……え? 次の五車は不知火さんと紅ってマ?
…………引かねば(使命感
うぉぉぉ、どっちもイチャラブがいいなぁ! そして性能が気になる! どんなぶっ壊れになってくれるんだ!(期待に満ちた眼差し
まあ、何にせよ引くんですけどね!
では、色んな思惑が交差する鶴の恩返し編第二話、どぞー!
「「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」」
場所は校門前から移動して、五車町の駄菓子屋、稲毛屋前。
どうにかこうにか鶴を諫めたなおは、店の前に出されたベンチに腰掛け、ぐったりと両肩を落としている。
鶴の怒りは凄まじく、生半可な言い訳では納得しなかった。普段、全く怒らない人物ほど怒らせると怖いものだ。
結局、泣きじゃくる小太郎に頭を下げて謝って事なきを得たが、疲労感は拭いきれない。
どうにかこうにか涙と涎、鼻水を堰き止めた小太郎はなおの前で立ったまま両腕を組んで項垂れていた。
右目を隠した美少女がその右肩を叩き、鶴は背中を摩って慰めている。二人には殺したいなどと言われた人間の気持ちを慮り、涙を流す者を気に掛ける良識があった。
しかし、苦労をしたくないだけの小太郎にそれがどれほどの慰めになろうか。気が重くなる一方だ。
「じゃあ、改めてだけどボクは穂稀 なお。鶴ちゃんは知っているだろうからいいとして、もう一人は……」
「いい、知ってる。
「(……びっくり。私、有名人?)」
「知らない。何処か特定の部隊に所属してる人間を把握しているだけ。
「(…………! 逸材!)」
「ふふ、流石は孤路ちゃんは分かっていますね」
「はぁ?」
孤路の反応は小太郎にとって怪訝でしかなかった。
大抵、縁もゆかりもない相手の素性や名前を把握していれば気味悪がれられるものだが、孤路は目を輝かせている。まるで好きなドラマの主人公役の俳優でも目にしたかのようだ。
年相応の反応ではあるのだろうが、それが俳優でも何でもない自分へと向けられるのか。
孤路が何を思ったのか理解しているのか、鶴は誇らしげにうんうんと頷いているが、小太郎には全く見当もつかない。
「(ふうまくんはトラブルメーカーとして有名。名探偵には必要な資質――――――め、目が怖い!)」
「若様、落ち着いて」
にっこりと微笑んでそんな事を言う孤路を、小太郎は振り返って視線だけで射竦めた。
その視線の恐ろしさよ。さながら親兄弟全てを奪われた男の目である。ありったけの憤怒と憎悪が煮詰まり、極大の怨嗟が渦巻いているではないか。
好きでトラブルメーカーやってんじゃねぇんだよ。何でか知らんけどトラブルが舞い込んでくんだよ。アサギがぶち込んでくんだよ。ゆきかぜが持ち込んでくんだよ。何でか息してるだけで苦労すんだよ。
と、八つ当たりにも等しい心持ちで孤路を睨み付ける。冷静沈着な鶴ですらが冷や汗を掻いて諫めるほどだ。小太郎の精神状態は常に良くない方向へと転がっていく。
「ふうまくん、何だいその態度は。鶴ちゃんにもそうみたいだけど、先輩に向かってしていい態度じゃないね。少しは敬いというものを学ぶべきだよ、君は」
「だったら敬いたくなるようなところを見せて欲しいもんだよなぁ~」
「どういう意味かな?」
「はー、ウザ」
「このっ……!」
「なおくん。なおくんの言い分には理がありますけど、若様の言い分も尤も。一年早く生まれた者として相応しい振舞い、見せるべき背中があるでしょう?」
「うっ……分かったよ。鶴ちゃんの言う事も尤もだ」
正に売り言葉に買い言葉。初対面から互いの第一印象が最悪である以上、当然の結果。
自身の言葉を揶揄いと共に返された怒りに半ばまでベンチから立ち上がりかけたなおであったが、鶴の一言に固まった。
なおとて先輩ならば誰にでも敬意を払うわけではない。寧ろ、先輩であろうとも尊敬すべき点の見受けられない輩には毅然とした態度で向かっていく。
今のところ小太郎の目には尊敬すべき点を映っていないだろう。なお自身ですら良い所など何一つないのは自覚している。鶴の正論には、矛を収める他はない。
親しい間柄ではない相手と会話をしていると無意識に優位に立ちたくなってしまう自分の欠点は自覚しており、親友の鶴や孤路から常々指摘されていた。
小太郎の後ろでは孤路がうんうんと頷いている以上、素直に間違いを認めるしかないだろう。
「はい、流石はなおくんです。それから若様も。非礼があったのは事実ですが、だからと言って喧嘩腰では話が進みません。既に謝罪はありました。それ以上の挑発は若様の品位を貶める行為。ご理解いただけますね?」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい。承知しました、鶴先輩」
「うんうん、それでこそふうまくんです」
続き、鶴は小太郎の瑕疵を口にしていた。
間違いに気付きを与えてやらなければ、いずれ恩人が恥を掻くハメになる。例え恩人であろうとも、言うべきは言う。それが鶴の在り方であった。
全く反省していない小太郎であったが、鶴の全き正論には反論の余地もない。冗談めかした言い方ではあるものの諫言を受け入れると言葉で示す。
内心に差異はあれども自身の言葉が受け入れられたのを聞き届けると、鶴は手を合わせて首を傾げながら微笑んだ。
その隣では、孤路がにこにこと笑いながら鶴を褒め称えるように拍手をしている。物静か過ぎる態度と声であるが、内面も振舞いも思いの外お茶目であった。
「ふうまくん、君には期待していないけど、鶴ちゃんの推薦だからね。君の力を貸して貰いたい」
(ほんとコイツ、常に一言余計で上から目線だな。何一つ学んでいない。オレもう何だか面白くなってきちゃったぞ!)
