どうしても同期に近いポジションが欲しかったんや……。
黒江双葉にとって、今のところボーダーの日々はあまり面白いものではなかった。
入隊してからもうすぐ一月が経過しようとしている今、黒江のC級での立ち位置はいわば主席候補と言えた。
初日に戦闘訓練で11秒を叩き出し、各種訓練においても常に上位をキープしている。C級隊員たちとのランク戦でもほぼストレートで勝っており、ラウンジにいれば視線を感じるくらいには活躍していた。
しかし、その成績に反比例するように黒江の熱は冷めていく一方であった。
訓練も、ランク戦も、今となってはほとんど同じことの繰り返しである。
誰よりも上手く訓練をこなし、大人と子供ほどの力量差のある同期をただひたすらに倒していく作業。
黒江は己が優秀であることを理解した。理解したが故に、張り合いのない環境に言いようのない倦怠感を抱いていた。
幼馴染の緑川という少年は、少し前にボーダーに入り、スカウトを受けてA級のチームに所属しているらしい。
A級ともなれば、自分の想像を超える強さを持つ人達がいっぱいいるのだろう。その中で幼馴染は切磋琢磨している。そのことが少し羨ましい。
――早くB級に上がりたい。
最近ふつふつと沸いてきた黒江の欲求だった。
強い目的意識や承認欲求があるというわけではないけれど、このままでは指の先から腐り落ちていくような言いようのない不安があった。
隊員達が集うラウンジに黒江は足を踏み入れた。
入ってきた己にチラホラと視線が刺さるのを感じる。もっとも、あまり気にはならない。黒江の関心はただ1つ、ランク戦で速やかにポイントを貯めることのみだ。
早速ブースに入ろうとすると、声を拾った。
「え? 犬彦くん、今までランク戦やったことなかったの?」
「そうなんですよ。俺はもっと早くやりたかったんですけど、小南に止められてまして」
その珍しさに足を止めた。
視線を向けると、淑やかな女性と小柄な少年が大型モニタを前に会話をしている。女性は私服だったが、少年はC級の隊服を着ていた。
となると、ますます珍しい。
入隊して一月も経った今、ランク戦を経験していない隊員などほぼいない。
その事実もさることながら、止められていた、という少年の言葉。それはつまり少年には技術を教わる誰かがいるということ。真っ先に連想するのは師匠だけれど、この時期にすでにそういう人がいるということも黒江の興味を引いた。
それに――黒江の頭の中に、1つ引っかかる点もあった。
さり気なさを装って彼らの近くのソファに座り、会話を聞く姿勢を作る。
少年のぼやきに、女性が訝しそうに問いを投げた。
「止められてた? どうして?」
「いつものことながら解読に難儀しましたけど、どうも余計な自信がつくのが嫌だったみたいです」
「そうなの? 自信がつくのは良いことのように思えるけれど」
あまり言いづらいことなのか、声を潜めて少年は答えた。
「C級で自信をつけられても困る、だそうですよ。弱い相手に慣れて変なクセがつくのを嫌ったみたいで」
「そんなことってあるのかしら」
「あー……そうですね。俺なりに考えてみましたけど、たとえばC級のランク戦しか戦っていない状態でB級に行くのは怖いですね」
その言葉に、どきりとした。それはまさに黒江の現状に他ならなかった。
緊張しているのか、少年はつっかえながら語り始めた。
「手札の数に絶対的な違いがあるんですよね。トリガーの種類もそうですけど、それを含めた戦術の数はC級のランク戦では絶対に培えないものですから」
「確かに、C級にいる間は個々に使うことはあっても、組み合わせて使うことってないものね」
基本を飛ばして応用から教える指導者はまずいない。上に上がれば様々なトリガーを組み合わせて対戦することができるようだが、ボーダーも例に漏れず、C級の間はそういった複数のトリガーを扱った戦闘をすることはできなかった。
思えば、そういった戦術に多様なバリエーションを持たせることのできない単調なランク戦も黒江のストレスに繋がっているのかもしれない。
