左に勝るとも劣らない筋骨隆々の身体に、鋭い眼光と口元に除く犬歯は何処となく狼を連想させる男だ。

 彼は二車由来の忍ではなく、東京キングダムにやってきてから取り立てられた新参。それでも幹部三人の集まりに短期間で参加できている以上相応の実力を有し、二車幹部から高い評価を得ている証である。

 

 髪を撫で付けたオールバックに、黄金の瞳を揺らす男の名は灰狼 一郎太。龍門の傘下にあった地元の零細ヤクザ『獣王会』の出であるが、今や二車の幹部候補。

 ヤクザは面子と体面を何よりも気を遣う生き物。上の龍門を潰された以上は二車忍軍に報復に出なければならないのだが、いくつかの事情があった。

 

 まず第一に、獣王会の組長であった“オヤジ”は勿論の事、下の面々も龍門を嫌っていたこと。

 獣王会は昔ながらのヤクザであり、決して清廉潔白とは言い難いが、それでも自ら堅気を巻き込むほどに悪辣でもない。理由がある者からは絞り尽くすが、事情を鑑みて義理と人情を優先する気質であった。

 ノマドに対抗するために龍門傘下に入ったものの、人を人と思わぬやり方とは反りが合わず、上納金だけ収めて裏では独自の方針と路線を保っていた昔気質。暴力で周囲を併呑してはいるが、義理にも人情にも理解を示す二車忍軍の方が心情としては肩を持ちたくなったのは語るまでもない。

 

 第二に、二車忍軍が闇の組織としての経営ノウハウに欠けている自覚があったこと。

 首領の骸佐、参謀のカヲルともに馬鹿ではない。いずれはノウハウを身に付けていたであろうが、それまでの間に取り込んだ組織との軋轢を生みかねず、手間取って資金難など目も当てられない。

 其処で取り込んだ組織の中から信頼に値する者を徴用し、幹部候補とする方針を取った。単純な強さのみならず何らかのスキルがあれば、そうでなくとも信頼と信用に値する者ならば、成り上がりも夢ではない、と下に甘い夢を見させると同時に、有望な者を選別して組織拡大を安定化させる一手。

 骸佐とカヲルの放った白羽の矢が突き立てられたのは、他ならぬ獣王会であった。

 

 無論、獣王会としてもはいそうですかと首を縦に振る訳もない。

 龍門は気に入らなかったとしても親は親。親を下した相手に易々と尻尾を振れぬ立場。此処で頷いてしまえば、親を殺した相手に媚びる臆病の誹りは免れない。信条としてはよくやったと言いたいところだが、表向きにはおのれ二車と示しておかねばならないのであった。

 しかし、其処は骸佐とカヲル。相手側の心情を読み切った上で龍門の行っていた非道の数々を証拠と共に暴露した。

 

 違法な人体実験、新薬投与のための民間人の拉致、誘拐、人身売買。そして、中華連合へと様々な魔界技術や物品を無償で流していた証拠を。

 闇の街ではよくある話に過ぎないが、中華連合への無償提供は所詮、龍門など中華連合政府の出先機関でしかなく、効率よく魔界技術を集め、実験データを本国へ提供するのが本命の組織であり、義理も人情もなければ、忠誠を誓う意味がなく復讐すら必要すらない傀儡である、と示すには十分であった。

 

 龍門の正体に薄々気付いていた獣王会は、理由も出来たと義は二車にあるとして大手を振って傘下に入ることとなった。

 但し、“オヤジ”は元より長く組長は続けるつもりはなかったのだろう。経営ノウハウを骸佐とカヲルに授け、一郎太に跡目を譲った。今は東京都の一角で盆栽をイジる悠々自適の隠居暮らしをしている。

 一郎太はまだまだ自分達には“オヤジ”が必要、と隠居に難色を示していたものの、弟分妹分の後押し、二車家幹部の(おだて)てではない評価と説得によってこれを承諾し、今に至る。

 まだまだ骸佐を筆頭に二車に心を開いているわけではなく、本性を見極めている最中。それでも、骸佐へ忠義を尽くす二車の面々は、“オヤジ”を慕う己と重なる部分も多く、命を捨てずとも命を賭けるに値する連中と認識しているらしい。幹部達の愚痴に付き合うのが良い証拠だ。

 

 そして、一郎太は権左の背後――――愚痴の原因へと視線を向ける。 

 

 

「あははははははっ! お爺ちゃん、もっとお酒持ってきて! じゃんじゃん飲むわよぉ!!」

「きゃはははははっ! エウエウやるぅ~~~~!」

「あははははははっ! 飲め飲め~~~~~~~!」

 

 

 権左達から離れたテーブルで騒ぎ立てている三人の女子供。それぞれが赤ら顔で子供すらも飲んでいるようだ。

 