「(なおちゃんは、もう……ふうまくん、ゴメンね?)」
「(もう慣れたんで別にいいッスよ。いちいち反応すんのもめんどくせぇし。それよりも鶴、怒ってる。怒ってない?)」
「(どちゃくそ怒ってるけど、まだ笑ってるから大丈夫)」
「(さいですか)」
「………………」
なおの言動に背後で鶴の威圧感が増したのだが、当の本人はまるで気付いていない様子。
友人に代わり、背後から耳打ちで謝罪してくる孤路に、小太郎は声量を落とせるだけ落として気にしていないと伝える。
孤路の言葉からは三人が相当に長い付き合いで、親友と呼んで差し支えない間柄であることだけは伺える。
そうこうしている間にも、鶴の機嫌は加速度的に悪くなっていく。
アレだけ冷静に諭す言葉を重ねたと言うのに、反省していても行動に反映されていなければ、誰とて怒りを覚えよう。
鶴の場合は親しい間柄だからこそ怒っているのだ。親友が恥ずべき人間になって欲しくないが故の優しさから生まれる怒り。これが赤の他人であれば、冷たい笑みを浮かべて好きにさせるだけだった筈だ。
「知っているかい? まだ出回っていないけど、いま五車では殺人事件が起こってる。それも連続殺人だ。尤も、ボクの部隊以外は気付いてもいないけどね」
「…………そりゃ浅井の話ッスか?」
「……っ!」
鶴の怒りに何も気づいていないなおは、自らの優秀さをひけらかすように調査中の事件についてを口にする。
確かに、まだ出回っていない件に事件性を見出し、過去の事件との関連性を見つけているとするのなら、確かにひけらかすだけの優秀さはあると言える。
しかし、なおに待ち受けていたのは、連続殺人を五車風紀隊が把握する切欠となった事件を事も無げに口にする小太郎。
今まで小太郎と目すら合わせず、小馬鹿にした態度を崩さなかったなおであった、これには流石に面を喰らったようだ。
切欠となったのは、骸佐の反乱時に起きた一家殺害事件。
井河一門の上忍、浅井家。その一人娘である浅井 美織は反乱中に姿を確認されなくなり、反乱の死亡者、被害者数を把握する辺り、調査中の者が浅井家を訪れたことで事件が発覚。
浅井家には死体こそ残っていなかったが、美織と両親を含めた人数分の致死量に相当する血痕が残されており、当初は二車家によって殺害されたものとして処理されていた。
「何処で、それを……」
「何処でも何も、浅井の件を再調査願ったのはオレだからですよ。二車が勝手をやらかしたんだ、
しかし、これに待ったをかけたのは自身の身と家を守るため、独自に調査を行っていた小太郎だった。
被害者達への慰問と謝罪をする傍ら、被害者達の証言をまとめ、反乱時の行動範囲や物的証拠を集め、二車の反乱と浅井一家殺害が無関係であることを証明してみせた。
当初はなおの上司――――五車風紀隊の総隊長は、ふうまの目抜けが我が身可愛さにと話半分程度にしか聞いていなかったものの、再調査を開始して蒼褪めた。
物的な証拠は何一つ残ってはいなかったものの、小太郎の調査のみならず、風紀隊が再調査した際にも状況証拠は二車家の白を保証する形となってしまったからだ。
そもそもからして、二車の手の者が殺したとするのならば、死体を隠すなどおかしな話。アレだけ大っぴらに反乱を起こしておいて、浅井家の死体だけを隠す意味がないではないか。
「そ、それだけじゃないよ。犯人はどうやら別件で失踪や死亡扱いになっていた人たちも手に掛けていたらしい。過去十年に渡って、実に20人以上は―――――」
「それも知ってる、何年も前からね。オレの見立てじゃ23人は同一犯に
「君、は……君はそれを分かっていながら何も言わなかったのか!?」
「なおくん!」
なおはベンチから跳ね上がるように立ち上がり、今すぐにでも殴りかねない勢いで小太郎の胸倉を掴みかかる。
先程までなおに怒りを向けていた鶴であったが、それらを一時的に収めて止めに入った。
優悦や優秀さの根拠を潰されてなおに沸いたのは、純然たる怒りであった。
但し、自身の調べ抜いた情報をより早い段階で入手していた挙句、馬鹿にしたように先手先手で明かしていったことに対してではない。
それだけの凶悪犯の存在を把握しておきながら、何一つ行動を起こしていないことに対する正義感と義憤による怒りだ。
