そんな夜のご関係
「指揮官さん、また報告書に不備が有りましたよ」
「え、ホントに?」
嘘など言いませんわ、と物申したげな視線をよこす彼女に俺は頭が上がらない。
豊かな銀髪眩しい令嬢のような姿の彼女はKar98k。真紅の瞳と雪より白い肌の特徴的な戦術人形の一人で、ついでに言うとコートのファーはもふもふしてる。もふもふ。
ふとももまで飲み込んだ黒いキャバリエブーツが似合う辺りがその気品有る容貌の証で、実際に紺のチャールストンも黒いコートも高価さを匂わせる割に「服に着られた感じ」というのは全く無い。彼女は服を確かに着ている側だからだ。
「…………ちょっと、聞いていましたか?」
ずいっと距離が縮まる。長い睫毛、よく見れば少し桃色の頬。息のかかる距離に俺はひっくり返って椅子ごと頭を打った。
「痛ぁ!?」
「もうっ、聞いていなかったのでしょう!」
違う、違うのだ。弁明は意味が無さ気なので諦める。
頭を擦りながら椅子を起こす間にも、健気な彼女は俺に説教をしている。絶対聞いてないと思うんだけどな。
「大体いつもポヤポヤとし過ぎなんです、そんな事だから45ちゃんにもからかわれるんですからねっ」
「はあはあ、心に深く染み渡る御高説ありがたき幸せ―!」
「…………はぁ」
いやそこまで本気で溜息つかなくても。
どうやら見捨てられたらしい俺は子犬のようなピュアアイで説得を試みつつも救援依頼をテレパシーで辺り構わず撒き散らしていたわけだが、それが聞こえたのか司令室に侵入者が現れる。
45だ。入るなり媚びてる俺とそっぽを向いているKarを見た辺り、ニヤニヤとして俺にサササと忍び寄る。
「何時も通り尻に敷かれてるんだね。仲睦まじいのは良いんじゃない、指揮官?」
「あのな45、我が細君は恐ろしいことに椅子ごとひっくり返った俺の後頭部に何ら関心を持ってくれないんだ。こりゃDVってものだ」
風が吹いてカーテンが舞う。Karの組んだ右手、薬指が眩く煌めきを放った。
――まあ要するに誓約を交わしている。普通なら性能のためと言ってしまうことも出来るが、俺とKarに関して其れは通用しない。
というのも俺からプロポーズするような形だったから。笑うんじゃない、俺はそれでも好きな物は好きなんだ。どうしようもないだろ。例え彼女が生体パーツで誤魔化された人形であっても、量産された一つであっても、俺にとってはたった一人に思えたんだから。
「何がDVなのかしら、話も聞いてくれない指揮官さんには当然の罰だわ。天誅です」
「ふーん、まあ何となく私は指揮官のせいにしとくね」
「コレは酷いぜ、敵ばっかりかよ」
寄ってたかって女性陣に良いようにされる俺は間違いなく情けない男だ。
それで良いんだけどな、威張りたいわけでもないから。
しかし追撃を試みるのは良くないぞKar98k。
「カリーナさんも「指揮官様はミスが多くて時々困ります」って凄く複雑な笑顔をしていたわ、余程のことだと思うのだけれど」
「まあ毎日ミスしてるからな」
「やっぱり要反省! 今日は私がずうっと横で見ていますからね!」
え、面倒くさ。顔に出てしまったぞ。
それが尚更駄目だったのかKarはまたお説教の構え。45はしれっと後ろで援護射撃の準備、お前は一番悪い子だぞオイコラ。
「大体これくらい、機械的に片付けられる仕事ですわ。指揮官さんが細かい作業に囚われすぎるのは考えものですが、だからといって此処までおざなりだと他の方にも迷惑が――――――――」
「そうだそうだー! 指揮官ったら悪いんだー!」
「煽り雑ぅ」
途中から45の雑な煽りばっかり聞いてた、Karのお説教はぶっちゃけ覚えちゃいないのである。
「分かりましたか! 指揮官さんは下の方にも誇って仕事が出来るように、こういう小さなことからきちんとしなくてはいけませんよ!」
「トッテモヨクワカリマシター」