 背中に蝙蝠の翼を生やした夢魔。鴉の翼を生やした自称ヤタガラスの化身。どちらもどういう訳だかオムツを着用している。

 そして妖艶な妙齢の女性。身体のラインが浮き出る、地肌に張り付くような衣装は対魔忍装束に似ており、豊満な身体付きもあって扇情的だったが、馬鹿笑いのお陰で妖艶さも台無しである。

 彼女の名はエウリュアレー。小太郎率いる部隊と権左によって敗北を喫した伝説の魔女である。

 

 どうしてこの場に彼女がいるのか――――全ての原因は小太郎にあった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『…………以上が、事の次第と顛末になります』

『そうか。御苦労だったな、権左。尚之助のところには後で直接顔を出す…………しかし、小太郎も絡んできやがるとは』

『ふふふ、随分と井河 アサギから信頼されているようね。それに大した戦い振り、流石は若様』

『カヲルさん……』

『……少しは宗家の当主殿への好意を隠しなさいな』

 

 

 エウリュアレーを討ち果たした夜の内に、権左は一人で骸佐と他の幹部達に状況を報告していた。

 尚之助は戦闘時の自傷により、三郎に付き添われて治療のため共に欠席。残るは骸佐、レイナ、カヲル、比丘尼の四名。他の幹部と幹部候補は支配域の警備と不穏分子の監視を行っており不在であった。

 

 報告を耳にした骸佐は一も二もなく権左を労い、参謀であるカヲルはうっとりと頬を染め、今回の一件で小太郎が如何なる動きを見せたのかを夢想していた。

 その表情に浮かんでいるのは最早、崇拝に近く、レイナと比丘尼は苦言を呈した。無理もない、今の主君に向けるならば兎も角、敵対している相手へとそのような感情を向けるなど、骸佐からも下の者からすらも不信感を持たれかねないのだ。

 

 

『あら、これは失礼を。ですが御安心を、私がお家を裏切るなど在り得ないことですわ』

『別段、気にする必要も謝る必要もねぇ。お前と小太郎に何があったのか知っているし、裏切るとも思っちゃいねぇよ』

『それは安心――――で、矢車を体よく排除できたことですし、次なる手は』

『予定通り、組織の拡大を目指す。兎にも角にも、まずは大量の金を安定して得られるようにならにゃ、下もついてこねぇからな』

『弾正のクソガキに関しては?』

『比丘尼の婆様が説得してくれたお陰で葉隠はこっちに付いた。気掛かりなのは銃兵衛の馬鹿だが、アレが弾正に付くわけもねぇ。のらりくらりと躱して最悪、全部捨てて逃げるくらいは平気でやるから情報だけ流して放っておけ。小太郎の情報じゃ、弾正も立場は厳しいようだし、早々に戦力を整えられるわけもねぇ。デカくなりゃなるほどこっちに手を出し難くなる』

『拡大に関しても問題ないでしょうね。獣王会の組長さんが色々面倒を見てくれたし、一郎太さんを筆頭に獣人達も残ってくれた。暫くは落ち着けるといいけど』

 

 

 二人の指摘にすぐさま気持ちと思考を切り替えてのける。

 その切り替えの早さと己は己、御役目は御役目という割り切りがあるからこそ、骸佐はカヲルを参謀として重用し、また裏切りなどするわけもない信頼していた。

 

 そうして骸佐と幹部達各々が、自身と組織の置かれた状況を整理していく。

 

 矢車を排除できたのは予定通りではあったが、同時に僥倖であった。

 骸佐が弾正との共闘や恭順を考えていない以上、対立は避けられない。その中で、裏切る可能性のある幹部が居る時点で望ましい状態とは言い難いからだ。

 

 比丘尼の説得によって、真千子率いる葉隠家の手練れ達を同格の客将として迎え入れられたのもまた幸い。

 同格扱いと言う点は、真千子の行動を縛れず、扱い辛い立場においてしまう欠点はあったが、戦力差から弾正へと恭順されて戦力を向上させるほうが余程厄介と飲み込んだ。

 寝首を掻かれる可能性は無きにしもあらずだが、葉隠と二車の戦力差は明白。新参達も心情としては二車よりであり、真千子が余程のトチ狂い方をしない限り在り得ない。

 

 獣王会を引き入れられたのは、二車達にとって最大の幸運であった。

 彼等が闇の世界で培ったノウハウと戦力があるお陰で、組織も資金稼ぎも安定して広げていける。その上、幹部候補として取り立てた獣王会の面子を立てるために昔気質のやり方を通す理由が生まれ、極端に非道な方向へと進めなくなったのもまた骸佐の心を多いに軽くしていた。

