対魔忍RPG 苦労人爆裂記   作:HK416

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前回までのあらすじ!


矢崎「ぎゃあああああああああ(事故死」

若様「さて、ゴミ処理完了。明日には日本の政治が引っ繰り返るだろうけどだいじょうぶだいじょぶ。政治家の良い所は掃いて捨てるくらいいることだからね。日本は民主主義だ。皆でリスクを背負おうぜー」

ゾクト「ば、馬鹿かテメ――――ぎぃいいぃぃぃっ!!!」

天音「若様を罵倒したな! 万死に値する……万死に値するゥ!!」

若様「こっわ(ドン引き」


というわけで、次の話なんじゃぁ~^^

イベントまだ走りきってないけど、このタイプのイベントはほんと苦行だな。周回一周に時間を取られすぎるのよぉ。ぼちぼちやってこうね、ぼちぼち。

そして今後とも感想と評価をよろしく!

では、本編をどぞー。




ヨミハラ到着。そしてやっぱり居るあの御方

 

 

 

 首都圏外郭放水路を後にして数時間。

 ゾクトを含めた独立遊撃部隊一行は、調圧水槽の一角に偽装されていた入り口からヨミハラへの道を進んでいた。

 

 広大な放水路から一転し、狭い坑道は息が詰まる。

 剥き出しの岩盤が木材によって補強されている様は、まるで明治に栄えた炭鉱のよう。

 十数mおきに天井へと設置された粗末な照明が唯一の光源であり、辛うじて足元を照らすばかり。

 

 薄暗い通路にはじっとりと湿った空気に満ちていて、無数の横道が伸びている。

 闇はそこかしこに存在しており、坑道に満ちる土や埃の匂いに混じり、獣を連想させる生臭さが漂う。

 異様な空気は不安を誘い、ふとした瞬間に横道から得体の知れない何かが飛びかかってきそうであった。

 

 

(後北条氏の隠し鉱山が東京の地下にあると聞いた事はあるが……それを元にして作ったのか、はたまた一から掘り進んだのか。どちらにせよ、暇なもんだな)

 

 

 坑道の様子を見るに、機械の類は使っていないだろう。岩盤の様子から手彫りらしき癖が伺える。

 無言のまま坑道の様子を探っていた小太郎は、魔族や魔族に与した人間の涙ぐましい努力に呆れ返っていた。

 裏でこそこそとこんな事に労力を費やすくらいなら、表で真っ当な職について労力を費やした方がマシだ。

 確かに世界の裏側、闇の領域では短期間で膨大な金が手に入るであろうし、欲望に正直に生きられるが、その分だけ命の危険に曝され、生活自体が長く続かない。

 そんな事なら、実社会の中でこつこつと努力を積み重ねた方が建設的だ。窮屈で柵だらけの人生だろうが、命の危険もなく生活も長く続く。真っ当であればあるほどに周囲には信頼に値する人間で満ち、不安のない一生を送れる可能性が高い。

 

 どちらをより良い選択かは個人の感性に委ねられるが、少なくとも小太郎には後者が最良であるようだ。

 

 

「だ、旦那ぁ。此処から先は……」

 

「猫撫で声で話しかけるな、気持ち悪い。どうした、さっさと行け」

 

「旦那はご存知ないかもしれやせんが、此処から先は完全な闇の領域でさぁ」

 

 

 ヨミハラへの道程を先導させられていたゾクトは脚を止め、揉み手しながら媚び諂った笑みを貼り付けて振り返る。

 調圧水槽で見せたものとは180度違った態度であったが、小太郎はおべっかを求めていないと無表情なままだ。

 しかし、ゾクトも引かなかった。彼としても引くに引けまい。此処から先の行動が、彼の目論見の成否を決めるのだから。

 

 

「この坑道にゃあ、奴隷商人どもが扱いきれなくなったオーガやトロールが野生化して住み着いてやす。それだけじゃねぇ、武装難民やらも出るって噂だ」

 

