それを"何と"名付けるかはきっと貴方達次第   作:ハマグリボンバー

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すいません遅くなりました。



それと"どう"向き合うかはきっと双方の自由(下)

 場所は雄英高校の食堂。

 一年A組に所属する仲良しトリオ。麗日お茶子、飯田天哉、緑谷出久は肩を寄せ合い昼食を取る。

 食事中の話題は、先日に説明会が開かれた"インターン"についてだ。

 

 

 「インターンかぁ。やっぱり、先輩の言葉は重みがあるよね」

 「あぁ、ただ、俺の場合は職場体験での失態がある。今回は見送って、地力をつけてから挑もうと考えているよ。君たちはどうするつもりだ?」

 

 ぼんやりと発された麗日お茶子の言葉に、飯田天哉が反応した。

 

 うーん……。と麗日お茶子は低い声で唸る。

 隣に座る緑谷出久が、目の前の食器を見つめたまま口を開く。

 

 「……僕は、『オールマイト』に紹介して貰えるように頼んでみようと思う。ほら、前にサイドキックをやってた『ナイトアイ』を」

 「あぁ…あのストイックで有名な。条件は満たしているのかい?今年は実績がないと許可が下りないという話だったが」

 「大丈夫……だと思う。有名なヒーローだし、去年の資料の中に、『ナイトアイ』の名前があったから」

 「そうか。……うーん。まぁあの方なら良いようにしてくれるだろう。麗日さんはどうするつもりだい?『ガンヘッド』は駄目だったんだろう?」

 「うん。さっき梅雨ちゃんと話したんだけど、波動先輩に相談してみようと思って」

 

 その言葉に、緑谷出久が口を挟む。

 

 「『ジャックス』にはまた断られちゃったの?」

 「そうなの!夢見さんてば酷いんやよ!」

 

 そう言って、麗日お茶子は手で自分の目を吊り上げる。ややつり目な『ジャックス』の物真似なのだろう。

 

 「『別にお茶子が来てもお願いする仕事ないしなぁ。え?誰かに紹介?ヤダヤダ、誰かに紹介出来るほどお茶子優秀じゃないし』だって!!」

 

 先ほどまでとは人が変わったように声を張り上げる麗日お茶子に、緑谷出久は、嫌なスイッチを入れてしまったかと後悔する。

 正面から突き刺さる飯田天哉の責めるような視線が痛かった。

 

 「実績ないから雇えんだけの癖に!ヒーロー同士の交友をサボっとるから紹介する相手がおらんだけの癖に!」

 「ア、アハハ」

 

 こうなってしまったら、出久はもう笑うしかない。

 

 「夢見さんは、今はどちらに?この辺りで活動してるのかい?」

 

 天哉が、話を反らすように言う。

 

 「昨日は青森だーって言ってた」

 「──青森?」

 

 その地名に、緑谷出久は首を傾げた。

 

 「あれ?"志村組"の掃討作戦は終わったんだよね?」

 「うん。でも気になることがあって残ってるんだって」

 

 

 宮城県において、ヴィラン同士での抗争を利用する形で行われた『志村組強襲戦』と、残存戦力の掃討の為に青森県で行われた『志村組掃討戦』。

 三年前の一件以来初となる『麗日ヒーロー事務所』をメインに据えた大規模な事案でもあるそれは、"神野区の悪夢"直後にも関わらず実施された。

 

 何かと悪い評判のついている『麗日ヒーロー事務所』が、それを強行した理由については語られていないが、『オールマイト』の不在により人々の心を蝕んでいた不安を払う一助になったのは紛れもない事実だ。

 

 

 だが、その『志村組掃討戦』は、既に5日も前の出来事。"あの"佐々波夢見がまだそこに滞在を続けているなら、その理由はおそらく一つしかない。 

 

 「それは、麗日くんのお兄さんの関係で?」

 

 麗日星也。

 麗日お茶子の兄。かつては『シューティングスター』と呼ばれ、今は『メテオレイン』と名乗るヴィラン。

 

 これを放置するのはヒーローの沽券に関わると、必死の捜査が行われること3年。だが、未だに確保には至っていない。

 

 彼の初犯である『神野区銀行襲撃事件』は、その被害規模こそ少なかったが、前期のヒーローランキング3位が犯した犯罪という話題性から、それはもう大々的に報道された。

 

 ニュース番組での実名報道はもちろん、ネットでは住所すら特定され、その近親者すら犯罪者のように扱われた。

 

 それがどれほどかと言うと、気遣いという言葉を知っているのかすら怪しまれるほど他人に遠慮のない爆豪勝己が、彼女の兄に関する話題を一切出さなかった程なのだから相当なものだ。

 

 

 もっとも、以前、飯田天哉が自らの兄の話をした際に、自分からペラペラと麗日星也の話題を話し始めたことで、今や誰もその話題について遠慮などしてはいない。

 

 

──依然として、彼女の前で『メテオレイン』と呼ぶ者は少ないが。

 

 

 「そうみたい。前から関与は疑われてたみたいなんやけどね」

 

 麗日お茶子は、目の前のハンバーグを箸で切り分けながら、垂れた前髪を耳にかける。

 

 「え?お兄さんと"志村組"が繋がってたってこと?」

 「ううん、逆。敵対してたんじゃないかって」

 「確かに、彼のニュースには、"志村組"の構成員が何人かいたような……」

 

 むむむと唸る飯田天哉に、麗日お茶子は僅かに苦笑する。

 そんなことより、とお茶子は声をあげた。

 

 「今はインターンの話やろ。とうしようかね、ほんま」

 

 既にずいぶんと細かくなったハンバーグを、麗日お茶子はもう一度切り分けた。

 

 

 

 

 

 その僅か二日後のことだ。

 

 緑谷出久のインターン初日でのヴィラン『メテオレイン』との遭遇と、交戦による敗北。

 

 重体であった通形ミリオは、一時は生死の境をさまよったものの、幸いにして一命を取り留めた。

 だが、内臓へのダメージが激しく、しばらくは食事も行えないとのことだ。

 

 軽症であった緑谷出久も、肉体的な被害こそ無いが、その精神的ダメージは到底計り知れるものではない。

 

 

 何も出来なかった。

 まるで通用しなかった。

 

 その事実は毒のように、緑谷出久の精神を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 「話は聞いたよ、緑谷少年。麗日くんと戦ったんだってね」

 「…………はい。『オールマイト』」

 

 緑谷出久が絞り出すように口を開く。

 

 昼休憩。『オールマイト』に声をかけられた緑谷出久は、彼と昼食を共にしていた。

 

 「それは──怖かったろう。よく頑張ったね」

 「…………いえ」

 

 俯き、一切手のつけていない弁当の端を見つめたまま、緑谷出久はぼそりと呟く。

 

 「僕のせいなんです。僕が『メテオレイン』とぶつかって、声をかけられて……」

 

 その声が少しずつ掠れていく。

 自分を切っ掛けとして始まった戦闘で、自らの先輩に重傷を負わせてしまった事に対する自責の念が、堪えきれず溢れていた。

 

 「その声に聞き覚えがあって、だから僕が聞いたんです……。『メテオレインですよね』って、そしたら──僕のせいで……!」

 

 

 誰も彼を責めはしなかった。あの『サー・ナイトアイ』だって、短く『そうか』と告げるだけで。

 それすら今の彼には耐え難い苦痛だった。

 

 「……君の判断は間違っていない」

 

 ポタポタと机に雫を落とす少年の頭に、『オールマイト』が手のひらをのせる。

 癖の強い緑色に、手のひらが少しだけ沈む。

 

 「前に言ったね。ヒーローはいつだって命懸けだ。だからこそ、例えそれが危険な選択肢だとしても、選ばなくちゃいけない瞬間は存在する。今回がそうさ。探し続けた『メテオレイン』の所在が分かったんだ。それは、君が何もしなければ持ち帰れなかった情報さ」

 

 グシグシとその頭を強引に撫でた。

 

 「通形少年のことも聞いているよ。彼も立派に戦った。彼の尽力があったからこそ、被害は最小限に抑えられた」

 

 『オールマイト』が握りこぶしを作って見せる。

 骨の浮いたその身体に力強さは感じられない。

 

 それでも、『オールマイト』は笑ってみせた。

 

 「後は、君たちが命懸けで繋いだタスキを無駄にしないこと。そうすれば、あの戦いは君たちの勝利だ!」

 

 

 その言葉に、緑谷出久は顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に数日後。

 『ナイトアイ事務所』による"死穢八斎會"襲撃に向けたミーティングが開かれた。

 

 可能な限り多くのヒーロー事務所に協力を依頼している今回の事案には、地方のマイナーなヒーローから、ヒーローランキングに名を載せる超有名ヒーローまで存在していた。

 その中には、緑谷出久、麗日お茶子を始めとした雄英高校のインターン生の姿もある。

 

 ここにいるべき通形ミリオは、未だ入院中だ。

 

 

 「あっ、夢見さんもおる」

 

 おーいと手を振るお茶子に、彼等の担任教師である『イレイザーヘッド』と会話をしていた佐々波夢見が顔を向ける。

 

 お茶子の顔を見て、うへぇと舌を出した。

 

 「なんでお茶子が来てんの?」

 「私、『リューキュウ事務所』でインターンやらせて貰ってるから。そっちこそなんで?」

 「……私は『サー・ナイトアイ』から急遽協力を依頼されたの。『ホークス』にも声をかけたみたいなんだけど、アイツは来れないって」

 「……『ホークス』も?……ねぇ、それってもしかして───」

 

 

 「──皆さま、本日はお集まりありがとうございます」

 

