「だから! 何で私に構ってくるのよ、放っといて頂戴!」
「そう言うなって」
ぴょんぴょんと跳ねる濃紅色のサイドテール。どうやらソイツは俺に不機嫌と不愉快と不干渉を訴えかけたいようだった。
ツンケンした表情の特徴的な彼女はWA2000、誰が呼んだかわーちゃん。ワルサーでも大概失礼な呼び方では有るが、もうわーちゃんで浸透してしまっている辺り俺達の適当さと馴れ馴れしさが窺える。
「すぐ変な所触るし、はっきり言って嫌なのよ!」
見ての通り、言葉に違わぬツンケンっぷり。獰猛なハリネズミ、突撃系ヤマアラシ、全力投球のトゲトゲ100均ゴムボール。そういう感じで辺り構わずというか主に俺にトゲを振るう彼女だが、俺が構うのは決してあらぬ所を触りたいからじゃない。そんなのは息をするのと同じ、そもそも理由として成立していない。
「ほう? 変な所というのは――――」
そっぽを向いていたわーちゃんの肩、一点を親指でぐっと押す。
――此処は何だか妙に凝る所らしい。この前Karやダネルがぼやいていたのをよく覚えている。
「ひゃっ!?」
「こういうのか、良い声で鳴くじゃないか」
俺がやるともっぱら麻薬じみた快楽指数を与えるらしく、どんな奴にやってもこんな声を出す。大変気持ち良いそうなのだが、ヘリアンの前でやったら何かアレな行為をしたと勘違いされて怒られたの機に封印していた我が妙技の一つだ。
今封印は解かれた。理由は俺がしたくなったから。
へなっと一瞬だけ倒れ込みそうになったわーちゃんであったが、すぐに体制を立て直すとかなりの剣幕でこちらに勢いよく振り返る。グリムゾンレッドの瞳は潤んで明彩を帯び、髪色と対象的な白い頬は紅葉色に染まっている。
「何するのよ! っていうか今の何!?」
「美味しいものを食べた時の7倍ぐらいの快楽を与える秘孔を突いたのだよハハハハ」
「どうりで…………」
「いや嘘だけどね」
思いっきり誘導されたのが余程気に食わなかったのだろう、歯を見せて此方を威嚇してくる。信じちゃう方も問題の有る酷い嘘のつもりだったのだが、わーちゃんにはちょっと早すぎたジョークらしい。
ちなみに美味しいものを食べた時に比べて覚せい剤は7倍のドーパミンを出す。つまりそういう事だな。
廊下で変な声を出した羞恥、適当な嘘でちゃっかり気持ちよかったのがバレちゃった羞恥。掛け算で導き出される答えは俺のノックアウトだ。すかさず飛んできた平手を避ける。
「チッ!」
「おいおいガチかよ、怖いなあ」
サイドステップで躍起になったわーちゃんの動きを避ける。俺のステップのウザさはおよそ蚊のそれと変わらないとVectorからお褒めいただいている、妙技を特と味わえ。
後ろに回り込んでおさわり。
「ひゃっ! ホントに殺されたいのアンタ!?」
「やっべ逃げろ」
死にたくはないから俺は迅速に逃げることにした。
「指揮官さん! やっと見つけましたわ!」
「げっ、ハリネズミの次は鬼だ」
「鬼じゃありません!」
走り抜けようとしたらKarに思い切り頬を抓られる。痛い、この人に情け容赦ってものはないのかね。
頬から引っ張られて顔を突き合わせられる。身長差が有るから俺が腰をへの字に曲げる形だ、不満げなKarの眼と至近距離で見つめ合う。
言うだけ無駄な言い訳。
「待った、俺はちゃんと部下と適切なコミュニケーションをだな」
「それはお尻を触ったりからかったりすることなんですか?」
「何エスパーなのKarって」
「やっぱり…………」
しまった、誘導尋問じゃないか。
頬をぱっと離されたかと思うとKarの憂うような溜息。窘めるようなまるで怒気のない声が飛んでくる。
「他の娘にそういう事はしてはいけませんよ…………私は、まあ慣れましたから」
「いやただ単に触ってもらうの好きなだけだろ」
仕事外だとすぐベタベタしてくるしな。まあそういう形で愛とかいうものを確認するしか無いのは一部事実だし、俺は触られたら嫌とかいうわけじゃないから拒否しようってんじゃないけど。
図星だったのか、Karの頬に僅かながら朱がかかると目線が白々しく下に移る。