なおの態度も言動も自己陶酔的であるのは否めない。しかし、だからと言って他者を軽く見ているわけではない。
寧ろ、他者に重きを置いてさえいる。でなければ五車の治安維持を目的として部隊になど入りはしないだろう。
その情報をもっと早く風紀隊に告げていたのなら、今日までの間にこれほど犠牲者は増えなかったかもしれない。
情報を基に行動していれば、今日に至らずとも犯人を捕まえて犠牲者の数を減らせたかもしれない。
なおがいま抱いている怒りは、犠牲者のためのものであり、被害者家族の無念を思ってのものだった。
「言いがかりは勘弁して貰いたいッスね。風紀隊には再三に渡って言ってますよ」
「(え? ……でも、私達は何も聞いてない)」
「オタクらのところの総隊長、弾正の反乱で両親を失ってるんですよ。オレの話なんざまともに取り合わないし、調べようともしない。自分にとって都合の悪い内容だ、そら話題に出さんでも不思議じゃないでしょ」
「そ、それでも、君が個人的に動くことは出来た、だろう……」
小太郎は胸倉を掴む腕を鬱陶しそうに払いのけ、そもそもの非は己ではなく風紀隊の総隊長にあると語る。
その場凌ぎの詰まらない嘘でないことは、余りにも淡々とした語り口調と嘘を付いている反応のなさからなおにも孤路にも伝わっていた。
五車で起きた事件を調査する風紀隊の一員である以上、証言集めや犯人捜しに嘘を見破る目は必要になってくる。少なくとも、二人の目に小太郎が嘘をついているようには見えなかった。
小太郎の語ったのは全て事実だ。
五車に潜む殺人鬼の存在には、かねてから気付いていた。
被害者の特徴や失踪時の不可解な点、死亡認定された状況から僅かながらの共通点を見つけ、その都度風紀隊には伝えていた。ただ、誰も小太郎の言葉に耳を傾けることをしてこなかっただけ。
なおはまだ言葉を紡ぐが、余りにも苦しい言い分であるのは自覚しているらしく、尻すぼみになっていく。
「冗談じゃない。五車の治安維持は風紀隊の仕事だ。オレには首を突っ込む権限がそもそもない。ああ、アサギ校長からも風紀隊に言って貰いましたよ。でもオレから発したものだと分かって動かなかったのはそっちの総隊長。馬鹿馬鹿しい、本来動かねばならない奴が動こうとしないのに、どうしてオレが動かにゃならないんだ」
「対魔忍の、仲間が殺されているんだぞ……」
「だから? 殺しているんだ、殺されもするでしょうよ。大体、アンタら年に何人のクズども殺してるんだ。それに比べりゃ可愛いもんでしょ。殺人鬼は年に高々二人か三人だ。別に殺人鬼を肯定するつもりはないが、理由をつけて散々殺してきた連中が、自分や身内が殺される段になって嫌だと言うのも憤るのも、みっともないにもほどがある」
「ボク達と殺人鬼が一緒だとでも言いたいのか、君は」
「一緒じゃないですよ。オレ達は国から許可得てやってんだ。好きな相手を選んで殺してるようなクズとは違う。ただ、誰かを殺した罪の重さや買う恨みはどんな理由があろうと誰であろうと変わらず、応報がどんな形で降り掛かってきてもおかしかないって言ってるだけッスよ。ま、オレなら身内が殺されれば泣き寝入りせずにキッチリ報復しますがね。舐められるし」
小太郎の態度は余りにも自然体。
今こうしている間にも自分が誰かに殺されても不思議ではない、と本気で思考している。殺し殺される覚悟など、とうの昔に決めていた。
殺人鬼の行いを肯定するつもりなど毛頭ない。彼は快楽目的や生まれ持った衝動によって誰かを殺したことはないからだ。あくまでも殺すのは必要性がある場合、或いは選んだ過程の結果として誰かが死ぬだけに過ぎない。
殺している以上は殺されたところで文句は言えない。例え、それが己の任務とは全く関係のない殺人鬼の欲望に任せた所業であったとしても。
寧ろ、彼は殺された対魔忍を叱責するだろう。
国を、人を守らねばならない対魔忍が、殺人鬼如きに遅れを取るなど何事か。どうせ死ぬなら下衆の欲望を満たすためではなく、無辜の民や仲間を守るために死ぬべきだった、と。
不意打ち騙し討ちなど考慮に値しない。五車に殺人鬼が居るなど知らなかったとしても見苦しい言い訳に過ぎないと断じていた。