 ざわついたロビーに、『サー・ナイトアイ』の声が響く。

 

 「これから、"死穢八斎會"についての協議を行わせて頂きます」

 

 

 

 それは場所を変え、二階にある大会議室にて行われた。

 定刻通り、『サー・ナイトアイ』は口火を切る。

 

 「先日からご依頼しておりました、"死穢八斎會"について、現状の情報について今一度整理し、今後の方向性を模索させていただきます」

 

 『サー・ナイトアイ』が横にいる彼のサイドキック『バブルガール』に視線を向けた。

 その視線を受け、『バブルガール』はやや緊張した面持ちで説明を始める。

 

 「我々ナイトアイ事務所は、約二週間前から"死穢八斎會"という指定敵団体について独自調査を進めていました」

 

 その結果判明した事実は、決して無視出来ない事実の数々だ。

 

 過去一年の間において、組外の人間との接触が相次いでおり、具体的な内容こそ判明していないものの、組織の拡大、資金調達を目的に動いていることが明確であること。

 調査開始と同時期に、"ヴィラン連合"との接触があったこと。

 

 その二点だけでも問題であるが、"死穢八斎會"の脅威はそれだけではない。

 

 「先日、我々の事務所のインターン生である通形ミリオと緑谷出久が指名手配中のヴィラン『メテオレイン』と接触しました」

 

 『メテオレイン』。その言葉に、麗日お茶子は肩を跳ねさせる。

 

 「二人は交戦し、これに敗北。通形ミリオは現在入院中です。その際に、『メテオレイン』の腰には、"死穢八斎會"のマスクが括りつけられていたことから、我々は『メテオレイン』が"死穢八斎會"に所属していると断定。ヒーロー『ジャックス』に協力を依頼しました」

 

 

 緑谷出久は、隣の空席に一度だけ視線を向けた。

 『オールマイト』には、ああ言われたが、あの時の自分の行動は決して最善ではなかったのだと思う。それこそ、あの場にいたのが自分ではなく、"平和の象徴"であったなら、この話はそこで終わっていたのだ。

 机の下できつく握り締められた拳が、ギリリと嫌な音を立てた。

 

 褐色の肌に縮れた髪の毛を持つ、日本人離れした風貌のヒーロー『ロックロック』が、挑発的に問いを投げる。

 

 「マスクを持ってただけで確信を持つには弱いんじゃないか?その辺はどうなんだよ。"専門家"さん」

 

 その視線の先にいるのは無論、佐々波夢見だ。

 対して彼女は、『ロックロック』を見ることもしない。

 

 「それだけならね。"死穢八斎會"は"志村組"とも敵対関係にあったし、元々疑ってた組織の一つだもの。それに、若頭である治崎の個性は『分解』と『修復』。今にして思えば納得できることも多い」

 「あ?どういうことだよ」

 「……3年前に、『変質』した私を治せるとしたら、そういう個性だけってことよ」

 

 佐々波夢見は、横で俯く麗日お茶子に視線を向け、そこでようやく『ロックロック』に向き直った。

 

 「は?お前それどういう意味かわかってんのかよ?お前が言ってることはつまり──」

 

 「──『メテオレイン』は私を助けるために"死穢八斎會"の仲間になったと言うことよ」

 

 

 当然だ。とでも言いたげな夢見の姿に、『ロックロック』は言葉を失う。

 彼も愛する妻を持ち、可愛い我が子を持つ一人の親だ。大切な誰かの為に、自らを犠牲にして行動を起こす思いは、なんとなく理解することが出来た。

 

 

 「──おい。おいおいおい。当たり前みたいに言うけどよ、……お前、なんとも思わねぇのかよ」

 「なにそれ。星也が私を助けた事と、『メテオレイン』が犯した犯罪が許されるかは、切り離して考えられるべき事柄でしょ。私がどう思うかは、ここでは全く関係ない」

 「そんな訳ねぇだろ!」

 

 少しずつ語気が荒くなり始めた二人を制止する声が響く。

 

 「そこまでだ。二人とも、それ以上は止めていただきたい」

 

 『サー・ナイトアイ』は、眼鏡の位置を調整しつつ、その細い眼で二人をジロリと睨む。

 

 

 「………チッ」

 「それだけじゃないんでしょ?星也の近くにいた女の子も、証拠の一つって聞いたけど」

 

 『ロックロック』が押し黙ったのを見て、佐々波夢見は、会議の中心を『バブルガール』へと返す。

 

 「は、はい!えと、その為にはまず──」

 「──ワイの出番やな!」

 

 ガタリと、音を立てて立ち上がったのは、縦にも横にも大柄な男。雄英生である切島鋭児郎と天喰環をインターン生として雇い入れ、多くの者から人気のあるヒーロー『ファットガム』だ。

 

 彼は過去に、薬物を扱うヴィランを多く相手にしてきた事もあり、今回は、その道に詳しいヒーローとして、協力を要請されていた。

 

 「先日の『列怒頼雄斗』デビュー戦!今までに見たことない種類のモンが環に打ち込まれた!それは──"個性を壊すクスリ"」

 

 

 その言葉に、部屋全体がざわつく。

 超常が日常と化した現代において、その単語はあまりに不吉だ。

 

 「幸い、一晩寝れば元通りや。ただ、そのクスリの中身を調べた結果、人の血や細胞が入っとった」

 

 そして、『メテオレイン』が連れていた少女は、手におびただしい程の包帯が巻かれていたらしい。

 少女の最も近くに居ながら、救うことが出来なかった緑谷出久は、その事実に歯を食い縛る。

 

 「ここまで分かれば充分でしょう。つまり、"死穢八斎會"及び『メテオレイン』は、少女の身体を銃弾にして、それを捌いていると見て間違いない」

 

 

 ここにいるのは皆がヒーローだ。

 敵がどれほど強力であろうと関係ない。

 

 そこに泣いている少女がいるのなら、やることは決して変わらない。

 

 

 

 「───ご協力よろしくお願いします」

 

 

 

 答えなど、とっくの昔に決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、学生である雄英高校のインターン組は、プロのヒーローよりも一足先にロビーで雑談をしていた。

 とはいっても、その雰囲気は和やかなものではない。

 緑谷出久が『メテオレイン』と交戦した時の状況を、クラスメイトや諸先輩方に語って聞かせていたのだ。

 

 「……そっか。お兄ちゃんと」

 「うん。黙っててごめん」

 

 その言葉に、麗日お茶子は首を横に振る。

 

 「んーん。それは言えんもん。『デク』君を責めたりしない。ニュースで見て、なんとなくわかってたしね」

 「……麗日さん」

 

 普段通りの朗らかな笑顔で言うお茶子に、緑谷出久は、どこか寂し気な声をあげた。

 だって、なんとも思っていない筈がないのだ。それでも、そんな諸々を飲み込んで目の前の少女は笑って見せる。

 その強さが、緑谷出久には少しだけ寂しかった。

 

 「でもよ麗日。お前、このまま行くと兄貴と戦うことになるかもしんねーんだぞ。大丈夫なのかよ」

 

 麗日お茶子の表情を窺うように、切島鋭児郎が心配の声をあげた。

 

 「……うん。大丈夫」

 「ほんとか?別に無理する必要もないぞ。なんなら先生に言って───」

 「──駄目だ」

 

 尚もいい募る切島の言葉を遮って、エレベーターから出てきた『イレイザーヘッド』は口を挟む。

 その後ろには、佐々波夢見の姿もある。

 

 「先生!それに『ジャックス』も」

 「うん。お疲れさまー」

 「『デク』、外では『イレイザーヘッド』で通せ」

 

 緑谷出久は、『イレイザーヘッド』の背後から手を振る佐々波夢見に一度頭を下げてから、再度『イレイザーヘッド』へ向き直った。

 

 「それより、なんで駄目なんですか?通常、ヒーローは肉親が起こした犯罪への対処は行わないんじゃ…」

 「そうだ。普通ならな」

 

 『イレイザーヘッド』が来てから、顔を伏せ目を合わせようとしない麗日お茶子の横に男は立った。

 鋭いその声色には、甘さを許さない厳しさがある。それでも、それは決して突き放すようなものではない。指導者特有の、厳しくありながらも相手を気遣うような、複雑な感情が籠った言葉だ。

 

 「お前の場合は普通じゃないだろ。アイツがどんなコンプレックスなのかは知らないが、普段から意識し過ぎだ」

 「……わかってます」

 「いや、分かってない。"誰かの代わりになる"なんていう中途半端な想いのままじゃ、お前はいつまでたっても三流だ。お前の理由で動けないなら、ヒーローなんて辞めろ。邪魔だ」

 

 あんまりと言えばあんまりなその言葉に、その後ろから佐々波夢見が反応する。

 

 「ちょっと。言い方ってものがあるでしょ。……お茶子、まだよくわかんないかも知れないけど、ここで貴女が星也と戦うのは、貴女にとって大きな一歩になるはずなの」

 「それは、お前が飛ばして進んできた初めの一歩だ。夢半ばにいるお前は、その実、スタートラインから踏み出していない」

 

 あくまでも厳しい言葉で話す『イレイザーヘッド』を佐々波夢見は少しだけ睨みつけた。

 不意に、俯いたままのお茶子がポツリと言葉をこぼした。

 

 「……よく、わからないです」

 「そんな筈ないだろ。気付いていないフリにどんな意味がある」

 

 

 その言葉に、麗日お茶子はようやく顔をあげる。

 自らの恩師を鋭く睨み、普段よりも低いうなり声をあげた。

 

 「先生は何が言いたいんですか」

 「今回の一件で、過去を全て清算しろと言っている」

 