分かった分かった。
だがKarは純粋すぎるな、45もそう思ったのかそれに関して追撃はしてこない。
だって文句を言うやつは俺がどれだけ細かい所をやろうと文句を言うもんな。特に下のやつ、働きアリの法則みたいなもんでどうしようもない自然現象だ。
そんな極小数の奴らのために此処に注力しすぎる必要は、まああんまり無い。俺はちゃんと成果を上げてるし、それに下の人もある程度の納得をしてくれてる。誰だって欠点は有るもんな、ぐらいに。
「しっかしKarは真面目だよなー」
「指揮官さんは不真面目すぎます」
腕を組んでプンプンとでも言わんばかりにご立腹。ほっぺ突きたい、めっちゃ怒られそう。
「いやいや、からかってるんじゃなくて本音。そういう所は良い、俺には無いものだ」
「…………そ、そんな事を言って私の機嫌取りをしようとしたってそうは行きませんからね!」
またぷいっとそっぽを向かれる。我が妻は大変気難しいお方でな。
すかさず45が俺の耳元で囁きかける。
「これは行けそうだね」
「だろ? もう一押し、ちょっと手伝ってくれよな」
お察しの通り、コイツは面白い側につくだけのピエロだ。
俺達は短いやり取りでお互いのターンを理解する。複数人でやれば簡単に行けるぜ、なあ相棒?
「真面目だからとお堅い訳でもないし、まあ実際人形から好かれてるだろ? な、45」
「まあね、私もKarちゃんは(面白いからおもちゃ的に)好きだよ」
「…………当然です」
すげえ、9.5割を真実にして絶対ばれない嘘になるアレだ。こんな高等テクニックを気軽に披露しちゃって良いのかい45さん。
ダブルでゴリ押しすればすぐ行けるのはマジ。Karはちょっとだけ耳を赤くすると、口をとがらせて明後日の方を見る。こりゃ照れてますよ、もう一押しだ相棒。
すかさずもう一発。倒れない選手はマウンティングしてボコボコにするに限るぜ。
「そして何より可愛らしいんだよ! 知ってるか45、Karはプライベートだと俺にべったりでだな――――――」
「あーっ! あーっ!」
「指揮官、何を払ってもいいからそれ詳しく」
「絶対ダメですよ指揮官さん!? ダメったらダメです!」
よし話はお流れになったな! 閉廷!
顔を真赤にしてあたふたと俺の口を塞ぎにかかるKar。45は普通に興味津々なので勿論止めにかかってくれる、完璧な布陣だぜ身体能力はRFよりSMGが上だもんなー!
45がおたおたと俺に向かっていくが45は此方を見たまま顔も見合わせずにそれを捌き切って俺の言葉を待つ。こりゃあ教えてあげないと、なあ?
「特に一昨日の晩なんて分かりやすいよなぁ。いっつも抱きついてくるのはもう慣れたが、急に手を回す力を強くするなり耳元で「好き、大好き」とか言われたら俺も耳溶けちゃうよ。辞めてよね、もっと好きになっちゃうんだからさぁ!」
「…………コフッ!」
「Karちゃんが倒れたよ、指揮官?」
え、マジ?
「何処まで話したんですか」
「え、いやぁ? Karの事をずっと見てたよホントダヨー」
数十分後。何か不味い声を上げて逆上せたまま倒れてしまったKarだったが、起き上がるなり早々に俺ににじり寄ってきた。
実は全部話しました。ゴメンナサイ、45が逆に俺を社会的に抹殺しようとしてきたんだ。違う、別にそんな悪魔に情報を引き渡そうなんてつもりは本当に無かったんだけど俺も色々惜しむべきものは有るからさ。
45の方にKarが向かう。顔は真っ赤で瞳はちょっとばかり濡れている、いやすまん。マジでスマン。
「本当に指揮官さんは何も話さなかったんですね? 45ちゃん!」
「な? そうだろ45?」
アイツは一応「口外はしないでおくよ、気が向いてる内は」と言っていたので言わないはず、言わないはず。
――待って。何であの娘あんなに口が吊り上がってるの? 何で俺を見るの? ねえ待って何でお前待って止まれ!
