サンタ……サンタ凜子だとぉ!?(股間にピシャーン
こ、これは引かなければ、しかし性能はそんなでもない。うぐぐ、正月にも何か来るだおるし、悩む、悩むぅ!
まあええわ。引けなかったら引けなかったで、エロ投稿して妄想で補う手が自分には存在するのだから!
あ、それはそれとして、評価と感想を下さると作者のやる気がUPしますので、よろしくお願いします! 作者は承認欲求が強い人間なんじゃ!(懇願
では、本編どぞー!
矢崎 宗一。
日本の政権を握る民新党幹事長。上院議員を8期も務める党の重鎮。
中華連合親善議員連盟会長でもあり、中華連合と手を組んで人魔の取引を牛耳るフィクサーとも言われている。
其処までの情報を手にしていて対魔忍が動かずにいたのは、政界に対する影響力が強すぎたからだ。
矢崎が倒れれば日本の政治は間違いなく混乱し、大なり小なり国民の生活に影響が及ぶ。
また政界内部の繋がり故に、対魔忍が動いたと悟られれば、余計な恐怖を他の政治家に抱かせかねず、只でさえ危うい位置に立っている対魔忍の足場が崩壊しかねない。
彼の黒い噂は、対魔忍や調査第三部のみならず、マスコミにまで嗅ぎ付けられるレベル。
女性関係のトラブル、闇の組織との繋がり、政党の活動資金の私的利用など、上げていけばキリがない。
それでもなお政治家としての地位を保てたのは、矢崎個人の政治家としての能力が優れていたというよりも、何処からか泉の如く沸いてくる金の力であった。
多額の金銭による買収行為、闇の組織を使ったライバル、或いはマスコミ関係者の口封じ。金の力があれば何でも出来る訳ではないが、この世に置いて最も強い力の一つでもある。
そして、今日もまた金の力を使い、矢崎は欲望のままに振る舞っていた。
「わぁ~~、凄いわ、先生。本当に、豪邸って感じ!」
「ふふふ。まあ、そう易々とは帰って来れないが、この程度でなければ帰ってくる気にもならん」
東京は田園調布。
東京都の世帯平均年収調査では、田園調布に住む人々の平均年収は一千万円を超え、納税金額、坪当たりの価格など、様々な面を考慮しても間違いなく高級住宅地と定義できる土地。
矢崎はそんな土地に400坪ものを手に入れ、目も眩むような大豪邸を建て、政敵に対して自身の圧倒的な資金力を誇示していた。
使いもしない十数台もの高級車。使いもしない数々の部屋。
調度品は国内国外を問わない高級ブランドを選んでおり、物の真の価値を知り得ない者であっても何となく高級感は察せる。
趣味と称して集めた様々な嗜好品には一貫性というものがない。好きだから集めたのではなく、見栄のために集めたのがよく分かり、部屋を飾るばかりで使われている気配が一切ない。
でっぷりとした肥満体を揺らしながら笑う矢崎の性質を表したかのような、無駄の塊とも言える贅の極み。しかし、この誰が見ても一目で分かる贅の凝らしぶりが頭が空っぽの女を騙すには都合がいい。
本日、矢崎はとある立食パーティーに参加してきた。
何の事はない。大企業が計画した商業施設の完成披露記念のパーティーであったが、商業施設を建てる土地の購入に関して矢崎も一枚噛んでいた故に、出席する事となっていた。
企業側としてみれば、下げたくもない頭を下げて媚びへつらわなければならない相手を招きたくもなかったが、矢崎の持つ力には従わざるを得ない。
矢崎は企業側の内心を察した上で、そうした様を見るのが堪らなく好きだった。何せ、自分が如何に強大な存在かを再認識できる。つまらない立食パーティーも、愉快痛快の極みだ。そしてもう一つ、別の目的もあった。
挨拶や接待もそこそこに、会場内を練り歩いた矢崎は一人の女性に目を付けた。
見た目は美しいが、笑い方や仕草に品がなく、たまたま家族の誰かが一山当てただけの如何にも馬鹿そうな成金女。
こうした女は一夜を共にする上で申し分がない。
無論、矢崎ほどの人物であれば、もっと生まれも育ちも良い女は選びたい放題。それだけではなく、闇の組織で調教の施された高級娼婦と数十人買うことも可能だ。
だが、素人女もそれはそれで面白い。
騙されたと分かった瞬間に見せる絶望の表情を見なると股ぐらが
女にとって未知の薬物である魔界製の媚薬で乱れに乱れさせてた挙げ句、壊してしまうのも堪らなく興奮する。
矢崎の選ぶ女は大抵、金と快楽の事しか頭にない女である。
豊富な資金力を持つ矢崎にとって、これほど堕としやすい存在は他にいまい。自宅に招き、見せただけで股ぐらを開く手軽さが何よりもいい。
「…………何だ、貴様」
お持ち帰りした女と腕を組んでリビングの明かりを灯した矢崎は発見した奇妙な存在に、頓狂な声を漏らした。
イタリアから取り寄せた200万は下らない最高級ソファの上に、我が家も同然とばかりに座っている奇妙な男がいれば、おかしな声の一つも漏れよう。
矢崎がその気になれば、屋敷の外に常に常駐している護衛兼SPが駆けつけたであろうが、男の奇妙な格好に警戒心すら浮かんでこなかった。
爪先から首下までを覆う幾枚ものプレートの取り付けられたライダースーツ。ブーツも手袋までもが一体化している。此処まではまだいい。普通でないにせよ、奇妙ではない。
何よりも目を引いたのは、馬のマスクか。そこいらの雑貨屋によくある安物のパーティーグッズだ。
顔を隠すにしたところで、もっとマシなものがあるだろうに、それだ。矢崎に浮かんだのは警戒ではなく怒り。男が何者であれ、その格好は矢崎を馬鹿にしたものでしかない。
