対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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鶴ちゃん、済まない! 今回は、今回は諦める……!
じゃけん、話には早目に出しときましょうねぇ~~~~~。RPG本編と違う設定になったとしても、独自設定で押し通す勇気!

では、今回はその前振り。
皆大好きなあの人のエントリーだ。なお、キャラ崩壊しているので注意……だけど今更か。では、本編どぞー!


苦労人の下には好きこのんで苦労しにくる奴がいる

「~~~~~~~♪」

「ご機嫌ですね、旦那様」

「そりゃねぇ。優秀な情報収集役も入ってきたし、面倒な面接もお前等がやってくれたし、言う事ないんだよなぁ」

「うんうん。若が嬉しくて、天音も嬉しゅうございます!」

「天音の場合は家族が増えて嬉しいだけでしょう?」

「何を言う災禍。若が喜ばれるのが第一だ!」

「はいはい」

 

 

 時間は放課後、赤い西日の差し込む五車学園の空き教室で、ふうま宗家の当主、秘書、執事、侍女が集まっていた。

 目的は一次面接で落された者の再確認。特に今回はコネによる入隊は一切行わず、能力と性格で合否を決定する方針上、ふうま一門の者は問答無用で落とさざるを得なかった。

 そのため、落選させたふうま一門の中に()()()な者がいないか、再度チェックしている最中。

 

 珍しく上機嫌で鼻歌混じりに面接者のプロフィールを捲る小太郎に、従者三人は朗らかな笑みを浮かべていた。

 大抵、小太郎は無表情で思考を回しているか、苦労で発狂しているかの二択。年相応と言わずとも穏やかな表情をしているだけで、常に小太郎を心配している面々にしてみれば安堵できると同時に微笑ましい。

 

 現在、優秀な情報収集役――ミーティアは一時的に災禍と天音、永久が共に暮らす一軒家に居候しつつ療養中。

 三人の目から見ても、ミーティアは優秀の一言。“魔界の踊り子”が対魔忍と手を組んでいる事実に腰を抜かしていたり、仕事仕事とワーカーホリック気味なのは偶に瑕であったがそれ以外にいう事はない。

 人当たりも良く、人界の生活に適応しつつあり、そう遠くない未来に独りで生活できるようになるだろう。尤も、仲間との穏やかな生活というものをミーティアも気に入っているようで、彼女自身が望むかどうかはまた別の問題だ。

 

 上機嫌な小太郎であったが、全てが順風満帆とは言い難い。

 最近の問題は面接を落とされた者達からのやっかみと嫉妬である。

 何故己を落とした、と噛みついてくる者どころか、問答無用で殴りかかってくる輩さえいる始末。

 

 が、そういう輩に限って自尊心ばかりが肥大化していて能力が伴っていない。

 不意打ちで小太郎自身に顎へとワンパン叩き込まれて昏倒するか、面倒になって逃げ回る小太郎を捕まえられずに疲れ果てるか。

 中には忍法を使う者さえ居たが、使ったとしても結果は変わらない。元々忍法を使えない小太郎――実態は名うての対魔忍を相手取るよりも遥かに厄介なのだが――の評価も相俟って、彼等彼女等の評価はだだ下がり。周囲もこれなら落とされても無理はないと納得顔のしたり顔と、自身の評価の低さも逆手に取るやり口であった。

 そうでなくとも、護衛として雇っている紫はしっかりと仕事を熟しており、自身の生活と学業を疎かにしない範囲で愚かな輩を制圧していた。

 

 何にせよ、小太郎としては鬱陶しく、どういった思考回路をしているのか理解できない対魔忍を相手にしなくてはならず気が滅入るが、これまでの苦労に比べれば遥かに気分は楽ではあった。

 

 その時、空き教室が焦った様子で乱暴にノックされる。 

 

 

「失礼! 独立遊撃部隊の面接があると聞いたのですが!」

「……はぁ? どういうことだ? 漏れでもあったのか?」

「いえ、若様。そのようなことは。面接終了は伝えております」

「先んじて提出されていた書類には全て目を通しました。不知火殿、啓治ともに確認を」

「我々も確認致しましたし、可能性は低いかと……」

 

 

 ノックと同様に焦った男の声色に、小太郎どころか残る従者も困惑させた。

 勝手に始まった隊員募集も面接の終了も既に五車全体に伝えられている。にも拘らず、面接の希望者が現れるとはどういうことなのか。

 

 考えされるのは二つ。

 

 一つは単純なヒューマンエラー。

 しかし、災禍、天音、永久、不知火、啓治の五名がかりで当たった仕事に漏れがあったとは考え難い。可能性は存在しているが、否定してもよいだろう。

 

 もう一つは男の側が何らかの理由によって面接終了を知らずに居るのか。

 可能性としては此方が遥かに高い。対魔忍の本拠と言えども、任務内容によっては長期間帰ってこれないパターンは珍しくない。

 

 いずれにせよ、運がない。

 本人に非がなくとも、時流に乗れていないのは事実。小太郎としてはマイナスポイントであった。

 

 

「つーかこの声…………まあいいさ。いまさら一人増えたところで変わらんだろ」

「若様が直接なさるのですか?」

「いやお前等に任せたことだからな、最後まで任せるよ。オレはロッカーの中で隠れてよう。オレのことを悪く言ったり、お前等を唆そうとしたら出ていって驚かせてやる」

「旦那様、遊ぶ気満々ね」

「どの道、もう面接は終わっている。他に示しも付かんし、採用はないんだ。構わんだろう」

 

 

 上機嫌だからだろうか、小太郎は悪戯小僧そのものの表情を浮かべてそそくさと掃除用具の入ったロッカーへと入っていく。

 一同は呆れ顔であったが、仰ぎ見る主人が年相応の姿を見せるのは稀。毎度毎度これであれば、三人の内いずれかが心を鬼にして厳しく躾け、残り二人が甘やかす構図となっていたであろうが、普段の彼に一切の遊びはない。

 よっと見せているのは数少ない可愛げだ。表情は兎も角、内心はホッコリとしている。普段、冷静沈着な少年の見せるふとした無邪気さは御姉様方には非常にポイントが高い。

 

 しかし、ホッコリしていたのは其処まで。

 私情は私情、仕事は仕事。これをキッチリと分けられなければ小太郎の部下足る資格無し。

 それを弁えた三名はテキパキと机の上を片付け、面接者用の椅子を用意して、居住まいを正す。

 

 

「どうぞ」

「失礼致します!」

「お前は……」

 

 

 災禍の許可を与えると勢いよく扉が開き、声の主が入室する。

 

 その姿に、天音は目を見開いた。

 いや、天音でなくとも動揺の反応を示したに違いない。何せ、男はキッチリとしたビジネススーツを全身義体だった。もう一度言う、ビジネススーツを着た全身義体(サイボーグ)だ。

 全身義体ならば服など必要ないのだが、面接だったと気合を入れているらしい。そうその絵面だけで面白過ぎる上に呆気に取られる。

 事実、永久など半笑いになって口は半開き、目を真ん丸に見開いている。

 

 但し、男の正体を知っている災禍と天音は俄かに警戒心を高めた。それは遊び半分でロッカーに隠れた小太郎も同様であった。

 

 

(妙な機械音声だと思ったがやっぱり佐郷じゃねーか。どういうわけだ?)

