俺君に名前を付ける予定が無いので、基本的に俺君視点。
あまりシチュエーションを思い浮ばないので、銀髪ポニテクーデレ幼馴染という性癖に乗ってくださる方のリクエストを応募してみようかと。
俺は彼女とまったりとテレビを観ていた。
バイトも学校も無い休日に俺が借りてるアパートの一室にて二人っきりでのんびりと過ごす。そんな何気ない一日。二人してだらだらして、それで終わる一日を過ごすと思ってた。
朝から彼女――白木雪美(しらきゆきみ)が部屋にやって来て、怠惰な一日と言う終わりの始まりを迎えていた筈だったのに。
だが、その一日は、
「ねえ……」
煎餅片手に放った雪美の一言で、
「私を――」
壊される事になった。
「飼って」
「は?」
雪美から出た予想だにしなかった言葉に、思わずでた言葉はその一文字だった。
誰だってそうだろう。そりゃそうなるだろう。突然『自分を飼ってくれ』と言われたら、まともな反応を返せる筈が無い。まず疑うのは、単なる聞き間違えか、自分の耳がおかしくなったか、その二択だろう。
「んっ!」
雪美は俺の反応がつれない(いまの言葉でつれる反応を見せる人はコミュ力の化け物じゃないだろうか……)事が不満だったのか、語気を強めてテレビを指差す。
と、いい加減ちょっと雪美について説明をさせて頂こう。この雪美と言う女性、銀髪という特徴的な髪を形容できるなら、それはそれは誰もが思わず二度見してしまうような美女なのだが、如何せん口数が少なく銀髪と言う特徴的な髪というのも相まって人が近寄りがたい神秘的な女性なのだ。
そんなミステリアスで近寄りがたい女性と俺が何で恋仲なのかと言うと、俺達は保育園の頃からの幼馴染と言う奴で――昔から口数が少なくて、でも家が近いって知った時から仲良くしようとあれこれとしている内に、いつの間にか雪美が俺にべったりになってしまった訳で……。
で、気づいたらあれよあれよと小中高、果ては大学まで一緒の所に入学し、いつの間にか恋人になって、今は半分同棲してるというパターンで。
まぁ、うん。確かにミステリアスな所はあるけど、別に不思議ちゃんという訳じゃないし、口数が少ないだけで、割と感情は豊かだと思う。……多分。ただ、突拍子が無い所はある。こんな風に……。
そんな訳で、これが白木雪美と言う女性なわけだ。よく言えば、クール。悪く言えば、寂しがりって感じの女の子。
話を戻そう。雪美が指差したテレビに映っているのは、愛犬家特集の動物番組。
柴犬だのゴールデンレトリバーだのチワワだの、色んな犬の飼い主が『うちの○○ちゃんはとってもかわいい』だの『とっても賢い』だの言ってるだけに見える特集。
悪いけど、俺はペットを飼ったことが無いし、飼う事に憧れた事も無いからそんな風にしか捉えられない。
なんでつまらなさそうに語る番組を見てるのかと聞かれれば、今の時間帯でやってる番組は、この動物系番組を覗くと、クイズとか特別スペシャルの雑学系の番組しかなかったわけで。
俺と雪美が興味を持ったのが、こういう動物系の番組だった訳だ。
「お、おぅ」
取りあえず促されるまま番組に目をやる。そこには、飼い主に『よしよし』と声をかけられながら顎を撫でられるダックスフンドが映っている。
「カワイイな」
率直な感想。飼う事に憧れた事は無いからと言って、ペットを愛でる感性まで腐ったわけでは無い。その愛らしい姿に素直にキュートさを覚える。
「ううん……違う」
が、雪美が欲しかったリアクションはそれでは無かったらしい。
そう言えば、さっき言ってたのは『私を飼って』だったか?あの犬みたいに可愛らしくなりたいという事じゃないのか?
