那須隊の番犬   作:遠野雪人

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お待たせしました、溜め回です。ちょっと短め。
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第13話 志岐犬彦③

 

 

 

「そういや、人によっては遠征も1つの魅力になるんだろうな」

 

 ソファに寝転がり、片手にボーダーが配布している広報誌を手にした犬彦がぽつりと呟いた。

 遠征とは、トリガー技術の流用元である近界(ネイバーフッド)に赴き現地での探索・交渉を行う仕事である。その重要性は言うまでもなく、未開地における危険な任務となることからボーダーの中でも選り抜きの精鋭が選抜される。

 とはいえ、この情報については機密事項とされ、一般に出回っているボーダーの広報誌には載っていない。では何故犬彦が知っているのかというと、小南から聞いたためである。ついでに小南にも遠征に興味があるのか聞いてみたものの、特に関心のある様子ではなかった。やはり皆が皆興味があるというわけではないのだろうが、未知なる世界に赴くことは人によっては強い目的となることもあるだろう。

 

 返答を期待したものではない独り言のつもりだったが、「なるだろうねえ!」と語尾を上げた奇妙な返答がそれに応じた。コントローラー片手に画面にかじりつく小夜子のものだ。

 

「A級に上がらないとだからハードルは高いだろうけど、異世界旅行楽しめるなら多少のリスクは承知の上で――あちょ、ここでスタンは反則でしょ! ヘルプ! ヘルプ――!」

「返事するかゲームするかどっちかにしろよ」

「じゃあゲーム!」

「ブレない返事嫌いじゃないよ。……確かにロマンある仕事だけど、実際にやれって言われたらちょっとなあ」

 

 お宝求めて星の海を航海、なんて響きだけを聞けば確かに魅力的で、心が踊らないこともない。

 しかし、犬彦にとっては少なくとも今のところは天秤が傾くほどの衝動は感じられなかった。

 犬彦は犬彦なりに今の生活に愛着を持っていたし、地続きすらしていない果ての世界に旅立つことに人並みの抵抗はある。

 

「何より近界(ネイバーフッド)にはゲームないしね。ゲームがないなら仕方ない」

「人の思考読んだ上に勝手に結論づけるんじゃないよ」

「でも正解でしょ?」

「否定はしねえけどさ!」

 

 イェーイ、と姉弟仲良くハイタッチして、一息。

 モニタを見れば小夜子の方も一息ついたらしく、ソファの端から身を乗り出して広報誌を覗き込んできた。長い髪がふわりと鼻先を漂ってこそばゆい。

 

「広報誌なんて持ち出してどうしたの?」

「師匠からありがたーいアドバイスもらってな。もうちょっとボーダーのこと知ろうかなと思って」

「簡単な説明くらいなら仮入隊期間の時に受けたんじゃないの?」

「何があるのかってのと、だいたいの位置くらいはざっくばらんに説明受けたけど、もうちょっと踏み込んでみようと思ったのさ」

 

 ふうん?と腑に落ちなかった様子の小夜子が首を傾げた。

 だからこんなに近い距離で首を傾げるなよ、と小夜子の頭を抑えて脇へ押しやった。

 

「変なアドバイスだね? この間まで絶賛強化期間中みたいな感じだったのに」

「頑張るにせよ、何かしらの目標がないとやり甲斐がないだろ?」

「んん? 強化期間と今広報誌を見てるのが繋がらないんだけど、どういうこと?」

「ああ、そういや言ってなかったか」

 

 犬彦は先日那須先輩と出かけた時にあったやり取りと、小南とのやり取りをかいつまんで説明した。

 ほうほう、と感心したように小夜子が何度も頷く。

 

「それで強くなる以外にも目を向けてみたらって? 小南先輩も意外と良いアドバイスするね」

「お前ナチュラルに酷いこと言うね」

 

 とはいえその認識は犬彦自身がもらした不平不満がもとであることは間違いないため、間接的には犬彦のせいと言えた。

 でもさ、とコントローラーを操作しながら小夜子が呟く。やけにボタンを押す音が聞こえると思ったら装備品を開発していた。

 

「それって、要は部活で頑張ってる人が学校のパンフ見るようなものでしょ? そう考えるとどうなのかなーって思うんだけど」

「但し学校のことをあまり理解してない、って注釈つくとどうよ」

「アホなのかな?って思う」

「火の玉ストレートやめてくれる?」

 

 思いの外ダメージが入って泣きそうになった。

 だが、この例え話はわかりやすい。年若いうちから仕事に就いたこともあり、今まではボーダーが未知の組織のように思えていたが、学校に当てはめてしまえばストンと理解できた。

 となると、このまま学校にたとえて考えていくのが一番わかりやすそうだ。

 

「学校の部活に入って上手くなるために頑張ってる人が、頑張るための目標が欲しいと言い始めました」

「……え? すでに頑張ってるんでしょ? 大丈夫なのその人」

「何故だろう。このイメージの仕方俺にクリティカルダメージばかり叩き出すんだけど」

 

 行程は間違ってないはずなのだが、いつの間にか傷口を広げる地獄になっている。

 この痛みは覚えがある。黒歴史を掘り返される痛みのそれだ。

 ということはまさか、自分の今までのボーダー生活は黒歴史ばかり……?

