連載再開おめでとおおおおおお!!
第1話 志岐犬彦
「さて、言い訳を聞こうか」
頬をぴくぴくと怒りで引き攣らせながら弟が言う。
腕を組んで仁王立ちするその正面には、正座でぷるぷると子鹿のように震える姉の姿があった。
「俺が聞きたいのは、――どうして! つい1週間前に確かに振り込まれたはずの! 1ヶ月分の小夜子の生活費が! すでにカラになってるのかってことだ!」
「さ、さあ……某には何のことやらさっぱり」
「おい目を逸らすなこっちを向け芸者ガール。答えろ、何に使った?」
顎を掴んで無理矢理相対させるも、ひゅー、ひゅー、と吹けていない口笛を吹いて黙秘の構え。
ほう、と弟の声音が更に低く地を這った。
いいだろう。そっちがその気ならこっちは最終兵器を出すまでだ。
「だんまりか。なら仕方ない。この現状を包み隠さず実家に報告して――」
「すみませんそれだけは勘弁してください」
すがすがしいほどの土下座を決めながら白状した。姉の威厳など欠片もなかった。
ともあれこれで被疑者からの自白は得た。ならばあとは罪の軽重をはっきりさせるだけだ。
「で、何に使ったよ。いや何に、じゃないな。お前のことだしゲームに使ったのはわかりきってる。問題はあれだけの大金の何割をゲームに使ったのか、なんだが――おい待て何故視線を逸らした」
びくり、と大きく震える姉にすぐさま問いを投げかけた。
もうこの時点ですでに嫌な予感しかしなかったが、聞かないわけにもいかない。
「……その。ヤ○オクで欲しかったレトロ的なアレが安く売っているのが目に入ったもので」
「で?」
「オールインって言葉知って――
至近距離から叩きつけられるダメ姉の悲鳴に、弟――志岐犬彦は深くため息を漏らした。
姉の志岐小夜子が1人暮らしを始めると聞いた時にも驚いたものだが、その姉がボーダーに入ると聞いた時にはもっと驚いた。
異性恐怖症な小夜子が組織に加入する。あまりにも現実離れしすぎていて耳にした時には思わず夢ではないかと頬をつねってしまったことは記憶に新しい。
その上小夜子の仕事はオペレーターだというではないか。これはもう心配するなという方が無理な話だ。話を聞いた時にはコミュ障な小夜子がきちんと隊員とコミュニケーションをとれているのか、いじめられていないか気が気でなかった。
職に就いて1ヶ月ほどは追い出されないかとハラハラドキドキの毎日だったが、幸いにして「追い出されたー!」という泣き言はいつまで経っても聞こえてこなかった。
そして職場での愚痴を零す時間が、次第にその日あった楽しいことを話していく時間に変わり、活き活きとした笑顔を見せるようになった小夜子を見ているうちに、心配や不安は興味に変わった。
だからある日、ふとした思いつきで小夜子の1人暮らし先を訪ねてみたのだ。
勿論思いつきだったから、アポなどなし。むしろどんな反応をするのか期待していた節まであった。
そうして小夜子が住んでいるマンションの1室を訪ねたところ、宅急便か何かだと思ったのか、無警戒に扉を開けた久々の姉の姿を見て絶句した。
ダルダルのジャージ。
色白くやせ細った肌。
浅く染みついた目の下の隈。
弟の姿を認めるなり顔色をいっそう青白く染め上げる顔の向こう――山のような段ボールで埋め尽くされた部屋の姿。
日が暮れるまで姉を叱り倒したのは後にも先にもその1日だけだ。
その日、小夜子の1人暮らしは終わりを告げた。
翌日1日を使って小夜子の部屋を人の住める場所にした犬彦は、すぐさま実家に戻って小夜子の現状を告げた。そっくりそのまま伝えるとショックで倒れかねなかったためにオブラートに包みこそしたものの、それでも信じられないほどの非人間的生活だ。……1人娘が水と塩昆布だけで日々を過ごしていることを知ったらどんな顔をするだろう?
