それを"何と"名付けるかはきっと貴方達次第   作:ハマグリボンバー

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それを"何と"名付けるかはきっと貴方達次第

 走る。走る走る走る走る。

 

 

 

 

 本来人が走るべき道ではなく、民家の屋根を足場にその男は走り続ける。

 顔を覆い隠すフードと、体型を予想させないロングコート、街中であれば目を引くその格好も、今は特筆すべき事柄ではない。

 異質なのはそのスピードと、常識外れな身軽さだろうか。秒速にして100メートル超、その一歩は150メートルにも届かんとするものだから、走っているというよりはもはや飛んでいると形容した方が正しい。

 

 無論。この男とて、好きでこんな高速移動などしたりしない。確かに、学生時代から『雄英のスピードスター』だの『結局タックルが一番強い男』だの、こと速さについては定評があったものの、プロヒーローになるころには取り敢えずタックルする癖も直し、民間人に被害を与えかねないような速度での移動は極力控えていた。

 

 であれば、男はなぜ走るのか。それは、誇り高き治安維持、ヒーロー活動の為…ではない。むしろその逆だ。

 

 「くそっ!くそっ!くそっ!!!」

 

 パンパンに膨れ上がったリュックサックの位置を調整しながら背後を振り返れば、未だ"憧れのヒーロー"は姿を消さない。個性の過剰使用による体調不良を悪態で誤魔化せば、自らの不甲斐なさに鼻の奥が痛くなった。

 

 

───困ってる人を助けたくてヒーローになった。

 

 一方的な理不尽によって不幸になる人々がいるのを知って、何もしないなんて出来なかったのだ。

 決して楽な道ではなかったけれど、自分の今の苦労が、いつか何倍もの苦しみを払うでのあれば、例えどんな鍛練であっても苦にならなかった。

 

 

───多くの敵を倒してきた。

 

 知能犯がいた。思想犯がいた。快楽を求めて非行に走った人がいて。どれも許してはならぬ悪だと、命を掛けて戦ってきた。

 

 今だって、それを間違っているとは思わない。胸を張って正しかったのだと叫んでやる。

 

 

───それでも。

 

 

 ギリリと、力の入りすぎた歯が嫌な音を立てる。

 

 

 それでも、例えこの行いが、男の過去の全てを否定するものだとしても。

 

 

 それでも、今、この瞬間だけは────。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー名『シューティングスター』個性『オーバーグラビディ』。

 ヒーローランキング三位。

 最年少で栄光への道を駆け上がった青年は、この日、決して上がれぬ地に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー『シューティングスター』。やや明るい茶髪が印象的で、童顔。威厳をつけようと伸ばしているアゴヒゲが壊滅的に似合わない男。

 家族構成は、両親と歳の離れた妹が1人。お金は無くとも、愛のある家庭だったという。

 高校進学時、建設業を営む実家を継いで欲しいとぼやく父に対し、「すぐに世界平和を成し遂げて帰ってくる」と約束して家を出た。父は、「それなら安心だ」と笑っていた。

 雄英高校ヒーロー科。入試倍率が300倍を誇る超名門校に合格した『シューティングスター』であったが、入学当初は、平凡な成績(あくまでも雄英高校としての)の生徒であった。

 だが、その男は半年と待たずに頭角を現し始める。

 体育祭を筆頭にした数多くの行事の悉くで首位に立ち続ける姿は、正に一つで伝説で、そこから紡がれ始めた英雄譚に、業界全体が湧いていた。

 

 ここで、それだけの成果をあげた、彼の個性について、詳細を語らせてほしい。

 

 個性『オーバーグラビディ』

 知覚した範囲内に圧力を加えることの出来る個性。ただし、圧力の方向には制限があり、自身の肉体に"引き寄せる"或いは、"弾き飛ばす"ことしか出来ない。

 出力は肉体に近いほど強くなる。最も出力の出る心臓付近では、理論上ブラックホールに匹敵するとされる。

 発動条件は、両手の指の腹を合わせること及び対象を視認していること。

 欠点は、個性を使いすぎると車酔いにも似た体調不良に襲われることだ。

 

 比較的容易な発動条件と、高い機動力や強大な出力。正義感の強い本人の性格と合わせて、ヒーローへの適正を疑う者はただの一人も存在しなかった。

 

 高校卒業後はそのままヒーロー事務所を開設。若すぎると批判も多かったが、それ以上に、輝かしいその経歴を誉め称える声の方が大きかった。

 

 順調な滑り出しだった。雄英高校で出会った恋人をサイドキックとして雇いつつ始めたヒーロー活動は、学生時代から高い人気があったことも手伝って、すぐ軌道に乗せることができた。

 

 

 

───全てが順調だった。

 

 その自信には確かな実力も伴って。

 

 

───全てが順調だった。

 

 幼き頃に夢見た世界平和は成せずとも、憧れたヒーローには確かになれていて。

 

 

───全てが順調だった。

 

 あの日。恋人がヴィランの手にかかるまでは。

 

 

 

 

 

 「二度と目を醒まさないってどういうことだよ!!」

 

 男の怒声が響く。

 勢いよく立ち上がったことにより、後方へと押されたキャスター付きの椅子が、診察室の扉に当たりカツンと音をたてた。

 今にも詰め寄らんばかりの『シューティングスター』を正面に見据え、それでも医者の男は冷静に口を開いた。

 

 「ヴィランの個性で発症した病への免疫活動として、個性が慢性的に暴走しているのです。つまり、夢見さんの個性『現夢』によって、夢見さん自身が夢の中に落ちているんです」

 

 「──っなら!その病から先に治して下されば!」

 

 「……それが出来ません。あのヴィランの個性よって発症する病は、正確には病気ではないんです。"健康であることを受け付けない"ものにするもので、病気と言うよりは、作り替えていることに等しい。言ってしまえば、今の夢見さんの状態は、医学的には何の異常もないんです。ですから特効薬もなく、かといって個性での治療も、医療組合に登録のあるものでは、夢見さんの"個性の暴走"を治療してしまうだけです。それでは根本的な解決にはならず、悪戯に彼女を苦しめるだけになってしまう」

 

 食い縛り過ぎた口内には、どこが出血したのか、生暖かい鉄の味が広がっていた。

 『シューティングスター』に医療の知識はない。医者の言っていることの全ては理解できないし、どうにもならないと告げる目の前の男に、理不尽な憤りを感じてすらいた。

 それでも、本当にどうしようもないんだろうということは、なんとなく理解できた。

 

 「……夢見は、これからどうなるんですか」

 

 ふと発された己の言葉は、驚くほど掠れていて。そこで漸く、自分が泣いてしまいそうなことを自覚した。

 

 「夢見さんの個性が暴走している限り、彼女が苦しむことはありません。ただ、あの個性による症状は進行が早く、このままでは、あと一月ももたないと思ってください」

 

 「……一月」

 

 それは、あまりにも短い時間だった。だが、衰弱し続ける彼女を見続けるには、あまりにも長い時間で。

 

 

 「……本当にどうにもならないんですか?」

 

 誰もが憧れるヒーローの掠れた声に、医者も目を伏せた。

 

 「……すいません」

 

 返す言葉が見つからない。一度、ゆっくりと息を吐き、暫しの間目を瞑った。

 『シューティングスター』は理不尽に奪われる者を救いたくてヒーローになった。目の前の医者だって、死に逝く者を救いたくて医者になったのだろう。きっと、誰かを救えない時の気持ちは両者も変わらない筈だ。

 それに、そもそも夢見を目の前で失った愚かな男が、医者の力不足を責められる筈もない。

 

 

 「──ありがとう…ございました…」

 

 医者から表情を窺われないように、腰を折りながら絞り出したのは精一杯の虚勢だ。

 これ以上無様な姿を晒すわけにはいかないと、力一杯口を引き結んだ。

 