「対戦データ見て勉強することはできますけど、見るのと実際にやるのとでは大違いですからね。そういう手札の数にも違いが出ますし、経験も豊富です。上がってすぐにB級以上の隊にスカウトでもされない限りはしばらく苦労しそうだな……なんてことは思いました」
「なるほどね。でも、それとクセがつくっていうのはどう繋がるのかしら」
「思い込みかな、と思います。トリガーの種類と量が変わるので、C級の間は限られていた選択肢が倍以上に増えます。そうするとC級のランク戦で積んできた経験がマイナスに働くこともあるのかなと」
「こう攻めてくるはず、こういうことはしない、というような感じかな?」
「ですね。そういうのが咄嗟の判断に影響してくるのかなー、なんて。入って一月の身で何言ってんだ、って感じですけど」
照れたような苦笑いで締めた2人の会話に、ふんふん、と小さく頷く。
参考になる話だった。同じC級隊員であり、黒江の現状に通ずる話。
少年の師匠も、良く弟子のことを考えているんだな、と感心した。
少年の今と、これからを見据えた長期的なアドバイス。
すると、自ずと見えてくるものがある。
――ここにいるということは、つまり少年の師匠が今の彼に太鼓判を押したということ。
少年の解釈を思えば、少年の師匠は時間をかければいずれ上がっていくC級の間にランク戦をすることはむしろマイナスだと捉えているように思える。
だからこそ、最小限。上がるべきタイミングで一気に稼いで短時間でB級に上がる。そういう青写真を描いているのだろう。
勿論、地盤ができていなければ挑戦させるはずもない。
B級以上の戦いをしっかり理解し、C級に混ざっても浮き足立つことなく淡々とポイントを稼いで上がる。それが少年の師匠が理想とした条件のはず。
ということは、今ここにいる彼は師匠の理想を実現できる実力があるわけだ。
久しくなかった熱を感じて、逸るままに黒江は自然と席を立っていた。
犬彦がブースに入って端末を操作していると、すぐに対戦申し込みが来た。
「はやっ」
相手は同じくC級だったが、目につくのはそのポイントの高さ。
「もう3000超えてるじゃねえか」
入隊からまだ1ヶ月しか経っていないのにこのポイントということは、ほぼ仮入隊組で間違いはないだろう。
いくらかのボーナスを得て入隊した、組織から将来有望と判断された逸材。
「それともランク戦に篭ってればこのくらいはいけるのかね。えーと、YES、と」
まあ何にせよ、犬彦はできれば今日中には上がる算段で来たのだ。
小南にもそう言われたことだし、犬彦とてB級に上がりたい気持ちが強い。
高ポイントのラスボスとして立ちはだかる魔王プレイができなくなってしまったのは残念だが、高得点が狙える相手が来てくれたのは僥倖だ。
相手の武器種だけ確認して対戦申し込みを受け入れる。
孤月。形状は日本刀そのもの。オプションをつけると斬撃を飛ばすことができるが、C級ではつけることができない。
つまり純粋な剣術と体術のみでここまで稼いできたということだ。
ポイントが実力を証明している以上、油断できないな、と犬彦は気を引き締める。
しかし、転送先に現れた対戦相手に犬彦の精神はあっけなく乱された。
「よろしくお願いします」
幼い声とともにそう告げたのは、金の髪を二つ縛りにした少女である。その小柄な見た目は、犬彦から見ても1つか2つは幼いと察せられた。
しかし、初対面の、女性である。
その高ポイントから、犬彦は根拠もなく相手が男性だと考えていた。
故に言葉少なにそれだけを言って孤月を構えた少女に対し、犬彦の最初の反応は引き攣った声を上げて一歩を引くことだった。
「……あの、どうかしましたか?」
思わず、黒江はそう声をかけてしまっていた。
黒江は自身がそこまで弁の立つ方ではないことは理解している。そのため知らず勘違いをさせてしまったことなどもよくある。
しかし、そういう経験が豊富な黒江をして相手の反応は不可解極まるものだった。
よろしくお願いします、と挨拶をしただけだ。
どんな行き違いがあったとしても、間違っても毛虫を放り投げられた少女のように後ずさられる筋合いはないと思うのだけれど。
「あっ、や、すみません! なんでもないんで、気にしないでください、ハイ」
白い肌を紅潮させて、激しく両手を振りながら少年は言った。
