それを"何と"名付けるかはきっと貴方達次第 作:ハマグリボンバー
原作14巻から18巻のネタバレを含みます。
───神野区の住宅街に27歳男性の遺体。ヴィラン『メテオレイン』による犯行か。
女性のニュースキャスターによって読み上げられたその言葉に、アイスクリームをかき混ぜていた手を止め、テレビの画面へと視線を向ける。
見覚えのある街並み。それを空から撮影した映像にゆっくりと息を吐いた。
胸を刺す痛みは、あの日から変わらない。
『本日未明、神野区で特定危険指定敵団体"志村組"の構成員である男性"大田原行雄"の死体が発見された事件で、警察では、腹部を非常に強い力で押さえ付けられた形跡があることから、現在指名手配中のヴィラン"メテオレイン"の犯行である可能性が高いとし、特別捜査本部を大阪県警から警視庁へ移す意向であることが、関係者への取材でわかりました。また、"メテオレイン"の動向は、昨年2月26日に発生した"神野区銀行襲撃事件"以降掴めておらず、別のヴィラン組織によって証拠の隠蔽がなされているとの見方が強まっています。なお、警察では事件当日の目撃情報を募集しており───』
───プツン。ニュースキャスターの声はそこで途切れた。画面には、ソファーに座りリモコン持った女が微かに反射している。
女──佐々波夢見はすぐにスマートフォンを取り出す。インターネットに接続したそれで、手早く新幹線の席を予約。連休にも被らない中途半端な時期であったことも手伝い、翌日の昼には空席があった。少し考えて、予約したのは二日後の夜だ。
そのまま通話を繋げる。相手は、今夢見が協力しているヒーローだった。
「はい。『ビークガール』ですけど」
「……もしもし?私だけど」
「あれ、『アップルガール』?どうしたん?」
「『ジャックス』よ。聞いたことないんだけどそんな子」
「あれ?」
電話の先で、ガサガサとマイクが擦れる音がした。
「……ごめんごめん。あんたのことアップルガールって登録しとったの忘れてたわ」
「なにそれ。よく意味がわかんないんだけど」
「私も酔っとったからよく覚えてないんよ。それより、どうしたん?」
「うん。私、明日東京に帰ることになったからその連絡をと思って」
「……は?いきなりそんなこと言われても困るで。今の事案どうするん」
「それは明日の午前中に攻め込みましょう。所詮は小物だもの。これ以上は時間の無駄でしょ」
「アホか。無理に決まっとるやろ。こっちにもそれなりの準備があんねん。素人じゃないんやからわかるやろ」
『ビークガール』の苛立った声に、少しだけ申し訳ない気持ちになる。いくら『ビークガール』の所属する"ビークガールヒーロー事務所"と『ジャックス』の"麗日ヒーロー事務所"の二つの事務所による襲撃作戦といえど、本来は、急な予定変更など行うべきではない。
入念に作戦を組み、1%でも成功率をあげる。それが、失敗の許されないヒーローのあるべき姿だからだ。
そこまで理解してなお、佐々波夢見は引くことが出来なかった。
「私なら出来るけど。……なら、最短でいつなら出来るわけ?」
「予定通りの四日後。そこに向けて準備しとるんやから当然やろ」
「……遅すぎる。ごめんなさい、それなら私は降ろさせて貰うわ。明日の午前中、そうでなくても明後日の午前中よ。そうでなくちゃ、私は降りるわ」
「なんやそれ。いい加減にせぇよホンマ。どうせ、『シューティングスター』やら『メテオレイン』やらよーわからんヴィランを追って東京に行くんやろ?」
「……」
ビークガールの言葉に、沈黙で返す。
「いい加減諦めーや。まずは一ヶ所に根を張って、ちゃんと借金を返す。その後はもう借金だけ残して消えた男なんてわす───」
「──それで、どうするの?明日やるの?やらないの?」
『ビークガール』の言葉を遮るように投げた問いに、電話の先で舌打ちをするのが聞こえた。
「ホンマ可愛くない。──明後日や。それまでに準備する」
「そう。ごめんね」
「ホンマ痛い目みろボケ」
そう言って、一方的に通話が切られた。
佐々波夢見は、目の前にある足の短い机に、スマートフォンを置く。
コツリという小さな音も、無音の室内にはよく響いた。