 ピシャリと、『イレイザーヘッド』は言い捨てる。

 だがそれは、まだ高校生の少女に望むには余りに酷な話だ。

 

 少女の脳裏には、まだヒーローであった兄の姿が焼き付いていて、努力なんて必要なく、彼の後ろ姿を思い出すことが出来た。

 麗日お茶子が麗日星也という人間を思い出したとき、その周りの人間は必ず笑顔で、きっとそれこそが望まれるヒーローのあるべき姿なのだと、彼女は今でも確信していた。

 

 それと同時に、彼女の中の麗日星也は、数年ぶりに実家に帰ってきた時の、余りにも弱々しい表情のままだ。

 だって、今ならわかるのだ。自らの兄はあの時、確かに助けを求めていたのだと。

 

 気付かなかったのは自分だ。

 

 "兄を恨んでいるか"。よく聞かれた問いだ。だが、どうして自分が兄を恨めようか。どうして兄を憎めようか。

 ただのうのうと呆けていただけの自分が、どうして兄を嫌いになれよう。

 

 

 麗日お茶子は、"みんな"を助けるヒーローになりたいと思ったことは一度とない。

 それでも、麗日お茶子は、あの日、あの時の、麗日星也に手を伸ばせなかった自分が許せなくてヒーローになった。

 

 なら、自分が一番救いたいと思っている相手は──。

 

 

 

 もう、有耶無耶のまま進めるのは止めろと、目の前の男は言っている。

 

 出来るだろうか。本当に。

 

 「それは……」

 「出来なくてもやれ。良くも悪くも、チャンスは一度きりなんだ。想像よりもずっと早かったが、これを乗り越えなきゃ、お前は本当の意味でのヒーローにはなれない」

 「………乗り越えられなきゃ、"見込みなし"ですか?」

 「馬鹿言うな。お前はずっと"見込みなし"だ。ただ、ここを越えれば、必ず化けるぞ」

 

 その言葉に、麗日お茶子は目を瞑った。その言葉の意味をゆっくりと咀嚼して、一度大きく深呼吸をする。

 

 「───任せてください。『イレイザーヘッド』」

 

 根拠はない。こんなのはただの虚勢だ。

 その言葉に『イレイザーヘッド』は頬を緩めた。

 

 「頼んだぞ『ウラビティ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に幾日か過ぎ、『死穢八斎會襲撃作戦』当日の朝、"死穢八斎會"の本拠地から程近い広場で、ヒーロー・警察を交えた最後のミーティングを行っていた。

 

 「突入前に、全員の認識を統一したいの」

 

 前に立ち、話すのは佐々波夢見だ。

 本来であれば『ナイトアイ事務所』の人間が行うべき役割であったが、相手はあの『メテオレイン』だ。大まかな作戦は『ナイトアイ事務所』で担当しているが、必ず起こると想定される『メテオレイン』との交戦は、最も詳しい佐々波夢見に一任されていた。

 

 「そもそも、この中で『メテオレイン』の個性による鎧を貫通し得るのは、私のサイドキックと『ファットガム』の必殺技、体育祭で見た『デク』君の自傷パンチだけです」

 「自傷パンチ」

 

 そのあんまりなネーミングに、緑谷出久は思わずオウムのように繰り返した。

 気にせず、佐々波夢見は続ける。

 

 「つまり、基本的には無理ってこと。だからこそ、その鎧を剥ぐ必要があります」

 

 その言葉に、周囲の視線が『イレイザーヘッド』に集中する。

 個性の鎧。それを剥げる可能性があるとしたら、それこそ彼しかいない。

 

 当の本人は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 「そう、私達が勝つためには『イレイザーヘッド』と『メテオレイン』の対面を作ることが絶対条件になります。もし、それ以外の状況で『メテオレイン』と遭遇した場合、一も二もなく逃走を選んでください」

 「そんなこと出来んのかよ!これから敵地に乗り込むんだぞ、想定外が起こらない訳がない!それに、それは向こうだって分かってんだろ?流石に分が悪すぎるぜ」

 

 『ロックロック』の噛み付く声を受けて、佐々波夢見は一度頷く。

 

 「そうね。ここまでは、向こうと此方の共通認識よ」

 

 そこで一度話を区切り、一歩前へ踏み出した。

 佐々波夢見のアメジストの如き瞳が、爛々と輝きを増す。そこに憂いの感情は一切なく、漸く待ち望んだこの一戦を乗り越えること以外考えていない。

 その体格以上に大きく見せる意志の力に、誰もが息を飲んだ。

 

 

 この日、長かった三年間に終止符を打つ。

 

 「ここからが、『メテオレイン』を打ち倒す唯一の策」

 

 

 胸を刺す痛みが、あの日から消えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前8時30分。死穢八斎會事務所前。人の動きが活発になってきた時間帯に、道路を塞ぐほどの大人数がそこにいた。

 

 ヒーロー『サー・ナイトアイ』

 ヒーロー『イレイザーヘッド』

 ヒーロー『リューキュウ』

 ヒーロー『ファットガム』

 ヒーロー『ロックロック』

 ヒーロー『ケサギリマン』

 ヒーロー『ジャックス』

 

 これらのヒーローに加え、そのサイドキック、雄英高校のインターン生、警察、この他にも、"死穢八斎會"が、保有する他の住所にも人材が割かれており、特にこの周囲に関しては、突入と同時に検問が引かれ、周辺地域には避難勧告すら出される手筈だ。

 総動員は三桁を優に超え、どこへ行っても警官やヒーローに出会うその状況は、どこか異質ですらあった。

 

 その中で、ヒーロー『ジャックス』こと佐々波夢見と行動を共にすることになった麗日お茶子は、夢見の隣に見覚えのない人間の姿を見た。

 身長は170センチ程度だろうか。肩の辺りが異常に隆起しており、頭までスッポリ被ったポンチョの上からでも、その異形が見てとれる。

 

 あぁあれが、先ほど言っていた"佐々波夢見のサイドキック"かと納得する。

 

 目を瞑り、瞑想する佐々波夢見に、お茶子は声をかけた。

 

 「夢見さん。その方がさっき言ってたサイドキック?」

 「───へ?あぁそうそう。私のサイドキック」

 

 一瞬呆けた表情をした夢見だったが、一転して取り繕うように笑う。

 

 「こう見えて結構強いから安心して」

 「いや、見るからに強そうなんやけど。肩ごっついし」 

 「まぁね」

 

 カラカラとした笑い声が響く。

 

 「おい、もう始まるぞ」

 

 横にいた『イレイザーヘッド』が、責めるように口を挟む。

 

 「分かってる」

 

 そう言って、佐々波夢見は表情を引き締めた。

 麗日お茶子も、自分の指先が徐々に冷たくなっていくのを感じ、ゆっくりと長い息を吐く。

 

 「頑張ろうね。お茶子」

 「うん。夢見さん」

 

 

 インターホンの音がやけにゆっくりと響く。

 聞きなれたその音は、開戦の合図となった。

 

 

 

 「───何なんですかぁ!」

 

 突如、住宅地に響き渡る轟音。"死穢八斎會"事務所の敷地の内側からその門が破壊され、3メートル程の巨人──活瓶が拳を振るった。

 ライオットシールドを構える警官と言えど、その掬い上げる一撃は耐えようがない。

 ものの見事に宙を舞い、『イレイザーヘッド』、緑谷出久といった機動力の高いヒーローに命を救われる。

 

 だが、問題は未だ門の前で拳を振り上げる活瓶だ。

 相手の活力を奪い、己のエネルギーにする個性を持つ彼は、今の一撃でその腕を肥大させ、その体躯も先ほどより一回り大きくなっていた。

 

 大勢が密集する今の状況は、彼にとって絶好の狩り場とも言える。

 

 「手筈通りに!ここは任せます、『リューキュウ』!」

 「ええ!」

 

 『サー・ナイトアイ』の言葉を受け、『リューキュウ』は活瓶の前に躍り出る。

 そしてメキメキとその姿を変え、遂には活瓶と比べても尚巨大なドラゴンへと変貌する。

 

 その巨体と圧倒的な膂力は疑いようもなく強力だが、そのサイズの都合上、地下での戦闘には向かない。

 地上に残って戦うとしたら、彼女以外は考えられなかった。

 

 

 斯くして、ヒーロー達は"死穢八斎會"の敷地内に侵入することに成功した。

 

 

 「どいつもこいつも示し合わせたように抵抗しやがって!なんだってんだよ!」

 「そういう組織だと思うしかないわね。早く先へ進みましょう」

 

 地下への隠し扉を『サー・ナイトアイ』が解読し、ついに開いた通路を駆け抜ける。

 

 ただ、その先は行き止まりだ。

 

 「行き止まりだ!!」

 「違う!この先に道はあるはずだ!」

 

 誰かの喚く声に、語気荒く『サー・ナイトアイ』が返す。

 その言葉に最も早く反応したのは緑谷出久だ。

 

 

 「なら僕が!!」

 

 そう言って、全員を引き離すように一歩加速する。

 その身に宿るは象徴の力だ。例え、今の彼に使用可能な容量が全体の15パーセント程度だったしても、コンクリートで出来た壁程度、障害にはなり得ない。

 

 振り抜かれたその足が、道を塞いでいた壁を粉砕する。

 開けた景色のその先には、『サー・ナイトアイ』の言葉通りに道が続いていた。

 

 情報通りの光景に、緑谷出久が笑みを浮かべたその瞬間。

 

──文字通り、地下道が歪んだ。

 

 

 "死穢八斎會"の『ミミック』の個性だ。モノに入り自由自在に操るその個性によって、彼はこの地下道へと潜り、この地下道は生きる迷宮と化していた。

 