 

 順風満帆、とは闇の世界を渡り歩く以上は似つかわしくないものの、凡そその通り。

 

 しかし……しかしである。そうは問屋が卸さない。

 何故か? それは骸佐が小太郎と同じレベルの苦労人だからである。これ以上に説得力のある理屈も言葉も他にあるまい。

 

 ――――そうして、骸佐を襲う苦労がやってきた。

 

 頭領と幹部の集う本拠の一室に、闇よりも深い黒の孔が穿たれた。

 この世ならざる尋常ではない力によって生じた孔は周囲の壁や天井、調度品の一切を破壊せず、されども空間を歪める圧迫感で存在を否応なしに認識させる。

 

 

『レイナェ……』

『レイナの嬢ちゃん……』

『レイナ……』

『貴女ねぇ……』

『『『『そうやってフラグ立てるからぁ』』』』

『わ、私のせいじゃないでしょう!? そんなことよりほら、戦闘態勢!』

 

 

 一同は一斉にレイナを見咎める。まるで、彼女は余計な事を言ったからこんな事になったと言わんばかりである。

 見た事もない現象を前にして余裕があるのか諦めているのか分からない面々の態度に、レイナは慌てふためきながらも尻を叩く。新参でありながらこの馴染みよう。二車のまた働き易いアットホームな職場だからか、はたまたレイナ自身の人徳の為せる技だったのか。

 

 ともあれ、レイナに言われるまでもなく、権左は槍を、比丘尼は錫杖を、カヲルは忍法によって生み出した鎖を握り、骸佐を守るように臨戦態勢を取った。

 切り替えの早さは勿論の事、万が一の飛び道具に備えて孔と骸佐を結ぶ線を遮る徹底ぶり。この場に立つ誰もが骸佐の為に命を投げ出す覚悟を有していた。

 

 

『よっと、ドンピシャね♪ はぁ~い、槍使いの益荒男さん♪ 埋め合わせに来たわよぉ♡』

『その日の内にってのは、いくら何でも早過ぎやしねぇかい魔女さんよぉ……!』

 

 

 孔からひょっこりと顔を出したのは、今夜打倒したばかりのエウリュアレー。

 相変わらず黒い眼帯によって瞳は窺い知れなかったが、口元に刻まれた笑みはまるでチェシャ猫のように弧を描いていた。

 

 権左も獰猛な笑みを浮かべて答えるが、額を伝う汗を隠しきれていない。

 幸運にも無傷で生還した権左であったが、生還できた理由の大半が小太郎の知識によるものと自覚している以上、驕りなど持てる筈もなかった。

 骸佐を守りながらエウリュアレーを打倒できるか。その考えが思考を掠めた瞬間、彼は槍として全ての覚悟を決めた。

 

 現状、この場において骸佐が失っても構わないのは己のみ。

 痛手は痛手であるが、執事でありながら単なる戦力でしかない己に比べ、組織の頭領である権左は勿論の事、参謀たるカヲル、経験不足を補える御意見番の比丘尼は失っても一気に瓦解しかねない。

 レイナも候補に挙がるが、まだ母親の件について解決していない以上、命を賭けるわけもなく。

 単純な戦力でしかない己であれば、組織が拡大する過程で必ず替えは現れる。その間は尚之助に全てを任せる他ないが、それに足る男であると確信している。

 槍は道具にして武器。使えば劣化は避けられず、いずれ必ず折れるもの。憂いもなければ後悔もない。自らの役割をただ只管に全うするのみ。

 

 覚悟を決めた権左は正に鬼神。

 長年付き合ってきた骸佐やカヲル、比丘尼ですら静止の声すら上げられず、レイナに至っては重力が増したかのような錯覚に陥るほど。 

 

 

『ちょっと、勘違いしないで欲しいわ。私は自ら定めた縛りを履行しに来ただけよ』

『――――あ゛?』

『益荒男さん、貴方は私の試練を打ち破った者の一人。相応の報酬はあるべきでしょう? 試練を与えるだけ与えて、はいさようならじゃ、魔女の名折れだもの♪』

『誰に聞いて此処に来たのか知らないが、そりゃつまり何か? こっちの傘下に入るってことか?』

『誰、なんて分かり切ったことじゃないかしら? でも、若いけど其方も覚悟の決まったいい顔ね、坊や。土橋 権左が望むならばそうしましょう』

『もし拒否すればどうするつもりだ?』

『どうもこうもないわね。彼が報酬を望むまで居座らせて貰うわ。それ以外には何も』

 

 

 エウリュアレーは権左との会話に不躾にも割って入ってきた骸佐に眉を顰めもしない。

 寧ろ、主従ともにあらゆる不測の事態に動揺を見せず対応する覚悟を手放しに称賛していた。

 