 

 

 ロッカーの隙間から教室の様子を除いていた小太郎は、見覚えのある後頭部と全く見覚えのないスーツ姿に少なからず困惑した。

 

 全身義体の名は佐郷(さごう) 文庫(ぶんご)

 彼は弾正の元側近であり、弾正が反乱以前に特務機関“G”と手を結ぶに当たって捧げた検体の一人であり、自ら志願して全身義体化した真正の狂信者にして、五車唯一の全身義体(サイボーグ)忍者。

 

 とは言え、彼が弾正のシンパ、狂信者であったのは遠い過去の話。

 弾正のために全身義体化までしたが、ある切欠を境に盲目の羊であれなくなった。

 それは小太郎が生まれた折に、ふうま 弾正が出産を終えたばかりの妻に対して目抜けを生んだと酷い罵声を浴びせ、弾正に乗っかった太鼓持ち幹部諸共、ふうま 潤がノータイムで殴りに行った“弾正及びふうま八将撲殺未遂、並びに弾正の側近撲殺したったよテヘペロ事件”にある。

 

 文庫も無論その場に居り、軽ーく切れた潤に応戦。僅か0.5秒で弾正の盾としての役割をむりやり放棄させられる。

 アッパーカットを喰らった文吾は屋敷の天井をぶち破り、天高く舞って高さ72mを記録。なお、弾正と当時のふうま八将は天井ではなく壁をぶち破って100m以上離れた地点で虫の息になった模様。

 潤が手加減した事に加え、弾正達はゴキブリ並みの生命力、文庫はサイボーグ化によって得た頑強さでギリギリ死の淵から帰還。他二名の側近は頭部がただの拳打で頭部が完全にこの世から消失して未帰還の結果となった。

 

 

(ああ、私は何をしているのだ……)

 

 

 全てがスローモーションになって天を舞う中、間近に迫った憎らしいほどの青空を眺めながら、文庫は一人そう思った。

 弾正の言葉に疑問を抱いたことは一度もなかった。狂信者とはそういうもので、崇める存在と吐く言葉に心がなかったとしても、妄信する無知蒙昧の輩。

 

 ただ、心残りはあったのだ。

 

 それは家の仕来りに従って娶った妻と全身義体化のため渡米する直前で生まれた一人娘の存在。

 弾正に仕えている間は気にも留めなかった。忘れてさえいた。弾正への狂信は心地よく、またあの男が並べる飾りでしかない言葉でもまた同様。

 しかし、常に心には引っ掛かりがあった。まるで喉に刺さった小骨のように。もう一人の冷静なままの自分が問い掛けているかのようで。それでも一心不乱に弾正に仕えた。つかえの正体を掴めぬまま、弾正のために尽くし、戦い続けた。

 

 だから、弾正が潤を口汚く罵る姿に目が覚め、自らの心残りを自覚した。

 生まれた我が子が目抜けであったからどうだと言うのか。我が子であることに変わりはあるまいに。

 出産は女にとっては命懸けで行われる難事。潤が最強であったとしても、苦痛に耐え、母として乗り越えなばならない山場を越えたのは事実。それに労いの言葉一つかけぬのは夫としてあるまじき行いではないのか。

 

 堕ちた偶像は、容易く嫌悪の対象となる。それでも弾正の盾となったのはケジメ故。

 何せ、弾正の行いはそのまま文庫に返ってくるものであった。

 

 子を産んだ妻に労いの言葉一つかけずに渡米したのは誰だったか。

 生まれた我が子を一度も抱かぬまま、その温かさを感じ取れぬ身体になると選択したのは誰だったか。

 

 文庫に弾正を責める資格はなく、つもりもない。

 全ては己の身から出た錆。心残りの余りの身勝手さと恥知らずさ、顧みず捨て去ったものの重さをようやく自覚し、涙すら流せぬ身体になって後悔を噛み締める。

 

 

(もう側近は続けられない。辞表を出そう。そして、家に帰ろう。後の事は、それからだ)

 

 

 そう考えながら地面に叩きつけられ、意識を取り戻すと同時に生死の境を彷徨う弾正に代わり当主代行をしていた幻庵と二車 又佐に謝意、そして側近を辞する意を伝え、家に帰った。

 

 

『今更、何のつもりなのですか……』

 

 

 しかし、暖かな出迎えなどある筈もなく。

 帰宅して待ち受けていたのは、何処までも冷え切った妻の瞳と己を他人と見て泣きじゃくる幼い我が子だけ。

 

 至極まともで、当然の反応。

 彼女は家の取り決めた結婚であったとは言え、使命感ではなく一人の人間として文庫を愛そうと努力し、また妻として何処までも尽くし、支えてきた。

 けれど文庫は弾正の空言にばかり熱を上げ、家庭を顧みようとしない。子を授かり、生まれると分かった時でさえ彼は其処に居らず、米連から戻ってきても顔すら出さず、名を聞こうともしない。

 見返りを求めたのではない。単に夫にとっては妻も子も家も必要なく、弾正以上に価値はないのだと悟っただけ。

 

 どうしようもない断絶を生み出したのは文庫自身であり、彼女が子を一人であったとしても立派に育てようと決意するには十分な理由だった。

 

 自業自得の因果応報。

 彼女は慈悲深く、文庫に当たり散らすような真似もしなければ、家から追い出しもしなかった。ただ、必要最低限の会話すらなく、文庫を存在しない者として扱った。

 嫌がらせの類ですらない。一人で育てると決意した以上文庫に頼ることなど何一つなく、弾正の側近として生きると決めた文庫にさっさと己の居場所に戻りなさいと諭そうとしていただけ。

 

 文庫にとっては針の筵。

 彼女の冷たい視線を向けられる度に罪悪感で心臓を鷲掴みにされたように動けなくなり、名前も分からない我が子が泣く度にあやすことさえ許されない己の愚かしさを呪う日々。

 いっそ全てを諦めて、投げ出してしまえば楽であったろうに、佐郷 文庫という男は何処までも不器用で、何処までも真っ直ぐだった。

 

 彼が決めたのはやり直しの道ではなく、恩を返す道であった。

 

 今まで支えられてきた恩を少しでも返す。

 夫としてなどではない。夫などと恥知らずすぎて口が裂けても名乗れない。単に人としての当然と思う道を選択したまで。

 あわよくば、などという考えすら邪念と斬り捨て、恥を雪ぐつもりすらなく、自ら作り上げた断絶に身を投げ出した。

 

 子育てに勤しむ彼女を少しでも楽にさせようと、家事を手伝おうとして拒絶され。

 夜泣きする我が子をあやそうとして、誘拐犯と同列の扱いを受け。

 一人で育てようと対魔忍として復帰し、子を預けて任務に挑まんとする彼女を止めるよりも早く裏から手を回して自らが赴く。

 