正論と言うよりも寧ろ極論であったが、なおは押し黙らずを得なかった。
小太郎は確かに己の許される範囲で可能な限り動いていた。それ以上の介入や行動は他の対魔忍や隊との軋轢を生みだしており、犠牲者と何の関わりもなければメリットなどある筈もなく、ただただ立場を悪くするだけ。
そうまでする理由が彼にはなく、また求めるのは傲慢以前の子供の駄々。況してや、事件発覚が遅れに遅れたそもそもの原因が使命でも役割でもなく私情を優先してしまった自らの上司にあるのなら猶の事。
余りにも人間的な温かみの欠如した小太郎の言動と態度であったが、それもまた個人の思想。親しい間柄でない以上、口を挟む権利などあろう筈もない。
「……そうか、分かった。もういい」
「(……いいの?)」
「彼は誰よりも早くやれることはやっていた。その声に耳を傾けず、その行動に目を向けずに何もしてこなかったのは
「でも、なおくん……」
「……いいんだ鶴ちゃん。それから悪かったね、ふうまくん。風紀隊は君の好意――――かは分からないが、少なからず努力を無碍にした。君の気は晴れないだろうが、総隊長に代わって僕が謝罪する。済まなかった」
そう言うと、なおは頭を深く下げる。
あくまでも小太郎からの提言を握り潰していたのは総隊長。客観的に見て、なおに非はない。それでも、風紀隊の一翼を担う者として謝罪しないわけにはいかなかった。
なおはプライドが人並み以上の対魔忍らしい対魔忍ではあるが、自らの役割を軽視しているわけでも道理を弁えていないわけではない。
これまで多くの犯罪を未然に防ぎ、或いは犯罪者を取り締まってきたからこそ積まれたプライドであり、プライド以上に自らの役割の重要性を理解しているからこそ潔く頭を下げたのだ。
その態度に孤路と鶴は顔を見合わせて微笑むと、なおに続いて頭を下げた。
なおの謝罪は決して卑屈でもなければ情けない姿でもない。自らの責任を認めない他人に代わっての謝罪など業腹以外の何ものでもあるまいに、己の間違いと思慮不足もあったと心から認めた誇りある姿であった。その身体を支えてやらねば友など名乗れず、何が友か。
当初の態度とは180度異なる態度のなおや親友と呼ぶに相応しい孤路と鶴の姿にも、小太郎は眉一つ動かさず三人の後頭部を眺めるだけであった。
暫くの間、世界が静止してしまったかのように沈黙が下りる。なおも他の二人も頭を上げはしない。あくまで小太郎が納得するまで、頭を上げないつもりだろう。
その姿にいよいよもって折れたのか、小太郎は首を振りながら盛大な溜め息をつくと、ポケットからスマートフォンを取り出して耳元に持って行きながら何処かに通話を開始する。
「あー、もしもし……例の事件の話、オレが言ってた風紀隊のバカが動かなかった案件……そうそれ。あれ、オレが動く。悪いがそっちで穂稀 なおって小隊長と組ませたってことにして欲しい……話を聴きつけた紫先生やらさくら先生がそうしたって流れで……うん、はい、あんがと、じゃ」
「ふ、ふうまくん……?」
「これで一番上からの許可は得た。権限も生まれた。これでいいッスか?」
「い、いや、でも……いいのかい?」
「いいも何もないでしょ。馬鹿みたいな殺人鬼に馬鹿みたいな時間を掛けるのはそれこそ馬鹿みたいな時間の無駄だ。まあ、オレに全く非がないわけでもない。付き合いますよ、手早く片を付ける」
不承不承ながらも事件解決に協力すると口にした小太郎には、なおは驚きに目を見開いた。これまでの態度と言動もあって、梃子でも動かないと思っていたのだろう。
孤路と鶴は驚きよりも歓びが強かった。前者はなおが認められたと思っているらしく、後者はそれでこそと言わんばかりに目を輝かせている。
正味なところ、小太郎は己に非があるなど全く思っていない。
彼の語った言葉は紛れもない本心であり、対魔忍である以上内部に潜んだ殺人鬼に遅れを取るなどあってはならない事態だと考えている。
少なからず彼の身内は誰一人として殺人鬼如きに遅れを取る者は一人として存在しないだろうし、相手の持つ能力如何に関わらず、どのような策謀を仕掛けてこようが常に生き延びられるだけの智慧と実力を身に付けさせていた。独立遊撃部隊の面々にはやや不安が残るが、それも配置や任務に逐一目を通して、常に二人以上の状態を維持すればどうとでもなる。
