私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

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第二章 ハンター(殻付き)
新装備?


朝日が昇り暖かな日差しが村を照らしている。日差しを受けた雪はゆっくりと解け、その下からは新緑の芽があちこちから芽生え始めていた。

 

長く厳しい冬の寒さが終わり暖かな春が近づいてきたのだ。

 

そして村に住まう者は春に備えての準備を始めている。その顔には冬が過ぎ春を無事に迎えられたことに対する喜びがあった。加えて村人達の血色はよく体調を崩した者はいない。

 

しかしこれには理由があった。実際には例年通り村が越冬をしようとすれば多くの餓死者が出る可能性があったのだ。その原因は食料不足である。早く訪れた冬の寒さによって十分な食料を備蓄出来なかったのだ。そして蓄えた食糧では村人全員を満たすことは出来ず少なくない数の餓死者が出る、もしくは少ない食料を巡っての殺し合いに発展する可能性もあった。

 

だがそうはならなかった。村の外、大人でも踏み込まないモンスターが跳梁跋扈する危険地帯から大量の食料を持ち帰ることで食料問題を解決したのだ。そしてこれには少なくない村人達が関わり、その中で特に一人の少年の働きの賜物であった。

 

その少年の名はカムイ、村に一人しかいないハンターであり、この村を襲った食料不足を解決した立役者である。

 

そんなカムイは村の中にある鍜治場を任されている壮年の男性、ヨタロウと向かい合っていた。だが今日はいつもと違っている。具体的にはカムイの厳しい視線をヨタロウが目を合わせないようにし、その顔には冷や汗が浮かんでいる。そして二人を後から見つめるのは村に住む老若男女が集っていた。これは娯楽の少ない村ではこのような出来事は面白おかしい話の種として扱われ見聞きしようと集まったのだ。

 

要するに十人程いる彼らは野次馬なのだ。

 

だがカムイにはそんなことはどうでもよかった。後ろでガヤガヤと騒がれようと振り返らずに厳しい視線をヨタロウに向けている。

 

「ヨタロウさん」

 

声はわずかに震え、耐えていた。何故このようなことになったのか、さぞや立派な理由があるのだろう。聞かなくては収まらない。

 

「なんだ」

 

対してヨタロウは冷や汗をさらに流し、俯いていた。

 

「俺は確かにモンスターの素材も使ってくださいと言いました」

 

注文したものを作る際に必要があればモンスターの素材を使ってもいいと言ったのは覚えている。

 

「あぁ、そうだったな」

 

ヨタロウは肯くだけだ。

 

「それを聞いたあなたは喜色満面に作業に入りました」

 

自信満々に快諾してくれたことも間違いないようだ。

 

「あぁ」

 

今度は声が小さくなった。

 

「細かく注文を付けようとしたら"俺に任せて体を治すことに専念しとけ"と言って追い出しましたね」

 

まだ痛む体を慮ってくれたのだろう。早く帰って休めと追い出したことも間違いないようだ。

 

「ハイ……」

 

……もはや敬語である。

 

「信用したんですよ。ヨタロウさんならしっかりしたもの作ってくれるって」

 

「……」

 

「えぇ、確かにできました。見事な出来です。これならモンスターにも通用するでしょう」

 

そして一息入れ、腹に力を籠める。

 

「ですが、碌に弦を引く事が出来ない強弓を作るとはどういうことですかっ!」

 

「すまんっ!!」

 

大声で怒りを爆発させ問い詰めれば帰ってくるのは謝罪だった。大の大人が少年に叱られているのはおかしいが今回ばかりはカムイの言い分が正しい。後ろいる村人達もうんうんと肯いてる。

 

なんてことは無い、カムイがヨタロウに弓矢の作成を依頼し、そして出来上がった弓矢を引き取りに行けばカムイでは全く扱えない強弓を渡してきたのだ。

 

それも目元を濁らせながら自信満々に。

 

さもありなん。

 

 

 

 

 

「うわ、すごく大きいし……ナニコレ凄く硬い!こんなのカムイじゃなくても使えないわよ。ほら、カヤも使ってみなさい。これ凄いから。あと革手はちゃんとはめてね」

 