 初めの一ヵ月はただ不審者に向けるのと同じ視線を向けられた。

 二ヶ月目に入って、態度ではなく言葉で弾正の下に戻るように諭された。

 三ヶ月目に入る頃には彼女も諦めたのか、再び会話はなくなった。

 半年も経つと、会話らしきものが生まれ初め、家事を拒否されることもなくなった。

 一年目でようやく子を抱いてあやすことを許され、其処で初めて子の名前が鶴であると聞き、あやし方を学んだ。

 

 晴れの日も。雨の日も。風の日も。雪の日も。

 ただひたすら愚直に繰り返す。彼女の態度が軟化していることは気付いていたが、期待はしていなかった。頭にあったのは恩を返す、その一点だけ。

 弾正は再三に渡って文庫に戻ってくるように伝えたが、これは全てを無視。そんなことよりも、恩返しの方が遥かに重要であった。

 任務に際しては旧知であった紫藤 甚内、報告に赴いた時には二車 又佐、心願寺 幻庵、たまさか顔を合わせたふうま 潤に呆れられ、笑われ、同時に称賛されたが、何が何やら。それほどまでに、文庫は愚直であった。

 

 そうして、家に帰ってからちょうど二年目。

 鶴が三歳になろうとした日、彼女に呼び出された。

 客間で彼女と向かい合った文庫は、未だに面と向かうと罪悪感と不甲斐なさで委縮してしまっていたが、同時に困惑していた。

 何か至らぬところがあったのか、と思い返してみても心当たりがまるでない。にも拘らず、常に毅然とした彼女の表情も、この時ばかりは僅かな緊張が見られた。

 さてはいよいよもって追い出されるか。ならば、家の敷居を跨がずとも出来る支援をすればよい、と覚悟を決めた文庫を待ち受けていたのは――――

 

 

『貴方が、家に戻って今日でちょうど二年目。もう、結構です』

『そう、か。では、荷物をまとめて……』

『全く、言うと思いました……私の口癖を覚えておいてですか?』

『は? あ、いや、“仇は倍返し、恩は百倍返し”、と……』

『貴方が私と鶴を捨て置いた期間は凡そ一年。仇はしっかりとお返しさせて頂きました』

『あっ、そういう…………いや、しかし、私としてはまだ全く足りていなくて、だな……』

『……ですので! その、今まで辛く当たっておいて、このような事を口にするのは恥知らずと百も承知ですが……ええと、あの、もう一度、私と夫婦(めおと)として、やり直して頂けますか?』

『………………――――――――』

 

 

 その時の衝撃と歓喜を、十年近くたった今でも文庫は言葉に出来ずにいる。

 ただ、述懐するのならば、歓びの涙も流せぬ身体になってしまった後悔と妻に涙を見せずに済んだ安堵があった、とだけ。

 

 こうして、佐郷 文庫は本当の意味で家に帰ったのだ。

 以後の彼も驕ることなく良き夫、良き父親として在り続け、また彼女も良き妻、良き母親として互いに支え合い、恩を返し合い続けた。

 ふうま一のオシドリ夫婦と知られるようになるのに時間はかからず、甚内達は祝福を向ける。弾正は勿論、かつての彼を知る者からは唖然とされていたが些細な事柄だろう。

 

 弾正の反乱にも妻と子を第一に考え、一切の賛同も参加もせず、甚内と共に井河に下ることを選ぶ。

 その後も弾正の元側近として名を知られていた故に、警戒から残ったふうま一門に組み込まれることなく、火遁の名門である百田家に監視も兼ねて下忍として組み込まれ、様々な冷遇を受けることになったが最愛の家族があれば気にもならなかった。

 

 しかし、悪い事は重なるもの。

 五車に移り住んでから妻は体調を崩しがちになり、やがては病に伏せるようになる。

 娘と共に甲斐甲斐しく妻の介護に勤しむ傍ら、与えられる任務を熟し、方々を駆けずり回ったものの、妻は闘病生活も虚しく数年前に亡くなった。

 最後に受け取ったのは、文庫への礼と鶴を頼むという旨。彼はそれを胸に刻み、自らの道を進み続けている。それが佐郷 文庫という男の半生だ。

 

 

「むっ、面接官はお前達か、災禍、天音…………いや、失礼を。申し訳御座いません、災禍殿、天音殿」

「いや、それは構わないが……」

「…………兎に角、椅子へ」

「失礼します!」

 

 

 見知った顔に名を呼んだ文庫であったが、首を振って敬称を付け直す。

 かつての弾正の側近という誼もあり、災禍、天音ともに顔見知り。二人の若き日を知るからこそ年長者としての顔が出てしまったが、今や仕える家の違う者同士。相応しくない態度を改めて、謝罪と共に頭を下げる。

 

 災禍と天音は困惑と同時に俄かに警戒を強めた。

 かつての彼を知り、今の彼の知っているからこそ、今の今まで関わらなかった。

 少なくとも二人にとって、文庫の行いは裏切りではなく当然の結果。仕えるに値しない弾正に蒙昧ぶりを発揮していた頃よりも、夫として父として誠実であろうとする現在の方がよほど素晴らしいと認めていた。

 だからこそ周囲から警戒されぬように互いの立場を考慮して不干渉を貫いてきたにも拘わらず、今このタイミングで接触を図ってきたのは如何なる理由か。

 百田家の思惑か、文庫個人の思惑かは別として、何かある、と勘繰るには十分過ぎた。

 

 文庫について何も知らず、人工皮膚さえ被せていない金属パーツ剥き出しの全身義体がビジネススーツを着て面接を受けに来ているシュールな光景に呆気を取られていた永久さえも二人の警戒を悟って静かに気を引き締める。この中では新参ではあるが、小太郎の下に集った以上、互いの意図を察するなど造作もなかった。

 

 

「ではまず、これまで携わってきた任務に関して――――」

「はいっ! それに関しては――――」

 

 

 まずは天音が当たり障りのない質問から攻めていく。

 面接を受けに来た者には同じ質問をし、返ってきた内容に嘘偽りがないのかを全員で探る。

 内容自体は拙くとも構わず、返答に詰まっても気にしない。あくまでもその人物の為人(ひととなり)を探る目的故に、語る内容に明らかな矛盾がなければ質問を繰り返していくのみ。

 

 ただ、今回はそれに加えて、文庫の警戒を緩めさせる意図があった。

 質問をすればするほど、思考のいくらかは返答に割かれていく。そうして思考を奪ったところで、裏に隠された思惑を探る腹。

 

 

(おかしいな。マジで真面目に部隊で働くつもりなだけだぞこいつ。しかし、なんかこう、妙に気合い入ってんな???)