 魔女の言葉に嘘はない。本気で試練とやらを越えた者に対する褒美だけで出向いたように見える。

 骸佐は言うに及ばず、他の幹部の面々も同じ結論であった。しかし、相手は稀代のトリックスター、軽々に言葉を鵜呑みにもできない。かと言って、帰れと言われて帰る類の輩かと言えば、そんな筈もない。

 自ら定めた(ことわり)のみを優先するタイプではあるのだが、同時に気紛れ。少しでも心持ちが変われば、己で口にした言葉を翻すなど日常茶飯事。最も扱い難い人種である。

 

 全てを考慮した上で、最悪なのは気が変わって何処かへ行ってしまうこと。

 そのまま闇に消えてくれるのならばいざ知らず、どこぞの組織に肩入れでもし始めれば二車にとって最悪の敵となる。

 そんな存在が、どうして骸佐の居場所を知ったのか。エウリュアレー自身の魔術という線もなくはないが、三郎が小太郎に返礼として送った鳶が帰っていったばかり。状況的に見て、仕組んだのは間違いなく小太郎だ。

 

 

(こ・た・ろ・う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!)

 

 

 懐に入れては怖い、懐に入れなければ更に怖い存在を放り込まれた骸佐は涼しい表情をしながらも、内心はガンギレしていた。

 面に出さないのは流石であったが、彼の脳内では小太郎が後は任せた! と爽やかな笑みを浮かべて笑っており、怒りのバロメーターは倍率ドンで更に倍。骸佐の心労と怒りは留まるところを知らない。  

 その怒りと来たら小太郎と同じく何らかの妖怪と化していたであろうが、エウリュアレーの前でそのような醜態を晒したくとも晒せない。

 

 幹部達にしてみれば針の筵。

 前はどれだけ警戒しても足らない怪物に、後ろは小太郎への怒りを滾らせる骸佐。正に前門の虎、後門の狼。

 そうして、全てのヘイトが小太郎へと向かう。脳裏に浮かぶのはへらへらと笑う元凶の顔。若干一名、恍惚とした表情をしていたカヲルが居たが、あらゆる意味で例外である。

 

 それでも直接的な行動に出ようとしないのは流石である。

 どれだけ感情のメーターが振り切れていようが、頭目として軽々な真似は出来ず、部下も主の命なく動かない。

 

 深く長い溜息が骸佐の口から吐き出される。

 頭に上った血はそれだけで下がっていき芯まで凍てつき、ぐちゃぐちゃだった精神は平静を取り戻す。

 全ての要素を天秤に掛け、被る利益と不利益を考慮した上で出した結論は――――

 

 

『いいだろう。権左に報酬を支払うまで客人として迎えよう。但し、その分きっちり働いてもらう。権左、御守は任せたぞ』

『ハッ! …………は?』

『 任 せ た ぞ 』

『シャッ! よろしくね、益荒男さん♪ ああ、安心して、仕事をしっかり熟させて貰うから』

『は???』

『良かったわね、馬鹿犬。しっかり働いてくれるそうよ。手綱、握っておきなさいね』

『はぁ???????』

『『が、頑張って……』』

『はぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!?!!!?!?!!??』

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「どうして、こうなった…………」

「も、申し訳ありません。私にも責任の一端が……」

「いやぁ、何があったか知らねぇが、尚之助の兄さんには責任ねぇだろ。権左の兄さんにもねぇが。こんな事になるなんざ、誰も予想できないだろ」

 

 

 此処数週間、エウリュアレーに振り回されてきた権左は疲れ切った顔で頭を抱えた。

 そんな二車の槍に、尚之助は思わず謝ってしまった。あの夜、彼が権左に小太郎の護衛など頼まなければエウリュアレーに目を付けられることもなかったのだ。

 

 但し、全面的には一郎太の言い分が正しい。

 彼等はエウリュアレーの目的など何も知らず、試練と称して力を示す者を待っていたなど予想できる筈もない。

 そもそも東京キングダムに来たのも、気紛れで垣間見た自らの運命とその縺れが発端であり、胸中など察しようがなく、間借りしていたアミダハラの拠点にすら帰れないなど想定している方がどうかしている。

 寧ろ、エウリュアレーほどの強者に、権左の槍が認められた事実こそを誇るべき――――であるのだが、彼女の放蕩振りは度を越していた。

 

 龍門の残党狩りに御目付役の権左と共に出向いても、推しアイドルの旅番組をリアタイと録画両方みたいからと一人置き去りにして帰るわ。

 与えた部屋で某動画投稿サイトにある自分が開設したチャンネルの動画を取るわ。

 昼夜問わずゲーム三昧では飽き足らず、FPSゲームでY-kaze Xなるプレイヤーとの対戦で騒ぎ立てるわ。

 勝手気儘に東京へと繰り出して、後を追い掛けてきた権左を体よく荷物持ち扱いするわ。

 