 グネグネと形を変える迷宮は、瞬く間に姿を変える。

 事前に手に入れていた情報が、無意味になるのは時間の問題だった。

 だが、『メテオレイン』を捕捉しないまま地下迷宮に囚われれば、ヒーロー側に勝ち目はない。

 

 

 「───行って!!!」

 

 

 道が捻れ、遂には塞がりそうになる寸前で、佐々波夢見の怒号が響く。

 その声に呼応し、傍らを走っていた彼女のサイドキックが疾駆する。

 

 それはまさに一陣の風だ。うねる地下道の隙間を縫い一瞬にしてその姿が見えなくなる。『ミミック』の個性は、彼のスピードに到底追い付いていなかった。

 

 「速すぎやろ。なんやアイツ!」

 

 『ファットガム』のその言葉に尻目に、佐々波夢見は祈るように呟く。

 この作戦の結末は、彼に掛かってると言っても過言ではなかったから。

 

 「……お願いね。後輩くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おいおい。全然簡単に破られてんじゃん。なぁ『オーバーホール』、やっぱり天蓋と乱波も貸してくれよ」

 「駄目だ。元はお前の失態なんだ。お前が何とかしろ」

 「いや、そうは言うけどさ」

 

 ガシガシと頭を掻いた『メテオレイン』は、そのまま両の手を合わせる。

 正面に立つのは、大きく肩の辺りが隆起した男。

 その男は無言のまま、じっと『メテオレイン』を見据えている。

 

 「俺は行くぞ。『メテオレイン』」

 「分かってるよ。早く壊理を連れていってくれなきゃ気になって戦闘も出来ない」

 

 ふんと、『オーバーホール』は鼻を鳴らして背を向ける。ぞろぞろと配下を連れ、少しすれば闇に溶けて見えなくなる。

 

 それを黙って見送った目の前の男に、『メテオレイン』はクスリと笑ってみせた。

 

 

 「ヒーロースーツを変えたのか?似合ってるぞ」

 「いや、先輩。こんな服装に似合ってるとかありませんから」

 

 瞬間、膨らんでいたポンチョを突き破って、巨大な翼がその姿を現す。

 フードを後方に払えば、明るい茶髪が目を引いた。

 

 「久し振りですね。先輩」

 「あぁ、出来れば会いたくなかったよ『ホークス』」

 

 久し振りの再会に、『メテオレイン』は苦笑する。

 

 

 俺も会いたくなかったですと『ホークス』は腰に手を当ててため息をついた。

 

 「っていうか俺、今別件で超忙しいのにこんなことさせられてんですけど。お陰でこんな格好で戦うことになるし、そちらの恋人の方、本当どうにかしてくれません?」

 「いや知らんし。必要なら帰り道を作ってやるけど?」

 「ここで逃げたら後が超怖いじゃないですか。っていうか先輩に勝てるの俺しかいないし」

 

 まるで自分なら勝てると言わんばかりのその発言に、『メテオレイン』は口角を上げた。

 

 「生意気な口利くようになったな」

 「そりゃぁもう。あんたがせっせと人を殺してる内に、ちゃんと力をつけましたから」

 

 

───校内最強だかなんだか知らないけど、こんな小さな枠の中で強者気取って、情けなくないですか?先輩。

 

 

 

 『ホークス』が『メテオレイン』に挑発的なのは、初対面の時以来だろうか。まるでいつかの再現だと、『メテオレイン』は笑った。本当はもっと、言いたいことも聞きたいこともあるだろうに。

 

 

 

 「───口のきき方を教えてやるよ、糞ガキ」

 

 それは、ずっと昔に、かつて『シューティングスター』だった男が、『ホークス』に向けて放った一言だ。

 

 それを受けて、堪えきれないとばかりに『ホークス』は笑った。

 

 

 「じゃ、一手指南願いますわ。『メテオレイン』」

 

 

 『ホークス』が、その翼を大きく広げる。たったそれだけの動作で暴風が吹き荒れ、『メテオレイン』の髪を巻き上げた。

 

 そして、その翼から射出されるのは羽根の弾丸だ。それも、一枚二枚の話ではない。打ち出された弾丸の数は数十枚以上におよび、まるで横殴りの雨のように降り注いだ。

 それは視認できる速度を優に超え、一瞬にして『メテオレイン』の下に届く。

 

 それでもそれは、『メテオレイン』の肉体には届かない。

 

 『メテオレイン』の肉体に届く寸前で止まるその様は、ダーツ盤に突き刺さった大量の矢を連想させた。

 

 

 「結末まで再現するつもりか?『ホークス』」

 

 その言葉と共に、止まっていた羽根が音を立てて消し飛ぶ。

 一気に開けた視界で『ホークス』を捉え、『メテオレイン』は目を細めた。

 

 瞬間、引き起こされるのは扇状に広がる破壊の波。機動力が高い彼を呑み込まんと発生したそれは、整地されたアスファルトの大部屋を砕き、地下道全体にその震動を轟かせた。

 

 

 ただ、破壊の波では、"速すぎる男"を捉えることは到底できない。

 

 一瞬だ。『メテオレイン』の個性が彼に届くまでの、隙とも言えないその一瞬で、彼は『メテオレイン』の背後に回ってみせた。

 

 

 「そんな訳ないでしょ。『メテオレイン』」

 「───チッ!」

 

 振り下ろされるは、彼の『剛翼』。打ち出すのではなく、武器として手に持つでもなく、その翼をギロチンのように振り下ろす。

 

 少量の血飛沫が舞う。

 それは『メテオレイン』の鎧を確かに貫き、咄嗟に横へ跳んだ男の肩を僅かに切り裂いてみせたのだ。

 

 そこでようやく、二人は同じ土俵に立った。

 

 

 『メテオレイン』はその逃げの一歩で、10メートル以上の距離を取る。

 空中で体勢を立て直し、重心を前に寄せたまま地面に着地し───、瞬間、その足下が爆ぜた。

 

 爆発的な加速。その初速は知覚の限界を超え、『メテオレイン』の一撃が『ホークス』に届く。

 

 「───っつぁ!」

 

 寸前で挟み込まれた『剛翼』がミシミシと嫌な音を立てる。

 その余波で、周囲の地面にクモの巣状の亀裂が走った。

 

 「死んでくれ『ホークス』」

 

 ゼロ距離で放たれる破壊の波。決して逃れることが出来ないそれは、『剛翼』を持つ『ホークス』ですら木っ端のように吹き飛ばした。

 砲弾のように吹き飛んだ『ホークス』は、離れた部屋の壁面に大きな音を立ててぶつかり、姿を覆い隠すほどの粉塵が舞い上がる。

 

 

 それでも、『ホークス』は止まらない。壁沿いを打ち上げる花火のように、舞い上がった粉塵を置き去りにして飛び上がる。

 それは天井すれすれで滞空し、今一度、羽根の弾丸を射出する。

 先程と違うのはその量だ。視界を覆うほどの羽根の嵐は、一つの竜巻となって『メテオレイン』を襲う。

 

 視界の全てを覆う羽根。それは必殺の一撃であると同時に、『ホークス』の姿を隠す盾だ。

 この盾の先で、『ホークス』は『メテオレイン』の隙を窺っていることだろう。

 

 それに対して『メテオレイン』は、ただ己の個性に"潰せ"と命じた。

 

 

 拮抗したのは一瞬だった。

 

 轟音が響く。羽根が消し飛び、地面が抉れ、地下施設の全てに衝撃が轟いた。破壊し尽くされたこの部屋には、もはや元の面影は存在しない。

 

 一つの隕石が落ちた後のような大きなクレーターが、その一撃の重さを理解させる。

 『メテオレイン』は、口へ込み上げた吐瀉物を横に吐き出す。 

 

 ぼとりと、『メテオレイン』の個性によって天井に押し付けられていた『ホークス』が床に落ちた。

 その近くまで歩みより、『メテオレイン』はかつての後輩に声をかける。

 

 

 「時間稼ぎなんだろう?『ホークス』」

 

 

 返事はない。だが、『ホークス』は、起き上がろうと必死にもがいている。

 足の爪先で、その身体をひっくり返した。

 

 

 「『イレイザーヘッド』と他のヒーローが、ここまでたどり着く時間を稼ぐのがお前の役割なんだよな?」

 「……そうだったら、どう…するんですか?」

 

 荒い呼吸を吐きながら、『ホークス』はなんとか上体を起こす。目に流れ込む血を拭うこともせず、『メテオレイン』の目を睨み付けた。

 

 「どうもしない。どちらにせよ、あんたをここで殺して、俺は次に向かうだけだ」

 

 ははっと、『ホークス』は笑う。

 

 「──やっぱり……、わかんないっすわ」

 

 脈絡のないことをいう『ホークス』に、なんの事だと、『メテオレイン』は眉を潜めた。

 

 

 「"死穢八斎會"がそんなに大事ですか?彼等が掲げる大義って、そんなに魅力的なものだったんですか?」

 

 

 『ホークス』からすれば、今の『メテオレイン』は、元恋人や妹、自らの後輩を殺してでも、"死穢八斎會"を守ろうとしているようにしか見えなかった。

 

 だからこそわからない。

 

 『ホークス』にとって、かつての日々は、野に咲く花のような、かけがえの無い思い出だと感じていたから。

 

 『ホークス』の言葉に、『メテオレイン』は暫し沈黙で返した。

 

 「……"死穢八斎會"のことは、本当はどうでもいいんだ。アイツ等がここで捕まろうとも、死のうとも、全部自業自得だ。そこに思う所はない」

 「なら───」

 「───助けたい奴がいる」

 

 何か言いたげな『ホークス』の言葉を遮って、男は言葉を続けた。

 