 

 

 文庫の返答に一切の淀みはなく、また何らかの思惑があるようには見えない。面接官の三人にも言うに及ばず、人の本質を見抜く小太郎でさえ同様の感想であった。

 気になったのは文庫が並々ならぬ情熱を漲らせていることか。背景から無機質なカメラアイまで燃えに燃えている。この迸るパッションは何なのか。

 何らかの思惑から独立遊撃部隊やふうま宗家の内情を探ろうとしているのなら、余りにも拙すぎる。ただでさえ警戒される自覚はあるだろうに、何らかの感情を表に出してしまっては余計にな警戒を招きかねないのだ。

 小太郎はロッカーの中で首を傾げ、三人は文庫の思惑がまるで見えずに更に困惑していた。

 

 

「では、部隊に其方を採用するに当たって、此方に何かメリットは?」

「ありませぬ」

「お話になりませんね」

「ただ、私はせよと下された命を為すのみです」

「そうか…………お前は百田の下に入って長かったな。では何か、我々にとって益となる情報を言ってみろ」

「申せません」

「何だと……お前は自分の立場が分かっているのか?」

「無論、全て承知の上。しかし、これは面接。正式に採用されたわけではなく、現状は命に従う義理も御座いません。正式に採用され、命が下れば改めて調べた分を調べた分だけお伝えするのみ。それ以上は私には申し上げかねます」

 

 

 更なる揺さぶりをかけるべく、三人は声色を変えて圧も増やしていく。

 いよいよもって圧迫面接の様相を呈してきたが、文庫は圧に屈しはせず、滔々と己の領分を弁えた返答をするのみであった。

 

 そして、思惑が何処にあるかは兎も角として、文庫の返答は面接する側にとって完璧。10点満点中10点満点の評価を与えられる回答。

 災禍も天音も永久も、百田家の内情など知りたかったわけではなく、期待したわけでもない。単に試していたに過ぎない。此処で百田の情報を語り出そうものならば逆に落としていた。

 

 口の堅さはそのまま信用に値し、論理的な回答に矛盾はなく頭の回転が速いことを証明し、義理と道理を通す性格を仕事へ姿勢を示している。

 これならば、才能や能力がなくとも十分。プロとしての自覚と矜持を持ち、越えてはならぬ一線を弁えた一流だ。三人が想定している小太郎が求めるラインも余裕で越えている。対魔忍としての実力も、かつてを知る災禍と天音共に文句はない。

 

 されども、生憎と採用はできない。

 当初の予定通り、面接は既に終了している。これで採用しようものならば落とした者に示しが付かず、不満が溜まる。

 況してや、文庫は弾正の元側近。小太郎の預かる家と部隊として急激に成長している上に、弾正が日本へと出戻ってきたタイミングで懐に入れようものならば、好機と見て余所の家が首を突っ込んできかねない。

 これで啓治、悟、無形級に替えの効かない能力でもあれば話は別であるが、文庫は優秀でこそあるがいくらでも替えが効いてしまう。採用する利益(メリット)不利益(デメリット)の釣り合いが明らかに取れていない。

 

 

「結果は追って伝える。百田の者を通すか? 問題があるようならば直接伝えるが……」

「あ……あぁ、いや、その……」

 

 

 天音の口調は無機質な感情の起伏のないものであったが、それは明らかな気遣いを含んでいた。

 独立遊撃部隊が功績を積めば積むほどにふうま一門の再興は早まり、また家も巨大になっていく。今は不可能であっても、これより以降は分からない。

 そうなった際には、まともな元ふうまを受け入れることになる。無論、文庫もまともに分類される人材。此処で必要以上の悪印象を与えるよりも、気遣いを見せることで後の反応を良いものにしようという目論見であった。

 

 しかし、文庫は天音の気遣いに気付いているのかいないのか。

 面接の受け答えは完璧、言い澱みもしなければ迷いもなかったにも拘わらず、視線を泳がせ妙に歯切れが悪い。誰の目から見ても明らかな狼狽を示し始めた。

 

 その狼狽振りは面接官役の三人ですらが顔を見合わせるほど。ロッカーの中の小太郎も同様である。

 天音の気遣いは本物であり、文庫に何らかの思惑があったとしても狼狽するような発言ではなかったのだから。

 

 暫くの間、言葉にならない声を漏らしたまま俯き、口を開こうとしても言葉が出て来ないと言った様子を繰り返していた文庫であったが、やがて意を決したらしく顔を上げる。

 

 

「実は、今現在百田家に厄介になっておらず、放逐されたも同然の身でして、五車の外れにある廃寺で娘と生活しております。結果は其方に持ってきて頂けると……」

「「「……は?」」」

 

 

 思い切った文庫の言葉に、三人の頓狂な声をハモらせる。

 至極真っ当な反応である。百田側の思惑としては性格的にも能力的にも家の強化には申し分ない人材であったために受け皿となったかもしれないが、アサギや他の当主達として弾正の元側近を監視しておくため。

 長年、反乱や謀反の気配を見せなかったからだとしても、百田家が勝手に放逐して良い訳もなく、アサギからの承認が必要となる。その場合、確実に何らかの情報がふうま一門へと齎される筈。

 そもそも、放逐されるほどの何かを仕出かしていたとするのなら、その情報が耳に入ってこないのは余りにもおかしい。

 

 一体、百田家と文庫の間に何があったと言うのか。

 

 三人はどう聞くべきかを迷い、大いに困惑していたのだが、それ以上に我慢のならない人間が居る。

 

 

「おい、待て。その話、詳しく聞かせろ」

「はっ! …………え? は、? わ、若様――――――!?!?!!」

 

 

 ガチャとロッカーの扉を開いて現れた小太郎であった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「成程ね、そういう経緯(いきさつ)ね」

「は、はぁ、お恥ずかしい限りで」

 

 

 面接に集中し過ぎていたのか、小太郎の隠形が卓越していたのか。

 この場にいるとは思考を掠めてすらおらずに狼狽しきる文庫を落ち着かせ、ポツリポツリと語られる佐郷父娘(おやこ)の現況を聞き出していく。

 

 

「鶴を嫁に寄越せと……」

「は、はい。手前味噌ですが、妻の影響か、鶴は器量良しの娘でして百田の中でも引く手数多。いずれはこうなると思っていたのですが……」

「まあ、アレならなぁ。因みに、相手は誰?」

「…………分家の直人殿です」

「ああ、あの自分の行いで当主になり損ねたクソダサい奴」

「よりにもよって、ね……」

 

 

 どうやら、百田家内部で文庫の一人娘である鶴に結婚話が持ち上がったらしい。

 小太郎も鶴については知っている。母が存命の頃には、佐郷夫婦と共に挨拶へやってきた事もあった。

 特別親しいわけではなかったが、幼いながらも大人顔負けの礼儀作法を身に付けた少女は記憶に残っている。

 

 今現在は接触などなく、五車学園で擦れ違っても会釈をする程度、噂を耳にする程度。

 それでも鶴の見目麗しく、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を地を行く少女であるとは知っている。

 性格も、常に相手を立てることを忘れず謙虚。やや冷たい印象を受けることもあるが、柔らかな微笑みは男受けも女受けもいい。

 

 確かにそのような少女であれば誰かに見染められるのは時間の問題。

 ただそれだけであれば文庫も百田家との仲に決定的な溝を生むような断り方をしなかった。鶴が望みさえすれば、喜んで嫁にも出しただろう。

 

 小太郎と災禍の見せた反応の通り、問題だったのは話を持ち掛けてきた相手。

 