「気持ちよさそう……」
「……まぁ確かに」
どことなくとろんと熱で溶かされた様に瞳を滲ませる雪美。
テレビに写る犬は、目を閉じて短い間隔で呼吸をしながら全身と尻尾を大きく振るわせて喜んで居るように見える。
確かに気持ちよさそうなので取りあえず俺も同意。
「で、それと雪美を飼う事になんの関係があるんだ?」
取りあえず変な事を言いだした理由はわかった。今度は、詳しい動機を解明するフェイズ。
「君のペットになれたら……」
「なれたら?」
「毎日たくさん褒めて貰って……いっぱい撫でてくれるだろうから……」
素直に包み隠さず心の中にあることを言ってくれるのが、雪美の良い所だ。だけど、流石に今回は素直に全て伝えるのに恥ずかしさがあったみたいで、顔を誤字の方向に俯かせながら煎餅で口許隠された。
そんな雪美に感化されてしまって、俺まで顔に火が回る。最近寒くなって来たのに、また半袖を出してしまいたい位に熱くなった。
「そ、そんなのいつでもしてやんのに」
気恥ずかしさまで伝染して、いつも以上に口調も荒々しいものになる。ちょっと今の顔も見られたくないのでそっぽを向いて逃げておく。
「うん。知ってる」
一見冷たくあしらうかのような短く冷たさを思わせる言葉。だが、その言葉がでるのは、十何年に及ぶ長い付き合いに裏打ちされているからこそ。
「でも」
「でも?」
「わんちゃん達がされてる愛され方に……興味ある……」
俺のこめかみ辺りに雪美からの強い視線が集まっているのがわかる。
手を団扇代わりにして仰いでなんとか体温を下げ終えた俺は、横目で雪美を伺う。
案の定、雪美は期待が籠り過ぎてLEDの照明並の光度を放ってる。
その目をされると俺は……とても弱い。
「わかった!わかった!やってやるから!」
これが即オチ2コマというヤツだろうか。そうそうに白旗を挙げる俺に、雪美は破顔した。
「ありがとう」
昔から変わらない可憐な彼女の笑みに俺はとても弱い。その笑顔を見るためなら、世界征服を頼まれても了承できる。これが惚れた弱みと言う奴か?何か違う気もする……。
何はともあれ決まったなら善は急げだ。取りあえず雪美の顎の下を撫でればいいのだ。緊張する事はない。
と、心の中で言いつつも謎の緊張感で震える手先を雪美に伸ばすと、
「待って」
雪美から制止され、行き場が無くなった手は虚空へと縫い付けられる。
「お願い……」
そういって先程まで煎餅があったはずの手には、赤い革製のチョーカー――と思いきや紐もついてるから完全にアレ用のヤツだこれぇ!?
「ちょ!?なんでもってんだよ!」
「……ちょっと前から興味あった」
蝋燭に火が灯るように、雪美の頬がぽっと明るくなり、冷えた手を温めるように両手を頬にあて、その時に思いを馳せるように目を瞑った。つまり、『私を飼って』と言う願望は、いつもの突拍子もない事では無く、ちょっと前から望んでたことなのだろう。
基本直球な雪美が躊躇するなんて珍しいなと思いつつ、若干の及び腰で首輪を受け取ると、彼女の首に巻いていく。
雪美が望んだ事とは言え、人に首輪をつけると言う事には罪悪感を覚える。
「因みにどこで買ったんだ?」
「Am〇z〇n」
「いんたーねっとってすげー」
軽口を叩きながらも首輪を巻き終える。
朝日に照らされた雪の様に真っ白な雪美の肌に真っ赤な首輪。それに、贔屓目無しに見ても彼女は美女なので、これではペットと言うより、美女のどれ――ゲフンゲフン。美女を侍らせる背徳。中世の貴族たちはさぞ気分が良かったのだろうなと頭の片隅で思った。
首輪に繋がれたリードが俺の手の中に収まるのを確認すると、雪美は瞳を閉じて顎をあげる。
彼女がして欲しい事はもうわかってる。俺はその要望を叶える為に――彼女の顎の下に手を置き、くすぐるように撫でた。
「んっ」
色っぽい声を出す雪美。雪美の喉元は、男の俺の様なじょりじょりとした剛毛の感覚は無く、まるで氷の上に撫でる様に滑らかだった。
「んっ……ふう……」
「よーしよしよし」
新しいおもちゃを見つけた子供の様に、俺は夢中で雪美の喉元を撫でていた。最初は雪美の出す声も気になっていたが、今はそれは遠いどこかへ。今の俺にあるのは、テレビに映ってた飼い主たちの様に夢中で雪美の顎を撫でていた。
動物たちの様なモフモフのふわふわな感触こそないが、指に馴染む様な滑らかさは癖になる。病みつきになる。止まらない――!
