悪役令嬢は百合したい   作:猫毛布

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06.悪役令嬢は育てたい!

 褐色メイドと褐色執事について、お話します。

 いや、まあ待ってくれ。俺は悪くないんだ。決して悪くない。そうだろ? 確かに違法な手段で仕入れられた商品を購入してしまったが、俺はその違法な手段に関してさっぱり感知していない。ああそうだ。商品も人間二人であるけれど、それはれっきとした商品なのだ。俺は悪くない。

 自宅に帰って早々にしたことは二人の扱いに関してだ。俺が育てる事は可能だ。たぶん。それこそ籠の中の鳥の如く、部屋に閉じ込めて飼い殺す事のなんと容易い事か。

 しかし、それじゃぁダメだ。善意的な話ではなく、俺の都合でダメなのだ。

 この四年間を俺が如何に気を使ってきたかご存知だろうか? ご存知ない? それは困った。ならば説明してやろう。俺はこの四年間、いいや、幼少の喋らなくてもいい時期を省けば三年間、まったく気が抜けなかったのである!

 そう、既に自身に定着してしまったお嬢様言葉であったり、立ち振舞いであったり、その全てで気が抜けないのである! 目が覚めて「ふぁ~ねみぃ~」なんて言ってみろ。教育係総出で俺という人格を殺すに違いない。

 故に目が覚めた直後から夜に布団に入るまで、一切! 気が抜けないのである!

 

 もうダメポ……。結果として我慢の限界だったから俺はメイドを仕入れる事にしたのである。誰の息も掛かっていない、俺だけのメイドさんだ。褐色メイド……素敵だ。

 いいや、確かに教育として我が家の息は掛かるだろう。しかし、リヒター個人が付きっきりで見る訳ではない。数多くいる我が家のメイド、執事により教育が施される。技量は伸びる。そしてゲイルディアへの恩も感じるであろう。そして俺への忠誠も芽生えるであろう。後はゲイルディアと俺の比重を変えてやればいい。

 彼女らを購入したのは? 闇から救ったのは? 君らが今立っていられるのは? そう。俺のお陰である。我ながら完璧な作戦だな! 三日間考えただけのことはある。

 如何にして教育係の目の届かない所で息が抜けるのか。問題はそこである。俺だって馬鹿じゃない。我が家に歯向かおうなんて考えてない。ただちょっと息抜きがしたいんだ。

 

 だからこそ、メイドである。自身の側付きとしてメイドを一人育て上げる。故の奴隷。まあ予定とは違って一人男が手に入ってしまったけれど、良しとしよう。ショタもまた良い。

 

 内心でニヤつきながら扉を叩く音を待つ。表面上は鍛え上げられた教育によって変わらず優雅に振る舞っている。優雅たれ、とは誰の言葉であったか。

 カップに口を付けて紅茶を一口。なんでか緊張する。別に俺に緊張する要因なんてないんだけれど。

 ようやく鳴った扉に反応して顔を上げる。おっと、教育係からの解放に喜んでいるのがバレてしまう。冷静に、優雅に、である。

 

「んんっ。入ってよろしくてよ」

「失礼します。ディーナお嬢様」

 

 一度咳き込んでから入室を許可する。リヒターに連れてこられたのは薄汚かった奴隷の少年少女ではなく、小綺麗にされた小さなメイドと小さな執事である。既に日が落ちてしまっているから僅かばかりの蝋燭の灯りであるが、その褐色の肌と深い青の髪はよく分かる。

 口元を手で覆い隠して笑みを堪える。いけない。こうして目的が達成される瞬間のなんと嬉しい事か……! 今までの世話係ならば俺の無作法があれば即座に教育係にチクっていたというのに……!

 これからは! それから解放されるのである!! いいや、まだだ、まだ笑うな……! まだ計画の全てが達成した訳ではない。この二人をゲイルディア家のお嬢様である俺の側に立てる程の教育を施さなくてはならないのだ。そしてできる事ならばこの褐色幼女メイドを俺のハーレム(仮)に入れるのである。男は知らん!