眉にかかるほど長めの髪に、細身の体躯。
小柄な背丈も相まって、同年代かもしれない、と黒江は感じた。
――この人がそうなのだろうか。
とてもそうは見えない、というのが初見での黒江の感想。
だが先程の会話、そして黒江を上回る所有ポイント。
黒江は1つ、どうしても確かめたいことがあった。それを知るために、構えを正して意志を固めた。
「行きます」
踏み込む。
少年が息を呑む。
構えも乱れているが、挨拶はした。気にしないでほしいとも言われた。呼吸も一つ挟んだ。これ以上待つ道理がない。
三歩踏み込み、孤月の切っ先をそのまま腹部に突き出した。
「ぉっ、と!」
小さく漏れる呻き。半身になった少年がするりと刀身をかわした。
雷に打たれたような衝撃。
線ではなく点の攻撃。構えの取れていないところへの刺突。不意打ち気味のそれをして、少年はかすらせることさえなくかわしてみせた。
振り払うように上段から振り下ろす。かわされる。返しで横薙ぎ。これもかわされる。
――まぐれではない。黒江は身を震わせた。
たまたま運が良いだけであれば、重心も乱れるだろうし、余裕のない表情をするだろう。
しかし少年の足腰は常に地面を捉え、黒江を視野に入れている。
黒江は今こそ少年がすでに師匠を得ていることを理解した。そして少年の実力が自身の遥か上を超えていることを肌で感じた。
胸が高鳴る。黒江は口の端に笑みを浮かべた。乾いた荒野に降る恵みの雨。楽しい。
高揚のままに刃を振るい、しばらくして彼女はようやくそれに気づいた。
「どうして、反撃しないんですか?」
思わず手を止めて尋ねた。
黒江自身が確認して対戦を申し込んだのだ。少年の武器はバイパーだと理解している。少年の腕であれば、黒江の斬撃をかわし、返す刀でバイパーを撃ち放つのも容易いことだろう。
にも関わらず、少年は今の今まで、1度たりとてトリオンキューブを生み出す素振りさえ見せていない。
「あー……いや、わかってる。わかってますよ」
どこか歯切れ悪そうに少年は答えた。
煮え切らない態度が黒江の怒りに火をつける。
「真面目にやってください。確かに私は貴方より強くないかもしれませんが、だからといって手を抜かれるのは不愉快です」
黒江は、勝つことは楽しく、負けることは悔しい素直なタイプだ。
熱が冷めていたのも変わり映えのしない日々に飽き飽きしていたからであって、戦闘そのものが楽しくないというわけではない。だから負けることがあってもそれはそれで受け入れられる。
けれど、これはダメだ。
まるで猫にいたぶられるネズミの気分。いつでもとどめをさせるのに、獲物が足掻く様を楽しんでいるかのよう。
だとすれば目の前の少年はひどくタチが悪い。
楽しんでいたからこそ、この裏切りは心に重くのしかかる。
「いや、そうじゃなくてですね、その」
手と視線を彷徨わせる少年に黒江は低い声で言った。
「それとも、私に戦う価値がないってことですか。だったらすぐにリタイアしますけど、そういうのはもっと早く言って――」
「――っああ! もう! ちょっと、待て!!」
堪忍袋の緒が切れたのだろう。今までの少年らしからぬ粗野な大声に思わず口を噤んだ。
ふうふう、と少年が息荒く肩を上下させる。
「あーその、すみません。急に怒鳴って。だけどその、こっちにも事情というものがあってですね」
「事情、とは」
「いやその、……初めてなんですよ、ランク戦」
ひどく言いづらそうに口にしたのは、そんな言葉だった。
もっとも黒江にとっては、それは既知の情報だ。第一、それと攻撃に転じない理由が黒江の頭の中で結びつかない。
「それが何か関係があるんですか」
「関係というか、その。実は師匠がいるんですけど、その師匠から教わってたのが回避の方法ばかりだったから……」
「は……?」
目を丸くした。
黒江は、てっきり師匠がついているのであれば、少年の武器からしてバイパーの師匠なのだと思っていた。どちらが言い出しっぺなのかはともかく、指導を受けるのであれば当然その武器についてなのだろう、と。まして1ヶ月もの時があったのであれば学ぶ機会はいくらでもあったはずじゃないのか。
なのに、回避のみ。回避のみを、1ヶ月も?