 正に放蕩三昧のやりたい放題。

 御目付役を任され、万が一の場合には刺し違えてでもエウリュアレーを討たねばならない権左からすれば堪ったものではない。

 

 いい加減ブチ切れてしまいたいのであるが、その放蕩振りを補って有り余るほどの働きをしているからこそ性質が悪い。

 腐っても最高位の魔女。彼女一人いる限り、東京キングダムにおける魔術的なアドバンテージは二車忍軍のものとなっている。

 

 並みの魔術師が命懸けで仕掛けてきた呪いを鼻歌交じりに解呪など朝飯前だわ。

 組織の下っ端が勝手に結んだ他組織との魔術契約も、上書きしてしまうことで有利なものに書き換えるわ。

 敵対組織が凄腕の魔術師を雇っても、彼女が出向くだけで相手は逃げ出していく始末。

 

 これでは追い出したくとも追い出せない。

 

 何よりも、二車が独立するに当たって一時的に手を結んだ相手――――フュルストに対する牽制にもなる。

 フュルストの魔科医であるが、その技術の大部分は魔術に根差したもの。エウリュアレーが居ると居ないとでは、相手にかけられるプレッシャーが異なる。

 奴の思惑が何処にあるかは別にしても、何らかの目的を以て骸佐に近づいたのは明らか。主人をフュルストの傀儡などにさせられない以上、エウリュアレーの存在は不可欠なのだ。

 

 

「権左さんなんて、まだいいですよぉ…………エウリュアレーさんは性格はアレだけど、能力はあるんですから……私なんてアレですよ」

「……ぶわわっ」

「心中お察しします、三郎さん……」

「三郎の姐さんは……まあ、何だ。強く生きてくれとしか……」

 

 

 より追い込まれていたのは三郎だ。彼以上に目が死んでいる。

 これまで同情されていた権左であったが、自分よりも遥か酷い状況に置かれている三郎の境遇を思って涙ぐむ。尚之助と一郎太など慰める事しか出来ない。

 そう、どういうわけだか二車の本拠にやってきたリリムとミナサキの世話を任されてしまったのである――!

 

 事の発端は二週間前、襤褸雑巾の状態で泣きじゃくる二人が本拠の前に現れた。

 泣き腫らす二人の説明は要領を得ず、どんな目にあったのか、何故此処に来たのかは断片的にしか分からなかった。

 

 曰く、まえさきで酷い男に酷い目にあった、だとか。

 曰く、つけられた首輪に此処への地図と仲間からの手紙が挟まっていた、だとか。

 

 この時点でかなりキナ臭かったものの、応対したのは真面目な末端。そのまま真面目な三郎に話が渡り、真面目な骸佐に話を持って行ってしまった。これがカヲルや比丘尼ならば嫌な予感で追い返していたのだろうが、そうならぬのに世界の悪意を感じざるを得ない。

 

 

『……まえさきは五車に近いから誰も送り込んでねぇぞ。それこそ葉隠を取り込む時に比丘尼の婆様を送っただけだが……』

『部下の誰かが残って遊んでいる、とか?』

『いや、婆様につけたのは扱い易い連中だった、そんな勝手するとは思えねぇが……ちょっと手紙見せてみろ』

『はい、此方で……』

『……………………ほ~~~~~~ん、成程ぉ、なるほどなるほどぉ』

 

『困った事があったら、此処に行ってね♡ ミーティア』

 

『この字、小太郎のじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ミーティアって誰だよ! あとハートつけんじゃねぇ、腹立つぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ―――――!!!!』

 

 

 骸佐は手紙を見た瞬間、長年会話もなかったにも拘わらず、一瞬で筆跡から書いた張本人とその思惑までを看過して絶叫した。

 

 そう全ては小太郎の思惑である。

 殺すことも出来たが、そんな労力を割り裂くことすら不快で不経済。なら別の誰かに押し付ければいいじゃない、というぶん投げ。

 自分に出来ないこと、やりたくないことは誰かに投げる! 相手の被る苦労も上げる悲鳴も考慮しないものとする! なお、アサギは正式に部下へ渡しているだけでまだ正当性が確保できているが、小太郎は骸佐はもう部下でも何でもないので百倍酷い模様。何よりも酷いのは、もうクーリングオフできない点。

 

 

(ど、どうする! 一度招き入れた奴を追い返すのを、この拡大期にやるのはマズい! 中にも余所にも門戸を開いていない印象を与えかねねぇ! 集まる人手が減るぅ!!)