「はい、アヤメ……何ですかコレッ!お、重い……それに何ですかコレ。えっ、これが矢ですか、嘘でしょ……」

 

「俺にも触らせてくれっ!」

 

「僕も僕も~!」

 

後ろでは渡した試作品の弓を手に持ってガヤガヤと騒いでる。持つだけで小さな子供はよろめき、大の大人でも弓をもって矢をつがえるだけでも精一杯、弦を引ける人は誰一人としていなかった。

 

ヨタロウは苦し紛れにも弁解する。

曰く、今まで弓を制作した経験はなくどの程度のものがいいか分からなかった。

曰く、貴重な資源、モンスターの素材など気兼ねなく使えるので張り切った。

曰く、モンスターに対してどうすれば致命的な一撃になるか徹夜して考え抜いた。

曰く曰く……

 

「つまり徹夜明けの変なテンションで正常な判断が出来ず、そこに試作品を作る面白さといろいろなものが加わってしまった。結果タガが外れた状態で完成したのがアレと」

 

「すまなかった」

 

大の男が自分の非を認め頭を下げて謝る。これにさすがのカムイも怒りを保てず霧散した。その代わりに胸中を支配するのは呆れだ。

 

確かにモンスターの素材などヨタロウにとっては未知の素材だ。興奮して夢中になるのも仕方がなかったのだろう。それを深く考えずに渡してしまったカムイの責任とも言えなくもない。これは授業料と考えて納得するしかなかった。

 

完成した物が誰にも扱えない強弓という代物だが。

 

「しょうがないか」

 

「いいのか」

 

「いいも、悪いもヨタロウさんしかいないんです。これから長い付き合いになるんですから」

 

次にもこんなことがないとも限らないのだ。起きた事をくよくよせず割り切って開き直るしかない。

 

「分かった、今度からはしっかりと相談する」

 

「お願いしますね」

 

「ところで修理に出した剣はどうなりましたか」

 

弓の衝撃が大きかったがカムイがヨタロウのところに来た目的二つ。一つは完成した弓の引き取り、二つ目は修理に出した剣を受け取る事だ。

 

目が覚めてから酷使した剣の状態を改めて確認すればそれは酷い有様だった。刃は大きく欠け、剣の半ばで大きく歪んでいる。これでは狩には到底使えない。自らが可能な整備の範囲を超えたそれを弓の作成依頼と同時に修理にも出したのだ。

 

「あぁ、アレはもうだめだ」

 

「ダメですか?」

 

「そうだ、刃毀れがかなり酷い。おまけに欠けた部分に負荷が集中して刀身自体に亀裂が入ってる。一体どんな使い方したらああなるんだ?」

 

「ソレは……、刃毀れした部分を使ってモンスターを、肉を斬るのではなく削るように振ったせいです」

 

刃毀れした部分で皮膚や筋肉だけでなく骨も一緒に削ったせいだった。自身も剣にかなりの無理をさせたと思っていたが、まさか罅まで入っていたとは。よく最後まで折れなかったものだ。ナマクラを通り越して廃品になってもおかしくはない有様だ。

 

「削るって、お前……鋸と間違えてないか」

 

「ごめんなさい」

 

これはさすがにカムイが悪い。

 

「まぁ分かった。だがこれは修理じゃなくて新造になる。一回作ったものだ、数日で用意できる。何か注文はあるか」

 

「いえ、同じものをお願いします」

 

「分かった。……ところでアレはどうする?」

 

アレとは試作の弓の事だ。

 

「家に持って帰りますよ。肥やしにしかなりませんが」

 

「すまんが、そうしてくれ」

 

鍛冶場には弓を保管できる空きは無い。ならば家に持ち帰るしかない。そう決まれば玩具になっている弓を回収しようと振り向いた先には弦を引こうと村の男衆が何人も並んでいた。だが周りに聞けば誰も引けていないとの事。それを聞いて改めてどれだけの強弓かと理解すると同時にもったいないと思う。

 

ーーこれが引けるようになれば狩りもだいぶ楽になって、危険もぐっと下がるのに。いや、今からでも引けるように体を鍛えるか?