 「なんでこんなに、助けたいと思うのかはわからない。俺のやり方が正しいのかどうかもわからない。でも、俺だけなんだ。俺だけが、あの子を救い出せる」

 

 血を吐くように、『メテオレイン』は吐き捨てる。

 

 「……だから、俺は絶対に壊理を救う。何をしても、絶対に。それを悪と名付けるなら、お前は俺の敵だよ、『ホークス』」

 

 

 それが今の『メテオレイン』の全部。

 何もかも失った男の、三年間の拠り所だ。

 

 訳わかんねーと、『ホークス』は笑った。

 

 

 「悪いが、死んでもらうぞ」

 「最後にあと一つだけ良いですか?命乞いなんですけど」

 「清々しいなお前。やだよ、決心鈍りそうじゃん」

 

 くはっと、『ホークス』が吹き出す。その拍子に脇腹に激痛が走り、スリスリとその場所を擦った。

 

 「いや、なんてこと無いんですけどね?」

 「聞けよ。それか聞くなよ。……なに?どっちにしろ見逃したりしねーぞ」

 「分かってますって。……ねぇ、先輩」

 「……だからなに?」

 

 

 「───俺のサイドキックになりません?」

 

 

 『メテオレイン』は、一瞬その言葉の意味がわからなかった。

 中途半端に開いたままの口が、「は?」と情けない声を漏らす。

 

 「サイドキックなら、多分隠し通せると思うんですよね。顔はほら、なんかマスク被って。先輩って何かと味方も多いし、きっとやれますよ。どうです?」

 「いや、どうですってお前。無理だろ」

 「無理ですかね?ピンチの時は夢見さんの個性でなんとか出来るし、俺と先輩なら絶対負けなしですよ。だから、やってみる価値はあると思うんです。だってほら、また皆で過ごせるんだから」

 

 これも、彼なりの時間稼ぎなのだろうか。確かに『メテオレイン』はその足を止めて、彼の話を聞いてしまっている。

 例え、ただの時間稼ぎなのだとしても、聞かずにはいられなかった。

 

 「俺が何人殺してきたと思ってる。今更ヒーローなんて」

 「先輩が何人救ってきたと思ってんすか。これから何人救うと思ってんすか」

 「そういう問題じゃないだろ」

 「そういう問題ですよ。それは、自分の折り合いの話ですから」

 

 それは、思わず頷いてしまいそうなほど、あまりにも魅力的な提案だった。

 この三年間、考えなかった日がない、"もし、あの日に戻れたら"という妄想の続きを、未来で再現出来るなら。

 

 

 都合のいい話だ。論外だ。麗日星也は、そんな救い求めていない。

 そうやって自分に言い聞かせる。

 

 「いい加減にしろ。大体なんでお前が──」

 「──だって先輩が、助けて欲しそうにしてたから」

 

 

 その言葉は、この三年間のどこで聞いた罵倒よりも、麗日星也の柔らかい所を貫いた。

 

 顔を見せそうになる弱さを、唇を噛みちぎって黙らせる。

 

 

 ゆっくりと目を瞑る。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、白髪の幼い少女だ。

 大きな瞳と、小さな指先。響くことの少ない鈴の音。

 

───『わたしが咲くの、ちゃんと見ててね』

 

 一度だけ、小さく息を吐く。

 

 自問する。麗日星也は『メテオレイン』に問いを投げる。

 

 お前が何だ。

 お前は誰だ。

 お前が一番大切なものは何だ。

 

 

 それは、いつかにも立たされた分岐点のようで、本質の全く異なるものだ。

 

 自分の未来か、少女の未来か。

 

 

 そんな選択肢、あって無いようなものだった。

 

 

 「………悪い。俺さ、やっぱりヴィランだから。ヒーローなんて無理だわ」

 「………そっすか」

 

 短く告げて、『ホークス』は目を瞑った。

 『メテオレイン』は一度だけ頭を掻いた。

 

 「やっぱり、お前の命乞い聞くんじゃなかったわ」

 「……見逃してくれるんすか?」

 「まさか。ただ──」

 

 カツカツカツと何人かの走る音が聞こえる。それを追うように、地を揺らすほどの轟音が響いた。

 その破壊音は、程近くまで迫っていた。

 

 「──結末はどうあれ、もうすぐ終わりだ。本当に、あっという間だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下通路の細い道を、幾人もの纏まった足音が響く。

 荒く吐き出した息に混じった少量の血が、ヒーロースーツの襟を汚した。

 口元に残ったそれを、佐々波夢見は袖で強引に拭う。

 

 

 「『ファット』!『イレイザーヘッド』は!?」

 「駄目や!目ぇ覚まさへん!」

 

 佐々波夢見の言葉に、『イレイザーヘッド』を担いだ『ファットガム』が怒鳴るように返事をする。

 その言葉に佐々波夢見は歯噛みした。

 

 「来ねぇぞ!撒いたか!?」

 「バカを言うな!『ジャックス』の視界を避けてるだけだ!!」

 

 切島鋭児郎の楽観的な発言に、『サー・ナイトアイ』は怒鳴りつける。

 

 

───状況は最悪だった。

 

 「夢見さん!!」

 「待って!今考えてる!!」

 

 麗日お茶子の叫び声に、佐々波夢見は叫び返した。

 余裕がある者など、どこにもいない。

 

 

 「───次来るぞ!!」

 

 『サー・ナイトアイ』の怒号が響く。

 それは、『メテオレイン』の襲撃の合図だ。

 

 

 「っ!!───僕が!!!」

 「駄目だ緑谷!俺がやる!」

 

 

 足を止めかけた緑谷出久を叱咤して、切島鋭児郎は靴の裏で地面を削りながら背後を向く。

 血塗れの両腕の軌跡が、赤い線を描く。

 

 「来いやぁぁぁ!!!!!」

 

 『硬化』という個性を持つ彼が、この日、既に何度も何度も発動し、そしてその度に破られてきた最高硬度。

 何度も破られた弊害から、その姿はどこか歪み、硬度も最初ほどのものは出ていない。

 

 それでも、彼の闘志はここにある。

 

 

 視界の端が煌めいた時、既にその両腕は潰れていた。

 斜め上から叩き潰すように繰り出された蹴りにより、切島鋭児郎の身体を支える足は地面に深く突き刺さり、余波だけで、身体を揺らす暴風が吹き荒れた。

 

 それでも、『メテオレイン』は足を止め、切島鋭児郎は耐えきった。

 

 「おおおおぉぉぉ───!!!」

 

 切島鋭児郎は、『メテオレイン』の喉元に噛み付くように飛びかかる。

 『硬化』は既にボロボロ、両腕が完全に潰れても尚、その男は止まらない。例え、己の牙が届かないと知っていても、今この瞬間は、たった一秒が勝敗を左右するのだと感じ取っていたから。

 

 だか、意思の力だけで、その圧倒的な戦力差を覆せるかどうかは、全く別の問題だ。

 

 

 「───邪魔だ」

 

 

 そこに落ちた大質量が、その膝を完全に砕いた。

 

 崩れ落ちる切島鋭児郎を一瞥もせず、『メテオレイン』はその横を駆け抜ける。

 

 

 

 「切島くん!!」

 「立ち止まるな!!!」

 

 崩れ落ちる切島の姿に、つい足を止めそうになる緑谷出久に『サー・ナイトアイ』が鋭く叫ぶ。

 切島鋭児郎が全てをかけて稼いだこの一瞬を無駄にするわけにはいかない。

 

 その中でただ一人、佐々波夢見は背後に顔を向けた。

 

 「───捉えた。『ファット』!!」

 「わかっとる!」

 

 『メテオレイン』の姿を視界に収めた佐々波夢見の目が、爛々と光を発する。

 

 その瞬間、『メテオレイン』は足を止めた。じっと、周囲を警戒するように、辺りを窺っている。

 

 「何を見せてる!?」

 「喋らないで!!ラベンダー畑よ!私達の姿を見失ってるから鎧の補強に力を注いでるんだと思う!」

 「んなオシャレな!!」

 

 『ファットガム』に担がれた佐々波夢見が、後方で佇む『メテオレイン』を睨み付けながら、『サー・ナイトアイ』の問いに答える。

 

 佐々波夢見の個性は『現夢』。

 知覚した相手、或いは知覚された相手を、"共感状態"にする。そして、"共感状態"にした相手の、知覚した(知覚された)感覚気管に、佐々波夢見がイメージした通りの信号を送ることができる。

 つまりは、佐々波夢見を見る、或いは見られた人間は、彼女の思い描く通りの映像を見せられ、彼女の声を聞く、或いは聞かれた人間は、彼女の思い描く通りの音声を聞かされる。

 

 佐々波夢見の『現夢』に侵された『メテオレイン』は、彼女の視界から逃れない限り、己の視覚が信用できない。

 

 

 だが、"見る"必要のない攻撃も確かに存在する。

 

 

 「───波が来る!!」

 

 突如放たれた破壊の波。それは、川辺を抉る土石流の様に、通路を破壊しながら彼等に迫る。

 

 佐々波夢見の悲鳴に、『サー・ナイトアイ』が反応した。

 

 「横に部屋がある!逃げ込むぞ、個性を切れ『ジャックス』!!」 

 「──っ!!」

 

 

 緑谷出久が蹴り壊した扉から、六人は部屋の中に滑り込んだ。

 間一髪。佐々波夢と『イレイザーヘッド』を両脇に抱えたままの『ファットガム』が飛び込んだところで、破壊の波は背後の廊下を蹂躙していく。

 

 

 『ファットガム』の腕の中からもぞもぞと抜け出した佐々波夢見は、再度『ファットガム』を向き直った。

 