 『シューティングスター』は、優秀なヒーローだ。

 学生時代から多くの逸話を残し、20歳という若さで、その名を知らぬ者なぞ存在しないまでに成長した。

 故にと言うべきか、『シューティングスター』が潜ってきた死線の数は、同年代のヒーローの比ではない。

 その中には、拾い上げることの出来なかった願いも多く存在した。

 人質の女性を救えなかった。背中を預けた仲間が殺された。中には、自分よりも明らかに幼い、"守るべき子供"に、身を呈して庇われた事もあった。

 

 『シューティングスター』は優秀なヒーローだ。

 いくつもの死線を潜り、いくつもの犠牲を払い、その度に男は強くなった。

 男は、大切な人の死を踏み越え、それでも走り続けられるだけの、異常で、非情で、それでいてヒーローには欠かせないだけの強さを既に身に付けていた。

 

 

───だから、今回もその悲劇の一回になる筈だった。

 

 

 決意を新たに、『シューティングスター』は、より強く、理想のヒーローとして、完成されていく筈だった。

 

 診療室からの去り際に、医者が呟いた一人言。

 

───私に、『オーバーホール』の様な力があれば…。

 

 その一言を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 『オーバーホール』とはなにか。或いは、誰なのか。自宅への帰り道、否、日が明けても尚、男の頭にはそのことしか無かった。

 あの時、あらゆる感情を自制していた男は、医者が呟いた一人言の詳細を聞くことが出来なかった。

 なにか一つ感情を表に出してしまえば、何もかもを台無しにしてしまう気がして。

 

 故に、男が『オーバーホール』の詳細を突き止めるのには、相当の時間を要した。

 

 

 「『オーバーホール』?あぁ、知ってるよ。あの死穢八斎會の若頭だろ?」

 

 公衆電話の受話器ごし、明らかに変声器を通した異質な機械音で、"フリーライター"を名乗る人間が続ける。

 

 「あんたも知ってるだろ?死穢八斎會。」

 

 「…聞いたことはあるが、詳細は知らない。個性の詳細は?今はどこにいる?」

 

 『シューティングスター』は、上擦りそうになる声を努めて抑えつつ、それでもやや早口に質問を重ねる。

 

 「いや、此方としても教えてあげたいのは山々なんだが、なんてたって相手が悪い。ヤクザもんだ。なにされるかわからないだろ?」

 

 

 白々しい男の言葉に眉を潜める。

 本当に教える気がないのであれば、知らぬ存ぜぬで通すはずだ。にもかかわらず、男は"知っているが教えない"という。

 それはつまり、自分の気が変わるだけの条件を『シューティングスター』に提示しろと言っている意味に他ならない。

 

 だが、その駆け引きを行うだけの余裕が、今の『シューティングスター』には無かった。

 

 

 「御託はいい。いくら払えばいいんだ」

 

 電話の相手が、つまらなそうにため息をついたのがわかった。

 

 「……ビジネスってのがわかってないな。逆境を楽しむぐらいの器量は見せて欲しいもんだね」

 

 そう言って、一拍の間があった。

 

 「──200万だ。明日の21時、神野公園に持ってこい」

 

 ガチャン。と一方的に通話が絶たれた。

 

 

 

 

 

 

 『オーバーホール』。

 その個性は、『分解』と『修復』。

 極道"死穢八斎會"の若頭にして実質的なトップ。

 彼の持つ個性は、限定的ながら、死者の蘇生すら可能とする。苦労もなく、夢見を救うことができるはずだ。

 『オーバーホール』は明らかなヴィランで、『シューティングスター』の倒すべき相手の一人だった。

 

 

 夕陽を浴びて赤く燃える病室で、身動ぎ一つしない最愛の女性を見つめながら、『シューティングスター』は悩む。

 

 ヒーローである自分が、倒すべき相手に助力を願っても良いのか。

 反対に、一人の男として、愛する女性を救いたいとは思わないのか。

 

 相反する二つの感情に、彼は答えを出すことが出来ない。

 "自分がどうしたいのか"や"自分はどうするべきなのか"の様な、単純な話ではないのだ。

 『シューティングスター』は7歳の時に妹が出来た。思えば、あの時から13年間、ひたすら誰かを守るために生きてきたように思う。想いは形を変えて、守るべき者も多くなったが、元を辿れば、フワリと笑う幼い妹の姿に、幸せになって欲しいと願ったのが、男の原点であったから。

 

 『オーバーホール』と繋がりを持つのは、今までの自分の行いを否定する行為に他ならない。

 

 男は、ここで選択しなくてはならなかった。過去を取るのか、或いは、未来を取るのか。

 

 いずれにせよ、ヒーロー『シューティングスター』はここで死ぬような気がした。

 

 

 ガラリと、背後で扉が開く音がした。

 

 「あら、星也くん。来てくれてたのね」

 

 入ってきたのは、目の前で眠る少女の母。何度か食事を共にしただけの関係だが、まるで実の息子のように可愛がってくれる、頭の上がらない人だった。加えて、今は夢見を守れなかった負い目もある。もう、随分と呼ばれなくなった本名で声をかけられても、目を伏せることしか出来ない。

 

 「最近は病室でも見ないし、テレビにも出てなかったから、もしかしたら塞ぎ混んでるのかもーって思ってたから良かったよ」

 

 そう言いながら、少女の母は、ベッドを挟んだ向かいにパイプ椅子を置いた。その慈愛に満ちた瞳は、自らの娘に向けられている。

 俯く男は、消え入りそうな声で、すいませんと呟いた。

 

 「……夢見、こんなに痩せちゃって。前はあんなにダイエットで苦戦してたのにね」

 

 パイプ椅子に腰掛け、その痩せこけた少女の頬に触れる。

 俯く男は、消え入りそうな声で、再びすいませんと呟いた。 

 

 「頑張ってもあと10日かぁ。前は鬱陶しいぐらい元気だったのに、──ほんと、あっという間だったね」

 

 眠る少女の顔は、ボヤけてよく見えない。

 もう一度謝ろうとしても、喉は何かが詰まったように言葉を発してくれなかった。

 

 「あーんなに星也くんが好きだって言ってたのに、星也くんを泣かすなんて……、本当に悪い子なんだから」

 「……なんで」

 「ん?」

 

 前と変わらない『シューティングスター』への気遣いに、男は問わずにはいられなかった。

 

 「なんで……、俺のこと責めないんですか。なんで、今までみたいに話してくれるんですか!だって夢見は、俺のせいで!」

 

 もし、『シューティングスター』に、もっと力があれば。

 もし、『シューティングスター』が、あの日、あのヴィランと戦わなければ。

 もし、『シューティングスター』が、ヒーロー事務所を作らなければ。

 もし、『シューティングスター』が、あの日、佐々波夢見と出会わなければ。

 

 それはただのたらればで、何の意味もない想定だ。それをわかっていたとしても、男は思わずにはいられない。

 

 自分じゃなければ、もっと良い未来になったのではないかと。

 

 情けなく喚く男に、少女の母は優しい目を向けた。部屋の照明を浴びて、目元がキラリと光る。

 

 

 

 「私も旦那も、星也くんが悪いなんて、少しも思ってないの。ほんとよ?あなたのお陰で、この子はずっと幸せそうだったもの。それに、星也くんは、夢見をこうして連れて帰ってきてくれた。感謝してる」

 

 誰かの涙が、少女の頬に落ち、その輪郭に沿って頬を伝った。

 

 「だから──だから貴方は貴方のままでいて。夢見のヒーローは、完全無欠の絶対無敵なんだって、証明してみせてよ」

 

 