 もう一度咳払いをしてからリヒターへと顔を向ける。

 

「リヒター。もうよろしくてよ。後はわたくしが二人と話しますわ」

「ふむ。では誰かを近くに」

「それも必要ありませんわ。むしろ、誰も近寄らせないでくれるかしら」

「……承知いたしました」

 

 危ない危ない。これから俺は楽をするんだ。この奴隷達には素の俺を知っておいてもらうべきなのだ。というか、気の抜けた喋り方をしたいのだ。誰かに聞かれる訳にはいかない。

 奴隷兄弟二人に同情の視線をチラリと向けたリヒターが一礼をして部屋を出る。扉が閉まり、一拍、二拍、三拍。

 俺はようやく肩の力を抜いて息を吐き出す。よし。よし!!

 拳を握りしめて小さくガッツポーズをしてしまう。やっとである。ようやくである! 息抜きの時間が限られた状態であっても長くなる事は嬉しいのだ。

 おっと、立っている二人をまずはどうにかしなければならない。

 

「あー。うん。楽にしていいよ」

 

 ニッコリと笑ってそう言っても二人は動かない。怖くないよー、俺は善人だよー。いや違法奴隷を購入している時点で善人ではないか。

 さて、このまま二人を立たせたまま話を進めるのも俺が気になる。

 

「そこの椅子に座っていいよ」

 

 けれども二人は動きません。大きなカブだってもっと動くだろう。

 マズイな。ベリルって言語違うかったっけ? いや、この世界の言語は訛りがあっても人族はある程度共通ってシャリィ先生も言ってた気がする。うん? 特殊な言語でも使っていたとか?

 

「あー、もしかして言葉がわからないとか?」

 

 首を横に振られる。言葉は通じると。なるほど。よしよし。

 椅子に座るのが嫌とか? とりあえず、今はそこまで考えるべきではない。彼女達が動かないのなら俺が動けばいい。

 俺は椅子から立ち上がって二人へと近寄り、手の届く範囲に腰を下ろす。「よっこらせ」なんてオッサン臭い言葉が口から出てきたけれど、今は気にしなくてもいいんだ。

 

「ここならいいだろ? ほら、立ってちゃ話もできやしない」

 

 女の子らしからぬ胡座をかく俺であるが、もうホントね。楽だ。いいや、それこそ楽な姿勢を取れなかった訳ではないけれど、精神的な面がとても楽。お尻がちょっと冷たいけど、許容範囲である。

 ようやく、渋々というか、訳もわからずと言ったほうがいいのか、キョトンとしてから恐る恐ると床に座る。よしよし。

 

「じゃあ、君たちの今後の話をしよう」

 

 たぶん二人が一番気になっている内容だろう。仕事だってなんだってまずは内容が最初だ。「この日、暇?」なんて内容も告げずに仕事をぶち込む野郎とは俺は違うのだ。まあ奴隷購入してるけどな。

 

「まずは明日から君たちはリヒター、さっきの男に師事して我がゲイルディアに仕えて恥じない使用人になれ。いくらか慣れてきたら俺に付いて色々と学んでもらおうかな」

 

 そう、この子達もまだ子供なのだ。俺と同い年か、まあ下か上か、ゲビスから受け取った書類には正しい年齢も名前もなかったのだからどうしようもない。

 俺のお付きになってもらう。これは最低限の願いだ。楽な時間を増やしたい。切実に。三年ぐらいを耐えたのだ。今更一年や二年ぐらい、楽ができると見えていれば耐えてみせよう。

 ついでに彼女達にも魔法式に関して学んでもらう。俺の趣味だ。魔法も使える褐色メイドとか、最高だと思うんだ。当然、というべきかシャリィ先生から直接という訳ではなく、空いた時間に俺が噛み砕いて教える。他人の魔法式がどうなるか、という点も中々に気になる事だ。

 

「たぶん俺が成長したらお付きの護衛やら何やらで面倒にもなるし、剣の扱いに関しても一緒に学んでもらおうかな」

 

 うんうん。ドコかに行くにしても気が置けない人は重要なのだ。警護としての腕前も上げてもらおう。

 こうして色々と考えていれば褐色ショタの方も必要な買い物であったのかもしれない。二人で分担できるし、一人だったならば手段もそれなりに減っただろう。

 二人の得手不得手もあると思うから、そこらは俺が調整すればいい。けれど、使用人としての能力は最低限必要だ。ゲイルディア家を黙らせる為でもある。

 二人は俺のお付きである。という俺のワガママを通す為にも二人には頑張ってもらわないといけない。

 