「ふん。つまり何か? 何処に誰の目があるか分からない。オレやコイツ等を拘束もせずに連れ立っていたら怪しまれると?」

 

「流石、旦那っ! 分かってらっしゃる!」

 

 

 へへぇ、と平身低頭して己を持ち上げるゾクトに、小太郎は冷めた表情のままだ。

 考えれば当然の帰結。そんな程度の事を持ち上げられた所で逆に馬鹿にされているようなものだ。

 小太郎達が油断していると思い込んでいたゾクトには、そんな考えすら浮かんでいないらしい。持ち上げれば持ち上げるほど、いい気になると思っている。

 

 これ以上、ゾクトの下手くそな演技に付き合うのも気が滅入るばかりで先に進まない。

 そう判断した小太郎は、ゾクトの前置きから察した核心を付く。

 

 にやにやと笑いながらゾクトが取り出したのは、首輪に手枷と足枷が鎖で連結された代物に、アイマスクとギャグボールの拘束具だった。

 思惑が透けて見える露骨なラインナップに、小太郎は呆れ返りながら首を降る。もう馬鹿馬鹿しくて演技すらしていなかった。

 

 

「枷だけで十分だ。残りはいらない。してもアイマスクまでだ。このギャグボール、薬も入ってるじゃねぇか」

 

「い、いや、しかしですね旦那」

 

「何か文句でも? 拘束はしているだろう。お前の実力じゃ、対魔忍を拘束するには毒に頼る外はない。散布型の毒ガスを使った体でいい。上手く誤魔化せ。それがお前の仕事だ」

 

「だ、だけどよぉ、さっきも言ったが何処に目があるのか……」

 

「それをオレ考えていないわけないだろう。さっきからずっと周囲を警戒してるよ。直線の少ない薄暗い坑道だ。精々、半径50m圏内を警戒してりゃ十分だ。オレの感覚で十分に補足できる」

 

 

 ゾクトから拘束具一式を奪い取り、ぐうの音も出ない正論で黙らせる。

 

 振り返って四人を見れば、ゾクトに対して冷たい視線を、相手をしなければならない小太郎には同情の視線を送っていた。

 同情の視線に、泣きたくなるねと本気で呟きながら、拘束具を首と手足に嵌めていく。

 後ろ手ではなく前で両手を合わさせて拘束し、続いて首と足首に輪を嵌める。但し、錠は掛けない。不測の事態に際しては、即座に行動を起こせるようにするためだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ、旦那は……?」

 

「オレは必要ないだろ。ヨミハラに男の奴隷なんて売れるかどうかも分からないものを連れている時点で違和感があるだろうが。オレはお前の新しい付き人か相棒で通せ。何のために着替えたと思っている」

 

 

 拘束具から伸びた鎖を片手に、動揺するゾクトの言葉を鼻で笑う。

 男への性技も使えるが、見た目からはそんな事は分からず男娼といった趣ではない。男である自分が奴隷という設定は無理がある。

 故に、小太郎は坑道に入る前に真っ黒なライダースーツから、薄汚れたシャツとジーンズ、その上からはまたも襤褸布のようなフード付きのロングコートに着替え、頭には右目と頭部を覆うバンダナを巻いていた。

 浮浪者のような見窄らしさは確かにカタギのそれではなく、闇の性質を表している。これならば見たことのない新顔を警戒はしても、不審には思うまい。

 

 

「お前の役割は道案内だけだ。道中をどうするかはオレが決める事、違うか?」

 

「い、いや…………そ、その通りです、はい」

 

「分かったならさっさと行け」

 

 

 己の務めを果たせと尻を蹴り上げる。

 先を進むゾクトは見えない位置で忌々しげに表情を歪めたが、次第に焦りが募る。

 少なくとも不知火に関しては今の手法で罠に嵌めた。尤も、それはゾクトの主観に過ぎず、不知火が自ら罠に飛び込んだ事を考えれば、それも疑問であるが。

 