それでも動く気になったのは、浅井家の一件がこれまでとは余りにも違い過ぎていたからだ。
これまで息を顰めていた輩が、こうも派手に動き出した。下衆な欲望を満たす以外の意図や目的があるのは明らか。
だが、それもまだいい。どのような意図があったところで、身内以外の誰が犠牲になったところで、小太郎にとっては痛くも痒くもない。風紀隊の面々が殺されるとしても、それは仕事の内。微塵も心は動かない。
しかし、鶴が関わるならば話は別だ。
何かの手違いで鶴が殺されるのだけは避けたかった。但し、鶴自体が大事であったわけではない。数度顔を合わせた程度の相手に特別な感情を抱くほど、彼は人情に溢れた人物ではなかった。あったのは文庫との関係性を考慮して。
小太郎にとって文庫は優秀である以前に、敬意を払うに値する人物。
互いの立場を考慮して接触は控えていたが、弾正の下を離れ、家族との関係を修復しようとする姿に思うところはあった。
例え、それが自らの選択による失敗や間違いであったとしても、多くの諦めや後悔を胸に抱きながらも、文庫は最後まで責任を取る道を歩み続けた。地味に、地道に、愚直に、真っ当に。
それは小太郎の考える責任の取り方そのものであり、また対魔忍ではない守るべき無辜の民の誰もが今こうしている間にも歩んでいる道でもある。その成果そのものが鶴。これが下衆な欲望に踏み躙られることなどあってはならないことだった。
そして、なおの謝罪も決め手の一つ。
責任感の強く、また責任の所在に関しても理解しているのだろう。直接己と関係がなかったとしても上の不手際は下の不手際でもあると素直に認めていた。
他の対魔忍であればこうもいくまい。総隊長に悪態を吐くまでいいにしても、やり場のない怒りを関係のない第三者にぶつけようとまでする。
プライドの高さと高慢さは偶に瑕だが、それでも失われるのは惜しい人材、と認めるには十分であった。
「おー、おったおった」
話が纏まりかけたその時、一人の男が何の前触れもなく唐突に、会話の流れも全てを無視して声を掛けてきた。
それは校舎を出た段階から鶴に向けられていた五つの視線――――なおと孤路を除いた内の一つの主。
「や、鶴ちゃん。久し振りやね」
「…………直人、様」
声をかけてきた人物に鶴は驚きを隠せず、彼女と父親が百田家を放逐された事情とそもそもの原因を知るなおと孤路は一気に表情が引き締まる。
仕立ての良い着物と袴を身に着けた和装にも拘わらず、元は黒いであろう地毛を金に染め上げ、髪から覗く耳には無数のピアスを付けた男。
顔立ちはいいのだろうが刻まれた軽薄な笑みが全てを台無しにしている。服装と髪色の不釣り合い加減も相俟って、一部の奇特な女性からはモテるかもしれないが、基本的に幼子から老人まで不快な印象を受けるだろう。
しかし、その軽薄さは確たる実力と自信に裏打ちされている分だけ、逆に性質が悪いと言えた。
彼の名は百田 直人。
火遁の名門、百田家の中にあって一際優れた火遁使いの上忍。
同じ火遁使いである神村 舞華には単純火力、眞田 焔には突破力でそれぞれ劣るものの、操作性と応用力に関しては遥かに凌駕しており、火遁使いとして五指の指に喰い込んでくる屈指の実力者。
分家の出でありながら、異例の出世スピードで瞬く間に火遁衆の一部隊を任されるようになり、一時は百田家の次期当主候補と噂された男。そして、佐郷親子が困窮するきっかけとなった男でもある。
(何考えてんだコイツ)
直人の姿を見た小太郎の感想は、その一言に尽きた。
現時点で直人や率いる閥が動いた場合の対応策は既に完成している。脅威にはなり得ないが、呆れよりも警戒心の方が高かった。
確かに百田 直人という男は自己中心的で自身にも劣らぬ度し難い人間の屑だとは知っていた。されど、ここまで無鉄砲な男でもなかった。
小太郎が百田家内部を無形に探らせているように、直人もまた佐郷親子の近況を探っているだろう。
ならば、裏で小太郎が関わっていることなど見通せぬまでも察する程度は出来たはず。百田家の次期当主候補にまで上り詰め、正統後継者が百田 里奈子に指名された現在もなお虎視眈々と当主の座を狙っている男が、その程度の事柄に頭が回らない訳がない。