 『──星也は、皆の願いを叶えて光る、決して燃え尽きない"流れ星"だから』

 

 

 

 ヒーロー、『シューティングスター』は諦めない。

 

 

 

 

 

 

 「それで、その俺に何の用だ。『シューティングスター』」

 

 元々は何かの工場であった建物の成れの果て。周囲には雑草が生い茂る廃墟の中、鉄筋コンクリートの壁越しに男の声を聞く。

 

 "フリーライター"に依頼して実現した、『オーバーホール』との会合は、決して『シューティングスター』の視界に入らないことを条件に相成った。

 とはいえ、『シューティングスター』は名の知れたヒーローだ。壁の向こうには、『オーバーホール』だけでなく、奴の腹心が何人も居ることだろう。

 

 だが、『シューティングスター』は『オーバーホール』を捕らえに来たわけではない。こんな壁一枚、部下が数名で交渉のテーブルに上がってくれるのであれば、それに越したことはない。そもそも、『シューティングスター』の目的に、彼らを個性の射程に納める必要はないのだ。

 

 

 「…あんたに頼みがある」

 「頼み?お前が、俺に?」

 「そうだ。一人の女性を治療して欲しい」

 

 その言葉に、『オーバーホール』は暫しの沈黙で返す。

 

 「確かに俺はヒーローだ。あんたが警戒するのもわかる。だが──」

 「──いや、いい。知ってる。"佐々波夢見"。あんたの恋人だろ」

 

 『オーバーホール』の口から出された恋人の名前に、『シューティングスター』は一度肩を跳ねさせた。

 

 「なんで夢見を知ってる」

 「おいおい、そっちが警戒してどうすんだよ。丁度、佐々波夢見を"そう"した連中とは前から仲が悪くてな、常に情報は入るようになってるんだ。そうじゃなくても、ニュースで騒がれてるぜ、お前ら」

 

 『シューティングスター』を筆頭にした数名のヒーローでの、『志村組』の強襲作戦とその失敗。交戦の規模やヒーロー側の被害、リーダーである『アンノウン』を捕り逃したことも手伝い、ヒーローの準備不足を問う声も少なくなくった。

 それが、話題沸騰中の『シューティングスター』であれば尚のことだ。

 

 「世間じゃお前らの失態だなんて騒がれてるが、正直良くやったと思うよ。準備不足だって当然だ。そもそも、そんな余裕は無かったんだから。そうだろう?」

 「……あぁ、そうだ。だが、それなら話は早い。」 

 「まぁ待て。俺はお前に感謝してるし、佐々波夢見だって治療できるならしてやりたいくらいだ。だが、『アンノウン』の個性が未だ不明瞭な以上、治せるなんて口が裂けても言えないさ。なんてったって、奴の個性を浴びて生き延びたのは佐々波夢見だけだからな」

 

 予想以上に前向き返答に思わず目を向く。

 

 「いいのか?」

 「俺達だって、『志村組』と渡り合う奴とやり合うのは御免だからな。だが、期待するなよ。俺だって時間を戻せる訳じゃないんだ」

 「──あぁ!!よろしく頼む!」

 

 その言葉に呼応するように、お互いを遮っていた壁が左右に割れた。

 鳥のクチバシの様なマスクをした男『オーバーホール』は不敵に嗤う。

 

 「病院に案内しろ」

 「──ペスト医師とは、いい趣味してるよ。あんた」

 

 

 

 

 

 

 「こんなところだろう。最善は尽くした。これでダメなら俺には無理だ」

 

 そう言って、『オーバーホール』は夢見の額に置いていた手を離した。

 

 「──あぁ。ありがとう」

 「ヒーローに礼を言われる日が来るとは思わなかったな。ところで、このあといきなり捕縛されるなんてことはないんだよな?」

 「ないよ。そんなことは流石に出来ない」

 

 『シューティングスター』は一度首を横に振る。

 

 「ただ、次、仕事中に会ったのなら話は別だ。俺はヒーローだ。そこだけは譲れない」

 「そこまでは期待しちゃいない。だがどうだ?八斎會もそう悪い組織じゃないだろう」

 

 ポリポリと、額を掻きながら『オーバーホール』は言う。

 

 「…あぁ、サイドキックに欲しいよ」

 「ほざけ」

 「なぁ…。ホントに無償でいいのか?犯罪を見逃してやることは出来ないが、多少の金なら──」

 「何度も言わせるな。『志村組』の件はこっちにも利があった。後は、復帰したこの女と、今度こそ『アンノウン』を潰してくれればいい」

 

 それに、治った保証はない。と『オーバーホール』は続ける。

 

 「俺は帰るぞ。この女が目を覚ました時、俺が居たら面倒だ」

 「悪いな。……ホントに、助かったよ」

 「あぁ。またな」

 

 そう言って『オーバーホール』は病室から去る。部屋には『シューティングスター』と未だ目を覚まさない少女が1人。

 廊下から足音聞こえなくなると、男は大きく息をはいた。

 

 

──終わった/もう一度始められる。

 

 夢見のタイムリミットまで、残り一週間。『シューティングスター』は成し遂げた。最後に『オーバーホール』が予想以上に協力的だったのはやや拍子抜けだったが、それも言ってしまえば日頃行いだ。 

 あの日から纏い続けていた鉛の鎧が、漸く脱げた気がした。

 

 

 「───せ…いや?」

 

 夢にまで見た愛しい声に、『シューティングスター』は弾かれる様にベッドを見た。

 カーテンからこぼれる光を浴びた少女の、アメジストの如き瞳と目があった。

 

 じわりと、視界がボヤける。鼻の奥にツンとした痛みが走り、口許が情けなく歪んだ。

 

 そんな情けない男の姿に、横たわったままの少女はフワリと笑う。長らく眠っていたからか、言葉を発するのもやや辛そうだった。

 

 「すぐになくんだから」

 「──あぁ」

 

 本当は、どの口が言うんだと怒鳴り付けてやりたかった。

 

 「しんぱいしてくれたの?」

 「──あぁ」

 

 死ぬところだったんだぞと言ってやりたかった。

 

 「いろいろがんばってくれたんだ?」

 「────あぁ」

 

 『シューティングスター』を迎え入れる様に両手を広げた少女を抱き締める。

 その身体は以前より明らかに細くなっていて、今にも折れてしまいそうな儚さを孕んでいた。

 それでも、夢見はここにいた。確かな熱を持って、その腕の中にいたのだ。

 

 「やっぱり星也は、わたしのヒーローだね」

 「……」

 

 言葉はなく、少しだけ抱き締める力を強めた。

 

 「……でもやっぱり、ヒゲは剃りなよ」

 「──うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなところでウロウロされても困りますから、早く中に入ってくださいよ」

 

 翌日も、『シューティングスター』は病院を訪れていた。

 だが、昨日あまりにも情けない泣き顔を晒したせいで、どこか顔を出しづらく、佐々波夢見の病室の前とトイレを何度か行き来していたのだ。

 

 背後でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる看護師を睨み付け、覚悟を決めるために一度深呼吸をする。

 

 よし、と短く息を吐く。緩く握った拳で胸を叩くことで気合いを注入。もうどうにでもなれと扉を開いた。

 

 

 「あ…ヤッホー、星也!来てくれたんだ」

 

 相変わらず陽射しの差し込むベッドの上で、上体を起こした夢見が、こちらに手を振った。

 艶のある黒髪と、アメジストの様な瞳。昨日と比べて、明らかにふっくらした頬とやけに鼻筋の通った鼻。

 傍らには、隠しきれないほど苦笑した彼女の母親の姿もある。

 その姿に、『シューティングスター』も思わず笑ってしまう。

 

 「そんなことに個性を使うなっつーの」

 「そんなことってなによ。ちょっと痩せすぎちゃってぜんぜん可愛くないんだもん」

 