 

そんなことをつらつら考えながら弓を回収する。その瞬間に起こるのはブーイングの嵐。それをするのが子供ならはわかるが大人がやると非常に見苦しい。だが娯楽の無い村にしてみればモンスターの素材で作った弓は触っているだけでも楽しいらしい。未だに文句が絶えないが、それを聞き流して弓と矢を担いで家に帰る。その後ろにはカヤとアヤメが並んで付いてきていた。

 

 

 

 

 

 

「カムイ、どうして弓を使おうと思ったの?」

 

「そうだよ、兄さんには剣があるじゃん」

 

後ろで弓についてアレコレ話していたアヤメとカヤに話を振られた。それは何故、弓を使おうと思ったのか。

 

二人にしてみればカムイの剣の腕は村一番と考えている。ヨイチ達が集会所で話した通りなら剣で沢山のモンスターを討ち取ったのだ。こんな事は村の誰にも出来はしない、例えカムイと同じ剣の腕があっても実際にモンスターと勝負になれば負けてしまうだろう。戦う度胸が足りないのだ。それは村の男達も認める程だ。

 

だから勝手に二人はカムイが剣の腕を鍛えていつか一振りでモンスターを倒すことを目標にしていると考えていたのだ。

 

ただそれは勘違いでありカムイの理由は単純なものだ。

 

「態々モンスターに近付いて斬るより遠くから仕留められた方が危険が少なくて楽だ」

 

自分から危険に飛び込む必要性を無くしたかったのだ。

 

「ふーん。でもなんで弓なの、石とか投げればいいんじゃないの?」

 

投石も馬鹿に出来ないものだ。道具を使えば当たりどころが悪ければ子供でも大人を殺してしまう危険がある。身体に当たれば無事では済まないだろう。

 

「それも考えた。威力も射程も十分だけど一つだけ足りなかったんだ」

 

「何が足りなかったの、カムイ?」

 

「連射性能」

 

それがカムイが弓を使おうと考えた理由だ。

 

「確かに投石が当たればモンスターも倒せるかもしれない。だけど俺が相手をしているモンスターは一体とは限らない。もしかしたら徒党を組んで襲って来るかもしれない。そんな時に手間暇掛けて石を投げる余裕は無いと思う」

 

投石は威力はあるが放つまでにいくつかの過程がある。それは弓も変わらないが技術で短縮可能な時間は投石よりも弓の方が良いと考えたのだ。

 

「勿論、それ以外にもある。投石は弱点以外に当たればモンスターには強い衝撃が伝わるだけで致命傷にはなり難い。けど弓なら体に矢が刺されば動きは鈍くなる、鏃の形を工夫すれば出血させることもできるかもしれない。鏃に毒も仕込むことができるだろうし。弓の方が取れる戦術が多いと思ったんだ」

 

へー、と二人は感心している。しかしこれはまだ全部が机上の理論だ。いくつかの試行錯誤は必要になり、もしかしたら投石の方が優れているかもしれない。こればかりはカムイにも分からなかった。

 

「じゃあ、あれは!村長の家にあったえーと……なんだっけ?」

 

「カヤ、それはたぶん弩だ。あれもいいが動き回る外で壊れたらどうしようもない。だったら石のほうがいいかもしれない」

 

村長の家にあったのは埃を被った弩が一つだけあったが、作りは小さくモンスターに通用するかは怪しいところだ。通用するように作り直すとなればどれ程大型化すればいいのか見当がつかない。研究するにしても先の事だ。

 

「難しいね」

 

「そうだな。やることなすことが全部手探り状態だ。一個ずつ試していかないといけない」

 

「手伝えることある?」

 

カヤが尋ねれば丁度良くカムイの腹がなった。

 

「そうだな、うまい飯を作ってくれるか」

 

「あっ、あたしも手伝う!ご馳走になってもいいでしょ!」

 

「分かったよ」

 

そう言えば二人はカムイの背中を押しながら家に向かう。まだまだ考える事が沢山ある、だが今のカムイの頭の中にあるのは二人が作る食事で一杯になった。

 


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