 

 

 目下、急成長中の二車忍軍。

 東京キングダムの住人からも迎えられる方向に傾きつつある。

 経営方針が獣王会由来のため、これまで支配してきた龍門やノマドに比べて人を使い捨てにするような方針は少なく、支配域から吸い上げられる金も失われる人でも遥かにマシ。これで人気が出ないわけがない。

 しかし、人も魔族もたった一度の思いつきのような善行で持て囃されるように、たった一度の軽率な悪行で評価は一変する。

 二人を門前払いするのはいいが、それが誰かに見られていたのならば、二車は誰にでも門戸を開いているようで実の所は身内贔屓の組織であり、幹部になるなど夢のまた夢、と考えられる、或いは他組織に広められれば堪ったものではない。

 矢車のように切ってしまうことは出来たのだが、それは何らかの過失を起こしてから。理由がなければ切ることはできない。つまり、詰み。どう頑張っても一度は迎え入れなければならない。

 

 己やカヲルの組織運用能力を考慮した上で拡大期に入っている事を逆算した小太郎が仕掛けきた罠にまんまと嵌った形である。

 なお、不真面目な者がリリムとミナサキを応対していた場合であるが、害獣と称される二人が生き延びられる筈もない。トチ狂ったことを言って殺されるのがオチであったが、そこは他人に迷惑をかける星の下に生物(なまもの)、運だけはいい。

 

 これは骸佐を高く評価している証であると同時に、お前だけは絶対に逃がさん、死んでいても連れ戻して蘇生させて生き地獄を共にさせる! という強い意志の下の策略であるが、これほど嬉しくないものはない。

 

 

『――――三郎! その二人の世話はお前に任せる!』

『ハッ――――は?』

『 任 せ た ぞ ! 』

『は????』

『  任  せ  た  ぞ  !  』

『は、はひぃ……』

 

 

 これ以上心労を増やしたくない骸佐の圧に屈した三郎は、力なく頷く他なかった。

 敬愛する御館様が血走った目で顔を2cmまで近づけての圧と言う名の懇願である。こんなん誰だって屈する。

 

 ただでさえ憂鬱な三郎であったが、初日から今日まで後悔しかない毎日であった。

 

 この二人と来たら、初日から同じ新参だけに飽き足らず、幹部達にも悪戯を仕掛けていた。酷い目にあってきただろうに、何の反省もしていない。

 骸佐は三郎に任せてるから、大丈夫だからと震え声で目を逸らし、カヲルと比丘尼はキツい仕置きに乗り出し、レイナ、権左、尚之助に慰められる日々。

 

 他にも余所の下っ端にちょっかいをかけて新たな抗争の火種を作るわ。

 傘下の娼館やら酒場でショバ代と称して遊ぶ金を巻き上げるわ、ツケで飲み食いするわ。

 

 それだけならまだいい。他の下っ端も似たような事をやっている。

 違いがあるとすれば、この害獣にはバレたらヤバいという思考そのもの、或いは隠し通すだけの知能がない。故に、毎回毎回三郎が出向いていって場を収めなければいけなくなる。

 

 その中でも最悪だったのは、東京キングダムから撤退した龍門の遺物に手を出したことだ。

 米連に対抗するため魔界技術に手を染めようとする中華連合の尖兵。研究を行っていた遺物は正に悍ましさと危険性の塊。

 己の叶えたい願いのために反乱という手段に取った骸佐ですら、危険性と敵対組織との関係性を考慮し、破棄するしかないと決定した代物を、事もあろうに使ってないなら私達のお金にしちゃおう、と売ろうとしたのである。

 

 しかも、売ろうとしたのが危険物中の超危険物。あのエドウィン・ブラックと井河 アサギの細胞を掛け合わせて作り上げたという怪物『馬超』。

 案の定、適正な扱い方など知らない二人は雑に機械から取り外し、破棄方法が明確となるまでカプセルで永遠に眠っているはずの怪物は目を覚まし暴走。

 二車幹部どころか、新参の獣王会の獣人達、エウリュアレーすらも動員してようやく殺害に成功。幸い、負傷者も死亡者もおらず、暴走の情報も外部に漏れることはなかった。

 

 こんなことになれば流石に三郎も庇い切れず――――寧ろ、ようやくこの苦行から解放されると庇いすらせずニッコニコで処刑を希望した。

 

 

『面白いわね! いいじゃない、この二人!』

『…………え?』

(勘弁してくれませんかねぇ!!!!)