 「『イレイザーヘッド』を貸して。起こすから」

 

 佐々波夢見はそう言って、『ファットガム』から意識を失ったままの『イレイザーヘッド』を受け取る。

 "二体目"の『メテオレイン』と相討つ形で重症をおった『イレイザーヘッド』は頭部からおびただしい量の出血をし、その顔色は白を通り越して青に近い。

 

 満身創痍を優に超え、最早、生存すら危うい彼を起こすと言う佐々波夢見に、麗日お茶子は待ったをかける。

 

 「待って!先生はこれ以上無理やよ。私が──!」

 「駄目。偽者相手にこれ以上手札を切るわけにはいかない。最終的に勝たなきゃ全滅なんだから、無理だってしてもらわなきゃ」

 「それはいいが、問題は『トゥワイス』だ。あの『メテオレイン』に死力を尽くしたところで、また増やされたらどうしようもない。手を打てないのなら、『イレイザーヘッド』を起こしても意味はないぞ」

 

 肩の裂傷を押さえながら、『サー・ナイトアイ』は口を挟んだ。

 

 先程から交戦していた『メテオレイン』は、"ヴィラン連合"の『トゥワイス』の個性により造り出されたものだ。

 事実として、彼等は既に二度『メテオレイン』の偽者を打倒しているにも関わらず、再度現れた『メテオレイン』に強襲を受けていた。

 

 このまま続けても、彼等には勝ちはなかった。

 

 

 「……"死穢八斎會"と"ヴィラン連合"はあくまでも協力関係よ。共倒れするまで一緒にいるとは思えない」

 「……つまり、彼等の自信の根元を叩くと」

 「本物の星也を落とす。これしかないと思う」

 

 チラリと廊下を気にしながら、佐々波夢見は告げる。

 

 「だからといって、あの星也も無視できない。星也二人を同時に相手にするなんて、そんなの悪夢だもの」

 「戦力を分散する言うとんのか?」

 「そう。最低限の戦力、私とお茶子、『デク』くんで本物を倒すわ」

 「……前に言ってた作戦だな。勝てる確証はないんだろう?」

 「試した事がないだけよ。星也から聞いてる昔のエピソードとか、この前の通形くんとの戦いとかを考慮すれば、完封できる可能性は高いの」

 

 それは、実を言うとほとんど根拠のない話だ。全てが想像と予測の基で立てられた作戦で、命をかけるには余りにも弱い。

 それでも、自信満々に彼女は告げる。彼女だけは自分の勝利を疑っていない。

 

 「信じて。きっと勝てるから」

 

 その言葉に誰もが押し黙った。

 『サー・ナイトアイ』は、静かに眼鏡の位置を直す。

 

 「……先程から君のサイドキックの戦闘音がしない。急ごう」

 「───えぇ。ありがとう」

 「『イレイザーヘッド』を起こしてくれ。『デク』。貴様もそれでいいな」

 「……勿論です」

 

 確認するような『サー・ナイトアイ』の言葉に、愚直なまでに真っ直ぐ目で、緑谷出久は続ける。

 

 「見ててください。絶対に勝ちますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番最初に、廊下に転がり出たのは『イレイザーヘッド』と、佐々波夢見だ。

 一人で立つこと出来ない『イレイザーヘッド』を背負い、既に近くまで迫っていた『メテオレイン』を視界に収めた。

 

 

 「『イレイザー』!!」

 「……わかっ…てる!」

 

 『イレイザーヘッド』の『抹消』に加え、佐々波夢見の『現夢』。

 超常を失い、視界を支配された『メテオレイン』は、懐から素早く拳銃を抜いた。

 

 「そうはさせへんぞ!!」

 

 続けて飛び出すのが『ファットガム』。その巨体で『イレイザーヘッド』と佐々波夢見を射線から隠す。

 それと同時、佐々波夢見の『現夢』は解除された。

 

 ただそれは、あくまでもヒーロー目線の話、『メテオレイン』からすれば、目の前の『ファットガム』が本物なのか、はたまた『現夢』によって形作られた幻影なのか、その区別をするのは不可能だ。

 

 『メテオレイン』はがむしゃらに引き金を引く。無論、強力な個性を保有している『メテオレイン』に、拳銃の取り扱いなど行える筈もない。

 幸い至近距離であり、的である『ファットガム』も広く高い。前に撃ち出しただけの『メテオレイン』の銃撃は、彼の肉の鎧に沈んだ。

 

 だがそれだけ。計三発の被弾に伴う衝撃で『ファットガム』は足を止めたものの、大きなダメージを受けた様子はない。顔の前で交差させていた腕の隙間から静かに『メテオレイン』を睨んだ。

 

 「はよ行け!『ジャックス』!!」

 「わかってる!お茶子!『デク』くん!」

 

 佐々波夢見は、『イレイザーヘッド』を廊下に壁面に寄り掛からせ、『ファットガム』に背を向ける。

 

 『ファットガム』は、三人が走り去って行く様子を棒立ちのまま見送る『メテオレイン』を鼻で笑った。

 

 「棒立ちかいな。お前は偽者といえど、恋人と家族やろ。何か思うことはないんか」

 「……"元"だ。それに、『ナイトアイ』の姿がない。深追いすれば、手痛い反撃を受けそうだ」

 

 その言葉に、『ファットガム』は短く舌打ちをする。

 

 「なんや。御自慢の個性が使えなくなった途端、急に慎重になりよって。別に深追いせんでも結果は変わらんで」

 

 そう言って、『ファットガム』は両の拳を強く握り、脇を締めたまま両腕をやや引き絞る。

 一見無防備にも見えるそれは、その肉体こそが鎧となり、拘束具となる『ファットガム』に最適化された彼だけの姿勢だ。

 

 その臨戦態勢を前に、『メテオレイン』はつまらなそうに言う。

 

 「下らない挑発はするな。『イレイザーヘッド』の個性が切れる危険があるのに、無駄口を叩き始めた時点であんたらの考えは割れてるんだよ」

 

 ゆらりと、右手に持った銃口を『ファットガム』に向ける。

 

 

 「お前達が一番嫌がるのは────これだろ?」

 

 

 素早くその銃口を反転。自らの側頭部に押し当てた。

 

 

 「あかん────!!」

 

 

 思わず、『ファットガム』は言葉を失う。

 簡単な話だ。『トゥワイス』の所在がわからず、本物の『メテオレイン』の打倒が叶っていない現状において、"この"『メテオレイン』が死ねば、間を置かず"次の"『メテオレイン』の襲撃が始まる可能性は非常に高い。

 故に、『ファットガム』達は捕縛を必要とし、その攻め切れなさに苦戦していたのだから。

 

 『ファットガム』の表情に、『メテオレイン』は僅かに笑みを浮かべ、その引き金を引く───その寸前で、『メテオレイン』の後方から投擲された印鑑が、握られた拳銃を弾き飛ばした。

 

 

 「──っ!!」

 

 

 それは完全に意識外からの奇襲だ。印鑑が投げられた方向は『メテオレイン』が警戒しながら歩いてきた方向で、隠れることができるような場所は存在しなかった。

 ヒーロー達が避難した部屋の扉だって、『ファットガム』の少し後ろに一つのあるのみで、少なくとも、『メテオレイン』の後ろに現れることは不可能だ。

 

 

 夢見の『現夢』に囚われたあの一瞬。あの時に背後に回り、完全な隙を待っていたのか。

 

 

 『メテオレイン』と、『サー・ナイトアイ』の視線がが交錯する。

 

 瞬間、『メテオレイン』は『サー・ナイトアイ』に向け疾駆する。

 弾かれた拳銃には目もくれず、その手に持つのは小さなナイフだ。

 

 無論、通常時において、個性が封じられた『メテオレイン』が『サー・ナイトアイ』に肉弾戦で勝てる筈もない。だが、今この瞬間の"『メテオレイン』に攻撃出来ない"というハンディキャップを持つ『サー・ナイトアイ』であれば、障害にはなりはしない。

 

 

 飛び退る『サー・ナイトアイ』。それでも、迫る『メテオレイン』の方が何倍も速い。その後ろでドタドタと走る『ファットガム』を置き去りにし、遂には懐まで入り込んだ。

 

 ヒュンという、風を切る音を立てて、刃先は真っ直ぐ『サー・ナイトアイ』の首に迫り───。

 

 

 ガキンと、金属に弾かれるような硬質な音をたてた。

 

 

 「オオオオオ!!!」

 

 

 『サー・ナイトアイ』と入れ替わる様に滑り込んだのは赤の軌跡。その頭髪だけではない。全身を血で真っ赤に染め、膝も腕も全てを砕かれて尚、決して砕けぬその漢は、獣の如き咆哮を上げ、『メテオレイン』の前に立ち塞がった。

 

 「───『烈怒』!!!そのまま捕まえとけ!!」

 

 その両腕を切島鋭児郎に拘束され、否、拘束という言葉は正しくない。意識の有無すら判別のつかないその男は、ただ『メテオレイン』の両腕を掴み、自分の身体を押し付けているだけだ。

 

 それでも、『メテオレイン』はそれを振りほどけない。

 

 振りほどく事など出来る筈がない。

 

 

 「…………最悪だよ。本当に」

 

 

 次の瞬間、『メテオレイン』は『ファットガム』の脂肪に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前が来るとは思ってなかったよ。一週間振りだな、ヒーロー」

 

 

 地下にある大部屋の一つ。『メテオレイン』と『ホークス』の戦闘により、只でさえ広かったその大部屋はもう一回り押し広げられた。

 その代償として、地面は粉々に砕け、天井もいつ抜けてもおかしくない。

 