 ともあれ、既に事態はゾクトの思惑から外れ始めている。

 なおも腹に一物抱えた奴隷商人に余裕があったのは、ヨミハラが完全に闇の領域であったからだろう。

 対魔忍が何人居ようがヨミハラほどの魔界都市をどうする事もできない。到着さえすればどうとでもなると信じて疑わない。

 

 確かに、ゾクトの考えは正しい。

 ヨミハラの全貌が知れていない状態では、如何に小太郎が率いる独立遊撃部隊と言えども分が悪い。

 しかし、それはあくまでもヨミハラという都市であって、ゾクトの命には関わりのない話だ。彼自身とヨミハラは決してイコールでは結ばれない。そもそも、ヨミハラは彼が作り上げたものでもなければ、所有物でもないのだ。

 愉快なほど滑稽で哀れな思考の間違いに気付かず、当初の予定通り奴隷商人は利用されるだけ利用される。後に待っているものは言うまでもない。

 

 

 ――――そうしてヨミハラの入り口に到着したのは、翌日の夜。

 

 

 拘束によって歩く事すら気を遣う四人の体力の消耗を考えながら、小休止を挟んだ事もあって、かなりの時間を要する道中。

 ゾクトも我が身が可愛いらしく、危険な存在が潜む坑道を慎重に進み、逃げる事なく入り口への案内を果たした。

 

 坑道を抜けると突如として天井も壁も開けた場所に出る。数十m先には派手なネオンの輝きが見えた。

 今いる場所は言わば玄関口だ。その証拠に、街の手前に首が二つある異形の犬を連れた警備兵らしき男が二人立っている。

 その直ぐ隣には守衛所なのか、はたまた詰所らしき小屋が立っており、ヨミハラへの異物の侵入を拒んでいるかのようだ。

 

 

「よぉ、ゾクトの旦那!」

 

 

 先頭を行くゾクトの姿を見つけると、警備兵の一人が声を掛けてきた。

 ヨミハラへの道案内を見込まれるほどの男だ。警備兵と顔馴染みでも不思議ではない。

 

 ゾクトは直ぐにでも警備兵に助けを求めるべきかを悩んでいたが、小太郎達は冷静に周囲を観察していた。

 

 

(オレと災禍は後詰めでいいか)

 

(監視カメラは二つ。この距離なら、ライトニングシューターが無くてもアレがある)

 

(私と紅は警備兵と犬か)

 

(素手でも十分に仕留められる)

 

(さて、お手並み拝見させて貰おうか)

 

 

 異形の犬が鼻をヒクつかせて匂いを嗅ぐと、地獄の其処から響くような低い唸り声を上げる。

 対魔忍用の特殊警備犬は対魔粒子を嗅ぎ分ける。ヨミハラへの潜入を困難としている要因の一つだ。

 

 小太郎もこれの鼻を騙せるとは思っていない。今、この場に居る者達に対魔忍とバレたところで構いはしないのだ。

 

 

「ゾクトの旦那、まさかこいつら……」

 

 

 犬の変化を目にした警備兵はゾクトに確認を取ろうとし、ゾクトはどの言葉を口にすべきか悩んだ瞬間――――

 

 

「「――――!」」

 

 

 ――――紅と凜子が自ら拘束具を解いて、地を蹴った。

 

 事前に打ち合わせなどしていない。そんなことをしてはゾクトが何をしでかすか分かったものではない。

 二人が今回の作戦について必要な部分は何かを考えた上で、行動した結果である。犬の鼻を騙せぬ以上は仕方がない。まずはこの門を一時的に制圧する、と。

 