呆然と黒江が見つめる先、視線を浴びる少年は居心地悪そうに頰をかく。
「だからその、避けるのが楽しくてつい手を出すのを忘れてた、というか。……すみません、変な理由で」
「……本当に、避けることしか教わってないんですか? 1ヶ月も?」
「残念ながら本当なんですよねえ」
遠い目をして少年が呟いた。年不相応な苦労が滲み出ている。
「一対一での立会いは何度もしたので身体の動かし方はだいぶわかってきたんですが、そっちは何も」
「貴方の師匠はバイパー使いではないんですか?」
「最近見つけたので、今教わってる途中なんですよ」
「……? どういうことですか?」
思わず首を傾げて尋ねた。
1ヶ月間立会いをしてきたという割に、バイパーの師匠を見つけたのは最近?
困惑している黒江の様子を見て、慌てて少年が補足した。
「ああ、すみません。師匠は2人いるんです。2人目の師匠はシューターなんですけど、最初の師匠はアタッカーで。だから回避の仕方くらいしか教われなかったんです」
「どんな人脈持ってるんですか、貴方」
呟く声には、少しばかり嫉妬が滲んでいる。
この時期に2人も師匠を得ていること。1ヶ月で結果を出すほどの有能さ。
どちらも黒江にはないものだ。先に進んでいく幼馴染の姿が脳裏をよぎる。
良い師匠。良い対戦相手。黒江が望んでも手に入れられないものを得ている少年が妬ましかった。
「運が良かっただけですよ。なのですみません……というのも変な話ですけど、攻撃に関してはまだ甘いのでそこは勘弁してください」
「わかりました。こちらこそ変なことを言ってすみません」
「いえ……というか、それを抜きにしてもぶっちゃけ難しかったのもあるんですよ、攻撃するの」
「そうですか?」
訝しげに眉根を寄せる。
余裕ありそうに回避していたように見えたが、違ったのだろうか。
「あんなに速く詰めてこられたらなかなか狙いつけられませんよ。こっちが不慣れなのは勿論そうですけど、それにしたって身軽で速い。そちらも師匠がいるんですか?」
「いえ。いませんよ」
心なしかキツい口調。心の嫌な部分が出てしまったようで惨めな気持ちになる。
そもそも、行動しなかったのは自分だ。そして行動したのが少年だ。なのに結果だけを見て不満を抱くのは筋違いにもほどがある。
「いないんですか? 凄い。独学ですか」
気にならないのか、それとも気付いてないのか。
少年はその答えにただ感心したようだった。
「師匠を見つける予定、とかは」
「わかりませんよ、そんなの。まだ入ったばかりなんですから、見つけられるかどうかだって」
「そう、ですか」
少年もまた、あまり会話が得意な方ではないのだろうか。言葉少なにそう言って困ったように首筋をかいた。
沈黙。嫌な間だ。
そもそもどうして対戦中にこうやって話しているのだろう。こちらが話しかけたから? なら、もういっそ切りかかってしまおうか。
孤月の柄を握り直す。
重い気分で悩んでいると、あの、と遠慮がちな少年の声。
「その、もし良かったら、なんですけど。俺が紹介しましょうか?」
「え?」
思わず顔を上げる。
口にしておいて、少年にも葛藤があるらしい。
見てとれるほどに顔をしかめて、迷いながらも言葉を続ける。
「運が良いんですよ、俺。入ったばかりなのに、上の知り合いが何人かいるんです。だから、もし良かったら俺が皆に聞いてみます。師匠になれるかどうかはわかりませんが、何かのきっかけにはなるんじゃないかと」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
