私の新しい仕事はハンターです   作:abc2148

27 / 37
遅くなりました。


第四章 未知との遭遇
不思議な事


彼等は小さな森に住んでいた。

 

規模こそ小さいが穏やかな森で食べ物も豊富で川には食べられる魚が泳いでいる。そこにはモンスターも生息していたが小さく気性も穏やかな個体が殆どだ。

 

毎日森と川から食料を採り慎ましく生きる。非力な彼等にとってモンスターに怯えないで生きられるこの森は楽園のような場所だ。

 

そこで住む彼等は幸せだった、真紅のモンスターが現れるまでは。

 

それはある日ふらりと現れた。彼等とは比べ物にならない程に巨大なモンスターは住んでいた森で突然暴れ出した。それだけでは飽き足らず森を壊し、住み着いていた多くの生き物達を殺した。

 

その結果として森に根付いた生態系は完膚無きまでに破壊尽くされた。

 

モンスターが存在するこの世においてそれはありふれた光景だった。強大な力を持ったモンスターが時に生態系を完膚無きまで破壊する。そして更地には新たな生態系が築かれる。

 

繰り返される営み、それがこの世界の掟だ。そして生き残るのはそれに適応した生き物だけ。

 

彼等も例外ではない。だから彼等は森を棄てるしかなかった。

 

仮に森が再生した時、そこが以前の住み慣れた森と同じ保証はない。それ以前に住処を追われた彼等には残された時間がは少なかった。

 

そして彼等も歩み出した。食糧を、住処を求めて。傷付き、涙を流し、挫けそうになりながらも新たな故郷を求めて。

 

──それが受難の旅の始まりだと知らずに。

 

 

 

晴れた空、森には生き物の気配が満ち、空からは鳥達の鳴き声が聞こえてくる。村の近くの森は以前の状態に戻っていた。モンスター──突如森に現れた紅いアオアシラを恐れて逃げた出していた動物達も森に戻っていた。まるでそんな出来事が無かったかのように。

 

その晴れた空の下に轟音が轟いた。

 

ズドン、と腹の底に響くような音の発生源はカムイ達の住む村の中、正確に言えば村を囲む崖の一角から聞こえて来た。そこにあったのは崖に突き刺さった矢だ。いや、矢の長さと太さからして杭と呼ぶべきだろう。それが村を囲む堅い崖に突き刺ささっている。そして杭より離れた場所、発射元には三人の男がいた。二人は成人しており、残る一人はまだ幼さを残した少年だ。

 

「どうだ?」

 

「威力は充分だ。……充分だが、もう少し早く撃てないか?威力があってもこれじゃあ……」

 

成人している二人の男、ヨタロウの問い掛けにヨイチが渋い顔をしながら答えている。その二人の視線の先にあるのは弩だ。だがそれは個人で携行する大きさではない。発射装置は大きく地面に固定するための台座を含めればとても持ち運べるようなものではない。弦も大人が両手を広げた位の大きさであり、もはや弩とは別の何かだった。

 

「そうだが……早く撃てるようにすれば威力が落ちるぞ」

 

「それは分かっているが……」

 

「運用方法を工夫するしかないでしょう」

 

ヨイチとヨタロウが頭を悩ませている処に少年が口を出す。大人達の真面目な会話に子供が割って入れば普通であれば怒られるか、笑って締め出されるかいずれかだろう。だが二人は少年、『ハンター』であるカムイの意見に耳を傾けている。

 

「工夫ってどんなことするんだ?」

 

「弩の数を増やす、もしくは低威力と高威力の二種類を使い分ける。数を増やすのは単純に多く用意して絶え間なくモンスターに撃ち続ける。もう一つは低威力だが早く撃てる奴でモンスターを足止め、高威力で止めを刺すといったところです」

 

カムイが語るのは今の武器をどう改良するのではなく、どう使うのかの意見だ。物は改良しようと思えば際限なく出来るものだが、そうしては時間が幾らあっても足りない。だからこそある程度の性能迄満たす事が出来たのであれば後は運用次第とカムイは考えている。

 

「ですが二種類を運用するのは止めておきましょう。用意するのも大変ですし細かく高度な連携が必要になってきます、それに……」

 