 百田 直人。

 分家の出でありながら、一時は次期当主候補として名の挙がっていた人物だ。

 優秀な火遁使いと排出し、抱えている百田家の中であって、一際優れた火遁使いとして知られる若き上忍。

 しかし、当代の当主が死亡すると、一時的に当主代行として復帰した先代・百田 幽玄が指名したのは孫娘である百田 里奈子。

 自らの血筋を当主に据えるのは当然であると同時に幽玄曰く、孫の才能はアサギすら超えている、とのこと。その言を信じるのならば、何ら不思議ではない。

 

 直人が当主に選ばれなかった理由はそれだけではない。

 現在、対魔忍内部で優秀、有力視されるのは大半が女性であるにも拘らず、男を立てられない女は死ねばいい、と公言して憚らない露骨な男尊女卑主義。身内すら嘲り笑う性格の悪さ。家の外でさえ粗相をした女中を平気で殴る始末。

 

 幽玄の育った時代、活躍した時代もそうした風潮は当然視されていたであろうが、今はアサギが頂点。男と女のパワーバランスが変化していることは重々理解している。

 その最中で、直人を当主に据えれば他家との関係性が崩壊しかねない。仮に里奈子に才能がなかったとしても、政治的な理由もあって直人だけは選ばなかった筈だ。

 

 よって百田家内部は相当不穏な雰囲気が漂っているだろう。

 文庫は語らなかったが、直人が見下している女の里奈子に頭を下げる筈もない。里奈子と直人のどちらを擁立するかで派閥が発生してしまっているに違いない。

 

 その中で、直人が鶴を嫁に迎える理由など知れている。

 監視対象と言えども、反乱以後は一貫して対魔忍として、百田の一員として尽くしてきた優秀で分際を弁えた文庫を自らの派閥に取り込む腹積もり。加えて、相手を立てるを知る鶴ならば、直人が気に入りそうだ。

 

 これまで平身低頭して文句も言わずに仕えてきた文庫であったが、妻に託され、目に入れても痛くはない一人娘を寄越せと言われれば黙っていられない。

 

 

「……で、どうにかこうにか躱してたが、どうにもならなくなって逃げたと」

「いえ、初手からふざけるなとぶん殴ってやりました」

「頭回るのにどうしてそんな衝動的な真似すんの???」

「よくやったぞ、佐郷! それでこそ家族! 貴様こそ真の父親……!」

「分かってくれるか、天音……殿ぉ!」

「ファミキチ同士で共感すんのやめてくれる???」

 

 

 文庫と天音。両名ともに経緯は違えども家族という共同体に明確な理想を持ち、何よりも優先する気質。気が合うのも無理はない。

 何やら不穏な共感を見せる両者に小太郎はげんなりとし、災禍と永久は呆れ気味だ。

 

 

「でもどうして廃寺で生活なんかを? 娘もいるでしょうに」

「如何に弾正(クズ)の元側近とは言え、給与は出ていたでしょう? 貯蓄もないわけではないでしょうし……」

 

 

 今現在、直人との縁談を力任せに蹴った文庫と鶴が百田家直人閥に恥をかかせたにも拘らず、放逐という比較的穏当な対応をされているのは、恐らくは幽玄の取り計らいであろう。

 あの老人は政治感覚に優れているわけではないが、道理を弁えている。力任せに娘を奪われそうになった文庫の気持ちも理解している上に、これ以上直人の力を増やすような真似も、内部に敵を作りたくもあるまい。

 少なくとも、幽玄の目の届く範囲においては佐郷父娘に手出しは出来ないように動いている。でなければ、鶴を手籠めにしようとする輩が現れ、廃寺で生活など出来はしない。

 

 しかし、永久と災禍の疑問も尤も。

 廃寺などで生活せずとも五車には安い賃貸はいくらでもある。娘を第一に考える文庫が、子のための貯蓄を怠るとは考え難く、有事として其処を切り崩せば人並みの生活などいくらでも出来るはず。それがどうしてまた浮浪者同然の生活を送っているのか。

 

 

「そ、それが籍はまだ百田家になっているらしく給料も受け取れず、口座も凍結され……」

「嫌がらせだな。あの金髪イキリクソ野郎、他にやることないのか?」

「どうしますか若。処しますか? 処しましょう!」

「天音くぅん、判断が速いの良い事だけど君はもうちょっと自分の行動にブレーキをかけよう! なっ!」

 

 

 問題の要はやはり直人閥にあり、同時に対魔忍の給与の支払い形態にあった。

 対魔忍の給与は基本的に公務員と同じく国の予算から支払われる。

 大まかな流れとしては、会計課からアサギに必要な予算が提出され、アサギの承認後に山本長官に伝えられ、政府とのやりとりで最終的な年間予算が決まる。その後、定められた予算の中から給与を含んだ金が各家へと割り振られる。

 かつては会計課が個人個人に査定や危険手当を含めた個人に向けて支払いを行っていたのだが、曲がりなりにも相応の人数を抱える組織であったが会計の出来る対魔忍など早々存在しなかった。

 お陰で会計課はオーバーワークが極まり、当時は給与の計算ミス、未払いが多発。その弱り目を狙って危険手当の虚偽申請や横領も多発。その上、アサギがトップでなかったのを良い事に、井河長老衆が金を握る悲惨な有り様だった。

 

 そんな状態でトップに立ったアサギは無論、頭を抱えた。

 アサギ自身、ただの技量と性格で見染められた故に金の計算など出来るわけでなく、そもそもアサギ一人でどうにかなる仕事量ではない。

 其処で右腕である九郎、アサギが後見人となった小太郎が案じた一計が、大量の人員を抱える各家に給与の計算を任せてしまう方法。会計課から個人ではなく、会計課から各家、各部隊の大きさに応じた予算を割り振り、其処から更に個人へと支払う形態に切り替えたのだ。

 これにより会計課の仕事は大幅に軽減。給与の計算は小さい家や家を持たない個人に限られ、各部隊や全体の金の流れに目を向けられるようになり、人為的なミスはなくなった。

 その分、各家が金を自由に出来る機会ができたため横領は増え、当主の気分次第で末端の給与が悲惨なことになったのだが、余裕の生まれた会計課はスキルをメキメキと身に付け、厳しくそして容赦なく金の流れを監視している。

 多少チョロまかす程度であれば多目に見るが、大き過ぎる使途不明金、酷過ぎる給料未払いが分かれば即座に家に立ち入り調査が実行された上に、事実として確認された場合はガッツリと予算が削られてしまい、各家も完全に好き放題に出来るわけではないのだ。

 

 

「会計課に掛け合ったか?」

「それは勿論。しかし、百田から話は伝わっておらず、現在は調べている最中らしく……」

「クソ野郎が話し止めてやがんな。お前、甚内とは同年代で仲も悪くなかったろ、そっちは?」

「それも考えましたが、二車家が反乱を起こした今、私が紫藤家に顔に出すのは、甚内殿へかける御迷惑を考えると……」

「他のツテやアサギへは……」

「蜂矢は知り合いがおりますが、あの家は……他の者も耐え難きを耐えている最中、頼ろうにも頼るわけにはいかず……アサギ様に直談判も流石に……」

「あーあーあー、あーもーあー!」

 

