見てくださいる方、改めて申し訳ありません。
翌日の放課後、勇者部の全員が部室にそろっていた。
昨日はみんなの体調を考えて、放課後すぐに解散の運びとなったので、今日この時間に”お役目”について詳しい話を風の口からきくことになったのだ。
友奈は、見慣れぬ小動物を頭にのせている。
デフォルメされた牛のようなその小動物の名前は『牛鬼』。友奈に力を貸してくれている精霊だ。
かなり自由な性格の様で、この部室に入った瞬間勝手に姿を現した。
興味本位で手を近づけた紘汰の手を齧り、見事に撃退した後は今のように友奈の頭の上に落ち着いていた。
ちなみに紘汰は自宅でも風の精霊である『犬神』に同じように手を噛まれ、樹の精霊である『木霊』には単純に避けられたりしていた。
何とも精霊受けの悪い自分に、内心で少し落ち込んでいたりするのだった。
紘汰の惨状を見て流石に手を出そうとはしないものの、樹も可愛らしい様子の牛鬼に目を輝かせている。
そんな中、部室の黒板に何やら絵を描いていた風が、これでよし、とチョークを置いて粉のついた手を払った。
「皆、よく集まってくれたわね。昨日は本当にありがとう。初めての戦闘から一日経ったけど、何か体におかしなところはない?」
部員たちを見回しながら訪ねる風に、皆が首を横に振る。
その様子に、風は心底安堵したように息を吐くと、表情を引き締めなおして話を再開した。
「じゃあ改めて、昨日のことについて説明するわね。戦闘のやり方に関してはアプリにまとめてあるから・・・私からはなぜ戦うのかってところを中心に話していくわ。―――まずはこれが、バーテックス。外の世界から壁を越えてこの世界に侵攻してくる人類の敵。昨日も言った通り、天の神が送り込んできているといわれている。目的は、この世界の恵みである神樹様を破壊して世界を滅ぼすこと。」
そういうと風は黒板右上に大きく描いてあるなんだかよくわからないものに大きく丸を付ける。人の顔のようにも見えなくないそれが、風の中では昨日のバーテックスだという事らしい。
「それ、昨日のやつだったんだ・・・」
「こ、個性的な作品だよね!味があるっていうか!」
「姉ちゃん、相変わらずだな・・・。」
勉強、運動、家事等々。
基本的にはなんでもそつなくこなす姉ではあるが、やはり人間何かしら弱点はあるというものだ。風の場合は、この絵心のなさがその一つだったりする。
「それに対抗するために大赦が開発したのが『勇者システム』。神樹様に選ばれた少女が、あのアプリを介して神樹様と霊的回路を開き、神樹様から力をお借りすることでバーテックスと戦える力を得るの。バーテックスは通常の兵器が効かないから、そうやって戦うしかない。このシステムが開発されるまでは、何とか追い返すのが精いっぱいだったみたい。」
「それ、私たちだったんだ・・・」
「ほ、ほらあれだよ!現代アートってやつ!」
そうやって、黒板に書かれた奇妙な絵に次々と印をつけながら説明を続ける風だったが。
それを見る皆の顔は、若干引きつっている。
なんとかフォローを入れようと涙ぐましい努力をする友奈の肩に手を置き、諭すような表情で紘汰が口を開いた。
「友奈。こういう時は素直にヘタだって言ってやっていいんだぞ。」
「うっさいわね!あんただって似たようなもんでしょーが!!」
姉ちゃんよりはマシだ!何ですってー!?