 不意に、夢見の姿が歪む。そして、霧が晴れるように、幾分か骨の浮いた少女が姿を現した。

 

 「ちょっとぐらい気付かないふりとか出来ないわけ?」 

 「ごめんね?星也くん。朝鏡を見てからずっとこんな感じで」

 

 口を尖らせる夢見を無視しつつ、彼女の母親に、「だいたいいつもこんなんですから」と返す。

 夢見が目を覚まさなくなって3週間、『シューティングスター』の定位置になっていた場所にパイプ椅子を置いた。丁度、夢見を挟んで彼女の母親と向かい合う形になる。

 

 「星也だって可愛い方がいいでしょーが」

 

 不貞腐れた様に呟く少女に苦笑し、その手をそっと握る。

 

 「そんなことねーよ。可愛いのは散々夢で見たから、可愛くない方が現実味あって嬉しい」

 「なにそれ最悪」

 「なんでだ。つーか、個性なんか使って良いわけ?病み上がりだろ」

 「『医学的にはなんの問題もありません』だってさ。ちょっと筋肉が落ちちゃってるだけだから、一週間入院して様子を見て、その後は通院でリハビリするの」

 

 そしたら現場復帰です社長。と敬礼しながら夢見が笑う。

 

 「社長じゃねーよ。いつからうちの事務所は会社になったんだよ」

 「うわっ、そういう頭良い風なツッコミうざい」

 「俺はお前がうざい」

 

 お互いに悪態をつきながら、それでも二人は笑顔だ。

 そんな二人につられるように笑いながら、少女の母親は立ち上がった。

 

 「じゃあ、お母さんは帰るね。お父さんも明日は来れるみたいだから、楽しみにしてて」

 「あ、うん。またねお母さん」

 「お疲れ様です。また一緒に食事しましょう」

 

 夢見は『シューティングスター』にニヤニヤとした視線を向けた。

 

 「明日、お父さん来るってさ。会っていけば?」

 「……また今度な」

 「あー出た、意気地無し」

 「仕事だ仕事!顔合わせるのが怖いとかじゃないし!」 

 

 クスクスと笑いながら、少女の母親は病室から出ていく。ピシャリと音を立てて扉が閉まれば、室内には静寂が訪れた。

 

 「……お母さんもお医者さんも、私が起きたのにビックリしてたんだー」

 「スヤスヤと気持ち良さそうに寝てたからな、人の気も知らないで。何度ひっ叩きたくなったか」

 「なにそれ。悪戯してないでしょうね」

 「多少は許してくれ」

 「やだ。そうじゃなくて、皆が私は目を覚まさないって思ってたの。私もあのヴィランに触られたときはもうダメだーって思ったし」

 

 夢見はどこか遠くを見つめながら言葉を続ける。きっと、意識を失う直前の事を思い出しているのだろう。

 

 「『アンノウン』の個性は『変質』。"触れた対象の物質をそのままに、特性を変化させる力。ただし、変質させた時に生じた矛盾が一定を超えたとき、対象の物体は崩壊する"──普通は助からないよね」

 「あの時、俺がもう少しでも遅かったら間に合わなかったかもな」

 「うん。でもそれだけじゃなくて、変質させられた私を助けてくれたのも星也なんでしょ?」

 「……それは違う。俺は何も出来なかった。夢見が目を覚ましたのは──愛の力みたいなもんなんだよ」

 「あー、だから起きたとき気持ち悪かったのかぁ」

 「一生寝てれば良かったのにな」

 「すぐ茶化す。でも、ならやっぱり星也のおかげだね」

 

──お礼、言えてなかったから。

 

 そう言って少女は微笑んだ。

 

 「ありがとね。星也」

 

 きっと、星也が守りたかったのは、世界なんかではなく、その笑顔だったから。

 

 

 

 この日々を、今度こそ守りきるのだと心に誓った。

 

 だから、考えもしなかったのだ。

 そんな日常が、一週間しか続かないなんて。

 

 

 

 

 

 それは、夢見が目を覚ましてから丁度一週間経過した日のことだ。

 

 「昨日から夢見が目を覚まさない。どういうことだ『オーバーホール』」

 「そう言われてもな。……俺の力じゃ根本的な回復には至らなかったってことだろう?」

 

 カツカツと、『シューティングスター』の靴が鉄筋コンクリートの床を叩く音が響く。苛立たし気に両手を手首を弄りながら、正面に立つ特徴的なマスクをした男を睨んだ。

 対するは3人の男だ。1人は『オーバーホール』。八斎會の若頭にして、先日、夢見の命を救った男。他の二名について、『シューティングスター』は見覚えがない。『オーバーホール』同様に鳥のクチバシの様なマスクを付け、黒い道衣を着た男。細く吊り上がった目が、油断なく『シューティングスター』を見据えている。もう1人は頭全体を覆う、ペンギンの頭の様なマスクを付けた男。この男はとにかく巨大だ。身長は3メートル以上あるだろうか。標準的な身長の『シューティングスター』であっても男の腰ほどの高さだ。

 

 先日と同じ廃工場。

 だが、先日とは異なり、交戦すら意識しているのは間違いなかった。

 

 「……嘘をつくな。分解して修復したんだ。お前が力不足なんてことはあり得ない」

 「あちらの男は立場を理解していない様子。『オーバーホール』様、指示を」

 「黙れ天蓋。なぁ『シューティングスター』、俺は初めから治せるか分からないと言ってた筈だよな?」

 「それとこれとは別だろう。治せるものを治さないとは聞いてない」

 「ヒーローに身元が割れてるのに、安全策を用意しないわけないだろう。治して欲しいなら相応の物を用意して貰いたいな」

 「ふぅ……ふぅ……」

 

 

 またそれか。と『シューティングスター』は内心で毒づいた。金なら元々支払うつもりだったのだから、初めから言ってくれれば余計な手間をかけず済んだものを。

 会った時と比べ、明らかに巨大化している男を横目に見つつ、『シューティングスター』は口を開いた。

 

 「その話なら前回したと思うんだがな。──それで、何が目的なんだ」

 「──俺の手下になれ。そうしたら佐々波夢見を救ってやる」

 

 ぶちりと、『シューティングスター』の中の何かが弾けるのを感じた。

 

 

 「──論外だ」

 

 

 そう言って『シューティングスター』が動く。敵対者との距離は15メートル程度。後は両手の指の腹を合わせるだけで『オーバーグラビディ』は敵を押し潰すだろう。

 だが、それと同時に動いたのが『オーバーホール』だ。否、『シューティングスター』の言葉を予想していたのだろう。『シューティングスター』が動き出すより僅かに早く、その両手を地面に付けた。

 

 先に発動するのは『オーバーホール』の個性。『オーバーホール』の前方にある床を一瞬にして分解、茨の様に隆起し、人体を貫く矛として修復される。それは修復というよりも再構築に近く、そしてそう呼ぶには余りにも速い。

 だが、その刃が『シューティングスター』を貫くよりも、両の手が触れる方が先だ。

 そうして引き起こされるのは、爆炎を伴わない爆発だ。或いは、隕石が落下したことによる衝撃とでも形容しようか。『シューティングスター』を中心に発生した破壊の波は、鉄筋コンクリートで出来た牙を容易く食い破り、勢いを衰えぬまま『オーバーホール』に到達する。

 

 「──最大最硬防!!」

 「ふぅぅぅぅぅ!!!」

 

 『オーバーホール』を守る様に割り込む不可視の壁と巨大な男。

 破壊の波は不可視の壁を飲み込み、今や8メートルに届く巨人を数メートル押し下げたところで静止した。

 

 

───距離による威力の消耗が激しい。

 

 