そんな小太郎の心持ちどころか、鶴の友人であるなおや孤路の存在すらも無視して直人は鶴の前に立った。
「ちょっと、いきなり来て何様のつもり――――」
「邪魔すんなや」
「――――うぐっ!?」
大切な友人を守るために直人の肩を掴もうとしたなおの頬目掛け、裏拳が放たれる。
寸でのところで小太郎がなおの首根っこを掴んで後ろに引いたため、鼻先を掠めるだけで済んだが、小太郎が何もしなければ歯が折れかねないほどの勢いであった。
突然、咽喉を締め付けられて咳き込むなおは目を白黒させていてこそいたが、小太郎を睨み付けることさえしない。助けられたことに気付いたのだろう。
寧ろ、直人の行為に気色ばんだのは、孤路と鶴であった。特に孤路など、自らの得物であろう背負った刀に手を掛けてさえいる。直人の女性蔑視は、それほどまでに有名なのだ。
「関係ない女は黙っとれや」
「ボ、ボクは……!」
「いやこの人男だけど」
「はぁ? なんで男が女の格好しとんねん。キッショ!」
「その点に関しては完全に同意。変態としての思慮が足りてない。まあ女装癖に加えて露出癖も入ってるだけだろ。確かに人様に迷惑を掛けない範囲にしておかないのはキショい。TPOを弁えろ。そんなだから特殊性癖の肩身が狭くなるんだ……!」
「いや性癖そのものがキショい言うてんねんで、こっちは」
「君はどっちの味方なのかなぁ、ふうまくん? それにボクは可愛いものが好きなだけだよ!」
そう、穂稀 なおは男である。
女性のような顔立ちをして、女性と同じ格好をしているが、歴とした男だ。ついているものはついていて、ついていないものはついていない。
なおは生来、可愛いものが好きだった。男らしくない趣味であったが、両親はそれもまた子の在り方として受け入れた。結果、可愛いもの好きが高じて格好まで可愛いものを纏いだし、結果として女物の服の方が可愛いと女装に至った。
男を無条件で上位と考える直人には全く理解できない性癖に、心底からの侮蔑を向ける。まるっきり汚物を見る目であった。
対する小太郎も心底迷惑そうな目でなおを見ていた。但し、これは性癖そのものではなく、なおの在り方に向けたもの。
女装癖程度の性癖ならば小太郎も持っているし理解もあるし体験済み。180cm近い鍛えに鍛え上げた筋肉の持ち主が、全く似合わない女物の服どころか下着まで身に付けたことさえある。想像しただけで吐き気を催すような地獄の絵面だ。
『ほう――――ン成程ぉ! こういう感じか。確かにこれは中々、興奮するな……!』
但し、小太郎の場合は自分を客観視できるので人前ではやらない。
小太郎はありとあらゆる性癖を肯定し、また自らも有する超弩級の変態である。しかしだからと言って、変態性癖を抑えきれないわけではない。
何よりも周囲の迷惑を慮っている。そういった性癖を理解できない人間にとって、特殊性癖を持つ者など気色の悪い生き物にしか映らないだろうし、また自身の行いによって同好の士が肩身の狭い思いをしかねないのを理解していた。
故に、小太郎が楽しむのは然るべき場所で、同意を得た然るべき相手に、然るべき手順を踏んだ場合のみ。彼こそが変態と言う名の紳士である。
「しかしまあ、居ったんか、ふうまの
「ははは、そんなに気を緩めてるから当主の座取られちゃったんじゃないか、成り損ない」
小太郎も直人も直接的に面識はない。にも拘らず、この売り言葉に買い言葉。
どちらも笑っており、雰囲気も平時とまるで変わらないが、言葉だけは相手の尊厳を踏み躙るかのようだ。
事実として、両者は互いに互いの存在を認めてもいなければ好ましくも思っていない。単に相手の怒りを誘い、襤褸を出すのを待っているだけであった。
「…………はぁ、あほくさ。そんなんより、今はこっちやね。で、鶴ちゃん、あの話は考えといてくれたん?」
「あの話、とは……?」
「何トボけてんねん。ボクとの結婚の話や」
自分から言葉による戦いを仕掛けた直人であったが、明後日の方向に視線を向けると手前勝手に切り上げて、再び鶴に向き直る。
視線を向けられた鶴は、珍しくたじろいだ。
はっきり言って、直人の行動は予想だにしなかったもの。彼女にとっては既に終わったものと考えていた。