「何だ、貴様。何処の――――」
「馬子にも衣装だな。如何にも馬鹿な男が好きそうな馬鹿女そのものだ」
「図に乗るなよ、この―――いぃぃっ!!」
「言ってくれますね。……おい、動くなよ。声も上げるな。貴様のような馬鹿な男を誘うために、馬鹿女を演じねばならず、私は不愉快の絶頂だ」
意外な程若い声に、馬鹿な若者が暴走したのかと嘲りが浮かんできた矢崎であったが、右腕に走った痛みに悲鳴を上げる。
後ろを振り返れば、一晩のお楽しみのためだけに連れ込んだ馬鹿女が右の人差し指を掴んでいた。
陽気さと無知さと品の無さを煮詰めたかのような表情は今やなくなり、理知と冷徹さを帯びた美貌が月光のように冴えている。
とても同一人物とは思えない変化であったが、変装の真髄とは化粧や髪型、衣装の変更ではなく、表情の変化にこそある。人の認識は意外なほど穴だらけで、些細な変化であっても同一人物と認識できなくなってしまうのだから。
矢崎が預かりしらぬ事だが、馬鹿女を演じていたのは他ならぬ災禍であり、馬のマスク男は小太郎である。
「さて、オレはアンタの無駄な負け惜しみを聞くつもりもお喋りをするつもりはない。深夜のドライブと洒落込もうか」
「何を、言っている。お前達、対魔忍かっ! くがぁっ! 外に何人の護衛がいると思っているっ! 此処から逃げられるとでも思っているのかっ!」
「思ってますけど? さて、車庫に行く前に外の連中に話しを付けて貰おうか。協力してくれよ、先生」
小太郎の言葉通り、事は速やかに終わった。
またしても馬鹿女を演じ始めた災禍に右腕へと絡み付かれた状態で、矢崎は冷や汗を掻きながらもそのまま外の護衛へと、外出する旨を伝えに言った。
護衛を前にするまでは、矢崎に心の余裕があった。何らかの手段を使って自分の置かれた状況を護衛に伝えれば、状況は一転し自分の有利になると信じていたからだ。
しかし、護衛は矢崎の言葉を素直に受け入れ、真面目くさった顔で頷くばかり。
明らかに慌てだした矢崎に対して多少の違和感を覚えたであろうが、異常事態に気付く事はなかった。
不思議なぞ何もない。ましてや災禍が邪眼の力を使った訳でもない。
護衛達は金で雇われただけで、矢崎に対して忠誠心は一切ない。あったところで精々が金払いの良い上客程度の認識。
普段から矢崎の身勝手な行動は目に余るものがあり、欲望のままに動く矢崎の護衛は困難を極めた。
今夜、女を連れ込んだ事に関しても、身辺警護の観点から見て不用心極まりなく、その上で家には入るなとまで言われている。
護衛にしてみれば馬鹿馬鹿しいにもほどがある。いくら金払いが良かろうが、雇い主の馬鹿さ加減の前には、真面目に仕事をする気すら失せていた。
「なぁ? 言った通りだったろう?」
「クソ、クソクソっ! 何を、何を考えている、あの馬鹿どもはっ! 何のために高い金を払ってっ!」
「誰だって馬鹿には付き合いたくはないさ。それこそ馬鹿を見るからなー」
「こ、この小僧がっ! 貴様のような若造がっ!」
「ほらほら、前見てないと壁にぶつかっちゃうぞー」
「うぉおおっ!!」
愛車である真紅のフェラーリ・カリフォルニアを矢崎に運転させ、深夜の首都高を走っていた。
助手席では災禍がドレス姿のまま日常用の義足から戦闘用の義足へと換装しており、後部座席では小太郎が馬のマスクを外して素顔で寛いでいる。
バックミラー越しに小太郎を睨み付ける矢崎であったが、カーブに差し掛かり、迫ってくる壁に悲鳴を上げながらハンドルを切る。
既のところで激突を免れた矢崎であったが、心休まる余裕などはない。敵である災禍に睨みつけられ、小太郎にはドライビングテクニックもないままにスーパーカーなど保有している見栄の張りようを笑われれば当然だろう。
「では、私はこれにて」
「あいよ。んじゃ、合流地点で落ち合おう」
「なあっ――!?」
既に役割を果たしていた災禍は日常用の義足を鞄に詰めると、ドアを開け放って車外へと飛び出した。
時速100kmを超える速度で首都高へと身を投げるなぞ自殺行為であったが、サイドミラーには鋼鉄の義足がアスファルトの地面を確かに捕らえた火花が映し出され、彼女の無事を告げている。
驚異的な身体能力と体捌きに唖然とする矢崎を余所に、小太郎は後部座席から荷物を片手に助手席へと移動する。
「な、何だ、それは……」
「ああ、気にするな。アンタには関係のない代物で、単なるオレの仕事道具だよ」
助手席に持ち出した荷物はやたら大きいナイロン製の袋。
縦は190cm、横は60cm。中に何かが入っているらしいのだが、何かまでは判然としない。
随分と狭くなった助手席に、身を縮めて袋と一緒に並んで座る様は滑稽ですらあった。
これまで幾度となく己と闇の組織の取引を邪魔してきた目障りな対魔忍――その若造が隣に座った状態で、密室空間に二人きり。
まして、首都高での運転中という助けの期待できない状況にあったが、矢崎にはまだ余裕があった。
これまで矢崎が殺されてこなかった理由は未だに揺らいでおらず、地位も権力も健在なのだ。殺される筈がない、精々が尋問程度と高を括っている。
彼の考えは間違いではない。間違いではないが――――それは小太郎以外の対魔忍であった場合だけだ。
「まあ、こっちは勝手に喋るから、アンタは聞いていてくれればいい」
(……それだけ? それだけのためにこんな真似を?)