 コンクリートや天蓋の個性を容易く破りながら、大男─活瓶が死んでいないことがその証拠だ。

 インターネットやニュースで見られる様な市街区での戦闘を大幅に上回る出力に圧倒されつつ、『オーバーホール』は次善の策を組む。

 

 「活瓶!!行───」

 

 あれだけ大出力をもつ『シューティングスター』に『オーバーホール』では近づくことはできない。であれば、更に距離を取る必要がある。だが、それは『オーバーホール』では不可能だ。故に、誰かがその時間を稼がなくてはならない。

 そして、その役割を担うとしたら最も相性の悪い活瓶しかいない。

 

 一瞬の判断だった。だが、『オーバーホール』の指示を遮る様に、飛来した流星が活瓶を後方へ弾き飛ばす。

 

 「───っ!!」

 

 流星の正体は『シューティングスター』に他ならない。あらゆる物体を"弾き飛ばし""引き寄せる"『シューティングスター』は、自分の身体に限り、力の方向性に制限がない。そして、その加速力は並ではない。例え20メートルに満たない加速でも、その速度は亜音速に届く。

 『シューティングスター』が、衝突の寸前に活瓶を弾き飛ばさず、かつ、吹き飛んだ身体を引き寄せることで減速させなければ、活瓶の命はなかっただろう。

 

 

 「──化物が」

 

 そう口にしたのは『オーバーホール』か或いは天蓋か。いずれにせよ二人の総意であることは間違いない。

 

 "次世代の象徴"とすら囁かれる男は伊達ではないのだ。

 

 『オーバーホール』は、再度床を隆起させ、燃え尽きぬ流星を縫い止めんとする。

 天蓋は、『オーバーホール』の近くに寄ることで不可視の壁の展開面積を下げ、その強度を上げた。

 

 

───それでも、もうここに、隕石を拒むものはない。

 

 

 

 使われなくなってから随分と経っていた廃工場は、二度目の爆発と共に崩壊した。

 地揺れすら伴いながら崩壊していく建物の中に、ポッカリと瓦礫が避ける空間がある。

 

 『シューティングスター』は、仰向けに寝転ぶ『オーバーホール』の下へと近づいた。

 両手の指は合わせたまま、周囲への警戒も怠らない。

 

 「起きろ『オーバーホール』。話の続きだ。夢見を治せ」

 

 先ほどとは明確に違う、明らかな命令だった。

 『オーバーホール』は空を仰いだまま動かない。その瞳はどこか凪いでいて、戦意は感じられない。

 

 「聞こえてるのか。夢見を──」

 「──断る」

 

 ピクリと、『シューティングスター』の眉が動いた。

 

 「……なんだと?」

 「殺したければ殺せ。捕縛するならそうしろ。なんと言われても佐々波夢見は治療しない」

 「あんた、状況がわかってないのか」

 「それはこっちの台詞だ『シューティングスター』。俺を殺そうが捕らえようが、どちらにせよ佐々波夢見は死ぬぞ。あの女を助けたいなら俺の言うことを聞くしかない」

 「……俺はヒーローだ。夢見のヒーローなんだよ。──だから、例え、夢見を殺すことになっても…!!」

 「──ならこうしよう」

 

 『オーバーホール』は勢い良く上体を起こす。よく見れば、その顔には幾つかの蕁麻疹が出来ている。

 

 「一回につき500万だ。治療のペースは週に一回。一週間で意識がなくなって、更に一週間で絶命する。先払いも後払いも無し。お前はヒーローでいられて、佐々波夢見も助けられる。俺はお前から金を貰い、お前に捕まる心配もない。どうだ?悪くないだろう」

 「……ふざけるな。そんな金──」

 「──大真面目だ。金がないなら用意しろ。俺たちに金を渡したくないなら女は諦めろ。何も捨てずに全てを拾えるほど、この世界は甘くない」

 

 『オーバーホール』の言葉に暫し目を瞑る。

 だが、選択肢はなど他にあるはずもなかった。

 

 「わかった。それで行こう」

 

 

 

 

 

 

 

───また佐々波さんが目を覚ましました!症状も安定していて、こんなこと考えられないですよ!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───ヒーローだ!『シューティングスター』が来たぞ!!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───ごめんね。何度も心配かけちゃって。本当に駄目だよね、私。

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───なんでここに『シューティングスター』がいるんだよ!!神野区からどれだけ離れてると思ってんだ!

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───大丈夫。大丈夫だから。星也も頑張ってるもん、私が諦められる訳ないもんね。

 

 

 

 金がいる。

 

 

 

───後払いは無しだと言った筈だが?後三日ある。どうにかして金を集めてこい。

 

 

 

 この日々は、一体いつまで───。

 

 

 

 「先輩どうしたんですか?顔色ヤバいですよ?」

 「……なんでもないよ。『ホークス』」

 「あっもしかして緊張してます?先輩ヒーローチャートのトップ10入り初ですもんね。しかも初回から3位!」

 「うるせーな。後輩に負ける先輩で悪かったな」

 

 

 ヒーロービルボードチャートJP。事件解決数や社会貢献度、国民の支持率を基に発表されるヒーローの指標で、トップ10は大々的に報道される。

 ヒーロー事務所を開設して半年でトップ10入りした『ホークス』と異なり、『シューティングスター』は今回が初めてのトップ10入りになる。

 もっとも、それと『シューティングスター』の顔色の悪さは全くの無関係であったが。

 

 

 「いやいや、先輩は今まで順位に興味無さすぎだっただけじゃないですか。後輩には手柄どんどん譲るし。そりゃ入れないですよ」

 「ヒーローの順位とか俺には意味ねーだろ。そういう精神的な支柱は、もっと威厳のあるやつがやればいいの」

 「そう言いつつ、今期最後の追い上げ半端なかったじゃないですか。あれは、順位狙いにいったでしょ。入院してる佐々波先輩の為ですか?安心させるため的な」

 「──まぁ、あながち間違ってないな」

 

 『ホークス』は目を輝かせながら言葉を続ける。

 『シューティングスター』と『ホークス』は同じ雄英高校の先輩後輩だ。『シューティングスター』が校内で名を轟かせていたこともあり、『ホークス』が『シューティングスター』を師事したのが、二人の始まりだった。

 若いながら、圧倒的な実力を持つもの同士、通ずるものは少なくなかった。

 

 

 「カー!遂に先輩がやる気を出すとは!これは来期には1位が動きますかね!?」

 「馬鹿言え。さすがに『オールマイト』さんはまだ無理だ。……それに、俺はお前の方が先に行くと思うけどな」

 「いやいや、先輩には勝てる気がしませんよ。だってほら先週の神野区の犯罪発生件数、0ですよ0。先輩怖がって皆外でやってるじゃないですか。それでも先輩そっちまで行くんですけど」

 

 カラカラと楽しそうに笑いながら『ホークス』が言う。

 

 「それにほら、見てくださいよ。この髭。先輩リスペクトですよ」

 「……俺より似合ってんなお前」

 「俺は好きですけどね、先輩の顎髭」

 「……俺"は"」

 「俺"も"でした。ともかく、俺は2位までかなって。1位が先輩で、2位が俺」

 

───だから、一緒に頑張りましょう

 

 『シューティングスター』は眩しそうに目を細める。それは『ホークス』には、笑ってる様に見えたかも知れない。

 

 「馬鹿言うなよ。前から言ってるだろ、俺が頑張るのは順位の為じゃなくて、ヒーローの仕事を無くして、実家を手伝う為だって」

 「そうでした!」

 

 じゃあまた壇上で、と笑いながら『ホークス』は去っていく。相変わらずマイペースな奴だと『シューティングスター』は薄く笑みを作る。

 そして。

 

 

 「……俺には、そんな資格ないよ」

 

 誰にも聞こえないように、そう呟いた

 