紘汰の言葉についにこらえきれなくなったのか、説明もそこそこに取っ組み合いを始める犬吠埼姉弟。
それを見て慌てる友奈と、呆れながらも少しだけ寂しそうな樹。
いつもは皆の頼れるお姉さん、といったような風ではあるが、紘汰に対してだけは若干沸点が低くなるようで、二人が一緒の時はこういう光景も時々見られる。
樹の前ではよくいなくなった母親の代わりとしてふるまってくれるが、こういったときは風も年相応の表情を見せる。
母のように優しい姉のことはもちろん大好きなのではあるが、ああやって普通の姉弟喧嘩ができるような姉と兄の関係が時々羨ましく思えることもあるのだ。
そうやってしばらく取っ組み合っていた二人だったが、やはり偉大な姉にはかなわなかった様で紘汰がついに白旗を上げた。
それを鼻を鳴らしながら満足そうに見ていた風は、姉弟喧嘩を制して落ち着いたことでようやく周りの視線に気づいたようで、少し気まずそうに咳払いをしている。
「ゴホンっ!ま、まぁ私からの説明はこんな感じよ。とにかく、この世界を守るためには神樹様に選ばれた私たちが戦わなければならないの。お告げによれば敵は全部で12体。昨日1体やっつけたから、残りは11体ね。」
「風先輩。勇者についてはわかりましたけど、紘汰くんのあれは何なんですか?先輩の話だと、勇者は男の子にはなれないんですよね?」
一区切りついた様子の風に、授業のように片手をあげた友奈が質問する。
風の説明の中に紘汰のことは一切含まれていなかった。
勇者が唯一の対抗手段だという話だが、昨日の紘汰も十分にバーテックスにダメージを与えられていた。
通常兵器が効かないということなので、何かしら神樹様に関係したものではあると思うのだが。
「う~ん・・・。それが私にもよくわからないのよねぇ。大赦に問い合わせてはいるんだけど、調査中だっていうし・・・。」
「ああ。それについては俺が説明する。実は昨日の帰りに直接聞いてきたんだ。」
首を傾げながらうんうんと唸る風を見て、床でダウンしていた紘汰が体を起こした。
聞いてないわよ、といった風のジト目にうろたえながらもドライバーとロックシードを取り出すと、昨日戦極凌馬から聞いた話を皆に話し始める。
見たことも無い不思議な道具たちに、皆も興味津々といった様子だ。
不満気な表情の風も、とりあえずは矛を収めて紘汰の話に耳を傾けた。
「天の神の力・・・?」
「戦極凌馬が言うには、そうらしい。尤も本人もほんとかどうかはわからないって言ってたけどな。」
オレンジのロックシードを手に取り、いろんな角度から見ていた友奈のつぶやきに、紘汰が答える。
他の皆も、それぞれが物珍しそうにドライバーやロックシードを見ていた。
「それって、大丈夫なのお兄ちゃん?」
「大丈夫じゃないものを大丈夫にするための道具なんだってさ。アレから一日経ったけど、体は別に何ともないぜ。」
心配そうな妹を安心させるように、大きく腕を回して見せる紘汰。
そのままその場でバク中を決め、な?と樹に笑いかける。
・・・そんな簡単にそんなことができるのも十分変だよ・・・と、思いながらも口にはしない樹であった。
「戦極、凌馬ねぇ・・・。私は聞いたことないけど、あんたほんとに大丈夫なの?聞いた限りじゃなんか典型的なマッドって感じじゃない?―――大赦に連絡しとくから、一応検査受けに行ってきなさいよ。」
「姉ちゃんも心配性だなぁ。大丈夫だって。」
ただでさえよくわからないのに、危険そうなワードがゴロゴロと出てくるのだ。
風が心配するのも無理はない。
大丈夫だとは言ったが、皆を安心させるためにも素直に検査を受けておくのが賢明だろう。
一通り説明が終わったと言うことで、風が場を再び仕切りなおした。
部の皆も、風の合図で黒板の前に改めて集まってきている。
「さて、紘汰の件はともかくとしてお役目については以上よ。皆、何か質問は?」
「―――風先輩は、全部知っていて私たちを集めたんですよね?」
集まった部員たちを見回しながら言った風の言葉に、今まで黙っていた東郷が静かに口を開いた。
真剣なその様子に、来たか、と風も表情を引きしめる。
昨日、樹海に取り込まれたときに一番怖がっていたのは東郷だ。
最終的に協力してくれたとは言え、納得いくまで話す必要があるだろうとは思っていた。
「そうよ。私は大赦から使命を受けて皆に声をかけたの。皆の適性が高いってことは、事前にわかってたらから・・・。黙っていて本当にごめんなさい、東郷。皆も。」
そう言って皆の前で頭を下げる風。
よく見ると、その体は少し震えていた。
いくら気丈に振舞っていても、まだ15歳の少女なのだ。
東郷は少し息を吐くと、自ら車いすの車輪を動かして風に近づいた。
そのまま両肩に手を乗せると、頭を上げるように優しく促す。
顔を上げた風と目が合うが、そこに風を責めるような様子は一切ない。
「いいんです。最終的に選んだのは、私たちですから。怖いのは確かですけど、皆とならやっていけると思います。皆で一緒に頑張りましょう、風先輩。」
「東郷・・・。」
「そうですよ風先輩!それに、適性がある人を集めたっていう事は、適性があったから私たちこうして出会えたってことですよね。そう思うと、適性があってよかったなって思うんです私。」
今の自分の気持ちを素直に伝える東郷と、それに続く友奈。
手を握る二人の後輩の言葉に、風の目じりに涙が浮かぶ。
「でも、危険なお役目だからとかじゃなくて相談してほしかったのは確かですよ先輩。先輩がこのことで悩んでいたのは紘汰くんから聞いて知ってます。勇者部五箇条一つ!悩んだら相談!ですよ?」
「友奈・・・。そうね、私が間違ってたわ。」
「皆で決めた約束なんですから、部長に率先してもらわなくては困ります。―――だから、今後同じことが無いように、部長には罰を受けてもらいます。」
「ええ、東郷。約束破ったんだから罰を・・・え?」
友奈ちゃん、紘汰君。
ガバッ!