矢崎は呆気に取られ、未だに小太郎の目的が見えてこずに不安を覚えたが、それ以上の大きな怒りを抱きつつあった。
拉致にも等しい行為に手を染めながら、尋問ですらなく、ただの独り言を聞けと言うのだ。
対魔忍のクズと己とでは時間の価値が違う。そんな下らない事の為に、時間を無駄にさせられた。
自身が多くの人々の時間をどれだけ無駄にさせ、人生を滅茶苦茶にしてきたかすら棚に上げ、尊大で自尊心の強い矢崎はそう考えて疑わない。怒りの一つも覚えよう。
「――水城 稲火、水城 不知火、水城 ゆきかぜ。政界の重鎮が知っているわけがないと思うけど、この三人は
小太郎は首都高を囲む壁の上から覗ける夜空と高層ビルの明かりを眺めながら、世間話でもするような気軽さで言葉を紡ぐ。
三名の名を聞いた瞬間、矢崎は自身の心臓が跳ね上がるのを感じた。
生まれてくる思考は、何処から漏れた、誰の垂れ込みだ、何処まで知っているという疑心暗鬼ばかり。ただの一言で自身を拉致した若者に対する怒りは消え失せ、言い知れぬ不安が増大していく。
しかし、其処は政治家。感情なぞ面には出さない。
政敵へと弱味など見せられない。見せた瞬間に、相手は嬉々として攻め立ててくる。矢崎にしてみれば毅然とした、他者から見れば開き直ったようにしか見えない強気の仮面を被る。
「ふん、貴様等のような狗共の名前なぞ知る筈がないだろうが!」
「いや、わざわざ答えてくれなくていいって。しかしまあ――――嘘が下手!!」
「な、何を――」
「だったら、なんでさっきから心拍数が上がってる。おや、体臭も変わったね。なんでかなぁ……?」
ぶはっ、と吹き出した少年に、矢崎はますます心拍数が増していく。
人は精神状態が変われば、兆候が現れる。
心拍数の上昇、内分泌の変化に伴った体臭の変化、筋肉の強張り、表情の歪み。上げていけばキリがない。
矢崎は自身の感情を覆い隠し、全く別の感情を表情へと表せるポーカーフェイスを気取っていたようであるが、小太郎に言わせればてんで素人に過ぎなかったようだ。
「4年前の水城 稲火、水城 不知火へ任務を流すように仕向けたのはアンタだろう?」
「…………だ、だから知らんと」
「おや、会話の前に沈黙を挟んだね。何か必死に考えてんのかい? だから答えなくていいってば。分かりやす過ぎて馬鹿馬鹿しくなってくるからさぁ!」
ケタケタと腹を抱えながら笑う青年の姿は陽気そのものであったが、矢崎にしてみれば既に怪物と大差なく映っている。
実際のところ、小太郎は面白くも何ともない。ただ、これが彼のやり口なのだ。
限られた情報から推察し、確証のない推察をまるで見てきたかのように語る。表情から仕草にまで気を使い、既に全てを知っていると錯覚させ、いま行っているのは尋問ではなく、単なる確認作業に過ぎないのだと思い込ませる。
高圧的に尋問するよりも、よほど効果的だ。精神状態が常から変化すればするほど、人はボロを出すのだから。
矢崎が絡んでいると踏んだのは、4年前の任務の情報が民新党内部を通って齎されていたからであり、また情報を流してから調査第三部に持ち込まれるまでの期間が異様に短かったから。
今現在、日本のあらゆる業界、機関は闇の勢力に汚染されきってこそいないが、かなりの数が喰い込んできている。政界も例外ではない。
現状況下で闇の勢力にとって不利益となる情報を対魔忍へと流せば、当然目を付けられ、政治家生命のみならず命までも狙われかねない。ただでさえ魔窟と呼んでも差し支えない政界の中で、それは致命的だ。
つまり、そこいらの政治家が情報を流すのならば、もっと慎重な手段を用いるはず。そして慎重な手段を用いれば用いるほど、当然のように時間も掛かってしまう。
この摂理を一切気にしない政治家など二つに一つ。
己の保身を考えず、この国の明日を純粋に憂う理想と正義に燃える本物か。
強大な権力を持っているが故に自らの安全が保障され、既に闇とも繋がりのある似非か。
本物であれば半端に己の存在を隠すような真似せず、堂々と名を明かした上で情報を流す。
その方が、敵を増やしてしまうが同時に味方も増える。調査第三部にせよ、対魔忍にせよ、政界内における目と耳は欲しいのだから。
今回の件に関して言えば、偽情報という前提からして似非の仕業だと分かろうというもの。
更に言えば、民新党の有象無象を黙らせ、闇の勢力からの報復を心配しなくてもいい権力と金を有した人物など、幹事長である矢崎 宗一をおいて他にはいない。
「不思議と言えば不思議だよ。アンタはその三人に直接的な恨みはない筈なんだ。三人が関わった任務にアンタが不利益になるような任務はなかったからね」
「………………」
「とすれば、こっちを動かすように仕向けたのはアンタだが、アンタにそう動くように命令した誰かが居ると考えた方が自然だ」
「…………、っ」
「こっから先は情報がないんで推測に推測を重ねるばかりで恥ずかしいが、アンタに命令できそうな奴となると、アンタの叔父さんかな? ほら、妖怪とか呼ばれてる鷲巣グループの会長。パトロンみたいだしね」
「ふ、ふん、貴様如きに分かる筈もなければ、言う必要すらない!」
「おやおや、強気になったね。外れている事が当たりってとこかなぁ。ダメだよ、先生。こういう時は何を言ったって墓穴になる。追い詰められた奴は、沈黙が正解。そっちの方が格好も付くからさぁ」
最早へらへらと笑う事すらせず、毒蛇か毒蜘蛛を連想させる薄気味の悪い光を宿した瞳を向けられ、矢崎は歯を食い縛って怒りと恐怖に耐えた。
年若い小僧に良い様に見透かされ、弄ばれ、簡単に情報を引き抜かれる。彼にしてみれば、かつてない屈辱の経験である。
今すぐにでも雄叫びを上げて、目の前のクソガキを殴り倒したい気分であったが、相手は対魔忍であり、首都高での運転中。出来よう筈もない。
此処を過ぎればどうとでもなる、と溜飲を無理矢理下げて己を納得させていた。
この屈辱は忘れない。民新党の全ての力を以って対魔忍に圧力を掛ける。
それだけではない、この小僧の素性のみならず家族も知人も調べ上げ、男は汚泥に塗れさせ、女は目の前で犯してやると暗い欲望を滾らせる。
本当に、呆れ果てた男だ。
今、自分の置かれている状況というものが、如何に後戻りできない段階にまで進んでいるのかに気付いていない。
これまで彼の安全が保障されてきたのは、彼が手にした金と権力、更には未だに正体の見えない後ろ盾があったからこそ。
この首都高の密室という場所では、金、権力、後ろ盾の力も届きはしないというのに。