 真っ直ぐと睨み付ける緑谷出久に、『メテオレイン』は呆れたように言う。

 

 「短期決戦を仕掛けて来ないってことは、『イレイザーヘッド』はいないんだろ?それにしたって一人はないよな?夢見でも隠れてるのか?」

 

 

 『メテオレイン』の言葉に、緑谷出久は答えない。

 

 

 「どっちにしてもお前じゃ相手にならないだろ。それにあの時は気づかなかったけど、雄英の一年だろお前。体育祭で観たよ。お茶子が世話になってるかも知れないし、ここは大人しく──」

 「うるさい」 

 「………ん?」

 「───黙れよ!!『メテオレイン』!!」

 

 

 緑谷出久の足下が爆発する。否、それだけの推進力を得て、少年は一つの閃光となる。

 

 だがそれは、『メテオレイン』からすればあまりに遅い。短く息を吐きながら、迫り来る少年を見据えた。

 

 そうして引き起こされるは、破壊の波。何度目かもわからぬそれは、衰えぬ破壊力を伴い立ち塞がる全てを呑み込んでいく。

 

 それで終わり。

 そうだ。緑谷出久にそれを防ぐ手立てはない。先日と同じように吹き飛ばされ、地を這い、慈悲を乞うことしか出来ない筈だった。

 

 故にこそ、『メテオレイン』は反応出来なかったのだ。

 

 

──破壊の波を走破し、振り抜かれた少年の拳が、当然のように鎧を貫通し『メテオレイン』の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 明点する視界。続けざまに揺らされる脳が、現状を理解するのを拒絶している。

 脚を打たれ、胴を蹴られ、顔面を殴られた。

 

 そして今再び、緑谷出久の拳が腹部に沈んだ。

 

 

 「がぁぁぁ!!」

 

 尚も追撃する緑谷を払うように、『メテオレイン』は脚をしならせる。それは、ただの一撃で人の首を容易く刎ねる死神の鎌だ。

 

 その鎌は、寸分違わず緑谷出久の首に吸い込まれ、そして霧の様にすり抜けた。

 佐々波夢見の『現夢』による妨害だった。

 

 幻よりもワンテンポ遅れて駆けていた緑谷出久は、一度もブレーキをかけぬまま、『メテオレイン』を蹴り飛ばす。

 

 何者も通さぬ鎧は、もはや意味がなかった。

 

 

───なぜ。どうして。

 

 そんな思考ばかりが、『メテオレイン』の脳を空回りさせた。

 

 

 「くそがぁ……!!」

 

 身体を瓦礫でボロボロにし、口からは少なくない血を吐き出した。

 必死に立とうとしても、膝が笑って思うように力が入らなかった。

 

 そこに、緑谷出久が飛び掛かる。

 

 

 「貴方が!こんなところで!何してんだよ!!!」

 

 

 咄嗟に個性を発動。だが、両の指を合わせることが出来なかったが故に出力の制御が利かず、その身体は砲弾のように吹き飛んだ。勢いを衰えさせることも出来ず、部屋の壁面へと打ち付ける。

 

 血と吐瀉物が、足下を汚した。

 

 気道がどこかイカれたのか、息を吐く度に間抜けな音を鳴らす。

 

 

 「"死穢八斎會"が何してるのか、わかってるんだろ!!小さな女の子を食い物にして!ふざけるなよ!」

 

 激情のままに緑谷出久は怒鳴る。

 その脳裏に浮かぶのは、一週間前の後悔の記憶だ。

 何も出来ない自分の無力さを痛感した日の記憶。

 

 だが、正直な話、緑谷出久は少しだけ嬉しかったのだ。

 だって、彼の隣にいた少女が、麗日星也を見る目が"昔、自分が『オールマイト』を見ていた目"によく似ていたから。

 

 

 きっと『シューティングスター』は死んでいない、そう思った。

 

 

 故にこそ、会議の時に"個性破壊弾"の中身を聞いたとき、本当にショックだった。

 

 もしも、"死穢八斎會"が少女に行っていることを、『メテオレイン』が知っていて、そして容認しているのなら。

 

 それは、少女に対する裏切りだろう。

 

 

 

 「うっせんだよぉぉぉぉ──っ!!!!」

 

 

 血を吐くように、否、血を吐きながら、『メテオレイン』は叫ぶ。

 

 「ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー!!!いつからそんなに偉くなったんだよ!なぁ!!ここから壊理を連れ出して!個性の制御の仕方を教えて!自分の個性を狙って来るであろう連中を撃退できるように鍛えて!誰が敵で誰が味方かもわからない疑心暗鬼のまま、たった独りで生きていけと!?それが幸せだと!?それが救いだと!?お前はそう言うのか!?ヒーロー!!」

 

 

 それは、幸せの在り方の話。

 不幸せでないことが幸せなのか。幸せになれないことが不幸せなのか。

 

 「壊理の幸せに個性は不要だ!!人の在り方を定めてしまうモノなんて、壊理には必要ない!」

 

 

 喉が悲鳴を上げていた。膝が限界を訴えていた。

 それでも、今ここで『メテオレイン』が折れることは出来ない。

 

 「過去も、現在も、未来を諦める理由にはならない」 

 

 

 

 『メテオレイン』は一つの流星と化す。

 かつての彼の代名詞。シューティングスターと呼ばれる必殺技。

 音速を超える必殺の一撃だ。

 

 身動ぎ一つ起こす前に敵の肉体を粉砕するその一撃も、『現夢』に囚われた『メテオレイン』では当てることが出来ない。

 

 ズブリと全く感じ取れない手応えに、『メテオレイン』は短く舌打ちをした。

 

 だがそれは、佐々波夢見はこの近くにいるという証明でもある。

 

 

 「ああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 『メテオレイン』の咆哮と共に、引き起こされるは破壊の渦。

 全方位に広がった破壊の波が、ただそこに滞留し、歪な破壊の渦として根源する。

 

 そのレンジは大部屋全域に渡り、耐久性の限界に超えた天井が、マグマを噴き出す火山口のように崩壊する。

 

 

 その中でも、『メテオレイン』に迫る影があった。

 

 

 「『メテオレイン』!!!」

 「─────っ!!!」

 

 

 自身の最高出力をものともしない緑谷出久の姿に『メテオレイン』が感じたのは少しの恐怖だ。

 

 だが、先日の交戦では、『オーバーグラビディー』が緑谷出久に対して、有効に機能していることを鑑みれば、何かしらの種があるのは疑いようのない事実だ。

 

 

────空なら……!!

 

 

 何もない空ならば、緑谷出久には小細工など出来ない筈だ。加えて、『メテオレイン』はその個性の特性上、空中でも地上と同じパフォーマンスが行える。

 

 その判断の下、『メテオレイン』はロケットのように打ち上がった。

 

 

 地下から打ち上がった男は、地表を越え、遥か上空に立つ。

 

 

 見下ろした街並みには、人気は感じられない。おそらく避難勧告が出ているのだろう。

 

 いつか見た"氷"の幟が、いやに目につく。

 

 

────来いよ。ヒーロー。

 

 

 果たして、緑谷出久も打ち上がった。その姿は一つではない。

 合計5人の緑谷出久が、『メテオレイン』に迫っていた。

 

 慌てる事ではない。ただの佐々波夢見の個性だ。

 『メテオレイン』は、ただ落ちろと命じればいい。

 

 

 「小細工は終わりだ!落ちろ!ヒーロー!!」

 

 

 巨大な質量の落下。それは正しく隕石の一撃だった。

 一帯の建造物は全て潰れ、地下道の尽くが陥没していく。

 誰にも防ぐことは出来ない。三年前のあの時、『メテオレイン』がこれを使えば、『オールマイト』から逃げることも出来た筈だ。

 

 だというのに。

 

 

 「────小細工なんかじゃない!!!」

 

 指の平を合わせていた腕を引き離すように、腕を強引に掴まれた。

 

 

 「────っ!!」

 

 

 目の前の霧が晴れるように、緑色の少年が姿を現す。

 それと同時、眼下にいた5人の緑谷出久が姿を消す。

 

 

 

 そうだ。小細工などではない。これは、誰かの努力の結晶だ。

 

 

 『メテオレイン』の個性は『オーバーグラビディ』。重力を司る、星の力。その出力は理論上、ブラックホールに匹敵するが、肉体の限界が先に来るため不可能。

 それでも出力は圧倒的で、単純な破壊力で言うならば、『オールマイト』、『オールフォーワン』がいない今、この国の頂点に君臨するかも知れない。

 

 だが、なににでも例外がある。

 

 例えば、通形ミリオの『透過』が、『メテオレイン』の『オーバーグラビディ』に通用しなかったように。

 

 

 ただ一人、星の力を逃れる個性を持つ少女がいる。

 

 

 その少女の名前は、麗日お茶子という。

 

 

 

 「───なんで、俺は」

 

 呆然と呟かれた誰かの言葉が、風に吹かれて溶けた。

 

 

───まるでいつかと同じように、象徴の力が麗日星也を地に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『なんで!なんで!!』

 

 

 

 幼い少年の泣き声が、閑散とした町に響く。

 

 普段の数倍も埃臭い空気が、喉の奥にへばりついた。

 

 完全に倒壊した住宅の、ポッカリと空いたスペースにいた少年は、涙ながらに瓦礫をどかしている。

 

 

───少し離れた道路の真ん中に、全身を真っ赤に染めた三人の強盗が転がっていた。

 

 

 『お茶子!返事してよお茶子!!』

 

 ちがう。自分じゃない。自分はこんなこと望んでいない。

 麗日星也は、掴まれた腕を振り払おうとしただけなのだ。

 