少なくとも直人にとって、現時点で鶴の前に現れるだけの利益も意味もない。小太郎がアサギに動いて貰えば、今まで築いてきた閥を解体され、百田家内部での地位を奪れることで未来は閉ざされる。
権力欲に目の眩み、上昇志向の強い直人には落ちぶれていくなど耐えられまいにこの行動。意図の分からぬ鶴が不安になるのも無理はない。
しかし、それも一瞬。
小太郎には敢えて視線を向けなかったが、友人であるなおと孤路へは視線を向けた。
助けを求めたのではなく勇気を貰うため。自身に何があったとしても、頼りになる友人がいる。その事実を確認しただけ。覚悟を決めた鶴は、気丈に振舞うことを選択した。
「そのお話は破談となったはずですが」
「ええやん、ウチのアホが君のお父さんにアホ言っただけ。ボクはそんな思ってへんし、鶴ちゃんも気に入っとるし、お父さんも評価してんねんで?」
「それは身に余る御言葉を頂き、恐縮です。ですが、家にとって女児はあらゆる意味で利用価値のあるもの。私が勝手に決めるわけには……」
「それなら問題ないやろ。こっちにくれば佐郷の家も安泰。そもそも鶴ちゃんが選んでくれれば、お父さんも納得するやろ?」
「そうですね。如何に対魔忍と言えども女児を政略結婚の道具とする風潮は聊か古い。女性の自立が認められる時代ですし――――――直人様がどうしても、と仰るのであれば私も考えないことはありませんが」
「――――あ゛?」
鶴の冷笑以前の嘲笑と共に放たれた言葉に、直人の態度が一変する。噴出したのは明確な憤怒。
どれだけ相手を褒め称える言葉を紡ごうと、彼の心にあるのは自尊心と周囲への蔑視。
あくまでも縁談の話も“自分が選んでやった”という前提があり、鶴の方には拒否権も選択権もありはしないと考えている。
それが逆に“自分が選ばれる”立場に堕ちている、とも取れる言葉を返されれば、女を何処までも見下している直人には耐えられまい。
チリ、と空気が熱くなる。それは火遁の行使が開始される直前に発生する気温変化。
余りにも短絡的な忍法の行使。直人に言わせれば、男と女の上下関係をハッキリとさせるための躾け。
いずれにせよ――――
「其処まで。全員、武器を収めろ。怖い婆さんが見てるぞ」
――――小太郎が介入するには十分な理由であった。
臨戦態勢に入っていたのは直人だけではない。
孤路は刀を抜き放ち、なおは何処から取り出したのか明らかに火薬式とは異なるライフル型の銃器を取り出していた。無論、鶴も鞄の中に潜ませている獲物に手を伸ばしている。
しかし、小太郎は異常なほど高まった場の緊張感を気にせず、片手で顔を覆い、もう一方の手で稲毛屋の奥を指さしていた。
その先には戸棚の陰から半分だけ顔を出し、闇よりも深い黒の瞳で四人の動向を眺めている稲毛婆の姿があった。
何の感情もない無表情。しかし、発せられる雰囲気だけは異様。胆力のない者が目にすれば、腰を抜かしそうである。
無理もない。稲毛屋は稲毛婆にとって命よりも大事な店なのだ。
彼女の半生や店が出来た経緯を知らぬ者であっても、稲毛婆がどれほど店を愛しているかは伝わっている。
そして、今なお衰えていない房術の極みもまた誰もが知っている。彼女が本気になれば、どんな男も、それどころか女ですらも、皺くちゃの老婆の虜となってしまう、と。
「おー、怖。やめややめ。アホくさぁてやってられへんわ」
「そりゃ重畳。ほら、お前等も行こうぜ。人ん家前で物騒なことすんなすんな。帰ろうぜ」
「(ご、ご尤も過ぎる……)」
直人は意外なほどあっさりと矛を収めた。
その姿に小太郎は納得して頷くと、それ以上の会話は不要と全員に帰るように促した。
直人の実力は本物。小太郎でさえ、性格さえ良ければ引き入れたいと考える実力者。
事実、なお、孤路、鶴の三人がかりであったとしても簡単には勝ちを拾えず、敗北も視野に入れていかなければならない。
それでも引いたのは、稲毛婆の存在だろう。彼女の房術は閨でしか通用しないものではない。戦闘中ですら行使が可能であり、極めて有効。もし学生側に肩入れされれば、その時点で負けは確定する。
こうした計算高さや冷静さは小太郎にとっては厄介であると同時に評価の対象でもある。だが、だからこそ鶴の前に現れるという直人の行動は奇異でしかない。