膝を抱えて背を丸める。顔を埋めた膝が、じんわりと暖まるのを感じた。
麗日星也が姿を消してから一年と半年。
佐々波夢見は、今でも行方を追っていた。
言いたいことは山ほどある。
どうしても居なくなったのか。どうしてヴィランになんてなったのか。定期的に入金される見覚えのない金はなんなのか。──どうして、佐々波夢見を連れていってくれなかったのか。
怒ってやるのだ。殴って、蹴って、気がすんだら警察に付き出して。
"タルタロス"の中で老けていく男を、毎日嗤いに行ってやる。
佐々波夢見は、その為にヒーローであり続ける。在りし日の日常は、決して間違ったものでなかったと証明するために。なら───。
「……あんたはなにやってんのよ。星也」
そう言って佐々波夢見は眼を瞑る。
──あの日から、ベッドで眠ることが出来ない。
コツリと、靴底が廊下を叩く硬質な音が響く。
死穢八斎會の保有する地下空間。そこを、一人の男が歩いていた。
ヴィラン『メテオレイン』こと、麗日星也である。
纏うはボロボロのヒーロースーツ。『シューティングスター』時代に使用していたその服は、昨年の『オールマイト』との戦いでその機構の大部分が破損した。また、経年劣化による消耗も、決して無視できるレベルではない。
とはいえ、そもそも彼のヒーロースーツは高速移動時の肉体の保護と、所謂酔い止めの機能が主だ。
肩当てが光る機能とか、ヴィラン活動には基本不要なのだ。
『オーバーホール』には"自分に対する皮肉とは理解し難い"と鼻で嗤われたが、『メテオレイン』にとってはある種の戒めでもある。
自分はヒーローの成れの果てであること。
自分が捨てたものと、捨てられなかったもの。
忘れることは出来ないと、そう思う。
これから向かう先を考えて、『メテオレイン』は口許を覆うマスクを外した。
それは鳥のクチバシのような、余り好きになれないデザインのマスクだ。
紐を腰のベルトに括り付ければ、ちょっとしたポーチに見えるかもと試すが、どう考えても無理であった。仕方なく手のひらで弄びながら『メテオレイン』は歩を進める。
しばらくそう歩いていれば、"その部屋"が見えてくる。正直に言えば、幼い少女を閉じ込めるのに、随分な部屋だと思う。
──そもそもあの部屋は、少女が独りで暮らすにはあまりに広すぎる。
コンコンと、その分厚い扉をノックする。
中にいる少女は、急に扉を開けると驚いてしまうから、『メテオレイン』なりの配慮だった。
もしかしたら、その小さな音ですら、少女は肩を跳ねさせているのかも知れないが。
「壊理、入るぞ」
音を立てないように注意しながら扉を少し開け、ギリギリ聞こえる様に声をかけた。
そうしてようやく部屋の中に入れば、ベッド上に座り込む、幼い少女の姿がある。
「レインさん」
「久し振りだな、壊理。電気なんて消して、もう寝てたのか?」
その言葉に少女─壊理が首を横に振る。
「ううん。起きてた」
「……そうか。なら少し話そう、大阪で体験した面白い話があるんだ」
「レインさんの面白いって言うお話、いつもあんまり面白くない」
「言うようになったなクソガキ」
そう言いつつも、壊理はベッドの端まで移動して腰をかける。その移動に引っ張られたシーツが、グシャグシャに歪む。
寝る前に直してやろうと思いつつ、『メテオレイン』はその隣に座った。
「大阪ってどこ?」
「なんだ、知らないのか?」
「前に、音本さんが話してるのを聞いたことあるよ」
「よくそれで覚えてたな。やっぱり壊理は頭がいい」
壊理は、抱えている枕に口許を埋めた。
「そうだな。ここからずっと西に行った所なんだが、ここから新幹線使って三時間ぐらいかかるんだ」
「それってどれくらい遠いの?」
「ん?……んー、"むっちゃ"遠い」
「"むっちゃ"?」
「そう"むっちゃ"」
想像が出来ないだろう。壊理は少しだけ首を傾げた。
壊理は、『オーバーホール』の洗脳下にある。
"ここから逃げることはできない"
"誰かに助けを求めてはならない"
その洗脳の一環として、この部屋にテレビやラジオといった、外界と繋がる機器は置かれていなかった。
壊理が年齢に反して常識を知らないのはその為だ。
それは、"壊理が自由になった後"苦労するだろうなと『メテオレイン』は思う。