そうなってしまえば両親としても否やがあるわけもない。小夜子との2人暮らしを始めることは、二つ返事で了承された。小夜子を溺愛する父などは終始身悶えして鬱陶しかったものの、我が家一の発言権を持つ母が首を縦に振ったのであれば従わざるを得なかった。
そして1日でも早くというようにその日のうちに荷物をまとめ、次の日には自分の部屋を設けて荷ほどきを終えた。世間はゴールデンウィークに入っていて学校が長期休暇に入っていたのも都合が良かった。
それが2週間前のこと。結果として、あの時の決断は間違っていなかったと胸を張ってそう言える。だがしかし、あまりの姉の生活能力のなさに早くも心折れそうになったことくらいは許して欲しい。覚悟の上でここへ来たとはいえ、これは本当に傍付きの執事よろしく姉の面倒を見る必要がありそうだった。
「お、そっち1人いったぞ。フォロー頼む」
「ん、了解」
ポリポリとポテチを食みながらのんびりと答えるが、その操作は確かなもので、画面上の小夜子が操作するキャラクターはまるで分身であるかのように淀みない動作でめまぐるしく画面上を疾走する。
「何だかまだ慣れないわ。少し前まではいつも顔付き合わせてゲームやってたのになあ」
「ほんの少しの間離れてただけで何言ってんのさ。まだ半年だよ?」
「そうか? そういやそうか」
「そんなに私と離れて寂しかったのかね」
「寂しい……というか。アレだほら、お気に入りの枕が変わると眠れないとか、抱きしめるクッションの触感が変わった時みたいな違和感。据わりが悪くて落ち着かないようなあの感じよ」
「犬彦ってそんなに神経質だったっけ」
「ここ最近寝つきが悪いのはあった」
「寂しかったってことじゃないの? それ」
「そのいやらしい顔でこっちを見るな。寝つきが悪かった理由の大部分はお前がやらかしてないか心配だったせいなんだからな」
とりとめもないことを喋りながらも画面上から目を離さず、またその操作が乱れることもない。これは小夜子と犬彦にとっては日常茶飯事なので、当然のことだった。
大画面のテレビを前にコントローラを握る小夜子はぺたりと脱力した猫のように俯せに寝そべった姿勢で、時折手元に置かれたポテチ袋に手を伸ばしている。つい先程鬼のように叱られた犬彦が横にいるにも関わらずリラックスしきったその様子には呆れるよりもむしろ関心してしまう。
まあ、今更、というやつだった。1人暮らしになってしまってからはご無沙汰だったが、元より犬彦と小夜子の関係はこんなものだった。
しっかり者の弟が駄目な姉を叱り、事が終われば何事もなかったかのようにコントローラを取り出して顔をつきあわせてゲームを始める。
喧嘩は毎日のように――主に犬彦が叱りっぱなしだが――しているものの、こじれたことはほとんどない。それは根が素直で奥手で善良な小夜子の気質のせいもあるのだろう。だからどうにもこの駄目な姉のことを嫌いになりきれない、というのもあるのだろうが。
ともあれ、そんなわけで2人の姉弟関係はすこぶる良好なのだった。
「そういえばさ」
「うん?」
モブゾンビの集団にグレネードを放り投げながら小夜子が言った。
「本当なの? 犬彦もボーダーに入るって」
ただの世間話のように小夜子は問いかけを口にする。
ちらりと視線を移すも、こちらに目線さえ向けていない。あくまで雑談の一環の様子だった。
「そのつもりだけど」
「止めといた方がいいって。しんどいだけだよ? キモいのいっぱい相手にしなきゃなんないしさあ」
「
「私はむしろ
「マジでか」
ぎょっと目を見開いて思わず画面から視線を向けると、マジだよ、とマジ顔で頷く小夜子。
「手足もげても敵を倒そうとするバトルジャンキーばっかりだし、酷いのだと狙撃兵がスナイプした弾を、避けるオア五右衛門宜しく斬鉄剣しちゃう人外がいたりする」
「おう……」
外人みたいに口の端をひん曲げて呻く。
なまじ小夜子とゲームやりまくってるだけにその発言は信じがたいものがあった。
「え、何。ボーダーってそんなのばかりなの?」
「いや、流石にそれは一部だけどさ。そんなのと付き合っていかなきゃいけないよって話」
「俺と同い年くらいの人ばかりなんだろ? どんな集まりなんだよボーダーって」
「そんな化け物の集まりに弟を放り込むのは姉としては忍びない。だからボーダーは止めておくべき」
「何だその棒読みは。どうせ小夜子のことだからボーダーに入ったら目をつけられる時間が増えるとか、そんなこと考えてるんだろ」
「はははまさか、自他共に認める姉の鑑であるわたくしがそんなさもしいことを考えるとでも」
画面の中の小夜子が毒液をモロに食らった。動揺しているのが丸わかりである。
というかそもそも、と図星をつかれて小動物のように震える小夜子を見やり、
「……正直小夜子がその中でやっていけてるんなら、大丈夫だろと思うんだが」