 

 

 

 

 『No.3 "その力、その姿、その生き様、全てが正に流星。決して燃え尽きない流れ星"シューティングスター』

 

 

 

 

 それからも、『シューティングスター』の戦いは終わらない。

 金の為に、ヴィランを狩り続ける日々。何度も銀行から金を借りた。方々に頭を下げながら、なんとか歯車を回し続ける。

 

 破綻が来たのは、『オーバーホール』との契約から5ヶ月後の2月末。『オーバーホール』に支払った金額は1億を超えていた。

 

 

 

 

 「何度言わせれば気が済むんだ『シューティングスター』。後払いは無しだ。どうにかして金を工面しろ」

 「……頼む。銀行の借り入れも返せてない。夢見が意識を失ってから4日経ってる。もう時間がないんだよ!!」

 「知るか。──まぁ、今からでも俺の下に来るなら話は別だが」

 

 その『オーバーホール』の言葉に喉が詰まる。

 

 「──…それはできない。それだけは……できない」

 「だろうな。なら女は諦めろ」

 「待て!待ってくれ。来月は3000万以上は確実に入る!だから──」

 「しつこいぞ『シューティングスター』。後払いは無しだ」

 

 『シューティングスター』は荒い息を整えながら、目を覆う。次世代の象徴と囁かれようと、マスコミにどれだけ囃し立てられようと、『シューティングスター』はどこまでも弱者だった。

 

 それでも、『シューティングスター』の目は死んでいない。

 

 「……俺は、夢見が死んだらお前らを真っ先に捕らえるぞ」

 「……脅しのつもりか?──だが、まぁ確かにそれは困るな」

 

 『オーバーホール』が一度額を掻いた。

 

 「じゃあ、こうしよう。お前は俺の仲間にならなくていい。だが、ヴィランになれ」

 「───は?」

 「銀行強盗でいい。奪うのは5000万でいい。それを俺に寄越せ」

 「待て。ちょっと待て」

 「それで佐々波夢見を完全に治してやる。代償は"ヒーロー"『シューティングスター』の命だ」

 

 

 言葉を失う『シューティングスター』の肩に、『オーバーホール』が手を置いた。

 

 「選べよ。女か名誉か。後3日。悩んでる暇はないぞ?『シューティングスター』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこで間違ったのだろう。

 

 なぜ間違ったのだろう。

 

 

 『シューティングスター』はなぜヒーローになったのだろう。

 

 

 

 母の顔が見たかった。父の顔が見たかった。──妹の笑顔が見たかった。

 自分の生まれた意味を知りたかった。自分が生きる価値を知りたかった。どうする事もできない自分がここにいる訳を知りたかった。

 

 居なくなってしまいたい。消えてしまいたい。今までの自分の行いを全て無くして、また一からやり直したい。

 夢見に謝りたい。彼女の母親に謝りたい。彼女の父親にそれこそ死ぬまで殴って欲しい。

 

 頭の中をぐるぐると回るのは、未来の展望ではなく、過去の後悔ばかりだ。

 

 ガタガタと揺れる電車の中。三時間半に及ぶ道程を、男はただ自分の手を見ていた。

 

 

 

 三重県にある実家までは、電車と新幹線を乗り継いで三時間半。

 億劫がって、高校に入ってから一度も帰ったことはなかった。

 夕陽が差す懐かしい我が家は、幼き頃と何一つ変わっておらず、不意に、自らの膝が折れるのを感じた。

 勢い良く膝を打ったというのに、痛みはまるで感じなかった。

 

 

 「……あぁ…ぁぁぁ」

 

 

 純粋にヒーローを志すだけだった過去の自分を暖かく迎え入れてくれたはずの門は、今の自分をどこまでも拒絶しているように思えて。

 

 涙が溢れた。情けなく涎も垂れていたと思う。

 無様だった。限界だった。こんなこと、今までなかったぐらいに。

 

 我が家のインターホンは、どんなに手を伸ばしても押せなかった。手が届かなかった。

 

 本当はこんな姿を見られたくなかったのだと思う。

 

 どれだけそうしていただろうか。

 どれだけ蹲っていただろうか。

 

 次に『シューティングスター』が歩き出した時、周囲は暗闇に包まれていた。

 『シューティングスター』は我が家から背を向ける。

 もう帰ろうと思った。

 ここには、もう帰ってきてはならないと思った。

 

 

 コツリと、目の前の暗闇から人影が現れる。

 

 ヒュッと、男の喉が嫌な音を立てる。

 それは、『シューティングスター』が今、最も会いたくない/会いたい人だったから。

 

 

 「お兄ちゃん?何しとん?こんなとこで」

 「───お茶子」 

 

 

 麗日星也は、自分の原点と再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 「急に帰ってくる奴がおるか!先に連絡ぐらいせーや!」

 

 喧しい男の怒声がする。だがその声色は弾んでいて、久し振りの息子との再会を喜んでいるのが聞いて取れた。

 

 「まぁまぁ。お兄ちゃんも忙しいみたいだし」

 

 麗日星也と同じ、茶色の髪の少女─麗日お茶子は、父親を宥める。

 本気で怒っていないのはわかっていたが、明らかに様子のおかしい今の星也では、捌くことが出来ないと判断した為だ。

 

 「お茶子。お兄ちゃんを甘やかしちゃダメよ。こっちにも準備があるんやから!」

 

 キッチンから声を張り上げるのは母親だ。星也が帰ってきたのを見てすぐにキッチンに込もって一向に出てこない。

 既に3人分の晩御飯は出来ていた筈だが、どれだけ作るつもりなのか、お茶子には判断がつかなかった。

 

 「いやぁ…そんなに無理して準備せんでもいいんと違う?お兄ちゃんあんまり食欲無さそうだし。っていうか吐きそうな顔しとるし」

 

 うーん…と、父親は反応に乏しい息子を見る。

 

 「一体どうしたんや、星也。夢見ちゃんのことか?俺らは家族やろがい。なんでも話してみーな」

 

 金のこと以外でな!!と父親は大きく口を開けて笑う。

 それを聞いて、星也が薄く笑ったのが見えた。

 

 「なんだよ親父。まだ金に困ってんのかよ」

 

 ようやく口を開いた星也の声は、明らかに掠れていた。

 その言葉に、父親はまたガハハと笑う。まるで星也の不安を吹き飛ばそうとしているかの様だった。

 

 「"まだ"な!!だが、星也の脛を齧るのはもうお仕舞いや!この前、大手の住宅メーカーにウチの仕事ぶりが目に止まってな!今月から仕事がバンバン入って来とる。なんなら、今度はこっちから仕送りしてやることだって出来るで!」

 「──要らねぇよ。ばーか、こっちは高額納税者だぞ」

 

 ガハハと笑い声がもう一度響いた。

 

 麗日星也が小さな声で呟いた何かは、笑い声に溶けて、お茶子には聞こえなかった。

 

 

 

 「お兄ちゃん。本当にどーしたん?ずっと様子が変やよ」

 

 その日の夜、両親が寝静まった後、お茶子は星也に問いかけた。

 

 「……なんでもないよ。お茶子が思ったよりでかくなっててちょっと驚いただけだ」

 「そうやって嘘つく」

 「……なぁお茶子」

 「……なに?」

 「久し振りに一緒に寝るか」

 「何言っとん……まぁええか」

 

 兄の声が濡れていたから、妹は仕方なく頷いた。

 

 「本当にでかくなったな」

 「最後に会ったときから5センチしか伸びとらん」

 「いや、あれだ。精神的に」

 「なんで今分かったん?それ」

 

 クスリと兄が笑った。

 