「──それでな、くいだおれ太郎の持ってたバチで強盗が殴られて」
「くいだおれ太郎?」
「あぁえっと、くいだおれ太郎ってのは、大阪にある謎の人形でな、紅白の服に、丸メガネのちょっとおかしな格好をしてる」
「それが面白かったの?」
「……そう。そうそう。やっぱり何度見ても面白いわアイツ」
きょとんとする壊理を憎たらしく思いつつ、それでも良かったねと笑いかけられれば、『メテオレイン』も笑うしかない。
なんだかんだ言って、いつも元気を貰っているのは『メテオレイン』の方なのだ。
「……レインさんは、またすぐにどっか行っちゃうの?」
壊理は、久し振りに『メテオレイン』が来ると、必ずその質問をする。
きっと、彼女なりの"行かないで"なのだろう。
「……んー、こっちにいるのは間違いないんだが、少しやることがあってな」
そっか。と少し気落ちした様子の少女に苦笑する。
本当であれば、頭の一つでも撫でてあげたいところだが、『オーバーホール』の個性が脳裏に焼き付いている壊理は、誰かに手を伸ばされる行為を極端に恐れる。
それを治すのは、少女がこの地獄を脱してからでいい。
───壊理は、どこか行きたいところとかないのか。
不意に浮かんだ意味のない問いは、口に出すことなく呑み込んだ。聞いても、壊理は"ない"と答えるはずだ。
それに、その役割は自分のものではない。
「……もうこんな時間だ。俺は部屋に戻るよ」
「……うん」
「壊理も早く眠れ。今日も疲れたろ」
「……うん」
立ち上がった『メテオレイン』を引き留めるように、壊理の手が伸ばしかけ、慌てて引き戻したのを男は見た。
それでも、互いに気づかぬふりをする。
「じゃあ、また明日な」
「──うん」
そうして、『メテオレイン』は小さな鳥かごから外へ出た。
一年前のあの事件経て、麗日星也は学んだ事がある。
それは、この世に待っていれば助けてくれるようなヒーローはいないということであり、力とは、相手に理不尽を押し付ける為の手段なのだということだ。
最後まで星也や、夢見を助けるヒーローは現れなかったし、『オーバーホール』の力がどうしても必要だったから、星也は言うことを聞き続けるしかなかった。
だから、壊理を救たいなら自分で動くしかないし、その理不尽を押し付けるだけの力は、既にこの手の中にある。
───それでも、まだ壊理を救うことはできない。
その原因は、壊理の個性にある。
あの『オーバーホール』をして、"この世の理を破壊するほどの力"と言わしめるそれは、間違いなく強力だ。
例え、死穢八斎會を潰し、壊理を連れ出したところで、別の組織に狙われるのは目に見えていた。
断言できる。
『巻き戻し』の個性を持つ少女に、当たり前の幸せは訪れない。
ふざけた話だと星也は思う。
偶々生まれもった個性のせいで不幸になるなんて、そんなのは認められない。
これだけの地獄を見続ける少女が、最後まで不幸であり続けるなんて、そんなのは有り得ない。
この感情が義憤ではないことを星也は自覚していた。
同情なのか、共感なのか、その判断まではつかなかったが。
そして、星也が助けたいのは壊理であって、『巻き戻し』の個性を持つ少女ではない。
───故に、壊理の個性を破壊する。
『オーバーホール』が壊理の肉体から生成する"個性破壊弾"を完成し次第強奪し、ついでに死穢八斎會も潰す。
後は"個性破壊弾"を壊理に撃ち込めばいい。
勿論、『オーバーホール』にその考えは読まれているはずだ。むしろ、そう考えさせる為に『メテオレイン』を壊理の近くに置いた可能性もある。
そうすれば、銃弾の完成までお互いがお互いの楔になるのだから。
"個性破壊弾"が完成すれば、『メテオレイン』など不要だ。始末する算段を、『オーバーホール』は立てていることだろう。
上等だと、星也は笑う。
侮りはない。自分の手が届かないものがあるということは、既に嫌というほど自覚した。
正義も世界も、星也にとってはもうどうでもいい。
過去の栄光ももう忘れた。
目的のためなら、どんな悪にもなって見せよう。
それでも、あの少女は──。
───次に泣くのはお前だ。『オーバーホール』。
麗日星也は、灯りのない地下を往く。