 

 

 しかし、これに待ったを掛けたのがエウリュアレーである。

 所詮は客将。組織内の人事に口だけする権限などあろう筈もないが、魔術に関しては有能も有能。

 そして、気紛れなこの魔女を長い間組織に縛り付けておきたい骸佐としては同格として迎えた真千子以上に強く出にくい相手。

 言葉を重ねに重ねたものの、のらりくらりと詭弁を弄して躱し続けたエウリュアレーに折れ、最終的にリリムとミナサキは首の皮一枚で繋がった。

 

 その後、三郎と共にエウリュアレーも二匹の御目付役として自主的に加わっており、エウリュアレーの御目付役である権左も強制参加。

 どうにもこの三人、場を搔き回すという点においては気が合うようで、御覧の通り肩を組んで酒を飲むほどに仲良くなっていた。

 但し、トリックスターとしての格が違う。リリムとミナサキは場を搔き乱すだけ搔き乱すことしかできないのに反し、エウリュアレーは場を搔き乱した分だけ被害を超える利益を生む真のトリックスター。

 他者へかける迷惑と己の生み出す利益を考え、必ず後者が勝るように立ち回る術が心身ともに刻まれている。故に、エウリュアレーが二人のストッパーに回るという異常事態が発生していた。

 

 尤も、エウリュアレーがやっていたのは二人を甘やかすこと。そして、本気で越えてはならないラインでは止めること。

 説教や折檻は任せきりであったが、それでもエウリュアレーのお陰で三郎の負担はかなりの割合で減っていたのは事実であった。

 

 

「皆さ~~~ん、どうしらんれふかぁ~~~~~、そんらシケた顔しれぇ」

「…………飲み過ぎですよ、御二人とも」

「飲んれないよ、ア゛ッ」

「どう見ても飲んでんだろうが……」

 

 

 現状を振り返り、一同が溜め息を吐こうとした時、話題の二人が割って入ってくる。

 リリムは尚之助の肩に手を掛け、ミナサキは三郎の背中に抱き着くようにしていた。

 

 どちらも当然赤ら顔、尚之助と一郎太はシケた顔をしているのはお前等のせいだと言いたかったものの、ぐっと堪えて大人の対応を見せる。

 毅然とした態度、理性と敬意からなる振舞いを周囲の大人が示すことで、子供はその背中を見て成長していく。意識的にせよ、無意識的にせよ、彼等としてはそのつもりであるが、彼女等には何も届いていない。

 当然である。見た目は子供だが、この二人は真実、害獣。年を重ねているかどうか、見た目が子供かどうかなどに関わらず、人から学ぶとも自身は完成していると信じるエドウィン・ブラックに並ぶ頭魔族なのだから。

 

 権左は更なる心労を避けるべく、二人を完全に無視してグラスの酒を煽っており、三郎は真似をしようとしたが、そうもいかない。

 

 三郎は尚之助に懸想している。

 切欠が何であったのかなど当人すら覚えていない。ただ、尚之助の好青年ぶりと面倒見の良さに加えて美形加減を考えれば何の不思議もない。年端もいかない少女にしてみれば、王子様と呼んでも差し支えのない存在だ。

 事実、五車でも尚之助の人気はかなりもので、ふうま一門という前提がありながらファンクラブが立ち上げられるほど。色恋沙汰に興味関心のない当人は告白も黄色い悲鳴も涼やかに受け流していたものの、それが三郎をどれだけやきもきさせたか。

 

 そんな相手にべったりとボディタッチされれば、乙女として面白くない。

 ただでさえ悪かった虫の居所が更に危険なラインに踏み込んでいっているのだが、害獣が気付く訳もない。揶揄う機会を得たと更にアクセル全開で踏み込んでいく。 

 

 

「ふ~~ん♪ あっ、そうだぁ! 気分がいいから、尚之助にエッチな夢でも見せてあげよっかぁ~~~~」

「ぶっふぉ!! 見て見て益荒男さん、あの二人やっぱり馬鹿よ! とびきりの馬鹿が馬鹿な事やって馬鹿な目に逢うの面白過ぎない!?」

「……酒くらいゆっくり静かに飲ませてくれぇ」

「結構ですよ。煩悩劣情など斬って捨てるのが剣士ですので」

「いいじゃんいいじゃん、何なら三郎の姿で――――」

 

 

 大部分は揶揄いだが、夢魔の力を使って尚之助の精気を吸うも目的もあるのだろうか。とんでもないことを宣うリリム。

 何時の間にやら近づいてきていたエウリュアレーは権左の首に手を回し、胸を顔に押し当てていたが、当てられている本人は何一つ歓びを感じていない虚無の表情である。

 

 尚之助は尚之助は呆れ顔でリリムの提案を蹴る。流石の尚之助であっても、優しさを向ける相手ではないらしい。

 暗に夢に入って来ようものならば、問答無用で斬り捨てると語っているのだがリリムはそんな事に全く気付いていない。

 