 「お茶子はさ、将来何になりたいんだ?」

 「いきなりどーしたん?」

 「いや、何となくさ。前から変わったのかなーって」

 「変わっとらんよ。今でもヒーローになりたい」

 「なら高校は雄英か」

 「受かればやけどね。一応希望はしとる」

 「なんでヒーローなんだ?ほら、他にも楽しそうな仕事たくさんあるだろ」

 「お兄ちゃんがそれ言うん?お兄ちゃんみたいになれたらいいなぁーって。お兄ちゃん楽しそうやし、それに二人も楽させてあげられるやん?」

 「そっか。頑張れよお茶子」

 「なんで他人事なん?お兄ちゃんの事務所入れてや」

 「やだやだ。絶対入れん」

 「うわっ、ドケチ」

 

 懐かしいなぁとお茶子は思う。一緒に住んでいたときは、いつもこんな会話をしていた。

 

 「父さんも母さんも──お茶子も、もう皆一人前だな」

 「親のことそんな風に言う?金銭面で見れば、確かにそうなんやけど」

 「いや、安心したんだ。背負ってたものが、少し軽くなった気がして」

 「せやね。皆、お兄ちゃんに頼りっきりやったから。これからは、お兄ちゃんは夢見さんのことだけ考えればええよ」

 

 「──そうかな?」

 

 何気なしに呟かれた星也の言葉には、万感の思いが込められてる気がした。

 

 「うん。そう。」

 

 

 

 星也の顔が押し付けられていた肩が、僅かに湿ったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから2日後。何もしなければ、佐々波夢見は死ぬ。

 

 麗日星也は、ヒーロースーツの上から大きな黒いコートを着た。

 それは自衛ではない。

 個性の使用規模を考えれば、ヒーロースーツの着用は必須で、それでもこのスーツでの非行は嫌だった。

 

 そのコートには大きなフードもついていて、顔を隠すことも出来る。せめて夢見を助けるまでは捕まるわけにはいかないから、犯行時はこれも被ろうと思った。

 

 

 向かうは上野区で一番大きなメガバンク。いざ金庫を開けて、5000万なかったでは目も当てられない。流石に銀行にそれだけのお金がないとは思えないが、麗日星也は銀行についてまるで無知であったから、念には念をいれるのだ。

 

 「あっ!あの!!」

 

 ふと、後ろから声がかけられた。

 振り返れば、そこには妹と同じくらいの年代の男の子がいた。

 緑色の髪と、そばかすが印象的な男の子だ。

 

 「あっあの!『シューティングスター』さんですよね!?」

 「──あぁ、そうだよ」

 

 男の子は酷く興奮した様子で言葉を続ける。

 

 「あっあの!ヒーローランキング3位おめでとうございます!いやあの!ボクそういうの好きで、えっと」

 「落ち着け。別に逃げたりしない」

 

 どこか微笑ましい慌てぶりに、星也は優しく声をかけた。

 

 「えっと、厚かましいくて大変恐縮なんですが、えっと」

 「おお、おお、どうした」

 「──サイン。サイン貰っていいですか?」

 

 少年は使い古されたノートを出しながら、身体を90度に折り曲げた。

 

 「──あぁいや、ごめんな少年。今日はちょっと、そういうことはしないって決めたんだ」

 「──え」

 

 少年があまりにも悲しそうするものだから、星也は慌てて言葉を重ねる。

 

 「次、次に俺と会ったらさ。どんなときでもサインしてやるから、それで勘弁してくれ」

 「──あっはい!お願いします!」

 「んじゃ名前聞いとかなきゃな。名前なんてんだ?」

 「緑谷出久っていいます!」

 「"いずく"だな。絶対忘れないから、お前も忘れんなよ?」

 

 

───それは、麗日星也の精一杯の嘘だった。

 

 

 

 

 風の音がうるさい。

 頭に響く誰かの笑い声がうるさい。

 

 銀行の屋根の上で、麗日星也は佇んでいた。

 

 「……くそ」

 

 道路をいくつもの車が走っている。

 道端で子連れの女性二人が談笑している。

 どこかのサラリーマンがケータイ電話を片手に走っている。

 

 いつもの風景。『シューティングスター』が守り続けてきた風景だ。

 

 これから壊す、風景だ。

 

 

 個性が台頭してから、銀行などの主要な施設は、その建物に大幅な補強がなされた。当然だ。町行く人々の多くが、多少の壁を破壊するだけの個性を有しているのだから。

 

 特に、皇居や国会議事堂、銀行などは入念な補強がされている。それこそ、多少の強個性程度では、傷一つ付かないほどに。

 だからこそ、周囲への余波が、星也には懸念だった。

 

 麗日星也は片膝をついた。両の手を胸の前で合わせ、やや前屈みになる。

 心臓を出来るだけ近づけるためだった。だが、見る人が見れば、神に祈りを捧げる熱心な信者に見えただろうか。

 

 その時、麗日星也が何を思っていたのか、知っている者は一人もいない。

 本人も、知られたくない事だろう。

 

 

 ただ言えるとすれば、それは。

 

 

 

───この日、神野区に流れ星が落ちたのだ。

 

 

 

 

 

 

 けたたましいサイレンの音。子供の泣き声。大人の怒鳴り声。

 

 木は倒れ、窓ガラスが割れ、人が吹き飛んだ。

 

 "死者がいない"ことが信じられない程の被害規模。

 

 

 人々の混乱のなか、それでも、助けを求めるダレカガいるのなら、その希望/絶望は、必ずやってくる。

 

 

 

 「大丈夫だ!私がきた!!」

 

 

 

 

 

 走る。走る。走る走る走る走る。

 

 

 

 本来人が走るべき道ではなく、民家の屋根を足場にその男は走り続ける。

 顔を覆い隠すフードと、体型を予想させないロングコート、街中であれば目を引くその格好も、今は特筆すべき事柄ではない。

 異質なのはそのスピードと、常識外れな身軽さだろうか。秒速にして100メートル超、その一歩は150メートルにも届かんとするものだから、走っているというよりはもはや飛んでいると形容した方が正しい。

 

 無論。この男とて、好きでこんな高速移動などしたりしない。確かに、学生時代から『雄英のスピードスター』だの『結局タックルが一番強い男』だの、こと速さについては定評があったものの、プロヒーローになるころには取り敢えずタックルする癖も直し、民間人に被害を与えかねないような速度での移動は協力控えていた。

 

 であれば、男はなぜ走るのか。それは、誇り高き治安維持、ヒーロー活動の為…ではない。むしろその逆だ。

 

 「くそっ!くそっ!くそっ!!!」

 

 パンパンに膨れ上がったリュックサックの位置を調整しながら背後を振り返れば、未だ"憧れのヒーロー"は姿を消さない。個性の過剰使用による体調不良を悪態で誤魔化せば、自らの不甲斐なさに鼻の奥が痛くなった。

 

 

───困ってる人を助けたくてヒーローになった。

 

 一方的な理不尽によって不幸になる人々がいるのを知って、何もしないなんて出来なかったのだ。

 決して楽な道ではなかったけれど、自分の今の苦労が、いつか何倍もの苦しみを払うでのあれば、例えどんな鍛練であっても苦にならなかった。

 

 

───多くの敵を倒してきた。

 

 知能犯がいた。思想犯がいた。快楽を求めて非行に走った人がいて。どれも許してはならぬ悪だと、命を掛けて戦ってきた。

 

 今だって、それを間違っているとは思わない。胸を張って正しかったのだと叫んでやる。

 

 

───それでも。

 

 

 ギリリと、力の入りすぎた歯が嫌な音を立てる。

 

 

 それでも、例えこの行いが、男の過去の全てを否定するものだとしても。

 

 

 それでも、今、この瞬間だけは男は悪にならなくてならなかった。

 

 

 

 