 

「そこに気付くとは……やはり天才……」

「おういい加減にしねえとその長い前髪1本ずつ引っこ抜くぞコラ」

「大丈夫! 君の前にいるのは人生単位で黒歴史真っ最中な先達だからネ!」

「お前もうちょっと自分のこと大事にしてあげろよ」

 

 まさか自分を下げてまで犬彦を上げようとするとは恐れ入ったが、いつまでも不毛な傷の舐め合いをしているわけにもいかない。

 小夜子にもダメージが入って痛み分けとなったところで話を戻した。

 

「部活の目標って言うと、全国大会?」

「ボーダーだとA級とか、遠征とかか?」

「遠征は興味ないの聞いたけど、 A級はどうなの? それこそいつもの男児たるもの理論で合致しそうなものだけど」

「何だよその名前……まあその通りだけど、それは何か違うんだよなあ」

「というと?」

「A級は言うなら称号であって、大事なのはそのランクに上がって何がしたいか、じゃないかと。上がることが目的ならそれは部内の中で一番強くなりましたよ、ってのと変わらないんじゃないか」

 

 何がしたいか。犬彦の命題はまさにそれだ。

 

 頂点と、そう呼ばれることに憧れはある。

 けれど犬彦は強さ以外にも道があることを知ってしまった。

 自分にも何かがあるのではないかと、犬彦は可能性に魅入られている。

 

 ふと気付くと、ボタンの音が止んでいる。ならばクエストを受注するために行動しているのかと思いきや、小夜子は画面を一旦停止して唸り声を上げている。処理落ちしたパソコンのような不穏な響きだ。

 

「難しい……。目標も何も、ボーダー入ってくる人って大抵は何も考えてないか、正義感か、恨みとか復讐心くらいしかないと思うんだけど。あとお金とか。那須先輩のはむしろ結構なレアケースだから言い方は悪いけど参考にならないまであるんじゃない?」

「……まあ、言いたいことはわかる」

 

 自分と同じ立場、ボーダーの戦闘員という括りで考えるのなら、入ってくるのはほぼ20歳以下の年若い少年少女だ。というのもトリオン能力が成長するのは成人するまでであり、それ以降は緩やかに衰えていくものであるからして、成人してから志す人がほとんどいない。

 何が言いたいかというと、そんな未成年ばかりの彼らが確固たる展望を持つものかと言われたら、答えは否だろう。

 犬彦より上か下なのかはともかくとして、大なり小なり同じような感覚であるのは間違いない。

 まあそれで話を切ったらあまりにも生産性がないからしないけどさ、とついにコントローラーを放り出して小夜子はこちらを振り向いた。

 

「ボーダーを学校だとするなら、何を学ぶべきだと思う?」

「何を学ぶべき?」

 

 問いかけに広報誌を脇にやって首を傾げた。

 学校が何を学ぶべきかといえば、勿論勉学だ。だがその答えは今の状況にはそぐわないだろう。

 しばらく無言を貫く犬彦に、チッチッ、と気障っぽく指を振りながら小夜子が勿体ぶって口を開く。

 

「協調性、集団生活に決まってるじゃあないか! 切磋琢磨し、共に競い合う仲間。人の絆を学ぶことが学校の本懐でしょう?」

「お前がそれを口にするのか! よりによってお前が!」

 

 鳥肌が立つほどの違和感しかない。口にする人によって印象が変わる典型例だった。

 

「で、それがどうした?」

「要はわかんないなら人に聞いたら?っていう意見ね。私達はあんまり考えてないだろうと思い込んでるけど、実はもっと考えてるかもしれないでしょ? 学友同士で将来の話をするのは青春モノの王道なんだし、ならそれに倣うのもアリだと思うんだよ」

「王道、ねえ」

 

 腕を組んで考え込む。

 直感はアリだと判断していた。古今東西、学園モノで少年少女らがその手の話に花を咲かせる展開は枚挙に暇がない。

 何を考えてボーダーに入ったのか、何をモチベーションにしているのか、聞いてみるのも悪くないだろう。

 だがしかしこの方法には重大な問題がある。犬彦は厳しい面持ちをして口を開いた。

 

「お前、俺たちがコミュ障だってこと忘れてないか?」

「それを言っちゃおしまいでしょうがっ!」

「理不尽の塊!」

 

 自分で提案しといて逆ギレするなよ、と思いはするがこれもやはりいつものことだ。

 ため息1つで切り替える。

 

「まあ、そのことを差し引けばやってみる価値のある案だとは思うけど、どこから聞けばいいんだ? 同期なんて似たようなのばかりだろうし、かと言ってそのことを聞きに行くためだけに先輩方を訪ねるのはハードル高いぞ」

 

 真っ先に思い浮かぶのは小南を始めとする玉狛支部の面々、それから嵐山先輩だろうか。あの優しそうな先輩であれば無下に断られることはないだろうという期待がある。

 そんなところだろうねえ、なんて無難な答えが返ってくるかと思ったのだが、小夜子はいやいや、と俄かに身を乗り出してきた。

 

「それに関しては私から1つ提案があるんだよ」

「提案?」

 

 珍しい。ここまでの流れを計算に入れての提案とは。

 しかも自信満々のようで、口元には余裕の笑みが浮いている。

 

「勝算は?」

「犬彦次第だけど、順調に行けば上の人脈が一気に広がると思うね」

「マジかよ」

 

 頼もしくはあるが、経験則で言うと2割……いや3割ほどの不安もある。こういう顔をしておいてロクでもない策が出てきたことも一度や二度ではない。

 だが、小夜子の語る将来の展望には流石に目を剥いた。この段階から上の人間に話が通じるようになるというのは尋常ではない。

 ということは同時にそれなりの博打でもあるはずなのだが、さて一体どんな策なのか。

 

 先を促すと、小夜子は犬彦の肩を力強く掴んでこう言った。

 

「犬彦、オペレーターになってみない?」

 

 

 

 




 オペレーターも真面目に書くと面白いポジションだと思ってます。いわゆる『椅子の人』っぽいポジションで格好良いと思うんですけどね(小並感
 というわけで次回とある部隊に突撃します。どこに突撃するのか楽しみにして頂けたら幸い。

 今回短かったので次回は早めに投稿します。
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