更に、小太郎が素顔を晒している意味にも気付いていない。
これは仕方がないか。今現在、対魔忍の大半は顔を隠さない。闇の勢力に対する抑止力として、名前と顔を売る方が効果的であるとアサギが実証してしまったが故に。
だが、小太郎は抑止力ではなく、抑止力としての効果など必要とは思っていない。
対魔忍はあくまでも暴力装置。事が起きれば速やかに排除を実行し、安寧を守ればいい。名前も顔も売る必要性は皆無。暴力装置は事態に対して有効に機能を発揮するだけで十分と断じている。
そんな彼が素顔を晒している。ならば、矢崎の結末はもう約束されているも同然で――――
「なっ?! 何だ、何をするっ! 何を考えている、離せっ!!」
「いやぁ、最近は飲酒運転への風当たりがきつくなったよなぁ。捕まりゃ一発免停、事故でも起こそうもんなら関係の無い奴にまで叩かれる。ダメじゃないか、今時ドライブレコーダーの一つも付けとかないなんて。だからこういう目に合う」
「き、貴様、まさか……」
小太郎は助手席から車のハンドルを握り、固定した。
今は直線だからまだ良いが、緩やかなカーブに差し掛かっただけでも事故は免れない速度が出ている。
更に言えば、パーティーに出席している以上は酒も飲んでいる。今ですら吐息からアルコール反応は検出されるだろうし、死後でも司法解剖の結果、表沙汰となる。
狙いが何であるのかを察した矢崎は蒼褪めた表情で小太郎を見るが、彼は既に明後日の方向を向いて興味はなさげであった。
「ああ、因みにオレの仕事道具の中身なんだけどね、雪ちゃんって言うんだ」
矢崎の与り知らぬところではあるが、ナイロン製の袋の中身は昨夜発見されたさる小金持ちの子女の遺体だ。
年の頃は災禍に近く、性格の悪さから結婚が出来ずにいた上、両親の教育の甲斐なく定職にも付かずに遊び歩いていた。
更には単なる遊びでは飽き足りなくなった彼女は、より大きな快楽を求めて魔界の薬物に手を出した。結果は、薬物の過剰摂取による
「センセーショナルだよなぁ。飲酒運転して事故った政治家の助手席には、薬物中毒で死んだ女の遺体。マスコミはほっとかないだろうね」
「け、警察がこんな事件を見逃すはずがあるかっ!」
「ああ、アンタも警察上層部にお友達が多いんだっけ? 奇遇だね、オレもだよ。但し、こっちは現場の人間の方が多いがね」
矢崎がそうであるように、小太郎にも個人的な伝手がある。
但し、矢崎のように金と権力による繋がりではなく、義と肯定に満ちた繋がりである。
先程語った通り、行政機関である警察の内部にも闇は手を伸ばしている。
犯罪行為の看過、身内の起こした行為の隠蔽工作。端金を受け取る汚職。
決して犯罪者に膝を屈してはならない彼等であったが、闇からの誘惑により彼等自身が犯罪者となる本末転倒ぶり。
だが、終わりではない。
この堕落に対して抗おうとする者は居る。己が職務を全うしようとする者も居る。自身が踏み止まる事で、少しでも世界を良くしようとする者は決していなくならない。
小太郎が選んだ協力者は、そういった者達だ。誰に笑われようとも、得にも利益にもならなくとも、精一杯の勇気と誇りだけを胸に前を向く者。彼等は決して裏切らない。裏切るにしても理由は明白、大事な誰かが人質に取られた時だけ。
法の内で足掻く彼等に情報を提供し、彼等の誇りを満たした上で正当な評価と結果を与える。
法の外で蠢く外道に手の届かない彼等に代わって、これを討つ。
ギブアンドテイクは成り立っている以上、矢崎の力任せな関係よりも遥かに健全だ。
「良、識の、良識のある者が、こんな馬鹿げた話を信じるものかっ!」
「良識? あー、そうかもね。でもさ、良識のある人間って何人だ? アンタが普段からバカにしてる国民に良識はあるか? そもそも、アンタやアンタの周りにいる政治家に良識なんかあったか? 頭に金と女と権力しかない奴を、良識あるって言えるかなぁ?」
「……はっ……はぁっ……はっ」
「少なくともオレにはないかな。アンタと同じく政治家だったら思うのは、バカが散々周りを振り回した挙句に、最後に爆弾を残して死にやがった。一国民だったら、何やらかしてくれてんだこのバカは、だ」
「違う、違う違う違うぅうっ!!」
「普段のアンタのやり方を思い出せ。金と権力を使ってのゴリ押し。これの何処に良識がある? 誰もアンタの事を認めちゃいない。おべっか使って、下げたくもない頭を下げてただけさ。内心じゃ、誰もがアンタの事を馬鹿にしてた。護衛の反応をみりゃ分かんだろ。アンタに良識があり、尊敬を集めていたのなら護衛どもは必ず止めたさ」
矢崎を支えていた心の柱を、懇切丁寧に、念入りに圧し折っていく。
興味の無い相手に此処までしたのは、小太郎自身に意識を向けさせ、己の内面へと意識を向けさせ、眼前の道から意識を逸らさせるためだ。
元より、矢崎には事故死して貰う予定であった。
対魔忍が殺したとなれば民新党は、矢崎の仇を取れと結束し、形振り構わずあらゆる手段を尽くす。
しかし、飲酒運転の末に事故死。助手席には金持ちの不良娘を乗せ、更には事故の前に薬物中毒死していたのならば、彼等はどんな眼を矢崎に向けるのか。
誰も矢崎の擁護などしまいし、矢崎の起こした事故が何者かの手によって仕組まれたものなどと疑いもしない。皆こう言う――――“ああ、やっぱり”。
それほどまでに矢崎は傲慢だったのだ。これが別の政治家であれば、誰かが事故に疑いの一つも向けたであろう。
矢崎の豪邸を出る前に護衛が見せた反応こそ、世間や周囲からの彼に対する答えであり、評価だったのだ。
「ほんじゃま、お互い来世は巧くやろうぜ。真面目に真っ当に。それが一番賢くて、誰からも認められる生き方だからさ」
「た、助け……」
「オレ? オレに言ってんの? 助けを求める相手が間違ってる。アンタが頼りにしてるのは金と権力だろ? そっちに頼むべきだ。オレ個人としても嫌だね。ただでさえ面倒な話をこれ以上面倒にするのは。安心しなよ、このスピードだ。痛いと感じる暇もない即死だからさ」
「あ、ぁあ、あああああああああああああああああ――――――あっ」
その言葉を最後に、小太郎は車外へと跳び出した。
車内に残った矢崎は狂ったように絶叫し、ブレーキを何度も何度も踏み締めるが、小太郎が細工していないわけもなく。
矢崎が最期に見たのは、首都高の分岐点の壁だ。
如何な鋼鉄のボディと言えども、時速150kmの速度であっては分が悪い。