 反応したのは人間よりも遥かに高い身体能力を有する二頭の警備犬。

 凶暴な爪と牙を有する魔獣を相手に、一見すれば徒手空拳の乙女二人では分が悪く見えるが――――仮にも逸刀流と心願寺流を修めた身。両流派の歴史は長く、無手のまま敵を屠り去る技も少なくない。

 

 凜子は飛び掛かってくる犬の首に向けて弧を描く軌跡で爪先を減り込ませ、紅は大きく振り上げた肘を喉笛を噛み切られる寸前に頭目掛けて振り落ろす。

 斬撃じみた蹴撃は二つの首を同時に粉砕し、鉄槌じみた肘打は頭骨を粉々にした後に、残ったもう一方の首を両手で掴んで捻り折った。

 

 一瞬の出来事に、警備兵どころかゾクトですら驚きの余りに声すら上げられずにいる内に、ゆきかぜは雷遁の術を発動させた。

 

 但し、発したのは得意の雷撃ではなく、電磁波だ。

 電気エネルギーは、磁力や電磁波と密接な関係にある。小太郎は、その理屈と理論をゆきかぜに徹底して学ばせた。己の出来る事を自覚させ、其処から更に何処を伸ばすべきなのかを自覚させ、そのために何が必要なのかを自覚させる最短距離はそれだ。

 知識はゆきかぜの力となり、想像力を伸ばし、遂には新たな領域へと脚を踏み入れさせる。彼女が自身の力と知識を信じれば信じるほどに、踏み込める領域は深く広くなる。

 

 事実として、ゆきかぜはそれを現実とした。

 知識はゆきかぜの力となり、想像力を伸ばし、遂には新たな領域へと脚を踏み入れる。彼女が自身の力と知識を信じれば信じるほどに、踏み込める領域は深く広くなっていく。

 

 彼女の足を踏み入れた領域、新たな忍法を八色稲妻(やくさのいなずま)黒雷(くろいかづち)と名付けた。

 効果は単純。雷撃を電磁パルス(EMP)に変換し、周囲へと放射する。射程はまだ半径5mほどであるが、目標である監視カメラとその記録装置は圏内に存在している。

 EMPによる攻撃はケーブルやアンテナに高エネルギーのサージ電流を生じさせ、半導体や電子回路に甚大なダメージを与える。一部の軍事兵器のようにEMP攻撃を想定した防護措置が取られていない機器は一瞬で破壊される。

 

 煙と火花を伴って破壊された監視装置に気づきもせず、ゆきかぜが何をしたのか理解できぬまま警備兵は肩に掛けたアサルトライフルに手を掛けるが、余りにも遅すぎた。

 

 凜子は一人の背後に回り込むや頭頂と顎に手を掛けて、頚椎を捻り壊す。

 紅は引き金を引かれるよりも早く間合いを詰め、胸部目掛けて掌打を放ち、心臓を破裂させる。

 

 断末魔の悲鳴すらなく倒れた警備兵に、上手くいったと安堵の吐息を吐いた三人であったが――――

 

 

「「「――――っ」」」

 

 

 ――――突如として開いた守衛所の中から一部始終を目撃していた最後の警備兵が現れる。

 

 警備兵は未だ何一つ理解していない混乱状態であったが、何をすべきなのかは身体が覚えていた。即ち、異物の排除。

 アサルトライフルの安全装置は外れている。銃口を向け、引き金を引くだけの簡単な仕事だ。

 

 凜子と紅、更にはゆきかぜまで。

 三人が三人とも一度は息を吐いてしまい、次の一手が間に合わない。それでもなお動こうとする。

 

 

「あ、がっ?!」

 

 

 銃を乱射しようとした警備兵から皆を救ったのは、他ならぬ災禍であった。

 

 警備兵の死角である開け放たれた扉の裏に移動していた彼女は、高性能の義足で扉を蹴り飛ばす。

 勢いよく閉じようとした扉は警備兵の横合いからぶつかり、銃の照準どころか彼の身体を転ばせた。

 