「ぜーんぶ聞いたよ。Karちゃんって意外と可愛い声出すんだってね、知らなかったよ私」
「…………さて、こんな事もあろうかと銃は持ってきましたの。言い遺すことは有りますか?」
「辞めてください!? 俺は脅されたんだ本当だ!」
説得にまた数十分かかって、結局報告に来たリー・エンフィールドに
『痴話喧嘩は結構ですが、勤務時間外にしてはどうでしょうか』
と真顔で言われたのを契機に取り敢えず殺人未遂事件は幕を閉じたのである。彼女が俺達の酷すぎる会話を自動扉越しに聞いていたかは、いよいよ火種の元なので聞かないでおいたが多分聞こえてた。
どちらにせよ俺はブラックボックスにしてかなり正解だったと思うばかりだ。
「酷い目に遭った…………」
自室で酒を煽る姿は、きっと他の人形が見たら「おじさんっぽい」と言われるオヤジ臭さなのだろうか。どうでも良い杞憂に思いを馳せつつグラスを更に煽る。
アレからもKarはへそを曲げて話をしてくれなかった。仕方なく脇腹に手を回したが、いよいよ頬をぶたれたので「親父にだってぶたれたこと無いのに!」とお決まりのアレを叫びつつコミュニケーションを諦めたのは我が生涯の失敗の一つ哉。
――――なんて言ってると扉のノックの音。今日は…………8時半か。ちょいと早すぎやしないかね。
俺はすぐに扉を開いてやる。
「…………その、こんばんは」
「はいどうも、寒いだろうし入れよ」
訪問者は少しばかり上目遣いで俺を見つめてきたが、取り敢えずとやかく言わずに部屋に入れてやる。グリフィンの廊下は寒い、特に夜はな。
Karはちょっとだけキョロキョロと部屋を見回したが今更何をおどおどする必要があるのやら。アイスブレイク代わりにドアを少し大振りに閉める。
「ひゃっ」
「いや、もう何回も来てるだろ…………」
「だ、だって」
だってもヘチマもございませんね。
尻込みするKarを無理やり椅子に座らせる。俺は何時もベッドで軽く寝転がりながら話をするのが恒例だった、別にベッドに来ればいいというのだが基本的に俺に触ってくれない。
それに関しては実は普段からそうだ。俺も気づかなかったが、曰く「殿方に気安く触れるのは」だとか。もっとベタベタしてくれよ。
「別に昼間のことなら怒ってませんよ、俺の自業自得でさあ」
「で、でも! 思わずぶっちゃいましたし…………」
「そりゃぶつでしょ。逆にやられるがままが良かったんですか貴方」
黙るなよ、俺が困る。
――ああー、うん。お察しの通りKarはプライベートだとこんな感じ。最初は俺がびっくりしたよ。
いつもThe・お茶目お嬢様って感じだから付き合ってもあんまブレないんだろうなあと思ったら、まあ見ての通り割とチキンな子らしい。それはそれで好きだから良いだけど、偶に心配だよな此処まで来ると。
「触られるのは好きなんですけど、えっちなのはちょっと」
「超☆正常♡オブ・ザ・イヤーだ、俺は健全なKarの防衛ラインが見れて安心したよ」
そ、そうですか。とちょっぴり嬉しそう。イヤなんで此処まで臆病なのやら…………。
――ええいまどろっこしい、いい加減聞いてしまおう。俺も気づけば臆病風に吹かれてたらしい、気になるなら直球で聞く!
何時もそうやってきただろうがよ。
「なあ、何でそうビクビクするんだ? 別に俺はKarを取って食ったりしないんだが」
よし言えた! 俺に5000兆円誰かくれ!