 

 文庫の悲惨な状況に同情したわけではなかったが、やれることはやれる範囲でやり尽くしたことを悟った小太郎は頭を掻き毟る。

 彼と似たような立場、似たような状況に置かれた者の辿る末路はそう多くはない。運良く問題が解決するか、野垂れ死にする前に何処ぞの家へと奴隷同然の待遇で入るか、全てがどうでも良くなって抜け忍となるか。いずれにせよ、明るい未来は待っていない。

 こうしたことがあるから抜け忍が減らない、と小太郎は怒りと嘆きで頭が爆発しそうな思いだ。

 実際、詰まらない意地の張り合いで足抜けする者は少なくない。大抵は家同士の権力争いに敗れて野に下るパターンだが、文庫のように家の思惑に翻弄された挙句、本人に全く非のない形で五車を去らざるを得ない場合もある。

 お陰様で対魔忍の屋台骨はボロボロになっていく。自己の欲望に従って去ったのならば何処で野垂れ死のうが構いはしないが、組織にとって有用な人材が下らない理由で失われるのは余りにも痛過ぎる。

 

 

「そして、どうにもならなくなって、というわけか。しかし、貴様が任務でいない間、鶴はどうしている。大丈夫なのか?」

「直人殿がどのような手段に訴えるか分からない以上、対応はしてあります。私がいない間は、友人の家に御厄介に。私も御両親方に頭を下げて回りまして快く……」

「確か、鶴も面接に来ていたわ。しかし、若様率いる独立遊撃部隊に入ろうとは、本当に後がないのね」

「此処最近の若様の御活躍は耳にしておりました。御迷惑とは分かっていましたが、他に手もなく……」

「まさかとは思うけど、そのスーツ……」

「鶴が用意してくれたのです……! 友人の父御が処分するから使ってくれと下さったものを手直しして……!」

「おい、顔面から悲しさと切なさと喜びが漏れ出してんぞ」

「これは失礼を、感情が高ぶるとオイルが漏れ出すのです」

「いや、スーツが汚れちゃってる」

「あぁぉぉぉおおお、鶴の用意してくれたスーツがぁ――――――!」

 

 

 鶴が余りにも優しく成長した歓びと父親としての情けなさが極まってガタガタと震え、身体の彼方此方からぷしゅーぷしゅー排熱し、目からオイルが漏れ出す有り様。

 もう全身義体化してから10年以上は立つのだ。特務機関“G”の技術で造られた身体は、如何に日本の最新技術が集まる対魔忍であっても最低限のメンテネンスが限界。

 耐久年数が限界に近いのか。或いは父親として情が極まり過ぎて機械にまで影響を及ばしているのか。どちらにせよ、大変面白い絵面であった。

 

 しかし、何とまあ間が悪いことか。

 これが骸佐の反乱前であれば、文庫も此処まで思いつめなかった。

 ふうま一門と反乱の二文字が皆の頭の中で結び付けられてしまっている現状では、自身の存在がどれほどの不穏を齎し、重荷となるか分かってはいる。分かってはいたが、他に手がないのである。 

 

 正に苦渋の決断だ。

 そもそもふうまが厳しい状況に立たされているのは弾正のやらかしが発端。

 更に責任は過去の文庫にあり、弾正から遠ざけられて不遇の少年時代を送ってきた小太郎にその責任を押し付けるような形となるのは彼としても避けたいところ。

 だが、この選択をせねば自分は兎も角として、鶴の生活が脅かされてしまう。苦悩と懊悩の果て、文庫は個人としての恥を投げ捨て、父親の尊厳を選択した。

 

 実に尊い決断だ。

 自分が恥知らずと罵られることも覚悟の上で、娘に憂いなく生活させることを選んだのだから。だが――――

 

 

「佐郷……」

「は、はい」

「残念なお知らせだが、今回、独立遊撃部隊で元ふうまを採用するつもりはない」

「………………―――――え?」

 

 

 小太郎に名を呼ばれて居住まいを正した文庫であったが、明かされる衝撃の事実に掛け値なしにフリーズした。

 ようやっとの思いで絞り出した呻き声は余りにも痛々しく、思わずふうま三女傑であっても目を逸らしてしまうほど。

 

 どうやら、文庫も鶴にしても独立遊撃部隊が人員を募集した経緯を調べる暇がなかったらしい。

 金もなく、その日の食事にも困る有り様なのだ。全身義体化した文庫は食事など必要ないが、鶴はそうもいかない。困窮極まれば、生活的にも精神的にも余裕はなくなっていく。

 悲しいかな、自分達の状況にしか頭になく、小太郎の思惑にまで頭が回っていなかった。

 

 

「は……は、……ふふ……ど、どうします、かな……い、いっそのこと、鶴を連れて抜け忍となるべく失礼するか……」

「おい待てェ。(優秀なお前等親子が勝手に五車から)失礼すんじゃねえ」

「し、しかし……!」

 

 

 気の毒なほど身体も声も震わせる文庫は余りにも悲惨過ぎて声すら掛けられない。

 追い詰められた彼は聞かれてしまったら追い忍を差し向けられるだろうに思わず最悪の選択肢を口にしまっていた。

 

 しかし、小太郎はこれに待ったをかける。

 文庫はまともで真面目なふうまだ。最悪、どうなったところで構わないが、抜け忍になられてしまうのだけは拙い。

 ただでさえ厳しい立場の元ふうまが、家族の為に文句も言わずに仕え続けた文庫の足抜けを知ればどうなるか。あの佐郷でさえ、と諦めが増し、まず間違いなく抜け忍は激増するだろう。

 抜け忍となった者はそのまま生活できるわけもなく、忍の技で飯を喰っていく他ない。傭兵となるか、闇の組織の用心棒となるか、はたまた弾正のところに流れるかのいずれかであろうが、どれであろうが対魔忍内部でまたしてもふうまの悪評が広まってしまう。

 これ以上、弾正のやらかしによって尾を引く苦労が増し、やらねばならない仕事の難易度が上がるのは小太郎としては御免被りたいところであった。

 

 

「言った通り、部隊には採用はしない。だが、助けてはやる。永久、お前ちょっと災禍と天音から離れて一人暮らししろ」

「はぁ――――――ああ、成程、そういうことですか。では、すぐに用意致します」

「ど、どういう……?」

(後は幽玄の爺さんと密に話を通して、佐郷親子の放逐を円満なものにしたい。家の中が二つに割れてちゃ孫の立場も脅かされるし、直人閥を潰せるかもと匂わせれば御家の安泰と監視対象の離脱の天秤、首を縦に振らざるを得ねぇ。無形を使って書状でやりとりしーっよぉっと)

 

 

 考えが読めなかった文庫は困惑したものの、逸早く小太郎の思考をトレースした永久は恭しく頭を下げると教室を後にしていく。

 

 現当主である小太郎、かつてから仕えてきた災禍や天音が弾正の元側近である文庫を助けるのは、あらぬ疑いを掛けられ、元ふうま一門は何故佐郷ばかりを、とやっかみを抱いて佐郷父娘の立場を悪化させかねない。