 余裕すら感じるゆったりとした足取りで倒れた警備兵へと近づくと、首に踵を掛けて体重を掛ける。

 反射的に銃から手を離し、喉を潰す脚へと手を伸ばした警備兵であったが、悪手も悪手。彼は手にした銃で弾丸を放つべきだった。

 災禍は半端な訓練しか受けていない事を見越しており、己の役割よりも己の命を優先すると分かっていた。

 ゾッとするほど冷たい目線のまま、喜びも哀しみも嫌悪すらなく、首の骨を踏み砕いた。警備兵の唯一の幸運は、彼女の凍てついた美貌に見惚れながら逝った事か。

 

 

「一つ一つの想定が甘い。目に見えている敵にだけ気を取られるのは悪い癖だ」

 

 

 警備兵の目から光が消えるのを見届けて踵を離し、三人に向けて言い放つ。

 ぐうの音も出ないとはこの事だ。三人には悔しさすら浮かんでいない。あるのは、次の機会に失敗を活かす事だけであった。

 

 

「な、な、な、何のつもりだっ! こんな真似してただで済むと思ってんのか、この馬鹿どもっ! オレは今日からどの面下げて、ヨミハラを歩けきゃあいいんだっ!!」

 

「元より我々はこのつもりだ。お前の役割は道案内。もう用済みだ」

 

「な、何を――――っ?!」

 

「あー、よっこいしょ、と」

 

 

 警備兵を殺せば、異常を察知したヨミハラの治安維持部隊が動き出す。

 そうなれば、いずれは対魔忍の存在に気付くだろうし、対魔忍を招き入れた者を探し始めるだろう。いずれは己へと行き当たるかもしれない。

 ゾクトの顧客は東京にも東京キングダムにも存在しているが、ヨミハラとて貴重な売り場だ。此処を利用できなくなれば売上の低下は免れず、ノマドを介してゾクトの裏切りが闇の世界に知れ渡る。

 

 奴隷商人を続けるつもりである以上、対魔忍が彼の商売に目を瞑る事はあっても、先行きを心配する理由もない。

 彼が人界の中でひっそりと慎ましく、人の世の法に従って生きるつもりであるのならば、その限りではなかったが、自ら奴隷商人を続けると宣言してしまっていた。

 

 彼は、昔も奴隷商人という越えてはならない一線を自ら踏み越えた。そして今、最後の改心の機会を蹴った。

 

 何の感情も浮かんでいない怜悧な瞳と声で災禍が宣告した瞬間、ゾクトの首に革のベルトが巻き付けられる。

 小太郎が腰に巻いていたベルトを外し、背後に回り込んで背中合わせの状態で首へと掛けたのである。

 彼がそのまま前のめりになると、ゾクトの両足が地面から離れ、彼の体重全てが首への負担となって締め付けた。

 

 

「あっ……かっ……な……げぇ……ん……で……っ」

 

 

 急速に気管と動脈を締め上げられたゾクトは舌を突き出して絶息に喘ぎ、顔から出る全ての液体を吹き出させる。

 自らの陥った状況から足掻こうとも、ベルトは完全に首へと埋没しており、外す事は不可能。暴れ藻掻こうとも小太郎は器用に重心を移動させて背中から落とさない。

 

 何故と嘯く恥知らずさは、彼に売られた奴隷にしてみれば業腹だろう。

 全ては彼自身の自業自得、因果応報が招いた結末だ。単に手を下したのが対魔忍であり、小太郎であったというだけ。

 ゾクトの脳裏には走馬灯が駆け巡り、せめて最後に自ら働いた悪事の数々を懺悔する機会を与えられながらも何一つ理解することはなく、何故という疑問と共に事切れた。

 

 彼等、闇の者に懺悔など存在しない。

 そもそも、彼等の理屈は弱い方が、騙された方が悪いという弱肉強食に沿ったものである。弱者を食い物にしたところで罪悪感など抱こうはずもない。

 だからこうして不様に死んだ。彼が喰い物とした者達同様に、騙された弱者として処分された。これはそれだけの話だ。

 