あんまり直球だったのでKarが目をコロコロとさせると固まった。普段は見られないカラビーナ嬢の惚け顔である、ほわほわしてるようで意外としっかりしてるからな。
呆気にとられていたのも束の間、表情を持ち直すと小さい声で
「…………ですから」
「え?」
「だから…………です」
「悪い大きな声で」
「だから、嫌われたくないんですっ!」
ズキューン。嬢ちゃんは相変わらず俺を撃ち抜くのだけは天才だよ全く。
思わず顔が緩んじまっただろうが、これ以上俺を惚れさせないでくれ全く。君は全くもって私の予想の上しか行かないな、大好き。
言ってしまった的な顔で机と睨めっこを始めたので顔を見ようと格闘を開始する。
「いや、別に俺そんな事で嫌いになったりしない。というか無理、逆に難しい」
有り余る魅力よな。
「でも、指揮官さん色んな娘と仲が良いじゃありませんか。私以外にも魅力的な娘は一杯居ますよ?」
「はあ。それで?」
「それでって――――――」
よし、大事なことを言うので顔を突き合わせてもらおう。多少荒っぽくやってしまったが真に伝えるべき言葉は表情にも滲む、俺はそうして良い事を言う心づもりだ。
「良いか? 俺はその場の勢いで誓約指輪なんぞ寄越さない、君が好きで堪らんから渡したんだ。そんな「魅力ごとき」が俺の夢心地を覚ませるなんて、Karは少し俺のロマンチストの痛々しさを舐めてかかってる」
他のやつは性能云々で渡せるかもしれないが俺は出来ない。
何でってそれを大事なものだと受け取る人形は沢山いる、それが勘違いだとしても俺は彼女達を裏切りたくはないから出来ない。だからつまりこういう事だ。
「その右手の薬指が輝く限り、俺は浮気はしない。こればっかりは大マジだ、目を何度見たって構わないぞ。キスしても良い、抱きついても良い。どんな方法でもいいから信じて欲しい」
言葉は伝わっただろうか、分からん。
だって分からんだろう? 言葉は薄っぺらい。どれほど重ねても人に本当に響かせるのはとても難しいことだ、俺はそんなものでKarにちゃんと何かを伝えきれた自信は正直ない。
だから彼女が納得する方法で確かめてもらうしか無い。
「…………本当ですか?」
「ああ、何してもいいぞ」
真紅の瞳がキラキラと光を吸うと輝いた。それは俺にとってルビーよりも綺麗なものに見えてると言っても、まあ伝わるまい。それが言葉の限界というやつだ。
――凄い勢いで抱き寄せられた。思わず目が点になる。
手を回す力は驚くほど強いが、だが本気ではないのも分かる。彼女にとって人間はあんまりにも脆いもので、どうしても一線を引いてしまうものなのだろう。それが正しいことは少し悲しい。
「…………で、信じていただけますか。お嬢様」
「信じれません。私が良いと言うまで離しませんから」
ええ~、何だそれは。
最高だなおい。
純愛は好きです。理由は女の子という不思議ないきものは、恋と愛に関わるときが一番愛らしいと信じているからです。
指揮官がやっぱり乙女ゲーの正統派のようで「またかあ」と溜息をつくところではありますがお付き合いください、彼は彼で良い主人公ですよ。
少しえっちな話題にすると、私は普段は主導権を握ってる女の子がプライベート(明言はしませんが)で相手にベッタリで弱いのがとても好みです。抱きついたり、言葉を求めたりと言うのはもう堪らない、抱きしめたくなりますが私が触るには少し高価すぎるので遠慮します。
個人的には夜の事情というのも魅力になると思うので、今後も時折出てきます。苦手な方、まだ未成年でイマイチ耐性がない貴方は無理をしないでくださいね。
Karの精神年齢は作品の対象年齢ということで、この作品はちょっと大人向けに仕上がったようです。
右手の薬指に結婚指輪を嵌めるのはドイツだから。詳しくは調べてみてくださいね。