 

 しかし、現在ふうま宗家に仕える者の中で比較的新参かつ文庫と面識のない永久が助けるならばどうか。

 真っ当な思考ならば、見ず知らずの他人を助けているのだから、単なる同情と憐憫故の行動と取るだろう。

 更に現在、共に生活する災禍や天音から離れることで、ふうまの総意ではなくあくまでも個人での意思、行動とも判断される。

 

 これならば元ふうまのやっかみや妬み嫉みを抱かせず、なおかつ百田 直人への牽制にもなる。

 もし借りに、元ふうま一門や直人閥の人間が、小太郎の下へやってこようものなら――――

 

 

『おい、ふうま! 文庫の親子を匿うなど貴様、何のつもりだ!』

『は? 何のことかさっぱり分からんのだが???(すっとぼけ』

『とぼけるな! お前のところの永久という小娘が親子と共に生活していると聞いている……!』

『え~? ちょっと事実確認取りますねぇ~~~~~~。あー、永久くん、君んところに佐郷親子いんの? あーはいはい、成程、そういうことね。ほいほーい(満面の笑み』

『どうだ! 何か申し開きがあるなら言ってみろ! また二車と同じく反乱など企てているのだろう!』

『申し開きはなーんもござんせん、ウチの新参が勝手にやりました。ごめんねごめんねぇ~~~~。ところで佐郷親子なんか変なことになってんだけど、アサギに報告しときますねぇ~~。アサギ~~~~~~~~~(全力疾走』

『アッ、ちょま』

『私が来た(最強無敵おば、お姉さん来襲』

『あっあっ、あっ』

『百田家招集。話を聞かせてくれるわよねぇ幽玄?(にっこり』

『申し訳御座いません! ウチの者達が勝手をしていたようで!(裏取引による予定調和』

『私を通さずに勝手するなんて許せないわよねぇ。身内を苦しめる輩が集まっているような閥は解体で。百田家の権力は里奈子が正式に家を継ぐまで幽玄に一元化を命じます。はい、閉廷! 解散! 貴方達もう帰っていいわよ!』

『』

 

 

 ――――と、こうなる。

 

 佐郷親子を助けつつも、直人閥を解体してしまうことで比較的まともな幽玄に百田家を安定させる恩を売り、同時に不穏分子を排除する一石三鳥の仕掛け。

 無論、こうもストレートに事が進むとは限らない。直人がそれを見越している可能性もあるが、永久が善意で行っている行為故に介入する大義名分がなく、どのような形であれ介入すれば小太郎に事が知られて自動的にアサギにまで話が持って行かれてしまう。

 

 そもそもの目的である佐郷親子への手出しを止められるだけでも十分。

 隠居していた影響で家を掌握しきれていない幽玄も、閥争いへ向けて万が一の備えを得られる以上、協力は惜しむまい。上手く立ち回り、直人閥を排除できれば百田家そのものを親ふうま派に転ばせることすら可能だろう。

 

 思いも寄らぬ面倒事が転がり込んできたが、ただでは起きぬ辺り小太郎らしい。自分の意図していなかった状況すらも利用するのも、彼のやり口の一つだ。

 

 

「それから佐郷。独立遊撃部隊に採用するのは無理だが、別の部隊になら口利きしてやれる。オレが関わっていると思われたくないから、部隊の方が声を掛けてきた形になるが、どうする?」

「ぜ、ぜぜぜ是非!!」

 

 

 それだけでは終わらない。

 

 直人閥が手を出してこないならば、佐郷親子の抱えた問題は永遠に終わらない。

 会計課の内部に直人の息がかかったものがいる可能性も否定できない以上、延々と金銭を得られない生活を続ける羽目になりかねない。そうなれば延々と永久と小太郎に世話にならねばならず、親子の負い目は増していく。

 其処で別部隊からのスカウトという形を取ることで、百田家に籍を置いたままでも部隊で働き、給与も得られるようになる。

 問題は百田が部隊の引き抜きを納得するかだが、幽玄へと先に話を通しておけばいい。幽玄は幽玄で今までよくやってくれた、其方の部隊でも頑張ってくれと言えばよく、直人閥から突き上げを喰らっても、お前達は何故其処まで奴に拘る、と事情など何も知らぬ顔ですっとぼければいいだけである。

 

 問題があるとするならば―――― 

 

 

「そっかぁ。じゃあ、そういうやる気に満ち溢れた奴は生き地獄で頑張って貰おうねぇ」

「――――――――え?」

 

 

 小太郎が文庫のような優秀な輩を渡す部隊など、ただ一つしかなかったことであろう。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

「今回の任務は敵に捕らえられた味方の救出だ」

「またかよ……」

「この間は槇田って子だったっけ……」

「――――――――え?」

 

 

 後日、文庫は声の掛かった部隊の移動車両に揺られ、東京郊外へと向かっていた。

 陸上自衛軍より払い下げられた73式大型トラックの中には、対魔忍らしからぬ格好の男女が複数人。対魔忍そのものの格好をした文庫の顔見知りの姿もあった。

 

 部隊を設立した隊長は現在は海外で任務中故に不在。

 替わって指揮を取るのは隊長とレンジャー部隊において同期であった副隊長の長谷部。淡々と今回の任務内容を説明していく。

 部隊員は内容を聞くと頭を抱えるか、うんざりとした表情で乾いた笑みを浮かべていた。

 

 それでも手にした自動小銃の手入れも扱いも完璧であり、相当な死線を潜り抜けてきたことを物語っている。

 対魔忍内部で銃を戦闘の主体にした部隊は只一つ――――アサギの右腕である九郎が自衛軍の元同僚を引き抜いて設立した九郎隊だ。

 

 

「新入りの佐郷は囮役だ。施設正面の門を爆破したら、出来るだけ長く敵の目を引き付けてくれ。オレ達は近接も出来んことはないが流石に対魔忍ほどじゃないからな。正直、助かる」

「――――――――え?」

「…………鈴木と佐藤は佐郷の援護を。オレと宮田、早瀬は裏手のAポイントから壁を爆破して侵入。救助対象を見つけ次第、脱出する」

「救助対象が見つからない場合は?」

「可能ならば敵を殲滅。その後で施設を調べる。不可能ならば敵を一名だけ生け捕りにして吐かせる。後に情報を精査して再アタックだな」

「はいはい、いつも通りの任務なわけね」

「気は引き締めておけよ。心配はしちゃいがいな誰かがトチれば全員死ぬ。最悪、生け捕りにされてミイラ取りがミイラだ。槇島と天園(あまぞの)は何時も通り狙撃手(スナイパー)観測手(スポッター)兼護衛だ。地図のCポイントから援護を」

「了解しました」

 

(ねぇ、あやめ。あの人大丈夫なの?)