 ジリジリと差が縮まる『オールマイト』と麗日星也。

 無論、星也は全速力ではない。ただ、これ以上のスピードを出すと、それだけで周囲へ被害を与えかねないのだ。

 周りに被害を出さず、あれだけのスピードを出す『オールマイト』が異常とも言えた。

 

 

 「──お仕置きだ!銀行強盗くん!」

 

 ゴウ!!と、星也の背後から尋常ではない風のうねる音がする。

 星也は、咄嗟に振り返りそれを個性で相殺する。

 

 「──む!?だが!」

 

 振り向いた。振り向いてしまった。

 背後全てに破壊の波を起こせば済んだものを、余波を警戒して振り向いてしまった。

 

 そのロスを、No.1は許さない。

 

 100メートルあった差は、ほんの数秒で詰められた。

 

 「くそがぁ!!」

 「デトロイト・スマッシュ!!」

 

 『オールマイト』の拳に、麗日星也は、自らの個性を合わせた。その圧倒的な圧力は、おおよそ半身がダンプカーに激突する数倍の衝撃に等しい。

 

 だが、平和の象徴はそんなものでは揺るがない。

 

 星也の個性を容易く貫通し、『オールマイト』の拳が星也の腹部に突き刺さる。

 

 まさか押し敗けるとは思っていなかった星也は、受身も取れず、高速で地面に射出された。

 

 

 

 星也が落ちたのは、奇しくも『オーバーホール』と戦った廃工場の跡地だった。

 もしも、瓦礫が撤去されていなかったら、死んでいたのかとボンヤリと考えた。

 

 個性でなんとか張り付けていたリュックサックは衝撃で破れ、辺りに金が散乱している。

 コートは衝撃で吹き飛び、ヒーロースーツが露出していた。フードももう見る影もない。

 

 

 ズシン、という地響き。数歩分離れた所に、『オールマイト』が着地した音だ。

 

 

 「………君は」

 

 

 星也の顔を見て、『オールマイト』は信じられないとばかりに呟いた。

 

 「……なんで君が。いや待ってくれ。私も今少し混乱していてね。───君が、麗日くんに見えて仕方ないんだ」

 

 『オールマイト』とは、何度か一緒に仕事をしたことがあった。目指すところは違ったが、思い描くヒーロー像はどこか似通っていて、だから、星也にとって『オールマイト』は憧れだった。

 それは、『オールマイト』から見ても同じことが言えた。そこにあるのは、憧れではなく、期待と未来への安堵ではあったが。

 

 

 「……お金に困っていたのかい?そんな筈はないよな。君はたくさん稼いでいたし、夢見さんの治療費だって、多少は保険がおりていた筈だろう?」

 

 No.1ヒーローは、強く拳を握った。

 

 「───教えてくれ。なんで君が、なんで、こんな"バカなこと"を」

 

 

 

───"バカなこと"?

 

 その時、正体不明の感情が、星也の心に芽生えた。

 

 

 そうなのだろうか?本当に?

 そう見えるのだろうか。本当に?

 

 恋人の命を救わんとする行為は本当にバカなことなのだろうか。

 

 多くの人を傷つけた。

 ならきっと麗日星也は悪だ。断罪されるべき対象だ。でもきっと、それは"バカなこと"なんかで済まされていいものの筈がない。

 

 「……麗日くん、君は───」

 「うるっせんだよ!!!『オールマイトォォォォォォォォォ』!!!!!」

 

 星也の口から出たのは、らしくもない怒声と、尋常ではない吐血だ。

 立ち上がったのは、意思の力以外の何物でもない。

 

 「俺は!!俺は!!!」

 

 その声は涙に濡れていた。

 何度も何度も泣いて、それでもまだ、未練が捨てきれなくて。

 枯れることのない思い出が、涙となって、雫となって頬を伝った。

 

 

──本当はこんなことしたくなかった。

 

──本当はこんな姿見られたくなかった。

 

 

 でも、未来と過去なら、未来を選ぶしかなくて。

 

 

──本当は。

 

 

────本当は。

 

 

 

 「俺は!!!ヒーローなんかじゃない!!!!!」

 

 

 

 その声は、『オールマイト』にはどう聞こえたのだろうか。

 男はただ呆然と、少年の言葉に耳傾けていた。

 

 

 「麗日くん。君───」

 

 

 

 「──なにあれ?『オールマイト』と『シューティングスター』じゃない?」

 

 その声に、二人はまた動けなくなる。

 

 怒声を聞き付けて、人が集まって来たのだ。

 

 

 「……え?あのリュックって今ニュースになってる銀行強盗の奴じゃない?」

 「え?うそ、じゃぁ『シューティングスター』が犯人ってこと?」

 「いやいや、アイツ、確かめちゃくちゃ稼いでた筈だろ?何をどうしたら銀行強盗になるんだよ」

 「ギャンブルとかじゃないの?本当に最悪。私応援してたのに。やれー!『オールマイト』!!」

 

 

 ガラガラと自分の中の何が崩れる音がする。

 

 「勝って!『オールマイト』!!」

 「そのバカの目を覚ましてやれ!!」

 

 

 ジリジリと目が血走っていくのがわかる。

 心臓が、熱いぐらい熱をもつ。

 

 「ぁぁぁ…!!」

 「麗日くん!落ち着いてくれ!」

 

 

 「やっちまえ!"ヒーロー"!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああああああああああ!!!!!!」

 「麗日くん!!」

 

 『オールマイト』が、一般市民を睨む星也の前に飛び出した。

 

──だが、『オールマイト』の身体に衝撃は訪れなかった。

 

 

 

 「………麗日くん?」

 

 

 

 先ほどまで星也がいたはずの地面にポッカリと空いた穴。

 そこに、星也は落ちたのだ。

 

 

 「麗日くん!!」

 

 『オールマイト』がその穴に駆け寄ってみるも、たどり着く僅か前に、その穴は閉じてしまう。

 

 「──っ!!」

 

 そこに拳を振り上げようして──止めた。

 神野区の銀行周辺ではまだ多くの要救助者がいる。

 最近、『シューティングスター』が一人で事件を解決するため、ヒーローは神野区周辺から離れていた。

 

 咄嗟に犯人の確保を優先したが、ヒーローの本分は人命救助だ。

 深追いすべきじゃない。

 

 

 「──くそったれ」

 

 『オールマイト』はその場から背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 「何の真似だ!!『オーバーホール』!!」

 「落ち着けよ。手伝ってやったんだろうが」

 

 地下深くの奈落の底。太陽の光が決して届かぬ闇の世界。

 麗日星也は、目の前に立つ『オーバーホール』を睨み付けた。

 

 「佐々波夢見を助けるんだろ?」

 

 その一言に星也はピクリと肩を跳ねさせる。

 

 「……金が散った。ここにあるのじゃ2000万にも届かねぇよ」

 

 星也の足下に散らばる札束を顎で指す。星也と共に地上から落ちてきた分だけがここにあった。

 

 「──そうだな。確かに"それ"じゃ、佐々波夢見は救えない」

 「なら──!!」

 「もう一つあるだろ?救う方法」

 

 今度こそ、星也はその動きを止めた。

 

 「俺たちと一緒に来い。そうしたら女も救ってやる。『シューティングスター』、お前はここで終わる人間じゃない」

 

 

 そういって『オーバーホール』は手を差し出した。

 男は、暫しの間目を瞑る。

 

 

 「……『流れ星(シューティングスター)』はヒーローの名前だ」

 「……つまり?」

 

 

 

 

 「───俺の名前は『隕石(メテオレイン)』だ。二度と間違えるな」

 

 

 ここに、1人ヴィランが産声をあげる。

 

 

 

 それは、燃え尽きぬ流れ星が落ちた日のこと──。

 

 

 

 

 

 

 

 

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