凄まじい轟音と共にフロント部分は壁を砕きつつもひしゃげて潰れ、衝撃のエネルギーは余すことなく車体を駆け巡る。
変形した車体は矢崎と娘の遺体をも原型を留めぬほどに押し潰し、漏れ出したガソリンは引火して爆発、炎上する。
轟々と燃え盛る炎と黒煙を眺め、矢崎が一か八かで車外に飛び出していない事を確認すると、小太郎は壁を飛び越える。
この時間帯、この場所に人気がない事は確認済。警察内部の協力者にも連絡済。
これにて恙無く矢崎 宗一の死は事故死として処理され、明日の朝には醜聞が日本中を駆け巡る。
「――――さてと」
さしたる感慨も見せず、感じずに一仕事終えたと息を吐く小太郎であったが、まだまだ本番には程遠い。こんなもの、まだ序の口だ。任務は暫く続く。
せめて一息と近くにあった自販機でペットボトルの緑茶を買うと、目の前にハイエースが止まる。窓越しに運転席から視線を向けていたのは他ならぬ災禍であった。
災禍が車から身を投げた付近に予め止めておいた車両に乗り込み、仕事を終えた小太郎をピックアップする手筈だったのだ。
「天音からゾクト確保の連絡がありました」
「そいつは重畳。合流地点は?」
「首都圏外郭放水路です。水城 不知火がゾクトに指定されて向かったのは其処ですので、入り口も同じかと」
「あの中途半端に作って廃棄されたアレか。まあ、予測の範疇じゃあるがな」
「それから、お気づきになられましたか?」
助手席に小太郎が乗り込むと、災禍は合流地点へと車を走らせ始める。
必要な情報を伝えたが、締め括りの言葉は主語が抜けていて何を指しているのか判然としないが、小太郎には理解できたようだ。
「ああ、勿論。矢崎の護衛の中に人間じゃないのが一人混じってた。他の連中と一緒でやる気がなかったが、ありゃ淫魔族だな」
「私には其処までは分かりませんでしたが……」
「すまん。こればっかりはオレの感覚の話になるからな。上手く言語化できん」
「いえ、そのような。この手の観察において、若様が外した事はありません。信頼しております」
魔界には様々な種族が存在しており、淫魔族もその内の一つ。
見た目は人間と大差はなく、戦闘に特化した種族でもないが、危険度と脅威度に関しては猛獣を遥かに上回る。
彼等は知的生命体を魅了し、その精を啜る。直接的な性交を行うものは下位も下位。上位の淫魔ともなれば、相手を夢の世界へと引きずり込んで弄ぶだけで精気を吸収できる。
謀略や策謀に秀で、魔界では数々の戦争を引き起こして漁夫の利を得てきた種族である。
小太郎の感覚は正しく、矢崎の護衛の中には淫魔族が紛れ込んでいたのは確かに事実であった。
しかし、それはそれでおかしな話だ。
矢崎が知っていたのなら、護衛は人間など使わずに魔界の住人で固めてしまえばいい。金は掃いて捨てるほどある男だ。人間よりも強靭で優秀な護衛を雇うことも可能であったはず。
逆に淫魔側が身分を偽って紛れ込んだ可能性もあるが、淫魔としても素性を明かしてしまった方が報酬額を釣り上げられるはず。
どうにも話が噛み合わない。今現状の情報で最も可能性が高いのは――――
「矢崎の背後にいた何者か。今回、水城 不知火を陥れようとした仕掛け人の配下、と見るのが自然でしょうね」
「矢崎も手駒の一つに過ぎん訳だ。淫魔族自体が関与しているのかも知れんが、今は断定できんな。アレはアレで種族内で派閥がある上に個人主義みたいだし。今は、可能性の一つとして考えるに留めるべきだろうよ」
―――――
――――
―――
――
―
「おっ、いたいた」
東京には、建設途中で破棄された様々な施設がある。
元は第二の都心となるべく造設され、今や人種どころか種族の坩堝となり、大小様々な犯罪組織が入り乱れる東京キングダムこそ、その最たるものだろう。
そして、首都圏外郭放水路もそういった建造が中止され、破棄されたものの一つ。
東京地下100mの場所に位置する治水を目的とした施設であったが、未完成のまま放置されて久しい。
破棄された施設は、浮浪者や密入国者のみならず、魔界の住人の溜まり場となりやすい。東京キングダムもそうして政府ですら手のつけられない闇の歓楽街へと変化していったのだ。
独立遊撃部隊が合流地点に選んだのは施設の調圧水槽。
長さ117m、幅78mのコンクリートの柱が59本も床と天井を繋いでいた。
天井に備え付けられた照明は光を放っており、かろうじて闇を退けている。破棄されたにも拘わらず、電灯が生きていたのは何処かの電線から違法に盗み引かれたものだろう。
「来たか、小太郎」
「名前で呼ぶんじゃねぇよ。今は隊長だ」
気配を殺して接近した小太郎と災禍を最初に気付いたのは紅だった。
安堵と喜びからとは言え、いきなり名前を呼ばれた小太郎はジロリと睨み付ける。紅はわたわたと慌てて両手で口を塞ぎ、やってしまったとばかりにしゅんと項垂れた。
知っていたとは言え、幼馴染のポンコツぶりには彼も呆れるばかり。場数を踏んでいけば成長も期待できるが、今はこれが限界だろう。
「で、コイツが奴隷商人のゾクトか」
「な、何なんだよ、テメェらはっ! オレは契約通りに定期連絡してただろうがっ! 話が違うじゃねえか!」
「ああ、そりゃ悪かったな。だが、こっちも状況が変わったんだ。水城 不知火が独断専行した可能性がある。その上、この任務は罠の可能性が高いんでな」
「お、オレが嘘を付いてるとでも言いてぇのか……」
「いや、嘘だろうが事実だろうがどっちでもいい。オレ達にはお前の言葉がどっちなのか判断する術がない。自分で直接確かめるだけさ」
奴隷商人ゾクトは、地面に両膝を付いた状態で両手を後頭部で組んでおり、その状態で天音の義手で肩を掴まれていた。
拘束されてこそいないが、逃げられもしない体勢だ。ゾクトのような肥満体では、とてもではないが彼女達からは逃げられず、少しでもおかしな動きを見せれば、ふうまに伝わる体術の達人である天音に即座に首を圧し折られるだろう。
自分の置かれた状況が、命懸けの綱渡り染みたものであることを悟っているのか、ゾクトは情けない表情で喚き散らしていたが、小太郎は気にした風もなく淡々と事実だけを告げる。
元々は別件で捕縛された小悪党だ。
元より魔界の住人であり、魔族と呼ばれる有力種族の下層貧民であった。
表向きは人間に扮して輸入業を営んでいるが、実態は人間や魔族の区別なく需要のある知的種族を狩り出し、売り捌く事を生業としている。