感謝よりも、警戒が先に出た。
知り合いでもなく、初対面で、特に利益もない。
そんな相手の甘い言葉に釣られるほど黒江は純真無垢ではいられなかった。
「……くどいようですけど、運が良いんです、俺。出来過ぎなくらいなんですよ。ここに来てから色んな良い人達に会えて、師匠になってもらえて。俺も多分、何か1つでも違ってたらきっと貴方と変わらなかった。だから何か力になれるならなりたいと、思ったんです、けど」
少年は、爽やかな笑みを浮かべるでも、凛々しい真面目な顔をするでもなく、見ているこちらに伝染しそうなほど不安そうな顔でそう言った。
多分、根本的に人と話すのが苦手なのだろう。それでも、黒江のことを考えて言葉を発している。それは信じても良いのかもしれない。
「……でも、それって別に私でなくても良いことじゃないですか? 私の他にも、師匠のいないC級なんて何人もいます。貴方は、そんな人達にも同じように声をかけていくつもりですか?」
「それは……」
口にして、意地が悪いとは思った。けれどそんな風に誰彼構わず振りまく優しさを受け取ろうとは思わない。
意固地になっているな、と黒江の冷静な部分が言った。
それでも「結構です」の一言で終わるはずの会話を続けているのは、きっと。
少年が意を決したように口を開いた。
「さっきの訓練、俺はすげえ楽しかったです」
「っ」
「めっちゃ大口叩きますけど、正直C級に俺より強い奴なんていないと思ってました。だから師匠に今日一日でB級に上がれって言われたのも手放しで賛成してたんです。俺はもっと強い人達と戦いたかったから」
――それは。
「だけど、同じくらい強い人がいた。正直、B級にもそんなに上手い人は中々いないと思います。……だからその、楽しかったので、せっかくならまたやりたいと思ったんですけど」
少年の言葉は徐々に尻すぼみに消えていく。
口した言葉がどう受け取られているのか気になったのだろう、気まずそうに頬をかいていた。
恐らく、少年が思っているだろうことを悪戯心で口にした。
「口説いてるんですか?」
「口説いてない!」
「そうですか? 私にはとてもそうは聞こえなかったんですけど」
「いや、言ってて俺もそう聞こえるよなあとは思いましたけど、そうじゃなくてですね! 本当に思ったままを口にしただけなんですけど……ああくそ」
何で口にしてしまったのか、と顔を隠すように手で覆いながら吐き捨てる少年。
耳まで赤く染めて悶えている様子は少しばかり嗜虐心が刺激されるが、流石にこれ以上は気の毒だろう。
ふわりと微笑んで黒江は言った。
「冗談です。すみません、つい調子に乗ってしまいました」
「……何で俺の周りの人はこういう……」
「何か?」
「いえ何でも」
一瞬渋い顔をしたようだが咳払いで誤魔化した。
「それで、その様子だと返事はイエスってことで良いですか?」
「はい。よろしくお願いします」
改めて頭を下げる。
少年が腕を組んで悩ましそうに言った。
「そうなると、あとは誰に相談するかですね。そちらの武器は孤月ですから、最低でもアタッカーで……ああ、やっぱり同性のが良いですよね?」
早速脳内でピックアップを始めてくれている少年に、しかし黒江は静かに首を振った。
「いえ、その必要はありません」
「ん? どういうことです?」
訝しげに眉根を寄せる少年には答えず、黒江は指を立てて問いかける。
「その前に1つ確認したいんですけど、入隊した時の戦闘訓練での記録っていくつでしたか?」