「ち、違います――――――違うんですからね! 本当ですから!」
「はいはい、そういう事にしておくよ。カラビーナ嬢は面倒くさい女の子だからなあ」
「め、面倒くさい…………そんな」
思ったより打撃を与えてしまった、だから君は面倒くさいんだ。俺が悪いんだけどさ。
目に見えて気を落とすKarの頭を帽子越しに撫でる。
「それも含めて好きなんだよ、あっさり引き下がられちゃそれはそれで塩が効きすぎだろ」
「そ、そうでしょう!? 当たり前のことです、私は出来る女ですから!」
其処までは言ってねえ。
取り敢えず舞い上がってしまっているKarは置いておいて誤魔化すことは出来たらしい、機嫌の良い内に弁明も済ませてしまおうか。
「いや、おさわりぐらいしとけば万が一ビンタ食らっても後で一人でブツブツ言ってないだろうなあって」
「わーちゃんの事ですか?」
手が出ちゃうの早い割に後で気にして落ち込んでるの、よく見るからな。ビンタされて仕方ない内容なので気にしなくてもいいと思うのだが、気にするんだから仕方ない。
問題なのは素直じゃないから謝るのも苦手ということだ。困った子だよ、好きだけどね。
噂をすればなんとやら、俺の腰にタックルが直撃。イタイ、変な音がしたし絶対骨の噛み合わせがおかしくなった。
「見つけた!」
「痛ぁ!? 殺意高すぎるタックル辞めてくれ!?」
「そのまま死んじゃえばいいのよ!」
まーた後で気にするくせにそういう事言っちゃう。
懲りないところにちょっと呆れてしまうが、あんまり顔を真赤にプンプン怒り散らしてくるので言うに言えない。
軋む腰に歳も憂慮しつつ擦って起き上がる。
「大体そういう事はKarちゃんにしなさいよ、このヘンタイ!」
言ってくれるじゃねえか、ド正論だよ…………。
公衆の面前では誰にもしてはいけません。危ねえ、納得しそうだったわ。非常識でも常識を忘れたくはないんだよ俺は。
――うーむ。これが前門の虎、後門の狼か。どうしたものか。
と言う間に唐突にひらめいた。俺の勝ちだ。
「そういう事ってどんなの?」
「ど、どんなのって…………そういう事よ」
「言葉にしてくれないと俺には伝わらないなあ?」
勝手に想像を膨らませるわーちゃん、熟れた林檎のように顔一面を真っ赤にして表情を強張らせた。
後門の狼、即ちKarは蚊帳の外なのに一人で頬を隠して顔をブンブンしている。え、何で?
「お、お尻触ったり…………えっと」
「こういう事かな?」
腰に手を回して吐息のかかる距離まで抱き寄せる。これも今をやり過ごすためのテクニックよ、衝撃には更に上の衝撃で塗り潰すが合理的。
――わーちゃんの顔はショート寸前で固まっている。やり過ぎたかな?
壊れたロボットみたいにパクパクした口から、辛うじて言語の体をなした何かが漏れてくる。わずかに触れた足先まで火照っていて、かなり上がってしまっているのは明白だ。
「え、その、あの…………だ、駄目よ。Karちゃん居るんでしょ…………」
「俺はわーちゃん――――――いや、
何と薄ら寒い台詞だと俺も思ったが、夜中に放送している女性向けアニメのような台詞を真顔で言い放つ。俺は将来演技でも食っていけるだろうと今確信した。
「それは、その――――――」
「俺ではご不満かな?」
あー楽しい。
最初は目を見開いて俺の真剣な眼差しに答えていたが、段々と視線が弱々しくなるとゆっくりと逸らされてしまう。
暫く見つめていると、ぽつりぽつりと消え入りそうな湿った声。
「…………ホントに私で、良いの?」
「いや、冗談だから駄目だけど」
そりゃあね。
「最ッ低! 本当に死ね!」
顔と背中がこんにちわするギリギリな威力で思いっきりビンタをされた。威力有り余って倒れ込んだ俺を観察していたKarの怖気だつ美しさを忘れることはないだろう。アレはゴミを見る目だったのだろうが。
「Kar~、膝枕してくれよ~」
「お断りします。私、今は仕事で忙しいので」
塩が効きすぎだろ。ファミレスで白飯にかけすぎたレベル。