本来であれば、対魔忍の誅戮対象であるが、ヨミハラに関する知識と商売の人脈を買われ、不知火の任務を協力する見返りとして無罪放免が約束されている。言わば、司法取引のようなものだ。
跪いたゾクトに視線を合せ、内心を探るように覗き込む。
奴隷商人など他者を道具としか思わず、強者には媚び諂い、弱者には尊大な態度を取る。
今、ゾクトの表情にあったのは恐怖だ。但し、対魔忍からの命令を守っていたのに何故、という困惑混じりのものではない。まさか、もしや、という疑心暗鬼に取り憑かれている。まるで悪戯をした子供が説教を恐れているかのような稚拙さだ。
他の五人にはただ怯えているようにしか見えないが、人と殆ど見分けが付かない淫魔族を遠目で見ただけで見抜くほどの観察眼には、その怯えの理由は明確に読み取れた。
これは自身の裏切りがバレたのか、と判断に迷っているからこその恐怖であり不安なのだ。
案の定の結果に、小太郎は思わず溜め息を漏らしそうになったが、ぐっと堪えて視線を天音に向け、肩に乗っていた手を外させる。
(とは言え、奴隷商人なんぞ御覧の通り旗色が悪くなればすぐに鞍替えする連中。コイツは仕掛け人と直接の繋がりはないだろう。精々、駒の一つと繋がっている程度か。使えねー)
手駒を動かすだけで、慎重かつ用意周到に自身の存在を隠蔽している仕掛け人が、我が身可愛さから何でも売ると分かっているゾクトに、自身に繋がりかねない情報を渡している筈がない。
元より期待などしていなかったが、こんな奴隷商人を連絡役に選んでしまったアサギに溜め息しか出てこなかった。
とは言え、アサギはアサギで慎重に検討は重ねていたし、ゾクトの裏切りの可能性を考えなかったわけではない。
ゾクトとの取引に際して、他者の心を覗く読心術を使える東雲 音亜を同席させて、心の内を覗かせた。その結果として、任務に利用できると決めたのだ。
ただ、アサギと音亜が見誤ったのは、ゾクトの無計画さと尻の軽さだ。取引時は我が身可愛さに心から協力したを約束したものの、その後になって身勝手な被害者意識と利益追求から、任務開始直前になって裏切りを決意した。
その時点で、ゾクトの頭からは自分の命が脅かされる可能性など欠片も残っていなかったであろうし、どういうわけだか裏切りは完璧に成功するものと思い込んで、失敗の可能性を考えてすらいない。
此処まで無計画で、すぐにでもバレるような思い付き染みた裏切りをするなど誰も思わない。今回はアサギが馬鹿だったと言うよりかは、ゾクトがアサギの予想を上回る馬鹿だったから巧く行かなかったのである。やはり馬鹿は様々な意味で怖い。
「お前がこれからやるのはヨミハラへの道案内だ。こっちとしちゃ、他に手段もないもんでね」
「へ、へっ、冗談じゃねぇ。元の契約と違うじゃねぇか。それとも何か、アンタはオレに見返りをくれるってのか?」
「流石は馬鹿だ。見境がない」
「ハッ! 口の聞き方には気をつけろ! 誰がテメェみたいなクソガキのためにタダ働きするもんかよっ!」
小太郎が自分を必要としている。自分にはまだ値打ちがあると踏んだゾクトは、弱気な表情から一転して下卑た笑みを浮かべる。
こうした利益になるものへの嗅ぎ分けは見事であったが、付き合う側にしてみれば鬱陶しい事この上ない。
殺される心配はないと分かった瞬間から増長を見せ、既に自分が裏切っていた事など頭にない様子だ。
余りの変化に紅は唖然とし、凜子は呆れ返り、ゆきかぜは苛立ちを募らせる。
小太郎は思わず引き攣った笑みを浮かべたが、その後ろでは災禍が頭痛でも感じているのか眉間に皺を寄せて、呻き声を漏らしていた。
「貴様、何だその口の聞き方は。貴様の前に居る方をどなたと心得る」
「知った事かよ! 何処にでもいるようなクソガキじゃねぇかっ! 何だったら、男好きの変態でも紹介してやろうか!? あぁ?!」
「……オレは黄門様じゃねぇよ? ちょっと落ち着け。頼むから落ち着いてくれ」
「誰がテメェの言う事なんぞ聞くもんかよっ! オレァ十分落ち着いてるぜっ!」
「お前に言ってんじゃねぇんだよなぁ……」
全員から注目を浴び、いい気になっていたが、皆の視線が自分ではなく背後に向けられている事に気が付く。
ゾクトが背後に視線を向けてみれば、肩を掴んでいた時と同じ位置で天音が笑みを浮かべていた。但し、額には青筋が浮かび上がっている。
本来笑うという行為は攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点であるという。
((((…………アカン))))
「貴様如き下衆が図に乗るな。もう許さん。貴様は絶対に許さん」
「な、何なんだよ! この女、突然っ?!」
言葉を紡ぐ毎にボルテージが上がり、天音の表情からは笑みが消え失せ、忠犬から狂犬にクラスチェンジ。
小太郎が無言で頭を抱える中、残りの四人はスンッと擬音が聞こえる無表情で全てを諦めた。
小太郎が居る前で、小太郎を罵ればこうなる。
その敬愛ぶりと来たら、向けられている彼自身ですらドン引きするレベルだ。
「オレが聞きてぇよ。おい、顔は止めろよなぁ、顔は」
「はっ! 承知致しました死ねぇぇっ!!」
「げぼぉおおぉぉおぉっ!!!」
【速報】 狂犬天音、返事をしながらゾクト氏の鳩尾に向けてサッカーボールキック。
100キロを超えるであろう肥満体が宙を舞い、10mは離れた位置に落下する。
失神さえ許されなかったゾクトは腹を押さえて蹲り、盛大な勢いで吐瀉物を撒き散らした。
見るも無残な状況であるが、天音はまだ足りぬと怒気を膨れ上がらせて歩み寄っていく。
「よくも隊長を罵倒したな、よくも、よくもォオ! 貴様如きが罵倒するなどどういう料簡だ貴様ァアア!! 万死に値する……万死に値するゥ!!」
「わー! タンマ、ちょっとタンマ! 殺しちゃうのはマズいからっ!」
「天音殿ォッ! 落ち着いて下さい何歳ですかっ!」
「名前を呼ぶな、馬鹿者ォッ! 今年で25だっ!」
「その歳でこの落ち着きの無さはマズいぞ、執事としてもマズいからっ!」
「ほらっ! 隊長も止めてよぉ!!」
「やだよ、怖い」
「…………はぁ」
ゲロゲロやっているゾクトに、万死万死言っている天音。
紅は羽交い絞めに、ゆきかぜは胴に跳び付き、凜子は真正面から、三人掛かりで止めようとするが止まらない。
ゆきかぜから助けを求められた小太郎であったが、本気で顔を蒼褪めさせながら首を振って拒絶する。まさにカオスな事態に、災禍は盛大に溜息を吐くのであった。
それから五分後――――
「ほら、どうどう。ステイ、ステイステイ」