「モンスターが襲ってきて冷静に対処できる奴は少ない。だったら数を揃えて撃ちまくるしかないな」

 

実際に運用するであろうな自警団、その長であるヨイチがカムイの言葉を引き継いだ。確かにカムイの言った通り二種類を運用する方法もある、だがモンスターが村を襲っている時に自分が冷静に行動できるかと問われれば自信がない。それは自分に限らず自警団全員に言えることだ。ならば数を揃えて撃ち続ける運用が自警団に最も適しているだろう。

 

「そうと決まればヨタロウはコレを作ってくれ、完成した物から順次門に備え付けたい」

 

「了解した。カムイには何かしらあるか?」

 

「……台座かな。今回の試験でも改善されてたけどもう少し動き易くして。あと実際のモンスターは動き回るから狙い易いように照準を補助する物を付けるのはどう?」

 

「なるほど……これなら調整程度で済む。明日には出来るだろう」

 

そう言ってヨタロウは足早に自分の工房に帰って行き、その後ろ姿を二人は見送った。

 

カムイ達の住む村は過去に類を見ない危機に見舞われた。だがそれは村に住む者達全員の献身、そして一人の少年の命を懸けた戦いによって辛くも退ける事が出来た。そうして時間を掛け再び村に平和が戻った──とは終わらなかった。村人達、特に村長と自警団、そしてカムイを中心として村の防衛戦力の増強が叫ばれたのだ。

 

彼等の胸の内には共通の思い、危機感があった。現在の向上した生活環境を維持しようとした場合は村の外に出て行く必要がある。そうなれば今回の様なモンスターの襲撃には常時備えなければならない。其れを怠ればどうなるかを身を以て学び、そして理解した。

 

奇跡頼みではなく自力で対処する。そのための大まかな方針は二つ提案された。

 

一つはハンターを増やす事。

 

有事の際には村の防衛にハンターを宛がい戦力を増強する。そのためには今よりも多くのハンターを揃えようと考え……即座にそれが不可能だと誰もが理解できた。

 

現状でも村にいるハンターは二人だけ。その二人とも自警団に常時いる事は出来ず、尚且つ村から依頼される仕事も無下には出来ない。ならばとハンターを育成しようにも時間が掛かり過ぎる。カムイがアヤメをハンターとして育てるのに有した期間は二か月、それも付きっ切りで身体を鍛える処から始めたのだ。それでも速成である事に変わりなく、これでなんとか数を揃えようとした場合は一度に教える人数を増やすか期間を短縮するしかない。そしてその先に出来上がるのは粗製のハンター。戦力として当てにならないだろう。

 

残り一つは自警団の戦力を増強する事。最終的に全員がこの考えに落ち着いた。そして具体案として巨大な弩を村の門に備え付け自警団を強化することをカムイは提案した。

 

元来弩は扱うのに高度な技術を必要とせず、遠くから敵を攻撃するための武器だ。だがモンスター相手では鱗を貫けず何より生命力が強い為嫌がらせ程度にしかならない。そのため弩は無用の物と化し村長の家で埃を被っていた。

 

だがカムイは考えた──この弩をモンスターに通用する程に巨大化させればいいのではないか、と。そうであれば構造自体は弩と変わらない為、短い期間で自警団を強化する事が出来る。それだけでなく数多くの利点もある。

 

そうして対モンスター用の兵器開発が始まった。

 

「……にしても凄いものが出来たな」

 

そして二人の目の前には努力の結晶が実りの時を迎えていた。

 

「後は数を揃えるだけですが、訓練を忘れないで下さいね」

 

「そうだな、モノがあるのに満足に使えませんでしたじゃ本末転倒だ。だが、これで村に来たモンスターを命懸けで追い払う必要もなくなる」

 

そう言ったヨイチの声には多くの思い込められていた。モンスターとの戦いで後悔、恐怖、諦め、あらゆる負の感情を刻み込まれた。それでも団員として、今は彼等を率いる者として村を守ってきた彼だからこそコレの有用性が分かる。コレが村を、団員達を守ってくれる事を理解できる。

 

「──とは言っても、流石に『紅毛』が来たらどうしようも無いが……」

 