ツンと見捨てられた俺は、特に用途の決まらないままのソファに寝転がってアップアップしていた。
手すりからだらりと頭を下ろすと、反転した世界でKarは忙しなく俺の机を整理している。実は体にキテいるのは事実で、少し休憩しているのだ。
「無理に仕事しなくていいぞ、上司がやってないと何かやりたくねえだろ」
「やる気がなければ仕事は減ってくれますか?」
「スイマセン俺が悪かったです」
にべもなく言い返されたが、俺に返す言葉はない。
さっきのわーちゃん弄りだってそもそもが仕事からのランナウェイの片手間だったのも有る。Karの腹の中は煮えくり返るとまでは行かなくても、俺に対する態度の刺々しさは妥当だった。
――諦めてぼんやりと彼女が動き回るさまを眺める。歩くたびにふわりとコートが舞い上がるのがやはり印象的な所で、裏のやたらとモコモコとした生地が映る。しかし彼女は子供体温でかなり温かいのだが、何故に其処まで身体を温めるのかは聞いたことがない。
横顔の怜悧さに機嫌の悪さがちらつく。冷えた静寂も手伝って居心地が悪すぎた。
「怒ってるよな」
「怒ってませんよ、貴方ってそういう人ですもの」
「物分かりのいい女は嫌いだなあ」
「嫌いで結構」
目配せ一つ寄越さずサラリと返してくる。
本気で怒らせてしまうと俺も打つ手はない、女神様のいたずらでふら~っと帰ってきてくれるのを願うばかりだ。
此処に戻ってきた時に置かれた珈琲は冷めた。もう随分飲んでいない。
「悪かったよ、アレは本気じゃないから。これは事実だって」
「本気じゃないなら尚問題でしょう、彼女が可哀相ですわ」
可哀想? イマイチピンとこなかった。
会話に妙な擦れ違いを感じるが、そもそももつれを紐解く糸くずも見つからない始末。考えるのはよしておこう。
「もしかしてアレ、して欲しかったりする?」
「……………え?」
「ガチな反応されると俺が困る」
明らかに今固まっただろ。
さっきまでの近寄りがたい空気はまるでお飾りだったらしく、途端にKarの表情が色づき始める。動揺を隠そうとしたり気を張り直したりと色々しているようだが、全部顔に出てるので一人芝居の様相。
哀れや哀れ、化けの皮を剥がれた彼女を真っ逆さまに見つめたまま会話は転がっていく。
「そ、そんな訳無いでしょう! あんな気障ったらしい台詞を言われて嬉しい筈が有りません! 指揮官さんは少し自分の顔を鏡で見てきたほうがよろしいのではなくて!?」
「超イケメンだろ?」
「当たり前です! 私の指揮官さんですからね!」
そうなんだ、Karにとって俺は超イケメンなのか。嬉しいなあ。
心根を隠すという概念が無いのでKarは基本的に表情豊かだ。一度崩れるところころと表情が一転二転するので、見ている側としては非常に楽しい。
――しかしあんなのがお好みとは、随分少女チックな趣味をしているものだ。
口をとがらせたKarが拗ねたように呟く。
「…………それにしても随分と楽しそうでしたね」
「そりゃ楽しいだろ、何か駄目?」
叩けば響くとはあの事だ、アレで遊ばないお堅いやつが存在するってマジ?
何よりああいうタイプはこっちが楽しんでやって、それを表に出さないと勝手に自分が嫌われてるとか思い始めるし。まあ若いからな、わーちゃんは。
あっさりとした返答がご不満だったらしく、目を逸らされる。
「そんなに楽しいならわーちゃんと一緒に居れば良いんです。別に私一人でも平気ですしっ」
――――――あ、はあはあ。ふーん、そういう事。
何となーく全体像が掴めてきた。要するにヤキモチ焼いてたのか、わーちゃんとは敢えて馴れ馴れしくしてる所あるしな。
あっちが勝手に距離を空けて行くから、俺が一段とばしをしてでもついていってやらんといかんのだ。アレは独りになったらなったで駄目になる。
なんて事を言っても仕方がないか、事実は事実だし。
「目の前で他の子とキャッキャしたのは流石に悪かったよ。そうへそを曲げないでくれ」
「曲げてませんっ………………そんな事をしたら、指揮官さんが困ってしまいますもの」
ぐはぁ! な、何だ唐突に!