「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」
「あ、がぁっ……何なんだよ、その狂犬はぁっ!」
「あー、まあなんだ。悪かったな、手荒に扱って。それで? 協力する気になったか?」
「だ、誰が、協力なんざ……」
「あっそぉ。なら仕方ないな」
三人掛かりで抑えられた天音は、小太郎が前に立った事でようやく落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ興奮しているらしく息が荒い。
天音の狂暴さに恐怖を覚えるゾクトであったが、小太郎へは隊長と呼ばれてはいるが、所詮は単なる若造という認識しかないらしく、まだ強気に出ている。
無理もない。隊長でありながら天音を御し切れていないのは一目瞭然で、年齢相応に部隊の長としても日が浅いと考えるのは当然だろう。
彼の考えに訂正を入れるのならば、小太郎は御し切れていないのではなく、必要のない部分まで御さないだけという点か。
人を扱う上では肝心な所だけ押さえておけば、後は好きにさせていい、というのが彼の考えだ。それ以上をやろうとなると、余計な反発も生みかねず、掛ける手間に対して効果が期待薄なのだ。
事実、天音はゾクトを殺してもいないし、小太郎の名も自身の名前も明かさなかった。小太郎の基準に沿えば、十分に制御の範疇である。
更に容姿というものは人を判断する上で重要な要素であり、醸す雰囲気よりも分かりやすく、誰の眼にも似たように映る。
その点、小太郎は失格だろう。少なくとも、何処にでもいる青年の一人にしか見えない。
あからさまに己を侮るゾクトに、当然だなと納得し、小太郎は災禍に視線を飛ばし手を伸ばした。
すると、災禍は小太郎に変わって背負っていた彼の装備品から一丁の拳銃を投げ渡す。
FNX-45。
Fabrique Nationale社製のForty-Nineを祖とする拳銃であり、米連軍の次期サイドアームトライアルに参加した過程で得たノウハウを基に作られたポリマーフレームの自動式拳銃。
同社のFNXシリーズの.45ACP弾使用であり、
FNX-45を選んだのは、.45ACP弾仕様である事と装填できる弾数が15発+1発と45口径の中では最も多いからであった。
.45ACP弾はストッピングパワーが自慢とされる弾丸であるが、実際の所は9mmパラベラム弾と威力は大差がなく反動が大きい。過分に盲信されているのは否めない。
だが、消音機との相性が良く、亜音速弾としてみれば非常に優秀だ。
9mmパラベラム弾を始めとした拳銃弾は弾頭が音速を超えてしまうために衝撃波と音が発生してしまい、減音効果を得るためには火薬の量を減らした弱装弾を使用せねばならず、ストッピングパワーの低下は免れない。
対し、.45ACP弾は元々弾頭の速度は亜音速であるために弱装弾を使用する必要がない。消音機の使用が前提であれば、こちらの方が優秀だ。
今回の任務は派手な戦闘は下策も下策。
最後の撤退時までは、殺しは避けられずとも戦闘は避けた方が自身の存在を悟られずに事を進められる以上、消音機と.45ACP弾の使用は当然の選択である。
安全装置を解除し、冷めた目と共に銃口をゾクトの眉間に向ける。
向けられた彼からニヤついた笑みは消えない。殺されるわけがない、と高を括っていた。
「くだらねぇ脅しなんざ、やめ――――ひぃっ?!」
そんなゾクトの甘い考えを撃ち抜くように、小太郎は至極あっさりと引き金を引いてのけた。
撃鉄の落ちる音にゾクトは反射的に両手で顔を覆い、情けない声を上げる。意識もあり、痛みすらない状態を確認すると、信じられないものを見る表情で小太郎を見た。
「おいおい、勘弁してくれ。弾入ってねぇのかよ。弾くれ弾ぁ」
「申し訳御座いません。銃など使ったこともないので」
弾丸は発射されなかった。元より銃に弾が入っていなかったのだ。
不手際を咎めるように小太郎は災禍を見たが、張本人は気にした様子もなく弾の入った弾倉を投げ渡す。
全く、とでも言いたげなうんざりした表情ながらも手際は見事だった。
素人目に見てもぎこちなさを感じさせない自然体のまま、手元に視線すら落とさずに、一切の滞りなくスムーズに再装填を完了させる。
「な、何考えてんだテメェっ……!」
「ちょ、ちょっと、隊長……!」
「別にいいだろ、殺してもさ。協力する気がねぇんだ、生かしておく理由も価値ないね。手段は他にもある。不知火さんが向かったのは此処だろ? 二、三日かかるかもしれんが他に此処を利用してる奴を待ち構えてもいいし、虱潰しに探す手もある」
慌てふためくゾクトと信じられないものを見るゆきかぜを筆頭とする三人を尻目に、小太郎は冷めた無表情のままだ。
ゾクトが指定し、不知火が向かった場所であり、ゾクトが定期連絡に関しても近場を選んでいる以上、ヨミハラへの入り口は此処と見ていいだろう。
かなりの広さはあるが、人や魔族が通れば気配は分かる。小太郎が言う通りに虱潰しに探す手もある。
入り口さえ分かってしまえば、後はどうとでもなる。
例え迷路のように入り組んでいようと、道中に無数の罠や恐ろしい怪物が居ようとも踏破する術は無数に存在する。何もゾクトを利用する必要はない。
救出任務に置いて時間は重要なファクターであるが、無理に時間を短縮しようとするのは悪手だ。
より堅実かつ確実な方法を取らねば、ミイラ取りがミイラになってしまう。それだけは何としても避けねばならない。
「わ、わ、分かったっ! きょ、協力する! 協力するから命だけは助けてくれっ!」
「えー? 別にいいよ、無理しなくても。こっちが頑張ればいいだけの話だし」
「わ、悪かった! 今までの事は全部謝る、この通りだっ! お、オレだって自分が可愛い! い、命だけは、命だけは勘弁してくれっ!」
小太郎の怒りも苛立ちも感じさせない静か過ぎる態度に、ゾクトは蒼褪めた顔で土下座をしてみっともなく命乞いをする。
先程とは180度違う態度に、三人娘はホッと一息を吐くと同時に溜飲の下がる思いであったが、天音は未だに怒り心頭で災禍に諌められていた。
小太郎は銃口を向けたまま、暫くゾクトの様子を眺めていたが、やがて撃鉄と共に銃口を下ろして肩を竦める。
「まあ、其処まで言うなら、
「か、感謝するぜ、旦那ァっ!」
「薄気味悪いから媚びるな。おい、
(クク、案の定油断してやがる。アレだけ名前を呼ぶなって言ってのによぉ。バカ対魔忍がっ!)