(大丈夫よ、腕は立つから。多分。きっと。恐らく。メイビー)

(初任務からこれとか、かわいそ……)

(だったら替わってあげなさいよ)

(それはむぅりぃ。私は私のことで手一杯よ)

 

 

 全員が手にしていたタブレットに記された地図と見ながら、長谷部の作戦内容を確認していく。

 そんな中、文庫だけは自分の置かれている状況が理解できていないのか、部隊に入ってからずっと同じ言葉を呟き続けていた。

 

 長谷場はその呟きを黙殺する。

 軍人である以上、近接格闘も身に付けてはいるものの本来は銃撃戦が主体。

 しかし、狭く遮蔽物の多い日本では交戦距離はどうしても短くなりがちであり、頑強な肉体を持つ魔族は破れかぶれに無理やり距離を詰めてくることは少なくない。

 酷い時には近くにあった車や鋼鉄製の扉を盾にして近づいてくることもあった。そうなれば嫌でも不利な近接格闘に持ち込まれ、分けの分からない異能や魔術に晒されかねない。

 つまり、魔族との戦闘経験豊富かつ忍法も体術も達人級の文庫は喉から手が出るほど欲しかった人員であり、逃がす訳にはいかない。黙殺も仕方がない。

 

 部隊員の殆どはいきなり最も危険な役所を任された文庫へと気の毒そうな視線を向けていたが、誰も助けようとはしない。

 彼の替わりなどとても務まらず、任務任務任務で忙殺され続け、高い給料も使う暇さえない状態。余計な苦労は誰とて背負いたくはないだろう。

 

 同じ元ふうま一門にして心願寺家に属する槇島 あやめは、任務でよくバディを組む天園に小声で語りかけられる。

 天園はあやめと同じく女性であり、奇しくも同い年。女だてらに軍人をやっていただけあって気は強いが、不思議とあやめとは気が合った。

 忍法の関係上、観測手を必要としない狙撃手であるあやめも天園の腕を信頼しており、観測手としても護衛としても助けられたことは少なくない。

 

 二人の結論も他の隊員と同様。同情こそすれ、手を出せなかった。

 そうこうしている間に降車ポイント付き、それぞれが徒歩で指定のポイントに向かって十分後――――

 

 

『此方α(アルファ)班。ポイントについた』

「了解。β(ベータ)班も配置についたが、やはり監視カメラがある。c(チャーリー)、頼む」

『了解。これでどう?』

御見事(ナイスショット)。監視カメラの無効化を確認。正門に近付く」

「――――――――え?」

「ほら、行くぞ――!」

 

 

 東京郊外にある、近隣に街も住宅地もない山中。周囲を森と高い塀に囲まれた施設が其処にはあった。

 山を切り開いて作ったのか、正門の反対側は切り立った崖となっているノマド傘下にある組織の麻薬や金を隠しておく倉庫であり、組織の人間以外に存在を知られておらず、そのためか周囲を見回る警備らしき者もいない。

 

 囮役であるβ班からの報告に、崖の上に陣取ったc班のあやめは消音機によって発砲音が極限までなくなった狙撃により、無駄弾なく監視カメラを全て無効化。

 それを確認し、正門近くに身を隠していた鈴木、佐藤、佐郷の三名は身を低くしつつ周囲を警戒して進む。

 同じ呟きしか漏らしていない佐郷であったが、気配の探りようといい消し方といい手練れの軍人であり、九郎隊として苦労を重ねてきた二人ですらが舌を巻くほど。思考とは関係なく、機械の身体にまで染みついた癖のお陰だ。

 

 

「設置完了。何時でもいけます」

「――――――――え?」

『了解。予定通り、此方は其方に合わせて周辺消音機(アクティブミュートチャージャー)を稼働させて突入する!』

『此方、c班。正門前に五名。内一名はオーガ、お願いね』

「――――――――え?」

「ついでに門の近くの連中を――――おい、門を開けてくれ!」

「あぁ? 今日は搬入の予定なんざないぞ……ったく、どうなってやがんだ」

「『3、2、1――――』」

「――――――――え?」

 

 

 突入(ブリーチング)用の爆弾を正門に取り付けた鈴木は続いて鉄扉を叩いて、門の向こうにいる敵に声をかけて惹きつける。

 あわよくば爆破に巻き込めればよし、そうでなくとも敵が近づいていればいるほどに文庫が得意な間合いで戦えるという思惑であった。

 

 あたかも文庫の新たな戦いを告げるかの如く、耳を劈く爆音が鉄扉を吹き飛ばした。

 

 刹那、ようやく現実を正しく認識した佐郷は、施設の内側に向かって不快な金属音と共に倒れていく鉄扉に向かって駆け出していた。

 頭に浮かぶのは、独立遊撃部隊ではなかったものの誉れ高い九郎隊にスカウトされたことを喜ぶ娘の笑顔、そして最後まで己と娘の身を案じていながらも安らかに息を引き取った妻の死に顔。

 

 佐郷 文庫は施設内へと粉塵を突き破って進みながらも、新たに決意する。

 一人の対魔忍として外道を討つだけではない。娘の笑顔と生活を守るため、妻の最後の願いを叶えるために、全力でお父さんを遂行すると――――!

 

 

「どけぇ! 私はお父さんだぞ!!」

『今回の救出対象、貴方の娘さんじゃないわよ!?』

「ウォォオオォォォォォォオォ――――――!!」

「うぉっ、うぉ……つ、つえー、お父さんつえー」

「だーっはっはっはっはっはっはっ――――!!」

 

 

 こうして、小太郎(くろうにん)の下に好きこのんで苦労しにきた男の新たな戦いが始まった。

 お父さんと化した文庫は正に鬼神。あやめ達や九郎隊の面々の援護射撃もあって、無双状態のまま救出どころか施設の制圧までいった。

 それによって九郎隊に更に頼られ、逃げられない状態になってしまうが、当人には関係なかった。九郎隊の余りの多忙さに五車に帰れず、娘の顔を見れないと嘆くのはもう少し後の話だった。

 

 頑張れ、佐郷 文庫! 頑張れ、全身義体お父さん!

 君が苦労すればする分だけ、娘に明るい未来が待っているはずだ!

 

 

 

 

 




RPG本編とのちょっとした違いの説明


Q、佐郷さんって弾正が殺された後にサイボーグ化したんじゃなかったっけ?
A、こっちの弾正はクソアホやぞ。何の功績もなしに特務機関“G”と巧くやれるわけないやろ。佐郷さんは犠牲になったのだ、決アナ時代から続く弾正のアホさ加減……その犠牲にな。


Q、鶴ちゃんは二車の反乱時どうなってたの? 殺人鬼に狙われてんの?
A、佐郷さんが全力でお父さんを遂行してた。殺人鬼は狙ってるけどお父さんが怖くて近づけない模様。


Q、鶴ちゃんの性格は、あの……
A、作者として鶴ちゃんの性格の歪みは家庭環境やらクソ殺人鬼のクソみたいな行いの所為と思っているのでから、佐郷さんが全力でお父さん遂行しているのでそんなでもない。でも独占欲は強め。

Q、じゃあ鶴ちゃんはハーレム肯定派じゃないんですねー! やったー!
A、そうでもない。佐郷さんの英才教育のお陰。どうして奥さんは止めなかったんだ……!
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