 

 自分は悪くない。強盗が自分の腕を掴んだから。

 自分は悪くない。この世界がこんなに脆いから。

 

 

───いいや違う。きっと、悪いのは全部自分なのだ。

 

 

 『あ……あぁ……ぁぁ』

 

 遂に、少年は瓦礫を退かす手を止めた。

 個性の暴走に伴って折れた左腕が、今になって痛みを訴える。

 

 

 ぺたりと尻餅をついて、すすり泣くように少年は声をあげる。

 

 もう、限界だった。自分はきっと生まれてきてはいけなかったのだ。

 

 

───自分はきっとこのまま……。

 

 

 「…………ぇ?」

 

 ふと鼓膜を揺らした幼子の泣き声に、麗日星也は情けない声を漏らす。

 声のする方へ顔を向ければ、そこあるのは瓦礫の山だ。

 だがその奥に、壊れたベビーベッドの足が見えた。

 

 

 『お…お茶子!!!』

 

 少年は飛び付くようにその瓦礫を退かす。幼い子供には到底持ち上げることが出来ない物も多かったが、不思議とこの時の星也は、何の苦もなく持ち上げていた。

 

 それが、忌々しい自らの個性のおかげなのだと、なんとなく理解していた。

 

 

 『……お茶子!お茶子ぉ!』

 

 ようやく見つけた妹は、丁度瓦礫の隙間に入り込んでいて、どこにも怪我は見当たらない。

 

 思わず抱き締めそうになって、寸前でなんとかとどまる。

 個性を制御出来ない麗日星也では、妹を殺してしまう可能性も低くなかったからだ。

 

 

 不意に、その中途半端に伸ばされた指を、お茶子はふわりと握った。

 呆然とする星也に、お茶子は泣き笑いのような変な表情を見せた。

 

 『……なんだよ…お茶子』

 

 抑揚の覚束ない掠れた声で、お茶子に語りかける。

 大切なものを慈しむように、よく注意しながらお茶子を抱き上げた。

 

 

 『……なぁ…お茶子』

 

 『オェェェェェェ』

 

 

 脈絡もなく吐き出された麗日お茶子の吐瀉物が、麗日星也の胸を汚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔を差す日の光の眩しさに、麗日星也は目を覚ました。

 どうやら、少しだけ気を失っていたらしい。

 

 

 目を開ければ、燦々と照らす恒星がその明かりを網膜に焼き付ける。

 

 

───古い夢を見ていた気がする。

 

 それは随分と昔の話。麗日星也が、遅れて一人の人間になった日の記憶。

 

 

 麗日星也の原点の記憶。

 

 

 あぁ、そうだ。ずっと自分の個性に振り回されながら生きてきた。

 あの少女が見ていられなかったのは、きっとそういうことなのだ。

 

 

 麗日星也は、ヒーローになりたかったんじゃない。

 麗日星也は、ヒーローに助けて欲しかった。

 

 

 自分と似た少女を助けることで、いつかの自分を救ってあげたかった。

 

 この世界は、捨てたものではないだと、証明したかったのだ。

 

 

 「───あぁ、そっか」

 

 

 だから、諦められなかったか。

 

 

 

 少し離れたところに、ドンと、誰かが落ちる音がした。

 なんとかそちらに首を向ければ、緑谷出久がそこにいた。

 

 ただその両足は砕け、ミノムシのように這うことしか出来ないでいる。

 

 

 「………『デク』くん。お兄ちゃんも」

 

 不意に、妹の声がした。

 そちらに顔を向ければ、瓦礫が身体にいくつも刺さった佐々波夢見に肩を貸す、真っ青な顔をしたお茶子がいる。

 

 懐かしいとは思わなかった。

 その姿は、遠くから何度も見ていたから。

 

 

 「……お茶子か。でかくなったな」

 「……変わってないよ。お兄ちゃん」

 

 

 クスリと、麗日星也は笑う。

 それだけで、身体がバラバラになりそうなほどの激痛が走った。

 

 

 「いや…、精神的な話だよ」

 「うぅん。それも変わってない」

 

 ゆっくりと、星也は視線の先を空へと移す。

 大きくて、静かで、眩しくて、昔から少しも変わらない青空。

 

 「じゃあ───俺が小さくなったのかな」

 

 心のどこかが折れてしまった気がする。

 ただこれだけの会話で、涙が溢れそうだった。

 

 

 「───なに腑抜けたこと言ってるのよ」

 

 佐々波夢見が、吐き捨てるように言う。

 

 「まだ終わってない。女の子を助けるんでしょ」

 

 責めるようなその言葉が、麗日星也の脆い部分を打った。

 無理だろ、と。星也は思わず笑った。

 

 「だからさ、今壊理を連れ出しても、それは救いじゃないんだよ。先延ばしでしかなくて、それじゃ、壊理は幸せになれない」

 「なにそれ。そんなの全部星也の勝手じゃない。人の幸せとか、貴方が決めるものじゃない」

 「じゃあ、連れ出してどうすんだよ。それが何の救いになるんだ?その後は?きっと他の組織が壊理を狙う。それはどうする?本当に壊理のことを思うなら──」

 

 

 「──そんなの全部!貴方が守ってよ!!!」

 

 

 星也の理屈を、夢見の感情は塗り潰す。

 それは、誰のことを言っているのか。

 

 「当たり前の幸せをなんていらない!押し付けられた平穏なんていらない!貴方と…!貴方が一緒にいてあげれば!貴方が幸せにしてあげれば!その子だって、きっと!!」

 

 

 佐々波夢見が、星也の胸ぐらを掴み上げる。彼女の血が、星也の頬を濡らした。

 

 

 

 「星也は────その子のヒーローなんだよ?なんで……貴方が諦めちゃうの……」

 

 

 ヒーローであれと、佐々波夢見は言う。

 理想で在り続けろと、佐々波夢見は言う。

 

 「俺は……ヒーローなんかじゃない」

 

 渇いた喉に少しだけ痛みが走った。

 

 「ヒーローじゃなくても、麗日星也でしょ。『シューティングスター』じゃなくて、『メテオレイン』じゃなくて、麗日星也が、あの子のヒーローなんだよ?」

 

 

 それは、どこかすがり付くようだった。

 

 

 「お願い、星也。今しかないの。時間を置けば『オーバーホール』を捕捉出来ない。でも、どう考えても戦力が足りない。誰もまともに戦える状況じゃない!星也が苦しいのもわかるけど!でも──!!」

 

 

 「お願い。私を助けて」

 

 

 佐々波夢見の叫びが、辺りに響き渡る。

 気がつけば、周囲のヒーローや警察も集まって来ていた。

 にも関わらず、静寂が辺りを包む。誰もがその二人の言葉に耳を傾けていた。

 

 

 「……お前は、いつも勝手だな」

 

 ポツリと、星也が呟く。

 

 「……そうかも」

 「冗談だよ」

 

 

 だって、星也の方がよっぽど勝手だ。

 

 

 星也は、静かに眼を瞑る。

 一拍の間があって、再び口を開いた。

 

 「なぁ夢見、一つだけ聞いていいか?」

 

 俯いたままの夢見の返事を待たず、男は続ける。

 

 

 「俺はもう一度、ヒーローになれるかな?」

 

 

 誰もが憧れて、誰もが夢に見て、助けを求める人がいれば必ず現れる。取りこぼすものなんてないのだと、自信満々に言い張るような、そんなヒーローに。

 

 

 麗日星也は、もう一度なれるのだろうか。

 

 

 でもそれは、わかりきった問いだった。

 

 

 「………それは」

 

 

────無理だ。

 

 

 星也はもうヒーローにはなれない。

 

 その権利は三年前に自ら捨てた。目の前の女性の命と引き換えに捨てたのだ。

 

 だから星也は────。

 

 

 「────なれるよ、星也」

 

 静かに断言する言葉に、星也は瞑っていた眼を開く。

 僅かに微笑んだ夢見と、視線がぶつかった。

 

 「なれる」

 「は?」

 「星也は……ヒーローになれる」

 「いやお前な……」

 

 星也はそこまで言いかけて、もしやと思い夢見の顔に手を伸ばす。

 その目元に触れれば、指先がじんわりと濡れた。

 

 「泣いてるのか」

 「……だって、星也はヒーローだもん」

 

 涼しい顔をしている筈の夢見は、星也の言葉には返さず、己の主張を繰り返した。

 

 

 夢見の目元を触れていた手を動かして、夢見の顔を胸元に抱き寄せる。

 

 

 

 「そんなことに個性を使うなっつーの」

 「星也は、私のヒーローだもん」

 「……そうだな」

 

 麗日星也は『ヒーロー』にはなれない。

 でも、重要なのはそこではないのだとしたら。

 

 

 『ヒーロー』が人を救うのではなくて。

 人を救うのがヒーローであるならば。

 

 

 

 麗日星也は、きっとヒーローであれる。

 

 

 

 「───『オーバーホール』はここから七キロほど離れた廃工場の跡地まで地下道で向かう筈だ」

 

 その言葉に佐々波夢見が顔を上げる。

 

 

 「三年前、俺を回収するために作った道だ。すぐに埋め立てたが、どういう訳かこの前もう一度出来上がっていた」

 「………星也」

 

 麗日星也は身体に力を入れる。

 歪む景色。口の中は血の味が広がり、抗いがたい吐き気と怠さに膝を付きそうになる。指先が酷く冷たい。足の感覚がしない。

 

 それでも、この身体はまだ動く。

 

 

 「俺に付いてこい。案内する」

 

 

 

 どう転んでも、これが麗日星也の最後の戦いだ。

 

 

 

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