「失礼な奴だな! 私のどこに問題があるのか言ってみてもらおうじゃないか!」
「一日あっても語り尽くせないからやめておくわ」
「ぐう、あまりにも淡泊すぎる反応が私の心に大ダメージ……! あ、デブ出た。アレ私が抑えに行くわ」
「あいよ。……にしてもホント、小夜子がきちんとやれてるんだもんなあ。正直1ヶ月で追い出されるんじゃないかと思ってたわ」
「……まあ、私自身驚いてるのは確かだよ。入ってしばらくはずっと後悔してたし、こんなところ出てってやるーって思ってたしでモチベーションなんて言葉とは無縁だったからねえ」
「お前ずっと愚痴ってたからなあ……男の人怖い男の人怖いって。こいつよく面接通ったなってずっと思ってたわ」
「正直私もどうして通ったのかよくわからん」
「威張るな」
ふふん、と得意げな顔をして鼻を鳴らす小夜子。
「まあ、私も大人になったってことですよ」
「それは絶対にないと断言しておく。まあでも、小夜子のことは抜きにしても結構給料入るって話だし。学校通いながらできるんだろ? 受けてみて損はないだろ」
「それはそうだけどさー」
淀みなくゾンビを撃ち殺していた小夜子のペースがわずかに遅れた。人が操り人形になったレベルの変貌。会話しながらでも問題なく操作できる小夜子にしては珍しいことだ。
「そんなに嫌か? 俺がボーダーに入るの」
さっきの説教が実は尾を引いているのだろうか、と若干不安になりつつ尋ねると、んーん、と小夜子は首を横に振る。
「嫌じゃないよ。むしろ私と犬彦が組んだらどうなるかって、ちょっと楽しみにしてるところもあるくらい」
だけどさ、と瞳に心配の色を滲ませて犬彦を見て、
「犬彦も私と同じくらいのコミュ障だし。ボーダーでやってけるのか不安だわ」
その言葉を聞いた犬彦はコントローラを放り出して前のめりに肘をつき、胸を掻きむしるような仕草とともに叫んだ。
「うっわ小夜子に心配された……!! こんな屈辱生まれて初めて!」
「やめろ、流石に傷つくぞそれは!」
――その姿に、目を奪われた。
内緒だよ、と差し出してきた姉のタブレットに再生された模擬戦の動画。
自身が所属するチームを自慢したかったのだろう。それがグレーゾーンの行いであることを理解しながらも、横で見守る姉の顔は宝物をみせびらかす幼子のそれだった。
望んだわけではないとはいえ、興味がないと言えば嘘になった。
だから小夜子の行いを咎めるふりをしながらも、差し出されたタブレットを受け取った。
映像では、自分より少し年上くらいの年若い少年少女が、剣を、銃を手に取り激しくぶつかり合っている。
見ているだけの自分にさえ伝わってくる熱。ルールは1つもわからなかったが、横から口を出してくる姉の説明もあり、何を目的としているのかはすぐに理解した。
姉が編集したのか、映像は贔屓目に見ても姉が所属するチームに視点が寄っていた。
だから何を見せたいのかはわかりやすかったし――その姿に惹かれるのは道理だった。
その女性は剣も銃も持っていなかった。
何も持っていない手から光る立方体のキューブのようなものが現われ、それが無数に分裂して女性の周囲をぐるりと巡る。
アニメやゲームの知識だけは豊富だったので、自然と連想した兵器の名前が口を衝いて出た。「でしょ? やっぱそう思うよね!」と興奮した様子の姉が言った。
それは言うなれば、タネだった。
女性の声1つで、敵を撃ち貫く弾丸に、あるいはシールドに変化した。
中距離を保ちつつ雨霰と機関銃のように弾が飛んでくるのに対して、これは堪らんと敵が壁を挟んで退避しようとする。しかし放たれる弾は鋭角に軌道を変えて隠れた獲物に食らいついた。
姿も見えない遠距離から狙撃されたならそれをシールドで防ぎ、返す刀で放たれた弾が離れたマンションの屋上に潜む狙撃手を撃ち貫いた。「私が弾道解析して教えたんだよ!」と誇らしげに姉が胸を張った。
――凄い。
いつしか、呼吸さえ忘れてその画面に食い入っていた。
刀を手に暴れる剣士も、建物に隠れて狙撃する小柄な狙撃手も良かった。けれど何より少年の心を奪ったのは無数の弾で敵を翻弄する射手だった。
色素の薄い、肩までの長さの髪が爆風に揺れる。
細身の身体を包む白を基調とした制服も相まって、位の高い令嬢のようにも見えた。
そして――整った容貌に煌めく、鮮やかな翠玉のような、目。
志岐犬彦は、那須玲に憧れた。
絶対小夜子って内弁慶だと思う(確信
ダンボール生活を原作の志岐一家はどう扱っていたのか気になるところですが、今作ではこんな感じになりました。
異性恐怖症のこともそうですし、基本的に原作沿いでやっていくつもりですが小夜子だけはどうしてもキャラ崩壊が免れません。
ので、小夜子ファンの方々には平謝りです。それでも良ければ是非お付き合いください。