脚に縋り付くような勢いで擦り寄ってくるゾクトを、一瞥すらせずに小太郎は指で天音を呼ぶ。
ゾクト以外の全員が小太郎の言動に気を取られていて気づかなかったが、ゾクトは顔を地面に向けたままほくそ笑んでいた。
何の事はない。不知火の身柄を売った時と同様に、彼等も同じ罠に嵌めるつもりなのだ。
彼女を売ったのはヨミハラにある娼館。元々娼館の主とは取引があり、以前から対魔忍の奴隷を欲しがっていた事を思い出して、ほぼほぼ思いつきに近い形で決行した。
今回もそうすればいい。もっとも、娼館は娼婦を専門に扱っており、男娼は専門外。これから自分を軽んじた男が、どんな地獄に堕ちるのかを想像するだけで笑いが止まらなかった。
「若、よろしいのですか?」
「構うな。それからお前には別行動を取って貰う」
「えっ!? し、しかし、ヨミハラは危険ですし、若の執事たる私が離れる訳には……」
執事たる自分が、その上自分だけが小太郎の傍を離れるように命じられ、天音は難色を示した。
災禍は兎も角、後からやってきた三人を連れて行くというのに、自分は置いていかれる。置き去りにされてしまったかのようで納得が行かない。
「お前にしか頼めん事だ、聞き分けてくれ」
「承知しましたっ! お任せ下さい!」
しかし、小太郎の
食い気味に返事をした表情は、0.2秒前までは落ち沈んでいたというのに、今や喜びに輝いて頬が紅潮していた。
凄く扱い難いようでいて凄く扱い易く、いや、やっぱりちょっと扱い難い天音に小太郎も微妙な表情であった。
彼が命じたのは、五車学園内における偽装工作であった。
今回、彼は隊長として作戦の指揮を取るだけでなく、災禍と共に諜報員や工作員としての役目も熟さねばならない。
それはまだいい。配属された人員が諜報・工作関係に使える人材ではなかったし、元々対魔忍はそちらの方面が弱い。忍なのに。
問題なのは、隊長としての己と前線で戦う己を切り離し、周囲や敵から別人だと認識され続ける事だ。
彼は己がこれまでアサギの無茶振りや仲間の尻拭いを投げて寄越され、成否如何は兎も角生き残れてきたのは相手が己の情報を知り得なかったと断じている。
顔を覆い、名前を偽り、存在を消す。だからこそ、敵は正体不明の敵を侮り、或いは恐れ、本来の実力を発揮できなかった。堂々と存在を明かすよりも、ひたすらに隠蔽した方が何かとメリットが多い。
ふうま再興のため、独立遊撃部隊を隊長として任された以上、任務を成功させるほど敵味方問わずに存在を知られてしまう。
それは仕方がない。そうでもしなければ、ふうま再興など夢のまた夢だ。名と実、この二つがなければ誰も納得などしない。
故に、小太郎の方針はこうだ。
隊長としての己は、学園内に留まり通信装置を使って指揮を行っていると周囲にそう思い込ませる。そして現場では、全くの別人に成りすまし、現在の独立遊撃部隊に足りない部分を補う、である。
隊長としての自分と隊員としての自分を作り出し、他者には別人として認識されるだけでもメリットはある。
隊長としては五車学園を動かない安楽椅子探偵ならぬ安楽椅子隊長でいればいい。
周囲にはそう認識されていれば、万が一、対魔忍の内部に裏切り者が居たとしても、出たとしても、寝返りを打った側に正確な情報を渡せない。
隊員としては敵に部隊の要であると発覚せず、紅達のように名も顔も売れた者の裏に隠れて好き放題に出来る。
そもそも作戦指揮官が最前線に出るなど愚行も愚行。小太郎は分かっていながらも人材不足故に出なければならないが、これで自身への注目を薄くし、リスクを極限できる。
「では、私は五車学園に戻りますっ! ご武運を!」
「よぉし。そんじゃま、ヨミハラに行ってみますか。鬼が出るか蛇が出るか。はたまたもっと恐ろしいものが出てくるか。行ってみてからのお楽しみ、ってな」
これから赴く都市も任務にも適さない、やる気もなく緊張感もない脱力しきった緩い声。
既に任務の成功を確信していたからか、はたまた更なる苦労を感じ取っての諦念からであったのか。それを知る者は、小太郎以外には誰もいなかった。
ほい、というわけで、矢崎登場と同時に死亡&狂犬天音だいたいこんな感じ&ゾクト登場も既に先行きに暗雲漂ってる、の回でした。
設定的にはユキカゼ1&2を混ぜた感じ。例のあの人が背後にいて、矢崎が動いてたイメージですねー。
だが、だがぁ! それだけじゃない面白くないので、例のおっさんやら、別のおっさんやら、別の厄ネタやら、別のあの娘が出てきたり、どぅおんどぅおんカオスにしていっちゃおうねー!
では、次回もお楽しみに!