雪美も雪美で、顎の下を撫でられるのが気持ちいらしく、口角は上がって目は細められている。
「はっー」
雪美が短く息を吐いた。そうそれは、飼い犬の様に。
その気のスイッチが入った俺は、一度雪美の喉から手を離す。
「あっ」
名残惜しそうに声を出す雪美。
『ペットになりたい』と言い出したのは彼女自身なので、言葉を発するのは自分自身で願望を犯す事になる。
俺は先程まで雪美にしていたように、空中で指をかく。
雪美は頭の回転は鈍い訳では無い。だから、その意味をすぐに理解した。
だから、脊髄反射でそれがでた。
「わん!」
普段は気を抜いてると聞き取れない位の声量しか出さないくせに、この時ばかりは俺の耳朶を強く震わせる声をだした。
「いい子だ」
多分、今の俺は生まれてから一度も浮かべたことが無いような気持ちの悪い笑顔を浮かべていた事だろう。
「はー……!はー……!」
だが、そんな事は雪美にも、俺にも関係ない。何せ今の俺らは、飼い主とペット。俺の浮かべる笑みは、全て慈悲の笑み。雪美の起こすリアクションは全て飼い主を喜ばせ自分の快楽を得るための物。
「よしよし」
「はぅ……くぅーん……」
飼い主は飼い主らしく、要望を叶えたペットに慈悲を与え、ペットはペットらしく飼い主からの深い慈悲を享受する。
そう言えば、囚人役と看守役に別れて実験すると、段々とお互いに与えられた役らしくなってくと言う実験があったっけ?
このまま続けてけば、俺達もお互いに与えられた役らしくなってくのかな。
ふと、一瞬だけお互いに与えられた役から抜けて、恋人として雪美を見てみると彼女と視線が交わった。それだけで、俺の心臓が一度強く高鳴った。眼だけで何を言ってるのかわかる。雪美も同じことを考えていたのだ。これが続けられればお互いにどうなるのかと。
俺達は仲良く手を繋いで、禁断の花園へと足を踏み入れたのだ。
俺はもう一度、雪美の顎から手を離す。
「わぅ!わんわん!」
雪美は少しでも撫でるのを止められるのが嫌らしく、またまた反射的に大きな声で『鳴いた』。もうそこに普段のクールな雪美は居ない。居るのは『ペット』の雪美だ。
このまま撫でるのを止め続けると、雪美はどうなってしまうのだろうか?もしかしたら、待てを言われた犬の様に涎を垂らすのだろうか?
そんな好奇心が鎌首をもたげるが、今は雪美を喜ばしてあげたい欲望が勝っている。
「いい子だ……」
「わぅん!」
サディスティックな笑みを浮かべる俺に、雪美はマゾヒスティックな微笑みを返した。
気が付いたら夕方になってた。
あの後も何度も撫で続け、最後はペットを抱きしめて寝る愛犬家の様に昼寝してしまったらしい。
胸の中でもぞもぞと動くくすぐったい感触がする。雪美も目が覚めた様だ。
「ねぇ……」
「うん?」
「また……やって……?」
「わかったよ」
そう言うと、心底嬉しそうに雪美が笑む。
部屋に差す西日が雪美の首輪に当たってオレンジ色の光彩を放った。