 そして、もう一つの迫りくる危機にも気付かずに――――思い切り吹っ飛んだ。

 一体、何が起こったというのか。余りの早さに尚之助は言葉もなく、かろうじて確認できたのは、折れて宙に舞うリリムの前歯だけであった。

 

 

「げらげらげらげらげらげらげら!!!」

「え? ……え?」

「ふんっ――――――!」

「お゛がが――ッ!!!」

 

 

 エウリュアレーの爆笑が響き渡り、状況を一切理解できないミナサキは目を白黒とさせるばかり。

 リリムはすきっ歯になった間抜け面で鼻血を出して昏倒しており、三郎の手には一郎太が注文し、テーブルの上に置かれていた日本酒の一升瓶が握られていた。

 三郎の一撃によってリリムがやられたと理解するよりも早く、ミナサキの脳天にも一升瓶による全力の振り下ろしが見舞われて地に沈む。

 

 正に一撃必殺。

 見た目が少女と侮るなかれ。三郎も立派な対魔忍、数多くの凶暴な獣を手懐けていた忍獣使い。単身であったところで戦えないわけでもなければ、弱くもないのだ。

 

 

「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

「こっわ。やっぱり三郎ちゃん恐いわ」

「女は怖い。怖いなぁ……」

「くぅ~~~~~~~~ん」

「さ、三郎さん、その辺りで……!」

 

 

 ブチ切れた乙女は尚も止まらない。

 あらゆる感情を失った無表情のまま意識を失った害獣の頭部目掛けて一升瓶を振り上げては振り下ろし、振り下ろしては振り上げる。

 明らかな殺意の籠った制裁は、先程まで馬鹿笑いをしていたエウリュアレーでさえ真顔に戻り、権左は惨劇から目を逸らさせて酒に逃避させる。一郎太など狼の本能であろうか、いま尻尾を生やせば垂れ下がって丸めていそうな弱々しい鳴き声を上げていた。

 

 変化がないからこそ鬼気迫る無表情に勇気を以て止めに入ったのは尚之助。

 尚之助も今まで見てこなかった三郎の一面に顔を引き攣らせながら、両手を前に出して必死の静止を試みる。

 彼の実力であれば腕を掴んで止めることもできただろうが、三郎の鬼気に圧されたか、それともあわよくばこのまま殺してくれないだろうかと邪念があったからか。

 いずれにせよ、頭部に度重なるダメージを負った害獣二匹は溢れ出る血と見るからにヤバげな痙攣で、殺人現場さながらの状況を演出していることだけは間違いない。

 

 

「エウリュアレーさん、治しておいてください。それくらい簡単ですよね? ついでに馬鹿さも治してくれません?」

「うーんそれは流石の私も無理ね! でも治しちゃっていいの? いやほら、此処までやってるわけだし」

「どっちでもいいです。もう私は理解しました。この二人――――いえ、二匹は単に言葉が通じて会話が成立するだけの獣です。調教不可能と判断すれば殺処分にします」

(((こ、こっえぇぇ~~~~~~~~~~)))

 

 

 何処までも冷徹に、何処までも残忍に。その目に宿った光はまえさきで小太郎と静流の目に宿った光と全く同一。三郎もまた、この二匹が害獣でしかないと魂で理解したのだ。

 それでも見捨てようとしなかったのは、骸佐からの命令故か、獣使いとしての誇り故であったのか。

 

 どちらにせよ、三郎の心は決まった。

 この二匹は二度と人間扱いはしない。自らの獣達と同様に調教する。性に根ざしたものではなく、本能に刻み込む調教だ。

 人に行うよりも遥かに過酷で苛烈、鬼蜘蛛家に代々受け継がれてきた調教術を以てして、害獣を忍獣とする。

 

 もし無理であったのなら?

 どのような獣でも人に懐かぬ個性を持った個体は存在する。言う事を聞かない飼われた獣の末路など一つしかないだろう。

 

 今後、二匹は打てば肉が裂け、骨が折れるマジモンの牛用鞭(ブルウィップ)で調教される羽目になるのだが、気を失っている以上は分かりようもない。

 そして、二匹を調教する苛烈な姿を見られた三郎は、二車の獣の女王と呼ばれることになるのだが誰一人として予想だにしていなかった。

 

 

「ふふふ、今日も皆、元気がいいねぇ」

 

 

 此処は東京キングダム。

 微笑みながら手にしたグラスを磨き上げる老人であろうとも、今の惨状を見ての感想からも分かるように、まともである筈もない。

 爪弾き者の吹き溜まり。欲望と狂気の街。正気を保つ者こそが狂人であり、狂気を以て頂点に立つ者こそが正義にして勝者。

 

 ――――そんな街へと殴り込みをかけた二車の明日はどっちだ。

 

 

 

 

 

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