 二人にさせるべきことを思案しながら、ようやく二人がポカンとしている事に気付いた。

 少し考えればわかる事だったけれど、二人とも子供なのだ。それも今まで奴隷として調教されていたのだろう。ゲビスのしたことはわからないけど。

 目下としての目的はこの二人を順調に育てる事だ。ゲイルディアの使用人として、そして俺の世話役として教育するのは長い目で見た時の目標だ。

 一つだけ自分を落ち着かせる為に息を吐き出して、二人の頭を撫でる。紺に近い深い青の髪と褐色の肌。どれも、俺にとって好ましい要素だ。好き。

 うん。そもそも最初の一歩目を間違えていたのだ。

 

「俺の名前はディーナ・ゲイルディア。君らの主人だ」

 

 主人、と言っても奴隷として扱うつもりなど毛頭ない。まあ、成長したら女の子の方に手を出すかもしれないけど。げへへ。

 さて、二人の名前は書類ではわからなかったのだ。故に二人に直接聞かなくてはならない。

 

「君たちの名前は?」

「……ッ」

 

 え、なんで急に怯えた表情するんです? 俺何もしてないぞ。まだ。二人して怯えてるのなんで……ねえなんで?

 俺は名前を聞いただけなんですよ。本当なんです、信じてください。俺は何もしてないんです。何、名前が言えない理由があるのか? 自分達の名前で嫌な事を思い出すとか? マジ? 他の理由とか俺が怖いぐらいしか思いつかないんだけど、俺が怖いなんて事はない筈だ。いや、顔つきは徐々に悪役方面に向かってるんだけどさ……遺伝子って怖い。

 

「じゃあ、君たちに仮の名前をあげよう。このまま名無し、というのも問題が起こるからな」

 

 うん、なんでそんなにホッとしてるの? 俺何か悪いことしてる? 確かに奴隷である君たちを買ったけどさ。

 いや、まあそれはいい。置いておこう。たとえ今の評価が最低値でも、いや最低値だからこそ上がるだけなのだ。ぐんぐん上がれ。将来の褐色メイドさんを落とす為に。

 しかし、ベリル人の名付けの由来や習慣などはさっぱりわからない。それらしい名前を与えて、二人の評価をグッと上げたいけれど無理だろう。変な名前じゃなければ問題は無いだろう。きっと。俺も二人を呼ぶときに「こい! 光宙!」なんて呼びたくない訳である。

 ベリル……ベリル……。

 

「ん、よし。兄の君をヘリオ。妹の君をアマリナと呼ぼう。二人共、今日からはその名前で過ごしてくれ」

「……ヘリオ」

「アマ……リナ……」

 

 うんうん。よしよし。確認するように何度も名前を呟く二人を見ながら特別変な名前では無いことを理解する。シャリィ先生ならもっといい名前を思いつくだろうけど、俺には無理だ。諦めた。

 二人の元々の名前に関しては諦めよう。言いたくないなら言わなければいいし、言う必要を無くせばいい。俺にとって二人は今日からヘリオとアマリナであるし、大切な褐色メイドと褐色執事である。うん。素敵。

 さて、二人は子供だから意識できないだろうけれど、俺の計画は既に始まっている。将来的な百合ハーレムの為の計画である。百合ハーレムには余計な物もあるけれど、まあ花園を守る騎士も必要だろう。

 

「さあ、今日はもう寝ようか。ヘリオもアマリナも疲れているだろうし」

 

 二人の手を握って立ち上がる。片手にヘリオを、片手にアマリナを。

 二人を引っ張り、立ち上げて、そのままの勢いでベッドに飛び込む。ぼふりと柔らかく俺たちをベッドが受け止めて、二人の手を離さないように握りしめる。

 

「今日は一緒に寝よう。それも君たちの役目だ」

 

 役目、というのは間違いではないし、後々は夜の時間を用いて魔法式を教えるつもりでもある。

 楽しくなってきた。きっと素敵な夜になるし、俺は二人を俺の理想の存在にするつもりでもある。その為には努力も惜しまない。けれど、とりあえず二人にはどうにか俺の世話役にまで成長してほしい。ホント、頼む。

 頼むよー。という念をしっかりと込めて、二人を抱きしめる。

 俺の解放は君たちの成長率に掛かってるんだから。ホント、頼む。


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