突然のいじらしさに目が回る、困ったように帽子を引っ被って顔を隠すKarを凝視してしまう。
「指揮官さんはお仕事で人形の子達とは喋らなくてはなりませんし、それに関係が良好なのは良いことですし、それに――――――」
ぶつぶつと理屈を並べ立てていたかと思うと、ぷつりと突然静かになってしまう。恐らく合理的なことを頭で並べ立てて、何とか納得を得たのだろう。不承不承となるのは当然だ、そういうものじゃないんだから。
何処と無く淋しげで小さい横姿のまま仕事に戻ってしまう。
――ちょ、今のは駄目だろ。反則反則。
静かに書類を持っていこうとするKarを呼び止める。
「ちょっとコッチ来てもらえるか? 用事があるんだ、大事な用事」
「……口頭では駄目でしょうか」
「口なんだけど、口頭じゃ無理」
意味が分からない、と言わんばかりの弱々しい表情でKarが首を傾げる。
俺の目が冗談を言うときのものじゃないのは理解してもらえたのか、心細気に俺の所に歩いてくる。
「何ですか」
「もうちょっと近く」
「本当に何なん――――」
そりゃあ口でしか出来なくて、近くないと出来ないことだからキスに決まってる。
顔を覗き込んできたKarを背中から抱き込んで、そっと。あんまり強くすると怖いだろうからな、それぐらいの気を遣う頭は有る。
唇に触れる熱量で一歩遅れて気がついたのだろう、Karが目を見開くと少しだけ慌てふためく。問答無用、今度こそもっと強く腕を回した、紅玉の瞳が鮮やかに感情で揺れ動いて――――――やがて諦めたように静かになる。
一秒だったか、一分だったか、一時間だったのか。ひょっとすれば一年なのではと思う刹那の後、名残惜しさを押し殺してゆっくりと体を離してやる。さっきまでの抵抗の無さは何だったのか、飛び跳ねるようにKarが俺から逃げていく。
「にゃ、にゃんですか急に!」
「…………いや、言葉じゃ駄目だろ? こういうのって」
「だ、だきゃらって!?」
噛み噛みになるKarの顔で効果はあったと確信する。
「さっきみたいなことは流石に改まって出来ないから、今日はこれで勘弁してくれ」
「い、いえ――――――――その、もう十分幸せ、ですから…………」
その後の仕事は俺達のコミュニケーションエラーで全く上手く処理できなかった。
俺はそれが悪くないものだったと、今でも思う。
わーちゃんはとても好きですね。勿論眺めているだけでも可愛い生き物ですが、やっぱり私は指揮官に言えないやりすぎていることへのちょっとした後悔とか後ろめたい気持ちとか、ついでに愚痴をずっとうんうんと頷いて聞いていてあげたい。庇護欲を唆るというのは彼女のための言葉でしょう。
あらすじには有りませんが、私の気が向いてしまったらウロボロスとかも出すかもしれません。多分本を読んでのほほんと過ごしてます、世界観についてはもう気にしない方針で。
指揮官。君の”方向性”、決まったからね。後わーちゃんに謝りなさい、早く。
イメージは加持リョウジです。というか私の書く指揮官はアズールレーンの小野也人時代から加持リョウジの髪型のイメージです。
ドイツのキスは日本よりもすこーしだけ意味が重たいような気がする。後半は私があまりの甘さに頭をショートさせて脳内麻薬をドバドバ出していました。これは危険過ぎる。
【指揮官】
172cm。プレイボーイの真似事を好む、一応Kar一筋を語っているしそうなのだが隣の芝生が真っ青に見えてしまうタイプ。
言葉に意味を感じていないため、愛情表現は行動で。姉貴の中の人と同一人物、転生設定は死んでるのでタグは無し。
顔は本当に滅茶苦茶良いし人形にも熱視線を飛ばされているが自覚がない。プレイボーイ的言動は冗談で済む程度の顔と思ってるタイプ。
【Kar98k】
モコモコドイツライフル。ゲームでは身長110cm疑惑が有るが、銃が特殊モデルとして147cmです。悩みは指揮官に抱きついたら身長差で埋もれること。
公私の切り替えに気を遣っているが、元がゆるゆるしすぎてるのであんまり出来てない。戦闘と仕事はよくできるが、指揮官とすぐイチャつくので滞りがち。可愛い。もこもこ。ちっちゃいけどつよい。
※追記:皆がお砂糖の話を沢山するから正式タイトルはかの「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」からオマージュしました。おっしゃれ~。