「アレは異常ですから早々に起こりませんよ。そうでなければ村はとっくに滅んでます」

 

「そう考える事にしよう。それとカムイ、名前は決まったか?」

 

「えっ?」

 

そう言ってヨイチは名も無き兵器を片手で軽く叩いていた。

 

「自警団としても名前があったほうが都合がいいし、何よりいつまでもアレやコレだと味気ないからな」

 

そう言ったヨイチはカラカラと笑い、その反対にカムイは硬直していた。

 

ド忘れであった。

 

兵器の試験と改良、それに復帰したハンターの仕事でカムイは忙しく活動していた。その為に今言われて思い出したカムイは内心で凄く慌て──たが別に慌てる必要はないと直ぐに気付いた。

 

例えこの場で答えられなくても明日顔合わせる時までに考え付けばいいのだ。そう考えたカムイは名付けを明日にすると伝える──事もなく、ぽっと頭の片隅に相応しそうな名前が浮かんできた。

 

「『バリスタ』……」

 

不意に口から出てきた言葉、それは今まで村で読み込んできたどの書物にも載っておらず誰からも聞いたこともない言葉だった。

 

「この兵器の名前は『バリスタ』です」

 

ならばこの言葉は記憶に刻み込まれたものなのだろう。だが不思議とその名前に違和感を感じることは無かった。

 

 

 

 

「それで『ばりすた』は完成したの?」

 

「ほぼ完成している。後は実際に運用して起きた問題を解決するくらいだ。あと『ばりすた』じゃなくて『バリスタ』だから」

 

「同じでしょ?」

 

「同じだけど発音が……」

 

アヤメとカムイは話しながらも視線は注意深く森の様子を観察している。何か異常は無いか、爪痕は、足跡は、匂いは、音は……。記憶にある穏やかな森の姿と比較検討しながら素早く移動する。

 

「異常無し」

 

「こっちも異常なしよ!」

 

「よし、次の場所行くぞ」

 

そして異常無しと判断した二人は次の地点に向かって走る。カムイは現状万全ではないがハンターとして活動は出来る。だが腕に余計な負担を掛けないように本格的な狩は当分の間自粛、代わりに採取や森の巡回を行なっている。アヤメはそんなカムイの補助を受け持っていた。

 

その後三ヶ所を見回り異常が無かった二人は偽装と隠蔽を施した休息所で身体を休めていた。

 

「左腕は大丈夫?」

 

「問題はない。だけど太刀を振るうには腕の動きが覚束無い、戦いは避けたいな」

 

「分かったわ、それにして森も漸く元に戻ったわね」

 

「そうだな、紅アオアシラの所為で逃げていた動物やモンスターも戻ってきた。狩も腕が良くなれば直ぐにでも再開出来るだろ!」

 

そう言ってカムイが投げたナイフは休憩所の端にある的、その中心から離れた場所に突き刺さった。

 

「外れ、惜しいね」

 

「さすがに手投げだとこの距離は無理かな?」

 

「まだ始めて四日でしょ。そんな直ぐには上達しないし、今は数をこなしていくしかないでしょ」

 

「それもそうか」

 

そう言ってカムイは的に刺さったナイフを抜き、新しく胸に取り付けた専用の鞘に納めていく。

 

「それってモンスター相手に役に立つの?」

 

「微妙だな。小さい奴なら通用するかもしれないけど、大きい奴には全く通用しないだろう。出来て嫌がらせ程度、それでも使える手は幾らあっても困らないからな」

 

「毒でも塗っておく?」

 

「いいな、嫌がらせには持って来いだ」

 

「いいでしょ。さて、もう日も昇りきったからお昼にしない?何かお腹に入れないと残りの場所も見廻る為まで持たないわよ」

 

そう言ってアヤメは保管箱を開き食糧を取り出そうとしている。その姿を一瞥した後カムイは装備品の点検を始める。この後は昼食を食べ、残った場所の見廻りをして後は村に帰るだけ。

 

その日も二人は何事もなく終わるかの様に思っていた。

 

「あれ?」

 

カムイの後ろでアヤメの疑問の声が挙がった。

 

「どうした?」

 

「食糧が減ってるの」

 

「何、見間違いじゃないのか?」

 