 

「――――さてと」

 

「警備兵の方はどうする?」

 

「そのまま捨て置いて構わないぞ」

 

「いいの? 私達が侵入したのがバレちゃうけど……」

 

「死体を片付けても警備兵が失踪すれば誰かが侵入したのはバレるさ。なら、労力は最小限でいい。持っていくのはこいつの死体だけで十分だ」

 

「こいつは、まだ利用価値がありそうだったが……?」

 

「裏切る気満々だったじゃないか。最低限使ってやったんだ、殺したところで問題ないね」

 

 

 絞首によってドス黒く変色し、苦悶の表情を浮かべたまま死亡したゾクトの頭を爪先で小突きながら、小太郎は簡潔に告げ、背負っていた袋の中からそれぞれの得物を投げ渡した。

 

 この手法ではヨミハラに侵入した何者かが居るかは発覚してしまうが、それほど問題ではない。

 殺害方法は素手によるものであり、ゆきかぜの黒雷に関しても忍法によるものか最新兵器によるものか判然としまい。

 これでは侵入者が対魔忍であるのか、米連であるのか、魔界から来た荒くれ者であるのかも、どんな特徴があるかも分からない以上は探しようがなく、これから身を潜める小太郎達に辿り着く可能性は限りなく低い。

 

 ゾクトの死体を背負い、守衛所を抜けると更に天井が高くなっていた。

 ヨミハラの広さは縦横5km四方ほど、高さは高層ビルがすっぽりと収まってしまいそうな地下空間であった。

 地面はコンクリートで舗装されており、天井を見上げれば遠くに無数の換気口や電線、水道管、ガス管が無秩序にぶら下がっており、これらも地上のライフラインから盗まれているのだろう。

 門を抜けて直ぐには光の付いていない住宅街と思しき建物と街灯が並んでおり、中心部には地下の闇を退ける毒々しいネオンの光が煌めき、喧噪が響き渡っている。

 

 

「誰の気配もないな」

 

「と言う事は、小太郎の読みは当たっていたか」

 

「まあ、利便性や安全性、街の規模を考えれば当然そうなるだろうよ」

 

 

 一足先に守衛所から続く階段を降り、ヨミハラの地を踏んだ凜子と紅は周囲を警戒しながら告げる。

 

 ゾクトの案内してきた道程は険しく、危険な存在の巣窟であった。

 地上で得られる快楽に飽き、莫大な金と権力を持つ者こそヨミハラの客となれる。如何なるルートでその権利を入手するのかは分からないが、断言できることは一つ。そんな者達が一日以上もの時間を掛けて、小太郎達が通ったルートを通るとは思えない。

 直通のエレベーターか何かがあるのだろう。此方のルートはあくまでも従業員や関係者のためのものと考えるのが妥当だ。

 

 また、前もって得ていたヨミハラの情報から、街の規模はおおよそ推測可能だった。

 そして、ヨミハラほどの規模ともなれば、地上と同じような環境を作るには、地上と変わらない仕事と人員が必要となる。

 街の清掃を担当する者。食品の供給を担当する者。機械の修繕を担当する者。上げていけばキリがないが、環境とは刻一刻と変わるもの、そうでもしなければとてもではないが環境を維持できない。

 ヨミハラの運営側に雇われている日雇いか、雑用係のような人種は大抵が脛に傷を持ち、地上では生活できない人間か、人界に来てしまった弱小魔族が大半だろう。

 ヨミハラを訪れる者ではなく、ヨミハラで生活を送る者は全体の五割を有に超えると推測でき、それだけの数がいれば、当然のように居住区も必要となる。

 