(こりゃイキリ野郎の身辺を無形に探らせた方が良いな。此処で顔を出すということは閥を解体されても構わないとでも考えてるも同然。てことは、他の家に渡りでもつけたか? 妥当なとこだと他家に婿入りして当主就任、鶴は妾にってところだが、どうにもしっくりこない。自分の閥を解体されるなんて醜聞、余所に行っても付いて回るしな…………いずれにせよ予断に過ぎんか、情報が少な過ぎる。現時点で潰すだけの理由もないし、様子見に徹するしかねぇ)
不可解な行動にある程度の予測を立てるものの、小太郎は得心にまで至らない。
余りにも直人周りの情報が少な過ぎた。幽玄から何の情報もないところを鑑みれば、またしても当主に秘して何らかの行動を起こしていると見るべき。
相手がどんな細工を施しているか分からない以上、軽々に動く訳にもいかない。あくまで無関係を装いたい小太郎は、直人が力業で訴えるか、佐郷親子の処遇に口を挟まなければ動けない。面倒な相手であった。
「鶴ちゃん、また迎えに行ったるさかい、待っとってやぁ」
「何なんだ、あの人は……!」
「(私、あの人嫌い)」
「ごめんなさい、二人とも。それに、若様も……」
「鶴ちゃんは悪くない……!」
「(そうそう、あの人が悪い)」
「別に。全部分かった上でやったことだし。取り敢えず、今日は帰ろう。穂稀先輩は鶴と死々村先輩を送ってくれ。話の続きは明日学校で」
矛を収めたものの、鶴自体を諦めるつもりはないのか、手を振りながら声を掛けきた。しかし、誰一人として振り返らない。
小太郎や鶴などよりも遥かに憤っていたのは、友人である二人。
なおは真っ直ぐに怒りを示して歩き方が荒々しくなっている。孤路は行動にまで現れていなかったが歪んだ表情から幽憤が漏れていた。
そんな二人に、鶴は申し訳無さから心苦しそうに俯いていた。
最後の挑発は敢えてのもの。直人を刺激することで目的の一端で見えてくれば、と考えてだったが、結果がこうではそうもなろう。
しかし、二人は気にした様子はなく小太郎もまた同様。鶴の置かれている状況は知っている上に、元凶が目の前に現れた。言動としても問題はあったわけではない。寧ろ、一触即発の空気を醸し出したのは他ならぬ直人であり、非は彼方にあった。
離れていく背中を上辺だけの微笑みで見送った直人は、舌打ちをすると四人とは逆方向に歩き出す。
相変わらず、稲毛婆が店の奥から睨み付けてきていたが全てを無視し、懐から携帯を取り出して通話を開始する。
「ああ、ボクや。アンタの話、乗ったるわ。ええ加減、アホくさぁなってたところやしな。じゃ、例の場所で」
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「チッ、忌々しい」
稲毛屋から離れた路地の影から、一部始終を見守っていた何者かは舌打ちをしながら服のポケットに携帯電話を仕舞う。
その何者かこそ五車の陰に潜み、非戦闘員すらも脅かす殺人鬼。そして、鶴へと視線を送っていた者の一人。
殺人鬼は、そのまま夕暮れから夜に移り変わることで生まれた闇の中へと消えていく。
「――――ああ、待っていてくれ。私は必ず君を手に入れる。私がより高みへと至るために」
悍ましいまでの利己心から生まれる恍惚とした声色。いっそ清々しいまでの自己顕示欲と殺人欲求、性欲までも内包した感情の発露。
殺人鬼は自己の犯行に気付いて動き始めた風紀隊の面々や小太郎を警戒して監視していたのではない。殺人鬼の基準において、少年少女は警戒に値しない存在だった。あくまでも目的のために眺めていただけ。
細工は流々、仕掛けは上々、後は仕上げを御覧じろ。
まるで全てを己の掌の上で転がしているかのような、これまでの結果から生み出される全能感に浸りながら殺人鬼は多くの
しかし、殺人鬼はまだ気づいていない。
奴の思い描くシナリオには既に亀裂が奔っている。侮りと言う名の亀裂が。
殺人鬼よりも個々人の命に価値を見出さず、殺人鬼などよりも遥かに強い警戒心を持ち、殺人鬼などよりも悍ましい悪意に満ちた猛毒の刃が捻じ込まれつつあることを、奴はまだ知らない。
――――それに気付くことになるのは、恐らくはもっと致命的な段階になってからだろう。