そう言ってアヤメの隣から保管箱を覗けば確かに休憩所の非常食が消えていた。元々休憩所の保管箱の中には二人合わせて一週間は持つ程度の食糧は入れていた。ハンターである二人が村にモンスターを誘導しない様にだ。執念深いモンスターに目を付けられた時はこの食糧で森の中を逃げ回り、完全に追跡が途切れてから村に帰る。そうした一連の想定をしているから保管箱にはそこそこの量の食糧があるのだ。

 

それが残り半分しかない。

 

これはどう考えてもおかしい。最近は大量に消費する事態に遭遇していない。それに今日の様に昼食で消費する事はあっても翌日には補充している。つまり食べて消費したわけではないのだ。

 

「確かに減っているな。……つまみ食いした?」

 

「してないわよ」

 

「知ってるよ。それじゃあ一体、……まさか幽霊だったりして」

 

「まさか幽霊なんていないでしょ」

 

「そうか。因みにこんな話を知っているか」

 

そう行ってカムイはむか〜し、むかしと即興で考えた怖い話をするが……。

 

「だから夜な夜な飢えた追放者が食べ物も探して徘徊しているらしい「嘘ね。私知ってるんだから。カムイの怖い話は昔から騒がしかった私をそうやって泣かして黙らせてきたの。忘れてないから」

 

「チッ」

 

耐性が付いてたアヤメには効果が無かったようだ。

 

「でも本当にどうしたんだろう?」

 

「そうだな、調べてみたが大した量でもないしほっといて大丈夫だろ。案外開けっ放しにしたところを鳥が取ったかもしれないし」

 

「……そうかもね。それじゃ次は鳥が取れないようしっかりと閉めておこっか」

 

「それで大丈夫だろ」

 

そう言って二人は残った食糧で食事を始めた。実際に食糧は直ぐに補充可能で大した問題でも無い。一応カムイもアヤメも犯人がモンスターかもしれないと考えた。だか二人とも直ぐに有り得ないと結論を出した。

 

仮にモンスターならば休憩所の中は荒らされ、餌のある保管箱ば壊れているからだ。そうした場合は爪痕か何かが残るがそれが無かった。だから二人は犯人が鳥の類ではないかと考えたのだ。

 

「それにしても不思議な事もあるんだな」

 

世の中にはまだまだ知らない事が多い。カムイはこの時までそう思っていた。

 

 

 

 

彼等の旅は苦難の連続だった。

 

外の世界、そこは住み慣れた森とは勝手が違った。食べ物がある場所には既にモンスターがいて、それを狙ったモンスターもいる始末。小さなモンスターもいたが大半は自分達よりも大きなモンスターで食べられそうになった回数は数えきれない。

 

だが幸いにも彼等は逃げる事に関しては優れていた。だから問題は有りつつも彼等はその小柄な体躯を生かしモンスターから逃げ続けた。

 

だがそれにも限界がある。時には逃げる為には戦利品を──苦労して集めた食料の大部分を捨てるしかない時もあった。その結果として得られる食料は僅かな物になってしまう。

 

群では慢性的に食料が不足し、限界は遠くない内に訪れる事は誰の目にも明らかだった。

 

それでも彼等は落ち込まず互いに励まし合いながら歩み続ける。いつか住処を見つけられると。

 

それでも残された時間は刻々と過ぎていき──だからこそソレを見つけられたのは幸運だった。

 

ある日、群の一匹が奇妙なモノを見つけた。それは一見では分からないが、よく見ると周りに風景に溶け込むようにあった。それの入り口らしき穴は小さく大型のモンスターは住めそうにない。

 

そして一匹は中に入っていった。もしかしたらモンスターの巣かも知れないと怯えながら。目的は食糧、モンスターの卵だ。危険だか飢えた群れの事を考えれば命を張るに値するものだ。

 

だが予想は外れ、中にはモンスターはいなかった。その代わりにあったのは沢山の道具、そして目を離す事が出来なかった箱。

 

優れた鼻が箱の中にあるものを嗅ぎ当てた。匂いに釣られ箱を開ければ、中には大量の食料が入っていた。

 

これで飢えた家族を救える事に彼は喜んだ。




次の更新はいつになるか分かりません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。