入隊時の戦闘訓練。黒江が出した11秒という記録は、けれど過去の最高記録を塗り替えるには至らなかった。黒江の直前に“その記録”が出てしまったからだ。
ブースに入っていた黒江は“その瞬間”も、“その後の騒動”も見ていない。
だから黒江が確認することができたのは新しく塗り替えられた最高記録と、それを刻んだ人の名前。
『志岐犬彦』。
突然何を聞くのか、とイマイチ要領を得ない顔をしながらも、少年は言った。
「2秒だけど」
「――ああ、やっぱり」
訝しげに眉根を寄せる少年に、黒江は口の端を緩めて言った。
「よろしくお願いしますね、
「……えっ、と。それは、どういう?」
「だって私、そもそも師匠を探していたわけではありませんから。私が欲しかったのは、競い合える練習相手です。なら、わざわざ探さなくても貴方でいいと思いませんか?」
「いやいや、そもそも俺だって絶賛練習中ですし。人に教えるなんて立場じゃあ」
「私は気にしませんよ。少なくとも貴方は私よりずっと強いみたいですから、こうして付き合ってもらえるだけで勉強になります」
「……先輩って?」
「先に進んでいる方をそう呼ぶように考えていましたけど、違いますか?」
「いや、いやいや……ええ……?」
どうしてこうなった、と弱り果てたように少年は天を仰いだ。
「いいんですか? 俺で。アタッカーでもないですし、それに自分が言うのもなんですが、初対面でよく知りもしない相手なのに」
問いかける声には懐疑の色が乗っている。先程まであからさまに警戒していたので無理もないだろう。
黒江自身、警戒を解いた早さに驚いてはいるが、答えは実のところとてもシンプルなものだった。
楽しかった、と少年は言った。
強い人達と戦いたい、と少年は言った。
同じ想いを抱いていた人に、感じ入るものがあっただけのことだ。
「私は、貴方がいいと思ったんです」
「……ああ、はい。だったらその、俺からは何も」
ストレートな物言いに、それを口にするだけで精一杯の様子の少年。
とはいえ、流石にこちらにも表面上はともかくとして照れがないわけではなかったので、切り替えがてら頭を下げる。
「黒江双葉です。これからよろしくお願いします」
「ああ、その、志岐犬彦です。こちらこそ、宜しくお願いします」
「ええ。……それと、敬語はやめにしませんか。同い年でしょうし、窮屈でしょう?」
――黒江としては、何気なく口にした言葉。
これからの付き合いを考えて、円滑な関係を構築することを目指したファインプレーのつもりだった。
そうだな、とぎこちないながらも頷く少年、犬彦。
その言葉にふと訝しげに口を開き、そういえば、と。
「あーとその、失礼かもしれないけど、黒江って今いくつ?」
――思わぬ形で地雷を踏み抜いたことに気付くまで、あと5秒。
結局この日、2人はランク戦もロクにすることなくお互いへの理解に1日を費やしたのだった。
BBFによると、黒江が142cmに対して小夜子が156cmとのこと。で、犬彦は誤差はあれど小夜子とほとんど一緒。
全国平均で見ると、13歳女子の平均身長が155で、男子が158。
それぞれの読みは、犬彦視点だと黒江が年下、黒江視点だと同い年、なので。
2人とも読みはだいたい合ってるのにどうしてこんな悲劇が……コレガワカラナイ。
しばらく黒江編が続きます。だいたいこれ含めて3、4話くらい。
これが終わったら今書いてるB級ランク戦に移ります。
本年はこれが最後の更新になります。良いお年を。