東郷の合図で、二人が両側から風の腕を捕獲する。
少しすまなそうに笑う友奈と、楽しそうな紘汰。
突然の出来事に理解が追い付いていない風は、目を白黒させていた。
助けを求めるように樹を見るが、可愛い妹も曖昧に笑うだけで援護は期待できそうにない。
「部長には、改めて勇者部五箇条を忘れないようにしてもらうとしましょう。大丈夫です。学校にはもう許可は取ってあります。先日の猫の里親探し活動のPRということでゴリ押しました。」
「え?え?何よソレ聞いてない!!」
拘束された風の目の前に何かしらの書類を突き付ける東郷は、何やらやけに生き生きとしている。
書類をしまった東郷が道を開けると、両サイドの二人が歩き始める。
前方では樹が部室の扉を開けているのが見えた。
完全に連行の形である。
「ちょっとー!どこ連れてく気なのー!?なんか言いなさいよー!!」
「お覚悟を、部長。」
「なんなのよーーー!!」
数分後、風は一人学校の屋上にいた。
フェンスから下をのぞくと、放課後ということもありグラウンドでは運動部の生徒たちがそれぞれ練習に汗を流している。
そんな中、ちょうど他の邪魔にならないようなグラウンドの一角に、見慣れた姿が見えた。
言うまでもなく、風の愛すべき部員たちである。
皆、風の居る場所から一直線上に等間隔で並んでいた。
先頭にいた紘汰から、準備OKの合図が送られてくる。
うぅ・・・ホントにやるの・・・?
これから行う罰ゲームの内容に、流石の風も及び腰だ。
弱気になって一旦フェンスから離れたが、恐る恐る戻ると部員たち皆がこちらに手を振っている。
珍しいその姿に、徐々に生徒たちの視線も集まってきているようだった。
くそぅ、いつの間にこんな行動力を・・・。
何とも頼もしい後輩達に、涙が出てきそうである。
そうこうしている間にこちらに興味を示す人数も増えてきた。
こうなれば早いところ済ませるしかない。
屋上にポツンと佇む神樹様の祠に心の中でお祈りし、意を決してフェンスの前に立つ。
両足を肩幅に、両手を後ろで軽く組む。
そして大きく息を吸い込んで―――
「勇者部五箇条!!ひとおぉーーーつ!!!挨拶は!!きちんと!!!」
突然聞こえてきた大声に、学校に残っていた生徒たちがなんだなんだと屋上に視線を向け始める。
そこにいたのは犬吠埼風、校内でも有名な勇者部の部長であった。
まぁ、つまり。
罰ゲームというのは一昔前の運動部等でよくあるようなアレである。
「ひとおぉーーーつ!!!なるべく!!諦めない!!!」
グラウンドに並んでいた部員たちのうち、紘汰が大きく両手を挙げて頭の上で丸を作った。
まずは第一関門クリア。
「ひとおぉーーーつ!!!よく寝て!!よく食べる!!!」
2番目の位置にいた友奈も、同じように丸を作った。
素直な後輩でありがたい。
第二関門クリア。
「ひとおぉーーーつ!!!悩んだら!!相談!!!」
3番目は東郷。
一番厄介な相手だ。
ハラハラしながら見つめる先で、ゆっくりと彼女の腕が挙げられた。
その形は・・・バ!?丸!!