 居住区となるのは利便性を考えれば外周部が中心だろう。

 様々なサービスの店を分散させては客の移動に時間がかかってしまう。時間が掛かった分だけ売上が落ちる。ならば、街の中心からいくつかの大通りを引いて、その周辺に集中して配置した方が合理的。自然、住民の居住区は隅に追いやられると考えるべきだろう。

 

 

「このまま壁沿いを進んで更に人の少ない区画を探す」

 

「其処を拠点にするわけね。押し入り強盗紛いの真似をするんだぁ……」

 

「不満か?」

 

「そりゃもう。でも、非常事態には非常手段。背に腹は代えられないよ」

 

 

 とても正義と誇りを重んじる対魔忍のすべきことではないとゆきかぜは嘆息したが、救出の対象が母親とあってはそうも言ってはいられない。

 もともと覚悟していたはず、と己を奮い立たせ、次に吐き出した呼気は決意の証だった。

 そもそも、小太郎事態があらゆる手段を許容し、実行してきた男なのだ。そんな男を愛し、力になると決めた時点で既に済ませておくべき覚悟。今更、迷いなど生まれようはずもない。

 

 ブレも迷いもないゆきかぜの表情に納得した小太郎は、凜子と紅を先行させて後に続く。

 前方の索敵は凜子と紅が、ゆきかぜと彼自身は周辺を、災禍が後方からの追跡を警戒する布陣のまま壁沿いを駆け抜ける。

 

 

(しかし……この感じ、やっぱり居やがるか。まだ気付いていないだろうが、こっちには爆弾兼発振器(マーカー)も居るからなぁ。気付かれるのも時間の問題ですかねぇ、これは)

 

 

 小太郎は凜子と紅の背中を追いながら、ちらりと街の中心部へと視線を向けた後に、幼馴染の背中へと視線を飛ばす。

 当の本人は全く気にしておらず、気付いてもいない。小太郎の視線にも、そして、ヨミハラに座す王の気配にも。

 

 紅だけではなく災禍すらも気付いていないだろうが、小太郎だけは本来は五感で感じ取れないはずの魔力を感知していた。黒々とした、魂そのものを押し潰すような重圧を放つ魔力を。

 

 このヨミハラはノマドが拵え、様々な組織が犇めき合う魔界に最も近い街。

 人界を侵食しようとするノマドのトップが、人界において魔界の代名詞とも呼べる王が待ち構えていたとしても何ら不思議ではない。

 

 

(問題なのは水城夫妻を狙ったのが奴かってことだが……可能性は低いだろうな。アイツ、アサギにしか興味ねーし。紅に関しても面白半分でやったんだろうし。ほんとめんどくせー奴、魔界に引き篭もっててくんねーかなぁ)

 

 

 誰もが恐れる王を肌で感じながら、小太郎には面倒という感情しか浮かんでこないようだ。

 彼にしてみれば不死の王も、力が強いだけの我儘なガキに過ぎないのだろう。無論、その力は恐れるべきであるが、思想も思考も分かり易すぎて相手にする気にならない。

 まとも相手をするだけ馬鹿を見る相手と斬って捨て、まともに相手をせずに目的だけ果たしてさっさとトンズラが正解、と無理やり己を納得させる。

 

 

(じゃけん、お仕事はさっさと済ませちゃいましょうねぇ)

 

 

 

 

 




ほい、というわけで、ヨミハラに問題なく到着後ゾクト無事死亡&ゆきかぜ達問題なく魔改造されている模様&あの人の登場フラグが立つ。

あの人が登場すれば、必然的に紅と因縁のあるあの娘も登場するわけで。
いやぁ、今回の黒幕も不知火ママン誘拐以外にも馬鹿げた事やらかしてくれているので、若様の苦労がドン。更に別の苦労が襲い掛かって倍率ドンで倍、みたいな展開になるんだよなぁ。
全く、苦労さんは酷い奴だ! さすが光の魔王、やることに容赦がないなぁ!(責任転換

では、次回もお楽しみにー!

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