第3関門クリア!心臓に悪い!
微妙に意地の悪い後輩に大量の冷や汗をかかされながら、内心ほっとする風。
東郷さえクリアすれば後は樹だけだ。
これはもはや終わったも同然。
ここまででかなりギャラリーも増えてきてしまっている。
兎に角さっさと終わらせたい。
「ひとおぉーーーつ!!!なせば大抵!!何とかなる!!!」
そうして、五箇条最後の条文が読み上げられた。
あー、恥ずかしかった・・・。
失った女子力をどう取り戻そうかなどと益体もないことを考え始めた風の視線の先で、最後の判定が下される。
愛する妹が掲げた腕の形は―――
「バツぅ!?なんでよ樹いぃーーーーー!!!???」
樹、まさかの裏切りである。
この瞬間、風の2週目が確定した。
屋上で騒いでいる姉を見ながら、やっぱりちょっと可哀そうだったかななどと考える樹。
前方を見れば、ほかのメンバーもかなり意外そうな顔をしているのが見える。
今回の件は、風以外の皆で考えたことだ。
黙っていたことに関しては、先ほど東郷が言った通り既に皆は納得している。
樹自身もどんな形でも姉の助けになれるならそれはむしろ嬉しいことだった。
だが、皆が納得していたとしても、風自身はそうはいかない。
心優しい姉は、指示とはいえ皆を騙すことになったことに対して強い負い目を感じている。
昨日紘汰と樹が部屋に入った後一人リビングでため息をついているのを、樹は扉の隙間からこっそりとみていた。
風自身のためにも、今後の勇者部のためにもこういった形にすることも必要だろうと、皆で決めて実行した。
最後のは樹自身のちょっとした抗議だった。
姉が相談できなかったのは、いつまでも姉に守ってもらっているだけの弱い自分が悪いのだということはわかっていても、家族なんだから相談してほしかったとも不満を持ってしまうのも事実なのだ。
「ええーい!!やってやるわよ!!やればいいんでしょー!!勇者部五箇条―――」
ヤケクソ気味な風の大声が、グラウンドに再び木霊した。
「完全に燃え尽きたワ・・・うぅ・・・樹の裏切り者・・・。」
「ご、ごめんねお姉ちゃん。」
部室の机に突っ伏して項垂れる風と、やはり少しやりすぎたと思ったのか必死で慰めようとする樹。
そんな中、部室の扉が開き外で色々と後始末に回っていた2年生組の3人が帰ってきた。
3人は二人のそばに近づくと、東郷が改めて風に声をかけた。
「罰ゲーム、お疲れさまでした風先輩。」
「ええ・・・やってやったわ・・・これが勇者部部長の生きざまってもんよ・・・。これ、新入部員の恒例行事にしてやろうかしら・・・。」
机に突っ伏したまま、右手でサムズアップをする風に苦笑を浮かべる東郷。
先輩の様子を見かねた友奈が、自作の押し花を片手に樹隊長の慰め部隊へと合流した。
「ええ、ご立派でしたよ部長。さ、罰ゲームも終わったことですし、この件はもう決着です。これからまた、いつも通りによろしくお願いしますね風先輩。」
「―――ん、そうね。ありがとう皆。改めてこれからよろしくね。一緒に国防に励みましょう。」
吹っ切れた様子の風の表情に、皆の顔にも笑顔が浮かぶ。
色々あったが、讃州中学勇者部はこれでもう元通り。
いや、それ以上の絆で再び結ばれたのだった。
東郷さんが前回で変身してしまったため、話の流れが変形。
先に仲直り入れた方がいいかな?→そういえば勇者部五箇条一回も言ってない→姉ちゃんは犠牲になったのだ・・・
原作ではシリアスシーンで夏凜がやってるやつですが、部長に先にやってもらいました。
重要な場面の構想はあっても間を埋める日常会の構想が少ないという。
各メンバーとの交流を描く必要があるので、本編の日常会だけでは足りなさそうな気がしてきた今日この頃。